2018/04/29 - 2018/04/29
143位(同エリア1023件中)
kojikojiさん
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早朝にマドリッドを出発しました。あいにくの雨でしたがアトーチャ駅から列車でセビリアに向かう途中から天気は良くなりました。約3時間でセビリア到着です。駅からはタクシーに乗って15分くらいでカテドラル横の「ドナ・マリア」というホテルに到着しました。さすがに日曜日の朝10時過ぎではチェックインできませんでしたので荷物を預けて街歩きを開始します。カテドラルを軸にジエルベス通りでウインドウショッピングしながら街の北に向かいます。「メトロポル・パラソル」を見てから「セビリア美術館」に立ち寄り、スペイン絵画の黄金期のムリーリョやスルバランの作品を堪能します。少し出遅れたために「エステバ」というセビリアで1番のバルでは1時間待ちしての昼食となりました。さすがにタパスコンテストで優勝した料理はおいしかったです。それからはグアダルキビル川に出て川沿いを散歩します。陶器で有名なトリアナ地区にも立ち寄りました。「黄金の塔」から「スペイン広場」そして「セビリア大学」を経て「アルカサル」まで戻りました。ホテルにチェックインして一休みして夕方になってからは「サンタ・クルス街」を散歩しました。夕食後は20年前にも行った「ロス・ガリョス」でフラメンコを楽しんで長い1日が終わりました。1泊2日では忙しすぎたセビリアの旅行記です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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午前5時に起きてテレビの天気予報を見ると曇りマークが並んでいます。部屋のカーテンと窓を開けてみると表は土砂降りです。今回の旅行前にネットの長期天気予報を確認していましたが、その時点でも雨だったので天気予報の正確さに驚きました。
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午前6時にチェックアウトしてアトーチャ駅に向かいます。6時間の滞在だけでしたが駅から近くて助かりました。
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早朝のアトーチャ駅です。ここに来るのは15年ぶりです。ポルトガルを3週間で縦断し、サンチアゴ・デ・コンポステーラからマドリッドに戻り、エル・エスコリアルやアヴィラやセゴビアを旅した記憶が蘇ります。
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昔はこんなカフェのようなものは無かったと記憶しています。写真ではかなり明るく写っていますが、実際はほとんど真暗でした。
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セキュリティを抜けて待合いでプラットホームの表示が出るまで待ちます。早朝なので構内は閑散としています。
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ようやく表示が出ると乗客は一斉に移動し始めます。出力しておいた乗車券のQRコードを読み取ってもらいます。ここで検札してしまうので車内でチケットを見せることはありませんでした。ネットでの予約やセキュリティに検札と一見面倒なようですが、流れに乗ってしまえばこれほど安心なことはありません。逆に日本の鉄道は安全性は別として中国の高速鉄道にも遅れていると思います。
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まだホームも真暗です。座席は予約してありますが荷物を置く場所を確保しなければなりません。
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列車によって荷物置き場はまちまちです。この列車は車両の最後部の席2列分くらいが荷物置き場になっていました。このタイプは非常に便利でした。列車によっては幅が1メートルくらいの小さい3段棚だったりします。日本の新幹線もこれくらいの荷物置き場を用意してもらいたいものです。
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マドリッドを午前7時に出発して約3時間でセビリアまで移動です。
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マドリッドを出るころは真暗でしたが、午前8時くらいになると明るくなってきます。
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車窓から見えるのは牧草地かオリーブの木が延々と続きます。
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座席はほぼ満席でした。旅行前にすべての列車の予約は済ませておきました。発売日に合わせてプロモーションの早期割引で予約したので、かなり費用を押さえられたと思います。何より駅で切符を買うために現地での時間を割くのはもったいないです。
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こんな夢のある景色も流れていきます。こんな古城に現在も住む人がいるのでしょうか。
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あまり高い山は見ませんでしたが、景色に変化があって車窓から目が離せません。
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そして地平線まで続く牧草地です。天気が少し気になりますがセビリアに着く前には快晴に変わりました。
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どこまでが自然の景色なのか分かりません。20年前の旅ではバルセロナからコルドバまで夜行列車で移動しました。寝台車の乗客とは英語が全く通じませんでしたが、一緒にデッキでタバコを吸ったり楽しかった覚えがあります。それ以外はバスでアンダルシアを周っていたので、こういった景色は初めてでした。
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朝ごはんは昨晩買ったサンドイッチを頂きました。妻はさっさとカフェテリアに行ってコーヒーを買っていました。
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スペインの移動では大きな川はほとんど見ることがありませんでした。
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自然の景色のようですが人間の手が入っているのでしょうね。何のための森なのか?人工的な建物は全く見えません。
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スペインの国鉄は一般のルートと高速鉄道とルートが違います。20年前セビリアからマドリッドへ戻るときにAVEを使っているので同じルートを走っているのだと思います。
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定刻の午前9時55分にセビリアに到着しました。今回の旅で列車の遅延などは全くありませんでした。RENFEの問題で1時間遅延した場合は50%の払い戻しがあるそうです。90分以上であれば何と100%!
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列車旅の楽しさを教えてくれた父はもういませんが、小学生の低学年の頃から時刻表に見方を教わり、スキーや登山の予定表を作っていました。でも鉄道が趣味という訳ではありません。
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こうやって記念写真を撮る程度です。
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駅の壁には大きな広告看板がありました。クルスカンポというセビリアのビールです。セビリアにある中世の寺院クルス・デル・カンポにちなんで名付けられています。クルスは十字架でカンポは丘や原っぱの意味です。
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スペインの大きな駅のスロープ式のエスカレーターは非常に便利です。大きな荷物を持っていてもストレスはありませんでした。ただ、列車の乗り降りは数段のステップがあるので乗り降りは大変です。
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駅前からタクシーに乗って予約したホテルに向かいます。20年前は駅のコインロッカーに大きな荷物を預けて1泊分の荷物を持って歩いて旧市街まで向かいましたが、ちょっとお金持ちになった気分です。大聖堂の前のホテルまで9ユーロでした。
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予約したのは「ドナ・マリア」というヒストリックホテルです。フロントに行ってチェックインできないか尋ねますが、さすがに日曜の朝ではチェックアウトの時間も遅いようです。「午後2時には用意しておきます。」と言われ、荷物を預けて外出の用意をします。
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早くフラメンコの花飾りを買ってあげないといけないみたいです。
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出発前にホテルのロビーを少し覗いてみます。壁に掛った古い油絵は昔のセビリアを描いているのが分かります。
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今までにスペインで闘牛を見たことがありません。今回も全く予定に入れようとは考えなかったのですが、予定表を妻に見せると「闘牛には行かないの?」と言われてびっくりしました。
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正装して火縄銃を持つ貴族の肖像画のような絵が気に入りました。最後にマドリッドへ戻る前にトレドのアンティーク屋さんで聖母子の絵を買ってしまったのはこの絵が記憶に残っといたせいかもしれません。
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ホテルを出た瞬間にヒラルダの塔が出迎えてくれます。大聖堂の外装は一部修理の足場が組まれていてちょっと残念です。ヒラルダの塔から左に向かって補修やクリーニングが進んでいるのでしょうか。
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以前来た時は気にしませんでしたが1198年に建てられたモスクのミナレットとアラベスク模様の壁面はそのままに残し、1568年に当時のルネサンス様式の鐘楼とブロンズの女神像を付け足したようです。
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キリスト教信仰を表す女性像が風見(ヒラルダ)として置かれています。彼女が手にしているのはコンスタンチン大帝の旗です。同じものがカテドラルの入り口にも置かれています。こんな巨大なものをどうやって尖塔の先まで持ち上げたのか不思議です。今までで一番すごいと思ったのはモン・サン・ミッシェルの聖ミハエル像とベルギーのゲントの尖塔の先のドラゴンで、個人的にここを3番に認定します。
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セビリアは絵葉書が豊富で値段も安いのでたくさん買ってしまいました。20年前のスペイン旅行でフラメンコに魅了され、当初予定から外したセビリアにも立ち寄りました。一番の目的は「ロス・ガリョス」でしたが、この日の晩に予約を入れてあります。
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駅からタクシーでも通りがかった「市庁舎」の前まで来ました。
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市庁舎の北側はショッピングが楽しいジエルベス通りです。日曜日なのでお店のほとんどが閉まっていますが、人通りが少ないので翌日のために下見をしておきます。脇道にも興味深い建物がありますが、予定があるので先を急ぎます。
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ショーウインドウのリヤドロの陶器の人形…。アンダルシアで見たら欲しくなりますね。
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お土産にするにはちょっと高価すぎます。安っぽい人形はいくらでも売っていましたが、ちょうど良いと思えるものは残念ながらありませんでした。
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セビリアはフラメンコの道具を扱うお店が多かったです。マドリッドには有名なお店がありますが、セビリアはお薦めですね。翌日手頃なアバニコ(扇子)を買うことが出来ました。
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通りの突き当りは「コンフィテリア・ラ・カンパーナ」というお菓子屋さんでした。
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中はクラシックなショーケースが並び、店員さんの古風な制服も可愛らしかったです。奥にカフェもありましたが、ゆっくりしている時間は無くて残念でした。ケーキの上の飾りだと思いますが、子供の頃に銀行かどこかでもらったソフビの人形に見えました。
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マルティン・ビージャ通りに入ると美しい建物が目白押しです。「Bankinter」という銀行の建物でさえこの美しさです。
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ポストがあったので昨日のマドリッド分を投函します。今回はこのドン・キ・ホーテの像に会いに行きませんでした。この像の前で両親が記念写真を撮ったことを覚えていました。昨夜は深夜にマドリッドについて、7時には列車に乗っていたので、絵葉書は15年前に買ったものです。
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更に進むとアールデコの窓枠の美しい建物に差しかかりました。
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「ビクトリア・エウヘニア(Victoria Eugenia)」というレストランでした。店の名前は前スペイン王のフアン・カルロス1世の祖母から取られたものでしょう。
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マルティン・ビージャ通りを覆うように大きな屋根が見えました。最初の目的地の「メトロポル・パラソル」です。
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設計はユンゲル・マイヤーという世界的に有名なドイツの建築家で、複雑な構造はArupという有名な設計事務所が担当しています。
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世界最大の木造建築と聞いていたので楽しみにしていたのですが、構造体が別にあり、木製のパネルで構造体を覆っているという印象を受けました。欧米人にとっては木造に見えるのかもしれませんが、木造建築を見慣れている日本人には???金沢駅の「鼓門・もてなしドーム」を思い出させます。
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マルティン・ビージャ通りを戻り、さらにアルフォンソ12世通りを進むと小さな公園が見えてきます。「ムセオ公園」は名前の通り「セビリア美術館」の横にある広場です。日曜日は絵画の販売が行われているようで面白かったです。
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数十人の作家さんが自分の作品を並べていますが、意外に手頃な値段の物もあります。
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アンダルシアらしいマタドールやフラメンコダンサーがモチーフになっているのは観光客向けなのでしょうね。
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そんな広場の中心にはムリーリョの銅像があります。バルトロメ・エステバン・ペレス・ムリーリョはバロック期に甘美な聖母像や愛らしい子どもの絵で知られ、スペイン絵画の黄金期である17世紀を代表する画家です。1618年にここセビリアで生まれています。
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「セビリア美術館」の建物は1612年に完成したメルセス会の修道院を利用しています。所蔵品は中世から20世紀までの主にスペインの美術コレクションで、17世紀のセビリア絵画の黄金時代のムリーリョとスルバランの作品の多さには定評があります。美術館の紹介は次の旅行記で。すごい美術館ですが地球の歩き方には紹介されていないのが不思議です。
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「セビリア美術館」をじっくり見学していたら午後1時になっていました。次の目的地に行く予定から30分以上遅れてしまいました。ちょっとやばいです。
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到着したのはエスラバ通りの「エスラバ」というお店です。開店前に並ぶ予定でしたが遅れたのですでに満席です。お店の女性に名前と人数を伝えて待つしかありません。
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待つ間にビールとサングリアをいただきます。これが無ければ待っていられなかったと思います。
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結果1時間待ちました。翌日はアルカサルで大変なことになり、セビリアではトータルで5時間30分並ぶことになりました。そのスタートがここでした。
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改めてサングリアで乾杯です。飲み物は1.2ユーロくらいです。
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サングリアとオリーブをつまんで料理を待ちます。
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普通のパンも美味しいですが下にあるピスコ・デ・パンというクラッカーも美味しいです。
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サルモレホ(salmorejo)は冷製のトマトスープのようなものです。クリームは入っていなくてクリーミーさはパンを細かく砕いたものを入れています。これは濃厚で美味しかったです。
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こんなお料理が2.9ユーロと驚きの値段です。元々はコルドバの料理なのでこの後コルドバのレストランでも頂きました。
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満足いただけたような表情です。
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この「エスラバ」はタパスコンクールで優勝したタパスと3位を取ったタパスがあり、こちらは3位の料理です。名前はUn cigarro para Becquerで、名前の通り葉巻(シガロ)のような形をしています。中は黒い甘めのつぶつぶで白いクリームみたいなマヨネーズを付けていただきます。
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これが2010年のセビリアのタパスコンテストで優勝した料理です。
Yema sobre bzcocho de boletus y vino caramelizadoでキノコの形をした姿が可愛らしいです。カラメル状になったワインソースがたっぷりかかっています。 -
これは小さいので1人1つ注文しないと喧嘩になります。1品3~4ユーロなので気兼ねなく注文できます。
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店先のテーブル席ですが大きなテントがあるので日差しは遮られます。通りの反対側にはサン・ロレンツォ教会の聖母像のマヨルカタイルが見えます。セビリアはマリア信仰が盛んな場所でもあります。
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上に乗った卵をつぶすとこんな感じです。黄身は熱が通っているので生っぽさはありません。確かにこれは濃厚で美味しいです。
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solomillo con salsa eneldoは豚サーロインにディルのソースがたっぷりかかっています。ローマ料理のサルティンボッカを思い出します。クリームが美味しいです。
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ハウスワインはMATSUという名前の赤ワインです。MATSUは日本語ですが、松では無くて「待つ」(esperar)という意味です。ボトルには人の顔のラベルが貼られています。料理を待つにはちょうど良いワインです。
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「わんぱく小僧」と日本語で書かれています。ラベルが若い人だと早熟タイプのワインで、ラベルが老人だと熟成型のワインなのだそうです。
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今回の旅行では季節的なものもあってワインよりビールを飲んでいた方が多かった気がします。
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我々の大分後に並ばれた日本人のお母さんと娘さんがいらしたのですが、お母さんとしばらくお話しさせていただきました。自分たちだけ先に食事していて申し訳ないのですが仕方ありません。お母さんがシャッターを押してくださいました。
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Alcachofas con ajito y virutas de bacalaoはアーティチョークのフライが花のようでした。エル・ブジの料理に似たようなものがあったと思います。サクサクで美味しかったです。
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Tataki de buey con gominala de jengibreというガーリック味の牛肉のたたきも食べたかったのですがこの日は売り切れでした。
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大満足のランチでした。1時間並びましたがその価値はありました。
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サン・ロレンツォ教会の外観には美しいマヨルカタイルがありました。
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セビリアはマヨルカタイルやカラフルな陶器で有名な街なのでいろいろ目に止まります。
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セビリアには涙を流す聖母で有名なマカレナ教会がありますが、この教会にも「オラが教区」の自慢の聖母像があるのだと思います。
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セビリアのセマナ・サンタ(聖週間)ではキリストやマリア像を乗せて担いで歩く宗教行列プロセシオンでは100を超える山車が出るので、教区ごとに山車があるのだと思います。山車の重さは数百キロから数トンにもなり、1人40キロから50キロの重さを担がなければならないそうです。そしてセビリアの町を練り歩くそうです。ちょうどテレビで2018年のお祭りの様子を放送していました。
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ホアン・デ・メサの像が教会前に置かれてありました。メサはコルドバで生まれ、
1606年にセビリアに移り住み有名な彫刻家の工房に入り、4年間の見習いを経て独立します。セビリアには彼の彫刻作品が数多く残されています。 -
ちょっとグロテスクながらセンスの良さを感じるタトゥーショップのシャッターの前を通り抜けグアダルキビル川方面に向かいます。とりあえず西に向かえば川にぶつかるので適当に歩きます。
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「プラサ・デ・アルマス」という商業施設の中を通り抜けて南に向かうことにします。この建物は昔はコルドバ駅という名前でバスターミナルだったと思います。確かにバスターミナルと思えば納得のゆく構造です。
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内部は吹き抜けをうまく利用して商業施設が設けられています。フォッカー Dr.Iにはビックリしました。レッド・バロンと呼ばれたマンフレート・フォン・リヒトホーフェン の仕様になっています。中学生の頃に観たロバート・レッドフォード主演の「華麗なるヒコーキ野郎」を思い出します。
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「イザベル2世橋」から見「た黄金の塔」が懐かしいです。以前は塔の袂から船に乗って川を遊覧しました。
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この方向に川を下っていくと地中海に至ります。
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上流の左側にはセビリア万博の跡地が残っていましたが、今では姿も形もありません。その当時はまだゴンドラなども残っていました。遊覧船は特に面白くなかったので今回はパスします。
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のんびりした時間が流れています。
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「サン・ジョルジェ城博物館(Museo Del Castillo De San Jorge)」の建物はきれいなタイル張りの塔が印象に残ります。隣には市場もあり活気がありました。
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次の目的は陶器の町のトリアナ地区の「サンタ・アナ」というセラミック屋さんでしたが…。何とお休みでした。しまった今日は日曜日…と思いましたが、本来は営業しているはずでした。
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薄暗い店の中を覗いても人の気配は全くありません。表のタイルを見ても非常に質の高さを感じるので残念でした。この後のトレドやマドリッドでも有名な店に立ち寄りましたが、あまりの値段の高さに買うのを諦めました。
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バルセロナでは陶器は買わずに我慢していたのに残念です。目の前を古いタクシーが通り過ぎていきます。
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仕方ないので近くにあったお店に入ってみます。
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「クエルダセカタイル」と呼ばれるイスラム文化を感じさせるタイルが並んでいます。お皿などは欲しいと思えるものが無かったので。
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姪の名前でプレートを作ってもらいました。イタリア語やスペイン語でマノは「手」を意味します。午前中に見たフラメンコの扇にも「Pintado a Mano」(手描き)と書かれてありました。
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という事であまり買い物はしなくて済みました。この周辺にはたくさん陶器屋さんがありましたが、時間も無いので先を急ぎます。昔だったらアンティーク店や陶器店に時間を割くことが多かったのですが…。
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ここから川沿いの道を歩くことにします。
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川沿いのベティス通りからもヒラルダの塔がきれいに見えました。
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そして対岸に黄金の塔も近づいてきました。建設された13世紀当時は外壁全てにタイルが貼ってあり、そのタイルが光の反射によって黄金色に見えたことから黄金の塔と呼ばれることとなったらしいですが、現在はその面影もありません。
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以前は反対側の川岸沿いに要塞の塔があり、一対の塔で入港を見張っていたそうです。また中世の時代は牢獄であったり、16世紀初頭にはスペイン艦隊によって新大陸から持ってこられた金や銀等の金属類が保管されていたこともあるそうです。アムステルダムにもそんな塔があったなと思い出します。ここまで大航海時代の大型帆船が入れたのかという疑問は20年前からあります。
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「サン・テルモ橋」を渡ってスペイン広場に向かいます。我が家の経済事情では馬車には乗れません。
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「サン・テルモ宮殿」は船乗りの守護聖人の聖アンセルモに因んだ名前です。元々は海洋大学が船乗りの孤児を引き取る神学校だったそうです。その後1788年には船乗りを育てる航海学の学校になります。
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1818年からは貴族の館として使われ現在はアンダルシア地方議会議事堂になっています。16世紀から17世紀にかけて建てられた美しいバロック教会のようなファサードを設えています。
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木々も多く散歩するには良いところです。ヒラルダの塔はどこからでも見ることが出来ますね。
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木立の中をさっそうと走る馬車は気持ちよさそうですが、45分くらい走って街を一周して50ユーロくらいするようです。これがお祭りのシーズンだと倍くらいになるそうです。
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「スペイン広場」に到着です。日曜日なので家族連れがたくさんいます。
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左側の塔から中を見学します。なんとなく日陰の方に歩いてしまうほど日差しは強かったです。
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以前来た時にボートに乗っておけばよかったです。20年前はこの広場に数人しか人がいなく、貸しボートも誰も乗っていませんでしたがこの日は列をなしていました。
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このスペイン広場は1929年のイベロ万博の時にパビリオンとして建てられたものです。半円形に伸びる回廊にはスペイン各県の紋章と歴史的出来事を描いたタイルがはめ込まれていて、スペインらしい雰囲気を感じられます。スペイン広場はローマが有名で、バルセロナにもありますがセビリアのスペイン広場が一番美しいと言えると思います。
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この様なプレートでその都市の歴史が描かれています。基本はイスラム教徒からの奪還などスぺイン王家の栄光の歴史絵巻と言った感じです。
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バルセロナの題材はコロンブスですね。コロンブスは1492年にカリブの島に到達し、翌年にスペインのアンダルシアの港に帰還しました。そしてバルセロナの王の広場にやってきて、宮殿のティネルの間でカトリック両王に謁見して航海の成功を報告します。
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1つ1つ見て周りたいところですが先を急ぎます。
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水路の上に架けた橋の欄干もこんな美しさです。
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マドリッドはフランス軍による「プリンシペ・ピオの丘での虐殺」のようなシーンが描かれています。ちょっとゴヤっぽい感じがします。
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セビリアは歴史の場面ではなく、フェリア・デ・アブリルという春祭りへ向かう人々のようです。男性はトラヘ・コルト(裾が短いジャケットにタイトなパンツとブーツ)、女性はフラメンカ(フラメンコドレス)という伝統的な衣装を着て馬に乗っています。男性はコルドベスと呼ばれる帽子やソンブレロを被っています。20年前にバスでアンダルシアを周っているとき車窓からこんな正装をした人を見掛けました。
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これで塔に登れたら最高なのですが。この頃はまだヒラルダの塔に登る気でいました。
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中央の建物の前で観光客を相手にフラメンコの演奏と踊りを見せていました。半円形の中心部ですから音響効果は最高です。歩きながらアンダルシアを堪能できました。
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スペイン広場は映画の撮影にも使われたことがあり「アラビアのロレンス」ではイギリス軍が駐屯するカイロのホテルという設定です。もうひとつは「スター・ウォーズエピソード2」でした。暗殺者に狙われたパドメ・アミダラの護衛任務でアナキン達が惑星ナブーに着いた直後のシーンです。この旅の帰国便のデュッセルドルフからのANA便で確認できました。
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半周するのに30分くらいかかりました。いつかここでボートに乗れる日が来るでしょうか…。
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20年前も同じような写真を撮っていたので笑ってしまいました。フィルムを節約した1か月の旅で何を想って金魚とアヒルを撮ったのか…。
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結構流行っていた貸衣装屋さんです。待っている人がかなりいたので写真を撮らなかったのですが1ユーロですから安いですね。
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セビリアは新大陸から持ち帰った木々が街路樹として植えられていました。ブラジル原産のジャカランダの木も見掛けました。これは名前は分かりませんがツツジのような花の咲いた大きな樹でした。他にはオレンジの木も実をつけていますが、苦くて食べられないそうです。
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オペラ「カルメン」の舞台となった、カルメンが働いていたとされる旧王立タバコ工場です。1700年代に建てられた重厚な建物で、凝った造りのファサードなどは工場どころか宮殿のようです。現在はセビリア大学として使われています。
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20年前に来た時はセビリア大学の生協に行ってポロシャツとか買いました。今回持ってきたので翌日着ることにしています。初めてマルタ島に行った2000年にキャプテン・モルガンクルーズの帆船クルーズに参加したら、スタッフの女の子がセビリア出身で、着ていたポロシャツがきっかけで仲良くなったことがあります。
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ホテルへ戻る前に中国系のおじさんが経営する小さなスーパーに立ち寄って水やビールを買い込みました。カテドラル周辺はまだまだ混みあっています。
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アルカサルとカテドラルの見学は翌日の午前中に予定していましたが、これが大きな問題となりました。
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ようやく街を一周して夕方に「ドナ・マリア」に戻ってチェックインできました。古い邸宅をホテルにしているので仕方ありませんが、エレベーターを降りてから部屋にたどり着くまでに一度階段を上がり、部屋の前で階段を降りるという変わった構造になっていました。これは大きなトランクを持ってでは大変でした。
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部屋は吹き抜け側にしか窓が無かったのですが明るくて特に問題は無く、バスルームの洗面台が2つあるのはとても便利です。
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ビデはスペインや南イタリアのホテルでは必須ですね。バスタブも日本人には嬉しいです。お湯も十分に出てストレスはありませんでした。
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デスク周りはちょっと貧弱でテレビも小さめです。でも冷蔵庫があったので飲み物は冷やせました。
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クルスカンポというセビリアのビールで乾杯です。アルカサル近くで買ったビールがまだ冷たかったので乾杯します。
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ホテルの屋上にはヒラルダの塔とカテドラルを望めるバーがあります。この後外出して戻ってきたのが深夜だったので利用は出来ませんでしたが、夕方から混んでいました。
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少し休憩してからまた散歩に出かけます。軽く夕食を摂ってその後はフラメンコの観劇です。
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ホテルの裏手はサンタクルス街でかつてユダヤ人の居留区でしたが、1492年にユダヤ人は追放されたそうです。その後は貴族など裕福な人々が住み着いたので瀟洒な建物が並んでいます。大きな家には手入れされた美しいパティオが必ずあります。
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こんな路地を散歩するのは楽しいですね。
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個人のお宅で開放はしていないので入口から写真を撮らせてもらいます。
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スペイン全土で行われる春の伝統的な祭り「セマナ・サンタ(聖週間)」の見所は、
キリストやマリア像を乗せた山車を担いで歩く宗教行列のプロセシオンですが、それらの山車はパソ(Pazo)と呼ばれます。 -
セマナ・サンタはすでに終わっていましたが、5月はクルス・デ・マヨ(Cruses de Mayo)というお祭りがあります。この後に行くコルドバではパティオ祭りが有名ですが、同じタイミングでこの祭りも開催されていました。この不思議なものについてはホテルのおじさんに詳しく教えてもらいました。中に子供が入っていて町中を練り歩いて口上を述べていました。自分たちの教区の教会の十字架飾りの宣伝ではないかと思います。ユラユラ動きながら歩く姿が不思議でした。
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何やらよさげなアンティーク店がありましたが、陶器は重たいのでドアを開けて中を見る気にはなりませんでした。
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旅行も1週間近くなり少し疲れていたのもあると思います。今こうやって写真を見ているとなんで店に入らなかったのかと思うのですが。
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サンタ・クルス街を一周してきました。
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そろそろどこかで晩御飯を食べなければなりません。その前にフラメンコを観る「ロス・ガリョス」の場所を確認しておきます。
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以前はサンタ・クルス街のパティオのあるホテルに泊まったのですが、その場所も見つけられず、たどり着いた「ロス・ガリョス」も記憶と全く違っていました。
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「ロス・ガリョス」の前にある小さな公園には画家のムリーリョの墓があります。
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アルカサルの高い壁に沿って一度戻ります。
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ヒラルダの塔が見えると自分が今どの辺りにいるのかわかるので便利です。
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午後9時近くになって少し暗くなってきました。気のせいかバルセロナより日が落ちるのが遅い気がしました。
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カテドラル横のイタリアンのお店に入ってビールを注文して、ピザも注文しました。20年前も近くのイタリアンの店に入った記憶があります。その時もクアトロ・フロマッジョを注文したのですが、スペインではトマト抜きのビアンコはポピュラーではないようでした。今回も同じくトマト抜きにしました。
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妻はアラビアータにしましたが、これが美味しくなくて…。ただトウガラシの辛さのみで、麺も給食のソフト麵のようにノビノビです。いくらパルメジャーノをかけてもダメでした。イタリアの国境を越えたらパスタは食べないに限ります。同じヨーロッパなんて油断したら痛い目に遭います。
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食事が済むとすっかり日が落ちてライトアップがきれいです。
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近くのボデガ(酒場)は混雑しています。この日と翌日は連休だったようでとても混雑したセビリアの夜でした。
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さあ「ロス・ガリョス」に向かいましょう。
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さすがにこの辺りまで来ると人通りは少ないですが危険な感じは全くしません。
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すでに行列が出来ていました。チケットは事前にネットで購入してありました。サンタ・クルス街のタブラオでは呼び込みをしていましたが、ここは事前に予約しておいた方が良いでしょうね。
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並んでいても座席は店の人によって割り振られてしまいます。この後スクリーンが降りてきてロス・ガリョスやフラメンコについての映像が流れます。そして最後にビデオとカメラの撮影は禁止と案内が出ます。
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ということで20年前の写真撮影しても良かったころの写真です。グラナダで初めてフラメンコを観て感動して、カディスからへレスに寄ってマドリッドに戻るところをセビリアに1泊してこの「ロス・ガリョス」にフラメンコを観に来ました。2度目の旅では最後のマドリッドで「カフェ・チニータス」と「トーレス・ベルメハス」へ2晩連続で行きました。
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写真撮影できないのは残念ですが、その分じっくり鑑賞できました。妻には新宿の伊勢丹会館の「ガルロチ」に連れて行ったことがありましたが、本場のスペインではここが初めてです。
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この後グラナダの洞窟タブラオのツアーと最後のマドリッドで「カフェ・チニータス」、最後の晩は「カサ・タパス」の予約もしてあります。
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さてこの日のショーは1時間30分で、開始は午後10時30分ですから終了は12時です。ワンドリンクついているのでサングリアを注文しました。何故か日本人ばかり並ぶような形になりました。時間前にギターラの演奏からカンタオール(男性の歌い手)、興が乗ってきたところでバイラオーラの踊りが始まります。20年前と比べるとショーの構成も変わってきているようです。気持ち出演者も減っているような気がします。
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複数の女性の踊りは他のタブラオでも見なくなりました。素晴らしいのはバイラオール(男性の踊り手)の迫力は凄かったです。
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小さいテーブルがあるので飲み物も置けて良かったです。サングリアは薄めでアルコール分はあまり感じません。懐かしさもあってあっという間の1時間半でした。
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ブラブラ夜中のセビリアを散歩しながらホテルに戻ります。
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さすがに12時を過ぎるとお店は営業終了して片づけをしています。日曜日の夜中なのに大変です。
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ようやくホテルに着きました。
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午前5時に起きて7時の列車でマドリッドからセビリアに向かい、1日中歩き回って、最後はフラメンコ鑑賞です。長い1日がようやく終わりました。
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セビリア
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(20)セビリア美術館で生誕400年のムリーリョとスルバランやリベーラなどス...
2018/04/29~
セビリア
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(21)20年3時間30分待ったアルカサルの見学後、カテドラルに参拝してボデ...
2018/04/30~
セビリア
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(22)列車でコルドバへ向かい、ホテル・メスキータに荷を解き、コルドバ名物料...
2018/04/30~
コルドバ
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(23) 早朝のメスキータは無料のうえに人が少ないので、歴史に想いを馳せるに...
2018/05/01~
コルドバ
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(25)サントスでトルティージャを食べてパティオ祭りとクルス・デ・マヨ巡り。...
2018/05/01~
コルドバ
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(26)コルドバから列車とバスを乗り継いでグラナダへ移動して、中華料理店を探...
2018/05/01~
グラナダ
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(24)コロンブスがカトリック両王に謁見した5月1日にアルカサルを訪ね、花の...
2018/05/01~
コルドバ
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(27)早朝のアルバイシンの散歩とヘネラリフェ庭園とカルロス5世宮殿まで見学...
2018/05/02~
グラナダ
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(28)ナルス宮殿とアルカサバを見学してホテルアメリカでランチ、タラセバを買...
2018/05/02~
グラナダ
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(29)修道院のお菓子を求めてアルバイシンを彷徨い、ディアマンテスでシーフー...
2018/05/02~
グラナダ
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(30)アルバイシンの夜景散歩とロス・タラントスでフラメンコを楽しむ。
2018/05/02~
グラナダ
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(31)グラナダからマドリッドを経由してトレドまでの鉄道旅。ホテルへ行く前に...
2018/05/03~
トレド
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(32)トレドのアルフォンソ・セストに荷を解どき、サンタ・クルス美術館でエル...
2018/05/03~
トレド
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(33)トレド大聖堂でエル・グレコの祭壇画に祈りを捧げ、荘厳なトランスパレン...
2018/05/03~
トレド
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(34)サント・トメ教会とエル・グレコ美術館のグレコ作品に再会する。
2018/05/03~
トレド
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(35)クエーリョで革製品とサント・トメでマザパンを買い、美味しいディナーで...
2018/05/03~
トレド
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(36) 早朝のトレド散歩とタベーラ病院でエル・グレコと対峙した後はアンティ...
2018/05/04~
トレド
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(37)最終地マドリッドで体調不良にも負けずカフェ・デ・チニータスの舞台に上...
2018/05/04~
マドリード
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(38)20年振りのプラドそれぞそれぞと30年待ったプラド美術館はそれぞれの...
2018/05/05~
マドリード
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(40)ソフィア王妃芸術センターでゲルニカを見た後は世界一古いレストラン・ボ...
2018/05/05~
マドリード
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(39)プラド美術館でベラスケスを始め、スペイン黄金期のムリーリョとスルバラ...
2018/05/05~
マドリード
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(41) エル・コンテ・イングレスでロルサーの4輪カートを買ってカサ・パタス...
2018/05/05~
マドリード
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(42)3度目のマドリッドで初めてテッセン・ボルネミッサ美術館のマスターピー...
2018/05/06~
マドリード
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(43)テッセン・ボルネミッサ美術館の年代別の展示は美術の教科書の中を歩いて...
2018/05/06~
マドリード
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復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(44)王立サンフェルナンド美術アカデミーのゴヤの「鰯の埋葬」を観て、旅の終...
2018/05/06~
マドリード
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旅行記グループ 2018 スペイン周遊の旅(2)
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