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<br />プラハ滞在は2日半。<br /><br />眺めのよい高台の方へ行くのは、時間もないし、タクシーに乗って行ったとしてもボラれそうで面倒だから今回は諦めようかなーと考えていた矢先、知りました<br /><br />”Segway”というエキサイティングな乗り物のツアーがあることを。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />========================================================<br />Prague Segway Tours &quot;プラハ・セグウェイツアーズ”<br />http://www.prague-segway-tours.com/en/<br />Group segway tours (3Hours) :1500Czk (59Euro)<br /><br /><br /><br />========================================================<br />◇0921Sat. 09:45NRT-14:20FRA フランクフルト乗継<br />        16:25FRA-17:25DRS ドレスデン着  【ドレスデン泊】<br />◇0922Sun. ドレスデン街歩き+VW工場見学 【ドレスデン泊】<br />◇0923Mon. AM:09:08ドレスデン中央駅⇒11:24プラハ本駅(鉄道)<br />◆0923Mon. PM:プラハセグウェイツアー(3h)  【プラハ泊】<br />◇0924Tue. プラハ城+旧市街広場周辺街歩き+4重奏コンサート【プラハ泊】<br />◇0925Wed. カレル橋+ハヴェルスカ市場+シナゴーク散策 <br />        17:10PRG-18:05MUC ミュンヘン乗継<br />        21:00MUC-<br />◇0926Thr. 15:25NRT 成田着<br />

やってよかったセグウェイ in プラハ!_ドレスデン・プラハ正味4日間の旅_3日目p.m.

27いいね!

2012/09/23 - 2012/09/23

736位(同エリア4527件中)

旅行記グループ 2012_ドレスデン&プラハ

13

30

sally

sallyさん


プラハ滞在は2日半。

眺めのよい高台の方へ行くのは、時間もないし、タクシーに乗って行ったとしてもボラれそうで面倒だから今回は諦めようかなーと考えていた矢先、知りました

”Segway”というエキサイティングな乗り物のツアーがあることを。









========================================================
Prague Segway Tours "プラハ・セグウェイツアーズ”
http://www.prague-segway-tours.com/en/
Group segway tours (3Hours) :1500Czk (59Euro)



========================================================
◇0921Sat. 09:45NRT-14:20FRA フランクフルト乗継
        16:25FRA-17:25DRS ドレスデン着  【ドレスデン泊】
◇0922Sun. ドレスデン街歩き+VW工場見学 【ドレスデン泊】
◇0923Mon. AM:09:08ドレスデン中央駅⇒11:24プラハ本駅(鉄道)
◆0923Mon. PM:プラハセグウェイツアー(3h)  【プラハ泊】
◇0924Tue. プラハ城+旧市街広場周辺街歩き+4重奏コンサート【プラハ泊】
◇0925Wed. カレル橋+ハヴェルスカ市場+シナゴーク散策 
        17:10PRG-18:05MUC ミュンヘン乗継
        21:00MUC-
◇0926Thr. 15:25NRT 成田着

旅行の満足度
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
30万円 - 50万円
旅行の手配内容
個別手配
  • 12:30頃<br /><br />プラハ本駅で乗ったタクシーがホテルに到着。<br />降りるときに300じゃ足りないって言い出すんじゃないかと、”その場合の対応”をあれこれ考えてましたが、お会計はキッチリ300Kcで済みました。<br /><br />メータはなかったような。「言い値で走るタクシー」なんでしょうか。<br /><br />ホテルは、ここ「UNITAS」、向かいは警察です。<br />

    12:30頃

    プラハ本駅で乗ったタクシーがホテルに到着。
    降りるときに300じゃ足りないって言い出すんじゃないかと、”その場合の対応”をあれこれ考えてましたが、お会計はキッチリ300Kcで済みました。

    メータはなかったような。「言い値で走るタクシー」なんでしょうか。

    ホテルは、ここ「UNITAS」、向かいは警察です。

  • <br />ホテルに荷物を預けて、トラムで ”セグウェイツアーズ− Segway Tours−”に向いました。<br /><br /><br />ツアー予約は、14:00です。<br /><br /><br />


    ホテルに荷物を預けて、トラムで ”セグウェイツアーズ− Segway Tours−”に向いました。


    ツアー予約は、14:00です。


  • <br />オフィスで、セグウェイの『こんな乗り方はやめてね』のビデオを見たあと、10分ほど練習して、Go!<br /><br /><br />「やっば〜い、わたし運動能力ゼロだった〜、人にぶつかったらどうしよ〜!」 <br /><br /><br />乗ってすぐ、不安の渦に巻かれる。。。<br /><br />


    オフィスで、セグウェイの『こんな乗り方はやめてね』のビデオを見たあと、10分ほど練習して、Go!


    「やっば〜い、わたし運動能力ゼロだった〜、人にぶつかったらどうしよ〜!」 


    乗ってすぐ、不安の渦に巻かれる。。。

  • <br /><br />が、二つ目のポイントあたりで写真が撮れたりするようになっていたりする。<br /><br /><br /><br />蛍光イエローのお兄さんがマルセルさん(だったと思う。)、ガイドです。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />※後日、確認したらマルセルさんではなく、”マーティン<br />Martin さん”でした。<br /><br /><br /><br />



    が、二つ目のポイントあたりで写真が撮れたりするようになっていたりする。



    蛍光イエローのお兄さんがマルセルさん(だったと思う。)、ガイドです。







    ※後日、確認したらマルセルさんではなく、”マーティン
    Martin さん”でした。



  • <br />もうひとりのガイド、Michealさんです。<br /><br /><br />ツアー客は全部で7人。<br /><br /><br />ガイドは前と後ろに2人付くんですって、危険だから。<br /><br /><br />私は一番後ろを付いて行ったけど、このマイケルさん(君?)<br />が、何かと話しかけてくれて退屈しなかった。<br /><br /><br />


    もうひとりのガイド、Michealさんです。


    ツアー客は全部で7人。


    ガイドは前と後ろに2人付くんですって、危険だから。


    私は一番後ろを付いて行ったけど、このマイケルさん(君?)
    が、何かと話しかけてくれて退屈しなかった。


  • <br /><br />最初はひとの少ない&眺めのよい『ペトシーンの丘』を回ります。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />この石門は『Hunger Wall−飢えの壁』と呼ばれる壁の一部。<br /><br /><br />その昔、飢饉に苦しんだ臣民を救う為にこの壁を作らせる代わりに、王の食料庫から食べ物を分け与えたという逸話のある壁です。<br />



    最初はひとの少ない&眺めのよい『ペトシーンの丘』を回ります。







    この石門は『Hunger Wall−飢えの壁』と呼ばれる壁の一部。


    その昔、飢饉に苦しんだ臣民を救う為にこの壁を作らせる代わりに、王の食料庫から食べ物を分け与えたという逸話のある壁です。

  • <br /><br /><br />右側の緑が入りすぎたけど、プラハ城。<br /><br /><br /><br />・・・ヘタだな、写真。




    右側の緑が入りすぎたけど、プラハ城。



    ・・・ヘタだな、写真。

  • <br /><br />ツアーご同行は男性ばかり6名のグループ。<br /><br /><br />どこから来たひとたち? ドイツ語を話しているみたいに聞こえる。<br />”ドレスデンだったら行ったよ!”って話しかけてみたいけど、<br />まだそんな余裕ナシ。<br /><br /><br />この頃はまだ、セグウェイに慣れてないこともあってか、ガイドの<br />冗談にも、みんな反応「薄っ」だった。<br /><br /><br />このツアーどうなるんだろ?、3時間ツアーって長かったかな。<br /><br />ラクチンだからまぁいいか。



    ツアーご同行は男性ばかり6名のグループ。


    どこから来たひとたち? ドイツ語を話しているみたいに聞こえる。
    ”ドレスデンだったら行ったよ!”って話しかけてみたいけど、
    まだそんな余裕ナシ。


    この頃はまだ、セグウェイに慣れてないこともあってか、ガイドの
    冗談にも、みんな反応「薄っ」だった。


    このツアーどうなるんだろ?、3時間ツアーって長かったかな。

    ラクチンだからまぁいいか。

  • <br /><br /><br />ペトシーンの丘にある展望台。<br /><br /><br />このあたりは、プラハのデートコースだそうです。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />




    ペトシーンの丘にある展望台。


    このあたりは、プラハのデートコースだそうです。











  • <br /><br /><br />こんな景色をふんだんに見ることができます。<br /><br />




    こんな景色をふんだんに見ることができます。

  • <br /><br />『ダンシングビル』も見ることができました。



    『ダンシングビル』も見ることができました。

  • <br />黒ビール旨〜っ!<br /><br />この1杯がツアーを変えました。<br /><br />寡黙だった”6メンズ”が一変、陽気になって。<br /><br />いちばん背の高い人が、&quot;外交代表”らしく話しかけてきました。<br /><br />『どこから来たの?』<br /><br />(お、待ってたよ、そんなアプローチ。)<br />


    黒ビール旨〜っ!

    この1杯がツアーを変えました。

    寡黙だった”6メンズ”が一変、陽気になって。

    いちばん背の高い人が、"外交代表”らしく話しかけてきました。

    『どこから来たの?』

    (お、待ってたよ、そんなアプローチ。)

  • ちなみに、<br />このビール醸造所はツアーのポイントではありません。<br /><br />ガイドさんが、ノリの悪いメンズ(・・・だけでなく、ひょっとして私も含むのか?) に気を遣ったのか、<br /><br />『近くにビール醸造所あるけど、寄りましょうか?』と。<br /><br /><br /><br />※<br />ここは、ストラホフ修道院の敷地内にあるKlastem Pivovar Stahov−クラステム・ピヴォヴァル・ストラホフ−でした。後で知りました。<br />

    ちなみに、
    このビール醸造所はツアーのポイントではありません。

    ガイドさんが、ノリの悪いメンズ(・・・だけでなく、ひょっとして私も含むのか?) に気を遣ったのか、

    『近くにビール醸造所あるけど、寄りましょうか?』と。




    ここは、ストラホフ修道院の敷地内にあるKlastem Pivovar Stahov−クラステム・ピヴォヴァル・ストラホフ−でした。後で知りました。

  • <br />メンズは、フィランドから来たんですって。それにしても男性ばかり6人。<br /><br />「どんな関係なの?」<br /><br />「奥さんたちが友人どおしで毎年旅行に行くから、その間、自分たちも<br />こうして集まってどこかへ行くのさ。」と明快に答えてくれました。<br /><br />「奥さんっていっても、オレんとこは前のだけどね」<br /><br />(・・・聞いてないから。)<br /><br />ちょっとチャビーなそのおじさんは、それをきっかけに何度か写真をお願いしたんだけど、色々と”独自”の角度で撮ってくれていたようで、後で見て大ウケでした。<br />


    メンズは、フィランドから来たんですって。それにしても男性ばかり6人。

    「どんな関係なの?」

    「奥さんたちが友人どおしで毎年旅行に行くから、その間、自分たちも
    こうして集まってどこかへ行くのさ。」と明快に答えてくれました。

    「奥さんっていっても、オレんとこは前のだけどね」

    (・・・聞いてないから。)

    ちょっとチャビーなそのおじさんは、それをきっかけに何度か写真をお願いしたんだけど、色々と”独自”の角度で撮ってくれていたようで、後で見て大ウケでした。

  • <br /><br /><br />プラハ城の正門前。




    プラハ城の正門前。

  • <br /><br /><br /><br />セグウェイ、物理的に視点が高くなるところも、写真撮りやすいしちょっといい。<br />





    セグウェイ、物理的に視点が高くなるところも、写真撮りやすいしちょっといい。

  • <br />今思えば、どこまわったのかよく思い出せず。<br /><br /><br /><br />ビール『後』から、<br /><br /><br />”まぁ楽しいから何んでもいいや。”になってしまった。


    今思えば、どこまわったのかよく思い出せず。



    ビール『後』から、


    ”まぁ楽しいから何んでもいいや。”になってしまった。

  • <br />確か・・・、 ”スターリンのなんとか”。<br /><br /><br /><br />みんな、ツアーの最後の頃には、あんまりガイドの話を真剣には聞かなくなってくる。(って、あたしもか。) <br /><br />それに自在に動けるようになってるから、ちょこっと目を話すとチョロチョロと・・・。<br /><br /><br /><br /><br />ガイドも大変だろうなぁ。<br /><br /><br /><br /><br />


    確か・・・、 ”スターリンのなんとか”。



    みんな、ツアーの最後の頃には、あんまりガイドの話を真剣には聞かなくなってくる。(って、あたしもか。) 

    それに自在に動けるようになってるから、ちょこっと目を話すとチョロチョロと・・・。




    ガイドも大変だろうなぁ。




  • <br />『メトロノーム』なんですって、これ。<br /><br />(そういや、そんな事言ってたか、ナ?)<br /><br /><br />ソ連の衛星国時代、ここには『世界最大のスターリン像』(これ↓)があったそう。<br />http://en.wikipedia.org/wiki/Stalin_Monument_(Prague)<br /><br />像はこの台座部分だけを残して1962年に取り壊され、幾つかの変遷を経て、今はこの現代アート(なのか?)があって、スケボー少年なんかが集まる広場でもあるらしい。<br /><br />実は、今調べて知ったんですが、大切なチェコの歴史だと思うんで、触れときます。場所はレトナー公園です。<br /><br /><br />


    『メトロノーム』なんですって、これ。

    (そういや、そんな事言ってたか、ナ?)


    ソ連の衛星国時代、ここには『世界最大のスターリン像』(これ↓)があったそう。
    http://en.wikipedia.org/wiki/Stalin_Monument_(Prague)

    像はこの台座部分だけを残して1962年に取り壊され、幾つかの変遷を経て、今はこの現代アート(なのか?)があって、スケボー少年なんかが集まる広場でもあるらしい。

    実は、今調べて知ったんですが、大切なチェコの歴史だと思うんで、触れときます。場所はレトナー公園です。


  • <br /><br />これです。<br /><br /><br />”世界最大の”スターリンモニュメント。<br /><br /><br />台座が変わっていないことがわかります。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />(上のリンクは上手く飛ばないので、貼っちゃいました。)<br />



    これです。


    ”世界最大の”スターリンモニュメント。


    台座が変わっていないことがわかります。









    (上のリンクは上手く飛ばないので、貼っちゃいました。)

  • <br />たしか、カフカ博物館前。<br /><br /><br />ご同行の皆さん。<br />ジーンズ、黒ジャンパーそしてサングラス。なぜかお揃い。<br /><br /><br />左のオブジェは放尿する男性。<br /><br /><br />・・・プラハの現代アート、ワケわからん。<br />


    たしか、カフカ博物館前。


    ご同行の皆さん。
    ジーンズ、黒ジャンパーそしてサングラス。なぜかお揃い。


    左のオブジェは放尿する男性。


    ・・・プラハの現代アート、ワケわからん。

  • <br />ここはなんの建物だったろうか・・・ <br /><br />(ルドルフィヌム、でした)<br /><br />ツアー終盤、ここで「チェコ民主化がならないことに失望して身を火に投じた若者、ヤンパラフ」の話に触れた。<br /><br />『彼はどんなことを思い亡くなったんだろう』<br /><br />亡くなった彼と同じ年頃に思われるマーティンさんの言葉に、思わずジーンとしてしまった。<br />


    ここはなんの建物だったろうか・・・ 

    (ルドルフィヌム、でした)

    ツアー終盤、ここで「チェコ民主化がならないことに失望して身を火に投じた若者、ヤンパラフ」の話に触れた。

    『彼はどんなことを思い亡くなったんだろう』

    亡くなった彼と同じ年頃に思われるマーティンさんの言葉に、思わずジーンとしてしまった。

  • <br /><br />狭い道、向こうからこんな大きな車が来ても、もう大丈夫。<br /><br /><br />みんなヒュンヒュンです。



    狭い道、向こうからこんな大きな車が来ても、もう大丈夫。


    みんなヒュンヒュンです。

  • <br />ガイドのマーティン君のマシン、途中でバッテリ切れ。<br /><br /><br />重いんだろうな、オフィスの女性を呼んで引っ張っていく。<br />っていっても、女性には持たせないけど。<br /><br /><br />”あのふたり、付き合ってんのか?”<br /><br /><br />・・・なんてツッコミは不要ですね。<br /><br /><br /><br />


    ガイドのマーティン君のマシン、途中でバッテリ切れ。


    重いんだろうな、オフィスの女性を呼んで引っ張っていく。
    っていっても、女性には持たせないけど。


    ”あのふたり、付き合ってんのか?”


    ・・・なんてツッコミは不要ですね。



  • <br />戻りました”プラハセグウェイツアーズ”!<br /><br /><br />自分のマシンとさよならするのが寂しいくらい、楽しかった。また乗りたい!<br /><br /><br />フィンメンズと握手でお別れ。<br /><br /><br />ビールもご馳走になってしまいました。<br /><br />


    戻りました”プラハセグウェイツアーズ”!


    自分のマシンとさよならするのが寂しいくらい、楽しかった。また乗りたい!


    フィンメンズと握手でお別れ。


    ビールもご馳走になってしまいました。

  • <br />ところで、<br /><br />このセグウェイツアーズの事務所のすぐ隣が、わが国日本の大使館です。<br /><br />そんな土地柄だけど、確か「日本人の参加は久しぶりなのよね」って事務所の女性に言われた気がする。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />しっかしこの大使館、ショぼいなぁ。(ごめんよ〜正直で)<br /><br />小説「プラハの春」の春江一也氏が働いていたのは、ここって事だよね? うーん、当時のまま使っている由緒ある建物という言い方もできなくはないけれども。<br /><br />


    ところで、

    このセグウェイツアーズの事務所のすぐ隣が、わが国日本の大使館です。

    そんな土地柄だけど、確か「日本人の参加は久しぶりなのよね」って事務所の女性に言われた気がする。










    しっかしこの大使館、ショぼいなぁ。(ごめんよ〜正直で)

    小説「プラハの春」の春江一也氏が働いていたのは、ここって事だよね? うーん、当時のまま使っている由緒ある建物という言い方もできなくはないけれども。

  • <br /><br />来たトラムでホテルへ帰ろうと、22番を待ったのだけれど、来ないので歩いて帰った。<br /><br /><br /><br />軍隊橋を渡ってすぐの国立劇場は改修中。<br /><br /><br /><br /><br /><br />



    来たトラムでホテルへ帰ろうと、22番を待ったのだけれど、来ないので歩いて帰った。



    軍隊橋を渡ってすぐの国立劇場は改修中。





  • <br />歩いて20分くらいかかったかなー。<br /><br />この日は日曜なんだけど、人がめちゃめちゃ溢れていて。<br /><br />そんな中で、ワインの瓶を片手にフラフラ歩くひとや、何か粉状のお薬を飲みあっていらっしゃる方々(若者)を見かけて、「怖いなぁ〜昼間から〜」と思ってしまったよ。それに落書きが多いのが、残念だ。<br />


    歩いて20分くらいかかったかなー。

    この日は日曜なんだけど、人がめちゃめちゃ溢れていて。

    そんな中で、ワインの瓶を片手にフラフラ歩くひとや、何か粉状のお薬を飲みあっていらっしゃる方々(若者)を見かけて、「怖いなぁ〜昼間から〜」と思ってしまったよ。それに落書きが多いのが、残念だ。

  • <br />ホテルに戻ったら、急にドーンと疲れが出た。<br /><br />セグウェイで普段使わない筋肉使ったからか。<br />”あー、使わなくていい膝を使っちゃてたんだなー。ただ立って、そのままの姿勢で乗れって言われてたのになぁ〜〜〜。”<br /><br /><br />お顔のパックをしたまま、いつのまにか爆睡・・・ZZZZZ。


    ホテルに戻ったら、急にドーンと疲れが出た。

    セグウェイで普段使わない筋肉使ったからか。
    ”あー、使わなくていい膝を使っちゃてたんだなー。ただ立って、そのままの姿勢で乗れって言われてたのになぁ〜〜〜。”


    お顔のパックをしたまま、いつのまにか爆睡・・・ZZZZZ。

  • <br /><br />パックが乾いて引きつったところで目が覚めました。<br /><br />夜中の3時。<br /><br />やっちゃった。<br /><br /><br /><br />・・・って、パックじゃありませんよ、や、パックもですが、<br /><br />現地ご飯を食べ損ねました。(毎回そんな)<br /><br /><br /><br />残るは、あと一晩しかないのに。



    パックが乾いて引きつったところで目が覚めました。

    夜中の3時。

    やっちゃった。



    ・・・って、パックじゃありませんよ、や、パックもですが、

    現地ご飯を食べ損ねました。(毎回そんな)



    残るは、あと一晩しかないのに。

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この旅行記へのコメント (13)

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  • kanaさん 2012/10/24 08:36:23
    プラハおそるべし
    sallyさん こんにちわ(^^)

    プラハ旅行記楽しませていただいてます
    実は、この前の3連休にプラハに行ってきたのですが、いやー、まだまだ知らないところたくさんあるんですね
    セグウェイツアーだって知らなかったし、ダンシングビル?ビール醸造所?スターリン像?
    勉強になりました、プラハまた行ってみたいです(^^)

    でわでわ

    kana

    sally

    sallyさん からの返信 2012/10/24 19:18:24
    RE: プラハおそるべし
    kanaさん、こんにちわ!

    そうですかー、
    まだまだ知らないところがあったなんて感想が聞けると
    旅行記にしたかいがあります、ウレシイです。

    ところで、kanaさんの旅行記その名も『有休要らず』シリーズ、
    タイトルだけでも弾丸ぶりにワクワクします。
    プラハの旅行記、更新を期待して1票を投じさせて頂きました。

    kana

    kanaさん からの返信 2012/10/26 07:50:21
    がんばりまっす(^^)
    sallyさん おはようございます

    お返事ありがとうございました

    毎月でも旅行に行きたい!でも、そうそう休みは取れない(><)
    と自動的に有給休暇のない弾丸になってしいます

    そして、旅行記が溜まりまくり、苦肉の策で目次のような旅行記を作りました(^^ヾ
    更新がんばりますので、よろしくです(^^)

    kana

  • worldspanさん 2012/10/18 23:12:48
    実はチェコは・・・
    sallyさんこんばんは

     中欧の中でもチェコのことはあまり勉強していないので詳しくはないのですが、第二次世界大戦後、実はチェコではスターリンは結構人気があった時期があったんです。なので、スターリン像ができたころはスターリンがチェコに目を光らせる、というよりも愛着を持って接していた人も少なくなかったんです。

     チェコは大戦中ナチスに占領され、ロンドンに亡命政権をベネシュが作って抵抗していたんです。しかし亡命政権は大戦後不人気だったんですね。ナチスに占領されている間、ロンドンに逃げて戦争が終わったら良い格好で帰国したので。しかもチェコスロバキアでは英国、フランス、アメリカに対して大変不信感を抱いてたんです。チェコスロバキアはナチスに占領されようとした時も、こうした西側は見て見ぬふりをしてチェコスロバキアを見殺しにしたんですね。それがいざチェコスロバキアで戦後初めての選挙になると、こうした国が共産国に流れないように支援をし始めたんです。ひどい話です。一方チェコスロバキアはソ連軍によりナチスと戦い東から徐々に解放されて行ったんですね。なので、チェコスロバキアは自ずとソ連親派になって行ったんです。実際に旧東欧圏では珍しく、選挙で共産党が第一党になったんです。
     そこから党首のゴットヴァルトが粛清をしていき、完全な共産主義国へとなっていったんです。こうした流れも国民は受容していたんですね。このゴットヴァルトはスターリン主義者で、非共産主義者はもちろん、共産主義者の中でもスターリンを信奉しないものを粛清して行ったんです。こうした中、国民は徐々にそっぽを向け、1956年のフルシチョフのスターリン批判、そして1961年に廟に保存されたスターリンの遺体が撤去され、チェコでもスターリン主義の中央集権主義が結果を残さないので批判が相次ぎ、1962年にスターリンが撤去されてしまったんです。そしてすぐ後にスロバキア人のドプチェクが登場し、「人間の顔をした社会主義」を旗本に自由化を進め、1968年のプラハの春によるソ連による弾圧、そしてフサーク政権によるその反動の長期間に渡る共産主義が続きました。チャンチャン

    worldspan

    sally

    sallyさん からの返信 2012/10/21 16:02:13
    RE: 実はチェコは・・・
    worldspanさん、書き込みありがとうございます。

    ”な〜んにも知らないお気楽一見旅行者の見識で何を言う?”な旅行記で
    (形容詞、長い?)お恥ずかしい限りです。でも、そんな旅行記でも興味深い
    お話をしてくれる方がいらっしゃる事を、とても有難く感じております。

    旅行記にあったスターリンについての私見は、消しました。
    いや、わたし自身、書いてる時も、スターリン時代に生きたひとではない自分が、
    ”嫌われ者スターリンの像”って書けるのかな? と、気になってもいたのです。
     
    言論の自由が保障された社会に、生まれた時からどっぷり浸っていられた自分には
    わからない苦悩が、旧社会主義国の人たちあるんだろうな〜と思っているため、
    安易にスターリンは全てにひとに嫌われていたと思ってしまった。
    そんな背景があったとはツユ知らず。

    自分が歩いた所を、さらに深く知ることを、旅後の楽しみとしています、
    行った国のことをもっと色々知りたいなぁと、いつでも思っています。
    ご感想、そして「実は・・・。」なツっこみコメント、これからも宜しく
    お願いいたします。
    ちょっぴり硬めな『まじレス』でした。


    追伸:言語がわからないのであれですが、この像については、こんなビデオを
    みつけました。
    http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&v=jgfBkJY_n7U&NR=1

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2012/10/21 21:07:11
    RE: RE: 実はチェコは・・・
    sallyさん
    本当に独裁政権下では本音がしゃべることが許されないので、大変だと思います。
     03年にシリアに行った時なんて、誰ひとりアサド大統領のことを悪く言いませんでしたもん。誰が秘密警察なのかわからないし、誰が垂れ込むのかわからないので、誰も本当のことを言えないんですよね、政治については。なので、シリアでは政治的言動には十分注意が必要で、それを守ればとても治安が良い国でした。そんな感じだったんだと思います、旧東欧圏は。一定の自由があったのは、カーダール率いるハンガリーとチトーのユーゴスラビアだけでしたから。
     カーダールもナジが永世中立国かと民主化を失敗してソ連に処刑された(1956年のハンガリーの動乱)を見ているので、ソ連に付かず離れず信用を勝ち取り、コメコンの中でもソ連が許す範囲で民主的な要素を社会主義に注入してたからこそ、ハンガリー共産党は自ら独裁政権であることをいち早く止めたり、東ドイツの崩壊を助長させたりしたんです。
     チェコスロバキアもあの歴史的に名を残すことになったハベル大統領やドブチェクの復権により(ドプチェクは謎の交通事故死を遂げるが)、フサーク政権を打倒することができませんでしたが、ハンガリーよりもだいぶ遅れてはいました。あ、あのビデオ拝見しました。なんか共産党のプロパガンダってう感じでしたね。でも興味深かったのは、プラハの街並みで、城がわでもあんな荒れた大地があったんだなー(戦争の影響??)とにはおどろかされました。 

    sally

    sallyさん からの返信 2012/10/22 20:38:28
    東欧
    worldspanさん、シリアに行かれた時の旅行記、再読させて頂きました。
    親子2代に渡る国家運営、お父さんの時代はまだ良かったけれど、、、なんでしょうか。
    本音は見えません。その頃からのくすぶりが今に至るのでしょうか? 昨年トルコに行って
    人がとても良くて思い出深いので、ここのところの隣国シリアとの緊張関係は気になっています。

    >ハンガリー共産党は自ら独裁政権であることをいち早く止めたり・・・

    東欧と呼ばれた国々のそれぞれの工夫、ソ連共産党との距離感の保ち方があったのですね。
    友人に学生のとき、休みになると東欧圏の国々をまわるコがいましたが、今になって
    その興味や、そと目には厳しい時代にあっても、実際には住んでいる人の素朴さに、
    やみつきになって毎回行っていたのかなと、わかるような気がしてきました。

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2012/10/24 08:26:45
    RE: 東欧
    旧東欧圏、所謂現在の中欧や現在東欧と言われる旧ソ連圏、そしてバルカン地域は西欧と比べると民族や言語の種類も多く、列強の狭間で翻弄され続けた国が多く、その反面、列強に同化することなく、今日まで行き続けてきたという民族の誇りがとても高いんです。

    例えばチェコではハプスブルクの抑圧が厳しく、チェコ語の使用を禁じられた時期もあったんです。でもチェコ語は人形劇の中で行き続け、19世紀まで何とか維持されたんです。そしてパンスラブ主義がチェコやクロアチア、セルビアで叫ばれ、再び民族としての誇りを覚醒させ高揚したんです。こうした思いが、スメタナの「わが祖国」という曲につながり、ドボルザークの「スラブ舞曲集」の名曲へと繋がっていきました。
    とはいえ、こうした意識が強すぎて、民族が混在する地域では紛争が頻発するようになったのも事実です。

    ソ連の崩壊、そして「東欧」の崩壊と「中欧の復権(第二次世界大戦までは、こうした旧ハプスブルク圏は中欧とよばれ、ちゃんとツェントラルオイローパと定義付けられています)」による欧州への回帰、これは1989年から1991年に起こった事で、まだ自分が中学生から高校生の頃の事で、残念ながらSallyさんの友人のように当時を旅することができなかったんです。マジャール語の先生が偶々ハンガリーへの国費留学一期生だったので当時の話を聞いては、昔はこうだったんだろうなーって想像を膨らませたものでした。それでも1994から1996年の、旧東欧に訪れ、訪れる度に度に町が変わり、人がモダンになり、便利になっていく変遷を見ることができてとても勉強にもなりましたし、また共産主義の時代の匂いがプンプンする時代に旅ができて本当によかったなーと思います。西欧と比べ貧相ですし、不便でしたがでもとても楽しかったです。多分多分Sallyさんの友人もそのように思ってるのかもしれませんね。

    sally

    sallyさん からの返信 2012/10/25 21:01:51
    言語。
    worldspanさん、
    1回読んでサラサラとは理解できなくても読んでいますよ。

    >列強の狭間で翻弄され続けた国が多く、その反面、列強に同化することなく、今日まで行き続けてきたという 民族の誇りがとても高いんです

    ・・・民族を定義するものって、なんでしょうか。

    >チェコ語の使用を禁じられた時期もあったんです

     民族の定義は様々あるのでしょうけれど、その要素としての言語は大きいのではないかなーーーと たまに思ったりしています。
     抑圧されてもその言語を使い続ける、それがとても長い長い間だったりする。それくらい、民族アイデンティとしての言語の役割は大きいのだろうなと思うのですが、どうなんでしょうね。

    >また共産主義の時代の匂いがプンプンする時代に旅ができて

    プンプン、ですか、想像もつきません。

    >西欧と比べ貧相ですし、不便でしたがでもとても楽しかったです
     
    物質文化じゃない、ってことなんでしょうか。
    モノがなくてもそんなに不幸せじゃない、みたいな。
    不便だけど楽しいなんて、いいですよね。

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2012/10/25 23:05:13
    RE: 言語。
    sallyさん
    こんばんは。

    確かに言語の要素は大きいかもしれませんねー。でも同じ言語でも例えば、セルビア人とモンテネグロ人、ボスニアのムスリム人は同じセルビア語を話すんですん。でも国は違うし・・・。特にモンテネグロとセルビアは言語も、文字も、しかも宗教も同じなんです。でもお互いのアイデンティティは異なるんです。モンテネグロはオスマントルコがバルカン半島を席巻した時代でも独立した公国で有り続けた一方、セルビアはオスマントルコに占領され苦汁を舐めた歴史を歩んできてるんです。こうした歴史の違いもまた民族を分けている要素の一つになっているのかもしれません。チェコとスロバキアなんてのも、言語なんてほとんど変わらないですけど、これまで歩んできた歴史は全く違い、結局アイデンティティがことなっていたのかもしれません。そう考えたときに日本なんて、チェコ語とスロバキア語以上にかけ離れた方言があって、それこそヘタをすればお互いの方言を話した時にお互いの意思疎通なんてできないこともありうるのに、「日本人」としての思いは変わりません。もちろん明治時代から藩制度の名残のまま地方分権のまま教育をしていれば、「日本愛」という思いもあまり目覚めなかったのかもしれません。そう言う意味では明治維新後の日本の統一した教育の仕方というのはすごいなーって思います。

    sally

    sallyさん からの返信 2012/10/26 22:34:28
    ふぅーーーーーん。

    『言語、自分が知っている最大限のこれがアイディンティティに大きく作用するんじゃないの?』を果敢にもバーンと投げてみましたが、そう物事は単純ではない、と。それは否定しないけど、でも、それだけではない、歴史も、そして「教育」も、ということですよね。

    >特にモンテネグロとセルビアは言語も、文字も、しかも宗教も同じなんです。でもお互いのアイデンティティは異なるんです。

    はぁーーーー。なんだかですね、最近、その旧ユーゴスラビアにすごく興味が出てきましたヨ。すごくすごく複雑ですが、色んな要素の見本市みたいな国々なんですね。(言葉が適切でなかったら失礼します)

    ところで、今の日本で言えば、地方分権があったなんて信じられないですね。
  • norisaさん 2012/10/14 06:18:08
    これはおもしろそう!
    sallyさん

    おはようございます。

    セグウェイ、面白そうですね!

    日本では公道走行禁止なのでほとんどお目にかかれません。
    まさか東欧の古都でこういうツアーがあるとは思いませんでした。

    時差ボケでプラハの夕食食べ損ねたのが唯一の心残りーー?!

    続編も楽しみですね。

    norisa

    sally

    sallyさん からの返信 2012/10/14 07:50:47
    RE: これはおもしろそう!
    norisaさん、感想寄せて頂きありがとうございまーす!

    >日本では公道走行禁止なので、

    そうなんですよね。日本って狭い国土できちんとルール作りされてるなと
    らくちんセグウェイの恩恵を受けながら、反面そんなこと考えました。

    ご覧のとおり、ツアーでのビール醸造所に寄っちゃったりもするんですが
    『道路交通法とか、ないの?ないの?』と飲む前は日本人道徳が炸裂しま
    したもん。「飲む前は」ですが(笑

    調布の「女王はいずこに?」は、深大寺(違った)神代植物園だったのですね。
    受粉についての「近親相姦」のくだり、わかりやすかったです。

    やっぱりバラって難しいんですね、でも、その高貴な芳香はその育成の
    困難さを全て忘れさせるんでしょうね。 

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