たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さんへのコメント一覧(13ページ)全249件
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投票、ありがとうございます♪
たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん
こんばんは。ご無沙汰しています。
エアーズロック・リゾート旅行記、投票ありがとうございます。
暑い日が続いていますが、お身体の方は大丈夫ですか?
少し前まで身内の不幸と長期の出張が重なって、少し4トラを休んでいましたm(__)m
そんな中で、今回の旅行記を無事に更新出来たことに、正直「ホッ」としています^^
コテコテの観光が好きな相方と、その国の何気ない生活を見るのが好きな
僻地好きなウチ・・・「旅」に対する方向性が違う2人ですが、そんなウチでも、
今回のエアーズロックは、その絶景を見れた相方には、
素直に「羨ましいなぁ」と感じました^^;)
働きながらで、そう「海外」なんて何回も行けれませんが、
世界中に散らばってる絶景に出来るだけ多く、心に刻んで行きたいと思っています^^/
ジョージ・ジョン・ポール2016年08月17日22時16分返信する -
ガラビ壕とヌヌマチガマ
たかティムさん、こんにちは
ガラビ壕とヌヌマチガマの変貌ぶりにビックリです。
私が訪問したのは2007年9月。ガラビ壕は入口が封鎖され、ヌヌマチガマは往時のまま(?)縦穴の入口をぽっかりと空けただけの状態でした。「白梅学徒隊」の標柱はありましたが、それ以外の看板・表示物は一切なしで、教育委員会で入手した地図を片手に来るまで2回も前を通り過ぎてしまったほど、「見せる」要素ゼロでした。
階段まで設置されているとは…
そして道路向かいの病院(手術室)壕。当時は草に覆われ、さらにフェンスで厳重に囲いが作られて、「一切の立ち入りを遠慮してほしい」「中にはまだ遺骨や遺品が残っている」旨の文言が書かれていたものです。
ガラビ壕含め、多くの戦跡が徐々に「見せる」要素を持ち始めているようですね。ただ、こうやって実態をレポートしていただけると、それが良いことなのか否か、即座に判断がつきかねます。
個人的には、「良いこと」と捉えたいのですが、たかティムさんのレポートを見る限り、どうも中途半端な印象を免れない。
本当に難しい問題です。
ただ、間違いなく言えるのは、「再訪すべし」と言うことです。
私がある種の執念でむきになって戦跡を周ったのは2006〜2008年。
そろそろ10年が経とうとしています。各地の変容をこの目で確かめるのも意味がありそうです。 -
高速バス
たかティムさん、こんばんは。
高速バスや空港バスって代替ルートをいくつも持ってるので
当初遅延予定より遅れることって稀ですよ。
一旦高速を降りて下道を行けとかの指示を出すことはありますが・・
相手もプロだし、半プロの指示は腹が立つだろうけど。
大阪市内と関空の往復も何回したか分からんし
阪南の道路事情は頭に入ってるし、瞬時に何通りも浮かびます。
いつも沖縄報告は胸を打たれて、涙を流しながら読んでいます。
先人の苦痛を後世に残したくないですね。
本当に有難う御座います。
Mauricio
高速バス
Mauricioさん
おはようございます。
確かにリムジンや高速バスはそうですよね…迂回ルートの豊富さにはびっくりします。ただ今回は堺泉北有料道路が通行止め。それに従い阪和道の渋滞…。大阪市内出発だと素人目にも迂回ルートはわかるところもあるのですが、京都線はその選択が難しいところはあります。
勿論名神を使うなら阪神高速湾岸線はありだと思いますが、高速京田辺に立ち寄るためその選択もなし。途中で湾岸線が…というアナウンスが出ていたもののどこから乗るのか?と思っていたらまさかの大阪市内一般道でした。でもさすがプロっていうところがそれが一番早かったという結論です。
私ら大阪がわからないものとしてはもうドライバーさんを信じるしかありません。なので勿論迂回ルートに対しても口出しもできません…。でも出発時刻に余裕があったので結果すべて良しって感じでした。
確かにセミプロの口出しはプロからしてみると良くは思わないところはあるかも知れません。でもそれは?乗用車?での話をされるからであって、Mauricioさんのように?大型免許?を持つ方からはそんな無茶なコースも言わないですから…。実は私も?大型一・二種?は持っています。自分がバスに乗務していた頃はそんなこともありませんでしたが、一度福岡〜東京線の高速バスを利用した時に?徘徊老人?のお客がおり、バスの中が騒然となったことがあります。本来ならドライバーが全権を持っているため、そういう場合は警察に保護をお願いする
手筈になっているものの実際にはその知識がなかったようで、免許と乗務員証を提示して代わりに警察を呼んだことがありました。もう15年ほど前の話ですが…。
拙い沖縄旅行記を読んで頂きありがとうございます。資料館には南米移民のことは書かれていても、実際に記念碑や慰霊碑として残っているところは本当に少ないことに気付きました。また移民について知識を持たないものも少なくないことは、歴史を学んできたものには正直歯痒さすら感じることろがありました。
今回は識名霊園と西原町の?南洋移民慰霊塔?へと立ち寄り手を合わせてきました。どんな表現ができるか私にもわかりませんがまた読んで下さいまし。
たかティム。2016年07月01日09時22分 返信する -
おりしも同じ6月26日
たかティムはるついおままゆさん
お久しぶりです。 しかし、よくまあ、こんな所を見つけましたね。おりしも同じ6月26日(日本は27日か)
大将RE: おりしも同じ6月26日
大将どん
ホンにご無沙汰しておりますn。場当たり的に発見したように見えるあの?今日だけ?の表示は、実は2ヶ月ほど調べていたんですよ。
あんまり綿密な計画はしょうに合わないのですが、この場所は学徒を語るに外せない場所だったので、市役所なんかにも問い合わせたのですが「わかりません」の一点張り。ならば現地調査や!ということで直接足を運び知った次第です(汗)。
今後ともよろしくです〜♪
たかティム。2016年07月01日09時27分 返信する -
いつも学ばせて頂いて有難う御座います
たかティムさん、おはようございます。
学徒看護隊の足跡を学ばせて頂きました。
詳細を南米ではどこまで正確に伝えられているのかが分かりませんが
沖縄移民の子孫の皆さんと会話の折は史実を正確に伝えなければなりません。
二世三世、今では五世六世の時代となって沖縄色が薄れています。
それでも一世である私が知っておかなければ彼らは自分たちの歴史を親から伝え聞く程度、ほんの入口くらいしか知らないのではないか、それでは笠戸丸・移民第一船からの彼らの足跡を知り得るには至らない。
沖縄こそ総力戦となったところで、何歳であろうと全員参加させられたのは容易に想像出来ます。
本土の人間として沖縄に行っても何も語られない。
しかし、南米から来たことが分かると物凄く詳しく教えて頂ける。
この差、なんですね、彼らの心がどちらに向かって開かれるか。
逆に沖縄から大阪に来た方々、彼らのクチからも何にも聞かれない。
南米に行った方々も、大阪に行った方々も、立場は同じなんだな〜。
沖縄って、本当に南米に似てる!
南米が恋しくなったら沖縄に行きたい。
心も、空気も、海も、街並みも、日本の中の南米。
ありがとう!
Mauricio
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投票、ありがとうございます。
たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん
こんばんは。
ウチの会社は、今日でGWが終わり明日から普通出勤です。
ほとんどの従業員が「もう、どうせあと2日なんだから・・・」て、思っているだろうなぁ。
明日からも、重い体にムチを打って頑張ります^^;)
旅行記の投票、本当にありがとうございます。
僻地好きなウチにとって、コテコテのケアンズ・リゾート観光に全く興味は無いんですが、
次の旅行記で登場する「エアーズロック」は、少し興味が有るんですよ。
その事を相方に話したら、以来、何かにつけて上から目線・・・。
そんな視線をチクチクと感じ、ギギギと歯ぎしりしながら
次の旅行記「エアーズロック・リゾート編」を書いて行きますので、
今後とも宜しくお願いします。
ジョージ・ジョン・ポール2016年05月05日23時29分返信する -
糸数壕
たかティムさん、こんにちは
糸数壕は、私が知っているものとだいぶ変わってしまったようです。
入場者が制限されていたり、ガイド付きだったり、、、
私が訪問した頃は、人数制限の話は聞いたことがなく、入場料もありませんでした。ただ、案内所で入場料を払うと懐中電灯を貸してくれ、後はご自由にという感じでした。
平日だったために、ほかに入場者はおらず、文字通り「たった一人」で入り、漆黒の闇を体験しました。
懐中電灯の先に浮かび上がるリアルな痕跡に、当時は恐怖よりも哀悼の念を持ったものです。今は一人で入る勇気はありませんが…
それはそれでよい体験でしたが、やはりこのような史跡は専門のガイドが付いた方が良いですね。より深い知識が得られますから。



