2009/11/29 - 2009/11/29
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旅人のくまさんさん
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京都の世界文化遺産の仁和寺(にんなじ)の紹介です。右京区御室にある真言宗御室派総本山の寺院で、山号は大内山です。本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は宇多天皇とされます。
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イチオシ
第59代の宇多天皇の創建とされる『仁和寺(にんなじ)』の二王門光景です。京都の三大門の一つです。宇多天皇(867~831年)は、宇多源氏の祖先に当たる人とされます。
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『仁和寺(にんなじ)』二王門のズームアップ光景です。宇多源氏は、鎌倉時代以降、庭田家、綾小路家等に分かれ、明治維新に至るまで堂上家としての地位を保ち、栄えた一族です。堂上家(とうしょうけ、どうじょうけ)は、公家の家格の一つで、御所の清涼殿南廂にある殿上間に昇殿する資格を世襲した家柄のことです。
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『史蹟仁和寺御所址』の文字が刻まれた石碑の光景です。側面に昭和13年(1938年)8月の日付がありました。宇多天皇は退位後、出家して仁和寺を住房とされ、真言密教の修行に励まれました。以来、明治維新まで皇子皇孫が仁和寺の門跡となられたことから、仁和寺は御室御所とも呼ばれました。
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右斜め前から見上げた、国の重要文化財の『二王門』の軒先光景です。一般には、山門、三門、あるいは仁王門と呼ばれることが多い門です。江戸初期の寛永14年~正保元年(1637~1644年)に創建された門とされます。
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イチオシ
二王門の木彫像の紹介です。阿形の仁王像です。左手で小さな武器か、法具のようなものを振り上げた姿です。金剛杵(こんごうしょ)の一種かもしれません。
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正面から眺めた、阿形の仁王像のズームアップ光景です。
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横から眺めた、阿形の仁王像のズームアップ光景です。
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吽形の仁王像の光景です。大きく右手の五本指を広げて見せたポーズの像です。仏教での『阿吽』は、『阿』は口を開いて最初に出す音、吽は口を閉じて出す最後の音であり、そこから、それぞれ宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされました。
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左手前から眺めた、吽形の仁王像のズームアップ光景です。
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右手前から眺めた、吽形の仁王像のズームアップ光景です。仁和寺は、阿弥陀三尊像(国宝)をはじめ、愛染明王坐像(重文)、増長天立像(重文)、悉達太子坐像(重文)などの国指定文化財を所蔵していますが、仁王像は国の文化財には指定されていないようです。
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木製の狛犬像です。日本の狛犬は、屋内に置かれたものは木製が多く、屋外に置かれるようになってから石が使用されるようになったとされます。阿形の雄です。区六彩色された跡がありました。
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仁和寺二王門の木彫一角獣です。狛犬の一種とされます。吽形の雌です。こちらも黒い彩色跡がありました。西欧の一角獣は、『ユニコーン』と呼ばれ、額の中央に一本の角が生えた、馬に似た伝説の生き物です。
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木製の狛犬像が置かれていた場所の光景です。仁王像が置かれた場所と同じような、背の高い木の柵が設けられていました。
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国の重要文化財の『二王門』の扉のズームアップ光景です。江戸時代に創建されてから、370年程は経過していますから、補修工事が施されているかも知れません。
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左手の柱に『真言宗御室派宗務所』の表札が掛かった、『二王門』の下から眺めた境内の光景です。この後は、入場しての見学です。
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新しい立札には、『仁和寺(にんなじ)』のタイトルがありました。真言宗御室(おむろ)派の総本山で、平成6年(1994年)に世界遺産に登録されたことから始まり、平安時代からの縁起が記されていました。左の黒くなった立札は、焚火・たばこ禁止の注意書きでした。
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唐風の造りの屋根を持った玄関です。ここが建物の中に入っての見学の入口でした。瓦飾りに五弁の桜の寺紋がありました。境内配置図には、『大玄関』と表示してありました。
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先に紹介した仁和寺の説明立看板に、『真言宗御室(おむろ)派の総本山』と記されていましたので、『真言宗』や、『御室派』について少し説明しておきます。『真言宗』は、空海(弘法大師)によって平安時代の9世紀初頭に開かれた、仏教宗派です。真言陀羅尼宗(しんごんだらにしゅう)、曼荼羅宗(まんだらしゅう)や、秘密宗(ひみつしゅう)とも称されます。
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『真言宗』は、空海(774~835年)が唐時代の中国・長安に渡り、青龍寺で恵果(746~806年)から学んだ密教を基盤としています。唐に渡ったのは、延暦23年(804年)、正規の留学僧でした。長安で空海が最初に師事したのは、醴泉寺の印度僧の般若三蔵です。密教を学ぶために梵語に磨きをかけたようです。般若三蔵からは、梵語の経本や新訳経典が与えられました。
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側面から眺めた、本瓦葺きの屋根の切妻部分の光景です。空海の話をもう少し続けます。空海の天才性とその活動については、若い頃に読んだ、司馬遼太郎さんの『空海の風景』の小説の断片が、今でも思い出されます。長安での空海は、延暦24年(805年)5月に密教の第七祖である青龍寺の恵果和尚を訪ね、以降約半年にわたって師事しました。空海の資質を見抜いた恵果は、即座に密教の奥義伝授を開始しました。6月に大悲胎蔵の学法灌頂、7月に金剛界の灌頂を受け、8月には伝法阿闍梨位の灌頂を受け、『遍照金剛』の灌頂名を与えられました。空海は、921年に『弘法大師』の称号を嵯峨天皇から贈られ、『南無大師遍照金剛』は、今でも空海の尊称として使われています。最澄により拓かれた天台密教の『台密』に対し、真言密教は東寺を基盤とし、『東密』と呼ばれます。
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次は、『御室(おむろ)派』についての説明です。『真言宗御室派』は、宗祖:は弘法大師空海、派祖は寛平法皇(宇多天皇)です。真言宗は、13世紀末に古義真言宗と新義真言宗に別れ、さらにそこから多種多様な教義が展開して現在に至っています。戦後は分派独立が相次ぎ、現在は約50の宗派があります。そのうち主要な16派の18の総大本山が、昭和33年(1958年)6月に、『真言宗各派総大本山会(各山会)』を結成しました。これらの寺院は、『真言宗十八本山』と呼ばれています。その内の14派が古義真言宗系です。仁和寺以外では、教王護国寺(東寺)、金剛峯寺(高野山)、醍醐寺、大覚寺などです。
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濡れ縁を歩きながら、最初に目にした楓の紅葉の光景です。平安時代後期になり、『新義真言宗』を興したのは、後に興教大師を贈られた『覚鑁(かくばん:1095~1144年)』です。当時の高野山の現状が、真言宗が腐敗衰退した状態であることを目にしたのが、その契機とされます。空海以来の才を持った人とも評されています。
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高野山で自ら宗派の建て直しに打って出た『覚鑁』は、刺客に狙われ、焼き討ちにも遭い、高野山を下りました。新たな布教と真言宗立て直しの地は根来山でした。その後、豊臣秀吉との確執の末に討伐を受け壊滅しました。江戸時代になり、ようやく新義真言宗は紀州徳川家より復興の許しを得て根来寺と共に復興、覚鑁は生前の功績を評価され興教大師の諡号を贈られました。
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赤松らしい庭木と、その背後に見えていた檜皮葺らしい屋根の光景です。その間には、白砂が敷かれた庭がありました。
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イチオシ
楓の紅葉のズームアップ光景です。真っ赤に色付いた楓の背後には、オレンジ色の楓も見えました。更にその背後は、松の幹の光景です。
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掃き目に沿って、落葉のモミジの葉が並んだ光景です。強い風では吹き散らかされていまいますが、穏やかな風がもたらしてくれた光景のようです。
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仁和寺に入場した後は、主に、濡れ縁を家栗ながらの見学となりました。前方に、その濡れ縁を巡る見学者の姿がありました。
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白砂が敷かれた庭園越しに眺めた紅葉の楓の光景です。この時期には、紅葉に引き立て役として白砂の存在感が増しそうです。
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同じく、志那砂の庭園越しに眺めた庭園光景です。白砂の庭の周りには塀が廻らされ、その内側には、楓と松の庭木、その背後の土塀の外には背の高い針葉樹が並んでいました。
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『壮観』の文字が記された扁額の光景です。なぜか、『壮』の文字には、『、』が加えられていました。落款らしい『太白』のほか、末尾に漢文が添えられていました。旧字体も調べてみましたが、『壯』の文字であり、『、』はありませんでした。白書院に掛かった額です。
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