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【思い出の旅】第16弾は、初めて訪れた四国の旅。<br />(2020.11.03投稿)<br />1990年の秋。<br />二度目の四国を旅した。<br />当時は格安の四国ワイド周遊券(都区内発20,390円学割)があったので、これを利用して、四国をのノ字にぐるりと列車で巡ってみた。<br />四国ワイド周遊券は、四国までの往復と四国内のJR乗り放題で、四国内では特急の自由席にも乗れる切符だった。<br />それぞれの県での滞在時間は短いものだったが、思い出に残る楽しい旅だった。

【思い出の旅】秋の四国をぐるり列車旅

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1990/10/30 - 1990/11/03

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旅行記グループ 思い出の旅

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旅猫

旅猫さん

【思い出の旅】第16弾は、初めて訪れた四国の旅。
(2020.11.03投稿)
1990年の秋。
二度目の四国を旅した。
当時は格安の四国ワイド周遊券(都区内発20,390円学割)があったので、これを利用して、四国をのノ字にぐるりと列車で巡ってみた。
四国ワイド周遊券は、四国までの往復と四国内のJR乗り放題で、四国内では特急の自由席にも乗れる切符だった。
それぞれの県での滞在時間は短いものだったが、思い出に残る楽しい旅だった。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
高速・路線バス 新幹線 JR特急 JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 東京駅を23時40分に出る大垣夜行に乗車。<br />平日と言うこともあり、車内はスーツ姿の客が多い。<br />中には、寝過ごして小田原駅で気付いて降りて行く人もいた。<br />翌朝、6時9分に名古屋駅に到着し、6時21分発の『こだま491号』に乗り換え、岡山駅へと向かう。<br />岡山駅からは、接続する9時3分発の高知行特急『南風1号』に乗り、瀬戸大橋を渡って、高校の修学旅行以来の四国へと入った。<br />列車は四国山地を越え、土佐山田駅には12時ちょうどに到着した。

    東京駅を23時40分に出る大垣夜行に乗車。
    平日と言うこともあり、車内はスーツ姿の客が多い。
    中には、寝過ごして小田原駅で気付いて降りて行く人もいた。
    翌朝、6時9分に名古屋駅に到着し、6時21分発の『こだま491号』に乗り換え、岡山駅へと向かう。
    岡山駅からは、接続する9時3分発の高知行特急『南風1号』に乗り、瀬戸大橋を渡って、高校の修学旅行以来の四国へと入った。
    列車は四国山地を越え、土佐山田駅には12時ちょうどに到着した。

  • 土佐山田駅で降りたのは、日本三大鍾乳洞の一つである龍河洞へ行くため。<br />駅前から、12時2分発のバスに乗り、龍河洞へと向かった。<br />龍河洞は、観光コースと冒険コースに分かれていたが、予約無しで入れる観光コースを歩くことにした。<br />長さは1kmほどで見どころも点在していたが、地味だったのか、あまり記憶はない。<br />13時30分発のバスで駅へと戻り、13時57分発の特急『しまんと3号』で、宿のある高知駅へと向かった。

    土佐山田駅で降りたのは、日本三大鍾乳洞の一つである龍河洞へ行くため。
    駅前から、12時2分発のバスに乗り、龍河洞へと向かった。
    龍河洞は、観光コースと冒険コースに分かれていたが、予約無しで入れる観光コースを歩くことにした。
    長さは1kmほどで見どころも点在していたが、地味だったのか、あまり記憶はない。
    13時30分発のバスで駅へと戻り、13時57分発の特急『しまんと3号』で、宿のある高知駅へと向かった。

    土佐山田駅

  • 高知駅には14時13分に到着。<br />まずは、市内にある高知城跡へと向かう。<br />高知城は、土佐藩初代藩主・山内一豊により築かれた城で、江戸時代の建物が天守、本丸御殿などを含め15棟も現存している。<br />その古風な天守は一見の価値がある。

    高知駅には14時13分に到着。
    まずは、市内にある高知城跡へと向かう。
    高知城は、土佐藩初代藩主・山内一豊により築かれた城で、江戸時代の建物が天守、本丸御殿などを含め15棟も現存している。
    その古風な天守は一見の価値がある。

    高知城 (高知公園) 名所・史跡

  • 高知城から歩いてはりまや橋へ出た。<br />よく聞く名前なので訪れてみたが、朱色の欄干があるだけだった。<br />昔は、この下に堀川があったそうだが、今は埋め立てられたそうだ。<br />この後、バスで桂浜へと向かったのだが、着いた時には夕暮れとなってしまい、景色はほとんど見られなかった。<br /><br />※現在は撤去され、はりまや橋公園の地下広場に展示されています。

    高知城から歩いてはりまや橋へ出た。
    よく聞く名前なので訪れてみたが、朱色の欄干があるだけだった。
    昔は、この下に堀川があったそうだが、今は埋め立てられたそうだ。
    この後、バスで桂浜へと向かったのだが、着いた時には夕暮れとなってしまい、景色はほとんど見られなかった。

    ※現在は撤去され、はりまや橋公園の地下広場に展示されています。

    はりまや橋 名所・史跡

  • 旅の二日目。<br />高知駅を8時8分に出る急行『あしずり1号』に乗車。<br />この日は、宇和島城を訪れるため、予土線を経由して向かうことにする。

    旅の二日目。
    高知駅を8時8分に出る急行『あしずり1号』に乗車。
    この日は、宇和島城を訪れるため、予土線を経由して向かうことにする。

    高知駅

  • 途中の窪川駅で9時54分発の予土線の宇和島行に乗り換えた。<br />列車は、四万十川を何度も渡りながら山間を走って行く。<br />途中の江川崎で四万十川と分かれ、今度は支流の広見川に沿って進む。<br />そして、終着の宇和島駅には11時52分に着いた。

    途中の窪川駅で9時54分発の予土線の宇和島行に乗り換えた。
    列車は、四万十川を何度も渡りながら山間を走って行く。
    途中の江川崎で四万十川と分かれ、今度は支流の広見川に沿って進む。
    そして、終着の宇和島駅には11時52分に着いた。

    宇和島駅

  • 駅からは、歩いて宇和島城跡へと向かう。<br />城内に入ると、秋らしく、秋桜が出迎えてくれた。

    駅からは、歩いて宇和島城跡へと向かう。
    城内に入ると、秋らしく、秋桜が出迎えてくれた。

  • 宇和島城の天守は、現存12天守のひとつで、宇和島伊達家2代藩主宗利により建て替えられたものだそうだ。<br />前日に見た高知城の姿とは異なり、近世城郭建築の趣があった。<br />当時は海に面していたらしいが、今は市街地に囲まれている。<br />それでも、城跡からは海が遠くに見えていた。

    宇和島城の天守は、現存12天守のひとつで、宇和島伊達家2代藩主宗利により建て替えられたものだそうだ。
    前日に見た高知城の姿とは異なり、近世城郭建築の趣があった。
    当時は海に面していたらしいが、今は市街地に囲まれている。
    それでも、城跡からは海が遠くに見えていた。

    宇和島城 名所・史跡

  • 宇和島城跡から、すぐ近くにある天赦園にも立ち寄ってみる。<br />そこは、7代藩主伊達宗紀が、隠居所として慶応2年(1866)に築いた庭。<br />元は、2代藩主宗利が造った浜御殿の一部だったそうだ。<br />なかなか美しい庭だったが、藤の花が咲くころは、さらに美しいらしい。

    宇和島城跡から、すぐ近くにある天赦園にも立ち寄ってみる。
    そこは、7代藩主伊達宗紀が、隠居所として慶応2年(1866)に築いた庭。
    元は、2代藩主宗利が造った浜御殿の一部だったそうだ。
    なかなか美しい庭だったが、藤の花が咲くころは、さらに美しいらしい。

    天赦園 名所・史跡

  • 宇和島駅へ戻り、14時22分発の急行『うわじま4号』で松山駅を目指す。<br />終着駅らしい宇和島駅を後にし、列車は南予地方を北上。<br />そして、16時19分に松山駅に到着した。

    宇和島駅へ戻り、14時22分発の急行『うわじま4号』で松山駅を目指す。
    終着駅らしい宇和島駅を後にし、列車は南予地方を北上。
    そして、16時19分に松山駅に到着した。

  • 宿へ向かう前に、道後温泉本館を観に行くことにした。<br />駅前から路面電車に乗り、道後温泉へと向かう。<br />乗り込んだ電車の中は、長閑な時間が流れていた。

    宿へ向かう前に、道後温泉本館を観に行くことにした。
    駅前から路面電車に乗り、道後温泉へと向かう。
    乗り込んだ電車の中は、長閑な時間が流れていた。

  • 駅から道後温泉本館へと歩いて行くと、数分で目の前にその堂々とした建物が現れた。<br />道後温泉本館は、数ある共同湯の中でも、その風格は一番であろう。<br />見事な破風の下に掲げられた看板も誇らしげだ。<br />せっかくなので入りたかったが、夕方で混み合っていると言うことで断念した。

    駅から道後温泉本館へと歩いて行くと、数分で目の前にその堂々とした建物が現れた。
    道後温泉本館は、数ある共同湯の中でも、その風格は一番であろう。
    見事な破風の下に掲げられた看板も誇らしげだ。
    せっかくなので入りたかったが、夕方で混み合っていると言うことで断念した。

    道後温泉本館 温泉

  • 旅の三日目。<br />まずは、宿から松山城跡へと向かった。<br />松山城跡は山の上にああるので、麓からリフトを使って登ることにした。<br />隣にはロープウェイもあり、城に登るというより、山に登る感覚だ。

    旅の三日目。
    まずは、宿から松山城跡へと向かった。
    松山城跡は山の上にああるので、麓からリフトを使って登ることにした。
    隣にはロープウェイもあり、城に登るというより、山に登る感覚だ。

  • リフトの終点から本丸を目指す。<br />松山城の本丸はかなり広く、天守まではかなりの距離があった。<br />そして、その天守は小天守や櫓が環状に繋がる連立式だった。<br />以前、本丸には40もの江戸時代の建物があったが、現在までに19棟が失火などで失われ、現在21棟が現存しているそうだ。<br />その連立式天守はとても美しく、個人的にも好きな城郭となった。

    リフトの終点から本丸を目指す。
    松山城の本丸はかなり広く、天守まではかなりの距離があった。
    そして、その天守は小天守や櫓が環状に繋がる連立式だった。
    以前、本丸には40もの江戸時代の建物があったが、現在までに19棟が失火などで失われ、現在21棟が現存しているそうだ。
    その連立式天守はとても美しく、個人的にも好きな城郭となった。

    松山城 名所・史跡

  • 本丸からリフトで麓に降り、すぐ近くにあった萬翠荘と言う洋館を見学することにした。<br />その建物は、大正11年(1922)に、松山藩主の子孫である久松定謨伯爵により、別邸として建設されたものだそうだ。<br />よく見る明治大正期の洋風建築とは異なり、本格的な洋館のようだった。

    本丸からリフトで麓に降り、すぐ近くにあった萬翠荘と言う洋館を見学することにした。
    その建物は、大正11年(1922)に、松山藩主の子孫である久松定謨伯爵により、別邸として建設されたものだそうだ。
    よく見る明治大正期の洋風建築とは異なり、本格的な洋館のようだった。

    萬翠荘 名所・史跡

  • 路面電車で松山駅に向かい、11時30分発の特急『しおかぜ10号』で松山を離れる。<br />途中の宇多津駅で、13時50分発の快速『しおかぜリレー号』に乗り換え、高松駅へと出て、そこで遅い昼食を摂った。<br />その後、15時12発の特急『うずしお13号』に乗り、この日の宿がある徳島駅へと向かった。

    路面電車で松山駅に向かい、11時30分発の特急『しおかぜ10号』で松山を離れる。
    途中の宇多津駅で、13時50分発の快速『しおかぜリレー号』に乗り換え、高松駅へと出て、そこで遅い昼食を摂った。
    その後、15時12発の特急『うずしお13号』に乗り、この日の宿がある徳島駅へと向かった。

    高松駅

  • 旅の最終日。<br />徳島駅から、7時41分発の鳴門行普通列車に乗車。<br />終点の鳴門駅から8時21分発のバスに乗り、鳴門公園に向かった。<br />公園の展望台から鳴門海峡と鳴門大橋の景色を眺めた後、観潮船に乗り、渦潮を観に行く。<br />船は、鳴門大橋の下を潜り、渦潮の出現を待つ。

    旅の最終日。
    徳島駅から、7時41分発の鳴門行普通列車に乗車。
    終点の鳴門駅から8時21分発のバスに乗り、鳴門公園に向かった。
    公園の展望台から鳴門海峡と鳴門大橋の景色を眺めた後、観潮船に乗り、渦潮を観に行く。
    船は、鳴門大橋の下を潜り、渦潮の出現を待つ。

    渦潮 自然・景勝地

  • ところが、この日は潮の満ち引きの差が小さい日だったらしく、海面が多少盛り上がる程度で、白波すらほとんど立たない。<br />それでも、潮の流れが速く複雑なことはわかった。

    ところが、この日は潮の満ち引きの差が小さい日だったらしく、海面が多少盛り上がる程度で、白波すらほとんど立たない。
    それでも、潮の流れが速く複雑なことはわかった。

    鳴門海峡 自然・景勝地

  • 10時25分のバスで鳴門駅へ戻り、11時12発の列車に乗り池谷駅へ出た。<br />そこから、11時41分発の急行『阿波2号』に乗り換えて高松駅へと向かう。<br />そして、最後の目的地、高松駅には、12時54分に到着した。

    10時25分のバスで鳴門駅へ戻り、11時12発の列車に乗り池谷駅へ出た。
    そこから、11時41分発の急行『阿波2号』に乗り換えて高松駅へと向かう。
    そして、最後の目的地、高松駅には、12時54分に到着した。

  • この旅で最後に訪れたのは、駅近くにある高松城跡。<br />高松城は、 生駒親正により築かれた城で、後に、徳川頼房の子、松平頼重を初代とする松平氏の居城となった。<br />現在は、玉藻公園として整備されている。<br />天守台には、初代頼重を祀る玉藻廟が建っていた。<br />城跡を観た後、駅へ戻り、快速マリンライナーで岡山駅へ出て、新幹線で東京へと戻った。<br /><br />周遊券でぐるりと巡った二度目の四国。<br />足早に四県を訪れた旅だったが、好きな城跡も堪能できて、なかなか楽しい旅だった。<br /><br />※現在、天守台上の玉藻廟は、老朽化のため解体されています。

    この旅で最後に訪れたのは、駅近くにある高松城跡。
    高松城は、 生駒親正により築かれた城で、後に、徳川頼房の子、松平頼重を初代とする松平氏の居城となった。
    現在は、玉藻公園として整備されている。
    天守台には、初代頼重を祀る玉藻廟が建っていた。
    城跡を観た後、駅へ戻り、快速マリンライナーで岡山駅へ出て、新幹線で東京へと戻った。

    周遊券でぐるりと巡った二度目の四国。
    足早に四県を訪れた旅だったが、好きな城跡も堪能できて、なかなか楽しい旅だった。

    ※現在、天守台上の玉藻廟は、老朽化のため解体されています。

    史跡高松城跡(玉藻公園) 公園・植物園

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