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2011年3月11日に発生した東日本大震災から、まもなく10年が経過しようとしています。未曾有の大災害で、多くの人命が失われ、今なお苦しんでいる方、困窮している方も多いと聞きます。<br />さて、宮古駅から再び三陸鉄道に乗り、釜石駅へ向かいます。<br />2011年11月、釜石に着いたのは夕刻でした。市街地は暗く、津波で破壊された建物からは突き刺さるような視線を感じました。霊感の全くない私ですが、恐怖、驚愕、そして救いを求める視線が、私に震災の恐ろしさを実感させました。<br />小さな漁村であった釜石は、幕末に盛岡藩士の大島高任が日本で初めて西洋高炉を実用化したことを契機として大きく発展しました。その橋野高炉跡は世界遺産(明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼,造船,石炭産業)となっています。釜石製鐵所の実業団チーム「新日鉄釜石ラグビー部」は、1978年から1984年に日本選手権を7連覇し、「北の鉄人」と呼ばれていました。<br />その後の鉄不況や東日本大震災の被災により人口が減少し、現在の人口はほぼ100年前の人口になってしまいました。<br />今回の旅の行程は次のとおりです。<br />1日目:二戸駅からバスで久慈駅前へ移動。レンタカーで久慈を観光。<br />2日目:三陸鉄道で久慈から宮古へ、浄土ヶ浜を観光後、宮古から釜石へ移動し観光。<br />3日目:三陸鉄道で釜石から盛(大船渡)へ移動、BRTで陸前高田へ行き、奇跡の一本松と対面、仙台から帰る。<br />コロナ禍のため、帰宅後2週間以上経過してから旅行記を公開しています。<br />今回の記録には、2011年11月当時の写真(刺激の少ないもの)も入れています。

3.11伝承ロード/宮古~釜石

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2020/11/01 - 2020/11/02

82位(同エリア82件中)

FUKUJIRO

FUKUJIROさん

2011年3月11日に発生した東日本大震災から、まもなく10年が経過しようとしています。未曾有の大災害で、多くの人命が失われ、今なお苦しんでいる方、困窮している方も多いと聞きます。
さて、宮古駅から再び三陸鉄道に乗り、釜石駅へ向かいます。
2011年11月、釜石に着いたのは夕刻でした。市街地は暗く、津波で破壊された建物からは突き刺さるような視線を感じました。霊感の全くない私ですが、恐怖、驚愕、そして救いを求める視線が、私に震災の恐ろしさを実感させました。
小さな漁村であった釜石は、幕末に盛岡藩士の大島高任が日本で初めて西洋高炉を実用化したことを契機として大きく発展しました。その橋野高炉跡は世界遺産(明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼,造船,石炭産業)となっています。釜石製鐵所の実業団チーム「新日鉄釜石ラグビー部」は、1978年から1984年に日本選手権を7連覇し、「北の鉄人」と呼ばれていました。
その後の鉄不況や東日本大震災の被災により人口が減少し、現在の人口はほぼ100年前の人口になってしまいました。
今回の旅の行程は次のとおりです。
1日目:二戸駅からバスで久慈駅前へ移動。レンタカーで久慈を観光。
2日目:三陸鉄道で久慈から宮古へ、浄土ヶ浜を観光後、宮古から釜石へ移動し観光。
3日目:三陸鉄道で釜石から盛(大船渡)へ移動、BRTで陸前高田へ行き、奇跡の一本松と対面、仙台から帰る。
コロナ禍のため、帰宅後2週間以上経過してから旅行記を公開しています。
今回の記録には、2011年11月当時の写真(刺激の少ないもの)も入れています。

旅行の満足度
4.5
観光
4.0
ホテル
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
高速・路線バス 私鉄 徒歩

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  • 宮古駅から釜石行きの1014Dに乗りました。

    宮古駅から釜石行きの1014Dに乗りました。

  • 大槌川の防潮堰堤です。大槌駅のすぐ北側です。

    大槌川の防潮堰堤です。大槌駅のすぐ北側です。

  • 大槌駅前の工事現場。

    大槌駅前の工事現場。

  • 三陸鉄道の釜石駅です。

    三陸鉄道の釜石駅です。

  • 隣にはJR釜石線の釜石駅があります。

    隣にはJR釜石線の釜石駅があります。

  • 駅の向かい側には、東日本製鉄所釜石工場(もとの新日鐡住金・釜石製鐡所)の建物。

    駅の向かい側には、東日本製鉄所釜石工場(もとの新日鐡住金・釜石製鐡所)の建物。

  • 釜石と言えば、鉄の町です。釜石駅前でバスに乗り、釜石大観音入口でバスを降りて、坂道を上ります。この坂道が結構キツイです。

    釜石と言えば、鉄の町です。釜石駅前でバスに乗り、釜石大観音入口でバスを降りて、坂道を上ります。この坂道が結構キツイです。

  • やっと見えました、鉄の歴史館。

    やっと見えました、鉄の歴史館。

  • 鉄の歴史館、入り口。ほとんどの方はここまで車で来ているようです。<br />釜石の製鉄業に携わった先達の偉業(とりわけ大島高任先生の偉業)を後世に伝え残すために昭和60年(1985年)にオープンしました。<br />

    鉄の歴史館、入り口。ほとんどの方はここまで車で来ているようです。
    釜石の製鉄業に携わった先達の偉業(とりわけ大島高任先生の偉業)を後世に伝え残すために昭和60年(1985年)にオープンしました。

  • 鉄の歴史館、見所が大きく掲示されています。<br />平成6年(1994年)に鉄の総合資料館としてリニューアルしました。

    鉄の歴史館、見所が大きく掲示されています。
    平成6年(1994年)に鉄の総合資料館としてリニューアルしました。

  • 1階の橋野高炉跡三番高炉の原寸大模型。この模型を使って映画が上映されました。

    1階の橋野高炉跡三番高炉の原寸大模型。この模型を使って映画が上映されました。

  • 橋野高炉は、日本最古の洋式高炉でした。橋野高炉で使われていた原材料。

    橋野高炉は、日本最古の洋式高炉でした。橋野高炉で使われていた原材料。

  • 釜石第1高炉の1/70模型。

    釜石第1高炉の1/70模型。

  • 釜石第1高炉の1/70模型。

    釜石第1高炉の1/70模型。

  • 1階の展示室。

    1階の展示室。

  • 1階の展示室。

    1階の展示室。

  • 永代たたら模型。粘土で築いた長方形の炉(中央)に砂鉄と木炭を加え、左右の吹子から空気を送る仕組み。この装置により、飛躍的に効率が良くなりました。

    永代たたら模型。粘土で築いた長方形の炉(中央)に砂鉄と木炭を加え、左右の吹子から空気を送る仕組み。この装置により、飛躍的に効率が良くなりました。

  • 安政5年(1858年)に大島高任先生の指導によって築造された橋野高炉の模型。

    安政5年(1858年)に大島高任先生の指導によって築造された橋野高炉の模型。

  • 大島高任先生像、

    大島高任先生像、

  • 中庭から見える釜石湾。釜石大観音像のお背中が見えます。

    中庭から見える釜石湾。釜石大観音像のお背中が見えます。

  • 中庭のオブジェ。

    中庭のオブジェ。

  • 星蝕。1985年、森田玖吾氏の作品。

    星蝕。1985年、森田玖吾氏の作品。

  • サイ太郎。

    サイ太郎。

  • 釜石鉱山産、最後の発掘磁鉄鉱。

    釜石鉱山産、最後の発掘磁鉄鉱。

  • 磁鉄鉱。石に鉄製の金具が吸い付きました。

    磁鉄鉱。石に鉄製の金具が吸い付きました。

  • ロビーに置かれた「鎖と鉄鉱石」。

    ロビーに置かれた「鎖と鉄鉱石」。

  • 2階の展示室。

    2階の展示室。

  • 2階の展示室。

    2階の展示室。

  • 日本製鉄釜石製鉄所の守護神社である山神社(さんじんじゃ)の鳥居に掲げられている扁額(複製)。

    日本製鉄釜石製鉄所の守護神社である山神社(さんじんじゃ)の鳥居に掲げられている扁額(複製)。

  • 橋野銑の宝剣。

    橋野銑の宝剣。

  • 田中長兵衛氏像。官営釜石製鉄所の払い下げを受け、釜石鉱山田中製鉄所を設立。後に、台湾・基隆の金瓜石鉱山の採掘権を得て、大成功しました。

    田中長兵衛氏像。官営釜石製鉄所の払い下げを受け、釜石鉱山田中製鉄所を設立。後に、台湾・基隆の金瓜石鉱山の採掘権を得て、大成功しました。

  • 横山久太郎氏像。釜石製鉄所の払い下げを受け、初代釜石製鉄所所長として活躍。今も釜石製鉄所の構内に二人の銅像が並び建っているそうです。

    横山久太郎氏像。釜石製鉄所の払い下げを受け、初代釜石製鉄所所長として活躍。今も釜石製鉄所の構内に二人の銅像が並び建っているそうです。

  • 昭和50年頃の釜石高炉を描いた絵。

    昭和50年頃の釜石高炉を描いた絵。

  • 3階の壁。

    3階の壁。

  • 3階は細長い部屋で、この壁が展示されています。

    3階は細長い部屋で、この壁が展示されています。

  • アンモナイト・レプリカ。

    アンモナイト・レプリカ。

  • アンモナイト・レプリカ。

    アンモナイト・レプリカ。

  • 釜石市の姉妹都市であるフランスのディーニュ・レ・バン市で発掘された1億9,500万年前のアンモナイト化石群の大露頭を、そのまま巨大な複製として展示しています。

    釜石市の姉妹都市であるフランスのディーニュ・レ・バン市で発掘された1億9,500万年前のアンモナイト化石群の大露頭を、そのまま巨大な複製として展示しています。

  • 巨大なアンモナイト化石。

    巨大なアンモナイト化石。

  • アンモナイト化石。

    アンモナイト化石。

  • この壁は4階まで続いています。

    この壁は4階まで続いています。

  • 4階の通路から、もっと近くで壁を見ることができ、すごい迫力のある展示です。

    4階の通路から、もっと近くで壁を見ることができ、すごい迫力のある展示です。

  • 4階の展望テラス。

    4階の展望テラス。

  • 釜石湾が一望できます。中央に釜石大観音のお背中。

    釜石湾が一望できます。中央に釜石大観音のお背中。

  • 釜石大観音の左に、石應禅寺がちょっとだけ見えています。

    釜石大観音の左に、石應禅寺がちょっとだけ見えています。

  • ストックアンカー。10万トンクラスのタンカー用で、重さ10トン。

    ストックアンカー。10万トンクラスのタンカー用で、重さ10トン。

  • ガス燈。安政2年に大島高任先生が石炭ガスを照明に使用したのが起源だそうです。

    ガス燈。安政2年に大島高任先生が石炭ガスを照明に使用したのが起源だそうです。

  • SEVEN RED BOXES。1985年、田中勲氏の作品。

    SEVEN RED BOXES。1985年、田中勲氏の作品。

  • 閉館間近、すっかり暗くなりました。この後バス停に戻り、バスを待つこと約20分、バス停は真っ暗でとても心細い時間でした。

    閉館間近、すっかり暗くなりました。この後バス停に戻り、バスを待つこと約20分、バス停は真っ暗でとても心細い時間でした。

  • サンルートホテル釜石。9年前もこのホテルに泊まりました。当時、釜石で営業しているホテルは2つだけだったと記憶しています。1階は津波被害で壊れたままでした。

    サンルートホテル釜石。9年前もこのホテルに泊まりました。当時、釜石で営業しているホテルは2つだけだったと記憶しています。1階は津波被害で壊れたままでした。

  • 非常階段から2階に上がり、廊下に机を置いて受付をしていました。<br />ホテルの受付(2011年11月)。

    非常階段から2階に上がり、廊下に机を置いて受付をしていました。
    ホテルの受付(2011年11月)。

  • 夕食はルームサービスにしました。街を歩くと泣いちゃいそうだし、それに、このカレーセットが税込み500円(ビールは別)なんです。とても美味しかったです。

    夕食はルームサービスにしました。街を歩くと泣いちゃいそうだし、それに、このカレーセットが税込み500円(ビールは別)なんです。とても美味しかったです。

  • 1階レストランの入り口。

    1階レストランの入り口。

  • 普通はブッフェ形式の朝食です。パンフレットの写真から。

    普通はブッフェ形式の朝食です。パンフレットの写真から。

  • コロナ禍の朝食です。とても豪華な朝食でした。美味しくいただきました。

    コロナ禍の朝食です。とても豪華な朝食でした。美味しくいただきました。

  • ホテルの部屋から、北側の景色(駅は西方向)。

    ホテルの部屋から、北側の景色(駅は西方向)。

  • 北側の景色(2011年11月)。

    北側の景色(2011年11月)。

  • ホテルの外壁に津波の高さが表示してありました。4m位でしょうか。

    ホテルの外壁に津波の高さが表示してありました。4m位でしょうか。

  • ホテルサンルート釜石。

    ホテルサンルート釜石。

  • ホテルの向かい側のこのローソンは、9年前も営業していました。食料を調達したお店です。

    ホテルの向かい側のこのローソンは、9年前も営業していました。食料を調達したお店です。

  • 駅まで歩いて向かいます。

    駅まで歩いて向かいます。

  • 釜石市のマンホール蓋。伝統芸能の「虎舞」が描かれています。

    釜石市のマンホール蓋。伝統芸能の「虎舞」が描かれています。

  • 虎舞のカラー版もありました。

    虎舞のカラー版もありました。

  • 甲子川の対岸に見える工場は、日本製鉄の釜石火力発電所。

    甲子川の対岸に見える工場は、日本製鉄の釜石火力発電所。

  • 甲子川の袂に造られた橋詰広場。<br />遡上する鮭の群れをデザインした「遡る」像。

    甲子川の袂に造られた橋詰広場。
    遡上する鮭の群れをデザインした「遡る」像。

  • 釜石駅前に立つ大島高任先生像。

    釜石駅前に立つ大島高任先生像。

  • 大島高任先生像。

    大島高任先生像。

  • 駅前広場に置かれた「ものづくりの灯は永遠に」と題した「誇りの炎」。

    駅前広場に置かれた「ものづくりの灯は永遠に」と題した「誇りの炎」。

  • 「誇りの炎」。鉄づくりにかけた誇りと情熱を引き継ぐ炎として、休止する高炉から採火して保存しています。まさに鉄人達の誇りです。

    「誇りの炎」。鉄づくりにかけた誇りと情熱を引き継ぐ炎として、休止する高炉から採火して保存しています。まさに鉄人達の誇りです。

  • 近代製鉄発祥150周年宣言の碑。

    近代製鉄発祥150周年宣言の碑。

  • 復興の鐘。東日本大震災の合掌モニュメントです。誰もお参りしていませんでしたが、一人で鐘を突きました。

    復興の鐘。東日本大震災の合掌モニュメントです。誰もお参りしていませんでしたが、一人で鐘を突きました。

  • 鐘には「鎮魂」「復興」「記憶」「希望」の4つの言葉が刻まれています。

    鐘には「鎮魂」「復興」「記憶」「希望」の4つの言葉が刻まれています。

  • 釜石港、瓦礫が積まれていました(2011年11月)。<br />一定量が集まると流出防止のためにシートが被せられていました。

    釜石港、瓦礫が積まれていました(2011年11月)。
    一定量が集まると流出防止のためにシートが被せられていました。

  • 釜石港、瓦礫の山は廃車でした(2011年11月)。

    釜石港、瓦礫の山は廃車でした(2011年11月)。

  • 2020年は、JR釜石線70周年のお祝いの年でした。

    2020年は、JR釜石線70周年のお祝いの年でした。

  • ラグビーボールのオブジェ。

    ラグビーボールのオブジェ。

  • こちらもラグビーをイメージしています。

    こちらもラグビーをイメージしています。

  • 三陸鉄道釜石駅の入り口には、ウサギが佇んでいました。釜石駅は、広場の脇にローソンがあります。駅近にコンビニがあるって本当に便利です。<br />今回の旅の最終章、陸前高田へ向かいます。<br />ここまでお読みいただきましてありがとうございました。<br />

    三陸鉄道釜石駅の入り口には、ウサギが佇んでいました。釜石駅は、広場の脇にローソンがあります。駅近にコンビニがあるって本当に便利です。
    今回の旅の最終章、陸前高田へ向かいます。
    ここまでお読みいただきましてありがとうございました。

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