2021/06/07 - 2021/06/08
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FUKUJIROさん
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津軽三味線の知識は皆無でしたが、斜陽館のすぐ近くだったので津軽三味線会館に立ち寄りました。
芦野公園に津軽三味線発祥の地碑がありましたが、何となく見ていただけでした。津軽三味線会館でその背景や歴史について知ることができ、大変感銘しました。津軽三味線の始祖と呼ばれる仁太坊(秋元仁太郎)や、その弟子たち、津軽三味線の神様とされた白川軍八郎らの苦難と功績を知ることができました。
惜しむらくは、撮影禁止だったこと。何故撮影禁止にするのでしょうか?仮に外国人が観光に訪れるようになっても、この資料を前に自撮りで混雑するとは考えにくいのですが。平成12年(2000年)の開館。
1日目/大宮駅から東北新幹線で新青森駅へ、レンタカーで竜飛岬を目指す。
2日目/竜飛岬から日本海側を南下して、つがる市、五所川原市を経て津軽中里へ。
3日目/太宰治が生まれた金木を散策、弘前城へ。
4日目/世界遺産・白神山地を歩き、岩木山神社に参拝。青森市へ。
5日目/青森市内、世界遺産候補・三内丸山遺跡を観光。帰宅。
コロナ禍のため、帰宅後2週間以上経過し感染していないことを確認してから旅行記を公開しています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
津軽三味線会館は、斜陽館から徒歩1分です。大きな舞台もあります。
素晴らしい青空です。舞台裏の森には金木八幡宮、さらに先に津島家の菩提寺である南台寺があります。 -
津軽三味線会館。とても興味深い資料がいっぱいありましたが、館内は撮影禁止で残念でした。記憶力がめっきり低下している私が覚えたことは、仁太坊という人がいなければ津軽三味線は存在していないということでした。
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館内舞台。ここのみ撮影可でした。
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定期的に津軽三味線の実演が行われますが、このときの観客は私一人でした。演奏者は佐藤○○さん。東北には佐藤さんが多いので、お名前を忘れました。素晴らしい演奏でした。
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雲祥寺。津軽三味線会館から徒歩15秒。
奥津軽地方随一の規模を誇るお寺です。 -
雲祥寺。慶長元年(1596年)開基と伝わり、文化8年(1811年)愚全和尚が中興しました。
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雲祥寺の山門。鐘楼を兼ねた造りになっています。
享和3年(1803年)、金木屋武田家が寄進したとあり、金木の地名の由来と言われています。 -
金木山の山号。
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山門前の石碑。
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石碑の台座には鬼の顔。
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石碑の裏側、問題とされるプレートです。
何故日本が戦争せざるを得なかったか、そこにも触れてほしいものです。 -
仁王像(阿形)。筋骨隆々とした如何にも仁王様のお姿です。
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仁王像(吽形)。
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本堂。子守のタケは幼い太宰治を連れてきて、地獄極楽の十王曼荼羅を観たり、幼い子どもの供養になるといわれている後生車を廻したりしました。
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本堂。御本尊は釈迦如来像。総ヒバ造り、昭和44年(1969年)に再建されました。ちょっと恐ろしい寺宝の十王曼荼羅掛け絵図があります。
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樹齢500年以上の老松。雲祥寺の創建以前からこの地に根付いていました。
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境内の釈迦如来像。
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雲祥寺重興之碑。
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奥津軽大観音。平成13年(2001年)11月11日開眼。
白御影石造りの観音像の高さは6m、台座を含め総高10m。 -
中国・福建省で造られました。以前、厦門に行ったときに聞きましたが、福建省は御影石の産地で厦門に来る人の半分は石関係とのことでした。
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地蔵堂。
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地蔵堂。こちらは入り口近くにありました。
マスクをしていますが、化粧地蔵と呼ばれています。 -
太宰治碑。平成20年(2008年)に境内に建立した碑は、後生車のついた卒塔婆が3本並んでいるデザイン。子守のタケに連れられた太宰治は飽きることなく後生車を廻していたそうです。
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景色が反射してしまって文字が見えませんが、「汝を愛し 汝を憎む 太宰治」の文字が刻まれており、金木文化会に寄せた直筆書を複製したものです。
ちょっと曰く付きのお寺でしたが、来て良かったです。 -
太宰治疎開の家「旧津島家新座敷」。太宰治が実際に居住し、作品を執筆した場所として実在する日本唯一の場所です。
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受付。案内人の方から、有無を言わさずに詳しい説明を聞かされます。
太宰治が好きな人しか立ち寄らない前提の詳しい説明でした。 -
受付の奥は、お土産屋さんです。
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旧津島家新座敷は、大正11年(1922年)に太宰の兄・文治夫婦の新居として建てられた津島家の離れです。所有者が何度か変わり、現在の所有者が平成19年(2007年)に一般公開しました。
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階段。斜陽館と同じ和洋折衷の造りです。
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斜陽館。貼り付け画。
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大正7年の金木案内俯瞰図。まだ津軽鉄道が開通する前です。
競馬場があったのには驚きました。 -
廊下。
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こちらが本来の入り口だったようです。
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庭。昭和23年6月、太宰治の死と同時期に母屋(斜陽館)は売却されました。その際、新座敷と呼ばれたこの離れは、現在地に曳き家されました。その後に造られた庭です。
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葉が落ちる季節には、斜陽館が見えるそうです。
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新座敷は、洋室1間と和室4間の造りです。
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兄と疎遠になっていた太宰治が母を見舞った部屋。
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10畳の和室。奥の部屋が疎開してきた太宰治の書斎となった部屋。
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縁起の良い「鶴亀」の額。
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江戸時代中期の浮世絵師、鳥居清信の美人立姿図。
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江戸時代前期の浮世絵師、奥村政信の「佐野川市松人形遣い」。
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飾り窓。
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洋間。疎開してきた太宰治が文士達と語らった部屋。
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洋間。
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洋間に飾られていた写真です。左から、太宰治(津島修治)、文治の長女・陽、姉としの二女・光代、兄圭治、弟礼治の5人です。2009年に公表されました。
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太宰治の書斎。昭和20年(1945年)、戦禍をのがれて金木に疎開し、妻子とともに1年4か月の間ここで暮らし、数々の作品を執筆していました。
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太宰はここに座り、「パンドラの匣」「苦悩の年鑑」「親友交歡」「冬の花火」「トカトントン」などの作品を執筆しました。
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メロス坂通りを金木駅に向かっていると、日本民間飛行家第一号・白戸榮之助生誕の地という碑を発見しました。
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余りにも細やかな碑ですが、碑の上では複葉機が飛んでいます。
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金木駅に戻ってきました。
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太宰のふさと。
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ストーブ列車のポスター。冬の風物詩です。
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白戸榮之助(しらと えいのすけ)氏のポスター。
明治45年(1912年)4月、川崎競馬場で開催された日本初の飛行大会で奈良原式4号機「鳳号」を操縦し、民間操縦士第1号となりました。 -
奈良原式4号機「鳳号」模型。
全長7.00m、全幅11.40m、50馬力のエンジンを搭載。 -
白戸式「厳」号。日本初の民間水上機、大正5年3月。
全長7.50m、全幅11.00m、60馬力のエンジンを搭載。 -
白戸式25型「球磨」号。大正9年完成。
全長6.90m、全幅9.80m、180馬力のエンジンを搭載。
日本最速記録を目指し大正10年5月の大会で221.97km/hを記録しました。 -
太宰治は、「津軽平野の金木、五所川原、木造あたりから眺めた岩木山の端正で華奢な姿も忘れられなかった」と書いていますが、本当にそのとおりだと思います。
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金木駅。
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金木駅。
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金木駅。津軽中里行きの列車が到着しました。
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芦野公園駅に戻り、赤い屋根の喫茶店「駅舎」です。
昭和5年(1930年)に作られた津軽鉄道芦野公園駅の旧駅舎です。 -
昭和52年(1977年)から旧駅舎は喫茶「ラ・メロス」として、平成18年まで営業していましたが、惜しまれつつ閉店。
翌年から赤い屋根の喫茶店「駅舎」として営業再開しています。水曜日定休。 -
店内にはレトロな雰囲気が残っています。
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激馬かなぎカレーを美味しくいただきました。
公式HPによれば、太宰の好きだった弘前土手町の珈琲屋「万茶ン」のオリジナルブレンド「昭和のコーヒー」や、金木特産の馬肉を使った馬まんを味わうことができます、とのこと。コーヒー飲めば良かったなと後の祭りでした。 -
岩木川に架かる神田橋(橋長400m)の袂にやってきました。
津軽三味線会館で知った仁太坊に所縁のあるこの場所を見たかったのです。 -
史跡神原之渡し碑(左)。
津軽三味線始祖 仁太坊の里碑(右)。平成5年3月3日建立。
仁太坊は明治の初め、金木神原村の渡し守の一人息子として生まれ、生まれて間もなく母は他界し、8才の時に天然痘で失明してしました。 -
頼みの父も船から転落死、天涯孤独な仁太坊は生きていくため、流し女芸人から習ったばかりのたどたどしい三味線で門付けをする日々でした。
仁太坊は独学で創意工夫をし、活力あふれる叩きを取り入れた即興三味線を演じ、後年、最後の弟子となった白川軍八郎らによって津軽三味線へ発展しました。 -
史跡十三館岡街道 吉田松陰ゆかり之地碑(神原之渡し碑と兼ねています)。
嘉永5年(1852年)、吉田松陰は神原の渡しを利用、海防視察のため小泊へ向かっています。この碑は橋の袂に建っていますが、実際の渡しは橋の下流300mほどのところでした。 -
岩木山と岩木川。神原の渡しがあった辺りの場所から岩木山を望んでいるつもりだったのですが、私は勘違いしていて上流に移動してました。岩木川は北へ流れているんです。
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「や!富士いいなあ」と私は叫んだ。富士山ではなかった。津軽富士と呼ばれている一千六百二十五メートルの岩木山が、満目の水田の尽きるところに、ふわりと浮んでいる。(「津軽」より引用)
五所川原市毘沙門から撮影。 -
弘前から見るといかにも重くどっしりして、岩木山はやはり弘前のものかも知れないと思う。(「津軽」より引用)
弘前市中崎から撮影。
ここから見ると、頂上の3峰がはっきりと見えます。
頂上には、今から約1200年前の宝亀11年(780年)にお宮が祀られ、これが津軽一の宮岩木山神社の創建と伝わります。 -
カーナビに弘前城って入力したのが失敗なのか、だいたいお城の駐車場ってすぐに見つかるものですが、弘前城では見つかりませんでした。
1周半して適当に駐めたところが公益社団法人弘前観光コンベンション協会(通称、観光館)という駐車場でした。結果的に間違いではなかったのですが、わかりにくかった。 -
お城の南側に駐めたので、追手門から入城しました。
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鷹揚園(おうようえん)の碑。弘前公園の別称です。
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三の丸追手門。
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弘前城趾案内図。
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杉の大橋を渡ります。
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南内門。
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二の丸南門。
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未申櫓。
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西の郭へ続く真っ直ぐな道。
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蓮池。
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案内図に載っていない場所ですが、こっちへ進むようです。
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南口券売所はさらに上のようです。
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結構な石段を上ります。
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右の建物が券売所。
チケットを買って、左方向へ進みます。 -
石垣の工事をしていました。
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鶴の松。樹齢300年以上、鷹揚園随一の名木。
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天守が見えました。
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弘前城天守。最初の弘前城は嘉永4年(1627年)の落雷で焼失しました。
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イカスミ石。天守台石垣の北東角に置かれていた隅石の一つ。
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刻字隅石。石垣修理の際に文字を刻んでいるそうです。
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石製井戸枠。昭和初期まで使われていた井戸の枠。
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弘前城天守。現在の天守は、9代藩主津軽寧親(つがるやすちか)公が櫓を造営する名目で許可を受け、文化7年(1810年)に完成しました。
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3層3階の御三階櫓(天守)は、高さ約14.4m。
内部も見学できます。 -
御駕籠。
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3階からは四方を展望できます。
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岩木山。標高1,625mの頂上がはっきりと見えます。
山頂の3峰は、左から鳥海山、岩木山、巌鬼山(岩鬼山)とされています。 -
本丸広場。
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弘前城模型。右下が3層3階の御三階櫓(天守)。
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名木ウラジロモミ。9代藩主津軽寧親公が日光参拝の折りに記念に持ち帰ったものらしい。
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顔はめパネル。
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本丸北側の鷹丘橋へ出ました。
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迷いながら歩いて、西側の池に出ました。
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二宮尊徳翁の像です。子供のようですから二宮金次郎像かな。それにしても像はコロナ感染しないのでマスクは外してください。
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玉鹿石(ぎょっかせき)。岩石の中に直径0.5~1.5mmの丸い粒が散在している特徴的な石で、金木町(五所川原市)が原産の錦石です。
光の加減なのか、余り見栄えはしないのですが。 -
二の丸東門与力番所。江戸時代初期の建物を江戸時代中期に改修したと推定されています。昭和57年改修。
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東内門。
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下乗橋。かつては十二支をかたどった擬宝珠が付けられていました。
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弘前城植物園の脇をとおり、追手門から出城しました。
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たか丸くん。弘前城築城400年祭のマスコットキャラクターです。
2010年6月19日生まれ。
後方の建物は公益社団法人弘前観光コンベンション協会。 -
弘前観光コンベンション協会には弘前市立観光館と山車展示館が入っていました。
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弘前藩祖 津軽為信公の像。高さ3.6mの大きな石膏像です。
弘前市出身の彫刻家・古川武治(こがわたけじ)氏の作品です。 -
為信公のご尊顔です。天正18年(1590年)天下統一を成し遂げた豊臣秀吉より津軽群の支配を認められ、津軽氏を称しました。
さすが戦国武将、見た目からして強そうです。 -
津軽3泊目はホテルルートイン弘前城東です。
弘前城のすぐ東側にあるのかと思っていたら、5kmも離れていました。
確かにお城の東ですけどね。 -
安定のルートインです。
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ちゃんとした机もありました。
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部屋からも岩木山が見えました。いい感じに黄昏れています。
標高1,625mで、青森県内の最高峰です。「 -
平日限定の1泊2食コースなので、夕食付きでした。メインのおかずを選ぶことができるので、ほっけを選んで美味しくいただきました。
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バスルーム。ルートインには大浴場があるので、ここは目覚めのシャワーを使いました。
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朝食です。ルートインの朝食はおかずが豊富で美味しいです。
この日は移動距離が長いので、しっかり食べました。
この日の走行距離は約140kmになりました。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました。
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