2016/11/03 - 2016/11/03
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旅人のくまさんさん
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末森城址と城山八幡宮の紹介の続きです。末森城は天文16年(1547年)、織田信長公の父、織田信秀公が東山丘陵の南端に位置するこの地に築城し、古渡城から移りました。この城は、三河方面の松平(清康)、今川(義元)等への守りとしての要害の地でした。
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末森城址の本丸と、二の丸付近の紹介が続きます。正面に見えるのは、『二の丸址』とされる場所に、昭和年代に建てられた昭和塾堂です。この場所を二の丸址とするには、少し違和感もあります。
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『二の丸址』とされる昭和塾堂の前から眺めた西方面の光景です。その方角に、『二の丸址』と目してもおかしくない候補地がありました。
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本丸址(東丸)とされる場所の西南角付近の光景です。段差がある部分に低い石垣が積まれていましたが、後代に改築された石垣のようでした。
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『本丸址』の西端に位置する『豊玉稲荷神社』の赤い鳥居列の光景です。全国に3万社あるといわれる稲荷神社の総本宮は、京都の伏見稲荷大社とされます。古くは、朝鮮半島の新羅地方出身の秦氏に関わる神とする説もあるようです。秦氏を更に遡れば中国に行き着くようです。秦氏は伏見稲荷大社のほか、松尾神社との関わりもあります。
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正面から眺めた、『豊玉稲荷神社』の赤い鳥居列の光景です。稲荷神社が現在でも日本各地に祀られているのは、帰化人として古代日本の関わり、その子孫が現代にも大きな影響を与えてきたことの現れと見ることもできそうです。例えば聖徳太子(574~622年)の時代には、秦河勝(生没年不詳)が部下として仕え、各地に分散した一族は、土木や養蚕、機織などの技術を発揮してきたようです。京都市右京区には、太秦(うずまさ)の地名が現在まで残されています。秦氏の氏寺で、秦河勝が創建した京都最古のお寺の広隆寺等がある地域です。また、浄土宗の元祖・法然(1133~1212年)の母は秦氏の出自とされます。
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『豊玉稲荷神社』の拝殿と、その奥に見える本殿の光景です。古代から稲荷神社につながりが深い秦氏の末裔は、現代では、末裔・枝氏は60ほどあるとされます。そのいくつかを紹介しますと、秦首、秦公、秦人、秦子などの秦姓のほか、長宗我部氏、赤松氏、東儀氏、宗氏、川勝氏などです。かつて、首相を務めた羽田孜氏も秦氏の末裔のようです。
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豊玉稲荷神社の手水舎(ちょうずや、てみずや等)の光景です。多くの手水舎は、四方転びの柱が用いられ、四方吹き放しとなっていて、その中に水盤が据え付けられています。この手水舎もコンパクトながら、その形式です。
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本丸址の西端から眺めた西方面の光景です。末森城址の古地図に記された二の丸方面の光景です。自然の地形で、長い下り坂になっていました。
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豊玉稲荷神社の拝殿の光景です。銅葺の小さな社ながら、石段の上に祀られ、狐さんの像が両脇に置かれていました。
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豊玉稲荷神社の拝殿に向かって右手の『狛狐』像の光景です。『狛犬』は『こまいぬ』という単独の霊獣ですから、『こま』と『いぬ』を分離する使い方は間違っているようです。正しくは、『狐像』と呼ぶべきかもしれませんが、結構広く『狛狐』の表現が使われているようですから、敢て、イメージが湧きやすいこの呼び名にしておきます。
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豊玉稲荷神社の拝殿に向かって左手の『狛狐』像の光景です。霊獣の『狛犬』の役割は、『守護獣』とされます。これに対し稲荷神社の狐さんの役割は、『神の使い』、あるいは『秘書役』とされるようです。
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豊玉稲荷神社の社に隣接した場所にあった瓦葺きの屋根を持った小さな社の光景です。その両脇にあった石碑から判断して、この後紹介する金峯山寺がある吉野に関連する社のようでした。金峯山寺は、役小角が開山した修験道場です。本尊は蔵王権現です。
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『皇紀2600年・大峰山二十六度登山記念』の文字が刻まれた石碑の光景です。皇紀2600年は、昭和15年(1940年)のことになります。
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『大峯登山二十五度供養』の文字が刻まれた石碑の光景です。かなり年代を経ているようでした。『大峯登山』は、吉野の北端を吉野山とする大峯山脈か、あるいは山上ヶ岳を指すようです。役小角が開山した修験道場です。
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イチオシ
末森城の本丸址から眺めた、東方面の光景です。中央に見えるのは、東山動植物園にある東山スカイタワーです。地上高134メートルの展望塔です。
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北側になる拝殿側から眺めた神馬(しんめ)の光景です。お腹には、『橘紋』がありました。織田家の家紋の『木瓜紋』ではありませんでした。
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城山八幡宮の入口門の光景です。八幡神(やはたのかみ、はちまんしん)は、古くから日本で信仰されてきた神で、清和源氏、桓武平氏などの全国の武家から武運の神、弓矢八幡として崇敬を集めてきました。誉田別命(ほんだわけのみこと)とも呼ばれ、応神天皇と同一とされます。
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イチオシ
城山八幡宮の拝殿の正面光景です。本殿が拝殿の北側にあります。八幡宮は全国に4万4千社ほどあるとされ、その総本社は、大分県宇佐市の宇佐神宮です。京都の石清水八幡宮、福岡の筥崎宮と合わせて、三大八幡とも呼ばれます。福岡の筥崎宮は、鎌倉の鶴岡八幡宮と替えられることもあります。
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豊玉稲荷神社では、狐さんを『狛狐』と表現しましたが、こちらは本物の狛犬です。拝殿に向かって右手の阿形の雄の狛犬です。阿吽の形になっているのは日本特有の形式です。中国の獅子像などは、ほとんどが両方とも口を開いています。
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拝殿に向かって左手の吽形の雌の狛犬です。台座の造りも随分と凝っていました。
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『城山八幡宮略記』のタイトルがあった立看板の光景です。八柱の御祭神と、縁起が記されていました。譽田別命(応神天皇)、息長帯比賣命(神功皇后)、帯中津日子命(仲哀天皇)等を始めとする八柱です。
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神楽殿の建物光景です。城山八幡宮の社殿は、本殿、祝詞殿、幣殿、拝殿、廻廊、神楽殿、神門等からなり、境内末社として、山神社、神明社、津島社、豊玉稲荷社などが祀られています。
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同じく、東南角から見上げた、神楽殿の建物光景です。城山八幡宮の境内の面積は約1万坪、ほとんどが末森城址のエリアと重なります。名古屋市出身の作家、『城山三郎』のペンネームはこの地名に由来するようです。本名は『杉浦英一(1927~2007年)』、経済小説の開拓者であり、『総会屋錦城』で第40回直木賞を受賞、『落日燃ゆ』の代表作のほか、全集も出されています。
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本殿の左手(西側)に祀られた、境内末社の光景です。確認できませんでしたが、山神社、神明社、津島社のいずれかが祀られているのか、合祀されているのかも知れません。
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若い人たちに人気らしい、『桃取石(良縁石)』の説明看板です。人生占いと、濃い占いの手順が記してありました。
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『桃取石(良縁石)』の説明看板に記されていた『青石』です。鳥羽答志島桃取産の石です。ヤマモモ(山桃)の群生地と紹介されていました。
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こちらは、『桃取石(良縁石)』の説明看板に記されていた『赤石』です。銘石を算出する、岐阜県揖斐郡の『揖斐石』と紹介されていました。
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本殿の西端、境内末社の前に置かれていた、
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イチオシ
守護獣というより、末社の前に置かれていたマスコット風の狛犬の光景です。末社に向かって左手の吽形の雌の獅子です。
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同じく、末社の前に置かれていたマスコット風の狛犬の光景です。末社に向かって右手阿形の雄の獅子です。どちらも、良く似合う赤い前掛けをしていました。
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