2022/06/18 - 2022/06/18
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+mo2さん
静岡県立美術館で日中国交正常化50周年記念「兵馬俑と古代中国 ~秦漢文明の遺産~」が6月18日(土)より開幕したので、早速行ってきました。
【HPより】
秦の始皇帝は、紀元前221年に、史上初めて中国大陸に強大な統一国家を打ち立て、春秋戦国時代にわたって約550年も続いた戦乱の世を終結させました。統一後、わずか十数年のうちに秦は滅亡しましたが、始皇帝陵で発見された兵馬俑をはじめとした多くの遺物は、その絶大な国力を示しています。その後、劉邦が創始した漢帝国は、中国古代における黄金時代の一つです。漢は、後の中国、アジア、そして世界の歴史に多大な影響を及ぼしました。本展では、今から2000年以上前の秦と漢の王朝の時代に、地下に数多く埋蔵された兵馬俑に焦点を当て、古代中国の遺産の数々をご紹介します。
第2章は、いよいよ兵馬俑なのですが、2015年8月の思い出(写真)も交えながら辿りたいと思います。
※展示品の写真が多いので、旅行記は分割します。
解説は、HP等から参照しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
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第2章 統一王朝の誕生~始皇帝の時代 がスタート
紀元前221年、秦の嬴政は遂に東方の六国すべてに打ち勝ち、史上初めて中国大陸を統一します。嬴政は、それまでの最高の地位であった「王」を超える称号として、新たに「皇帝」を名乗ります。”始皇帝”の誕生です。
わずか十数年のうちに秦王朝は滅亡しましたが、始皇帝の墓に眠る等身大の兵馬俑や、万里の長城といった遺物は、今なお我々の興味を惹いてやみません。本章では、これらの空前絶後の奇観を作り上げた、始皇帝という絶大な権力者とその時代を紐解きます。~展覧会HPより~静岡県立美術館 美術館・博物館
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1984年の5月、静岡市の静岡産業会館で「中国秦・兵馬俑展」が開催されました。大阪、福岡、東京と何故か静岡を巡回したのですが、当時、THE SQUARE のBARBARIANをBGMに、連日静岡では、テレビで宣伝されていました。
結局、その時は見ることはできなかったのですが、それ以来「兵馬俑」に憧れつづけ、2015年に秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑)を訪れました。秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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1974年、中国の小さな村で井戸を掘ろうとした農民が偶然見つけた陶器の破片が、兵馬俑発掘のはじまりという話を聞いていましたが、そのころの面影など全く残っていないほど周辺も含め、開発・整備されており、TDLのようになっていました。
写真は、目玉の銅車馬の他、兵馬俑坑以外からの出土品も展示している総合陳列館です。秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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展覧会の展示に戻ります、兵馬俑抗出土品などです。
「青銅長剣」(一級文物)秦 秦始皇帝陵博物院
兵馬俑1号抗からは、剣、戟、矛、弩機など7種類の青銅製武器が486点も出土しています。 -
「青銅長剣」(別方向から)
完全な形の青銅剣は17件ほどだそうです。 -
「青銅戟」(一級文物)秦 秦始皇帝陵博物院
「戟」とは、戈かという武器に矛を付けた武器のことです。 -
「青銅戟」(部分拡大)
本品には、「三年相邦呂不韋造」との文字が刻まれています。””三年””は、始皇帝王時代の三年(紀元前244年)、”呂不韋”とは、当時絶大な権勢を振るった政治家で、彼がこの武器の製造責任者であったことが分かります。 -
(左)「青銅矛」秦 秦始皇帝陵博物院
木製の柄の先端に差し込んだ両刃の武器で、目標を正面から刺すもの。
(右)「青銅鉞」秦 秦始皇帝陵博物院
鉞は、もともと斬首などの刑罰に用いられた刑具。 -
「青銅弩機」と「青銅鏃」秦 秦始皇帝陵博物院
木製部分がないので判りづらいが弩は、東アジア、特に中国において古代から近世にかけて使われた、クロスボウと同類の射撃用の武器の一種。 -
「青銅甬鐘」秦 秦始皇帝陵博物院
編鐘は、音高の異なる複数の鐘(甬鐘)を枠に吊るした、古代中国の打楽器 -
「虎鈕錞于」秦 陝西歴史博物館
秦の軍楽器。中が空洞で側面を叩いて慣らし、共鳴させました -
(右)「秦半両銭」秦 陝西歴史博物館
(左)「秦半両銭笵」秦 綏徳県博物館
半両銭は、戦国時代の秦から統一時代の秦の標準化幣です -
「双耳青銅鍪」秦 綏徳県博物館
鍪とは煮炊きをする調理具の一種 -
「穿鈕青銅椑」秦 綏徳県博物館
椑は酒壺の一種 -
「青銅鍑」秦 綏徳県博物館
鍑は、ユーラシア草原地帯の遊牧民の間で広く用いられた調理具 -
「里耶秦簡」統一秦 里耶秦簡博物館
統一秦時代の南方との戦争の前線にあった里耶城跡(現在の湖南省)から、2002年に偶然発見された当時の行政文書です。古井戸に廃棄されており、奇跡的に判読可能な状態で保存されていました。統一秦時代の行政について伺い知ることができる、数少ない文字史料です。 -
「里耶秦簡」(拡大)
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「跪座俑」(一級文物)秦 秦始皇帝陵博物院
跪座俑は、始皇帝陵の南東にある馬厩抗と珍奇異獣抗に見られる人物俑で、馬や動物を飼育する役人を忠実に模したもの -
「跪座俑」(側面から)
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「2号銅車馬」(複製品)(一級文物)統一秦 秦始皇帝陵博物院
始皇帝の陵墓には兵馬俑坑の他様々な陪葬坑があるそうですが、1980年陵墓の墳丘そばから精巧なつくりの2両の銅車馬が発見されました。銅車馬は、実物の1/2の縮尺で車馬の備品や馬具なども正確に1/2の大きさで再現されていました。 -
「2号銅車馬」(複製品)
2号銅車馬は後ろに箱型の安車がつきます。窓の開閉により温度調整ができることより轀輬車とも呼ばれています。正座した御者1体が手綱を引いており、車体のドーム式の屋根と四囲の壁には変形龍鳳巻雲紋と雲気紋が描かれています。 -
青銅製の銅車馬(複製品)ですが、これは展示方法やイメージの問題かもしれませんが、実物と比べると何か違います。同じ造型なのですが鬼気迫るものがないというか・・・
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こちらは、秦始皇帝陵博物院の「2号銅車馬」
大学の4年間、馬術部で馬と24時間過ごす生活をしていたのですが、本物の銅車馬は、馬体から立ち上がる湯気や息遣いが感じられるくらいリアルでした。
※本品は出展されていません秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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今回の展覧会の展示は2号車のみですが、1号銅車馬は輿の中央に傘を立て、その下に御者が立って馬を操る立車です。
※本品は出展されていません秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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中国統一を成し遂げた始皇帝は、豪華な100両の車馬の行列で全国を巡業したそうです。銅車馬発掘現場周辺にはまだ18両の銅車馬が埋まっていることが確認されているそうですし、今後の発見が期待されます。
※本品は出展されていません秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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春秋戦国時代を舞台に秦による中華統一を描くマンガ「キングダム」を通して歴史を体験できるコーナーもありました。
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キングダムの登場人物たち
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統一秦の時代、前後の時代の領域です。
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いよいよ兵馬俑のいる部屋に入ります
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「鎧甲軍吏俑」(一級文物)統一秦 秦始皇帝陵博物院
中国国外への持ち出し制限が厳しく、世界中から貸し出し依頼が殺到する兵馬俑。展示は8体+馬でしたが、西安で見た兵馬俑坑の感動を思い出すには十分でした。何よりゆっくり写真撮影できるのが凄い!! -
こちらの軍吏俑、何となくお顔がベーヤン(堀内 孝雄氏)な感じ・・・
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「跪射武士俑」(一級文物)統一秦 秦始皇帝陵博物院
左足を立て、右膝を地につけた姿勢は、弩を持って待機する姿勢 -
こちらは、秦始皇帝陵博物院(兵馬俑)の跪射武士俑
腰の部分にわずかに着色が残っています。兵馬俑は、当初は全て美しい彩色が施されていたそうです。また、履の裏の滑り止めまでしっかり作られています
※本品は出展されていません -
「鎧甲武士俑」(一級文物)統一秦 秦始皇帝陵博物院
上着の上に鎧を着用し、丈の長い上着の裾にはズボンが見えます。 -
「鎧甲武士俑」(部分拡大)
始皇帝陵兵馬俑坑では、現在までに約8000体の俑が確認されていますが、兵士の俑にはどれ一つとして同じ顔をしたものはないそうです。また、かつては兵士の俑のそれぞれに顔料で彩色がされていたこともその後の発掘調査で判明しています。 -
「鎧甲武士俑」(一級文物)統一秦 秦始皇帝陵博物院
平均身長180cmといわれる兵馬俑は、等身大よりやや大きく鬼気迫る写実感があります。 -
「戦車馬」(一級文物)統一秦 秦始皇帝陵博物院
長さ188cm、高さ165cmに及ぶ馬の俑であり、その表情はいきいきとしています。頭部、頸部、腹部、臀部と別々のパーツを接合することで、これだけ大きな等身大の馬の俑が完成します。もともと秦は、黄土高原の一帯で、周王朝のために馬を繁殖させていたことから土地を与えられました。秦王朝と、馬は切り離せない関係にあります。 -
「戦車馬」(部分拡大)
躍動感ある表情。サイズ的には現在の乗馬ぐらいの大きさです。 -
「戦車馬」(部分拡大)
お尻の穴までリアル(笑) -
「立射武士俑」(一級文物)統一秦 秦始皇帝陵博物院
立ち姿で矢を射る構えをする兵士傭。丸髷を結っているが一体づつ結い方が異なります。 -
「立射武士俑」(横から)
兵馬俑は戦国期の陶俑から発展したものですが、秦代の始皇帝陵兵馬俑においてその造形と規模は極点に達っしています。漢代以降も兵馬俑は作られていますが、その形状はより小型化し、意匠も単純化されたものとなりました。 -
「戦服将軍俑」(一級文物)統一秦 秦始皇帝陵博物院
戦車に乗り、歩兵や騎兵の小部隊を統率した高位の武官の俑を「将軍俑」と言います。約8000体の埋蔵が推定されている秦始皇帝陵の兵馬俑群の中でも、将軍俑は現在まで11体しか確認されていません。本品も、日本初公開となる貴重な1体です。 -
こちらのお顔は、ちょっと五木ひろし・・・
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こちらは、秦始皇帝陵博物院(兵馬俑)で撮影した「将軍俑」
※本品は出展されていません -
兵馬俑抗が模型で再現されていますが、これじゃない感が・・・
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再び、2015年の兵馬俑の思い出へ
秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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大型の体育館のような建物の中に入っていくと・・・・
秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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・・・言葉を失う圧巻の光景が広がります。あまりのスケールに距離感が失われてしまいます!!
秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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1号兵馬俑抗は東西230m、南北62mありますが、9列ある幅3.5mほどの通洞に4列縦隊で兵俑が並んでいます。
秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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等身大よりやや大きい精巧な兵馬俑が、整然と並ぶ光景は圧巻です。
秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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兵士の像高は冠や髷を含めて190センチほどあり、顔の作りは1体ずつ異なっています。このことから、実在したある軍団の兵士ひとりひとりをモデルにしたとする説が有力視されています。
秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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どの俑も頭髪や服のしわといった細部まで、極めて写実的に作りこまれています。ある軍団を丸ごとやきものの像に写した兵馬俑のかたちには、階級の上下や、歩兵・騎兵といった役割の違いまで表わされています。
秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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兵馬俑の建設は、秦の始皇帝が国王になった紀元前246年に始まり、彼の死から4年たった紀元前206年に終わりました。兵馬俑および陵墓を完成させるために、約40年間、70万人以上の労働者が24時間動員されたそうです。
秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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日本で陶傭に当たるものは埴輪なんでしょうが、人物埴輪が現れるのは古墳時代中期(五世紀中頃)からで、兵馬俑が作られたのはその700年前にあたります。
秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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1号兵馬俑の中に兵士俑8,000体、馬俑600体が埋葬されているそうですが、現在の発掘数は1,000体程度で、今も発掘作業が続けられ、修復作業を経て年々陶俑の数は増えています。
秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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兵馬俑2号坑。大きさは1号坑の半分程度ですが、内容は充実し、弓兵部隊、戦車部隊など4隊からなる複雑な混成部隊になっています。現在も発掘を継続中。
秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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3号坑です。最小で、わずか68体の兵馬俑があり、それらのすべては将校です。こちらは全体を統率する司令部と考えらています。
秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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陝西歴史博物館の兵馬俑。
こちらでは実物が間近でみることができます。
※本展覧会での写真撮影ではありません。陜西歴史博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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生き生きとした表情。等身大の俑は、表情、髪形、衣服のどれひとつとして同じ形のものはないというから驚きです。
※本展覧会での写真撮影ではありません。
兵馬俑と古代中国 ~秦漢文明の遺産~(3)漢王朝の繁栄 に続きます。陜西歴史博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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