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国立西洋美術館で開催中の「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」に行ってきました。今年は、ポーラ美術館でも「ポーラ美術館開館20周年記念展 ピカソ 青の時代を超えて」が開催されていますが、こちらの展覧会は、ベルクグリューン美術館の改装に伴い、同館の主要作品が初めて一度に館外へ貸し出されることになったもの。ピカソの作品も来日作品の43点中35点が初来日となっています。<br />国立西洋美術館HPより~<br />本展では、ピカソの生涯に渡る作品をはじめとするベルリン国立ベルクグリューン美術館の比類のないコレクションにより、20世紀美術の精髄をご紹介します。<br />ドイツ生まれの美術商ハインツ・ベルクグリューン(1914-2007年)は、1948年からパリで画廊を経営しながら自分自身のために作品を集め、世界有数の個人コレクションを作りあげました。彼のコレクションは1996年以後、生まれ故郷であるベルリンのシャルロッテンブルク宮殿に面した建物の中で公開され、2000年には主要作品をドイツ政府が購入、2004年にはベルクグリューン美術館と改称しました。ベルリン国立美術館群ナショナルギャラリーに属し、数々の展覧会を開催し世界的な評価を得る美術館です。<br />ベルクグリューンは晩年まで作品の購入と放出を繰返し、コレクションに際立った特色を持たせるよう努めました。最終的には、彼が最も敬愛した同時代の4人の芸術家たち、パブロ・ピカソ、パウル・クレー、アンリ・マティス、アルベルト・ジャコメッティの作品に重点が置かれています。この4人に彼らが共通して師と仰いだモダンアートの祖、ポール・セザンヌも加えた、粒選りの作品からなるコレクションは、創造性と生命力にあふれた20世紀の巨匠たちの芸術を堪能させてくれます。<br />ベルクグリューン美術館の改修を機に実現した今回の展覧会は、この個性的で傑出したコレクションから精選した97点の作品に、日本の国立美術館の所蔵・寄託作品11点を加えた合計108点で構成されます。<br />ベルクグリューン美術館の設立後、館外でまとめてコレクションを紹介する展覧会は今回が初めてで、97点のうち76点が日本初公開です。

ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展(1)パブロ・ピカソ

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2022/10/23 - 2022/10/23

404位(同エリア4545件中)

旅行記グループ 2022 美術館・展覧会

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+mo2

+mo2さん

国立西洋美術館で開催中の「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」に行ってきました。今年は、ポーラ美術館でも「ポーラ美術館開館20周年記念展 ピカソ 青の時代を超えて」が開催されていますが、こちらの展覧会は、ベルクグリューン美術館の改装に伴い、同館の主要作品が初めて一度に館外へ貸し出されることになったもの。ピカソの作品も来日作品の43点中35点が初来日となっています。
国立西洋美術館HPより~
本展では、ピカソの生涯に渡る作品をはじめとするベルリン国立ベルクグリューン美術館の比類のないコレクションにより、20世紀美術の精髄をご紹介します。
ドイツ生まれの美術商ハインツ・ベルクグリューン(1914-2007年)は、1948年からパリで画廊を経営しながら自分自身のために作品を集め、世界有数の個人コレクションを作りあげました。彼のコレクションは1996年以後、生まれ故郷であるベルリンのシャルロッテンブルク宮殿に面した建物の中で公開され、2000年には主要作品をドイツ政府が購入、2004年にはベルクグリューン美術館と改称しました。ベルリン国立美術館群ナショナルギャラリーに属し、数々の展覧会を開催し世界的な評価を得る美術館です。
ベルクグリューンは晩年まで作品の購入と放出を繰返し、コレクションに際立った特色を持たせるよう努めました。最終的には、彼が最も敬愛した同時代の4人の芸術家たち、パブロ・ピカソ、パウル・クレー、アンリ・マティス、アルベルト・ジャコメッティの作品に重点が置かれています。この4人に彼らが共通して師と仰いだモダンアートの祖、ポール・セザンヌも加えた、粒選りの作品からなるコレクションは、創造性と生命力にあふれた20世紀の巨匠たちの芸術を堪能させてくれます。
ベルクグリューン美術館の改修を機に実現した今回の展覧会は、この個性的で傑出したコレクションから精選した97点の作品に、日本の国立美術館の所蔵・寄託作品11点を加えた合計108点で構成されます。
ベルクグリューン美術館の設立後、館外でまとめてコレクションを紹介する展覧会は今回が初めてで、97点のうち76点が日本初公開です。

旅行の満足度
4.5
  • 東京都美術館で岡本太郎展を見たあと、こちらに来ました。

    東京都美術館で岡本太郎展を見たあと、こちらに来ました。

  • 展覧会は、序章を除いて7章構成となっています。前半は、主にピカソの作品を異なる時期や主題に分けて紹介しています。また、ほぼ全ての作品の写真撮影がOkとなっていました

    展覧会は、序章を除いて7章構成となっています。前半は、主にピカソの作品を異なる時期や主題に分けて紹介しています。また、ほぼ全ての作品の写真撮影がOkとなっていました

    国立西洋美術館 美術館・博物館

  • 序章 ベルクグリューンと芸術家たち <br />パブロ・ピカソ 「眠る男」 1942年 <br />ベルクグリューンが購入した最初のピカソ作品

    序章 ベルクグリューンと芸術家たち
    パブロ・ピカソ 「眠る男」 1942年
    ベルクグリューンが購入した最初のピカソ作品

  • アンリ・マティス 「パリ、ベルクグリューン画廊の展覧会(1953年)のためのポスター図案」1952年  <br />アンリ・マティスがパリのベルクグリューン画廊の展覧会のためにつくった切り紙のポスター

    アンリ・マティス 「パリ、ベルクグリューン画廊の展覧会(1953年)のためのポスター図案」1952年
    アンリ・マティスがパリのベルクグリューン画廊の展覧会のためにつくった切り紙のポスター

  • ベルクグリューン画廊の展覧会のカタログ<br />

    ベルクグリューン画廊の展覧会のカタログ

  • Ⅰ. セザンヌ― 近代芸術家たちの師 <br />ポール・セザンヌ 「セザンヌ夫人の肖像」 1885-86 年頃<br />ベルクグリューンが最も敬愛した同時代の4人の芸術家たち、パブロ・ピカソ、パウル・クレー、アンリ・マティス、アルベルト・ジャコメッティ。彼らが共通して師と仰いだモダンアートの祖、ポール・セザンヌの作品からスタートします。<br />セザンヌの妻マリー=オルタンスが30代半ばの頃描かれた肖像画

    Ⅰ. セザンヌ― 近代芸術家たちの師
    ポール・セザンヌ 「セザンヌ夫人の肖像」 1885-86 年頃
    ベルクグリューンが最も敬愛した同時代の4人の芸術家たち、パブロ・ピカソ、パウル・クレー、アンリ・マティス、アルベルト・ジャコメッティ。彼らが共通して師と仰いだモダンアートの祖、ポール・セザンヌの作品からスタートします。
    セザンヌの妻マリー=オルタンスが30代半ばの頃描かれた肖像画

  • アルベルト・ジャコメッティ 「左:セザンヌの模写 ― セザンヌ夫人の肖像、右:レンブラントの模写― 窓辺で描く自画像」1956 年 国立西洋美術館<br /><br />

    アルベルト・ジャコメッティ 「左:セザンヌの模写 ― セザンヌ夫人の肖像、右:レンブラントの模写― 窓辺で描く自画像」1956 年 国立西洋美術館

  • ポール・セザンヌ 「セザンヌ夫人の肖像」 1890 年頃

    ポール・セザンヌ 「セザンヌ夫人の肖像」 1890 年頃

  • ポール・セザンヌ 「庭師ヴァリエの肖像」 1906 年頃

    ポール・セザンヌ 「庭師ヴァリエの肖像」 1906 年頃

  • ポール・セザンヌ 「舟にて」 1900-06 年 国立西洋美術館<br />本素描はセザンヌ最晩年の作品。この作品では、素描《水差しとスープ容れ》よりも、形態が一層不明となっているため、3人の男が湖でボートに乗っているように見えるものの、それが何であるか定かではありません。背景と思われる山や緑も、画面に荒く賦された青や緑の色彩によって、光のようなリズムが生み出されているため、アンフォルメルな抽象画のようになっています。

    ポール・セザンヌ 「舟にて」 1900-06 年 国立西洋美術館
    本素描はセザンヌ最晩年の作品。この作品では、素描《水差しとスープ容れ》よりも、形態が一層不明となっているため、3人の男が湖でボートに乗っているように見えるものの、それが何であるか定かではありません。背景と思われる山や緑も、画面に荒く賦された青や緑の色彩によって、光のようなリズムが生み出されているため、アンフォルメルな抽象画のようになっています。

  • Ⅱ. ピカソとブラック― 新しい造形言語の創造<br />パブロ・ピカソ 「ジャウメ・サバルテスの肖像」 1904 年<br />2章から4章までは、ピカソの画業に着目した空間になっており、いわゆる20代前半の「青の時代」から、60代を迎えた第二次大戦中までの作品が集められています

    Ⅱ. ピカソとブラック― 新しい造形言語の創造
    パブロ・ピカソ 「ジャウメ・サバルテスの肖像」 1904 年
    2章から4章までは、ピカソの画業に着目した空間になっており、いわゆる20代前半の「青の時代」から、60代を迎えた第二次大戦中までの作品が集められています

  • パブロ・ピカソ 「座るアルルカン」 1905年<br />「バラの時代」に描かれた作品

    パブロ・ピカソ 「座るアルルカン」 1905年
    「バラの時代」に描かれた作品

  • パブロ・ピカソ 「女の頭部」 1906 -07年<br />ピカソの画業においても20世紀絵画の歴史においても大きな転換点になった「アヴィニョンの娘たち」のための習作の1点<br />

    パブロ・ピカソ 「女の頭部」 1906 -07年
    ピカソの画業においても20世紀絵画の歴史においても大きな転換点になった「アヴィニョンの娘たち」のための習作の1点

  • パブロ・ピカソ 「《布を持つ裸婦》のための習作」 1907年

    パブロ・ピカソ 「《布を持つ裸婦》のための習作」 1907年

  • パブロ・ピカソ 「裸婦(《アヴィニョンの娘たち》のための習作)」 1907年

    パブロ・ピカソ 「裸婦(《アヴィニョンの娘たち》のための習作)」 1907年

  • パブロ・ピカソ「洋梨とリンゴのある果物鉢」 1908 年

    パブロ・ピカソ「洋梨とリンゴのある果物鉢」 1908 年

  • パブロ・ピカソ 「丘の上の集落(オルタ・デ・エブロ)」 1909 年

    パブロ・ピカソ 「丘の上の集落(オルタ・デ・エブロ)」 1909 年

  • パブロ・ピカソ 「女の頭部(フェルナンド)」 1909 年

    パブロ・ピカソ 「女の頭部(フェルナンド)」 1909 年

  • パブロ・ピカソ 「帽子の男 / ジョルジュ・ブラックの肖像(通称)」 1909-10 年<br />ピカソがキュビスムを確立する上で、良き協力関係、そして良きライバルとして深い関係を築いたのがジョルジュ・ブラック

    パブロ・ピカソ 「帽子の男 / ジョルジュ・ブラックの肖像(通称)」 1909-10 年
    ピカソがキュビスムを確立する上で、良き協力関係、そして良きライバルとして深い関係を築いたのがジョルジュ・ブラック

  • パブロ・ピカソ 「ポスターのある風景」 1912年 国立国際美術館

    パブロ・ピカソ 「ポスターのある風景」 1912年 国立国際美術館

  • パブロ・ピカソ 「ヴァイオリン」 1912-13 年

    パブロ・ピカソ 「ヴァイオリン」 1912-13 年

  • パブロ・ピカソ 「マ・ジョリ」 1914 年

    パブロ・ピカソ 「マ・ジョリ」 1914 年

  • パブロ・ピカソ 「一房のブドウのある静物」 1914 年

    パブロ・ピカソ 「一房のブドウのある静物」 1914 年

  • パブロ・ピカソ 「グラスとトランプのカードのある静物(マックス・ジャコブへのオマージュ)」1914年

    パブロ・ピカソ 「グラスとトランプのカードのある静物(マックス・ジャコブへのオマージュ)」1914年

  • パブロ・ピカソ 「アプサントのグラス」 1914 年

    パブロ・ピカソ 「アプサントのグラス」 1914 年

  • パブロ・ピカソ 「トランプのカード、煙草、瓶、グラスのある静物」 1914 年

    パブロ・ピカソ 「トランプのカード、煙草、瓶、グラスのある静物」 1914 年

  • パブロ・ピカソ 「ギターと新聞 」1916 年

    パブロ・ピカソ 「ギターと新聞 」1916 年

  • パブロ・ピカソ 「グラス、花束、ギター、瓶のある静物」 1919 年

    パブロ・ピカソ 「グラス、花束、ギター、瓶のある静物」 1919 年

  • パブロ・ピカソ 「青いギターのある静物」 1924 年

    パブロ・ピカソ 「青いギターのある静物」 1924 年

  • Ⅲ. 両大戦間のピカソ― 古典主義とその破壊<br />パブロ・ピカソ 「ギターを持つアルルカン」 1918 年

    Ⅲ. 両大戦間のピカソ― 古典主義とその破壊
    パブロ・ピカソ 「ギターを持つアルルカン」 1918 年

  • パブロ・ピカソ 「窓辺の静物、サン=ラファエル」 1919 年

    パブロ・ピカソ 「窓辺の静物、サン=ラファエル」 1919 年

  • パブロ・ピカソ 「水差しを持ったイタリア女」 1919 年

    パブロ・ピカソ 「水差しを持ったイタリア女」 1919 年

  • パブロ・ピカソ 「青い胴衣の女」 1920 年 国立西洋美術館<br />1920年に描かれたこの小品は、水彩画ですが、白の不透明水彩を加えて画面に重厚さを与えています。「薔薇色の時代」から続くデフォルマシオンの強調が厭味なくその手や腕を豊かなものに作り上げます。こうした一本一本の線はまことに的確で、大柄な身体にのせられた比較的小さな顔の淡紅色の肌が、白を加えられた褐色によって引き立てられ、全体としては彫像のような重みと威厳が与えられています

    パブロ・ピカソ 「青い胴衣の女」 1920 年 国立西洋美術館
    1920年に描かれたこの小品は、水彩画ですが、白の不透明水彩を加えて画面に重厚さを与えています。「薔薇色の時代」から続くデフォルマシオンの強調が厭味なくその手や腕を豊かなものに作り上げます。こうした一本一本の線はまことに的確で、大柄な身体にのせられた比較的小さな顔の淡紅色の肌が、白を加えられた褐色によって引き立てられ、全体としては彫像のような重みと威厳が与えられています

  • パブロ・ピカソ 「座って足を拭く裸婦」 1921年<br />1915年頃から始まるピカソの「新古典主義次代」に制作された作品

    パブロ・ピカソ 「座って足を拭く裸婦」 1921年
    1915年頃から始まるピカソの「新古典主義次代」に制作された作品

  • パブロ・ピカソ 「彫刻家と彼の彫像」 1933 年

    パブロ・ピカソ 「彫刻家と彼の彫像」 1933 年

  • パブロ・ピカソ 「踊るシレノス」 1933 年

    パブロ・ピカソ 「踊るシレノス」 1933 年

  • パブロ・ピカソ 「水浴する女たち」 1934 年

    パブロ・ピカソ 「水浴する女たち」 1934 年

  • パブロ・ピカソ 「ミノタウロマキア」 1935年

    パブロ・ピカソ 「ミノタウロマキア」 1935年

  • パブロ・ピカソ 「サーカスの馬」 1937年

    パブロ・ピカソ 「サーカスの馬」 1937年

  • パブロ・ピカソ 「雄鶏」 1938 年

    パブロ・ピカソ 「雄鶏」 1938 年

  • Ⅳ. 両大戦間のピカソ― 女性のイメージ <br />パブロ・ピカソ 「緑色のマニキュアをつけたドラ・マール」 1936 年<br />ドラ・マールは、1907年フランスのトゥール生まれ。父親は、ユダヤ系ユーゴスラビア人の建築家、母親はフランス人でした。少女時代の数年をアルゼンチンで過ごしたことから、彼女は、ピカソの母国語であるスペイン語も話すことができました。フランスに戻ってからは、パリの美術学校で絵画を学んだ後、写真家として、シュルレアリスム(超現実主義)の芸術家たちと交流し、国際的な展覧会(「国際シュルレアリスム」展 1936年 ロンドン)にも出品しています。<br /> 

    Ⅳ. 両大戦間のピカソ― 女性のイメージ
    パブロ・ピカソ 「緑色のマニキュアをつけたドラ・マール」 1936 年
    ドラ・マールは、1907年フランスのトゥール生まれ。父親は、ユダヤ系ユーゴスラビア人の建築家、母親はフランス人でした。少女時代の数年をアルゼンチンで過ごしたことから、彼女は、ピカソの母国語であるスペイン語も話すことができました。フランスに戻ってからは、パリの美術学校で絵画を学んだ後、写真家として、シュルレアリスム(超現実主義)の芸術家たちと交流し、国際的な展覧会(「国際シュルレアリスム」展 1936年 ロンドン)にも出品しています。
     

  • パブロ・ピカソ 「花の冠をつけたドラ・マール」 1937年<br />二人が交際をはじめたのが1936年。ちょうどその年に起こったスペイン内戦について、彼女は的確な意見を言ってピカソを感心させています。翌1937年の「ゲルニカ」の制作では、写真家として制作過程を記録するなど、そばでピカソを支えました。

    パブロ・ピカソ 「花の冠をつけたドラ・マール」 1937年
    二人が交際をはじめたのが1936年。ちょうどその年に起こったスペイン内戦について、彼女は的確な意見を言ってピカソを感心させています。翌1937年の「ゲルニカ」の制作では、写真家として制作過程を記録するなど、そばでピカソを支えました。

  • パブロ・ピカソ 「座る女」 1938 年

    パブロ・ピカソ 「座る女」 1938 年

  • パブロ・ピカソ 「横たわる裸婦」 1938 年

    パブロ・ピカソ 「横たわる裸婦」 1938 年

  • パブロ・ピカソ 「タンバリンを持つ女」 1939 年

    パブロ・ピカソ 「タンバリンを持つ女」 1939 年

  • パブロ・ピカソ 「多色の帽子を被った女の頭部」 1939 年

    パブロ・ピカソ 「多色の帽子を被った女の頭部」 1939 年

  • パブロ・ピカソ 「黄色のセーター」 1939 年<br />ハインツ・ベルクグリューンは生前、彼の美術館の顔ともいえる代表作「黄色のセーター」 についてこのように語っています。色鮮やかな衣装に身をつつみ、重厚な肘掛け椅子に堂々と座るドラ・マールは、まるで玉座につく女王のようだ。しかし、石膏像のような白い頭部には正面向きと横向きの目鼻が組み合わさって変形し、ごつごつとした両手とともに人間離れした不気味さをもつ、とりわけ入念に仕上げられているのは黄色いセーターであり、緻密で複雑なテクスチャーが無背景の画面に装飾的効果をもたらしている

    パブロ・ピカソ 「黄色のセーター」 1939 年
    ハインツ・ベルクグリューンは生前、彼の美術館の顔ともいえる代表作「黄色のセーター」 についてこのように語っています。色鮮やかな衣装に身をつつみ、重厚な肘掛け椅子に堂々と座るドラ・マールは、まるで玉座につく女王のようだ。しかし、石膏像のような白い頭部には正面向きと横向きの目鼻が組み合わさって変形し、ごつごつとした両手とともに人間離れした不気味さをもつ、とりわけ入念に仕上げられているのは黄色いセーターであり、緻密で複雑なテクスチャーが無背景の画面に装飾的効果をもたらしている

  • パブロ・ピカソ 「女の肖像」 1940 年<br />頬杖をつくという伝統的な「憂鬱」のポーズをしたドラ・マールを極端なクローズアップでとらえた作品<br />

    パブロ・ピカソ 「女の肖像」 1940 年
    頬杖をつくという伝統的な「憂鬱」のポーズをしたドラ・マールを極端なクローズアップでとらえた作品

  • パブロ・ピカソ 「大きな横たわる裸婦」 1942年

    パブロ・ピカソ 「大きな横たわる裸婦」 1942年

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