2007/10/13 - 2008/01/20
360位(同エリア7315件中)
+mo2さん
「三十三観音霊場めぐり」は、観音菩薩が三十三の姿に変化して私たちをすくってくださるという観音信仰によって、観音菩薩を安置する三十三の霊場巡りが作られたとされ、平安時代の末期に近畿地方を中心とする西国三十三ヵ所札所が定められたのが始まりだといわれます。西国三十三ヵ所、坂東三十三ヵ所をはじめ各地の観音霊場など巡りましたが、最初は2007年の鎌倉三十三所観音霊場巡りからでした。
江戸時代に入ってから観音巡礼が庶民の間でも盛んに行われるようになり、各地で同じように三十三の札所が設けられるようになり、全国的に広まっていきました。鎌倉札所もその頃に設けられましたが、明治維新のときに廃寺や移転が多くあったため、新たに大正から昭和にかけて、現在の三十三ヵ所が定められたと伝わっています。
旅行記作成していなかったので鎌倉13仏巡りを作ったタイミングで作成しました。当時はあまり写真を撮っていなく、お寺のお寺の写真なく御朱印だけのものや別のタイミングでの写真も多いです。
なお、お寺の解説は鎌倉三十三観音HPを参照しています。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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杉本寺は、鎌倉幕府が開かれる500年も前に建てられた鎌倉最古の寺。天平3年(731)行基菩薩が大倉山から町を眺め「ここに観音様を置こう」と思い、自ら彫刻した十一面観音像を安置。その後、光明皇后の恩召により、行基が本堂を建立した。本尊は十一面観音立像。文治5年(1189)火災の際、三体の観音像が自力で避難し大杉のもとにいたことから、杉本観音と呼ばれるようになりました。
杉本寺 寺・神社・教会
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10月の中旬に蝉がいたのを覚えています。
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1番札所杉本寺の御朱印
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宝戒寺は、倉幕府滅亡後の建武2年(1335)北条一族の霊を弔うために後醍醐天皇が足利尊氏に命じ、円観慧鎮を開山として建立されました。「北条執権邸旧蹟」の碑が立っており北条家代々の屋敷があったとされる屋敷跡に宝戒寺を建てたとされます。境内には本堂のほか、聖徳太子をまつる太子堂、北条氏を供養する宝篋印塔、鐘楼があります。
宝戒寺 寺・神社・教会
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2番札所宝戒寺の御朱印
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3番札所安養院の御朱印
お寺の写真はありません。祇園山安養院田代寺。北条政子が源頼朝の菩提寺として長楽寺を建立しましたが、幕府滅亡とともに焼け落ちたため善導寺に移し、政子の法名である安養院を院号にしこれが寺名となりました。延宝8年(1680)再び全焼し、頼朝の家来田代信綱が建立した田代寺の観音堂を移し再建された。境内には「日限地蔵」があります。 -
木造では日本最大級(9.18メートル)の十一面観音菩薩像で長谷観音の名で親しまれている長谷寺。伝承では天平8年(736)創建といわれ、本尊の十一面観音菩薩像は奈良の長谷寺の尊像と同じ1本のクスノキの霊木より彫られたという縁起を持ちます。見晴台からは由比ヶ浜はもちろん三浦半島まで一望できます。
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3番札所長谷寺の御朱印
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来迎寺は永仁元年(1293)、一向上人によって創建されました。如意輪観音像は、鎌倉時代特有の仏像装飾に一技法である土紋を施した像で、元は頼朝の持仏堂だった法華堂にあったものを移したと言われます。
来迎寺 寺・神社・教会
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5番札所来迎寺の御朱印
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嘉暦2年(1327)夢想疎石が開山、二階堂道蘊が建立。その後、足利基氏は夢想疎石に帰依し瑞泉寺と改めました。
基氏以降、鎌倉公方代々の菩提寺となり、鎌倉五山に次ぐ関東十刹に名を連ねています。江戸時代には、徳川光圀が千手観世音を寄進しています。夢窓国師坐像(国重文)、夢窓国師の画像・法衣・墨跡・書状などが寺宝として伝わります。訪問時、紅葉が美しかったです。瑞泉寺 寺・神社・教会
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6番札所瑞泉寺の御朱印
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光触寺の開基は時宗の開祖一遍上人、開山は元真言宗の作阿上人。後醍醐天皇が書かれたと伝わる「光則寺」の勅額が掲げられ、本堂内陣の装飾は見事です。本尊の阿弥陀三尊、絵巻物の「頬焼阿弥陀縁起」は国重文。本堂前の「塩嘗地蔵」は塩売りが供えたところ嘗めたとの伝説があります。
光触寺 寺・神社・教会
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7番札所光触寺の御朱印
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8番札所明王院は、嘉禎元年(1235)四代将軍藤原頼経により創建。建立地十二所が政所からみて鬼門の方位であったため鬼門除け祈願所として五大明王(中心に不動・東に降三世・西に大威徳・南に軍荼利・北に金剛夜叉)をまつりました。17世紀中頃の火災で不動明王を残して他の4体は焼失、現在あるのはその後の作です。
五大堂明王院 寺・神社・教会
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8番札所明王院の御朱印
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鎌倉五山第五位の浄妙寺は文治4年(1188)源頼朝の重臣足利義兼が退耕行勇を開山として建立しました。元は極楽寺という真言宗の寺でしたが、月峯了然が住職となり臨済宗に改められ、寺名も浄妙寺となりました。本尊は釈迦如来像で、阿弥陀如来像や婦人病に御利益のある淡島明神像も祀られています。
浄妙寺 寺・神社・教会
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9番札所浄妙寺の御朱印
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報国寺は建武元年(1334)足利尊氏の祖父家時が天岸慧広(仏乗禅師)の開山で建立しました。足利持氏の子義久が自刃した悲劇の地でもあります。本堂には本尊の釈迦如来坐像が祀られており、本堂の右手に迦葉堂、左手にかやぶきの鐘楼があります。
報国寺(竹寺) 寺・神社・教会
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竹の寺としても知られています。
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10番札所報国寺の御朱印
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11番札所延命寺の御朱印
お寺の写真はありません。北条時頼夫人が建てました。開山は浄土宗の高僧・専蓮社昌誉能公上人。運慶作と伝わる「地蔵菩薩像」は別名「身代わり地蔵」。本尊の木造阿弥陀如来像は円応寺の閻魔王像の余った木材で作られたことから「木あまりの像」、予定より早く完成したことから「日あまりの像」と呼ばれています。延命寺 寺・神社・教会
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12番札所教恩寺の御朱印
お寺の写真はありません。山門の十六羅漢の彫刻が見事な教恩寺(時宗)は、開山が知阿上人、北条氏康が光明寺境内に建てたのが始まりとされ、延宝7年(1678)貴誉上人が現在の大町に移したとされます。本尊は阿弥陀如来で、運慶作とえられています。平清盛の子重衡に縁のある寺でもあります。教恩寺 寺・神社・教会
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13番札所別願寺の御朱印
お寺の写真はありません。弘安5年(1282)、公忍上人が真言宗能成寺を時宗に帰依し、寺名も別願寺としたと伝えられます。室町時代には、鎌倉公方代々の菩提寺で、足利氏が代々深く信仰しました。境内には、足利持氏の供養塔といわれる大きな石造の宝塔があります。本堂には、本尊の木造阿弥陀三尊像と魚籃観音像が安置されています。別願寺 寺・神社・教会
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14番札所来迎寺の御朱印
お寺の写真はありません。建久5年(1194)源頼朝が三浦大介義明の菩提を弔うために建立した真言宗能蔵寺が始まり。建武2年(1335)開山の音阿上人が時宗に帰依したため、改宗、来迎寺となりました。境内には、義明の木像と五輪塔墓があります。本尊は義明の守護仏といわれる阿弥陀三尊像で運慶の作とされます。また子育て観音といわれる聖観音がまつられています。来迎寺 (材木座) 寺・神社・教会
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15番札所向福寺の御朱印
お寺の写真はありません。開山は一向上人。一向上人は、一遍上人と同じく鎌倉時代に諸国を遊行し、踊り念仏などで教えを広めました。本尊の木造阿弥陀三尊像は南北朝時代の作といわれます。造立当時の姿をとどめたとりわけ中尊の深く刻み込まれた衣文の線の美しさはよく知られています。向福寺 寺・神社・教会
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16番札所九品寺の御朱印
お寺の写真はありません。延元元年(1336)新田義貞が北条方の大勢の戦死者を弔うために本陣跡地に建てました。開山は風航順西。「内裏山」「九品寺」の文字は義貞の筆を写したもので、直筆と伝えられるものは本堂に保存されています。阿弥陀如来立像は玉眼がはめ込まれた宋元風彫刻。九品寺 寺・神社・教会
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17番札所補陀洛寺の御朱印
お寺の写真はありません。養和元年(1181年)文覚上人を開山として、源頼朝の祈願所として建立されました。たびたび竜巻や火災にあったため別名「竜巻寺」と呼ばれています。1185年平家滅亡の折、総大将平宗盛が最後まで持っていたと伝わる「平家の赤旗」が保管されています。本堂の不動明王像は高僧智証大師作と伝わります。 -
光明寺は寛元元年(1243)創建。第四代執権北条経時が然阿良忠を招いて開いた浄土宗の大本山。後花園天皇からは山門にある「天照山」の扁額を、後土御門天皇からは関東総本山の称号を受け勅願寺に定められました。お十夜法要が勅許されて以来、現在も盛大に営まれます。
浄土宗大本山光明寺 寺・神社・教会
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18番札所光明寺の御朱印
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19番札所蓮乗院の御朱印
お寺の写真はありません。明寺山門右手に建ち、光明寺の僧坊であった蓮乗院は、当初は蓮乗寺と称していました。寛元元年(1243)、佐助ヶ谷にあった蓮華寺が材木座に移され光明寺となって以降、蓮乗院と改称しました。蓮乗院 寺・神社・教会
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20番札所千手院の御朱印
お寺の写真はありません。明寺総門の左手に建ち、もとは光明寺の僧坊。この寺の歴史を語る文献等は関東大震災で失われ、創建年等不明。後に浄土宗の本尊である阿弥陀如来像を安置し、千手観音が人々に知られていたことから、千手院と改称しました。光明寺が大檀林であった際、各地から僧侶が集まってきましたが、千手院はその修行道場のひとつでした。千手院 寺・神社・教会
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21番札所成就院は、弘法大師が数日にわたって虚空蔵菩薩をまつる法を行なった所とされます。承久元年(1219)に三代執権北条泰時が創建し、北条一族の繁栄を願いました。本尊は不動明王。縁結び不動明王として親しまれています。頼朝と親しかった文覚上人荒行像も安置されています。
成就院 寺・神社・教会
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21番札所成就院の御朱印
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22番札所極楽寺は、正元元年(1259)北条重時が建て、重時の子長時が忍性を招いて開山しました。忍性は、不幸な人を救済する為の福祉事業に取り組むなど、ボランティアの先駆者ともいえる徳の高い僧侶。完成当時は、七堂伽藍と四十九の塔頭を持つ大寺院でしたが、現在は火災などで本堂のみ残ります。
極楽寺 寺・神社・教会
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22番札所極楽寺の御朱印
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高徳院清浄泉寺。開山・開基ともに不明。奈良の大仏が勅命により国を挙げて作られたのに対し、鎌倉の大仏は民衆の浄財を集め完成に至ったと言われます。歴仁元年(1238)着工。大風などで倒る度復興されましたが明応4年(1495)津波で流されてからは露座の大仏となります。
高徳院(鎌倉大仏) 寺・神社・教会
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23番札所高徳院の御朱印
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24番札所寿福寺の御朱印
お寺の写真はありません。寿福寺は鎌倉五山第三位の寺。正治2年(1200)北条政子が栄西を招き建立。この辺りは源頼朝の父義朝のゆかりの地とされ壽福寺の建設は頼朝の遺志をかなえることでもありました。寺宝「喫茶養生記」(国重文)は宋で学んだ栄西が茶の効用を記し、三代将軍実朝に献上した著書です。寿福寺 寺・神社・教会
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25番札所の御朱印
お寺の写真はありません。浄光明寺は。建長3年(1251)北条氏六代執権北条長時が真聖国師真阿を開山とし創建しました。後に、後醍醐天皇の子成良親王の祈願所となる一方、真言・天台・禅・浄土の四つの勧学院を建て、学問の道場としての基礎を築きました。また足利尊氏がこの寺に引き篭り後醍醐天皇に対し挙兵する決意を固めたといいます。
本尊の阿弥陀三尊像(国重文)は1299年頃の作。地蔵菩薩立像(県重文)は矢拾地蔵とも呼ばれます。浄光明寺 寺・神社・教会
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海蔵寺は元は真言宗の寺でしたが、建長5年(1253)六代将軍宗尊親王の命によって、藤原仲能が再建、幕府滅亡で焼失。応永元年(1394)足利氏満の命を受けた上杉氏定が心昭空外を開山に招き建立しました。本尊は薬師如来(胎内に啼薬師を納めている)で啼薬師・児護薬師と呼ばれます。
海蔵寺 寺・神社・教会
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26番札所海蔵寺の御朱印
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27番札所妙高院の御朱印
お寺の写真はありません。長寺第二十八世肯山聞悟(覚海禅師)の塔所。
肯山は建長寺創建時の貴重な史料「建長寺興国禅寺碑文」を撰文したことで知られます。碑文への記述から、建長寺開創(建長3年<1251>)から96年後には既に妙高院が存在していたことが推察されます。
御 -
建長寺は、建長5年(1253)北条時頼が蘭渓道隆を開山とし建立した我が国最初の禅寺。山号の巨福山は寺の前の巨福呂坂から、寺名は年号の「建長」から取りました。道隆は厳格な禅風を持ち込み指導、直筆の「法語規則」は国宝。日本最初の禅師号(大覚禅師)を授けられました。
建長寺 寺・神社・教会
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28番札所建長寺の御朱印
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29番札所龍峰院の御朱印
お寺の写真はありません。長寺第十五世約翁徳倹の塔所。開基は九代執権北条貞時で、徳治2年(1307)に開かれました。元は健治2年(1276)に北条時宗が創建した持仏殿だったといいます。本尊には聖観音菩薩像がまつられています。龍峰院 寺・神社・教会
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明月院は、暦元年(1160)首藤刑部大輔俊道の菩提を弔うため、子・山ノ内経俊により創建された明月庵を起源とします。その後、康元元年(1256)北条時頼が最明寺を建立し、時宗が最明寺を前身に蘭渓道隆を開山に禅興寺を創建しました。
康暦2年(1380)足利氏満から禅興寺中興の命を受け上杉憲方は寺域を拡大、塔頭も建てこの時に明月庵は明月院と改められた。その後、禅興寺は廃寺となり明月院だけが残りました。 -
本堂の右側には、有名な「悟りの窓」があります。大きな丸窓には、禅の心と真理の意味が込められていて、さらに宇宙をあらわしているそうです
明月院(あじさい寺) 寺・神社・教会
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30番札所明月院の御朱印
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浄智寺は五代執権北条時頼の三男宗政の菩提を弔うため、夫人と子師時が創建した鎌倉五山第四位の禅刹。開山は、兀菴普寧と大休正念、南洲宏海の3人の名を連ねています。境内の一隅の洞窟には鎌倉・江の島七福神の1つ布袋尊も祀られています。過去・現在・未来を意味する阿弥陀・釈迦・弥勒の木造三世仏坐像が安置されています。
浄智寺 寺・神社・教会
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31番札所浄智寺の御朱印
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東慶寺は、「駆け込み寺」「縁切り寺」と呼ばれかつては尼寺として栄え「縁起寺法」で多くの女性を救いました。開山は、八代執権北条時宗の妻で覚山尼。開基は、時宗と覚山尼の子北条貞時。豊臣秀頼の娘20世天秀尼も住職を務め、徳川家の篤い庇護を受けました(徳川秀忠の娘千姫の養女)。
東慶寺 寺・神社・教会
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32番札所東慶寺の御朱印
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仏日庵は、弘安7年(1284)に没した北条時宗の廟所として建立されました。九代執権貞時・十四代執権高時も合葬されています。十一面観音坐像と共に時宗・貞時・高時の法体の木像がまつられています。いずれも寄木造り、玉眼嵌入、江戸時代の作。「仏日庵公物目録」は中国から日本への文化の流入の歴史を探るうえで貴重な資料となっています。
円覚寺 寺・神社・教会
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33番札所仏日庵の御朱印
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