唐辛子婆さんへのコメント一覧(53ページ)全2,233件
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絵が好きな方、興味ある方、この旅行記必見
連ちゃんでコメント書くの恥ずかしいと思っていたら、前にTaekoさんが書いて下さったので助かりました。こんなに素晴らしい絵画を称賛せずにいられませんでしたから。
何とセレブらしき雰囲気が有る集まりなのでしょうか。
そこへトゥクトゥクで乗り付ける勇気ある唐辛子さん。
場違いなら、やめればいいというその心意気大好きです。
また、緊急事態に備えて黒い服をお召しになる心構えにあっぱれです。
スチャート先生の絵画が余りにも素晴らし過ぎて絶句しておりました。
また、唐辛子さんの上達していく水彩画の上手さにも感心しております。
まだ今も絵をお描きになって、バザールに貢献なさっているのでしょうか。
お値段にもよりますが、私もひとつ貢献したいなという気持ちになりました。
動かない象
Re: 絵が好きな方、興味ある方、この旅行記必見
olive kenjiさん
旅行記にもならない昔話をいっぱい聞いてくださってありがとうございました。
水彩画教室では本当のセレブは人格者だということを実感しました。
でも展覧会を前にした騒動も事実で、それはそれで思い返すと面白かったなあと思います。エレーヌ編ぜひ見てくださいね♪
みんな今じゃ80代(90代もいるかも)ぐらいだと思うと感慨深いです。
私の絵はちっとも上達しないまま終わりました。
4トラで写真の楽しさに目覚めちゃって絵は放り出したまま^^。
でもまあ絵を学んだのは雰囲気あるアングルや色味を工夫したりに少しは役立ってるかなと思います。
唐辛子婆2021年09月04日23時05分 返信する -
絵画サ一クルとの出合い
唐辛子さん、
絵画サ一クルに誘われて、雰囲気が合わなかったら止めればいいしと開き直って出かけられて、ホントに良かったですね。最初に声をかけてくださった人も以前から唐辛子さんの絵画好きをご存知だったからでしょうから、唐辛子さんが御自分で引き寄せた幸運だったのですよ。
想い出話シリーズを拝見しながら、あることに気が付きました。囲炉裏端で語り手を囲んで座ります。最初から最後まで取り囲んでいる子供達は一言も言葉を発しません。ただ静かに耳を傾けます。TVに「日本昔ばなし」という番組がありました。語り口調も覚えていますがどなただったかな?市原悦子さんだったかな?久しぶりに周りを取り囲んでいる子供の気分を味わいました。
taeko -
感動・・アリンコみたいな小さなNGO
本日9月1日をもって、アフガニスタンは20年前・否・一千年前の世界に戻ります。
退出出来なかったアフガニスタン人が言っていました。
米国のおかげで自由を知り自由を謳歌した、今このような事になるのだったら、来なくてもよかったのに・・・
今の私には、その言葉への返答がまだ出来ていません。
本題に入ります。
唐辛子さんのボランティアへの関りにいつも感銘しています。
まだ少しの旅行記しか読んでいないので、読めばまだ沢山の関連記があるかと思いますが、読んだ記事の範囲での感想です。
ホーチミンの空飛ぶ車椅子の事も初耳ならば、このタイでのピパットさんの運動も知らず、とても興味深く読まさせて頂きました。
ピパットさんの殺されそうになる経緯は、まるで今のタリバンアフガニスタンの様相の様で、ハラハラドキドキでした。
強い信念のもとボランティア活動に注ぐピパットさんには頭が下がる思いでした。
さて彼は無事だろうかと心配していましたが、最後にピパットさんの年齢を重ねた写真を見たときは安堵しました。とても嬉しかったです。
唐辛子さんのアリンコみたいな小さなNGOのくだりは、何をご謙遜を、素晴らしいではないですかと心底思っています。
私などは自分自身の楽しみだけに溺れた生活をしており恥ずかしい限りです。
唐辛子さんがアリンコならば、私は動かない象であります。
でも、何かこの象にでもお手伝いできることあれば、おっしゃって下さい。
今日、アフガニスタンにもピパットさんみたいな方がいると信じています。
Re: 感動・・アリンコみたいな小さなNGO
olive kenjiさん
映画キリング・フィールドを思い出しましたよ。
アフガニスタンに残された方々の一日も早い救出を祈るばかりです。
そして中村哲先生の沢山のお弟子さんたちに危険なことが起こりませんように。その人たちがピパットさんの役目をしてくれるでせう。
ピパットさんはすでに亡くなりました。この旅行記の一番最後の
「奥様のアヌラックさんと赤ちゃん」の写真の旅行記をどうかご覧ください。
アヌラックさんはピパットさん没後チェンマイの工房の経営をどなたかに任せてチェンライに移り住んでいます。
幸いメーコックファームはなんとか軌道に乗っているようです。
空飛ぶ車椅子は全国の沢山の工業高校や大学が参加していて
コンタクトをとれば国際空港に車いすを送り届けてくれる筈です。
https://www.nisshasai.jp/soratobu/index.html
コロナ渦が収束して海外(アジア)に行けるようになったらolive kenjiさんもトライしてみてくださったら嬉しいです。
自分の出費は何もなくただ運ぶだけなので簡単です。
私は人助けがしたいとかの強い信念のもとにボランティアグループに入ったわけではなく今まで住んでいたアジアのことが気軽におしゃべりできる友人が欲しくて入会したのです。(動機が不純)
ほとんどが主婦のとても小さなグループで(だからアリンコ)タイの山岳民族の手工芸品をバザーでさばいて売り上げを3か国(フィリピン、タイ、東ティムール)の子供の教育支援に充てていたのです。
実際に苦労をしているのはアヌラックさんや当地に派遣されている鎌倉のカトリック教会のシスターたちです。東ティムールにはまだ訪れてないので一度行ってみたいのですが、生きてるうちに行けるでせうか?首都ディリからバス(かトラック)で東端まで。
唐辛子婆2021年09月01日23時05分 返信する -
お邪魔致します♪
唐辛子婆さん、こんにちは(^^♪
ノスタルジックな旅行記、とても楽しく拝見しております。
お嬢さんの天真爛漫な笑顔に心掴まれております~!(^^)!
そして、watさんとのやりとりも可笑しいヾ(≧▽≦)ノ
貴重な昔のお話、また伺えるのを楽しみに待っております♪
b_b -
メ、メダイ(*^^*)
こんにちは~
娘さんの日記が可愛すぎて!
大切にとっておかれたのですね。
私は引っ越しが今まで多かったので(今も)、息子の作文とか捨てたかもです。
当時の事、事細かに覚えてるんですね。
私も過去の写真を見ていると、その時に気持ちがワープしちゃって色々と思い出します。あの時、あの人とどんな会話をしたとか。
そういう思い出って宝物ですよね。
fuzz -
唐辛子さんも日記魔?
唐辛子さん、
「流浪の民」はメロディも歌詞もかすりもしないほど初耳でしたわ。不思議ですね。
カンチャナブリには3泊の旅で行き、気に入りました。当然ですが生活しておられた唐辛子さんとは切り口が違うので、興味深く拝読しました。娘さんの作文も捨てずに持っておられたんですね。記憶が鮮やかなのは唐辛子さんも日記魔だからかなと思いました。私もです。書く紙がなかったらレストランのナプキンにだって書くくらいです。
taeko -
お嬢様への最高プレゼント写真日記
唐辛子様 まるでドラマを読むごとき、うっとりとしました。
お嬢様の幼少期を通しての、さまざまな人とのふれあいを描いた素晴らしき写真日記です。
お嬢様はなんと幸せなのでしょうか。人々から沢山の愛情を注いでもらい、まだ書けない絵日記の代わりに、お母様(唐辛子様)が写真日記として残して下さいました。
本当に最高のお母様ですね。
質実な隣人の方が、娘さんの結婚パーティにあの有名なオリエンタルホテルへご招待してくれるとは、なんと粋な計らいでしょうか。
正にマレーにも純粋の江戸っ子がここに在りきです。感銘しました。
本当に吉永小百合さんに似ていますね。とすると隣のご婦人が・・つまり象にお乗りになっている白いブラウスのお方が蜜蜂様なのでしょうか。
正直にご返事しなくて結構ですよ。ナイスレディーであることは確かです。
お母様も97歳とはお元気ですね。このブログもお読みになれますか。さぞかし喜ばれていると思います。
またお母様の教育、躾が良かったから、今の才能豊かな唐辛子様が有りきですね。
この事、そっとお母様に耳打ちして下さいね。
今コロナよりアフガニスタンが心配でならない olive kenjiRe: お嬢様への最高プレゼント写真日記
olive kenjiさん
バンコク編、ミャンマー編とみてくださってありがとうございます。
>娘さんの結婚パーティにあの有名なオリエンタルホテルへご招待
紛らわしい書き方をしてしまいましたので書き改めました。
「お嬢さんの結婚パーティ」です。
はい、吉永小百合さんの隣のと象さんに乗ってる白いブラウスのがワタクシです。でも逢引きしようったってこの顔目当てにいらしたら永遠に会えませんよ。白髪の皺くちゃ婆ぢゃけ。
母はPCもスマホもしないし、しばらく会えていませんのでこのブログのことは知りません。はやくコロナ渦が終わってくれるといいんですけど。
アフガニスタン、中村哲先生の長年の奮闘が水の泡になるかと思うと・・・。
パキスタン北部も地続きなのでとても心配です。
唐辛子婆2021年08月22日22時03分 返信する -



