sallyさんへのコメント一覧(31ページ)全335件
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実はチェコは・・・
sallyさんこんばんは
中欧の中でもチェコのことはあまり勉強していないので詳しくはないのですが、第二次世界大戦後、実はチェコではスターリンは結構人気があった時期があったんです。なので、スターリン像ができたころはスターリンがチェコに目を光らせる、というよりも愛着を持って接していた人も少なくなかったんです。
チェコは大戦中ナチスに占領され、ロンドンに亡命政権をベネシュが作って抵抗していたんです。しかし亡命政権は大戦後不人気だったんですね。ナチスに占領されている間、ロンドンに逃げて戦争が終わったら良い格好で帰国したので。しかもチェコスロバキアでは英国、フランス、アメリカに対して大変不信感を抱いてたんです。チェコスロバキアはナチスに占領されようとした時も、こうした西側は見て見ぬふりをしてチェコスロバキアを見殺しにしたんですね。それがいざチェコスロバキアで戦後初めての選挙になると、こうした国が共産国に流れないように支援をし始めたんです。ひどい話です。一方チェコスロバキアはソ連軍によりナチスと戦い東から徐々に解放されて行ったんですね。なので、チェコスロバキアは自ずとソ連親派になって行ったんです。実際に旧東欧圏では珍しく、選挙で共産党が第一党になったんです。
そこから党首のゴットヴァルトが粛清をしていき、完全な共産主義国へとなっていったんです。こうした流れも国民は受容していたんですね。このゴットヴァルトはスターリン主義者で、非共産主義者はもちろん、共産主義者の中でもスターリンを信奉しないものを粛清して行ったんです。こうした中、国民は徐々にそっぽを向け、1956年のフルシチョフのスターリン批判、そして1961年に廟に保存されたスターリンの遺体が撤去され、チェコでもスターリン主義の中央集権主義が結果を残さないので批判が相次ぎ、1962年にスターリンが撤去されてしまったんです。そしてすぐ後にスロバキア人のドプチェクが登場し、「人間の顔をした社会主義」を旗本に自由化を進め、1968年のプラハの春によるソ連による弾圧、そしてフサーク政権によるその反動の長期間に渡る共産主義が続きました。チャンチャン
worldspanRE: 実はチェコは・・・
worldspanさん、書き込みありがとうございます。
”な〜んにも知らないお気楽一見旅行者の見識で何を言う?”な旅行記で
(形容詞、長い?)お恥ずかしい限りです。でも、そんな旅行記でも興味深い
お話をしてくれる方がいらっしゃる事を、とても有難く感じております。
旅行記にあったスターリンについての私見は、消しました。
いや、わたし自身、書いてる時も、スターリン時代に生きたひとではない自分が、
”嫌われ者スターリンの像”って書けるのかな? と、気になってもいたのです。
言論の自由が保障された社会に、生まれた時からどっぷり浸っていられた自分には
わからない苦悩が、旧社会主義国の人たちあるんだろうな〜と思っているため、
安易にスターリンは全てにひとに嫌われていたと思ってしまった。
そんな背景があったとはツユ知らず。
自分が歩いた所を、さらに深く知ることを、旅後の楽しみとしています、
行った国のことをもっと色々知りたいなぁと、いつでも思っています。
ご感想、そして「実は・・・。」なツっこみコメント、これからも宜しく
お願いいたします。
ちょっぴり硬めな『まじレス』でした。
追伸:言語がわからないのであれですが、この像については、こんなビデオを
みつけました。
http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&v=jgfBkJY_n7U&NR=12012年10月21日16時02分 返信するRE: RE: 実はチェコは・・・
sallyさん
本当に独裁政権下では本音がしゃべることが許されないので、大変だと思います。
03年にシリアに行った時なんて、誰ひとりアサド大統領のことを悪く言いませんでしたもん。誰が秘密警察なのかわからないし、誰が垂れ込むのかわからないので、誰も本当のことを言えないんですよね、政治については。なので、シリアでは政治的言動には十分注意が必要で、それを守ればとても治安が良い国でした。そんな感じだったんだと思います、旧東欧圏は。一定の自由があったのは、カーダール率いるハンガリーとチトーのユーゴスラビアだけでしたから。
カーダールもナジが永世中立国かと民主化を失敗してソ連に処刑された(1956年のハンガリーの動乱)を見ているので、ソ連に付かず離れず信用を勝ち取り、コメコンの中でもソ連が許す範囲で民主的な要素を社会主義に注入してたからこそ、ハンガリー共産党は自ら独裁政権であることをいち早く止めたり、東ドイツの崩壊を助長させたりしたんです。
チェコスロバキアもあの歴史的に名を残すことになったハベル大統領やドブチェクの復権により(ドプチェクは謎の交通事故死を遂げるが)、フサーク政権を打倒することができませんでしたが、ハンガリーよりもだいぶ遅れてはいました。あ、あのビデオ拝見しました。なんか共産党のプロパガンダってう感じでしたね。でも興味深かったのは、プラハの街並みで、城がわでもあんな荒れた大地があったんだなー(戦争の影響??)とにはおどろかされました。
2012年10月21日21時07分 返信する東欧
worldspanさん、シリアに行かれた時の旅行記、再読させて頂きました。
親子2代に渡る国家運営、お父さんの時代はまだ良かったけれど、、、なんでしょうか。
本音は見えません。その頃からのくすぶりが今に至るのでしょうか? 昨年トルコに行って
人がとても良くて思い出深いので、ここのところの隣国シリアとの緊張関係は気になっています。
>ハンガリー共産党は自ら独裁政権であることをいち早く止めたり・・・
東欧と呼ばれた国々のそれぞれの工夫、ソ連共産党との距離感の保ち方があったのですね。
友人に学生のとき、休みになると東欧圏の国々をまわるコがいましたが、今になって
その興味や、そと目には厳しい時代にあっても、実際には住んでいる人の素朴さに、
やみつきになって毎回行っていたのかなと、わかるような気がしてきました。2012年10月22日20時38分 返信するRE: 東欧
旧東欧圏、所謂現在の中欧や現在東欧と言われる旧ソ連圏、そしてバルカン地域は西欧と比べると民族や言語の種類も多く、列強の狭間で翻弄され続けた国が多く、その反面、列強に同化することなく、今日まで行き続けてきたという民族の誇りがとても高いんです。
例えばチェコではハプスブルクの抑圧が厳しく、チェコ語の使用を禁じられた時期もあったんです。でもチェコ語は人形劇の中で行き続け、19世紀まで何とか維持されたんです。そしてパンスラブ主義がチェコやクロアチア、セルビアで叫ばれ、再び民族としての誇りを覚醒させ高揚したんです。こうした思いが、スメタナの「わが祖国」という曲につながり、ドボルザークの「スラブ舞曲集」の名曲へと繋がっていきました。
とはいえ、こうした意識が強すぎて、民族が混在する地域では紛争が頻発するようになったのも事実です。
ソ連の崩壊、そして「東欧」の崩壊と「中欧の復権(第二次世界大戦までは、こうした旧ハプスブルク圏は中欧とよばれ、ちゃんとツェントラルオイローパと定義付けられています)」による欧州への回帰、これは1989年から1991年に起こった事で、まだ自分が中学生から高校生の頃の事で、残念ながらSallyさんの友人のように当時を旅することができなかったんです。マジャール語の先生が偶々ハンガリーへの国費留学一期生だったので当時の話を聞いては、昔はこうだったんだろうなーって想像を膨らませたものでした。それでも1994から1996年の、旧東欧に訪れ、訪れる度に度に町が変わり、人がモダンになり、便利になっていく変遷を見ることができてとても勉強にもなりましたし、また共産主義の時代の匂いがプンプンする時代に旅ができて本当によかったなーと思います。西欧と比べ貧相ですし、不便でしたがでもとても楽しかったです。多分多分Sallyさんの友人もそのように思ってるのかもしれませんね。2012年10月24日08時26分 返信する言語。
worldspanさん、
1回読んでサラサラとは理解できなくても読んでいますよ。
>列強の狭間で翻弄され続けた国が多く、その反面、列強に同化することなく、今日まで行き続けてきたという 民族の誇りがとても高いんです
・・・民族を定義するものって、なんでしょうか。
>チェコ語の使用を禁じられた時期もあったんです
民族の定義は様々あるのでしょうけれど、その要素としての言語は大きいのではないかなーーーと たまに思ったりしています。
抑圧されてもその言語を使い続ける、それがとても長い長い間だったりする。それくらい、民族アイデンティとしての言語の役割は大きいのだろうなと思うのですが、どうなんでしょうね。
>また共産主義の時代の匂いがプンプンする時代に旅ができて
プンプン、ですか、想像もつきません。
>西欧と比べ貧相ですし、不便でしたがでもとても楽しかったです
物質文化じゃない、ってことなんでしょうか。
モノがなくてもそんなに不幸せじゃない、みたいな。
不便だけど楽しいなんて、いいですよね。
2012年10月25日21時01分 返信するRE: 言語。
sallyさん
こんばんは。
確かに言語の要素は大きいかもしれませんねー。でも同じ言語でも例えば、セルビア人とモンテネグロ人、ボスニアのムスリム人は同じセルビア語を話すんですん。でも国は違うし・・・。特にモンテネグロとセルビアは言語も、文字も、しかも宗教も同じなんです。でもお互いのアイデンティティは異なるんです。モンテネグロはオスマントルコがバルカン半島を席巻した時代でも独立した公国で有り続けた一方、セルビアはオスマントルコに占領され苦汁を舐めた歴史を歩んできてるんです。こうした歴史の違いもまた民族を分けている要素の一つになっているのかもしれません。チェコとスロバキアなんてのも、言語なんてほとんど変わらないですけど、これまで歩んできた歴史は全く違い、結局アイデンティティがことなっていたのかもしれません。そう考えたときに日本なんて、チェコ語とスロバキア語以上にかけ離れた方言があって、それこそヘタをすればお互いの方言を話した時にお互いの意思疎通なんてできないこともありうるのに、「日本人」としての思いは変わりません。もちろん明治時代から藩制度の名残のまま地方分権のまま教育をしていれば、「日本愛」という思いもあまり目覚めなかったのかもしれません。そう言う意味では明治維新後の日本の統一した教育の仕方というのはすごいなーって思います。2012年10月25日23時05分 返信するふぅーーーーーん。
『言語、自分が知っている最大限のこれがアイディンティティに大きく作用するんじゃないの?』を果敢にもバーンと投げてみましたが、そう物事は単純ではない、と。それは否定しないけど、でも、それだけではない、歴史も、そして「教育」も、ということですよね。
>特にモンテネグロとセルビアは言語も、文字も、しかも宗教も同じなんです。でもお互いのアイデンティティは異なるんです。
はぁーーーー。なんだかですね、最近、その旧ユーゴスラビアにすごく興味が出てきましたヨ。すごくすごく複雑ですが、色んな要素の見本市みたいな国々なんですね。(言葉が適切でなかったら失礼します)
ところで、今の日本で言えば、地方分権があったなんて信じられないですね。
2012年10月26日22時34分 返信する -
実はあれは・・・
sallyさん
こんばんは。
sallyさんが乗車したブルーとグレーの車両、実はMÁV(マーヴ)、ハンガリー国鉄の車両なんです。車両の横にMÁVと書かれていたと思います。ハンガリー国鉄もシーメンス製の車両で随分良い車両を持っているんです(なぜ私がハンガリー国鉄のふぉーローとしている??)。実際に以前パリ発ブダペスト行きのオリエントエクスプレス号(昔のオリエントエクスプレスとは全然違いますよ)は、ハンガリー国鉄の最新車両が導入されていたんです。でも写真で見る限りあまり新しそうではないですね・・・。ちなみにチェコの車両はČD(チェーデー)、緑と白色の車両なんですよー。
あ、あと発電所。あれは多分火力発電所だと思いますよ。横にたくさん煙突があって煙が出ていて、その横の大きな塔みたいなのは火力発電所の冷却炉なんです。あの形は原発にもありますが、火力発電所の冷却炉でも使われているんですよー。
あ、実際に調べてみると、チェコには原発は2つしかなく、モラビア地方と南ボヘミア地方、いわゆる仮想敵国の西側付近に作られているみたいです。そりゃそうですよね。ドイツ国境付近の発電所とはいえ、となりは元々東ドイツ、何かあったら汚染が同盟国に流れて行っちゃいますもんね。オーストリア付近であれば、汚染がオーストリアに流れてもコメコン諸国は痛くも痒くもないですし(チェコは痛いですが・・・)。RE: 実はあれは・・・
worldspanさん、書き込みありがとうございます。
(こんな恩知らずに・・・泣。加えて『フォロー』に入れて下さったりしたりして。)
コメントタイトルの『実はあれは・・・』シリーズ、今後もお願いします。
そんなご指摘、望んでました。
って、例によって前置き長いんですが。
まずは、あれは「火力発電所」だったんですねー。原子力のしくみも、これだけ
騒がれていて理解しようと数度トライしてあきらめた自分ですが、チェコの電力
事情、ではなくて、立てた当時の隣国との関係なんかを含めて教えて頂いて
興味深く読みました。
今回久しぶりに、ヨーロッパを列車で移動したのですが、移動してみて、日本の
県と県のような関係で、ものすごく影響しあっているんだなぁと思いましたし、
県境で道路の舗装がガラっと変わるように、国境といったって大きいもんでなく
(いや大きいんだろうけど)、人間がひいたものなんだよな、そこに変化がないはず
ないんだよな、みたいなことを思いました。うーん上手く言えないんですが。
それと、話が前後しますが、ブタペスト行きの列車はハンガリー国鉄のものだった
んですね。あれに乗って、日本の列車はいつも洗ってあるんだなぁというのも、今回
気付いたことです。そんな事、考えてみたこともなかったのに。
しかしこの色、ハンガリーの土地や空には似合う色なんでしょうね? 自動車も、その国の
空の色にあう色ですものね。 話はちょっと飛びますが、ジャガーの緑をイギリスで見た
ときにそれを強く思ったものです。ハンガリーにも行って見たいです。
(グラーシュって食べてみたい。)
長くなりますが、シーメンスは医療機器しか知らなかったので、へぇでした。
それでは、もうひとつの『実は・・・』を楽しく読みたいと思います。2012年10月19日19時32分 返信するRE: RE: 実はあれは・・・
シーメンスは医療機器でも有名だったんですね(補聴器は知ってましたけど)。逆にそのことを知りませんでした・・・。どちらかといえば、冷蔵庫やレンジといった家電からエレベーター、そして戦闘機(いまもつくってるのかな??)まで作っている、日本で言えば三菱のようなイメージがあります。その中でも鉄道業界ではシーメンスの車両は結構有名なんですよー!。ヨーロッパのシェアは多分一番ではないでしょうか。
あのハンガリーの車両は、個人的には好きな色なんですよー。ドイツのDBの車両は白色が基調じゃけー、汚れが目立つし、オーストリアはなんか日本の国鉄カラーのようですし・・・。落ち着いた感じがあった良いなーって思ってました。ちなみにいま自分が住んでいるのは大阪の貝塚市なんですが、そこを通る南海線の色はハンガリー国鉄のカラーとよく似ています(笑)。
自分も原子力発電には詳しくないんですが煙突から煙が出てたんで、多分火力発電所だろうなーって思ったんですよ。それと地理的にも東ドイツのホーネッカーが自国の近くに立てるなんて絶対許さないでしょうし・・・
2012年10月21日20時51分 返信するハンガリーの色。
シーメンスはそうですか、いわゆるコングロマリットってやつなんですね?
日本で言えば”三菱”ってわかりやすいです。シーメンスはMRIやCTなどの高額医療機器をドスンと売っている専門企業とばかり思っていました。
鉄道業界まで、、、本当に大きな会社なんですね。
>ハンガリーの車両は、個人的には好きな色なんですよー
ハンガリーは思い入れたっぷりで大好きな国なんですね。地元の電車のカラーリングが
似ているなんて、使う度、毎回ハンガリーに行きたくなって困っているのではないで
しょうか?
>ホーネッカーが自国の近くに立てるなんて絶対許さないでしょうし・・・
旧東独、ソ連ってなんだったのか興味あります。2012年10月22日20時16分 返信する -
白ソーセージ夜に食べましたよ。
毎回面白いコメントにニコッとしてる自分が変かも状態。
多分好みがあると思う白ソーセージ。
私はイマイチと思いました。
お湯に浸かって出てくる姿もね?でしたよ。
絶対この写真の方が美味しい。ビールもありますね。
でも、体験は必要ですので次回にチャレンジしてみてください。
楽しかった旅で良かったです。
私もほっこりできました。ありがとう。
え〜っ!?
夜に食べた(!?)、しかもイマイチ…だったなんて。
『バリっ、』 (・・・イメージが壊れた音)
ミュンヘン乗換え時間を”それをめぐる旅”に充てたのに。
(や、当初はそれほどでもなくて、ミュンヘンのテーマは
白ソーセージかなぁくらいに思っていたんです。でも、実際
探し始めたら案外見つからないから、余計にノってきちゃった
というのが、本当のところデス。)
rinnmamaさんは、ミュンヘンで召し上がったんでしょうか?
気になります。
お湯に浮いている・・・そうでした、わたしも雑誌で見ただけですが
水牛チーズのようにコロンと。ワハハh! 確かに実際見たら
食欲をそそられないかもしれません。(笑
2012年10月19日13時31分 返信する -
オオッぉぉ!ついにいかれたんですね!
sallyさん
こんばんは。
遂に旅行、実行にうつされたのですね(笑)。いかがでしたか??
ドレスデンにもいかれたんですね。私もドレスデンに入ったことがありますが、96年なので、16年も前の話です。まだ当時は東ドイツの匂いがプンプンして街は傷み、荒み、寂しい感じがしていました。今はザクセンの首都だった頃の嘗ての栄光を取り戻したかのような雰囲気ですね!
私が訪れた時とは、まるで雰囲気が異なり、同じ街には見えませんでした。
worldspan黒い町、だったんですね。
worldspanさん!!!
『”プラハ”と”ブタペスト”どちらがおススメでしょう?』に始まり
エクスペディアというサイトを教えて頂き・・・嗚呼それなのに、
お礼の書き込みをしていなかったなんて・・・。本当に失礼いたしました。
この旅も様々な4トラベラーさんにお世話になりましたもので
帰ってすぐに、それぞれにメールやら書き込みをさせて頂いたのに、
何故か(?)、worldspanさんが漏れていた。書いたつもりだったのに、
探してもないんです、、、。や、ウソじゃないんです、本当に。おかしいなー。
・・・例によって前置き長いんですが(笑。
本当にありがとうございました。そして本当に失礼いたしました。
> 私もドレスデンに入ったことがありますが、96年なので、16年も前の話で・・・
改めて”黒い町”(”そう、読んだ読んだこの旅行記”と思い出しながら
も、自分で行ってみて初めて身近に感じました)であったドレスデンの写真
をみて、目覚しい発展なのだろうなと感じました。当時は本当に黒々として
いることに驚きます。
ひとつも明るい部分が見出せないという印象と無機質な感じが漂う旅行記
に、当時の空気を感じました。
長くなって恐縮ですが、、、
”スロバキア政争”も読ませて頂きました。チェコとスロバキアに分かれた
背景みたいなものがちょっとだけ齧れた気がして勉強になりました。
またお邪魔させてください。
2012年10月17日20時33分 返信する -
2004年10月19日似た写真ありました
私は2004年10月19日に日光に行き、群馬の友達と会った時の
写真が同じ感じでした。
友達は群馬でペンションをしています。
友人が此処まで来てくれまして、私は日光から出向いたわけです。
華厳の滝の写真もありました。
懐かしくてアルバムを見返してみました。
こんな出会いもあるんですね。 -
これはおもしろそう!
sallyさん
おはようございます。
セグウェイ、面白そうですね!
日本では公道走行禁止なのでほとんどお目にかかれません。
まさか東欧の古都でこういうツアーがあるとは思いませんでした。
時差ボケでプラハの夕食食べ損ねたのが唯一の心残りーー?!
続編も楽しみですね。
norisaRE: これはおもしろそう!
norisaさん、感想寄せて頂きありがとうございまーす!
>日本では公道走行禁止なので、
そうなんですよね。日本って狭い国土できちんとルール作りされてるなと
らくちんセグウェイの恩恵を受けながら、反面そんなこと考えました。
ご覧のとおり、ツアーでのビール醸造所に寄っちゃったりもするんですが
『道路交通法とか、ないの?ないの?』と飲む前は日本人道徳が炸裂しま
したもん。「飲む前は」ですが(笑
調布の「女王はいずこに?」は、深大寺(違った)神代植物園だったのですね。
受粉についての「近親相姦」のくだり、わかりやすかったです。
やっぱりバラって難しいんですね、でも、その高貴な芳香はその育成の
困難さを全て忘れさせるんでしょうね。2012年10月14日07時50分 返信する -
初めまして
mistralと申します。
ドレスデンの旅行記拝見しました。
プラハから私たちは日帰りで行ってきましたが,十分な時間もなく,あまり予備知識もなく印象もうすい旅となってしまいました。
残念です。でもsally さんの旅行記でなんとなくわかったような・・・感じがしています。
プラハの旅行記,まだ更新途中です。
また訪問させていただきます。
2012年10月13日18時01分返信するRE: 初めまして
mistralさん、初めまして。
ほぼ同じ時期に同じ方面に行かれていた方からの書き込みって嬉しいです。
ありがとうございます。
>でもsally さんの旅行記でなんとなくわかったような・・・感じがしています
や、、、お止しになってくださいませませ、です。タイトルの通り、
滞在短く、時差ボケと格闘しながら、ほとんど”気合”と”勢い”で
歩いているのでゆっくりじっくり何かを見たという記憶が実はありませんでして、、、。
>プラハの旅行記,まだ更新途中です。
ゆっくり歩かれている様子が伝わって来ました。特にアールヌーボー建築巡り
の旅行記は、興味深く読みました。
カエルちゃんが窓際にあったり、草花、昆虫、そうだ、自然にある身近なも
ので表現できないものがないくらいなのがアールヌーボーだったんだなぁ等
と思い出しました。と同時に時間がないとアールヌーボーは楽しめないなと
も気付きました。
日本髪の女性、中央駅のファサードの、あれも素晴らしいですね。
更新、楽しみにしております。
2012年10月13日20時30分 返信する -
私もやってしまいました。
私もミュンヘンでやってしまいました。
番号を2回くらいやり駄目なので諦めてフロントへコール。
結構すぐ来てくれ、機械担当者も来てくれ無事オープン。
其れからは怖くて使用しませんでしたよ。
慌てますよね。それってやはり6ケタ、でしたか?
rinnmamaさん、Replyが遅れまして失礼しました。
何度かトライしたのに書き込めなかったんです。
ミュンヘンで同じトラブルを? それってやはり6ケタでしたか???
ドレスデンのホテルのセーフティボックス、
な〜んの説明書きもなくて、フロントに電話して聞いちゃった。
あれってどうやって使うの?と。
まさか6ケタとは。
6ケタって多いですよね。試しにやってたら閉まっちゃったんです。
さて、タイエリ峡谷鉄道。行ってみたいです。
黄色い鉄道、黄色いお花が咲き乱れ。ミモザだったら絶対に行きたい
と思いました。
話題が3つ目になりますが、今「ドレスデン逍遥」を読んでます。
面白いです。
2012年10月10日21時04分 返信するRE: それってやはり6ケタ、でしたか?いいえ、4ケタだったような?
>
> rinnmamaさん、Replyが遅れまして失礼しました。
> 何度かトライしたのに書き込めなかったんです。
>
> ミュンヘンで同じトラブルを? それってやはり6ケタでしたか???
)>お恥ずかしいですが忘れました。
)>多分4ケタです。メディリアンは各地で泊まってますが
)>初めて失敗。風邪気味で疲れて間違っただけだと思います。
>
> ドレスデンのホテルのセーフティボックス、
> な〜んの説明書きもなくて、フロントに電話して聞いちゃった。
> あれってどうやって使うの?と。
> まさか6ケタとは。
>
> 6ケタって多いですよね。試しにやってたら閉まっちゃったんです。
)>私は試しには何もいれずに、何回か挑戦してからいれます。
)今回は相棒がいたのでネ、油断してしまいました。
)>一人旅のときは特に。良い経験と思いましょうね。
>
>
> さて、タイエリ峡谷鉄道。行ってみたいです。
> 黄色い鉄道、黄色いお花が咲き乱れ。ミモザだったら絶対に行きたい
> と思いました。
)>残念ながらミモザではありません。
)>日本でたとえるなら、春先に野原咲いている雑草みたいな花です。
>
> 話題が3つ目になりますが、今「ドレスデン逍遥」を読んでます。
> 面白いです。
どなたの作ですか?
私も探して読んでみます。情報有難う。
朝晩だいぶ涼しくなってきました。お気をつけてね。
>2012年10月11日10時40分 返信する本。
・・・でしたか、4ケタでしたか。
6ケタってなんだったんだろう? 念には念を、蛇口も硬いし、
やることも硬い、が、ドイツ風? とか。
さて、
『ドレスデン逍遥』はこちらです。
URL貼っておきます。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%87%E3%83%B3%E9%80%8D%E9%81%A5%E2%80%95%E8%8F%AF%E9%BA%97%E3%81%AA%E6%96%87%E5%8C%96%E9%83%BD%E5%B8%82%E3%81%AE%E7%A0%B4%E5%A3%8A%E3%81%A8%E5%86%8D%E7%94%9F%E3%81%AE%E7%89%A9%E8%AA%9E-%E5%B7%9D%E5%8F%A3-%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%B3%E6%83%A0%E7%BE%8E/dp/4794214669/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1349958342&sr=8-1
本といえば、rinnmamaさんの旅行記でもチラっと触れられて
いましたが『プラハの春』、わたしも旅前に読みました。
あの主人公で外交官のリョウが働いていた日本大使館、
今でも恐らくその時代頃のままでは? という古さでしたヨ。
このあとの旅行記で載せます。では。2012年10月11日21時33分 返信するRE: 本。購入しますね。
>有難うございます。
早速購入してみます。本は好きではないのですが、
相方には良いと思いますので。彼は大好きなので。
では、ブログで大使館見てみますね。
> ・・・でしたか、4ケタでしたか。
> 6ケタってなんだったんだろう? 念には念を、蛇口も硬いし、
> やることも硬い、が、ドイツ風? とか。
>
> さて、
>
> 『ドレスデン逍遥』はこちらです。
> URL貼っておきます。
> http://www.amazon.co.jp/%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%87%E3%83%B3%E9%80%8D%E9%81%A5%E2%80%95%E8%8F%AF%E9%BA%97%E3%81%AA%E6%96%87%E5%8C%96%E9%83%BD%E5%B8%82%E3%81%AE%E7%A0%B4%E5%A3%8A%E3%81%A8%E5%86%8D%E7%94%9F%E3%81%AE%E7%89%A9%E8%AA%9E-%E5%B7%9D%E5%8F%A3-%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%B3%E6%83%A0%E7%BE%8E/dp/4794214669/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1349958342&sr=8-1
>
> 本といえば、rinnmamaさんの旅行記でもチラっと触れられて
> いましたが『プラハの春』、わたしも旅前に読みました。
>
> あの主人公で外交官のリョウが働いていた日本大使館、
> 今でも恐らくその時代頃のままでは? という古さでしたヨ。
>
> このあとの旅行記で載せます。では。2012年10月11日23時05分 返信する -
弾丸トラベラーで見た所かなー
ここに行ってみたいんです。
良いですよねー。
念じていれば行けますので、頑張りますRE: 弾丸トラベラーで見た所かなー
え、弾丸でやったんでしょうかーーーー?
(最近、そのTV見ていない。「世界行ってみたらこんなとこだった」
に乗換えてしまっていて・・・ウカツだった。泣!)
”断崖絶壁”好きならアラン諸島なんてドンピシャかもしれませーん。
see you.2012年09月01日15時45分 返信するRE: RE: 弾丸トラベラーで見た所かなー
>
> え、弾丸でやったんでしょうかーーーー?
> (最近、そのTV見ていない。「世界行ってみたらこんなとこだった」
> に乗換えてしまっていて・・・ウカツだった。泣!)
>>>多分、少し前ですよ。
>>>断崖絶壁ですごいなーと、記憶にあります。
>
> ”断崖絶壁”好きならアラン諸島なんてドンピシャかもしれませーん。
>>>行きたいんです。
>>行きたいんです。ダブリンも。
>>>次回UKに行ったら、決行します。では、また
> see you.2012年09月01日17時32分 返信する -
はじめまして
sallyさん
投票いただきありがとうございます!
自分の旅行記に共感してくださる方がいるってこと、
とっても励みになります。
sallyさんのU2ゆかりの地をめぐるアイルランドの旅に
反応してしまいました。
夫がアイルランド音楽が大好きで
近い未来に行きたいねって話していることや、
親しい友人たちがU2の大ファンであることで
(コンサートのためにラスベガスまで行ってしまうほどで!)
何だかとてもありがたい旅行記だな〜って思ってます。
実際に行くときには相談など!?
させてもらうことがあるかもしれません!
これからもどうぞよろしくお願いします♪
2012年08月17日23時01分返信するRE: はじめまして
なにやら口の中が酸っぱい感じとおもったら、お名前の文字面からどうも喚起されてしまうようです、ユニークなお名前ですね。
書き込み有難うございます、改めて初めまして。
モスクワ1996の旅行記読みました。
まさしくその通りでした。「ブリキのおもちゃか?」と突っ込みたくなる機内、それとわかる「つなぎ目」。え、つなぎ目って何、ですよね?!
そうそ、シートが”超薄”で、「バスのシートより酷い」とはアエロ御用達学生うちでは よく言ってました。
お話前後しますが、アイルランド旅行記を読んでいただきありがとうございます。
(なぜか、このちょっと暗い内省的な記録の感想を寄せてくれる方が多いんですよね。)
アイルランド音楽もU2もいいですよね。
行ってみると土地の匂いがすごくする音だなぁと感じるのではないでしょうか。
わたしは3月に行って失敗したけれど、夏は超気持ちいいみたいです。
曇りの少ない季節に旅立てるとよいなと思います。ちょっと内に秘めた
みたいな感じが、その気候にも人にも、ウィスキーのアロマにも感じる気がします。
2012年08月18日15時58分 返信するRE: RE: はじめまして
ふふ、酸っぱい感じの梅干し純です。
胃の弱いわたしにとって
梅干しタブレットは長旅の友でして(笑)
ブリキのおもちゃ、っていう表現、まさに当てはまりますね。
そうそう!つなぎ目です!
あれ、言いようのない不安感を覚えるんですよね。
つなぎ目のショックせいか、
シートが極薄だったこと、実はあまり記憶にないのですが…!
アイルランドの空気感、味わってみたいですね。
確かに見ていると冬は寒そうなので、夏に
気候ってその地方の人々の性格にも影響するんでしょうね。
なんとなく湿めっ気があるようなあの感じ…
ちょっと地方はズレてしまうのですが、
「イリュージョニスト」というアニメ映画中の、
スコットランドの田舎の風景や空気感が
私の中での何となくアイルランドのイメージになってます。
いずれにしても、実際に行って感じてみねばわかりませんね!
トルコにも旅してらっしゃるんですね。
かく言うわたしも15年ほど前に行きました。
おそらく同じ地区のホテルに泊まったからか(?)
ホテルから見るアヤソフィアやブルーモスクの風景、
なつかしく思い出しました。
では♪2012年08月21日12時02分 返信するトルコ、変わりましたか?
>梅干しタブレットは長旅の友でして(笑)
あ、そうなんですね、胃腸の関係でそのようなネーミング、と。
私も胃腸弱なんですが、わたしの旅の友はヤクルト君です。
酸っぱいの苦手でしたが、純さんのみてると海外て梅干っていいかも
と思えてきたりしてます、字面のみでパブロフ化してしまうあたり
案外、梅干好きなのかも、、って言っているそばから。。。
>スコットランドの田舎の風景や空気感が
そうですよね、きっと。スコットランドって行ったことないけれど
ウィスキーが伝来して今ではスコッチの方が世界的に有名だけれど
気候風土は似ていそうですよね。民族も元は一緒?だったような。
>トルコにも旅してらっしゃるんですね。
そうなんです! トルコは人が面白すぎて、旅行後半年くらいトルコ
関連本読みまくってました。
15年前ですとそれからずいぶん変わっていそうですよね。
その頃の方がずっと素朴なんだろうな〜、まだEUに手上げしていない頃か
手上げした頃で、その頃行くなんてマニアック〜っ!!でしたでしょう?
今はもうトレンド(って言い過ぎ?)気味でさえありますが。この10年で
また経済がグンとなんでしょうね、オリンピックinイスタンブルも夢では
ないかも。
2012年08月22日19時49分 返信するRE: トルコ、変わりましたか?
ヨーグルト、いいですね〜。
トルコでは困らなかったのでは(笑)?!
いや〜、、梅干し純の方はかなり酸っぱいですよ、ふふふ。
と言ってるそばからよだれが…(笑)
原料が梅と塩だけなので、酸っぱいのは苦手な方にはキツイかもです!
トルコですが、sallyさんの旅行記や他の方の旅行記などの写真も見ていると
道路やトラム、トラムの駅などが
随分新しくなったな〜という印象ですね。
東洋と西洋が衝突した土地という歴史とあの空気感が大好きです!
写真たくさん載せていらっしゃるのでとても楽しかったです♪
15年前でもかなり旅行者いましたよ。
バックパッカーが多かったような?
というかそういう人としか接する機会がなかったからだと思いますが(恥)
5年ほど前のことですが
新宿にあるトルコ食材店のおばちゃんが
すごく発展したから是非また旅行に行ってね!と言ってました。
民主国家ですしインフラなどもかなり良くなっているんでしょうね。
イスタンブールでオリンピック、東京とライバルとはいえ、
ずっと魅力的な響きですよね…!!
あ〜また行きたい!2012年08月29日00時58分 返信する会いたくなる人たちがいる国。
純さん(って、勝手に略す)、旅行記読んで頂き、感想まで寄せていただいて
嬉しいです、ありがとうございます。
>道路やトラム、トラムの駅などが
>随分新しくなったな〜という印象ですね。
そうなんですね、そういう移り変わりを知るとなんか嬉しいような
ちょっと寂しいような気がしませんか?
わたしにとってはそれはダブリンの街です。
なんかちょっと垢抜けちゃって(でもないか)とヒネくれちゃいますね
発展しちゃうと。(なんだそれ、かもしれませんね笑)
>トルコ食材店のおばちゃんが
>すごく発展したから是非また旅行に行ってね!
そうか〜、トルコ人自身も感じる経済発展度でしょうね〜。
ほんとまた行きたくなる国、会いたくなる人たちですよね。
わたしも行きたくなっちゃいました!
よかったらまた旅行記に寄って下さいませ〜。
2012年09月01日15時41分 返信する



