2019/03/08 - 2019/03/15
201位(同エリア1691件中)
ポポポさん
この旅行記のスケジュール
2019/03/14
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ツタンカーメン王の秘宝
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ツタンカーメンの秘宝 法座
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タニスの秘宝
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ローマ時代の女性のミイラマスク
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人型棺を収めていた彩色厨子
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アテン神崇拝の場面のパネル
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アメンヘテプ3世と王妃ティイの像
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この旅行記スケジュールを元に
博物館の観光の続きです。
ガイドによる展示品の説明が終わると、そこからは自由時間になりました。
ミイラ室に入ってみたかったのですが限られた時間なのでそこはパス。ツタンカーメン王の秘宝も一部しか見ていなかったので展示品を見ることにしました。
この判断がただしかったと思います。なぜならガイドブックにも詳しく記述されていないタニスの秘宝を見ることができたからです。
タニスの秘宝はツタンカーメン王の秘宝と並び称されるほどの当博物館の重要展示物。不盗掘の王墓から発見された金の副葬品などが展示されていました。詳しくは本文にて・・・。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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エジプト考古学博物館の後編です。
前回に引き続きツタンカーメン王の秘宝から・・・・。
この厨子が第三の厨子です。ここから奥に第二、第一(一番外側の厨子)の厨子と続きます。 -
これが第二の厨子。
4つの厨子の内2つがネフェルネフェルウアテン女王のために作られた厨子です。
厨子の中にあるカルトゥーシュがツタンカーメン王の名に改ざんされていたそうです。 -
これは外側の一番大きな厨子。
厨子の壁面は美しい文様で飾られていました。 -
文様はイシス神の背骨をイメージしたジェド柱とイシス女神の腰紐の結び目をデザイン化したチェト模様が連続して描かれています。
とても緻密な作業なので作成には月日を要したでしょうね。
王の墓は即位した時から掘り始められます。王の副葬品も即位した早い時期から作り始められのだそうです。
ファラオの力は偉大です。 -
船の模型です。王墓には総計36隻の船の模型があり、うち18隻は宝庫に収められていました。
船は儀式用とナイル川や湿地帯で使用する日常用とがあり、内3隻はファラオが死後冥界で乗る太陽の船です。 -
船の模型。
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こちらは帆柱があるのでファルーカ船。日常使用される船だと思われます。
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王墓から発見された35体の儀式用木像群の一部です。
うちツタンカーメン王の木造は8体、残り27体は神々の像でした。これらの像は黒い厨子に納められ宝物室の南壁に沿って置かれていたそうです。
それぞれの木造は黒い長方形の台座に据えられ、アクエンアテン王の治世3年目のものと特定できる亜麻布にくるまれていました。
写真は5体の女神の像。いずれも金箔が施されています。 -
四角に配置された木像群。
これらの像はツタンカーメンの黄金のマスクが陳列されていた部屋の斜め向かいに陳列されていましたが、燦然と黄金の光を放っていたため観光客の目を引きつけずにはおれませんでした。
そのため観光客を入れずに写真を撮るのにいささか苦労しました。 -
先程の女神像とは反対側に置かれていた5体の女神像。
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配置された木造群の正面。2体のホルス神を挟むように配置されていたのはツタンカーメン王の木像。
うち左端の木像が「パピルス船に乗るツタンカーメン王像」。この象はツタンカーメンの宝物として有名で写真などでよく目にするものです。
宝物として有名な外に、ネフェルネフェルウアテン女王の副葬品となるはずの宝物がツタンカーメンの宝物に転用された証拠の品としても有名な木像です。
ここに並べられているツタンカーメン王の像はその実はネフェルネフェルウアテン女王をモデルとして作られた物だったのです。
女性であることの身体的特徴は一目瞭然、胸に乳房があるのです。
ツタンカーメンの黄金のマスクは顔が付け替えられてカルトゥーシュが改ざんされていますが、王が早逝だったために木像の乳房を平坦に加工する時間がなかったのだと思います。
さて、この「パピルスに乗るツタンカーメン像」は邪悪の象徴であるカバを狩る神話の一場面を描いたものです。ここでは王はホルス神の化身として表現されています。カバに姿を変えた父の仇セト神と戦ったホルス神のように・・・。 -
正面中央に配置されていたのは杖を突くツタンカーメン王の金の木造。
この金の王像も乳房があり、見た目にはいかにも女性の姿です。明らかに女性のために作られた木造だと考えられ、これもネフェルネフェルウアテン女王の副葬品として作られた物でしょう。 -
2体のホルス神に続き右端に据えられているのが「ヒョウの背に乗るツタンカーメン王像」。
頭には上エジプトの冠を被り、右手には王権の象徴穀竿を握っている。先程のパピルス船に乗る像よりも乳房がはっきり分かります。 -
木像群の全体の様子。
パピルス船とヒョウの背に乗る王像は対として2体ずつ作製されていますが、観光した時は他の2体は見かけませんでした。
現在大エジプト博物館が建設途上で、その間副葬品の修復作業が進められています。
残りの2体は修復に回されていたのかもしれません。
また写真でよく見かける雌ライオンの寝台もありませんでした。 -
1階の中央展示ホール。ツタンカーメン王の副葬品が展示されている場所からは1階の中央展示ホールのほぼ全域を眺めることができます。
エジプト考古学博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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展示ホールのほぼ中央に見えるのはピラミッドのキャップストーンではないですか。
アランさんは何故説明してくれなかったのでしょうか?後で1階に下りた時に行こう。
中央展示ホール側の2階には沢山の展示室があります。でも結局は全然見ていません。
観光時間が2時間弱だったので全然時間が足りないのです。大エジプト博物館ができたらもう一度見に行かなくちゃ。でもツタンカーメンの秘宝だけでも4000点以上あるらしいので一日では見切れないでしょうね。
最低でも3日くらい必要でしょう。そんなツアーがあるのかな。エジプト考古学博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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同じく1階中央展示ホール。写真手前に写っている黒い塊はアメンヘテプ3世像の頭です。
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権力の標ウアスと生命の標アンクがデザインされた小箱。
箱の左に並べてあったのは文房具です。 -
金箔を施した木の小箱。
青いファイアンス(古代エジプトの青い焼き物)と金箔の対比が見事です。この箱の側面には王のカルトゥーシュと聖蛇ウラエウスが交互に装飾されているのですが、この角度からは側面の装飾は見づらいですね。
カルトゥーシュには王の誕生名トゥト・アンク・アメンと即位名ネブケ・ペルウラーが交互に記されています。 -
その他の小箱。
小箱は王墓前室の西隅に多数乱雑に積み上げられていたそうです。これらの小箱のいくつかがここに展示されていました。 -
法座。王が法令を布告する時に使用した儀式用の椅子。
木製で象嵌が施されています。
椅子の背もたれ最上部にアテン神の太陽円盤が描かれ、その下のハゲワシの翼の脇に即位名「ネブケペルウラー」と改名前の「ツタンカーテン」が記されたカルトゥーシュがあることから、王の治世の初期に制作されたものだと推測されています。 -
背もたれのアテン神の太陽円盤やハゲワシの翼が分かるようにアップにしたつもりでしたが、もっとアップにすればよかったと反省しています。
カルトゥーシュがまだ分かり難いですね。
この法座は家具類の中ではピカイチの椅子かもしれません。床几に背もたれをつけたような珍しい形状で、湾曲した座席も珍しいと思います。
さらに象嵌細工の意匠やデザインが素晴らしい。とても印象に残った宝物でした。
法座の前にある足置台にはエジプトの敵を意味する後ろ手に縛られた異民族「九弓の民」が描かれています。 -
湾曲した座席のカーブとそれを支える優雅な足は黒檀と象牙でできており、何とも優雅。
今から3300年以上も前の作品ですが、とても古い時代のものとは思えません。当時の斬新なデザインや木工技術に脱帽です。 -
足置台のアップ。エジプトの敵を意味する「九弓の民」が描かれています。
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白い木箱。
木箱などの家具調度品は王墓の宝庫内に山積みにされていたそうです。
ここに展示されている木箱や小箱はそれらの内の極一部なんでしょうね。 -
儀式用の装飾として作られた盾。
透かし彫りでデザインされた椅子に座る王像。 -
ガラスに人物が映り込んだので、方向を変えて写したところさらに人物が映り込んでしまい失敗写真になってしまいました。
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再び儀式用木像の展示コーナーへ。
写真右端に写っている黒い2体の像はハトホル女神の息子イヒの子供の姿を表しています。手に持っているのは金箔で装飾された楽器のシストラム。
距離が遠くて像の表情が読み取れませんが、右のイヒ像の体には全身が金箔で覆われていたことを示すように金箔の跡が残っていました。
イヒは空の神で死者の案内人や保護者の役割と再生を意味しています。 -
中央のツタンカーメン王像は神エジプトの王冠を被り、手には穀竿と牧杖を持っています。
この像も元々はネフェルネフェルウアテン女王の埋葬品であったものがツタンカーメン王の埋葬品に転用されたものです。 -
金箔が施された木造の女神像。
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これは女性のミイラマスク(ローマ支配時代)。
この時代のミイラマスクは人型棺に写真のように取り付けられていました。 -
ローマ支配時代のミイラマスクで最も素晴らしかったのがこのマスクです。
ローマ支配時代は紀元前30年から紀元311年までですが、この時代に作られたマスクとは思えないほどの出来栄えの良いマスクでした。
マスクに施された色彩は鮮やかで正面から見ると目立つような傷はなく、とても1700年から2000年も前に作られたものとは思えないような素晴らしい物です。
その美しさに引き付けられました。美しさではツタンカーメン王の黄金のマスクに引けを取らないのではないかと思います。 -
このマスクはその美しさ故にガラスケースに入れて保管展示されていました。そのためガラスに光の映り込みがあります。
実際は最と鮮やかな色彩でした。 -
マスクの右横の装飾。古代エジプトの4神と鷲の絵が描かれています。
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こちらはマスクの左横。右と同じように4神が描かれていますが一部破損の跡が見られました。
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ここからはタニスの秘宝の展示室。展示室はツタンカーメンの黄金の逗子が展示されている通路に面していました。
部屋の入り口には表示がないため見過ごしてしまう恐れがあります。私は表示が無かったと記憶していますが、案内のプレートが小さくて見過ごしてしまったのか、それとも気付かなかったのかもしれません。たまたま通路を歩いていると部屋の中から人が出て来ました。何があるんだろうと部屋の中を覗くとそこがタニスの秘宝の部屋だったのです。
タニスの秘宝は予備知識がなかったので、この博物館に展示されていることさえ知りませんでした。
たまたま偶然に中から人が出てきたのでその存在を知ることができたのでした。その点ではラッキーでした。
中に入ってみると部屋が分かり難かったのか観光客ほとんどいませんでした。おかげで黄金の部屋をゆっくり見学することができました。
さて、タニスは第21王朝の国王達が遷都した古代の首都です。現在では古代都市の遺跡しか残っていませんが、この町のアメン神殿内の墳墓群から副葬品が発掘されました。
墳墓内には多くの王墓があり、中には盗掘されたものもありましたが王墓は破壊されることは無く、プスネンセス1世の王墓などいくつかは奇跡的に破壊や盗掘を免れツタンカーメン王墓に匹敵する宝物が発見されました。特にプスネンセス1世の王墓は未盗掘の状態で発見されたのでツタンカーメンの秘宝と並び称される秘宝となっています。但し宝物の数はツタンカーメン王の方が遥かに多いそうです。
この部屋には黄金のマスクをはじめ金製の副葬片が多数展示されていましたが、写真はそのうちの一部です。
写真はプスセンネス1世の黄金のマスク。ツタンカーメンの黄金のマスクに匹敵する宝物です。(第21王朝 プスセンネス1世の時代) -
プスネンセス1世の黄金のマスク。(第21王朝プスセンネス1世の時代)
コンデジで撮ったらピンボケになってしまいました。さらに節目がちに展示されていたため、暗い印象になってしまいました。
そこで美術本から引用したのが次の写真。 -
プスネンセス1世の黄金のマスクの写真です。(美術本から借用)
パッと見は違うマスクの様ですがどちらも同じ物です。博物館の展示は前屈みに伏し目がちに展示してあるためどうしても暗い表情になります。
また光の当たり具合でも微妙に表情が変わります。真っ直ぐに前を向けばこんなにキリッとした表情なのです。 -
プスネンセス1世の金のえり飾り。
純金製で止め金具にはラピス・ラズリ象嵌のカルトゥーシュが施されているそうですが、これもピンボケではっきりしません。
王墓から発見された金の靴と金の指サックが一緒に展示されていました。 -
プスネンセス1世の金の指サック。
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シェションク2世の鷹頭の銀製の棺。(第22王朝シェションク2世の時代)
プスネンセス1世王墓の玄室から発見されました。 -
アメンエムオペト王の人型棺のマスク。(第21王朝アメンエムオペト王の時代)
アメンエムオペト王はプスネンセス1世の後継者(息子)で、プスネンセス1世の王墓に埋葬されていました。
埋葬された場所は元々プスネンセス1世の王妃ムトネジェムト王妃のために造られた玄室だったそうです。 -
アメンエムオペト王の黄金のマスクと金のえり飾り、その他金製の副葬品。
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アメンエムオペト王の黄金のマスクとホルスの胸飾り。(第21王朝アメンエムオペ王の時代)
この黄金のマスクもアメンエムオペト王の物。上の写真もアメンエムオペト王のマスク。
同じ王様なのにどうしてこんなに顔が違うの?誰か教えて。 -
ウンジェバエンジェド将軍の金のマスク。(第三中間期 第21王朝プスネンセス1世の時代)
プスネンセス1世時代の偉大な将軍で、時に王の代行も務めました。微笑を浮かべた唇、温和な表情は若い時の姿を表しているそうです。
写実的な人間的表現はタニスの金細工職人の技術の高さを今に示しています。
近くに寄って見ても遠くから見ても肌の質感さえも感じさせる素晴らしい作品でした。 -
プスネンセス1世の王墓から発掘された金製の副葬品。
説明文が判読できないためこれらが何かは不明です。 -
金の人型棺。
プスネンセス1世の人型棺は銀製だった(写真は写していません)のでそれ以外の王の人型棺と考えられますが、誰も物かは不明です。 -
プスネンセス1世の銘入り水差し(写真中央、高さ39㎝)
プスネンセス1世の銘入り把手つき杯(写真左手前)、その他はプスネンセス1世王墓から発見された儀式用、日用品の金製の器。
プスセンネス1世の王墓の玄室には日用品や儀式用の多くの貴重な貴金属製の器がおさめられていました。
これらは芸術的価値の高さもさることながら、考古学的にも非常に重要な器でした。
それは、これらの器がタニスから発見されるまでは壁画を通してしか知ることができなかったからです。 -
ミイラをが収められていた金装飾の人型棺。
人型棺の顔がホルス神であるため、王のミイラが収められていたと考えられますがなんという名の王かは不明。
写真を写すことに気を取られて、名前の把握まで気が回りませんでした。 -
王墓から出土したカノポス壺。
写真中央のカノポス壺はプスネンセス1世のものではありません。
プスネンセス1世のカノポス壺は偶然写っていた左隅のもの。
タニスの秘宝なんて全く聞いたことがなかったので予備知識は皆無、どれが貴重な物なのか知りませんでした。
プスネンセス1世のカノプス壺は石作りの壺に金箔と青い練りガラスで装飾が施されていますが、タニスの王墓で石の容器はとても珍しいそうです。
この壺はその珍しい例の一つでとても貴重な物だそうです。 -
黄金のマスクと金のサンダル、指サック。
誰の副葬品だったか確認していませんが、プスネンセス1世の墓からは彼の他にアムエンオペト王やシェションク2世の墓、ウンジェバエンジェド将軍などの墓が発見されています。
近くにはオソルコン2世やホルナクト王子の墓も発掘されているので、これらのうち誰かの埋葬品と思われます。
以上でタニスの秘宝は終わります。出国前は勉強不足でタニスの秘宝のことは知りませんでした。
タニスの秘宝は写真を写したもの以外にも沢山あったのですが、これらがタニスの秘宝と呼ばれているとても重要な秘宝だとは知らなかったため、一部しか物しか写真を撮りませんでした。
もっと写真に収めておけば良かったと今にして思います。 -
有色人型棺。
傷みが少なく色彩がはっきり残っている物が何体か展示されていました。 -
これも有色人型棺。
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人型棺を納めた厨子。
ツタンカーメン王の厨子同様、この中に人型缶や石棺が収められていました。
厨子の壁に描かれているのはヒエログリフで書かれた死者の書。
さらに死者の守護神であるイシス女神、ネフティス女神、ネイト女神、セルケト女神が描かれています。
写真に写っているのはイシス女神(左)とネフティス女神(右)。 -
こちらは厨子の反対側、4女神の内のセルケト女神(左)とネイト女神(右)です。
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知の神トト神などの神々が描かれていました。
トト神の左下に描かれているのはアオサギ、太陽神ラーの魂を表している鳥です。 -
反対側に描かれているのはホルス神やトト神などどヒエログリフによる死者の書。
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死者の書が書かれた厨子は何体かあって、数人の高校生くらいの女学生が厨子に描かれた神々の姿をスケッチしていました。
彼女たちは美術学校の生徒さんなのかもしれない。 -
厨子は何体かありましたが、厨子の壁面に描かれた絵柄はどの厨子も大体同じ絵柄でした。
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熱心に絵柄をスケッチしている女学生。
あまり時間がないので次はまだ見ていない1階の中央展示ホールへ。 -
1階通路に展示されていたトトメス3世のスフィンクス像。
端正な顔立ちのスフィンクスでした。 -
アテン神崇拝の場面のパネル。(18王朝、アクエンアテン王の時代)
アクエンアテン王とその家族がアテン神を崇拝する場面です。アテン神を崇拝する王の家族を表したモチーフはアマルナ時代の作品に度々見受けられますが、このパネルはその代表的な物として特に有名です。
私はアマルナ時代の物で一番見たかったのがこのパネル。実物を見て安心したのか同じ場所に置かれていたアクエンアテン王の像の写真を撮り忘れてしまいました(笑)。
さて、アマルナ時代とはアクエンアテン王(アメンヘテプ四世)が首都をテーベからアケトアテン(アマルナ)に遷都し、太陽神アテンを唯一の国家神として宗教改革を断行した時代です。
これは人類最初の唯一神の信仰と言われています。この改革はこれまで朝貢品や戦利品などの寄進で富を蓄積し、政治にまで口出しを始めたテーベのアメン神殿の神官団から王に富を集中させることで王権側に権力を集中させるためでした。
この時代には細長い手やふくらんだ下腹部を基づく独特な美術表現が生まれ、この美術表現を「アマルナ美術」と呼んでいます。
このパネルもそのような美術表現で描かれています。
右上の太陽神アテンから光が降り注ぎ、光線の先は手の形をしています。
中央の冠を戴いた人物がアクエンアテン王、その左がネフェルティティ、長女のメリトアテン、次女のマケトアテンです。 -
1階でも学生たちが彫像の写生をしていました。
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ラーヘテプとネフェルトの座像。(第4王朝スネフェル王時代紀元前2575~全2551)
スネフェル王のピラミッドの北にあるラーヘテプのマスタバ墳で発見されました。
とてもいまから4500年前に作られたとは思えないほどの質の良い彫像です。
特に妻ネフェルトの鮮やかなえり飾りと真っ白なマント。背後のヒエログリフは鮮明に残っています。
夫のラーヘテプはヒエログリフより「王の実の息子」「ヘリオポリスのラーの神官・労働監督官・遠征隊指揮官」との肩書が記されています。
王との関わりがある人物なので王宮の芸術家が手掛けた作品であろうことがうかがえます。 -
そしてここは1階中央展示ホール。
中央に見えるのがアメンヘテプ3世と王妃ティイの巨像。
さらに中央手前に見えている四角錐はピラミッドのキャップストーン。これも目の前で見たのに写真を写していなかった。
多分時間に追われていたのでしょう。残り自由時間は15分少々、あと博物館の売店にも行かなくちゃ。
ここの展示ホールの左右にはファラオの像が並んでいるのですが、多くは布が掛けてあって見れませんでした。
多分、大エジプト博物館に移送する準備がされていたんでしょうね。 -
アメンヘテプ3世と王妃ティイの巨像。写真では分かり難いけど大きな像だった。
二人の足者には3人の娘達の像もありました。写真では分かり難いけど、中央に1人、そして像の左右に1人ずつで合計3人。 -
少し離れて写真をもう一枚。ここからなら像の大きさが分るかな。
博物館の見学はここで終了。この後急いで博物館の売店に行って子供たちの土産を購入し、何とか集合時間に間に合いました。
博物館の見学時間は2時間20分でしたがとても時間が足りない。まだ見ていない部屋が沢山あったんです。2時間少々ではとても見切れません。せめて4時間は欲しかったな。
こうして予定の観光を全て終わりました。次回はいよいよ帰国、長かったエジプト旅行記もようやく終わります。
今回も訪問下さりありがとうございました。
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