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「プラド美術館」の見学を終えた後は来た道を戻って、ホテル近くの「ソフィア・王妃芸術センター」に移動します。ここには縁がなくて今まで2回のマドリッド滞在でも一度も来たことがありませんでした。トータルで1か月半以上スペインを旅していながら、ゲルニカを見たことが無かったのです。そのことはずっと気になっていたのですが、ようやく念願が適いました。ソフィアの建物は非常に洗練されていたのですが、ガイドブックのマップとフロア表示が違っていて非常に分かりにくかった印象が残りました。なぜか最初にゲルニカのあるウイングから見学してしまい、後から写真撮影の可能なエリアを見学するという順番になりました。さらに体調不良は良くならず、トイレに行っては絵を見学するということを繰り返していました。前の日は最悪の体調だったので予約していた「ラ・ボラ」という有名なレストランをキャンセルしてしまいましたが、この日も午後に「ボティン」というギネスブックにも掲載されている世界最古のレストランを予約していました。この日もキャンセルを考えましたが、マドリッドの食事がズタズタになるのもはばかられたので頑張ってタクシーでレストランへ向かいまいた。入り口で名前を伝えると2階へ案内されますがその時の厨房の前を通ります。そこにはピザ窯のような専用のオーブンが置かれ、子豚ちゃんが鉄鍋に乗って何十とスタンバイしています。それを見た瞬間に倒れそうになりましたが、気を取り直して席に着きます。ウエイターのおじいさんに体調不良の事情を説明して名物の子豚の料理は2人でシェアにしてもらいました。その前に飲んだガスパチョでお腹は一杯になってしまいましたが、パリパリの子豚の皮は体調に反して美味しかったです。セゴビアに行ったときにやはり名物の子豚料理を食べられなかったリベンジが出来ましたが、「ラ・ボラ」のコシードと「ボティン」の子豚はもう一度挑戦したいものです。

復讐と再挑戦。リベンジ・スペイン(40)ソフィア王妃芸術センターでゲルニカを見た後は世界一古いレストラン・ボティンで子豚を食べる。

11いいね!

2018/05/05 - 2018/05/05

1280位(同エリア2816件中)

kojikoji

kojikojiさん

「プラド美術館」の見学を終えた後は来た道を戻って、ホテル近くの「ソフィア・王妃芸術センター」に移動します。ここには縁がなくて今まで2回のマドリッド滞在でも一度も来たことがありませんでした。トータルで1か月半以上スペインを旅していながら、ゲルニカを見たことが無かったのです。そのことはずっと気になっていたのですが、ようやく念願が適いました。ソフィアの建物は非常に洗練されていたのですが、ガイドブックのマップとフロア表示が違っていて非常に分かりにくかった印象が残りました。なぜか最初にゲルニカのあるウイングから見学してしまい、後から写真撮影の可能なエリアを見学するという順番になりました。さらに体調不良は良くならず、トイレに行っては絵を見学するということを繰り返していました。前の日は最悪の体調だったので予約していた「ラ・ボラ」という有名なレストランをキャンセルしてしまいましたが、この日も午後に「ボティン」というギネスブックにも掲載されている世界最古のレストランを予約していました。この日もキャンセルを考えましたが、マドリッドの食事がズタズタになるのもはばかられたので頑張ってタクシーでレストランへ向かいまいた。入り口で名前を伝えると2階へ案内されますがその時の厨房の前を通ります。そこにはピザ窯のような専用のオーブンが置かれ、子豚ちゃんが鉄鍋に乗って何十とスタンバイしています。それを見た瞬間に倒れそうになりましたが、気を取り直して席に着きます。ウエイターのおじいさんに体調不良の事情を説明して名物の子豚の料理は2人でシェアにしてもらいました。その前に飲んだガスパチョでお腹は一杯になってしまいましたが、パリパリの子豚の皮は体調に反して美味しかったです。セゴビアに行ったときにやはり名物の子豚料理を食べられなかったリベンジが出来ましたが、「ラ・ボラ」のコシードと「ボティン」の子豚はもう一度挑戦したいものです。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
鉄道 高速・路線バス 観光バス タクシー 徒歩 飛行機
航空会社
ルフトハンザドイツ航空 ANA
旅行の手配内容
個別手配
  • 土曜日のプラド通りは平日と違って車がほとんど走っていません。緩やかな下り道をアトーチャ駅方面へ下っていきます。

    土曜日のプラド通りは平日と違って車がほとんど走っていません。緩やかな下り道をアトーチャ駅方面へ下っていきます。

  • そしてホテルのすぐ隣の「ソフィア・王妃芸術センター」に着きました。

    そしてホテルのすぐ隣の「ソフィア・王妃芸術センター」に着きました。

  • 今回プラドとソフィアとテッセンの3館を観るのでセットのチケットにしようかとも思ったのですが、「プラド美術館」のガイドブック付きのチケットが割安なのでそちらにしてしまいました。

    今回プラドとソフィアとテッセンの3館を観るのでセットのチケットにしようかとも思ったのですが、「プラド美術館」のガイドブック付きのチケットが割安なのでそちらにしてしまいました。

  • コインロッカーに荷物を預けて身軽になって見学を始めます。ガイドブックのフロア表示と現地表示が分かりにくくてちょっと困りました。

    コインロッカーに荷物を預けて身軽になって見学を始めます。ガイドブックのフロア表示と現地表示が分かりにくくてちょっと困りました。

  • という事で本来のルートであれば最後の方に見学するゲルニカを初めに観てしまいました。1937年のパリ万国博覧会のスペイン館を飾る壁画を意図して製作されたこともあり、キャンバスに工業用ペンキで描かれています。ペンキは油絵具よりも乾きが速く作業効率が高いため、開幕まで1か月弱だった製作期間は短期間で描ききることができました。ペンキの使用は後に傷みの要因となっているそうです。1992年に「国立ソフィア王妃芸術センター」が開館すると、ゲルニカはコレクションの目玉としてプラド美術館から移されます。10年間ゲルニカを保管してきたプラド美術館の館長は「この絵画はたいへん重要な作品だが、プラド美術館の歴史的なコレクションとは必ずしも馴染まない」と語ったそうです。

    という事で本来のルートであれば最後の方に見学するゲルニカを初めに観てしまいました。1937年のパリ万国博覧会のスペイン館を飾る壁画を意図して製作されたこともあり、キャンバスに工業用ペンキで描かれています。ペンキは油絵具よりも乾きが速く作業効率が高いため、開幕まで1か月弱だった製作期間は短期間で描ききることができました。ペンキの使用は後に傷みの要因となっているそうです。1992年に「国立ソフィア王妃芸術センター」が開館すると、ゲルニカはコレクションの目玉としてプラド美術館から移されます。10年間ゲルニカを保管してきたプラド美術館の館長は「この絵画はたいへん重要な作品だが、プラド美術館の歴史的なコレクションとは必ずしも馴染まない」と語ったそうです。

  • コレクションのうちゲルニカのあるウイングはすべて写真撮影が禁止になっています。それ以外の撮影可能なエリアから気に入った作品を写真に収めながら鑑賞します。<br />

    コレクションのうちゲルニカのあるウイングはすべて写真撮影が禁止になっています。それ以外の撮影可能なエリアから気に入った作品を写真に収めながら鑑賞します。

  • 「ブドウの束」フアン・グリス<br />マドリッド出身で同地で1906年にパリに出てピカソとブラックのアトリエの近くに住み、大きな影響を受けてキュビスムの絵画の制作をはじめます。その作品はキュビスムの中でもカラフルな色彩をもっていて、比較的明確な形態なので何が描かれているかわかりやすいです。しかしこの手の絵画にはフランスの日刊紙「ル・ジュルナル(Le Journal)」と新聞のタイトルが書かれているのが多いのはなぜでしょうか。ピカソの「海辺の母子像」はこの新聞の上に描かれています。

    「ブドウの束」フアン・グリス
    マドリッド出身で同地で1906年にパリに出てピカソとブラックのアトリエの近くに住み、大きな影響を受けてキュビスムの絵画の制作をはじめます。その作品はキュビスムの中でもカラフルな色彩をもっていて、比較的明確な形態なので何が描かれているかわかりやすいです。しかしこの手の絵画にはフランスの日刊紙「ル・ジュルナル(Le Journal)」と新聞のタイトルが書かれているのが多いのはなぜでしょうか。ピカソの「海辺の母子像」はこの新聞の上に描かれています。

  • 「静物」サルバドール・ダリ<br />1926年の作品ですから22歳の頃の作品です。海辺の町の夜の風景が部屋の窓から見えています。部屋の中にはテーブルが置かれ楽器や魚が置かれてあります。

    「静物」サルバドール・ダリ
    1926年の作品ですから22歳の頃の作品です。海辺の町の夜の風景が部屋の窓から見えています。部屋の中にはテーブルが置かれ楽器や魚が置かれてあります。

  • 月夜に照らされた海を見ていたらリュック・ベッソン監督の「グラン・ブルー」という映画を思い出し、そういえばシチリアのタオルミーナのヴィラに数日滞在した時に部屋の窓から見た景色に似ているなと思いました。ずっと夜の海を眺めながら「イルカがジャンプしないかな…。」と思っていましたが現れませんでした。

    月夜に照らされた海を見ていたらリュック・ベッソン監督の「グラン・ブルー」という映画を思い出し、そういえばシチリアのタオルミーナのヴィラに数日滞在した時に部屋の窓から見た景色に似ているなと思いました。ずっと夜の海を眺めながら「イルカがジャンプしないかな…。」と思っていましたが現れませんでした。

  • 「ジャン・コクトー」アルベール・グレーズ<br />フランスのキュビスムの画家でパリに生まれています。ピカソとブラックのキュビスム作品とは異なり、色彩やデザイン性に富んだ作品を制作しました。

    「ジャン・コクトー」アルベール・グレーズ
    フランスのキュビスムの画家でパリに生まれています。ピカソとブラックのキュビスム作品とは異なり、色彩やデザイン性に富んだ作品を制作しました。

  • 一時デザイナーをしていたという経歴もありデザイン性には優れていると思います。このことはキュビスムの普及に貢献することになった一方で、メッツァンジェとともにキュビスムを装飾的な絵画に堕落させたという批判を受けることもあったそうです。

    一時デザイナーをしていたという経歴もありデザイン性には優れていると思います。このことはキュビスムの普及に貢献することになった一方で、メッツァンジェとともにキュビスムを装飾的な絵画に堕落させたという批判を受けることもあったそうです。

  • 「漁の帰り」ホアキン・ソローリャ<br />特に好きな作家という訳ではなかったのですが、スペインを旅している中でいくつかの美術館で観る機会もあり興味が湧いてきました。マドリッドに着いて具合が悪くならなければソローリャ美術館に行きたいと思うようになっていました。オランダのデン・ハーグで興味本位で行ったパノラマ・メスタク(360度の円筒形の絵画)でヘンドリック・ ウィレム・メスダグの存在を知り驚かされたのと同じような感覚を覚えました。

    「漁の帰り」ホアキン・ソローリャ
    特に好きな作家という訳ではなかったのですが、スペインを旅している中でいくつかの美術館で観る機会もあり興味が湧いてきました。マドリッドに着いて具合が悪くならなければソローリャ美術館に行きたいと思うようになっていました。オランダのデン・ハーグで興味本位で行ったパノラマ・メスタク(360度の円筒形の絵画)でヘンドリック・ ウィレム・メスダグの存在を知り驚かされたのと同じような感覚を覚えました。

  • ホアキン・ソローリャは1863年にバレンシアで生まれ、印象派の少し後の時代に活躍した画家です。ルミニスモ(光彩主義)と呼ばれる独自の表現法を使って、スペイン各地の浜辺の風景やそこに集まる人々などを描いています。それらの絵画では豊かな陽光が降り注ぐ様子が鮮やかに表現されているため、ソローリャはしばしば「光の画家」と称されます。

    ホアキン・ソローリャは1863年にバレンシアで生まれ、印象派の少し後の時代に活躍した画家です。ルミニスモ(光彩主義)と呼ばれる独自の表現法を使って、スペイン各地の浜辺の風景やそこに集まる人々などを描いています。それらの絵画では豊かな陽光が降り注ぐ様子が鮮やかに表現されているため、ソローリャはしばしば「光の画家」と称されます。

  • 光の描き方にこだわった風景画を残したということで、スペインにおける印象派として紹介されるそうですが、フランスの画家との交流は無かったようです。プラド美術館で観た「浜辺の子供たち」は濡れた砂の質感や濡れた肌の水まで描き切っていると感動しました。でも近くで見ると結構荒いタッチなのにも驚きました。

    光の描き方にこだわった風景画を残したということで、スペインにおける印象派として紹介されるそうですが、フランスの画家との交流は無かったようです。プラド美術館で観た「浜辺の子供たち」は濡れた砂の質感や濡れた肌の水まで描き切っていると感動しました。でも近くで見ると結構荒いタッチなのにも驚きました。

  • 「青衣の女」パブロ・ピカソ<br />1901年の作品ですので、親友のカサヘマスが自殺した年です。タイトルは青の時代を想像させます。同じころ描いた「小人の女」や「待合い(マルゴ)」に似ているように思えます。バルセロナの「ピカソ美術館」へ行ったのが遠い昔のようです。

    「青衣の女」パブロ・ピカソ
    1901年の作品ですので、親友のカサヘマスが自殺した年です。タイトルは青の時代を想像させます。同じころ描いた「小人の女」や「待合い(マルゴ)」に似ているように思えます。バルセロナの「ピカソ美術館」へ行ったのが遠い昔のようです。

  • 全体の雰囲気はグスタフ・クリムトの描く女性のようです。ピカソはこの時代いろいろな画家の影響を受けた作品を残しているので外れではないかもしれませんが知る由もありません。

    全体の雰囲気はグスタフ・クリムトの描く女性のようです。ピカソはこの時代いろいろな画家の影響を受けた作品を残しているので外れではないかもしれませんが知る由もありません。

  • この美術館ではゲルニカの次に印象に残った作品かもしれません。

    この美術館ではゲルニカの次に印象に残った作品かもしれません。

  • 「微笑む女性の肖像」パブロ・ピカソ<br />この作品も1901年に描かれています。

    「微笑む女性の肖像」パブロ・ピカソ
    この作品も1901年に描かれています。

  • この絵はマルゴットと同じようにゴッホの点描の影響を感じます。個人的にはピカソのこの頃の作品が好きです。生涯におよそ1万3500点の油絵と素描と10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、最も多作な美術家であるとギネスブックに記されています。この日はピカソと世界一古いレストランボティンのランチが予約されているのでギネス記録に縁のある日でした。

    この絵はマルゴットと同じようにゴッホの点描の影響を感じます。個人的にはピカソのこの頃の作品が好きです。生涯におよそ1万3500点の油絵と素描と10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、最も多作な美術家であるとギネスブックに記されています。この日はピカソと世界一古いレストランボティンのランチが予約されているのでギネス記録に縁のある日でした。

  • 「マノーラ」フリオ・ロメロ・デ・トーレス<br />ほぼ同世代のピカソやミロそしてダリは、スペインからフランスに出て画家として大成するのですが、フリオ・ロメロ・デ・トーレスはアンダルシアに残りこの地方の美しい女性たちを描き続けています。彼が描いた女性たちは褐色の肌そして情熱的な黒い瞳、若々しい奔放な女性を主題としたものが多くあります。

    「マノーラ」フリオ・ロメロ・デ・トーレス
    ほぼ同世代のピカソやミロそしてダリは、スペインからフランスに出て画家として大成するのですが、フリオ・ロメロ・デ・トーレスはアンダルシアに残りこの地方の美しい女性たちを描き続けています。彼が描いた女性たちは褐色の肌そして情熱的な黒い瞳、若々しい奔放な女性を主題としたものが多くあります。

  • この絵はマントントいう大きなショールを羽織った女性ですが、ポスターか何かの原画のようでフリオ・ロメロ・デ・トーレスらしさは感じられません。やはり澁澤龍彦の琴線に触れた「火の番をする女」のようなエロティックさが魅力です。

    この絵はマントントいう大きなショールを羽織った女性ですが、ポスターか何かの原画のようでフリオ・ロメロ・デ・トーレスらしさは感じられません。やはり澁澤龍彦の琴線に触れた「火の番をする女」のようなエロティックさが魅力です。

  • この美術館のメインの建物となるサバティーニ館は18世紀にカルロス3世がイタリアの建築家フランチェスコ・サバティーニに命じて設計させた病院を改築したものです。ポルティコを連想されるような回廊が印象的な建物です。

    この美術館のメインの建物となるサバティーニ館は18世紀にカルロス3世がイタリアの建築家フランチェスコ・サバティーニに命じて設計させた病院を改築したものです。ポルティコを連想されるような回廊が印象的な建物です。

  • 「Figure」パブロ・ピカソ<br /><br />

    「Figure」パブロ・ピカソ

  • 常設展示はこんな感じでガラガラでした。夕方7時以降は無料で観ることが出来るのですが、いろいろ予定もあるので調整がつきませんでした。

    常設展示はこんな感じでガラガラでした。夕方7時以降は無料で観ることが出来るのですが、いろいろ予定もあるので調整がつきませんでした。

  • 「パイプをくわえた男」ホアン・ミロ<br />タイトルを見ないと何が描かれているのか分からないですね。

    「パイプをくわえた男」ホアン・ミロ
    タイトルを見ないと何が描かれているのか分からないですね。

  • 素直に「天空の城ラピュタ」園庭のロボットに似てると思いました。スプートニク1号の形をしたものがパイプと煙のようです。

    素直に「天空の城ラピュタ」園庭のロボットに似てると思いました。スプートニク1号の形をしたものがパイプと煙のようです。

  • 「頭と蜘蛛」ホアン・ミロ

    「頭と蜘蛛」ホアン・ミロ

  • これも題名を観ないと何だか分かりません。左が蜘蛛で右が頭ですね。

    これも題名を観ないと何だか分かりません。左が蜘蛛で右が頭ですね。

  • まっくろくろすけ?宮崎駿はモネが好きだったのだろうか???

    まっくろくろすけ?宮崎駿はモネが好きだったのだろうか???

  • 「Head of a Smoker」ホアン・ミロ<br />これもキャプションを見ないと何だか分かりません。

    「Head of a Smoker」ホアン・ミロ
    これもキャプションを見ないと何だか分かりません。

  • にわとり?

    にわとり?

  • 「椰子の木と家」ホアン・ミロ<br />個人的にミロの作品にはあまり興味が持てないのでバルセロナのミロ美術館にも行きませんでした。ただこの時代の作品はナイーブアートっぽくて好感が持てます。

    「椰子の木と家」ホアン・ミロ
    個人的にミロの作品にはあまり興味が持てないのでバルセロナのミロ美術館にも行きませんでした。ただこの時代の作品はナイーブアートっぽくて好感が持てます。

  • 一昨年クロアチアのザグレブのクリスマスマーケットを見に行きながら「ナイーブアート美術館」に行って感銘を受けたことを思い出します。同じスタイルの「農場」という作品を当時記者だったヘミングウェイが惚れ込み、給料を溜め込んで買い取ったなんて話もあるようです。ミロとヘミングウエィはパリで交流があったようです。

    一昨年クロアチアのザグレブのクリスマスマーケットを見に行きながら「ナイーブアート美術館」に行って感銘を受けたことを思い出します。同じスタイルの「農場」という作品を当時記者だったヘミングウェイが惚れ込み、給料を溜め込んで買い取ったなんて話もあるようです。ミロとヘミングウエィはパリで交流があったようです。

  • 「ギターを弾くピエロ」サルバドール・ダリ<br />アルルカンの絵は好きなのですが、ピエロには見えません。足元の笛やカードにも何か意味が潜んでいるようですが…。

    「ギターを弾くピエロ」サルバドール・ダリ
    アルルカンの絵は好きなのですが、ピエロには見えません。足元の笛やカードにも何か意味が潜んでいるようですが…。

  • 「二つのフィギュア」サルバドール・ダリ

    「二つのフィギュア」サルバドール・ダリ

  • 「カーニバル」ロザリオ・デ・ヴェラスコ<br />画家については詳しく分かりませんが気に入った1枚です。イタリアの伝統的な風刺劇コメディア・デラルテに登場する道化師プルチネッラのような白い服を着た男や赤いドレスに白いスカーフでラッパを吹く女。<br /><br />

    「カーニバル」ロザリオ・デ・ヴェラスコ
    画家については詳しく分かりませんが気に入った1枚です。イタリアの伝統的な風刺劇コメディア・デラルテに登場する道化師プルチネッラのような白い服を着た男や赤いドレスに白いスカーフでラッパを吹く女。

  • 本当なら楽しい謝肉祭の情景ですが不気味さが前面に出ています。クレラー・ミュラー美術館で観たジェームス・アンソール「ホップ・フロッグの復讐」を思い出しました。<br />

    本当なら楽しい謝肉祭の情景ですが不気味さが前面に出ています。クレラー・ミュラー美術館で観たジェームス・アンソール「ホップ・フロッグの復讐」を思い出しました。

  • 「ルイス・ブニュエルの肖像」サルバドール・ダリ<br />スペイン出身で後にメキシコに帰化した映画監督で脚本家で俳優です。フランスやスペイン、アメリカやメキシコと国境を越えて多種多様な映画を撮り、特にシュルレアリスム作品とエロティシズムを描いた耽美的作品で有名な人です。

    「ルイス・ブニュエルの肖像」サルバドール・ダリ
    スペイン出身で後にメキシコに帰化した映画監督で脚本家で俳優です。フランスやスペイン、アメリカやメキシコと国境を越えて多種多様な映画を撮り、特にシュルレアリスム作品とエロティシズムを描いた耽美的作品で有名な人です。

  • 1929年19にダリとの脚本共作で16分の短編映画「アンダルシアの犬」を監督した人と言えば分かりやすいかもしれません。昨年に渋谷のシアター・イメージフォーラムという劇場で「皆殺しの天使」と「ビリディアナ」と「砂漠のシモン」が上映されていたのですが忘れてしまって観ることが出来なかったのを後悔していましたが、こんなところで出会えました。

    1929年19にダリとの脚本共作で16分の短編映画「アンダルシアの犬」を監督した人と言えば分かりやすいかもしれません。昨年に渋谷のシアター・イメージフォーラムという劇場で「皆殺しの天使」と「ビリディアナ」と「砂漠のシモン」が上映されていたのですが忘れてしまって観ることが出来なかったのを後悔していましたが、こんなところで出会えました。

  • 「フィゲラスのヒターノ」サルバドール・ダリ<br />1923年の作品ですので父のすすめでサン・フェルナンド王立美術アカデミーに入学したころの作品です。後のダリらしさが微塵も感じられない作品です。

    「フィゲラスのヒターノ」サルバドール・ダリ
    1923年の作品ですので父のすすめでサン・フェルナンド王立美術アカデミーに入学したころの作品です。後のダリらしさが微塵も感じられない作品です。

  • 「大自慰者」サルバトール・ダリ<br />この絵画はダリの性的執念の最高の象徴であり、彼自身の文学作品「サルバドール・ダリの秘密の生涯」で芸術家自身によって語られています。ラファエル・サントス・トロエラによるとこれは自伝的な作品で、大きな頭はガラの感情的でエロチックを表しているそうです。ダリは1929年の夏の終わりに彼女の夫の詩人ポール・エウラードが1人でパリに戻っていたにもかかわらず、カダケスに滞在することに決めたガラと様々な日を過ごした後にこの絵を描いています。

    「大自慰者」サルバトール・ダリ
    この絵画はダリの性的執念の最高の象徴であり、彼自身の文学作品「サルバドール・ダリの秘密の生涯」で芸術家自身によって語られています。ラファエル・サントス・トロエラによるとこれは自伝的な作品で、大きな頭はガラの感情的でエロチックを表しているそうです。ダリは1929年の夏の終わりに彼女の夫の詩人ポール・エウラードが1人でパリに戻っていたにもかかわらず、カダケスに滞在することに決めたガラと様々な日を過ごした後にこの絵を描いています。

  • 「子ども、女への壮大な記念碑」サルバドール・ダリ<br />1929年に描かれた作品です。この年の夏に美術商のゲーマン、ルイス・ブニュエル、ルネ・マグリット夫妻、詩人のポール・エリュアール夫妻がカダケスのダリの元を訪ねます。そしてエリュアールの了解のもとでその妻と恋愛関係をスタートさせます。それがエレナ・イヴァノヴナ・ディアアコワナ、後にダリの妻になるガラとの出会いです。

    「子ども、女への壮大な記念碑」サルバドール・ダリ
    1929年に描かれた作品です。この年の夏に美術商のゲーマン、ルイス・ブニュエル、ルネ・マグリット夫妻、詩人のポール・エリュアール夫妻がカダケスのダリの元を訪ねます。そしてエリュアールの了解のもとでその妻と恋愛関係をスタートさせます。それがエレナ・イヴァノヴナ・ディアアコワナ、後にダリの妻になるガラとの出会いです。

  • 「見えない男」サルバドール・ダリ<br />旅の初めにバルセロナからフィゲラスの「ダリ劇場美術館」へ行ったことを思い出します。たった2週間前のことですが遠い昔のように思えます。それくらいいろいろなものを見続けた旅でした。

    「見えない男」サルバドール・ダリ
    旅の初めにバルセロナからフィゲラスの「ダリ劇場美術館」へ行ったことを思い出します。たった2週間前のことですが遠い昔のように思えます。それくらいいろいろなものを見続けた旅でした。

  • 色々なものを組み合わせて遠目に観ると男性が立っているように見えるという一種のトランプ・ルイユ(だまし絵)的構成なので分かりやすい作品です。実際はもっと奥深いアトリビュートもあるのでしょうが解釈を考える気力がありません。

    色々なものを組み合わせて遠目に観ると男性が立っているように見えるという一種のトランプ・ルイユ(だまし絵)的構成なので分かりやすい作品です。実際はもっと奥深いアトリビュートもあるのでしょうが解釈を考える気力がありません。

  • 「Guanche Cave」オスカル・ドミンゲス<br />カナリア諸島のテネリフェ島北部の都市サン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナ出身の画家で、主にシュルレアリスムの作品を描いています。ピカソや、ジョルジョ・デ・キリコ等の作品の贋作も描いていたそうです。なるほどこの作品もダリが描いたといっても信じられそうです。

    「Guanche Cave」オスカル・ドミンゲス
    カナリア諸島のテネリフェ島北部の都市サン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナ出身の画家で、主にシュルレアリスムの作品を描いています。ピカソや、ジョルジョ・デ・キリコ等の作品の贋作も描いていたそうです。なるほどこの作品もダリが描いたといっても信じられそうです。

  • 中庭にも数々の作品がありましたが表に出る元気はありません。

    中庭にも数々の作品がありましたが表に出る元気はありません。

  • 「Objeto indestructible」マン・レイ<br />「不滅の物」という題名は時間のことを意味しているのでしょうか?この左にトイレがあるのですが、男性用が見当たらず若い女性が2人並んでいるだけでした。あれ?と思って戸惑っていると2人同時に奥を指さします。男性用は奥にありました。次の行動に移る前にはトイレに行っておかないとならないほどの体調不良が続いています。

    「Objeto indestructible」マン・レイ
    「不滅の物」という題名は時間のことを意味しているのでしょうか?この左にトイレがあるのですが、男性用が見当たらず若い女性が2人並んでいるだけでした。あれ?と思って戸惑っていると2人同時に奥を指さします。男性用は奥にありました。次の行動に移る前にはトイレに行っておかないとならないほどの体調不良が続いています。

  • 「ソフィア王妃芸術センター」を出てタクシーで「ボティン」というレストランまで行ってもらいます。観光客に有名な店なでのタクシーの運転手さんは知らなかったようで住所を伝えました。マドリッドでは体調不良がずっと続いているのでタクシーで移動していましたが、1回乗っても1,000円くらいなのでとても便利でお得でした。

    「ソフィア王妃芸術センター」を出てタクシーで「ボティン」というレストランまで行ってもらいます。観光客に有名な店なでのタクシーの運転手さんは知らなかったようで住所を伝えました。マドリッドでは体調不良がずっと続いているのでタクシーで移動していましたが、1回乗っても1,000円くらいなのでとても便利でお得でした。

  • ギネスブックに世界最古のレストランと掲載された「ボティン」は1725年にマドリードの中心地マヨール広場のクチジェーロ門を下った通りに誕生しました。創立者はフランス人のジャン・ボティンとその妻で、今と同じ番地に大きな薪オーブンを持つ旅籠「カサ・ボティン」としてスタートします。

    ギネスブックに世界最古のレストランと掲載された「ボティン」は1725年にマドリードの中心地マヨール広場のクチジェーロ門を下った通りに誕生しました。創立者はフランス人のジャン・ボティンとその妻で、今と同じ番地に大きな薪オーブンを持つ旅籠「カサ・ボティン」としてスタートします。

  • その誕生と同時に生まれたレストランの大きな炭火オーブンは現在でも健在で、名物のコチニージョ(子豚の丸焼き)は日々このオーブンから生まれています。

    その誕生と同時に生まれたレストランの大きな炭火オーブンは現在でも健在で、名物のコチニージョ(子豚の丸焼き)は日々このオーブンから生まれています。

  • スペイン絵画の巨匠であるフランシスコ・デ・ゴヤがマドリードへ上京した直後の1765年にボティンの厨房で皿洗いをしていたという記録が残されていたり、作家アーネスト・ヘミングウェイもボティンの常連で、2階の奥の席は彼の指定席だったそうです。彼の代表作「日はまた昇る」の中でも、ボティンに関する記述が見られ、このことが一気にボティンの知名度に押し上げるきっかけとなりました。

    スペイン絵画の巨匠であるフランシスコ・デ・ゴヤがマドリードへ上京した直後の1765年にボティンの厨房で皿洗いをしていたという記録が残されていたり、作家アーネスト・ヘミングウェイもボティンの常連で、2階の奥の席は彼の指定席だったそうです。彼の代表作「日はまた昇る」の中でも、ボティンに関する記述が見られ、このことが一気にボティンの知名度に押し上げるきっかけとなりました。

  • 店に入って名前を伝えると厨房の前の階段から2階へ上がるように案内されます。この厨房を見て思わず「写真撮ってもいいですか?」とウエイターさんに尋ねると「もちろん。」と笑顔で答えてくれました。

    店に入って名前を伝えると厨房の前の階段から2階へ上がるように案内されます。この厨房を見て思わず「写真撮ってもいいですか?」とウエイターさんに尋ねると「もちろん。」と笑顔で答えてくれました。

  • 2階の奥の席に案内されましたがバルセロナのセッテ・ポルテスのように席に有名人の名前のプレートが貼っていないのでヘミングウェイの席かどうかは分かりません。カラ元気もここまでで、料理を注文する段になって元気がなくなってきます。正直食欲はほとんどありませんし、前日からの吐き気も治まっていません。それが子豚の丸焼き料理店にいるわけです。

    2階の奥の席に案内されましたがバルセロナのセッテ・ポルテスのように席に有名人の名前のプレートが貼っていないのでヘミングウェイの席かどうかは分かりません。カラ元気もここまでで、料理を注文する段になって元気がなくなってきます。正直食欲はほとんどありませんし、前日からの吐き気も治まっていません。それが子豚の丸焼き料理店にいるわけです。

  • 前日の「カフェ・デ・チニータス」でも体が受け付けたガスパチョを注文しました。<br />さすが高級店なのでキュウリやトマトやオニオンなどは後乗せで席でサーブされます。

    前日の「カフェ・デ・チニータス」でも体が受け付けたガスパチョを注文しました。
    さすが高級店なのでキュウリやトマトやオニオンなどは後乗せで席でサーブされます。

  • マドリッドでは毎日ガスパチョでしたが、体に沁みる美味しさでした。

    マドリッドでは毎日ガスパチョでしたが、体に沁みる美味しさでした。

  • 名物のコチニージョ(子豚の丸焼き)は1皿を半分にしてもらいました。矛盾していますが死ぬほど具合が悪いのですが、パリパリのカリカリの子豚の皮は美味しかった…。

    名物のコチニージョ(子豚の丸焼き)は1皿を半分にしてもらいました。矛盾していますが死ぬほど具合が悪いのですが、パリパリのカリカリの子豚の皮は美味しかった…。

  • この店と前日キャンセルしてしまった「ラ・ボラ」はいつかもう一度リベンジしたいと思いました。妻はペロリといただいていました。

    この店と前日キャンセルしてしまった「ラ・ボラ」はいつかもう一度リベンジしたいと思いました。妻はペロリといただいていました。

  • ちょうど季節的に旬の白アスパラガスを注文しました。3年ほど前の春のベルギーとオランダ旅行で何度も食べに行った思い出があります。

    ちょうど季節的に旬の白アスパラガスを注文しました。3年ほど前の春のベルギーとオランダ旅行で何度も食べに行った思い出があります。

  • これも良いチョイスだったようでおいしくいただけました。

    これも良いチョイスだったようでおいしくいただけました。

  • この日予約できたのが午後3時30分だけだったのですが、満席だったテーブルもガラガラになりました。

    この日予約できたのが午後3時30分だけだったのですが、満席だったテーブルもガラガラになりました。

  • 最後にレモンシャーベットでスッキリします。昔ヴェネツィアのトラットリアで教えてもらったsgroppino(グロッピーノ)というカクテルを思い出します。レモン・シャーベットとプロセッコとウォッカを混ぜた冷たくておいしいカクテルです。

    最後にレモンシャーベットでスッキリします。昔ヴェネツィアのトラットリアで教えてもらったsgroppino(グロッピーノ)というカクテルを思い出します。レモン・シャーベットとプロセッコとウォッカを混ぜた冷たくておいしいカクテルです。

  • ご馳走さまでした。決してお安いお店ではありませんが美味しかったです。

    ご馳走さまでした。決してお安いお店ではありませんが美味しかったです。

  • また新しい子豚ちゃんが焼かれていきます。もうディナー用の準備が始まっているようです。昔セゴビアへ行ったときに水道橋の脇にある「メソン・デ・カンディド」という子豚料理屋に行ったけど満員で入れなくて残念に思ったことがありますが、ここで食事が出来て半分リベンジ出来た気分ではあります。

    また新しい子豚ちゃんが焼かれていきます。もうディナー用の準備が始まっているようです。昔セゴビアへ行ったときに水道橋の脇にある「メソン・デ・カンディド」という子豚料理屋に行ったけど満員で入れなくて残念に思ったことがありますが、ここで食事が出来て半分リベンジ出来た気分ではあります。

  • ディナーを待つ子豚ちゃんたち。

    ディナーを待つ子豚ちゃんたち。

  • 1階のバーの辺りの雰囲気も良かったです。古いレジスターが時代を感じさせます。

    1階のバーの辺りの雰囲気も良かったです。古いレジスターが時代を感じさせます。

  • ベストコンディションでなかったのが本当に残念です。

    ベストコンディションでなかったのが本当に残念です。

  • 昔イタリアでは老舗のレストランでその店の名物料理を食べるとオリジナルのお皿がもらえるという協会がありましたが、そんな店をイタリア中を周ったのが懐かしく思い出されました。店には必ずこんな風にプレートが飾られてありました。

    昔イタリアでは老舗のレストランでその店の名物料理を食べるとオリジナルのお皿がもらえるという協会がありましたが、そんな店をイタリア中を周ったのが懐かしく思い出されました。店には必ずこんな風にプレートが飾られてありました。

  • 店先の道に埋め込まれているこのプレートは、マドリッド市が創業100年以上の店に贈ったプレートです。デザインは19世紀の男女と馬車と気球を左に、右には現代の男女と飛行機とバスや車。中央にはマドリッド市を代表するアルカラ門と市の紋章ソルにあるヤマモモの木と熊。プレート中央には「マドリッド市より貢献に感謝を込めて。」と書かれています。バルセロナにも同じようなプレートの店がありました。

    店先の道に埋め込まれているこのプレートは、マドリッド市が創業100年以上の店に贈ったプレートです。デザインは19世紀の男女と馬車と気球を左に、右には現代の男女と飛行機とバスや車。中央にはマドリッド市を代表するアルカラ門と市の紋章ソルにあるヤマモモの木と熊。プレート中央には「マドリッド市より貢献に感謝を込めて。」と書かれています。バルセロナにも同じようなプレートの店がありました。

  • 少し坂を登ると「クチリェロス門」が見えてきました。

    少し坂を登ると「クチリェロス門」が見えてきました。

  • 「マヨール広場」にある9つある門の1つで、石で囲まれた最も有名な門です。マヨール広場は何度か大火災にあい、1790年の大火災の後にフアン・デ・ビリャヌエバによって設計されました。

    「マヨール広場」にある9つある門の1つで、石で囲まれた最も有名な門です。マヨール広場は何度か大火災にあい、1790年の大火災の後にフアン・デ・ビリャヌエバによって設計されました。

  • 広場の周りにはお土産物屋さんもあったけど、どこにも入らなかったのがちょっと悔やまれます。ラス・メニーナス人形のミニチュアとか王女のミニチュアとか買ってきても良かったかな。でもやっぱりフラメンコの人形の良いものと出会えなくて残念です。

    広場の周りにはお土産物屋さんもあったけど、どこにも入らなかったのがちょっと悔やまれます。ラス・メニーナス人形のミニチュアとか王女のミニチュアとか買ってきても良かったかな。でもやっぱりフラメンコの人形の良いものと出会えなくて残念です。

  • 「マヨール広場」に出ました。以前はこの建物の向こう側のマヨール通り側から来たのだったとすぐに思い出しました。ここは12月になるとクリスマスマーケットが立つそうなのでそんな季節にも来てみたいです。

    「マヨール広場」に出ました。以前はこの建物の向こう側のマヨール通り側から来たのだったとすぐに思い出しました。ここは12月になるとクリスマスマーケットが立つそうなのでそんな季節にも来てみたいです。

  • 名前の通りマヨール(広い)な広場の中央にはフェリペ3世の騎馬像が置かれています。フェリペ3世の母アナはフェリペ2世の姪で、オーストリア・ハプスブルク家との間の3親等クラスの近親婚による出生はこの王から始まります。(ローマ教皇から赦免状をもらっての近親結婚だったそうですが。)「怠惰王」と呼ばれて父王が残した世界帝国は衰退への道を歩み始めることとなります。

    名前の通りマヨール(広い)な広場の中央にはフェリペ3世の騎馬像が置かれています。フェリペ3世の母アナはフェリペ2世の姪で、オーストリア・ハプスブルク家との間の3親等クラスの近親婚による出生はこの王から始まります。(ローマ教皇から赦免状をもらっての近親結婚だったそうですが。)「怠惰王」と呼ばれて父王が残した世界帝国は衰退への道を歩み始めることとなります。

  • 特にスペイン全土からモリスコ(キリスト教に改宗したイスラム教徒)の追放が行われ、その数は27万人を超える農民であったためにスペインの農業は大打撃を受けて深刻な食糧不足に陥ったといわれます。慶長遣欧使節の支倉常長と面会したのもこの王でした。像はトスカーナの大公コジモ2世からフェリペ3世への献上品で、イタリアの彫刻家ジャンボローニャと弟子のタッカの作品です。

    特にスペイン全土からモリスコ(キリスト教に改宗したイスラム教徒)の追放が行われ、その数は27万人を超える農民であったためにスペインの農業は大打撃を受けて深刻な食糧不足に陥ったといわれます。慶長遣欧使節の支倉常長と面会したのもこの王でした。像はトスカーナの大公コジモ2世からフェリペ3世への献上品で、イタリアの彫刻家ジャンボローニャと弟子のタッカの作品です。

  • 中世の時代はここでは王室の行事だけではなく、闘牛や罪人の処刑が行われていました。広場を囲む建物の1つにスペインの紋章が彫られ、さまざまなイベントの際には建物のバルコニーが見物人で埋まり、この紋章の場所は王族の指定席でした。

    中世の時代はここでは王室の行事だけではなく、闘牛や罪人の処刑が行われていました。広場を囲む建物の1つにスペインの紋章が彫られ、さまざまなイベントの際には建物のバルコニーが見物人で埋まり、この紋章の場所は王族の指定席でした。

  • マヨール広場から「サン・ミゲル市場」を通り抜けることにしました。さすがにボティンで食事した直後なので何かを食べたいという訳ではありません。

    マヨール広場から「サン・ミゲル市場」を通り抜けることにしました。さすがにボティンで食事した直後なので何かを食べたいという訳ではありません。

  • 体調から行ったらボティンででは無くてこの市場で軽く食事を済ませたい気分でしたが、今から思えばボティンへ行っておいて良かったと思います。

    体調から行ったらボティンででは無くてこの市場で軽く食事を済ませたい気分でしたが、今から思えばボティンへ行っておいて良かったと思います。

  • 次の機会があればこの市場や近くにあるトルティージャやシャンピニオンが名物のバル巡りをしてみたいものです。

    次の機会があればこの市場や近くにあるトルティージャやシャンピニオンが名物のバル巡りをしてみたいものです。

  • 市場を抜けたら王宮まで足を伸ばしてみましょう。

    市場を抜けたら王宮まで足を伸ばしてみましょう。

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