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小幡城址と所縁の寺社の紹介です。所縁の寺社は、三の丸跡に建つ阿弥陀寺です。所縁は分かりませんが、城址の至近距離にある白山神社も紹介しました。

2016秋、尾張・小幡城址と所縁の寺社(2/2):城址山・阿弥陀寺、白山神社、鳥居、手水舎

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2016/11/06 - 2016/11/06

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

小幡城址と所縁の寺社の紹介です。所縁の寺社は、三の丸跡に建つ阿弥陀寺です。所縁は分かりませんが、城址の至近距離にある白山神社も紹介しました。

  • 小幡城址の三の丸址と目される場所にあった、城址山・阿弥陀寺の参道脇の光景です。次に紹介するのは、小幡城址から直線距離で1~2百メートルの距離にあった白山神社です。

    小幡城址の三の丸址と目される場所にあった、城址山・阿弥陀寺の参道脇の光景です。次に紹介するのは、小幡城址から直線距離で1~2百メートルの距離にあった白山神社です。

  • 振り返って眺めた南方面の光景です。小幡城址と所縁のお寺の阿弥陀寺は、この通りの右手にありました。

    振り返って眺めた南方面の光景です。小幡城址と所縁のお寺の阿弥陀寺は、この通りの右手にありました。

  • 緩い登坂に沿って並ぶ、白山神社の低い石垣と石の柵の光景です。この神社の東側を走る市道松河橋線の拡幅工事で、境内の一部を市に売却し、境内整備の費用に充てられたようです。

    緩い登坂に沿って並ぶ、白山神社の低い石垣と石の柵の光景です。この神社の東側を走る市道松河橋線の拡幅工事で、境内の一部を市に売却し、境内整備の費用に充てられたようです。

  • 白山神社の東面にあった鳥居の光景です。鳥居の中に拝殿が見えていました。

    白山神社の東面にあった鳥居の光景です。鳥居の中に拝殿が見えていました。

  • 同じく、東面にあった鳥居から眺めた拝殿方面の光景です。

    同じく、東面にあった鳥居から眺めた拝殿方面の光景です。

  • 右手前の手水舎と、左奥の社務所の光景です。社務所は玄関も窓も閉まったままでしたから、常駐の人はいないようでした。

    右手前の手水舎と、左奥の社務所の光景です。社務所は玄関も窓も閉まったままでしたから、常駐の人はいないようでした。

  • 『白山神社御造営記念』の題字があった石碑の光景です。慶長(1596~1615年)以前の創建と記されていますが、それ以前のことは不明とも記されていました。

    『白山神社御造営記念』の題字があった石碑の光景です。慶長(1596~1615年)以前の創建と記されていますが、それ以前のことは不明とも記されていました。

  • 拝殿に向かって、右手の阿形の雄獅子の石像です。先ほどの石碑に記された、昭和59年(1984年)の整備工事の際に設置されたもののようです。

    拝殿に向かって、右手の阿形の雄獅子の石像です。先ほどの石碑に記された、昭和59年(1984年)の整備工事の際に設置されたもののようです。

  • 拝殿に向かって、左手の吽形の雌獅子の石像です。雄獅子と一体として、昭和59年(1984年)の整備工事の際に設置されたもののようです。こちらの像にも、目の周りに朱色が入っていました。

    イチオシ

    拝殿に向かって、左手の吽形の雌獅子の石像です。雄獅子と一体として、昭和59年(1984年)の整備工事の際に設置されたもののようです。こちらの像にも、目の周りに朱色が入っていました。

  • 石塔越しに眺めた拝殿の光景です。正殿には、菊利媛命、天照皇大神と須佐之男命が祀られています。菊理媛命(ククリヒメのカミ、ククリヒメのミコト、キクリヒメのミコト)は、加賀の白山や全国の白山神社に祀られる白山比咩神(しらやまひめのかみ)と同一神とされます。白山神社の主柱のようです。

    石塔越しに眺めた拝殿の光景です。正殿には、菊利媛命、天照皇大神と須佐之男命が祀られています。菊理媛命(ククリヒメのカミ、ククリヒメのミコト、キクリヒメのミコト)は、加賀の白山や全国の白山神社に祀られる白山比咩神(しらやまひめのかみ)と同一神とされます。白山神社の主柱のようです。

  • 拝殿正面のズームアップ光景です。先に紹介した石碑には、東相殿には応神天皇、西相殿には稲倉魂命が祀られていると記されていました。稲倉魂命(ウカノミタノミコト)は、須佐之男命と大山津見神の娘・神大市比売命との間に生れた稲の神です。

    拝殿正面のズームアップ光景です。先に紹介した石碑には、東相殿には応神天皇、西相殿には稲倉魂命が祀られていると記されていました。稲倉魂命(ウカノミタノミコト)は、須佐之男命と大山津見神の娘・神大市比売命との間に生れた稲の神です。

  • 『白山神社』の扁額のズームアップ光景です。古い額は保存されているのかもしれませんが、この新しい額は、昭和59年(1984年)の整備工事の際に、拝殿と同時に設置されたもののようです。

    『白山神社』の扁額のズームアップ光景です。古い額は保存されているのかもしれませんが、この新しい額は、昭和59年(1984年)の整備工事の際に、拝殿と同時に設置されたもののようです。

  • 正面から眺めた拝殿の光景です。対になった石灯篭と、狛犬が参道脇に置かれていました。拝殿の背後に正殿が置かれていました。

    イチオシ

    正面から眺めた拝殿の光景です。対になった石灯篭と、狛犬が参道脇に置かれていました。拝殿の背後に正殿が置かれていました。

  • 大きな石で囲われた、1メートルより少し深そうな穴の光景です。この土地の元の地盤が意識的に残されているようでした。

    大きな石で囲われた、1メートルより少し深そうな穴の光景です。この土地の元の地盤が意識的に残されているようでした。

  • 白山神社の境内で、一番古いように見えたのは、この後紹介する『山神』の石碑ですが、その次に古い樹木のように見えました。

    白山神社の境内で、一番古いように見えたのは、この後紹介する『山神』の石碑ですが、その次に古い樹木のように見えました。

  • 右側の拝殿の建物と、その背後に屋根だけ見えていた正殿の光景です。

    右側の拝殿の建物と、その背後に屋根だけ見えていた正殿の光景です。

  • 境内の内側から眺めた、東面の出入口と鳥居の光景です。最初に潜った鳥居です。玉砂利が敷かれた境内に、玉石で参道の縁取りがされていました。

    境内の内側から眺めた、東面の出入口と鳥居の光景です。最初に潜った鳥居です。玉砂利が敷かれた境内に、玉石で参道の縁取りがされていました。

  • 同じく、玉砂利が敷かれた境内の光景です。その南東門方面の光景です。境内の樹木が整理されたのでしょうか、木の束が積み重ねられていました。

    同じく、玉砂利が敷かれた境内の光景です。その南東門方面の光景です。境内の樹木が整理されたのでしょうか、木の束が積み重ねられていました。

  • 白山神社の南面にあった鳥居の光景です。昭和53年(1978年)3月に建立された、比較的新しい鳥居でした。

    白山神社の南面にあった鳥居の光景です。昭和53年(1978年)3月に建立された、比較的新しい鳥居でした。

  • 白山神社境内にあった、『山神』の石碑です。コンクリート枠で囲まれていました。『山神(さんじん、やまのかみ)は、山に鎮座する神のことですが、白山信仰や、仏教の密教とのかかわりなど、複雑な背景もあるようです。

    イチオシ

    白山神社境内にあった、『山神』の石碑です。コンクリート枠で囲まれていました。『山神(さんじん、やまのかみ)は、山に鎮座する神のことですが、白山信仰や、仏教の密教とのかかわりなど、複雑な背景もあるようです。

  • 境内の片隅で咲いていた、黄色の花です。『ツワブキ(石蕗、艶蕗)』は、キク科ツワブキ属の常緑多年草です。俳句の季語にもよく使われます。『つわぶきの花』は、初冬(11月)の季語です。余興の俳句です。 <br /> 静かさを集めて咲くや石蕗(つわ)の花 <br /> 石蕗の花に尋ねん古(いにしえ)を   (蘭海)

    境内の片隅で咲いていた、黄色の花です。『ツワブキ(石蕗、艶蕗)』は、キク科ツワブキ属の常緑多年草です。俳句の季語にもよく使われます。『つわぶきの花』は、初冬(11月)の季語です。余興の俳句です。 
     静かさを集めて咲くや石蕗(つわ)の花 
     石蕗の花に尋ねん古(いにしえ)を   (蘭海)

  • 白山神社の拝殿と本殿の西側の側面光景です。常駐の神主さんはいない、村の神社の雰囲気がありました。地元の総代の方達が日常の世話をされているように見受けました。

    白山神社の拝殿と本殿の西側の側面光景です。常駐の神主さんはいない、村の神社の雰囲気がありました。地元の総代の方達が日常の世話をされているように見受けました。

  • 白山神社の南面の出入口光景です。本殿の屋根が見えていました。これで白山神社の紹介はおしまいです。古い物にはほとんどお目にかかりませんでしたが、おそらく、小幡城と同時期か、それ以前からこの付近にあった神社のように見受けました。小幡城址とのかかわりは全く分かりませんが、至近場所にある神社として紹介しました。

    白山神社の南面の出入口光景です。本殿の屋根が見えていました。これで白山神社の紹介はおしまいです。古い物にはほとんどお目にかかりませんでしたが、おそらく、小幡城と同時期か、それ以前からこの付近にあった神社のように見受けました。小幡城址とのかかわりは全く分かりませんが、至近場所にある神社として紹介しました。

  • 白山神社のガイドウェイ・バスの最寄り駅の前のブロンズ像と紅葉の樹です。ガイドウェイ・バスの愛称は、『ゆとりーとライン』です。名古屋市、名古屋鉄道、ジェイアール東海バスなどが出資する第三セクター会社が運営しています。2001年(平成13年)に営業運転が開始されました。

    白山神社のガイドウェイ・バスの最寄り駅の前のブロンズ像と紅葉の樹です。ガイドウェイ・バスの愛称は、『ゆとりーとライン』です。名古屋市、名古屋鉄道、ジェイアール東海バスなどが出資する第三セクター会社が運営しています。2001年(平成13年)に営業運転が開始されました。

  • 同じく、白山神社のガイドウェイ・バスの最寄り駅の前のブロンズ像です。場所を替えての撮影です。

    同じく、白山神社のガイドウェイ・バスの最寄り駅の前のブロンズ像です。場所を替えての撮影です。

  • ブロンズ像が置かれていた小さな広場と、その背後に見える、ガイドウェイ・バスの川宮駅の光景です。

    ブロンズ像が置かれていた小さな広場と、その背後に見える、ガイドウェイ・バスの川宮駅の光景です。

  • ユトリートラインの川宮駅の大曽根方面行ホームの駅名表示板の光景です。川宮町の地名に因む名前でした。

    ユトリートラインの川宮駅の大曽根方面行ホームの駅名表示板の光景です。川宮町の地名に因む名前でした。

  • ゆとりーとラインの川宮駅のホームから眺めた光景です。中央やや右手に川村北城址あったと比定されている小高い丘が見えています。その左の薄緑色の鉄橋は、第二環状線の庄内川大橋です。

    ゆとりーとラインの川宮駅のホームから眺めた光景です。中央やや右手に川村北城址あったと比定されている小高い丘が見えています。その左の薄緑色の鉄橋は、第二環状線の庄内川大橋です。

  • ゆとりーとラインの川宮駅のホームから眺めた東方面の光景です。この駅で降りて、小幡城址とその所縁の寺社、川村南城址とその所縁の寺社を見学して来ました。

    ゆとりーとラインの川宮駅のホームから眺めた東方面の光景です。この駅で降りて、小幡城址とその所縁の寺社、川村南城址とその所縁の寺社を見学して来ました。

  • 高架線路の上を走行する、ガイドウェイ・バスの光景です。軌条走行の効果から降りた後は、一般道路を普通のバスとして走行します。

    高架線路の上を走行する、ガイドウェイ・バスの光景です。軌条走行の効果から降りた後は、一般道路を普通のバスとして走行します。

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