琉球熱さんのクチコミ(35ページ)全4,000件
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投稿日 2021年12月09日
総合評価:3.5
1863年、英国人ピアソン夫人が横浜居留地97番地に「サムエル・ クリフト支店」という洋服の仕立て屋を開店したのが、我が国の洋裁業の始まりだとか。
間近に元町・中華街駅の出入口がありますが、その壁面がちょっと凝った造り。よくよく見ると、これも「ビンセンド商会」という婦人服裁縫所の建物外観をイメージしたもの、という解説のパネルがはめ込まれています。
現在はマンションとなっている(以前はホテル)敷地に記念碑が立っています。
しかし自転車置き場と化しており、気にかける人もほとんどおらず、大変残念な状態です。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2021年12月04日
総合評価:4.5
この山手資料館は、お隣の山手十番館、向かいの外人墓地、1ブロック先の丘公園と併せて、異国情緒・文明開化のイメージを体現するような絶好のロケーションに建っています。
資料館のコンテンツよりむしろ、その外観と庭の風景こそがこの建物の魅力のような気がします。
1909年に建造された、横浜市内に残る唯一の「和洋併設型住宅」木造西洋館という蘊蓄はさておき、どこから見ても絵になる外観なので、歩道から眺めるだけでなく、是非敷地内に入って庭に配置されたガス燈や乳母車(!)・獅子頭共用栓等も見てみるべきでしょう。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 3.5
-
投稿日 2021年12月10日
総合評価:4.0
かつては旧外国人居留地と日本人街を区分する街路で、現在は官庁街、銀杏並木が有名です。
1866年に「豚屋火事」とばれる大火のあと、防火帯を兼ねて計画・整備されたもので、これが日本における近代街路の発祥地となりました。
設計者プラントンは、横浜公園や旧居留地地下水道など横浜の都市基盤整備に大きく貢献したイギリス人技術者です。
ただし、通りには「近代街路の発祥地」を示す記念碑らしきものはなく、「マカダム式舗装」という工法で造られたことに関する記述があるのみです。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2021年12月10日
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投稿日 2021年12月10日
総合評価:3.5
『ザンギリ頭をたたいてみれば文明開化の音がする』
誰でも知ってるこのフレーズ、しかし今の理髪業が横浜発ということを知っている人は多くはないのでは?ましてその記念碑が山下公園にあると・・・
山下公園には数えきれないほど足を運んでいますが、そんな記念碑があるとは最近まで知らず。
場所は岸壁側ではなく、車道側。いつも港を見ながら氷川丸の前を通っていたのでは、遭遇するはずもありません。
記念「碑」というより「像」、モアイ像のような石像です。目の部分に「ZANGIRI」、口の部分に「YOKOHAMA」と、実に斬新な(笑)デザインです。
1869年わが国初の日本人経営による「西洋理髪店」が横浜で開業されたことを記念して、神奈川県理容環境衛生同業組合が1989年に寄贈したものです。- 旅行時期
- 2021年11月
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年12月09日
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投稿日 2021年12月09日
総合評価:3.5
1870年に日本ではじめてのガス会社が、高島嘉右衛門によって設立されました。これを記念してガス灯とガス事業発祥の碑が建てられましたが、現在はなんと、小学校の敷地内です。(横浜市立本町小学校)
1872年、日本で最初のガス灯が馬車道で灯ったときのガスは、ここで作られたもの。そしてそのガス会社は、1875年に町内会に譲渡され「横浜市瓦斯局」となり、現在の東京ガスの前身となりました。
道路沿いに建ち、外からも見えるとはいえ、小学校の敷地内なので通用門をくぐって中に入る人はほとんどいませんが、立入禁止ではありません。(私は何も言われませんでした)- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2021年12月09日
総合評価:3.5
1869年にそれまで氷水店をしていた町田房蔵が初めて「あいすくりん」を売りました。これが日本におけるアイスクリームの事始めです。
日本人には馴染みがありませんでしたが、伊勢山の祭りで販売したところ、これが大うけ、大変に繁盛したそうです。
1976年日本アイスクリーム協会より、アイスクリーム発祥の地を記念して、寄贈されたのがこの「太陽の母子像」です。町田房造の「氷水店」があったのはこの向かい側となっています。
それにしてもアイスクリーム発祥とこの母子像、どう考えても結びつきません。聞くところによると、原材料のミルクから母・母乳・子供をイメージしたとのことですが、かなり無理があるでしょう。
道行く人でこれが「アイスクリーム発祥」を記念するものだとわかる人がいるでしょうか?- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年12月04日
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投稿日 2021年12月09日
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投稿日 2021年12月04日
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投稿日 2021年12月09日
総合評価:4.5
1874年にイギリスで始まったローンテニスが、1876年に横浜に伝わり、山手公園の中にテニスコートが2面つくられ、ここからテニスが全国に広まりました。
山手公園には現在もテニスクラブと市営テニスコートがあり、この記念館の外観は、クラブハウスとして使われている旧山手68番館とも大変調和がとれています。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2021年12月01日
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投稿日 2021年12月01日
総合評価:3.5
三国志で有名な将軍関聖帝君は後世、神格化され、関帝廟において崇拝の対象となっています。
現在の関帝廟の建物は四代目で、初代は1871年建立、関東大震災で倒壊。二代目は第二次世界大戦中の空襲で焼失し、三代目も1986年に原因不明の火災で焼失という、受難の歴史をたどっています。
構築部分のほとんどを中国から取り寄せ、多くの中国出身の大工職人によって再建されたのだそうです。
今日では一般的に金運の神様として崇拝されているそうですが、平日でも密が気になるほどの大賑わいでした。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2021年12月01日
総合評価:3.5
本町通りを歩いていて偶然見つけた銘版、『旧横浜市街電話局』とあります。だから?というわけで調べてみました。
このビルは、1929年に横浜中央電話局の局舎として逓信省が建てた横浜市認定歴史的建造物(2000年度認定)だそうです。
「横浜市外電話局」として長く利用されていましたが、NTTの移転を機に横浜市の施設として保存活用されることになり、2003年3月、横浜ユーラシア文化館、横浜都市発展記念館として、リニューアル・オープンしたという次第です。
横浜情報文化センターと隣接しており、中庭にも複数の遺構が展示されていますので、実は見どころ・見応えのある場所です。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年12月01日
総合評価:3.0
岡倉天心を知らない人にはどうでも良い碑ですが、「では、何を生業とした人?」と問われるとうまく答えられない…なので調べました(笑)
一言でいえば美術評論家であり、芸大設立にも尽力した人、日本の伝統美術の復興に貢献した人(かなりざっくりですが)。
1863年、現在は横浜市開港記念会館がある場所で生まれたことで、ここに記念碑が作られたというわけです。
ここで父が生糸商館の支配人を務めていて、多くの外国人が出入りする環境で育ち、自然と英語を身に付けたそうです。
谷中に岡倉天心記念公園があるので、てっきりそっちの生まれ・育ちかと思っていました。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年12月01日
総合評価:4.5
横浜情報文化センターは、日本新聞博物館(ニュースパーク)と放送ライブラリーからなる複合施設です。
放送ライブラリーでは、様々な企画展を開催しているので、時々チェックして興味のあるイベントに出かけてみるのも良いでしょう。
ニュースパークの「報道写真展」は毎年楽しみにしています。
横浜ユーラシア文化館、横浜都市発展記念館と隣接しており、中庭にも複数の遺構が展示されていますので、実は見どころ・見応えのある場所です。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2021年12月01日
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投稿日 2021年12月01日
総合評価:3.0
『ジャックの塔』の愛称で知られる「横浜開港記念会館」の正面入口左手に、「岡倉天心誕生の地」碑と並んで発祥の地碑が建っています。
1880年に横浜商工会議所の前身とも言える横浜商法会議所が町会所内に設置されました。これは、当時跋扈していた外国商人に対抗すべく、横浜商人の自立・結束を高める事が目的でした。
碑は商工会議所開設100周年を記念して1980年に建立されたものです。
横浜開港記念会館が耳目を集めるだけに、その傍らのコチラの記念碑はひっそりです。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年12月01日














































