2016/11/06 - 2016/11/06
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龍泉寺城址と龍泉寺観音の紹介です。龍泉寺城址の展望台からは、小牧山と、その上に建つ模擬天守が見渡せました。永禄6年(1563年)、織田信長が築いた城です。小牧・長久手の戦いでは、犬山城の秀吉に対し、家康の拠点となったお城です。
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竜泉寺城址の模擬天守の光景です。昭和39年(1964年)、鉄筋コンクリート造りで誕生しました。発掘調査や文献調査などに基づく再建天守ではありません。ただし、信長公記には、『信長の弟信行は、龍泉寺を城に改造した』との記述がありますから、戦国時代に龍泉寺城があったことは間違いないようです。
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イチオシ
竜泉寺城址の模擬天守の最上階付近のズームアップ光景です。信長の弟信行が龍泉寺城を創建したのは、弘治3年(1557年)のことですが、弘治3年(1558年)11月、信長の清州城で謀殺され、この城も廃城となりました。
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更にズームアップした龍泉寺城の模擬天守の光景です。屋根には金色のシャチが乗っていました。天正12年(1584年)、小牧・長久手の戦いの時、秀吉は家康との決戦に備えて、この城に陣を構え短期間で堀を掘ったと伝わります。
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南側から見上げた模擬天守の光景です。昭和39年に建築された建物ですから、既に50年以上を経過しています。定期的なメンテナンスが行き届いているのでしょうか、外観は綺麗な姿を留めていました。
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模擬天守の石垣の西北角の光景です。模擬天守ですから、やむを得ないことのようですが、北側には石垣が積まれていませんでした。石垣にあまり強度が掛かっていないためでしょうか、角の部分は、算木積ではありませんでした。
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同じく、模擬天守の西北側からの石垣光景です。西面はきちんと積み上げられていました。野面積ではなく、表面の凹凸が揃えられた、打ち込み接ぎに似た積み方でした。
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きちんと積み上げられた、石垣西面のズームアップ光景です。弘治2年(1556年)、織田信長の弟の信行が築いたとされる龍泉寺城ですが、龍泉寺を改造したお城のようですから、石垣を積んだ城郭があったかどうかも不明です。
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薄っすらと紅葉が始まった木々の間から眺めた模擬天守の光景です。龍泉寺観音の境内に石垣址は残されていませんし、使われた石も見当たらないようですから、模擬天守のような城郭は、もともとなかったと考えた方が自然のようです。
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庭木の間から眺めた、模擬天守の上階の光景です。南西側からの撮影になります。常緑樹、紅葉した楓の樹、紅葉前の楓の木、既に落葉した樹などが上空を覆っていました。
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少し樹に隠れてしまいましたが、模擬天守の破風と屋根飾りのズームアップ光景です。現代建築の建物ですから、避雷針も取り付けられていました。もし、戦国時代や江戸時代に、この場所に木造の高い建物があったとすれば、度々落雷に見舞われたことは想像に難くありません。夏季には雷雲の通り場所ともなる区域です。
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更にズームアップした、模擬天守の鬼瓦と金鯱の光景です。緑色の鬼瓦には、褐色の鬼面の焼物が取り付けられていました。鬼瓦とは別々に焼かれた鬼面のようでした。
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枯山水の庭を先に紹介しましたが、こちらは池を配した池水式の庭園です。その池の畔に茶室のような建物がありました。龍泉寺観音の公式HPの境内案内を参照しましたが、特段の説明はありませんでした。右手前に、瓦で護岸された部分が見えましたが、本堂の吹き替えで不要になった瓦の有効活用鴨かも知れません。
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茶席がある建物への入口光景です。有料での呈茶が行われているようでした。飛び石の行き着く先が茶席のようです。先ほどの池に懸かる石橋がちゅおう左手に見えていました。橋の袂に見えたトクサ(木賊)が目印でした。
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イチオシ
紅葉が始まった楓の光景です。緑色も交じった微妙な色合いでした。この光景もまた、季節の移ろいを感じさせてくれます。
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紅葉が始まった楓の葉のズームアップ光景です。葉裏からの逆光での眺めです。黄葉が綺麗な国は北欧を始めいろいろ目にしましたが、日本の紅葉に勝る国はまだ経験していません。
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龍泉寺城址の周りの雑木林の光景です。木々の間から見える舗装道路との間には、相当の高低差がありました。龍泉寺観音の敷地の東側方面になるようです。
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一部の竹が切り払われていましたから、おぼろげに地形が確認できた場所です。明確な堀址らしい形跡ありませんでしたが、竹林の先は崖の様な窪地になっているようでした。龍泉寺城址側には土塁が築かれていたかもしれません。
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前方に見えてきたのは、展望台です。この展望台からの眺めを暫く楽しむことにしました。かつて龍泉寺城がお城や砦だった時代にも、重要な見張り台があったと想定できる眺めの場所でした。
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この方角の眺めは、樹木や竹が伸びて見晴らすことが出来ませんが、その先に春日井方面を一望できた場所のようです。
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少し位置をずらしますと、庄内川の河川敷や春日井市方面の市街地を眺めることができました。北側方面の眺めになります。
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手前に見えるのは、龍泉寺観音の敷地の北東角当たりになるようです。左手の竹林の先に見えるのは庄内川の河川敷です。敷地の東側も鬱蒼とした竹林でした。東側一帯は、小牧・長久手の戦いの時、秀吉が空堀を掘らせた場所の一部になるようです。
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竹林越しに眺めた春日井市方面の市街光景です。信長が築いた小牧山城の話題に戻ります。織田・徳川連合軍と秀吉が争った小牧・長久手の戦いの時、徳川家康は補強を加えた小牧山城を本陣にしました。一方、大阪城を出た秀吉は犬山城に本陣を構えました。白山林の戦いの敗報が届くと、この龍泉寺城に急行したと記録に残ります。小牧山城を出て小幡城で軍議を開いた家康は、長久手の戦いで先勝し、
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イチオシ
展望台からズームアップした小牧山と、その頂上に建つ模擬天守の光景です。小牧山城は、永禄6年(1563年)、織田信長が築き、清州城から越してきた城です。岐阜の稲葉山城を攻め落とすと、岐阜城と名を改めて居を移しました。天下人への大きな一歩だったとされます。小牧山の背後に見える山の一つに、岐阜城がある金華山もあります。
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同じく、春日井市方面の市街のズームアップ光景です。再び、小牧・長久手の戦いの話題に戻ります。家康の背後をついて岡崎に攻め入ろうとした、秀吉軍の別動隊、
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春日井市にある王子製紙の工場方面のズームアップ光景です。左上に先に紹介した小牧山と、その頂上の模擬天守が微かに見えています。右手後方にうっすらと見えているのが岐阜城のある金華山のようです。
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定光寺からは西方向になる、名古屋市に北側に隣接する、ビルが密集する春日井市の勝川地区のズームアップ光景です。左上方に見えるのは、勝川駅前のホテル、ザ・プラザのようです。
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春日井市から名古屋市にかけての市街光景です。霞んでいるのは天候のせいだけではなく、工場の排煙や車の排気ガスも影響しているようです。右手に見えるのは、名古屋市北部の超高層マンションのようです。
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最初に潜った、模擬天守・宝物館のエリアへの入口です。通路の上は渡り廊下になっていました。これで有料エリアの見学はおしまいです。
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明治年間に制作された本堂の鬼瓦です。『本堂主瓦(おもわら)』と紹介されていました。110年ほど経った平成27年(2015年)、屋根の葺き替えが行われたことで、新しい瓦に後を託し、展示されていました。
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平成27年(2015年)、屋根の葺き替えが行われた龍泉寺観音本堂の甍の光景です。110年ほど、屋根の守りを務めた『本堂主瓦』の光景です。手前に身ある唐風の造りの玄関は、銅葺屋根でした。
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