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袋宮寺へ行きました。<br />創建は不詳ですが、弘前市茜町に鎮座する熊野宮の別当寺として4代藩主信政公によって置かれたとされ、明治時代の神仏分離により廃止されて現在地に移りました。現在の本堂はもと報恩寺の無量院観音堂として延宝5年(1677)に建立されました。<br />新寺町稲荷神社へ行きました。<br />宝永5年(1708年)に創建。4代津軽藩主信政の意向で創建された神社で、雷門浅草寺境内にあった「熊谷稲荷」から勧請したものです。<br />青空と雪と鳥居のコントラストがきれいでした。<br />宝永5年(1708年)に創建。4代津軽藩主信政の意向で創建された神社で、雷門浅草寺境内にあった「熊谷稲荷」から勧請したものです。<br />ホームページを見たら「鳥居を建てる」に協力する3000円から10000円、梅50万円、竹70万円、100万円の松コースまであります。<br />禅林街は33ヶ寺が約600メートルの道沿いに集められた全国でも類例のない街です。<br />長勝寺は創建以来、一貫して大浦光信公から続く津軽家先祖の供養所です。<br />弘前城の南西(風水でいう裏鬼門の方角)の砦として津軽一体の曹洞宗だけを集め、街にしたことが始まり。一直線の並木道一番奥にある長勝寺は、津軽家の先祖代々の墓がある旧菩提寺で、津軽家の歴史を知る上では欠かせません。(弘前市ホームページより)<br />https://youtu.be/zdZ2U86HPIE<br />https://youtu.be/wyx4qCX1y2M

冬の東北各駅停車旅 弘前 袋宮寺から新寺町稲荷神社、禅林街長勝寺へ行きました。

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2026/02/10 - 2026/02/10

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しろくまクンクン

しろくまクンクンさん

袋宮寺へ行きました。
創建は不詳ですが、弘前市茜町に鎮座する熊野宮の別当寺として4代藩主信政公によって置かれたとされ、明治時代の神仏分離により廃止されて現在地に移りました。現在の本堂はもと報恩寺の無量院観音堂として延宝5年(1677)に建立されました。
新寺町稲荷神社へ行きました。
宝永5年(1708年)に創建。4代津軽藩主信政の意向で創建された神社で、雷門浅草寺境内にあった「熊谷稲荷」から勧請したものです。
青空と雪と鳥居のコントラストがきれいでした。
宝永5年(1708年)に創建。4代津軽藩主信政の意向で創建された神社で、雷門浅草寺境内にあった「熊谷稲荷」から勧請したものです。
ホームページを見たら「鳥居を建てる」に協力する3000円から10000円、梅50万円、竹70万円、100万円の松コースまであります。
禅林街は33ヶ寺が約600メートルの道沿いに集められた全国でも類例のない街です。
長勝寺は創建以来、一貫して大浦光信公から続く津軽家先祖の供養所です。
弘前城の南西(風水でいう裏鬼門の方角)の砦として津軽一体の曹洞宗だけを集め、街にしたことが始まり。一直線の並木道一番奥にある長勝寺は、津軽家の先祖代々の墓がある旧菩提寺で、津軽家の歴史を知る上では欠かせません。(弘前市ホームページより)
https://youtu.be/zdZ2U86HPIE
https://youtu.be/wyx4qCX1y2M

旅行の満足度
3.5
同行者
一人旅
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 擬宝珠が雪の中から顔を出していました。

    擬宝珠が雪の中から顔を出していました。

  • 袋宮寺です。

    袋宮寺です。

  • 西国三十三観音様がいらっしゃいます。

    西国三十三観音様がいらっしゃいます。

  • 雪に半分埋まってちょっと寒そうです。

    雪に半分埋まってちょっと寒そうです。

  • 人一人がやっと通れるくらいです。

    人一人がやっと通れるくらいです。

  • 創建は不詳ですが、弘前市茜町に鎮座する熊野宮の別当寺として4代藩主信政公によって置かれたとされ、明治時代の神仏分離により廃止されて現在地に移りました。現在の本堂はもと報恩寺の無量院観音堂として延宝5年(1677)に建立されました。

    創建は不詳ですが、弘前市茜町に鎮座する熊野宮の別当寺として4代藩主信政公によって置かれたとされ、明治時代の神仏分離により廃止されて現在地に移りました。現在の本堂はもと報恩寺の無量院観音堂として延宝5年(1677)に建立されました。

  • 新寺町稲荷神社です。

    新寺町稲荷神社です。

  • 青い空に白い雪、赤い鳥居はすごくきれいです。

    青い空に白い雪、赤い鳥居はすごくきれいです。

  • 豆絞りの手ぬぐいを被ったキツネがちょっと愛嬌があるように見えます。

    豆絞りの手ぬぐいを被ったキツネがちょっと愛嬌があるように見えます。

  • 宝永5年(1708年)に創建。4代津軽藩主信政の意向で創建された神社で、雷門浅草寺境内にあった「熊谷稲荷」から勧請したものです。

    宝永5年(1708年)に創建。4代津軽藩主信政の意向で創建された神社で、雷門浅草寺境内にあった「熊谷稲荷」から勧請したものです。

  • ホームページを見たら「鳥居を建てる」に協力する3000円から10000円、梅50万円、竹70万円、100万円の松コースまであります。

    ホームページを見たら「鳥居を建てる」に協力する3000円から10000円、梅50万円、竹70万円、100万円の松コースまであります。

  • 青空がきれいでした。<br />ちょっと暑いくらいです。

    青空がきれいでした。
    ちょっと暑いくらいです。

  • かつては70以上の赤い鳥居があったそうです。

    かつては70以上の赤い鳥居があったそうです。

  • 鳥居の上にも先週の豪雪の名残が残っています。

    鳥居の上にも先週の豪雪の名残が残っています。

  • 良いですね。

    良いですね。

  • 岩木山がきれいに見えます。

    岩木山がきれいに見えます。

  • 寺町へ向かう道にあります弘前市消防団西地区第1分団消防屯所です。

    寺町へ向かう道にあります弘前市消防団西地区第1分団消防屯所です。

  • 消防署と交番が併設されています。

    消防署と交番が併設されています。

  • 個人の家ですが大変ですね。

    個人の家ですが大変ですね。

  • 禅林街の赤門です。<br />ここから寺町となります。

    禅林街の赤門です。
    ここから寺町となります。

  • 黒門です。<br />突き当り正面にあります長勝寺の門として最も東側に位置し総門(表門)にあたります。

    黒門です。
    突き当り正面にあります長勝寺の門として最も東側に位置し総門(表門)にあたります。

  • 泉光院の栄螺堂です。<br />

    泉光院の栄螺堂です。

  • 天保十年(1839)豪商東長町中田嘉平翁が海南で死亡したものや天明天保の大飢饉で餓死死亡した無縁の諸霊冥助のために建築されたものです。

    天保十年(1839)豪商東長町中田嘉平翁が海南で死亡したものや天明天保の大飢饉で餓死死亡した無縁の諸霊冥助のために建築されたものです。

  • 泉光院の山門です。<br />左手にありますのが栄螺堂です。

    泉光院の山門です。
    左手にありますのが栄螺堂です。

  • お堂に八被くことができませんでした。

    お堂に八被くことができませんでした。

  • 泉光院の本堂です。

    泉光院の本堂です。

  • 見事な彫り物がありました。

    見事な彫り物がありました。

  • 境内から右手が栄螺堂になります。

    境内から右手が栄螺堂になります。

  • 京徳寺です。

    京徳寺です。

  • 十二支堂です。

    十二支堂です。

  • 京徳寺本堂です。<br />

    京徳寺本堂です。

  • 雪がたくさん積もっています。

    雪がたくさん積もっています。

  • 海藏寺です。

    海藏寺です。

  • 寳積院です。

    寳積院です。

  • 美しい山門です。

    美しい山門です。

  • 鳳松院です。

    鳳松院です。

  • 隣松寺境内の「應慈濟」です。

    隣松寺境内の「應慈濟」です。

  • 万蔵寺です。

    万蔵寺です。

  • 万蔵寺本堂です。

    万蔵寺本堂です。

  • 梅林寺の山門前には仁王様がいらっしゃいます。

    梅林寺の山門前には仁王様がいらっしゃいます。

  • 禅林街の最奥部にあります長勝寺三門です。

    禅林街の最奥部にあります長勝寺三門です。

  • 三門は1629(寛永6)年に津軽信枚が建立した江戸時代初期から残る貴重な建築遺構の一つです。

    三門は1629(寛永6)年に津軽信枚が建立した江戸時代初期から残る貴重な建築遺構の一つです。

  • 厨子堂です。

    厨子堂です。

  • その内部中央に厨子堂が置かれている。大型の1間厨子で、入母屋造の木瓦葺。豪華華麗であり、落ちついた配色で、見る者を感動させる。百沢寺の本尊を祭るために1638(寛永15)年に3代藩主信義が造営した建物で、もともとは現在の岩木山神社拝殿内部に設置していた。明治時代の神仏分離令により百澤寺(ひゃくたくじ)が廃寺となり、長勝寺に移築されました。(弘前市ホームページより)

    その内部中央に厨子堂が置かれている。大型の1間厨子で、入母屋造の木瓦葺。豪華華麗であり、落ちついた配色で、見る者を感動させる。百沢寺の本尊を祭るために1638(寛永15)年に3代藩主信義が造営した建物で、もともとは現在の岩木山神社拝殿内部に設置していた。明治時代の神仏分離令により百澤寺(ひゃくたくじ)が廃寺となり、長勝寺に移築されました。(弘前市ホームページより)

  • 素晴らしいです。

    素晴らしいです。

  • 雪の中でもしらけベガ負けずに白さを誇っています。

    雪の中でもしらけベガ負けずに白さを誇っています。

  • 右庫裡で左正面が本堂です。<br />庫裡内から本堂へ行くことができます。

    右庫裡で左正面が本堂です。
    庫裡内から本堂へ行くことができます。

  • 鮮やかな朱の仁王様です。

    鮮やかな朱の仁王様です。

  • 三門にかかる扁額です。

    三門にかかる扁額です。

  • 山門奥に本堂が見えます。

    山門奥に本堂が見えます。

  • 素晴らしい迫力の三門です。

    素晴らしい迫力の三門です。

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