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2018年6月4日から7月6日迄、ルーマニアから始まりブルガリア、マケドニア、アルバニア、メテオラ(ギリシャ)コソボ、モンテネグロ、セルビア、クロアチア、スロベニアと旅して何故かサンマリノに立ち寄ってベネチアで旅を終えました。2011年に訪れたクロアチア・ドブロブニクとボスニアヘルツェゴビナの旅を併せて自分なりのバルカンの旅完全版としたいと思います。

バルカン半島を旅する15ボスニアヘルツェゴビナ・モスタル編

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2011/05/29 - 2011/05/29

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旅行記グループ バルカン半島の旅

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さっくん

さっくんさん

2018年6月4日から7月6日迄、ルーマニアから始まりブルガリア、マケドニア、アルバニア、メテオラ(ギリシャ)コソボ、モンテネグロ、セルビア、クロアチア、スロベニアと旅して何故かサンマリノに立ち寄ってベネチアで旅を終えました。2011年に訪れたクロアチア・ドブロブニクとボスニアヘルツェゴビナの旅を併せて自分なりのバルカンの旅完全版としたいと思います。

  • ドブロブニクからモスタルに向けて出発です。<br />美しいアドリア海ともお別れです。

    ドブロブニクからモスタルに向けて出発です。
    美しいアドリア海ともお別れです。

  • ボスニア・ヘルツェゴビナに入りました。<br />途中で見かけたポチテリの要塞跡。

    ボスニア・ヘルツェゴビナに入りました。
    途中で見かけたポチテリの要塞跡。

  • モスタルに到着し出迎えてくれたのは痛々しい銃痕が残る家でした。<br />ボスニア紛争最初は独立を願うクロアチア人とボシュニャク人が、それを阻もうとするセルビア人と抗争すると言う構図でしたが、クロアチア人がボシュニャク人を抜きにしてセルビア人と分割協議を行った事で、クロアチア人とボシュニャク人の間にも紛争が発生し、三つ巴の構図となってしまいました。<br />モスタルはクロアチア人とボシュニャク人が多く暮らす街だったので、その両者の激戦の地となってしまいました。

    モスタルに到着し出迎えてくれたのは痛々しい銃痕が残る家でした。
    ボスニア紛争最初は独立を願うクロアチア人とボシュニャク人が、それを阻もうとするセルビア人と抗争すると言う構図でしたが、クロアチア人がボシュニャク人を抜きにしてセルビア人と分割協議を行った事で、クロアチア人とボシュニャク人の間にも紛争が発生し、三つ巴の構図となってしまいました。
    モスタルはクロアチア人とボシュニャク人が多く暮らす街だったので、その両者の激戦の地となってしまいました。

  • その両者を住み分けさせるネトレヴァ川に沿って歩きます。

    その両者を住み分けさせるネトレヴァ川に沿って歩きます。

  • 決してR18な宿ではありません。<br />普通のホテルです。

    決してR18な宿ではありません。
    普通のホテルです。

  • 紛争で破壊されたであろう廃墟がありました。<br />銃痕もそうですが、決して復興出来ないのでは無いのです。<br />わざと残しているのです。<br />忘れない為<br />忘れさせない為

    紛争で破壊されたであろう廃墟がありました。
    銃痕もそうですが、決して復興出来ないのでは無いのです。
    わざと残しているのです。
    忘れない為
    忘れさせない為

  • イスラーム調の路地裏です。

    イスラーム調の路地裏です。

  • 目前に広がったイスラミックな風景に驚きました。<br />バリバリカソリックなドブロブニクから然程離れていないこの地に、オスマントルコ時代の風情が此処まで残されていたとは思いもしませんでした。

    目前に広がったイスラミックな風景に驚きました。
    バリバリカソリックなドブロブニクから然程離れていないこの地に、オスマントルコ時代の風情が此処まで残されていたとは思いもしませんでした。

  • 三角屋根のモスクも新鮮でした。<br />ドームは礼拝の時間に多くの信徒が集まるモスクでは屋根を支える柱が邪魔になるので発展した技法です。<br />確かにこの規模のモスクならドームの必要性はありません。

    三角屋根のモスクも新鮮でした。
    ドームは礼拝の時間に多くの信徒が集まるモスクでは屋根を支える柱が邪魔になるので発展した技法です。
    確かにこの規模のモスクならドームの必要性はありません。

  • ネトレヴァ川の支流に小さなスタリ・モストがありました。<br />本物の復興の際に試作として作られた様です。

    ネトレヴァ川の支流に小さなスタリ・モストがありました。
    本物の復興の際に試作として作られた様です。

  • ミニ・スタリ・モストです。

    ミニ・スタリ・モストです。

  • 本物のスタリ・モストにやってきました。

    本物のスタリ・モストにやってきました。

  • オスマントルコ様式の美しい橋も、内戦時にはそれが災いしてクロアチア人勢力の格好の破壊目標とされ跡形も無くなりました。

    オスマントルコ様式の美しい橋も、内戦時にはそれが災いしてクロアチア人勢力の格好の破壊目標とされ跡形も無くなりました。

  • 危ないってば!

    危ないってば!

  • 残された残骸を繋ぎ合わせ、取り戻せない部分は橋を作った石材と同じ山から石を切り出し、昔と同じ技法で復興を遂げました。

    残された残骸を繋ぎ合わせ、取り戻せない部分は橋を作った石材と同じ山から石を切り出し、昔と同じ技法で復興を遂げました。

  • 見上げる角度も素敵です。

    見上げる角度も素敵です。

  • スタリ・モストから下流にひとつ先の橋からスタリ・モストを眺めました。

    スタリ・モストから下流にひとつ先の橋からスタリ・モストを眺めました。

  • スタリ・モスト付近はお土産屋さんが密集します。

    スタリ・モスト付近はお土産屋さんが密集します。

  • まるでトルコにいるみたいです。

    まるでトルコにいるみたいです。

  • ただ商品の中には薬莢を使ったボールペン等紛争を思い起こしてしまう品物もありました。

    ただ商品の中には薬莢を使ったボールペン等紛争を思い起こしてしまう品物もありました。

  • でも雰囲気はとても明るいです。

    でも雰囲気はとても明るいです。

  • スタリ・モストまでもうすぐです。

    スタリ・モストまでもうすぐです。

  • お店はネトレヴァ川沿いにも続いています。

    お店はネトレヴァ川沿いにも続いています。

  • その昔、この橋に関する特集をTVで見ました。<br />モスタルではスタリ・モストからネトレヴァ川への飛び込み競技が伝統行事として行われていました。<br />嘗てモスタルではクロアチア人、ボシュニャク人分け隔てなく競技を行っていましたが、内戦以降はボシュニャク人だけで行われる様になりました。

    その昔、この橋に関する特集をTVで見ました。
    モスタルではスタリ・モストからネトレヴァ川への飛び込み競技が伝統行事として行われていました。
    嘗てモスタルではクロアチア人、ボシュニャク人分け隔てなく競技を行っていましたが、内戦以降はボシュニャク人だけで行われる様になりました。

  • 飛び込み競技のチャンピオンも内戦で肉親を失い、以降クロアチア人と接触を避けて生きてきました。<br />そんな中チャンピオンの息子が、友人のクロアチア人を競技の参加を求めました。<br />勿論最初は友人も、彼の父親も頑なに拒みました。<br />でも彼は諦めませんでした。

    飛び込み競技のチャンピオンも内戦で肉親を失い、以降クロアチア人と接触を避けて生きてきました。
    そんな中チャンピオンの息子が、友人のクロアチア人を競技の参加を求めました。
    勿論最初は友人も、彼の父親も頑なに拒みました。
    でも彼は諦めませんでした。

  • 大会の日、彼の友人は野次と罵声が飛び交う中、ネトレヴァ川に飛び込みました。

    大会の日、彼の友人は野次と罵声が飛び交う中、ネトレヴァ川に飛び込みました。

  • そしてこう言ったのです。<br />「私達は変われるんだ!」

    そしてこう言ったのです。
    「私達は変われるんだ!」

  • 今では競技の他に、旅人のチップがある程度貯まると飛び込みが行われる様です。<br />旅人のボルテージが高まりました。<br />急いで橋の下に駆け降ります。

    今では競技の他に、旅人のチップがある程度貯まると飛び込みが行われる様です。
    旅人のボルテージが高まりました。
    急いで橋の下に駆け降ります。

  • ダイバーが橋から舞い降りました。

    ダイバーが橋から舞い降りました。

  • 郷土料理のレストランの民族衣装を着たウェイトレスさんが素敵です。

    郷土料理のレストランの民族衣装を着たウェイトレスさんが素敵です。

  • スタリ・モスト博物館からスタリ・モストを見下ろしました。

    スタリ・モスト博物館からスタリ・モストを見下ろしました。

  • スタリ・モスト博物館から上流を眺めます。

    スタリ・モスト博物館から上流を眺めます。

  • オスマントルコ時代のアラビア文字が残されていました。

    オスマントルコ時代のアラビア文字が残されていました。

  • モスクを目指して川沿いを進みます。

    モスクを目指して川沿いを進みます。

  • コスキ・メフメット・パシナ・モスク。

    コスキ・メフメット・パシナ・モスク。

  • モスクからのスタリ・モストの眺め。

    モスクからのスタリ・モストの眺め。

  • モスクの天井。

    モスクの天井。

  • モスク内部です。

    モスク内部です。

  • ミナレットの上から上流を眺めました。

    ミナレットの上から上流を眺めました。

  • ミナレットの上からスタリ・モストを眺めます。

    ミナレットの上からスタリ・モストを眺めます。

  • ミナレットの螺旋階段を降ります。

    ミナレットの螺旋階段を降ります。

  • カラジョズ・ベゴヴァ・モスク

    カラジョズ・ベゴヴァ・モスク

  • 街角に残された<br />「忘れるな!」<br />と書かれた石碑。

    街角に残された
    「忘れるな!」
    と書かれた石碑。

  • 再びスタリ・モストを渡ります。

    再びスタリ・モストを渡ります。

  • 橋の端にもありました。

    橋の端にもありました。

  • 再び廃墟前。

    再び廃墟前。

  • 墓地がありました。

    墓地がありました。

  • 墓地の脇のモスク。

    墓地の脇のモスク。

  • トルコの家。

    トルコの家。

  • 旧市街のひとこまです。

    旧市街のひとこまです。

  • 高台のモスク。

    高台のモスク。

  • プレスカビッザを頂きました。

    プレスカビッザを頂きました。

  • トルコ・コーヒーのセットです。<br />ロクムがついてきます。<br />コーヒーはエチオピアが発祥。<br />それをイスラーム商人がイエメンのモカ港に持ち込み(モカは有名なコーヒーの品種にもなっています。)アラビアで薬用として発展します。<br />それがイスラーム繋がりでオスマントルコでは飲用として嗜まれ、<br />オスマントルコとオーストリア=ハンガリー帝国との戦いの中、敵であったオーストリアにもコーヒーの美味しさが伝わりました。<br />トルココーヒーは我々の知るコーヒーの原点でもあります。

    トルコ・コーヒーのセットです。
    ロクムがついてきます。
    コーヒーはエチオピアが発祥。
    それをイスラーム商人がイエメンのモカ港に持ち込み(モカは有名なコーヒーの品種にもなっています。)アラビアで薬用として発展します。
    それがイスラーム繋がりでオスマントルコでは飲用として嗜まれ、
    オスマントルコとオーストリア=ハンガリー帝国との戦いの中、敵であったオーストリアにもコーヒーの美味しさが伝わりました。
    トルココーヒーは我々の知るコーヒーの原点でもあります。

  • レストランの可愛らしいウェイトレスさん。

    レストランの可愛らしいウェイトレスさん。

  • スタリ・モストを背景にネトレヴァ川に釣糸を垂らすお爺さん。<br />何が釣れるのでしょう?

    スタリ・モストを背景にネトレヴァ川に釣糸を垂らすお爺さん。
    何が釣れるのでしょう?

  • スタリ・モストが暮れていきます。

    スタリ・モストが暮れていきます。

  • ライトアップは控えめです。

    ライトアップは控えめです。

  • 破壊されたスタリ・モストは難工事の末復興が叶いました。<br />が、二つの民族に刻まれた心の傷跡の復興は未々長い年月が必要です。<br />忘れるな!と言うこの呪詛に満ちた石碑が、いつか<br />忘れずにね!って言う平和を守る為の前向きな石碑に変わる日を願わずにはいられません。<br />「私達は変われるんだ!」と言った彼の言葉を信じていたいです。

    破壊されたスタリ・モストは難工事の末復興が叶いました。
    が、二つの民族に刻まれた心の傷跡の復興は未々長い年月が必要です。
    忘れるな!と言うこの呪詛に満ちた石碑が、いつか
    忘れずにね!って言う平和を守る為の前向きな石碑に変わる日を願わずにはいられません。
    「私達は変われるんだ!」と言った彼の言葉を信じていたいです。

  • スタリ・モストが両民族にとって<br />明日に架ける橋となります様に!

    スタリ・モストが両民族にとって
    明日に架ける橋となります様に!

  • モスタル<br />清流に架かる素敵な橋とそれに因む悲しい現実<br />癒され、そして考えさせられた街でした。<br />モスタルにありがとう!<br />そして最後までご覧になってくださりありがとうございました。<br /><br />次回は引き続き11年に旅したサラエボを紹介します。<br /><br />https://4travel.jp/travelogue/11390600<br /><br />目録へ<br />https://4travel.jp/travelogue/11414554

    モスタル
    清流に架かる素敵な橋とそれに因む悲しい現実
    癒され、そして考えさせられた街でした。
    モスタルにありがとう!
    そして最後までご覧になってくださりありがとうございました。

    次回は引き続き11年に旅したサラエボを紹介します。

    https://4travel.jp/travelogue/11390600

    目録へ
    https://4travel.jp/travelogue/11414554

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