2018/05/04 - 2018/05/04
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kojikojiさん
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トレドで宿泊した翌朝は早く目が覚めてしまったので町を散歩しました。前の晩に夜景も見ていましたが、朝の風景はまた違ったトレドの姿を見せてくれました。お昼までしかトレドにはいられませんが、前日に美術館を精力的に回ったので多少余裕も出来たので「タベーラ病院」へも行くことにしました。写真撮影は出来ないと分かっていたのですが、エル・グレコの「キリストの洗礼」は見ておきたかったのです。地図で見ると近いようですが、下り坂とはいえ「アルカサル」から30分はかかったと思います。10時ちょうどの開館に間に合いましたが、朝から見学に来ているのは我々ぐらいで貸し切り状態でした。さらに嬉しいことにダメ元で尋ねてみると写真撮影はフラッシュを使用しなければOKでした。。帰りは時間もあまり無いし、ずっと上り坂なのでタクシーにしました。20年前にマドリッドから日帰りで来てしまったトレドでしたが、今回1泊することが出来て、旅のタイトルのリベンジが出来たような気がします。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
夜明け前に目が覚めてしまいました。トレドは丘の上の町なので辺りが明るくなるのは早いようでした。アルカサルの脇のタクシー乗り場には一晩中車が停まっていました。
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少し明るくなってきたので散歩に出掛けることにします。階段の踊り場から大聖堂に朝陽が当たるところが見えました。
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ソコトベール広場に向かう道の路地に目をやると建物の隙間から尖塔が見えます。ライトアップとは違った数百年前からの自然な美しさがあります。
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昨日の日中は気が付かなかった建物の美しさに目がとまります。こんなムデハル様式の建物があったなんて。
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逆にアルカサルの巨大な壁は新たな影を作り出しています。
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ソコトベール広場に着きました。ここで午前7時30分でした。
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トンネルを抜けてセルバンテスにも朝の挨拶とお別れを伝えます。
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旧市街の細い道はまだ暗闇の中ですが、大聖堂の尖塔は夜が明けたようです。
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トレドの市内にはダマスキナードと呼ばれる象嵌細工の店も数多くありました。グラナダで寄せ木細工の大きなトレーを買い、ここでも小さいものを1つと思っていましたが…。アンダルシアに残されたイスラム文化の残照を見てくると、その哀愁と共に何か買い求めたくなるのは人情といえそうです。
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大聖堂の近くの家に吊られたたくさんの鍋です。何か習慣のようなものがあるのでしょうか?
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トレド大聖堂前の広場にやってきました。
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日除けの布のせいで薄暗く感じます。さすがに午前8時前では誰も歩いていません。
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こんなタイミングで鐘楼の鐘でも鳴ると良いのですが。
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フランボワイヤン・ゴシック様式の石造りの尖塔はフランスやスペインの他の都市でも見ることが出来ますが、この上部の突き出たパネルは他では見られません。
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ダマスキナード細工も暗いウインドウで見た方が魅力的に感じます。
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母方の祖父や曾祖母や大叔父が京都で窯業を営んでいたので本金(ほんきん)の落ち着いた鈍い輝きに魅力を感じているからかもしれません。人工的な光の当たった象嵌細工は目に眩しすぎました。
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バルセロナではカタルーニャの旗が掲げられていましたが、マドリッド以南では「スペイン市民旗」が掲げられている家が多くみられました。今回の旅ではスペインの国旗についても勉強になりました。
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アルカサルまで戻っていました。壁の暗闇は消えて明るくなってきました。
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風見を見ていて東西南北はEsteとOesteとNorteとSurなのかと思いました。英語のNEWSが東西南北だと知ったのはいくつだったかと考えました。
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ホテル近くのトンネルに飾られていた聖母子のパネルです。思えばセビリアのマカレナ教会の聖母像の美しさに惹かれた旅でもありました。そんな想いはこの後のアンティーク店で結実します。
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ホテルまで戻ってくると部屋の窓が開いていました。
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部屋から妻がお出迎えです。
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アルカサルの東側まで足を延ばしてみました。入り口の脇には剣を掲げた女性像がありました。ホアン・デ・アバロスというスペインの彫刻家の作品で、ヒロイズムとサクリファイスを象徴しているそうです。
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さあお腹も減ってきたので朝ごはんにしましょう。
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前の晩遅くに中国のツアー客がチェックインしたのは部屋から見えていたので知っていました。ポーターもついていたのでお金持ちのツアーのようでした。失敗したのは彼らの食事の後にレストランに入ったことでしょうか。しばらく待たないと食べるものはほとんど無くなっていました。
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このホテルでもカバやワインが冷やされていました。
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今回の旅でどれだけカバを飲んだでしょうか…。
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実は元気に食欲があったのはここまでで、マドリッドのホテルにチェックインして部屋に入った瞬間から具合が悪くなって大変なことになりました。
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20年前にスペインを1カ月旅した時も最後のマドリッドで具合が悪くなり、15年前のポルトガルとスペインの1カ月の旅行でも最後のマドリッドで具合が悪くなりました。今回は2週間ちょっとなので油断していたのかもしれませんが同じ結果に終わりました。
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食事の後はお昼までトレドの町を楽しみます。まずは予定変更して「タベーラ病院」に向かいます。正直方角の違うタベーラ病院は行けないだろうと考えていましたが、前の日にこの日の予定も前倒しにこなしていたので行けることになりました。
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20年前は無かったであろうエスカレーターを右手に見ながら坂を下っていきます。
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坂を下るという事は後で登らなければならないという事です。帰りはエスカレーターとも考えていましたが、妻とはタクシーにしようと話し合いました。
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彼方に「タベーラ病院」の姿が見えてきました。帰りは絶対にタクシーだと確信します。
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「太陽の門」まで下ってきました。現在の城門からは200メートルほど内側に入った場所にありますが、14世紀に造られたイスラム時代の城壁門です。
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門の周囲に城壁の一部も残されています。馬蹄形の入口の上には、太陽と月が描かれているほか、16世紀のキリスト教の儀式の彫刻が刻まれています。
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さらに下って「ビサグラ新門」の脇を抜けます。
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表の凱旋門には双頭の鷲の姿のトレドの町の紋章が掲げられています。この門はスペイン・ハプスブルク家出身のカール5世とその息子のフェリペ2世によって修復されたので、ハプスブルク家の「双頭の鷲」の紋章がその正面に掲げられたのだと思います。
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ここまで離れると大聖堂の尖塔がまた見えてきます。北側からトレドの全景を見ると東から南と西側を川と断崖で転園の要塞とし、北側を城壁で囲んでいるのが良く分かります。まさに昨日エル・グレコ美術館で観た「トレドの景観と地図」の構図のような眺めです。残念ながら聖母マリアや天使は飛んでいませんが。
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かなり下ってきたのが分かります。ここで20年前に来たのはこちら側のバスターミナルだったのだと気が付きました。朝マドリッドの南のバスターミナルからバスに乗ってトレドに着いて、夜になってこの坂を下ってバスでマドリッドに戻ったのだと思い出しました。
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「タベーラ病院」までたどり着きました。かなり時間がかかったのでタクシーで来ても良かったかなと思いました。
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午前10時前に門が開き、我々がこの日最初の見学者でした。「タベーラ病院」はタベーラ施療院とも表記され、正式名称はサン・ファン・バウティスタ病院で「サン・ファン・バウティスタ」とは「洗礼者ヨハネ」の意味です。
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「タベーラ病院」は全体を見学する博物館のコースと教会のエル・グレコの絵画を鑑賞するコースに分かれていました。我々は時間が無いので正面の礼拝堂と美術館だけにします。後から来た方は博物館へ向かわれました。
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以前はガイドツアーだけだったようですが、現在は勝手に見学するだけのようです。写真は撮れないという情報だったので、当初は来ることも諦めていたのですが、受付のおばさんに念のために尋ねると「写真は撮ってもいいわよ。でもフラッシュはダメよ。」
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何というお言葉でしょう。グレコの作品はこのサン・ファン・バウティスタ礼拝堂の中に納められています。
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礼拝堂はエル・エスコリアル修道院の大聖堂のようにドームで覆われています。そしてアロンソ・ベルグルテーテの手による白い大理石で造られたタベーラ枢機卿の墓があります。教会の祭壇画はエル・グレコによって描かれ、祭壇の設計は息子のホルヘ・マヌエルによって行われました。
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この様な大理石の墓はヨーロッパで数多く見られますが印象深いものが多いです。個人的にはポルトガルのアルコバサのドン・ペドロとイネスの棺は心に残っています。最後の審判で蘇るときに最初に顔を合わせられるように向き合った形で棺が置かれてありました。ここでは枢機卿は目を覚ますと祭壇に向き合えるわけです。
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主祭壇の右手の祭壇衝立にエル・グレコの「キリストの洗礼」が飾られています。バロック様式の祭壇衝立の部分は建築家だったグレコの息子のホルヘ・マヌエルの手によるものだそうです。
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この病院の「キリストの洗礼」はグレコ自身が描いている途中に亡くなってしまい、仕上げは息子が手掛けたともいわれています。プラド美術館所蔵の「キリストの洗礼」と非常に良く似ていますが、マドリッドのドーニャ・マリア・デ・アラゴン学院の祭壇画の1つです。
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額には枢機卿の赤いつば広の帽子とタッセルが描かれています。
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洗礼者ヨハネは駱駝の毛皮をまとい、ヨハネはイエスの命じるままに貝殻でその頭上に水を注ぎます。その一瞬に天が開いて聖霊が鳩の姿となって下りてきます。このドラマチックな瞬間をエル・グレコの絵筆と感性はみごとにとらえています。
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聖霊を表す白い鳩が繋ぐ2つの世界の上部は天上界で、父なる全能の神がそれぞれの階級に分けられた天使たちに囲まれています。右手を上げているのは祝福の象徴で、携えた透明の球体は世界を表します。三位一体を想起させるかのようにきらめく光が父なる神の白い衣装と白い鳩とキリストをつないでいます。
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一目見ただけでグレコの作品と分かる色使いです。透明な天使の翼が印象的です。
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洗礼者ヨハネの視線とキリストの視線は交差しているのでしょうか?
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視線の交差や雄弁に語る手の表情や意味がグレコの作品を鑑賞する醍醐味だと感じます。
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タベラ施療院(タベーラ施療院)の創設者はファン・タベラという枢機卿です。エル・グレコが生まれた1541年にタベラ施療院の建設が始まり完成したのが18年後の1559年です。
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肖像画の顔をよく見てから…。
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隣のデスマスクを見るとリアルで、よく似ていることも分かります。デスマスクは死の直後に石膏や蝋で死者の顔の型を取ったも石像です。告別式に飾ったり肖像画を描くための資料として用いられていますが、中世では当たり前の習慣だったようです。
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「聖ペトロの涙」エル・グレコ
エルサレムのオリーブ山で捕えられたイエスの受難が始まるとペテロはイエスの安否を知るために後を追います。司祭長の家のパティオ入ったペテロはイエスの出しかイエスを知っているかと3度にわたり尋ねられます。「知らない。」と3度答えたと同時に雄鶏が鳴き、ペテロはイエスの予言を思い出します。「今日雄鶏が鳴く前にあなたは3度知らないと言うだろう。」ペテロは外に向かいながら後悔の涙にむせび泣きます。 -
同じ構図の作品がトレド大聖堂にも収蔵されていました。グレコの場合同じ題材に絵が複数枚残されているので見比べてみるもの面白いです。中には工房の作品も混ざっています。
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「聖アンナのいる聖家族」エル・グレコ
この作品も同じバージョンが数点あります。中には養父ヨセフの顔を寄進者の顔に置き換えたものもあるようです。 -
この絵は2011年に行ったブダペストの国立美術館に収蔵されているものによく似ています。この作品は2013年の東京都美術館で開催された没後400年の「エル・グレコ展」に来ていたものです。
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東京の美術館で過去に観た作品に再開するのも楽しいことですが、現地に来て再会するのはさらに感慨深いものがあります。
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絵の横にX線写真が並べられていたので一瞬ビックリしました。旅行の少し前に尿管結石で緊急搬送されて、レントゲンとCTを撮ったのを思い出してしまいました。今回の旅ではボルタレンを初め数種類の薬と水は手放せませんでした。
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1595年頃に描かれたこの油絵のX線写真によってエル・グレコの塗りこめられた筆致が明らかになります。非常に自然主義的なスタイルで、よりエレガントで繊細かつ芸術的なイメージを実現するために、グレコは繰り返し作業を修正し表情を修正しています。この写真によりグレコが描いた最も美しい女性のイメージを見ることが出来ます。
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朝早くから準備をして模写をされている方がいらっしゃいました。
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こんな環境で名画を前に絵を描けたらと思います。やってみたいと思いますがまずは技術が伴わないので無理でしょう。ウィーンの美術史美術館でブリューゲルの模写をされている方を見たことがありますが根気のいる作業でしょうね。
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バージョンの多いエル・グレコの「アッシジの聖フランシスコ」がありました。ここに所蔵されているバージョンは右側にキリストの十字架を置き、ひざまずいて瞑想するポーズの作品です。
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「アッシジの聖フランチェスコ」は聖職者で施療院学長ドン・ペドロ・サラザール・デ・メンドーサが所有していたものだったそうです。彼はトレド大聖堂や聖ホセ施療院(聖ヨハネ施療院)を管理していました。
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過去に「ブラザー・サン・シスター・ムーン」という映画を観て、アッシジやロケ地になったサン・ジャミニャーノへ行ったことを思い出します。アッシジでは駅から町へ行くバスの中で知り合った日本人の方がいらして、お昼をごちそうになったことがあり、それがご縁で30年近く年賀状だけですがお付き合いがあります。昔はそんな出会いや別れがたくさんありましたが、最近は旅行者同士の情報交換の必要もなくなってきたようです。
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タベーラ病院には他にも数多くの絵画が収蔵されていたり、博物館にもなっているのですが時間が無いのでエル・グレコだけを見学して先を急ぎます。
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ビサグラ新門近くでタクシーを捕まえようとしたら迎車だったようで「今車呼んだからそこで待ってて!」とのこと。確かに1分もしないで車がやってきました。便利な世の中になったものです。
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「サン・フアン・デ・ロス・レージェス修道院」まで上がってもらいましたが、坂道を延々と歩かなくてすんで助かりました。もちろん時間の短縮が一番なのですが。修道院から道なりにエル・グレコ美術館方面へ登っていくとトレド芸術学校があります。
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「トレド芸術学校」は1882年にアルトゥーロ・メリダとアリナリによって建設されました。フランス軍によって破壊されたサン・フアン・デ・ロス・レイエス修道院の第2回廊に建てられ、1925年に現在の建物に保存されている礼拝堂のサンタアナ修道院まで拡大されています。
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その建物のファサードはインパクトがあります。1479年にアラゴンとカスティーリャの合併によってスペイン王国が誕生し、カトリック両王(イサベル1世、フェルナンド2世)が共同で統治を行った当時の紋章が掲げられています。この二人の紋章の特徴は、盾の左上と右下はカスティーリャとレオンの国章を組み合わせたもので、右上と左下はアラゴンとシチリアの国章を組み合わせたもの。盾の上には王冠が載せられ、ヨハネの鷲の胸の位置に置かれています。盾の下部のザクロは1492年のグラナダ奪還後に付け加えられています。壁の様式から見るとそこまで古いものではなさそうです。
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前の日に固く閉ざされていたアンティーク店の扉が開いているではないですか。妻の了解をとって中を見る事にします。
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何となく見ているうちに壁に掛かった聖母マリアの絵に目が留まってしまいました。ご主人に聞いてみると80年くらい前に描かれた油絵だということです。恐る恐る「値段はいくらですか?」と尋ねると「覚えてないから下ろしてみましょう。」なんて感じで350ユーロを300ユーロに負けてもらって買ってしまいました。後から考えるとセビリアのドニャ・マリア・ホテルにロビーに掛かっていた絵と同じくセビリアのセマナ・サンタ(聖週間)で有名なマカレナ教会の涙の聖母とか複合的に残ったイメージがここで結実してしまった気分です。
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奥のミラーの上に掛かっていた3枚の絵の左側です。下ろす前に写真を撮っておけばよかったのですが交渉で頭がいっぱいでした。思えばスペインの旅行ではアンティークを買うことが多く、家に飾られた18世紀のイベリア半島の地図は20年前、アンダルシアの地図は15年前などなど。昔はすごく安かったのですが現在はパリやローマやロンドンで見るとビックリするほどの値段です。これは絶対に通貨がユーロになった弊害だと信じています。
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もう1つ欲しかったのがこのセリーリョ(Cerillo)という蝋燭立てです。
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父へのお土産に仏壇に飾ってあげようかと思いました。7歳の姪はほとんどおじいちゃんの印象は残っていないと思いますが、実家に来ると誰よりも先に仏壇の前に座り、燈明を灯すように促され、しばらく手を合わせておじいちゃんに近況を報告しています。そんな姪なのでお土産が増えてしまいます。
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どれも言い値は100ユーロだったので1つ買って来れば良かったかなと思います。でも日本ではこんな蝋燭売ってないので諦めました。ところがヨーロッパのクリスマスマーケットではよく見掛けました。
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絵も気に入ったのですが額も素晴らしく、日本でこの額を作るだけで3万円はするなと思えば絵の値段はただみたいなものです。まあマドリッドに着いてからこの絵のサイズのトランクを買うことになったのでプラス170ユーロなのですが。最後には日本で売っていないロルサーの4輪タイプまで買ってしまい大変なことになりました。
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昔のエル・グレコ美術館の入り口ともお別れです。多分トレドに来る事はもうないと思います。
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続いてガイドブックにも載っていた「ホタ・セラーノ」という陶器屋さんにも立ち寄りました。カウンターにいたおばさんに絵を置かせてもらいました。結構買い物モードに入っていました。
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1階はあまり広くないのですが地下は遺跡のような佇まいでとても広いのでびっくりしました。店のご主人が降りてきて「電子レンジに入れても大丈夫なんですよ。」といいながらシンバルのようにお皿同士を叩きならします。
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これにもビックリ!それぐらいの強度があるそうです。母方の親戚はみな京都の清水で陶器を造ったり売ったりしているので扱いには慣れていますが、これくらいの強度があったらいいなと思います。
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結婚前の妻に叔父の造った取り皿をプレゼントして様子を見ていましたが、数年たっても欠けることも割ることも無かったので安心して結婚できました。一生かかっても使いきれないほどの陶器と磁器を持参して結婚しましたが、まだ割れたのは数枚だけです。
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ホテルの階段の踊り場に置かれてあったドン・キホーテとサンチョ・パンサにあまりにも似ていたのでまたビックリしました。
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細い通路がいくつもありますが、その1本ごとにイスラム風など様式に分かれた陶器が置かれてあります。
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良い物はたくさんあったのですが、あまりにも高くて手が出ませんでした。日本でも絵付けは手間がかかるので、どんどん描き込みが少なくなっています。精緻な作業なので高くなるのは仕方ないと思いますが、この値段は無いだろうなと感じました。昔はイタリアでもスペインでも安い印象だったのですが、これも通貨がユーロに統合された弊害だと思います。
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続いて「アタウヒア」というダマスキナードの店を訪ねるべく裏道を歩きます。
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サント・ドミンゴエル・アンティーグオ教会の脇を通りました。マドリッドのプラド美術館に収められた「聖三位一体」はもともとこの教会の祭壇画です。現在も複製画が飾ってあるそうですが時間が無いので先を急ぎます。でもグレコの墓もここにあるので後ろ髪を引かれる気分ではあります。
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良い雰囲気の町をブラブラ散歩します。
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1泊2日のトレドの滞在でしたが、実際は24時間くらいの滞在でしたので少し短かった印象になってしまいました。
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美しいバロック様式のファサードは「ロス・ヘスイータス教会」です。1557年にイエズス会がこのトレドの地に最初に定着しますが、その後1569年に信心深い2人の兄弟の後援によって当時のオルガス伯の家だった場所を購入してこの教会を建設しました。教会よりも展望台からの眺めが素晴らしいらしいのですが、ちょっと時間が押していて残念でした。
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ようやく町が息を吹き返し始めたようですが、我々に残された時間はあまりありません。
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ホテルへ戻ってマドリッドへ行く時間になりました。チェックアウトしてタクシーを呼んでもらうとあっという間に来ました。
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タクシーが早く来てしまったので、駅で少し時間が出来ました。
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バルセロナに着いたときは半分は空だったトランクはパンパンになり、さらに大きなバックに絵まで買ってしまって…。
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駅舎の写真を少し撮ってみます。
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昔の切符売り場に哀愁を感じます。
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ここトレドで切符を買った人で一番遠くまで行ったのは誰なのでしょう…。
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しかし美しい駅舎です。
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予定より1本前の列車がようやく到着しました。チケット売り場で列車を変えられないか聞きに行こうかとも思いましたが、急ぐ旅でもないのでカフェに行くことにしました。
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床のタイルを見ていて昔スイスで買ったトランプのようなカードを思い出しました。泊まっていたホテルの主人にゲームの仕方を教わったのですが遠い昔に忘れました。
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駅の待合室の横にあるカフェは同じような内装でした。
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何となくプラハ中央駅のファントヴァ・カヴァールナというカフェを思い出しました。規模は違うけどアンニュイな雰囲気が似ているように思えました。
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ようやく改札の時間になりました。
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バルセロナから始まった旅も最後のマドリッドを残すだけとなりました。終わってみた印象としてそれぞれの町で1日づつ足りなかったなという思いが残りました。
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マドリッドまで30分の列車旅です。今日も天気は快晴です。
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あっという間にマドリッドアトーチャ駅に着きました。
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バルセロナからフィゲラスとジローナ、マドリッド経由でセビリア、トレドとグラナダと回った列車の旅もここが終着点です。
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終わってみると長かったような短かったような。でもまだマドリッドの旅が残っています。
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家に帰って買ってきた絵を飾ってみました。タイルはコルドバで買ったもので、マリア像はセビリアのマカレナ教会の涙の聖母です。
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買ってきておきながらまだ絵の詳細を読み解いていません。いろいろなアトリビュートがありそうな気がします。
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