2018/05/03 - 2018/05/03
330位(同エリア845件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1780冊
- クチコミ1205件
- Q&A回答73件
- 3,483,061アクセス
- フォロワー170人
トレド駅から展望台を経由してホテルに到着しました。遠回りしても11ユーロで来れてしまうので立ち寄っておいて良かったです。20年前はマドリッドから路線バスで日帰りで立ち寄った程度だったトレドにようやく宿泊できます。ホテルは「アルフォンソ・セスト」という「アルカサル」の前に建つヒストリックホテルです。リフォームは充分にできていて、エレベーターはシンドラー社の最新式の物でした。部屋もきれいで部屋からはアルカサルが目も前に望めました。後で知りましたが旧市街が一望できる部屋もいくつかあるようです。部屋で荷物を解いて一休みします。気持ちはゆっくりしたいのですが、そうそうゆっくりもしておれず、坂道を下ってツーリスト・インフォメーションで情報収集の後は「サンタ・クルス美術館」へ向かいます。ここは前回の旅では時間が無くて立ち寄れなかったところの1つでもあり、後になってグレコが好きになってからは長年来たいと思い続けていたところでもあります。今回は念願叶ってリベンジが出来ました。収蔵品のメインはやはりエル・グレコの作品で、全部で22枚も収められていました。驚いたのは2013年の東京都美術館での「エル・グレコ展」で観た作品が数多くあったことです。まずは「サンタ・クルス美術館」からトレドの観光を始めます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
トレド駅から展望台を経由して「アロフォンス・セスト」に到着しました。以前はマドリッドから路線バスに乗って日帰りで物足りなかったトレドに宿泊できます。トレドの観光を終えてバルに寄って1杯飲んで、帰り道の暗い坂道をバスターミナルに向かいながら失敗したな思いました。
-
ホテルの前ではドン・キホーテがお出迎えです。1600年頃に作者のセルバンテスはトレドでドン・キホーテを執筆しているのでこのような像が町中に置かれていました。
-
宿泊したのは3階のアルカサル側の部屋でした。数部屋だけカテドラルや旧市街の一望できる部屋があるようですが、そんな部屋があるとは知らずに眺めが良くて喜んでいました。
-
広さは充分にあり快適な滞在が出来ました。
-
部屋の手前には廊下があり、左手にバスルームがあります。
-
バスルームは普通でしたが、物を置くところが狭いくらいで特に問題もありませんでした。
-
バスタブがついていてお湯も豊富に出るのでゆっくりバスタブに浸かれました。
-
窓の外は巨大な「アルカサル」の建物が見えます。
-
マドリッド・アトーチャ駅の到着の通路で無料で配っていたレモンティーはさわやかな美味しさでした。プロモーションといっても日本でこんなの配ってないですよね。
-
このトレインビジョンに乗ることも考えたのですが、1周45分の時間がもったいなかったので、駅からタクシーで展望台へ行ったわけです。人気があるようでいつも満員でした。
-
「アルフォンソ・シスト」はトレド旧市街で一番高いところにあるホテルのようなので、その最上階からの眺めはとても良かったです。
-
中国の杭州から紹興に向かう途中には立派な農家の建物を見ることが出来ますが、同じような球体が串刺しになった塔があります。その玉の数でその家に住んでいる世代が分かるようになっていましたが、この塔だと4世代が一緒に住んでいることになります。
-
旧市街から眺めたタホ川の向こうに陸軍の大学校がありました。部屋で一休みした後は旧市内の散策に出掛けます。
-
ホテルからはどこへ行くにも下り坂からスタートです。そして最後は上り坂で終わることになります。まずはツーリストインフォメーションで地図をもらい大体の位置を確認します。まずは「サンタ・クルス美術館」に向かいます。
-
「サンタ・クルス美術館」は16世紀にトレドの大司教だった枢機卿メンドーサの遺志を受け、イサベル1世の命により建てられた病人や虎児のための慈善施設だった建物です。1614年に完成した慈善病院は現在は美術館となっています。ファサードはプラテレスコ様式(スペインのルネサンス様式)の美しい彫刻が施されています。
-
外観は古い修道院にしか見えません。ここはマドリッドのプラド美術館の姉妹美術館で、「無原罪の御宿り」や「聖母被昇天」などのエル・グレコの作品22点の所蔵をはじめ、リベーラやゴヤなどの作品も収蔵しています。
-
内部には3つの展示室があり、第1室はローマや西ゴートややムデハル文化を取り扱った考古学の部屋です。第2室はエル・グレコをはじめとした16世紀から17世紀に活躍したトレドの画家の部屋で、第3室は大衆文化や地元の工芸品を展示した部屋で構成されています。
-
館内には建築家のアロンソ・デ・コバルビアスが手がけた階段や手摺りやアーチの彫刻を見て取れます。展示した美術品も素晴らしいですが、建物の美しさも見逃せません。
-
「聖ペテロに祈るメンドーサのドン・ペドロ・ゴンザレス枢機卿」
彼の両親は子供の頃から聖職の道に向かわせます。メンドーサは15世紀後半の貴族階級の中で最も重要な人物の1人です。 -
政治的にメンドーサはカスティーリャのヘンリー4世とシプツォ4世の教皇に大きな影響を与え、カトリックの君主の時代には「スペインの3番目の王」と言われたそうです。スペインのルネサンスの進歩とアメリカ大陸の発見への貢献があった人物でもあります。
-
「ゴルゴダの丘」コーネリス・エンゲルブレッチェン
16世紀のオランダのライデンの画家です。 -
磔刑にされたイエスの姿とその周りの人々が克明に描かれています。左右の罪人はデュスマスとゲスタスです。イエスの足元にはマグダラのマリアで聖母マリアはその下で倒れ込んでいます。ユダヤ人の指導者たちはイエスを指さし、ローマ兵に何かささやいているようです。
-
「ドン・ペドロ・ナヴァロの肖像」
伯爵ドン・ペドロ・ナヴァロはカンブレーのリーグ戦争に参加したスペインの軍事技術者であり将校でした。 ラベンナの戦いで1512年にフランス軍に捕らえられます。 その後はフランソワ1世のためにフランス軍の指揮を執ります。 -
内部の天井は木製で日本の組子の格天井のようです。交差廊は2階建てになっています。
-
それぞれのウイングが展示スペースになっていますが、教会堂の十字の形になっているであろうことは想像できます。
-
「聖家族」ホセ・デ・リベーラ
リベーラはスペインの画家ですが若くしてイタリアに渡り、生涯の大半をナポリで過ごし帰国することはありませんでした。当時のナポリはスペイン副王の支配下にあり、スペインの飛地領土でもありました。リベーラはナポリで代々の副王の庇護を受け、聖人や殉教者などをカラヴァッジョ風の劇的な表現で描いています。イタリア人たちからは「ロ・スパニョレット」(小さなスペイン人)のあだ名で呼ばれていたそうです。 -
今回の旅行ではムリーリョの生誕400年の年でもあり、各地でムリーリョ展が開催されていました。彼の描く聖母の姿も印象に残りますが、リベーラのこの聖母子像は心に残りました。洗礼者ヨハネの姿も可愛らしいです。
-
イエスの姿は完全な赤ん坊の状態です。よく見るとちゃんと割礼されています。
-
「聖イデホンソスに祝福する聖母マリア」
サン・イデホンソスはヴィシゴスで貴族の家に生まれました。彼はセビリアの聖イシドールによって教えられ、若い時に父親の希望に反してベネディクト会修道士となります。630年に執事に任命された後の657年に首都トレドの大修道院に呼ばれました。トレドの大司教に任命されると聖母マリアは彼に多くの祝福を伴って現れます。 聖母マリアは感謝の気持ちから天国で特別に織り込まれた金色の司祭服を与えます。 -
毒の入った杯を飲んでも死ななかったという言い伝えからドラゴンの入った杯を持つ聖人は福音書記者ヨハネだという事が分かります。16世紀のトレドの画家によって描かれた作品です。
-
「カール5世の胸像」
この胸像は1553年にミラノで造られたカール5世の胸像を元にブロンズに銀メッキで造られています。ヨーロッパを旅していると古代ローマの皇帝ハドリアヌスの足跡と、このカール5世の足跡をたどることが多いです。 -
「貴族の肖像」
1530年から1540年代の豪華な衣装に身を包まれた貴族の彫刻です。胸に飾られた十字軍を表す「マルタ十字」が目をひきます。 -
「被昇天の聖母の祭壇画」ペドロ・マルティネス・ド・カスタネダ
16世紀のサラマンカで生まれトレドで亡くなった作家の作品です。木製の祭壇彫刻ですが、その鮮やかな色彩に驚かされます。まるで昨日造られたといってもおかしくないほどです。 -
「聖母に読み方を教える聖アンナ」カステーリャの工房
ヤコブ原福音書によるとアンナと夫ヨアキムは裕福で敬虔な夫妻でした。2人は子供が無いことを嘆いて、ヨアキムは荒野に天幕を張って40日40夜の断食をし、アンナは夫の不在と子供が無いことを嘆いて月桂樹の下で哀歌を歌っていました。すると2人の所にそれぞれ主の使いが現れてアンナが懐妊することを告げ、ヨアキムは妻のもとに戻って喜び合いました。やがてアンナに女の子が生まれます。2人は娘をマリアと名付けてマリアが3歳になると神殿に捧げました。マリアは12歳になるまで神殿で養育され、天使の手から食物を受け取って育ちました。 -
「アヴィラのサンタ・テレサの聖遺物箱」
サンタ・テレサはスペインでは人気のある聖女で、今回の旅でもいろいろな教会で礼拝堂を見ることが出来ました。17世紀の造られたものですが、色鮮やかに彩色が残されています。2001年の2度目のイベリア半島の旅ではアヴィラにも1泊しました。 -
「グズマンの聖ドミニコ」エル・グレコ
グスマンの聖ドミニコはドミニコ会の創設者でカトリックの修道士で聖人でもあります。スペイン語名はドミンゴ・デ・グスマン・ガルセスで、聖ドミニコとも称されます。ここから怒涛のようにエル・グレコの作品が並んでいます。この作品は2013年の東京都美術館の「エル・グレコ展」にも来ていました。 -
異端の信者たちをどうにか回心させたいと祈っていたところ、聖母マリアが現れてドミニコにロザリオを渡したという逸話が残されています。また、3度に渡って司教になるよう勧められますがそれを拒み司祭のまま1221年に亡くなります。ドミニコの生涯は真理を求める一生であり、その説教は真理に基づいた説教だったと伝えられ、その生活は大変貧しかったそうです。
-
「使徒」エル・グレコ工房
アンデレはペテロの兄弟でガリラヤの漁夫です。彼は南ロシアのスキュテイアや小アジア、ギリシアの各地に伝道旅行をして説教をするかたわら多くの治療行為を行いました。アンデレは長い髭の老人として描かれるのが一般的です。アンデレは洗礼者ヨハネの弟子でしたが、ヨハネがキリストを見つけて「見よ、神の子羊だ」と言ったためにキリストに同行することにします。その後アンデレが兄弟のペトロを誘い、ペテロもキリストに同行します。 -
この絵でも背後にうっすらとX字型の十字架が見えています。キリストの磔刑で使われた一般的な形の十字架はラテン型と呼ばれます。アンデレはペロポネソス地方にあるパトラスのローマ総督アイゲアテスによって処刑されました。総督の妻マクシミラはアンデレのおかげで不治の病から回復し、それを機にキリスト教を改宗します。アンデレのすすめでマクシミラは総督に夫としての権利を二度と認めないようになり、それに怒った総督はアンデレを磔刑にします。
-
「磔刑」エル・グレコ工房
同じ構図の作品をグレコは数多く描いています。上野の国立美術館にも倉敷の大原美術館にも収蔵されています。ルーブル美術館の作品には足元に寄進者の姿が描かれています。 -
この作品はロサンゼルスのゲッティ美術館の作品とほとんど構図や小細部が似通っています。2000年のロンドンのオークションに完全新出作品として現れてゲッティ美術館に収蔵されました。
-
「聖衣剥奪」エル・グレコ
オリジナルはトレド大聖堂に納められているもので、この作品はサント・トメ教区聖堂のために後に描かれた作品です。大聖堂の作品は当時としては奇抜であった題材と、左下の3人のマリア、聖母マリアとマグダラのマリアと小ヤコブの母のマリアは聖書に記載がないために異端的と判断され報酬が大幅に減額されたそうです。 -
主題は福音書に登場するローマ兵たちに衣服を剥ぎ取られるキリストの姿で「それから、兵卒たちはイエスを中庭に、すなわち総督艦艇の中庭に連れていき、全部隊を招集した。そして彼らは彼に紫の服を着せ、いばらの冠を編んでかぶらせた。そして”ユダヤの王、おめでとう!”と彼に挨拶をし始めた。また彼らは葦でイエスの頭を打ち、彼につばきを吐きかけた。また膝まずいて彼を拝んだ。」とあります。
-
「福音者ヨハネのいる無原罪の御宿り」エル・グレコ
この作品も2013年に東京に来ていました。その時にここへ来た人は気の毒だなと思うほどの作品数です。エル・グレコ美術館の作品も合わせるとその時期にトレドへ来ていなくて良かったと思います。 -
聖母マリアのシンボルであるエリコのバラと茨の中のユリとダビデの塔、天国の門、エッサイの樹、ナツメヤシ、オリーブに三日月と太陽を自然主義的な背景に描いています。足元の建築物はグレコ自身がヴェネツィアにいた時代にヴィチェンツアのパラディーオの作品を見ていたことも知られています。パトモス島で福音書記者ヨハネが見た幻視(ヴィジョン)の場面を見るとギリシャの島々を周った旅やヴィチェンツアの旅を思い出します。
-
「聖ベロニカと聖骸布」エル・グレコ
ヴェロニカはベレニケとも呼ばれ、エルサレムの敬虔な女性でした。彼女は十字架を背負いゴルゴタの丘へと歩くイエスを憐れみ、額の汗を拭くよう自身の身につけていたベールを差し出します。 -
イエスは彼女の申し出を受けて汗を拭き、ヴェールを彼女へ返すと奇跡が起こります。ベールにはイエスの顔が浮かび上がっていた伝承から絵画や彫像の聖ヴェロニカは聖顔布を手にした姿で表されます。
-
この作品は初めて観ましたがとても印象に残った作品です。
-
「受胎告知」エル・グレコ
グレコの受胎告知は今回の旅で数多く観ることが出来ました。「カタルーニャ美術館」と「プラド美術館」に「テッセン・ボルネミッサ美術館」の初期の作品、ドーニャ・マリア・デ・アラゴン学院大祭壇画の受胎告知(プラド美術館)とこの美術館の作品。そして大原美術館とブダペストの国立美術館の作品も忘れられません。この作品は大原美術館の作品に似ています。 -
かぎりなく深い神秘的な闇に包まれた夜空に、突然眩いばかりの光芒を発して大天使ガブリエルが登場します。 この光と闇の力強いドラマは神の子の肉化を告げるというドラマティックな事件の舞台としてふさわしいです。 雲に乗って現われたガブリエルは両手を胸に交差させ、やや上の方から聖処女マリアを見下しています。マリアは書見台の前から大きく身をよじらせ、この不意の出現に驚きながらも片手を挙げながらたじろがぬ視線で天使を見上げ、お告げの言葉を受け止めています。画面を斜めによぎるこの2人の視線の交錯は全体の構図の中心であり、そこに天上世界と地上世界の結びつきが成立しているようです。 中世以来「受胎告知」の主題は数かぎりない画家たちによって描かれてきましたが、そのドラマの神秘性をこれほどまで力強く表現し得たのは反宗教改革の時代に生きたグレコの特質のなせる業かもしれません。
-
「聖母の前に現れるキリスト」エル・グレコ
タイトルは2013年のエル・グレコ展に基づきますが、タイトルを訳すと「聖母に別れを告げるキリスト」になります。 -
受難に先立ってキリストが父なる神の意志に従い運命を受け入れる覚悟のもと、聖母マリアを訪れて別れを告げる場面です。西洋絵画でも作例の少ないもので、主題の典拠は聖書ではなく中世の神秘主義文学からの引用だそうです。
-
「洗礼者ヨハネと福音者ヨハネ」エル・グレコ
マドリッドのプラド美術館にも同じ構図の作品がありました。 -
左側の人物が福音書記者ヨハネということは左手に持ったドラゴンの入った杯とアトリビュートである鷲を足元に従がえていることで分かります。洗礼者ヨハネは「マタイによる福音書」によればヨハネは「らくだの皮衣を着、腰に革の帯をしめ、いなごと野蜜を食べ物」とする人物とあります。
-
足元には神の子羊(アニュス・デイ)が描かれています。ヨハネ福音書の記事に基づき「見よ、神の子羊」と書いた文字が添えられています。
-
東京都美術館の展示とは違い、元々納められた場所で作品を見ると一度観た作品でも違って見えます。何よりも見学している人の数が違います。
-
「聖フランチェスコ」エル・グレコ
元々はサン・ニコラス教区聖堂にあったものをサンタ・クルス美術館い寄託された一連の作品です。この作品と続く聖ヤコブと聖アウグスティヌスは2013年に日本へやってきています。 -
フランチェスコのしなやかな所作が印象に残る作品です。左右の手には血痕が残り、聖人がキリストを愛し、キリストとの一致の証拠として同一の傷口(聖痕)を欲したことを物語っています。
-
「巡礼者としての聖ヤコブ」エル・グレコ
外側のこげ茶色の部分は元々は祭壇衝立で覆われていた部分と思われます。5年ほど前にこの美術館から多くの作品が日本へ来ていて、ここで再会出来たのは感慨深い思いがあります。 -
巡礼者の長い杖とホタテ貝をあしらったつば広の帽子がヤコブのアトリビュートです。
-
「聖アウグスティヌス」エル・グレコ
宝石がちりばめられた司教冠や浮き出しの刺繍が施されたプルビアーレの色彩や質感が豊かに描かれています。 -
聖アウグスティヌスは聖アンブロシウスと聖ヒエロニムスとともに4世紀のローマ帝国に生き、当時勃興しつつあったキリスト教とカトリック信仰に対して礎石を築いた人です。この3人に後の世代のグレゴリウス法王を加えて「西方教会の四博士」と呼ばれます。
-
「聖イルデフォンソ」エル・グレコ
聖イルデフォンソは7世紀のトレドにおける大司教で、後にトレドの守護聖人となり、「聖母マリアの純潔処女性」を記したことと8世紀における異端との闘争で知られます。 -
司教冠や浮き出しの刺繍が施されたプルビアーレの色彩や質感は「聖アウグスティヌス」に似ていますし、「オルガス伯の埋葬」の2人の聖人の司祭服も思い出させます。
-
「聖アンナのいる聖家族」エル・グレコ
この作品も数多くのバージョンがあります。翌日行くタベーラ病院に授乳をする聖母を描いた作品や、プラド美術館にもこの作品に似たものが収蔵されています。ブダペストの国立美術館にも授乳するバージョンが収蔵されていました。 -
画面右下に描かれた幼児の姿の洗礼者ヨハネは右手に桃を入れた鉢を持ち、左手を口唇にあてて画面の外側へ視線を向けています。まるで聖母マリアの膝の上で眠りにつこうとする幼児イエスを気遣い、周囲の人々に静粛を呼びかけているようにも見えます。やがて待ち受ける「キリストの受難」という神秘に対する静寂の呼びかけなのかもしれません。
-
「聖ペドロ」エル・グレコ
マタイによる福音書にある「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上でも解くことは、天上でも解かれる。」という言葉が思い出されます。 -
カトリック教会ではペトロを初代のローマ教皇とみなします。これは「天の国の鍵」をイエスから受け取ったペトロが権威を与えられ、それをローマ司教としてのローマ教皇が継承したとみなすからです。アトリビュートは左手に持った鍵で、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂の形は天から見ると鍵穴の形になっています。彼が弟アンデレの紹介で初めてイエスに会った時、イエスから「あなたをケパ(ペテロ)と呼ぶことにする…」とつけられた愛称がペテロです。ペテロとは「岩」を意味するのでこの絵でも岩の上に立つ姿で描かれているのでしょう。
-
「無原罪の御宿り」エル・グレコ
エル・グレコの作風は、マニエリスムと呼ばれるルネサンス後期の美術傾向によって描かれています。曲がりくねり極端に引き伸ばされた人体表現が多用され、ミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂の天井画の一部や「最後の審判」にもこの傾向が見られます。エル・グレコ晩年の作品「無原罪の御宿り(お宿り)」でもマニエリスムの傾向が色濃く表れており、縦長のキャンバスに聖母マリアが天を仰ぎ今まさに高く昇っていく様子が、左右にうねるような誇張表現で描かれています。これは祭壇画を下から見上げることも考慮されていますが、昔はこの不自然さが好きではありませんでした。 -
天上には聖霊による懐胎を象徴する白いハトが描かれ、聖母マリアは天の愛情を表す赤い色の衣服に青い腰布を纏っています。周囲には他のグレコの作品でも見られる天上のオーケストラが配され、神と聖母マリアへの賛美を高らかに奏でています。
-
最下部のトゲのない赤いバラと白いユリの花は、聖母マリアのアトリビュートとして知られ、それぞれ母性と純潔を象徴しています。
-
海に浮かぶ帆船と手前の円筒形の建物を見るとギリシャのミコノス島のカトミリの風車を思い出します。エル・グレコの名前の意味は「ギリシャ人」というニックネームで、ギリシャのクレタ島のイラクリオンで生まれた際の本名はドメニコス・テオトコプーロスです。
-
グレコはカトリックの臨終の秘蹟を受けこの世を去りますが、その際友人で修道士で詩人でもあるパラビシーノは以下の墓碑銘を捧げています。「クレタは生と絵筆をグレコに授け、トレドはグレコの最上の祖国となり、死と共に永遠に生き始める。」
"Creta le dio la vida, y los pinceles
Toledo mejor patria,
donde empieza a lograr con la muerte eternidades" -
美しい連続アーチの中庭は中央にダイアゴナル(ひし形)形の植え込みにオリーブとホーソーン(ニシキギ)が植えられています。
-
アロンソ・デ・コバルビアスが手がけた階段や手すりは本当に美しいです。初期にはプラテレスコやルネサンス様式を器用に使った装飾の作品を造っていますが、クラシシズムの建築家に発展していきます。1537年以降はトレドが活動の本拠地となっています。トレドのカテドラルでは建築長を務めトラスタマーラの祭室の入口門は1537年に建設されています。
-
非常に大きくて古く威厳のある扉でした。またいい感じに光が差し込んでいます。20年前に来た時はエル・グレコに強い興味が持てず、あまり好きではありませんでしたのでこの美術館にも訪れていませんでした。その後グレコを知るにつれトレドでいくつもの作品を見逃していることを知り、どうしても来たい美術館でした。1つリベンジが叶いました。
-
美術館の前の広場にはミゲル・デ・セルバンテスの像が置かれたありました。セルバンデスは1571年にレパントの海戦で手柄を立て英雄になりますがトルコの海賊に捕らえられ捕虜生活を送ります。その中で構想したものが「ドン・キホーテ」です。これはラ・マンチャの田舎に住む男が騎士道小説を読み過ぎて狂気にとらわれ自らを「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」と名乗り、サンチョ・パンサを従えて痩せ馬に乗り旅をする話です。
-
実際の執筆はここトレドでも書かれたようなので町中にセルバンデスの像やドン・キホーテの像が置かれてありました。さあ旧市街へ進みます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2018 スペイン周遊の旅(2)
-
前の旅行記
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(31)グラナダからマドリッドを経由してトレドまでの鉄道旅。ホテルへ行く前に...
2018/05/03~
トレド
-
次の旅行記
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(33)トレド大聖堂でエル・グレコの祭壇画に祈りを捧げ、荘厳なトランスパレン...
2018/05/03~
トレド
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(19)日曜日のセビリアの街歩きはエスラバでタパスを食べて、ロス・ガリョスで...
2018/04/29~
セビリア
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(20)セビリア美術館で生誕400年のムリーリョとスルバランやリベーラなどス...
2018/04/29~
セビリア
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(21)20年3時間30分待ったアルカサルの見学後、カテドラルに参拝してボデ...
2018/04/30~
セビリア
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(22)列車でコルドバへ向かい、ホテル・メスキータに荷を解き、コルドバ名物料...
2018/04/30~
コルドバ
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(23) 早朝のメスキータは無料のうえに人が少ないので、歴史に想いを馳せるに...
2018/05/01~
コルドバ
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(25)サントスでトルティージャを食べてパティオ祭りとクルス・デ・マヨ巡り。...
2018/05/01~
コルドバ
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(26)コルドバから列車とバスを乗り継いでグラナダへ移動して、中華料理店を探...
2018/05/01~
グラナダ
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(24)コロンブスがカトリック両王に謁見した5月1日にアルカサルを訪ね、花の...
2018/05/01~
コルドバ
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(27)早朝のアルバイシンの散歩とヘネラリフェ庭園とカルロス5世宮殿まで見学...
2018/05/02~
グラナダ
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(28)ナルス宮殿とアルカサバを見学してホテルアメリカでランチ、タラセバを買...
2018/05/02~
グラナダ
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(29)修道院のお菓子を求めてアルバイシンを彷徨い、ディアマンテスでシーフー...
2018/05/02~
グラナダ
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(30)アルバイシンの夜景散歩とロス・タラントスでフラメンコを楽しむ。
2018/05/02~
グラナダ
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(31)グラナダからマドリッドを経由してトレドまでの鉄道旅。ホテルへ行く前に...
2018/05/03~
トレド
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(32)トレドのアルフォンソ・セストに荷を解どき、サンタ・クルス美術館でエル...
2018/05/03~
トレド
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(33)トレド大聖堂でエル・グレコの祭壇画に祈りを捧げ、荘厳なトランスパレン...
2018/05/03~
トレド
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(34)サント・トメ教会とエル・グレコ美術館のグレコ作品に再会する。
2018/05/03~
トレド
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(35)クエーリョで革製品とサント・トメでマザパンを買い、美味しいディナーで...
2018/05/03~
トレド
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(36) 早朝のトレド散歩とタベーラ病院でエル・グレコと対峙した後はアンティ...
2018/05/04~
トレド
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(37)最終地マドリッドで体調不良にも負けずカフェ・デ・チニータスの舞台に上...
2018/05/04~
マドリード
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(38)20年振りのプラドそれぞそれぞと30年待ったプラド美術館はそれぞれの...
2018/05/05~
マドリード
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(40)ソフィア王妃芸術センターでゲルニカを見た後は世界一古いレストラン・ボ...
2018/05/05~
マドリード
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(39)プラド美術館でベラスケスを始め、スペイン黄金期のムリーリョとスルバラ...
2018/05/05~
マドリード
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(41) エル・コンテ・イングレスでロルサーの4輪カートを買ってカサ・パタス...
2018/05/05~
マドリード
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(42)3度目のマドリッドで初めてテッセン・ボルネミッサ美術館のマスターピー...
2018/05/06~
マドリード
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(43)テッセン・ボルネミッサ美術館の年代別の展示は美術の教科書の中を歩いて...
2018/05/06~
マドリード
-
復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(44)王立サンフェルナンド美術アカデミーのゴヤの「鰯の埋葬」を観て、旅の終...
2018/05/06~
マドリード
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
トレド(スペイン) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2018 スペイン周遊の旅(2)
0
78