g60_kibiyamaさんのクチコミ(3ページ)全6,029件
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投稿日 2025年10月28日
総合評価:3.5
かつて金毘羅詣の客で賑わった丸亀港のシンボルの大きな灯篭です。江戸在住の人々がお金を出し合って天保年間(1832~38年)に建立されたそうです。台座には「江戸講中(こうじゅう)」と、灯籠の側面には寄進者や世話人ら1,357人の名前が刻まれています。寄進者の最高額を寄付した「塩原太助」の名にちなみ、「太助灯籠」と呼ばれるようになったと伝わります。参拝客を乗せた船はこの太助灯籠を目印に丸亀港に入港したわけですね。
この日の午前中にこんぴら参りをすませたあとの訪問でしたが、庶民が旅をするようになった江戸時代後期の賑わいに思いを馳せることとなりました。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2025年09月28日
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投稿日 2025年09月28日
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投稿日 2025年09月28日
総合評価:3.5
丸亀城二度目の訪問で高石垣の上にちょこんとかわいい三層の天守(御三階櫓という説も)を確認。どのアングルから撮るのが「らしい」のか、時間帯は何時ごろが適切なのか、悩んだ末、午後2時過ぎにこの大手一の門、二の門のある大手枡形の手前で「キメ」を撮って帰ってきました。
この立派な大手門の復元時代を確認しようと調べたところ、なんとこの門も現存で「重要文化財」なのでした。まったく気づかず。調べたついでに丸亀城そのものも戦前の旧国宝だったことが発覚。
松山城、高知城、岡山城と今回訪ねた城がことごとく旧国宝だったのに、そういう主張がない丸亀城。つまり三ノ丸、二ノ丸、本丸各縄張りの「解説」が薄いということに他なりません。資料館に入って観覧すれば、すべての謎は解けますよ、的姿勢には疑問を感じました。県庁所在地のお城との違い、というところなのだと思います。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2025年09月28日
総合評価:3.0
丸亀城の北側に整えられた公園のようなスペースです。たしかにお城を見上げるにはよい場所だとは思いますが、天守自体はいろんなアングルから楽しめますから、ここでなければということはありません。イベントなどを開催するのにふさわしい場所、としておきましょう。ゆったりとしていますが、特に自然に恵まれているということでもなく、決して印象は強くありませんでした。
- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 特に何も開催されていませんでした
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2025年09月28日
総合評価:4.0
現存十二天守のひとつ、高知城(天守)。その高知城がある一帯が管理名称として「高知公園」となっています。域内には文学館、公文書館、弓道場などの建物もあります。
まず追手門はメインエントランス。天守以外で必見なのは板垣退助像や山内一豊騎馬像(公文書館前)などの像や、本丸を囲む重要文化財の櫓群、東多聞・詰門・西多聞、そして本丸御殿(懐徳館)でしょう。明治初期の破却を免れ、現存天守とセットで残る唯一の本丸御殿です。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2025年09月28日
総合評価:3.5
山内容堂は土佐藩第15代藩主。幕末の四賢侯の一人としての評価もされています。土佐藩の分家・南邸の出身。当該の石柱は日曜市で有名な追手筋のお城寄り北側(天理教会の敷地の南西端)にあります。
多くの場合、藩主の子弟は江戸屋敷で生まれ、地元での暮らしを経ていないことが多いようなので、「城下で生まれた藩主」というのは珍しいようです。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2025年09月28日
総合評価:4.0
高知城は追手門からの天守、これが定番のアングルです。ただ高知城の特徴は本丸がぐるっと櫓と矢狭間塀で囲まれていることなので、もっともっといろんなアングルで「xxと天守」を狙うのがよいと思います。
15ある重要文化財の指定では追手門の左右の矢間塀それぞれが門とは別に指定されており、この門を通るときに確認すべきですね。特に矢間塀については現地ではあまりこだわっていないようでした。門に向かって右手の「追手門東北矢狭間塀」は見落としやすいので要注意。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2025年09月27日
総合評価:3.5
目的地の丸亀城で時間に余裕を持ちたいことと、お城までの旧金毘羅街道(商店街など)の風情を効率よく味わおうと、駅前でレンタサイクルを調達しました。
貸し出しはスムーズでしたが、お城での駐輪場所を尋ねたところ「資料館前に駐輪場がある」とのこと。城内にそのまま乗り入れることはできましたが「資料館」は天守とは逆方向にだいぶ進みます。聞かなきゃよかった? 散策時間が圧縮できたいっぽうで、本丸への上り口までの数百mがちょっと気になりました。
とりあえず普通自転車・6時間まで200円だし、丸亀駅から丸亀城までラクに行きたい人にはおすすめ、といってよいとは思います。- 旅行時期
- 2025年03月
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 乗り場へのアクセス:
- 4.0
- 車窓:
- 3.5
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投稿日 2025年09月27日
総合評価:3.0
丸亀駅から丸亀城へ向かう道すがら、多くの商店街が4トラ登録されていたので、事前に予習して、ひと通りトレースしてみました。2009年に初めて訪れたとき、漠然と「シャッター商店街」のイメージしかなかったので、丁寧に記憶しようと思ったのですが、やはりやってない店が多く、ランドマーク的店舗が見当たらないため、その印象は15年を経て変化することはありませんでした。
とりあえずアーケードがある「本町商店街」からスタートしたので、そこは取り違えることはありませんでしたが、アーケードがなくなると、もはや「商店街」でよいのか、道が違うのかすぐに自信がなくなる始末。
そもそもは金比羅街道から進展した街路なのですが、現代では街道を通って徒歩で参拝する人は皆無なため、いたしかたないようです。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- お買い得度:
- 3.0
- サービス:
- 3.0
- 品揃え:
- 3.0
- バリアフリー:
- 3.5
-
投稿日 2025年09月27日
総合評価:4.0
丸亀城のエリアを管理するための呼称が亀山公園となっているようです。園内にあるのは復元された大手一の門、二の門、玄関先御門や観光案内所、資料館などがあります。お城の天守は現存十二天守のひとつではありますが、三層と小ぶりで建物そのものに大きなインパクトはありません。ただ石垣は立派で高い石垣の上にちょこんと乗っている姿はかわいらしくもありました。
本丸の裏手(北東方向)からは讃岐富士(飯野山)や瀬戸大橋まで展望でき、お城そのものよりもそっちの絶景に心奪われました- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2025年09月27日
総合評価:3.5
御年神社(みとし-じんじゃ)。金刀比羅宮に数多くある摂社末社のひとつで、御前四段坂を上って右手にあります。
祭神は大年神(おおとしのかみ)、御年神(みとしのかみ)、若年神(わかとしのかみ)の三柱。
当初は大年神社(おおとし-じんじゃ)と称していましたが、のちに御年神社(みとし-じんじゃ)と改まったそうです。
大年神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)の御子で、御年神は大年神の御子、若年神はその御子というわけで三代を祀っています。農作穀物を司る神様ですね。
隣の真須賀神社に祀られた「スサノオ」の表記は「須佐之男尊」で、こちらには「素戔嗚尊」と解説されていました。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2025年09月27日
総合評価:3.5
事知神社(ことしり-じんじゃ)金刀比羅宮に数多くある摂社末社のひとつで、ちょうど御前四段坂を上っていき、真須賀神社と御年神社の先、右手にあります。
祭神は積羽八重事知主神(つむはやえことしりぬしのかみ)ほか二柱とありました。
ともに大国主神(おおくにぬしのみこと)の御子で、一般的には商売繁盛の神様、夷さまとして広く信仰されているとのことです。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2025年09月27日
総合評価:3.5
嚴島神社(いちきしま-じんじゃ)。別宮・三穂津姫神社と向かい合うように建っています。ふりがなは「いつくしま」ではなく「いちきしま」とありました。「厳」の字も旧字が正しいのですね。
祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)の御女・市寸嶋姫尊(いちきしまひめのみこと)です。こちらは弁財天とか弁天さまとして広く信仰されています。音楽を司る神様としても有名です。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2025年09月27日
総合評価:4.5
こんぴら参りリベンジ。2015年の初回は新鮮な気持ちで懸命に石段を上りましたが、御本宮前からの絶景がほとんどかすんでいて、とてもがっかりしたのを覚えています。
今回の目標はこちらの展望台からの絶景をちゃんと見たい!というのがメインで、785段などたいした数ではない!の意気込みでした。今回の香川旅では丸亀城から、この御本宮前展望台から、そして岡山側の鷲羽山から讃岐富士こと飯野山が確認でき、それは満足でした。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 景観:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
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投稿日 2025年09月27日
総合評価:3.5
真須賀神社(ますか-じんじゃ)金刀比羅宮に数多くある摂社末社のひとつで、ちょうど御前四段坂を上ってすぐ右手にあります。
祭神は建速須佐之男尊(たけはやすさのおのみこと)と后神稲田姫尊(くしなだひめのみこと)の二柱。
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)で八俣大蛇(やまたのおろち)を退治したエピソードで有名な神様で勇武絶倫といわれています。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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現在の鷹匠公園・旅館三翠園・山内神社などを含む広いエリアが藩主山内家公邸でした。
投稿日 2025年08月29日
総合評価:3.5
現在の鷹匠公園の北東端の入口「山内容堂公邸跡」の石柱が立っていました。東側に隣接する旅館「三翆園」の敷地も含めて、当時は広く藩主・山内家の敷地だったようです。西側には山内神社もあり、現在の鷹匠公園そのものは緑地帯としての後付けのようですが、鷹匠町という呼称は古くから残る地名のように思われます。
三翠園の門横には山内家下屋敷長屋が残されていて、その場所は1867年(慶応3年)山内容堂と西郷隆盛の会見が行われた歴史的場所でもあるそうです。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2025年08月29日
総合評価:3.0
広い意味で教科書に出てくるような歴史的人物は表記はおろか、名まえそのものも自身で変えたりするので、この近藤長次郎が前年(2024年)長崎市で中島川のほとりに顕彰碑があった近藤昶次郎と同一人物とはすぐには気づきませんでした。
生まれは商家で、土佐藩主・山内容堂に名字帯刀を許され、神戸の海軍操練所に入所するも、そののち脱藩。亀山社中のメンバーとなり、幕末激動の時代に長州藩に武器を調達する役割を担っていた人物として知られます。イギリスから汽船・ユニオン号を購入したり、トーマス・グラバーともつながりがあるようです。
坂本龍馬よりも2歳年下で、1866年(慶応2年)、亀山社中の社中盟約書に違反したとして仲間たちより追及を受け、29歳の若さで切腹という短い生涯でした。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 道路側に碑はあり、電柱のすぐ脇で向きは住宅側。見つけづらい
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2025年08月27日
総合評価:4.0
松山市(道後含む)宿泊は4度め。これまで同じホテルに泊まったことなし。いまや県庁所在地レベルだと日本のほとんどの場所でホテルの宿泊レートが上昇している。5、6年前までは最優先、次位といくつか手慣れたチェーンホテルで選んでいたものだが、いまではその多くが1泊素泊まりで5ケタ料金。そうなると勇気を振り絞って新規開拓に励む羽目になるわけだ。
今回の2025-3月旅では訪問場所とそのための移動を細分化して1泊都市・2泊都市と区分。あいにく愛媛県松山市は1泊担当だったが、自分の選択には満足した。
自分のバアイ、一旦旅に出たら、寝るだけだから、どこでもいっしょ、とは思わない。疲労回復は寝具だけの問題ではないし、それなりの安定感が要る。
えひめ共済会館。いかにも公共の宿という雰囲気。3か月以上前だと宿泊ポータルサイトでの予約は始まってなかったようだ。そのぶん掘り出しレートには出会わない寸法だが、松山もよそがけっこうお高めなので、シングル1泊6500はお値打ちの部類。無料朝食がついていたが、スタイル的には20年は昔のシンプルさで担当飲食店側も折り合いが難しそうに思えた。そりゃないよりマシ。
そして何よりロケーションが市駅から松山城への中間点に近い場所。レートの次に評価すべきは各種移動に至るアクセス・動線なので。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 客室:
- 3.5
- 接客対応:
- 4.0
- 風呂:
- 3.5
- 食事・ドリンク:
- 3.0
- バリアフリー:
- 3.5
-
投稿日 2025年08月26日
総合評価:2.5
鏡川沿いの築屋敷にあった道場といわれるものです。鏡川河畔のかつては竹薮だった場所に住民たちが堤防を構築したと伝わります。そこに小栗流の和術を主とした日根野弁治吉善の道場があり、日根野道場と呼ばれていました。
坂本龍馬は14歳から19歳までここで修業し、剣法や居合、槍、棒、薙刀、騎射、水泳、水馬など、さまざまな武芸を身につけました。
現在では簡素は案内板があるばかり。位置としては「龍馬の生まれたまち記念館」のほぼ真南ですが、鏡川河畔の道ではなく、一本北側の元堤防らしき細道でようやく案内が見つかります。生まれたまち記念館前の案内板を確認しましたが、かなりわかりにくい場所でした。一応散策コース「上町コース」に含まれていますが、よほどの龍馬ファンでもない限り、無理しなくてもよいでしょう。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- どの道のどちら側かもわかりにくい
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 2.0

































