2018/05/01 - 2018/05/01
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kojikojiさん
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「ホテル・メスキータ」での夜が明けて朝食も食べずに表に出ます。早朝のメスキータは午前8時30分から9時30分まで無料で開放されます。ホテルを出て疑問が生じます。メスキータには門が10以上あり、オレンジの中庭に面した入口も4つあります。夜間は全部閉まっているのでどこに並べば良いのか分かりません。ホテル前の門には誰もおらず、ミナレットのある「赦免の門」には20人くらい並んでいます。一応反対側も見てみると10人くらい並んでいます。妻は反対側の入り口に偵察に行き、バルのお兄さんに話しかけています。戻ってくると「バルの前の門で待つ方がいいみたい。」とのことでした。メスキータの角で様子を見ているとバルのお兄さんの言った通りそちらの門が最初に開きました。走って門に向かったので20人目くらいで入口に並べました。次に開いたのは「ホテル・メスキータ」側の門でした。一番人の多い「赦免の門」はまだ閉まったままでした。1時間後に見学を終えて出てくると門は開いていましたが、いつ開いたかは分かりません。さて、入場したメスキータの内部は2度目の訪問でしたが、20年ぶりにその空間に身を置くとやっぱり感動しました。世界でここだけの景観だと思います。人の多い大聖堂と古いエリアから離れて、人のいない方から見学しました。広大なエリアを妻と2人だけで彷徨い歩くのは良い思い出になりました。反対側から人が来始めるほんの5分くらいのことでした。1時間の見学時間ですが、実際には50分くらいで全員表に出されてしまいます。、無料見学時間は短いですが見学者の人数が少ないのは魅力だと思います。大聖堂のエリアは主祭壇と聖歌壇は中に入れないのが残念ではありました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
気が付きませんでしたが夜中のうちにかなり雨が降ったようで、石畳がしっとりと濡れていました。
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さすがにメスキータも開門していないので表を歩く人の姿はありません。
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静かに静まり返ったメスキータを見ていると自分が一体どの時代にいるのか分からなくなってきます。
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雨による湿気のせいか、弁柄色もしっとりと濃く見えます。
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この高さのレリーフはメスキータの前に建つ建物からしか見ることは出来ません。
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幾何学模様は赤い大理石と白い石のモザイクタイルでした。
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午前8時にホテルを出てメスキータの無料見学に行くことにします。折角こんな至近距離にいるのですから。それにホテル代が高かった分20ユーロ節約できます。
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そんな目論見を持つ人は少ないのか町中を歩く人の姿はほとんどありません。これが数時間後にはすごいことになるのですが。
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昨日の絵葉書を投函します。5月1日に投函したはがきは6月になってから実家に届きました。スペインの郵便事情はあまり良くないですね。でも昨年11月にモスクワとサンクトペテルブルグから出した絵葉書は1枚も届いていません。
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20年前アンダルシアを移動するバスの車窓からこんな風景を見たことがあります。多分お祭りに行く人たちだったのでしょう。牧草地をゆっくり進んでいる彼らの姿に感動したのを思い出します。
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ここで問題というか疑問が生まれます。メスキータには11の門がありますがこの時点で全部閉まっています。何となく人は集まっていますが誰も正確なことを知らないのです。オレンジの中庭に面した門は4つありますが、ミナレットのある「赦免の門」に多くの人がなんとなく集まっています。「ディアネス門」の方を確認しに行った妻が「バルのお兄さんがここが一番早いよ。って言ってる。」というのですが正確なことは分からないので両方が見渡せる角に立っていました。正解は妻の聞いてきた「ディアネス門」の近くが1番で、ホテル・メスキータ側の「聖カタリナ門」が2番で「赦免の門」が開くにはかなり時間がかかっていました。「ディエナス門」から最初に中に入れるので人の姿が少ないメスキータの内部を見学するにはここで待つことが肝心です。
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更に建物の中に入る「栄光の門」から入った人は何故か大聖堂の部分に急ぐので、我々は入り口から時計回りに新しい、と言っても987年に建てられた「アルマンゾール外陣」の方から見学していきます。ここへ来るのは2度目ですが、分かっていてもその素晴らしさに感動します。
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このメスキータのある場所にはもともと西ゴート様式(415年から711年に現在のフランス南部からイベリア半島にあたる地域を支配したゲルマン系王国)の教会が建っていたそうです。この教会と土地を町から買い上げたのがアブド・アルラーマン1世で、785年からモスクの建設が始まります。
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これがオレンジの中庭に向かって扉を開いた11の側廊とミブラーブのある現在のメスキータの原型がこの時点で造られています。
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アブド・アルラーマン2世の時代830年から850年に拡張工事が行われ、アブド・アルラーマン3世の下951年にミナレットが建てられます。アブド・アルラーマン3世はカリフ(預言者ムハンマドを代理するもの)を宣言し、929年にイベリア半島にイスラム帝国が誕生します。
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メスキータの拡張はその後も続き、アル・ハカム2世の時代にはほぼ現在の形になります。そしてレコンキスタが終わってキリスト教王国となってもメスキータは手を加えられませんでした。セビリアのアルカサルに宮殿を建てた賢王アルフォンソ10世がミフラーブにヴィジャ・ヴィシオーサ礼拝堂を造ったくらいです。
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決定的な改造が行われたのは神聖ローマ帝国皇帝カール5世の時代です。当時のコルドバ市議会は「いかなる追加建造もメスキータの美を破壊する危険につながる。そのような提案をするものは死刑に処す。」と警告していましたが、カール5世の甥の司教アロンソ・マンリクの願いを受理して大聖堂を建築する許可を与えます。
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神聖ローマ皇帝カール5世は15世紀末にスペインを統一したカトリック両王(イザベル女王とフェルナンド2世)の孫でスペイン王カルロス1世を兼ねていました。カトリックの庇護者としてプロテスタントやイスラム教に厳しく対応しなければならない事情もあったのでしょう。
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カール5世は大聖堂の工事現場で現場監督に嘆いた言葉が残っているそうです。「余がもしあなた方の成そうとしていることを前もって知っていたら決して許可は与えなかっただろう。ここに造ろうとされているものはどこででも見ることが出来る。しかしながら壊されたものは世界のどこにも無いものだ。」と。
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という事でヨーロッパの大聖堂のどこででも見られるものを見て行きましょう。
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聖壇後陣と呼ばれる主祭壇の裏側の小さい礼拝堂の上に美しいレリーフがありました。とても状態が良いのでよく見るとイエスの最後の場面が描かれています。これは「イエスの捕縛」の場面です。
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ヴェロニカはエルサレムの敬虔な女性でした。十字架を背負いゴルゴタの丘へと歩くイエスを憐れみ、額の汗を拭くよう自身の身につけていたベールを差し出します。イエスは彼女の申し出を受けて汗を拭いてベールを彼女へ返します。すると奇跡が起こりベールにはイエスの顔が浮かび上がります。
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これは日本の絵巻物のように3つの場面が描かれています。右側に十字架を担いでゴルゴダの丘へ登るイエスの姿が見えます。そして中央が「磔刑図」足元には悲しむ聖母マリアの姿と右に槍を持つのはローマ兵のロンギヌスです。左側は「十字架降架」です。ゴルゴダの丘を意味する骸骨も彫られていますが異様に大きいです。
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「ピエタ」
イエスの頭を抱える使徒ヨハネと体を抱える聖母マリアです。足元にはマグダラのマリアの姿も見えます。 -
「キリストの復活」
棺の上に立つイエスの周りには眠り込むローマ兵の姿が見えます。 -
しばらくは2人だけでメスキータの奥の「アルマンゾール外陣」から「アルケハム2世の増築部分」を見学できました。
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この8時30分から9時30分の早朝の見学は無料という事よりも誰もいない時間を楽しめることで貴重だと思います。
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妻にとっては初めてのコルドバです。ずっと見たいと思っていたところなので連れてきて良かったと思います。
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2人の写真を残したいと思いましたが、周りに人がいなくて困りました。妻が日本人の女性に声を掛けてシャッターを押していただきました。
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来年の年賀状にはこの写真を使おうと思います。2人の女性はアンダルシアの小さい村々を旅しているようで、コルドバには2泊してパティオ祭りを見ると言っていました。20年前に1人旅した時はコルドバからグラナダまで同じような若い女性2人と一緒に移動したことがありました。当時は会社を辞めて旅している2人組の女性が多かったようで、その後同じような旅をしている人たちに多く出会いました。
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しばらくすると反対側からも人がやってきて現実の世界へ引き戻されたような気分になります。856本ある柱はすべて2層の馬蹄形のアーチ(ティア)でつながり、赤と白の組み合わせと奥に行くほどグラデーションが掛かり美しさを増します。ムーア人にとっては故郷のナツメヤシの林のように見えたことでしょう。柱の素材は大理石やジャスパーや斑紋岩で、西ゴート時代やローマ時代の柱を転用している物もあるようです。
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カール5世の言うところの「どこででも見られる大聖堂」の見学に移ります。この聖堂部分には聖セバスチャンの木彫が多いような気がします。
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カール5世の建築許可から始まった工事は250年以上続いたそうです。工事が完了したのは1766年のことだったそうです。現場を任された建築家エルナン・ルイスから始まってルイス家は孫までの3代に渡って監督を務めたそうです。
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この間に建築様式も後期ルネッサンス様式からスペインのプラテレスク様式、バロックからチュリゲーラ様式まで取り入れられています。
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礼拝堂と聖歌壇は間にロープが張ってあって見ることが出来ませんでしたが、フェルナンド4世とアルフォンソ9世の墓所になっています。ここにはもともと63本の柱がありましたが全て取り壊したそうです。
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奥にはイスラムの2重アーチが残り、手前のアーチはキリスト教の意匠に変えられています。父なる神が祝福する戴冠の聖母マリア。アーチの壁龕(ニッチ)には聖人が並んでいます。
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聖母マリアのステンドグラスの頭には七つの星を頂き、右手には純潔を表す白百合を持ち、胸のハートは「聖母マリアの汚れなきみ心」を表す花に囲まれ炎が出ています。個人的にはフランドル地方で見られるハートに7本の剣の刺さった「マリアの七つの悲しみ」の聖母像が好きです。
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細かいところを見て行くと突っ込みどころ満載です。これは聖セバスチャンで、皇帝の命で草原へ引き立てられます。そして杭に打たれて射手たちが矢を射続けます。彼の体には矢が突き刺さっているはずですがよく見ると穴が開いているだけです。いつの時代か抜け落ちてしまったのでしょうね。
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ドームの頂点には十字架を担いだキリストの姿と父なる神と聖霊表す鳩が表されています。後年の塗り替えによるものですがあまり上手でないのが分かります。縁取りの天使の舌は真っ黒です。セシリア・ヒメネスさんというおばあさんが、教会の柱に100年ほど前に描かれたキリストのフレスコ画「Ecce Homo」の修復をしてその出来栄えが話題になったのもスペインだったなと思い出しました。
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コルドバを守護するのは聖ラファエルですが、この教会には聖ガブリエルの姿がありました。
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主祭壇に吊るされた奉納ランプは629年にコルドバの銀細工師マルティン・サンチェス・デ・ラ・クルスによって作成されたもので、重さは200キロにもなるそうです。
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内陣境界の右側にある説教壇の上部の彫刻です。18世紀のマルセイユのフアン・ミゲル・ベルディゲールの作でマホガニー製だろうという事はこの色からも分かります。
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双頭の鷲は神聖ローマ帝国を表し、掲げる紋章はスペイン国内の王国やフランス王家の百合も見て取れますが、全体でハプスブルグ帝国を表すのでしょうか。
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所々に小さな祭壇が置かれてありました。イエスが御宿りになった瞬間を表しているようです。
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メスキータの列柱を壊して大聖堂を造っただけではなくて床にも墓標がたくさん残されています。本来は人に踏んでもらうことが徳となるはずですが中に入ることは出来ません。かなり摩耗しているので仕方ないでしょうね。
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どこまでも続くアーチの美しさに言葉がありません。アーチの形に合わせた壁龕に磔刑の十字架がデザインされたかのように納められています。この辺りはアルケハム2世の時代のエリアです
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ヴィジャ・ヴィシオーサ礼拝堂は中央礼拝堂が出来る前に賢王アルフォンソ10世により改装して造られたキリスト教の礼拝堂です。壁面を「キブラ」といい、その奥の小さな窪みが「ミフラーブ」と呼ばれ、メッカのカアバ神殿の方向を示す目印となっています。壁面には精緻な黄金モザイク装飾で覆われており、コーランからの文言が装飾文字で刻まれています。
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ミフラーブの前に設けられた天井を見上げると、精緻な装飾が施された豪華な黄金のドームが広がっています。中央のマスクラの天井のは現在のイスタンブール(コンスタンティノーブル)のモザイク職人がハカム2世のために造ったものです。
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大抵の建物は正面から写真を撮るとそれなりに見えますが、このメスキータはどんな角度で撮ろうともその美しさを捉えきれない気がします。
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柱に上に立つ聖母子像が埋め込まれたレリーフです。これは古代スペインの伝説によると、西暦40年10月12日の初代キリスト教会の時代、イエス・キリストの十二使徒のひとりである聖大ヤコブは、まだ異教の地であったローマ帝国属州ヒスパニアのカエサラウグスタ(現在のスペインのサラゴサ)で福音を説いていました。改宗者が少なかったので落胆していると彼と弟子がエブロ川岸で祈っていると聖母マリアが天使を連れて柱の上に出現すると言う奇蹟が起こります。その伝説に由来するものだと分かります。
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「アブデラマン2世の増築部分」辺りですが、この辺りはメスキータのイスラムの雰囲気は感じられません。
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カール5世が嘆いたのも少しわかるような気がします。
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無料の見学時間は1時間といいながら実際には45分から50分くらいで退場を促されます。礼拝堂のいくつかと宝物館まで戻る時間も無いのでここまでとします。
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床には西ゴート時代のサン・ビセンテ教会の床のモザイクが埋まっているようです。これを見て思い出すのはヴェネツィアの北のトリエステとの間にあるアクイレイアの総大司教座聖堂のバシリカのモザイクです。その規模の大きさには驚かされたことがあります。
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栄光の門に並ぶアーチはほとんどが透かし彫りのパネルで塞がれています。そのシルエットも美しく思えます。
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門で塞がれているスパンももちろん遜色のない状態になっています。よく見るとパネルの中央にはミナレットの尖塔の聖ラファエルの姿が彫られてます。
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50分と駆け足の見学でした。
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午前8時30分には開かなかった「赦免の門」も開かれています。
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このオレンジの中庭は小石で舗装されていますが、1本1本の植え込みには水路が設けられています。高いところからの給水が考えられているようです。グラナダのアルハンブラ宮殿であれば背後の山から水を引いてきたという事は安易に想像できますが、コルドバの場合メスキータの庭とアルカサルの庭の水利について疑問が残りました。グアダルキビール川には水車群が建設されて庭園に水を供給したそうですが、あまりの騒音にイザベル女王からクレームが入ったそうです。現在はアルボラフィアの大水車として1基のみ川沿いに残されていました。
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アーチがふさがれなかった「栄光の門」がメスキータ内部への出入り口になります。
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先ほどの透かし彫りのパネルは中から見た方がきれいです。
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オレンジの中庭といいながらこの時期はほとんど残っていませんでした。
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オレンジの木に混ざってナツメヤシの木も植えられています。
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メスキータの見学が終わりました。セビリアは思ったように見学が出来ずにヤキモキしましたが、コルドバは予定通りに進んでいます。
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到着時に写真を撮っていなかったので記念写真を撮りました。お腹が空いているので壁の色がトルティージャに見えます。
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クラシックな雰囲気と手頃な大きさといいとても良いホテルでした。
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ただ迷路のような廊下とエレベーターに乗った後も階段の上り下りがあるのにはまいりましたが。
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ぐるりと一周回って一番きれいだと思えたのは「サン・ミゲル門」でした。コルドバを守護するのはサン・ラファエルなのですが…。
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ホテルで一休みした後はアルカサルへと観光は続きます。コルドバにももう1泊出来ればよかったと思います。
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