2016/10/14 - 2016/10/28
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jijidarumaさん
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2016年ドイツの秋:ライン・モーゼル・アール・ミュンスターラントの旅
2016年10月14日(金)~10月28日(金)15日間
第10日:9km *
今日は一日Muensterミュンスター観光である。St. Paulus-Dom聖パウロ大聖堂とDomkammer聖堂宝物館、
1540年製の天体時計、St. Lamberti-Kirche聖ランベルティ教会の塔と三つの鉄籠(叛徒の籠)、
Kiepenkerl Denkmalキーペンケアル(行商人)の銅像、Rathaus市庁舎:旧参事官室のFriedenssaal平和の広間
(ヴェストファーレン条約の締結)などを見て回る。
写真はミュンスターのRathaus市庁舎(右)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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<三十年戦争の講和条約締結地のミュンスターの町を一日観光:その①>
第10日:10月23日(日)9km、午前は曇天、午後は晴れ、寒い朝3.5~9.5℃*
古城ホテル ヴィルキングヘーゲ城=>B54・219 4.5km ドーム広場・Muensterミュンスター観光=>B219・54 4.5km古城ホテル ヴィルキングヘーゲ城
*起床7:15、昨夜はぐっすりと寝られた。
朝食は8:15~9:00、ホテル本館の円天井レストラン ケラーで食べた。
もう40年前の記憶はないが、当時はクリスマスの時期で、このケラーもクリスマスの飾りで装われていた様子がアルバムに残っている。
写真はホテル本館の円天井レストラン ケラー:入口 -
写真はホテル本館の円天井レストラン ケラー:まだ誰もいないレストランで朝食
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写真はホテル本館の円天井レストラン ケラー:朝食
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写真はホテル本館の円天井レストラン ケラー:朝食
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朝食後、本館の部屋を巡る。
写真はホテル本館の昨夜夕食を食べたメインレストラン -
本館には赤のサロン、青のサロン、ラウンジ、書斎と色合いといい、家具の素晴らしい部屋も多い。
寝室は見ることが出来なかったが、次回があれば、是非本館宿泊を希望したい。
写真はホテル本館の赤のサロン -
イチオシ
写真はホテル本館の青のサロン;色合いが良い
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写真はホテル本館のラウンジも家具の素晴らしい
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写真はホテル本館の窓辺に葡萄も
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写真はホテル本館のラウンジ
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写真はホテル本館の書斎:色合いといい、家具の素晴らしいこと
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写真は古城ホテル ヴィルキングヘーゲ城の本館前
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イチオシ
霧も朝方は深い、真っ赤なツタが小さな礼拝堂を飾り、秋深まる感じだ。
写真は蔦が美しく色づいた礼拝堂 -
写真はホテル本館と礼拝堂も霧に包まれていた
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写真は濠上の木橋、その先も霧で見えない。
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車はこちらから出入りする。
今日は一日Muensterミュンスター観光である。
St. Paulus-Dom聖パウロ大聖堂とDomkammer聖堂宝物館、1540年製の天体時計、
St. Lamberti-Kirche聖ランベルティ教会の塔と三つの鉄籠(叛徒の籠)、
Kiepenkerl Denkmalキーペンケアル(行商人)の銅像、
Rathaus市庁舎:旧参事官室のFriedenssaal平和の広間(ヴェストファーレン条約の締結)などを見て回る。
写真は掘割上の橋を渡ると城内に右に宿泊棟、奥に本館、左にあるのは倉庫棟 -
10:30、今までとは遅い出発になった。5℃の気温が走り出すと、車の外の気温が4℃から3.5℃にまで下がってびっくり。何やら車に表示される気温に霜・小雪マークも付き、いやな気分になった。
今まで、寒いと言っても総じて7℃~15℃の日が多かったから、私は持参の外套は着ずにウインドブレーカーと、その下に旅行用のチョッキを着ました。歩くと汗ばむほどで、ミュンスターの朝、3.5℃は特別です。
それで今日は外套を準備したのです。
写真はMuenster:St. Paulus-Domミュンスター聖パウロ大聖堂・1993年の切手ミュンスターの聖パウロ大聖堂には二つの目玉がある:一つは宝物館、もう一つは1540年製の天体時計である。 by jijidarumaさん大聖堂(St. Paulus-Dom) 寺院・教会
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ミュンスター旧市街は思っていた以上に宿泊ホテルから近く、10:47にパークハウス・テアターに入れた。この駐車場はキーペンケアル(行商人)の銅像に近く、旧市街巡りにはたいへん便利であった。(Euro11 ・・6時間半の駐車)
日曜日なので街中を歩くと、結構駐車場所が空いていたが、パークハウスは駐車時間を気にせず、歩き回れるし、安心である。
写真はMuenster_Mapミュンスター旧市街図 -
《Muensterミュンスター観光》
https://www.muenster.de/stadt/tourismus/ja/ja_index.html
https://www.youtube.com/watch?v=dEOnN3Y_HS8
10:47~17:15
ミュンスターには9世紀初頭、カール大帝によって司教座がおかれた。13世紀前半に帝国都市特権を獲得し、ハンザ同盟の一員として繁栄を遂げた。
16世紀の宗教改革では一時再洗礼派が市政を握ったが、まもなく失脚した(ミュンスターの反乱)。
三十年戦争の講和条約であるヴェストファーレン条約の締結地として知られる。
ミュンスターは第二次世界大戦でほぼ全壊してしまったが、旧市街をはじめとして、昔のままに再建されている。
現在のミュンスターの人口は31万人、大学都市です。
写真はミュンスター:Kiepenkerl Denkmalキーペンケアル(行商人)の銅像 -
2013年秋、ドイツ・ベネルックスの旅ではドイツを代表する女流詩人Annette von Droste Hulshoffアネツテ・ドロステ・ヒュルスホフの城Burg Huelshoffヒュルスホフ城など水城をいくつか訪ねた。
古城群のあるHavixbeckハヴィックベックからミュンスターは10kmと近く、時間があれば、ミュンスターの旧市街に行ってみたかったが、この時は後の予定でいっぱい・・・機会が無かったから、今回は2泊することにしたのだ。
写真はMuenster_Kiepenkerlミュンスター:Kiepenkerl Denkmalキーペンケアル(行商人)の銅像広場 -
イチオシ
<観光名所 ? 見所>
劇場傍のパークハウスから最初にお目にかかったのは、この銅像でした。
(10:57)
①Kiepenkerl Denkmalキーペンケアルの銅像(行商人)
Spiekerhof シュピカーホーフ45
これはミュンスター地方の典型的な行商人の姿である。青い上着に赤いマフラー、帽子にストック、パイプを咥えて、田舎から街へと商品や情報を運んだものだと云う。
1.75mのキーペンケアルの銅像は1896年10月10日、Baumbergバウムベルクの砂岩を使用して完成した。
写真はGrosser Kiepenkerl大きなキーペンケアル(行商人)の前の銅像 -
47年後の1943年10月10日、第二次大戦でミュンスターを空襲した英軍の爆撃にも耐えて立っていた。この時、ミュンスターの旧市街は燃え盛っていたと云う。
この事は驚異な出来事だとして、1944年、ナチスは戦意高揚の宣伝にキーペンケアルの銅像を宣伝用プラカードやポスターに利用したと云う。
「 Wi staoht fast - trotzdem und dennoch! ほとんどWi staoht(古語なのか、郷土語なのか?訳不明)、それでも、そして、しかし !」=>(多分こうなのだろう!)「Wo steht fast - trotzdem und dennochここはまだ、まだほとんど!(・・・罹災、破壊されていない!) 」という文句と共に。
「Zerstoerung und Wiederaufbau Muenstersミュンスターの破壊と再興」に当時の撮影したものが見える。
http://www.villa-ten-hompel.de/?page_id=327
米軍進駐の際、1台の戦車がナチスの象徴となったキーペンケアルの銅像を破壊したが、その後、この像は新たに装飾を加えられ、元の場に立っている。
写真はMuenster_Kiepenkerlミュンスター・再建されたキーペンケアルの銅像の拡大 -
写真はミュンスター:キーペンケアルの銅像下にある面白い顔
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写真はミュンスター:キーペンケアルの銅像広場前の通りにあったチョコレート屋さん
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写真はミュンスター:キーペンケアルの銅像広場からやって来た大聖堂傍の石段・・・自転車を乗降させる場所
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②St. Paulus-Dom聖パウロ大聖堂
Domplatz 28
http://www.paulusdom.de/start/
11:05~12:55
大聖堂(開館:6時半~17時半)は、ほぼ13世紀当時のままの姿で旧市街の中心に立っている。西に面して二つの尖塔(北が57.7m、南が55.5mと異なるのが不思議だが)が並び立ち、ファザードにステンドグラスの輪が見え、中にはバロック様式の大聖壇、聖歌隊席、Fuerstbischofs von Plettenbergプレッテンベルク侯爵司教の墓碑がある。
聖堂の長さは109m、幅は53mと大きなものだ。
写真はミュンスター:大聖堂・二つの尖塔とファサード -
キーペンケアルの銅像広場から大聖堂までやってくると、右手を挙げた、大きな僧の像が立っている。ナチス独裁に勇敢に立ち向かい「ミュンスターの獅子」と呼ばれたClemens _Graf_von_Galenガーレン枢機卿(2005年に列福された:番外編口コミ参照)の記念碑だそうだ。
写真はミュンスター:「ミュンスターの獅子」と呼ばれたClemens _Graf_von_Galenガーレン枢機卿の像 -
写真はMuenster_Clemens _Graf_von_Galenミュンスターのガーレン枢機卿
口コミ:
ナチスに立ち向かい「ミュンスターの獅子」と呼ばれたガーレン枢機卿の像が立つ
http://4travel.jp/overseas/area/europe/germany/munster/kankospot/10509956/tips/12525838#contents_inner -
写真はミュンスター・聖パウロ大聖堂:大きなパイプオルガン
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写真はミュンスター・聖パウロ大聖堂:美しいステンドグラスの輪
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写真はミュンスター・聖パウロ大聖堂:バロック様式の大聖壇
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写真はミュンスター・聖パウロ大聖堂:キリスト十字架
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写真はミュンスター・聖パウロ大聖堂:中庭と墓石群
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写真はミュンスター・聖パウロ大聖堂:堂内から宝物館へ
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写真はミュンスター・聖パウロ大聖堂:堂内から宝物館へ
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<Domkammer聖堂宝物館>
11:40~12:35 入場券3X2=Euro6
聖堂宝物館(開館:11時~16時)は金細工、織物芸術の傑作を集めた宝物館で、ヨーロッパでもっとも重要な博物館に数えられている。
Silbernes Kopfreliquiar des Hl. Paulus 聖パウロの銀製の頭部像・・1380年頃、この像は宝物館のチケットに印刷されていたから、当館の目玉なのでしょう。
Propheten Philo von Alexandrienアレクサンドリアのフィロンの胸像・・紀元1世紀頃のユダヤ人井哲学者、
Reliquienkreuz 十字架1090年頃・・・盗まれてしまった!とか、
Dalmatikダルマティカ・・15~6世紀のベルギー製、欧州で中世頃まで着られたゆったりとしたT字型の衣類。キリスト教の法服としても使用される、
Muttergottes聖母・・1230年頃、樫木に彫った像に銀、金メッキしたもの、
写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:ミュンスターの科学者たち -
写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:キリスト教の伝道
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写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:キリスト教の伝道
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写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:キリスト教の伝道
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写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:キリスト教の伝道
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写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:キリスト教の伝道
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写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:キリスト教の伝道
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イチオシ
写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:ミュンスターの科学者たち
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写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:帆船
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イチオシ
写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:Hl. Agnes聖アグネス・・1536年頃、
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写真はHl. Agnes聖アグネスの絵・・・ホセ・デ・リベーラ作
Hl. Agnes聖アグネスは13歳で殉教した。
尚、ホセ・デ・リベーラ筆「聖女アグネス」の絵が残る。
この絵はローマ長官の横暴に屈しず、見せしめとして全裸にされた時、彼女の髪の毛が伸びて全身を覆ったという伝説を描いたものである。
左上から天使が彼女の裸体に布を巻いている。 -
写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:美しく彩色された木像
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写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:美しく彩色された木像
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写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:
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写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:Dalmatikダルマティカ
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イチオシ
写真は聖パウロ大聖堂・宝物館:当館の目玉・聖パウロの銀製の頭部像
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写真は写真は聖パウロ大聖堂:Fuerstbischofs von Plettenbergプレッテンベルク侯爵司教の墓碑
Friedrich Christian Freiherr von Plettenberg-Lenhausenフリードリヒ・クリスチアン・プレッテンベルク・レンハウゼン男爵は17世紀のミュンスター侯爵司教である。
ミュンスターから25kmの距離にある”ウェストファーレン地方のヴェルサイユ宮殿”と称されるSchloss Nordkirchenノルトキルヒェン宮殿は、Morrienモーリエン家からフリードリヒ・クリスチアン・プレッテンベルク侯爵司教が1694年に買い取り、元来の水城を彼の一族が30年を費やし、バロック様式の宮殿に改築したものである。 -
写真は秋のSchloss Nordkirchenノルトキルヒェン宮殿:南側からの俯瞰
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イチオシ
<1540年製の天体時計>
12:40~12:55
見るべきとされているのは天体時計で、技術的にも美術的にも驚異の作品と云われる。
1540年製の天体時計は高さ7.8m、幅4.1mの大きなもので、上部に座した聖母子を中心に左にラッパを吹く者、鐘を鳴らす者、右に大きな鎌を持ち背に翼がある者、更に矢を持つ骸骨が鐘を鳴らしている人形がある。
窓にはその光景を見る人々の絵、10個の鐘と仕掛け、中部に天体時計、下部に暦がある三段階のもので、12:45頃になると、係のような方が来て、内部に入りスタートさせた。
写真は聖パウロ大聖堂・天体時計:高さ7.8m、幅4.1mの大きなもの -
時間が来ると仕掛けが動き出し、右の扉から、従者のような者が先導し、Heiligen Drei Koenige東方の三博士が順に出てくる。聖母子の前をぐるりと動き、左の扉に消えていく。それを2度繰り返した。
写真は聖パウロ大聖堂・天体時計の上部:鐘が鳴り、 -
写真は聖パウロ大聖堂・天体時計の上部:暁の明星が出て、聖母子の周りを人形が動く
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写真は天体時計の上部:聖母子の周りを東方の三博士が回る
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写真は天体時計の上部:東方の三博士は左手に消えていく
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それは最初がMorgenstern暁の明星・Venus金星(アンティークな星形)が、時計の上部(王宮のような建物の屋根)に現れ、この星の動きに合わせて人形は動いて行くようだった。
次はAbendstern宵の明星・Mars火星が出現し、これに合わせ同じ人形が同じように一周したのだった。5分もしない時間だった記憶がある。
写真は天体時計の上部:暁の明星は消えていく -
仕掛け時計は1日に1回、正午(夏時間表示ではない)のみ、仕掛けが動き出す。
幸い、私共もその時間に時計前に居合わせた。
多くの観光客、参拝者はこの日一度の見せ場を見て喜び、動き出した時はオー!と歓声が上がった。
写真は天体時計の上部:宵の明星と二度目の三博士たち -
写真は2階建てのParadiesパラダイスの建物
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写真はミュンスターのマンホール・・・町のシンボルである大聖堂が刻まれている
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写真はMuensterミュンスター1657年の地図
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イチオシ
③Rathaus市庁舎:Friedenssaal平和の広間でヴェストファーレン条約の締結
Prinzipalmarktプリンツィパルマルクト8 - 9
https://www.muenster.de/stadt/tourismus/index.html
開館:10時~16時、Euro1.5X2=3(シニア)
ミュンスター市庁舎は14世紀半ばにできたゴシック風の建物で、第二次大戦で罹災したが、1950年代に特徴的な切妻屋根と共に昔通りに再建された。
写真はMuensterミュンスターの市庁舎(右)と、左にPfefferkorn Muensterペッパーコルン(胡椒の粒)の建物ミュンスターの市庁舎:旧参事官室が平和の広間と称されるのは30年戦争終結の「ヴェストファリア条約」が結ばれたからだ。 by jijidarumaさん市庁舎(ミュンスター) 現代・近代建築
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写真はミュンスターの市庁舎:Friedenssaal_Halle平和の広間のホール・・・右手に切符売り場と広間への入り口がある。
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旧参事官室の平和の広間で1648年、1618年から続いた30年戦争終結の「ヴェストファリア条約」が結ばれた。
当ミュンスターにはカトリック(旧教)、ニーダーザクセン州のOsnabrueckオスナブリュックにはプロテスタント(新教)が集まり夫々条約が結ばれた。
写真はミュンスターの市庁舎:旧参事官室の平和の広間 -
この条約締結の場にはヨーロッパ諸国のほとんどが参加し、参加者の内、特に多いのは神聖ローマ帝国内部の領主、有力聖職者、帝国自由都市の代表で、使節の総数は帝国外から37、帝国内から112、計148名であった。
平和の間では出席した歴史上の使者たちの肖像画がずらりと掲げられ、また、16世紀のルネサンス様式という板張の壁に紋章や見事な木彫りを見ることが出来た。
写真はミュンスターの市庁舎:旧参事官室の平和の広間・・・使者たちの肖像画 -
写真はミュンスターの市庁舎:平和の広間Muenster_Westfaelischer_Friede_in_Muenster_(Gerard_Terborch_1648)ヴェストファーレン条約の締結の絵
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写真はミュンスターの市庁舎:平和の広間・・・板張の壁に紋章や見事な木彫り
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<三十年戦争(1618~48年)>
ドイツの旅では、この戦争が訪ねた町々の歴史にしばしば登場するので、必須の知識である。
30年戦争とはドイツの国土を主戦場に旧教派のカトリックと新教派のプロテスタント、それの後ろ盾となる神聖ローマ帝国、ハプスブルク、フランス、オランダ、スペイン、スウェーデン、バイエルンなどの諸国が参戦した戦争である。
100年前のマルティン・ルターの宗教改革に始まった新旧キリスト教徒の対立が、17世紀に入るとドイツ国内では争いが先鋭化した。
新旧キリスト教徒の宗教戦争は1618年、パプスブルグ家がボヘミア(現チェコ)の新教徒を弾圧した事に端を発する。
旧教派のオーストリア・スペイン・パプスブルグ家と、新教派のフランス・ブルボン王家が政治的・現実的観点からドイツ国内の其々に荷担し、更に新教派にスウェーデン王が介入するなど、国際紛争が拡大した。
この戦争は新教派優勢で終わり、1648年北ドイツのMuensterミュンスター・Osnabrueckオスナブリュックで66カ国によりヴェストファリア条約が調印された。
この間に全ドイツの人口は3分の2に減少し、国土は荒廃したと云う。この事でドイツは300もの小国家が分立する。
ドイツはフランスなどに200年の遅れを生じたとされているが、反面では小国家の分立が、全ドイツの国民文化の均等な広がりを育み、今私共が旅を楽しむ町々に、その事の有りがたさを見ることができる。
・・・・・・・・・・・
写真はミュンスターの市庁舎:平和の広間・・・板張の壁に紋章や見事な木彫り -
写真はミュンスターの市庁舎:平和の広間・・・板張の壁に紋章や見事な木彫り
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写真はミュンスターの市庁舎:平和の広間・・・王冠風な蝋燭立て
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写真はミュンスターの市庁舎:平和の広間・・・使者たちの肖像画
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写真はミュンスターの市庁舎:平和の広間・・・使者たちの肖像画
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写真はミュンスターの市庁舎:平和の広間・・・板張の壁に紋章や見事な木彫り
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写真はミュンスターの市庁舎:平和の広間・伝説のGoldenerHahn黄金の雄鶏
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写真はミュンスターの市庁舎:平和の広間・・・見事な彫りで飾られた暖炉
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