いっちゃん2013さんのクチコミ(31ページ)全772件
- サムネイル表示
- リスト表示
- ホテル
- ショッピング
- グルメ・レストラン
- 交通機関
- 観光スポット
- 基本情報
-
投稿日 2015年06月29日
総合評価:4.0
「神楽坂大仏」ということで、このお寺を知りました。
2015年6月の土曜日に訪れました。
神楽坂の早稲田通りと大久保通りの交差点際という要衝に有るお寺です。
本堂にお参りしました。2階の大仏様はガラス越しでした。
のんびりしていたら、お寺のおばちゃんが声を掛けてくれました。2階の大仏様の部屋へ案内してくれました。
安養寺は当初、江戸城内に有ったらしいです。それがここに移転したそうです。道路のため、かなり狭くなり、土地がかつての1/3になっちゃったそうです。
大仏様は「薬師如来」様で、かなり古いもののようです。高さ2mちょっとです。戦災に遭われたそうですが、助かったそうです。
末期のガンの方がお参りしたら、治ったそうです。
優しいお顔、有り難いと思いました。- 旅行時期
- 2015年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2015年06月29日
総合評価:3.5
宮城道雄先生は明治27年(1894年)、神戸生まれの邦楽の音楽家です。
8歳で失明してしまったそうです。朝鮮半島で暮らし、そのとき、伊藤博文公に才能を見出されたそうです。
筝、尺八の奏者であり、作曲家でもありました。早くから、活躍されていました。天才だと思います。
「春の海」や「瀬音」の作曲家です。「瀬音」は日本のモルダウです。
宮城先生は晩年、東京都新宿区の中町に住まわれたそうで、その跡地にこの「宮城道雄記念館」が建っています。訪れるには、ちょっと分かりにくい不便な場所です。訪れる方は、地図を見ながら、訪れてください。
2015年6月の土曜日、訪れました。入館料は400円でした。
見学するのは、1階の第1展示室くらいです。宮城先生のいろいろな説明や遺品が展示されています。第2展示室は視聴用です。他に講堂や広間が有るようですが、演奏会等のためのものです。
展示はあまり多くありません。
洋楽のレコードの収集家だったそうで、人間らしさを感じられました。
写真や胸像からすると、イケ面だったと思います。
やはり、音楽家に関しては、見るよりも、聴くべきですね。記念館での見物よりも、コンサート等での音楽鑑賞の方が良いと思いました。- 旅行時期
- 2015年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 3.5
-
投稿日 2015年06月29日
総合評価:3.5
「カトリック関口教会」というキリスト教のカトリックの教会です。
「カトリック東京大司教区」の司教座聖堂です。
マリア様の聖堂が主であるため、「東京カテドラル聖マリア大聖堂」と呼ばれています。
カトリックのいくつかの教会を取りまとめる司教の司教座が有る教会、聖堂を「カテドラル」と呼びます。一般的に大聖堂です。
「カトリック東京大司教区」は東京都と千葉県を管轄しており、日本最大の大司教区です。
カトリック東京大司教区は札幌司教区、仙台司教区、さいたま教区、横浜司教区、新潟教区と共に東京教会管区となっています。
この教会は東京都文京区関口に有ります。神田川の並行する目白台の尾根、目白通り沿いに有ります。
この建築はコンペにより選ばれたものであり、丹下健三先生の設計によるものです。丹下先生はカトリックの洗礼を受けていました。
大聖堂はHPシェル構造であり、上空から見ると、十字架型となっています。
他に十字架を掲げた天を突く尖塔と「ルルド」が有ります。
19世紀にフランスのルルド近郊の洞窟でマリア様が示現されました。このことに因み、この洞窟を模したものが「ルルド」です。
2015年6月の土曜日に訪れました。大聖堂では結婚式が行われていました。おめでとうございます。お邪魔虫の私は長居せず、退散しました。ルルドの方でお参りしました。
観光地の雰囲気は有りません。クリスチャンでないと、ちょっと居辛い感じがしました。- 旅行時期
- 2015年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2015年06月29日
総合評価:4.5
江戸時代の俳人 松尾芭蕉先生に因む史跡です。
「芭蕉庵」と言うと、江東区の深川のものが著名ですが、ここにも有ります。
松尾先生がまだ俳人として活躍する前の頃のようです。延宝5年(1677年)より2年間だけこの辺りに住まわれたそうです。水戸藩と神田上水に関係する工事の事務員のような仕事をされていたようです。
松尾先生の後の弟子達がここに建物を建てられ、「芭蕉庵」と呼ばれるようになったそうです。
講談社、光文社、キングレコードが中心となって設立された「関口芭蕉庵保存会」により現在、維持管理されているそうです。
2015年6月の土曜日、訪れました。神田川沿いの胸突坂の坂下に有ります。坂沿いの通用口から入りました。入園無料でした。
芭蕉堂の建築が有りますが、私は室内には入りませんでした。古い波打ったガラスが綺麗でした。
庭園が見所だと思います。梅雨時だったことも有り、緑が美しかった。ここは東京の山手線内ですが。まるで、もののけ姫の世界でした。
バナナのような大きな葉が生えていました。これが植物の「バショウ」だそうです。「ジャパニーズバナナ」とも呼ばれますが、バナナとは違うそうです。バショウの葉が衣料等に用いられる芭蕉布の原料だそうです。勉強になりました。- 旅行時期
- 2015年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2015年06月29日
-
投稿日 2015年06月29日
総合評価:4.0
早稲田大学の創立者である大隈重信公の逝去後、その大隈重信公を記念して、早稲田大学により建設された講堂です。チューダーゴシック様式だそうです。東京タワーや通天閣を設計した内藤多仲先生が構造設計に当たり、戸田組が施工されました。
私は中学受験や高校受験で早稲田に断られ、私にとって早稲田大学は許し難き大学ですが。
まあまあ風格の有る良い建築物だと思います。
早大生と思われる若い男女が大勢通り掛かっていました。前途洋洋としており、羨ましい。外国語も達者のようで、外国語が飛び交っていました。
早大生のためだけでなく、一般のイベント用として使われ、一般の人々に愛されるようになると、もっと良いと思います。- 旅行時期
- 2015年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2015年06月29日
総合評価:4.5
このビルを皆様は何と呼んでいますでしょうか。私は「新宿安田ビル」と呼んでしまいます。説明する方も聞く方も、昭和生まれにとっては、「安田ビル」です。こう言わなければ、新宿で道案内ができないと思います。当初は「安田火災海上保険本社ビル」でした。それがいつの間にか、「損保ジャパン」になりました。さらに、「損保ジャパン日本興亜」になりました。とっくに「安田」の名は消えていました。
2015年6月の土曜日、この美術館へ訪れました。英語で表記すると、「Seiji Togo Memorial Sompo Japan Nipponkoa Museum of Art」と、すごく長い名称です。ジャパンとニッポンが続いています。1階の入り口より入り、エレベーターで42階に上がりました。
ユトリロさんの展覧会をやっていました。入館料は1,200円でした。展示室の手前が展望フロアとなっていました。梅雨時で曇っていましたが、都心側が眺められました。
ユトリロさんはフランスの画家です。でも、作品を見ていると、フランスなのか、ドイツなのか、分からなくなってきました教会等の建築や風景の絵がたくさん展示されていました。
館名になっている東郷青児先生は鹿児島県出身の洋画家です。館内には油絵の風景画と「柔らかな曲線と色調で描かれた女性像」の絵が展示されていました。
バブル経済のときの、あの、高額で購入されたルノワールの「帽子の娘」、ゴッホの「ひまわり」も大事そうに展示されていました。
ミュージアムショップで絵葉書等を買ってしまいました。
訪れるのに便利な美術館です。入館料がお手頃でした。混雑していませんでした。わりと大きく、多数展示されていました。のんびり、じっくり鑑賞できると思います。ときどき、繰り返し訪れるのもよいと思いました。- 旅行時期
- 2015年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.5
-
投稿日 2015年05月31日
総合評価:4.0
2015年5月の日曜日の午後、浜松町へ訪れました。猛暑の日でした。ちょっと時間を持て余し、ここを通り掛かったので、寄ってみました。
JRと東京モノレールの浜松町駅、都営地下鉄の大門駅から近く、アクセスしやすい庭園です。
元は江戸幕府の老中大久保忠朝公の屋敷だったそうです。それが宮内庁管理となりました。大正13年(1924年)に昭和天皇陛下の御成婚記念ということで、東京市に下賜され、一般公開、開園したものです。
入園料が150円でした。しっかり管理されており、騒がしいお客さんが居ません。
かつては、海を眺めることができたそうです。今じゃ、信じられません。すっかり、近代的なビルに囲まれています。間も無く建て替えられる予定の世界貿易センタービル、東京ガスビル、東芝ビル、JOQR文化放送のビル、汐留のビル等がここから見えました。
どうってこと無い庭園だと思います。
中央の池はかつて海水が入っていたそうですが、今は淡水だそうです。濁っており、綺麗な池には見えませんでした。
池に島が有り、橋が架けられており、回遊できるようになっています。
菖蒲や紫陽花が咲いていました。ここのところ、雨が降っていません。猛暑で、紫陽花も暑そうでした。
東京モノレールの車両が見えました。すぐ隣をJR新幹線が走っています。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2015年02月09日
総合評価:4.5
「湯村温泉」が日本には何か所か有るようです。ここは山梨県甲府市です。武田信玄公の隠し湯と言われています。
「常磐ホテル」も何か所か有るようです。ご注意ください。
2015年1月に同僚との旅行で山梨県へ訪れ、ここに1泊しました。宿を選んだのは私ではありません。
私には分不相応な感じの豪華な旅館です。
玄関ロビーが広大です。皇族等の写真が多数掲げられ、美術品のような陶器、磁器等が随所に配置されていました。従業員さんが見掛ける度に丁寧な挨拶をされました。
大浴場は大きなお風呂でした。ぬるっとする程良いお湯で、気持ちよく暖まりました。露天風呂も快適でした。
夕食は品数多く、おいしかった。
朝食がちょっとイマイチでした。味噌汁とおかずがちょっとしょっぱかった。ご飯ももうちょっとおいしくできると思いました。
客室からは手前にホテルの庭園が見え、遠くに南アルプスの山々が見えました。素晴らしい眺望でした。
広大な庭園が綺麗に維持されていました。池、ケヤキの木、ホテルの建物等が良い景色となっていました。- 旅行時期
- 2015年01月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- 1人1泊予算
- 15,000円未満
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 客室:
- 4.5
- 接客対応:
- 4.5
- 風呂:
- 4.5
- 食事・ドリンク:
- 3.5
-
投稿日 2015年03月22日
総合評価:4.0
2015年3月の土曜日の昼、月島へ訪れました。
「月島西仲通り商店街」、観光客が多く来る商店街です。
ソースの香りがしました。もんじゃ焼き屋が多いです。もんじゃ焼き屋しか無いような気がしました。私は1人でした。1人でもんじゃはなかなかできません。もんじゃ焼き以外の飲食店は少ないようです。他に居酒屋が有るようでしたが、昼だったので、ほとんど閉まっていました。
歩道上に古めかしい「西仲通り地域安全センター」が建っています。かつての交番だそうで、大正15年(1926年)の建築だそうです。良い感じでした。- 旅行時期
- 2015年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2015年03月22日
総合評価:3.5
2015年3月の土曜日、中央区へ訪れ、月島から勝どきへ散策しました。
都営大江戸線の勝どき駅近くでこの公園を見掛けました。タワーマンションの足元のごく普通の公園です。のどかな雰囲気。
公園内に「平和の広場」が有り、中央区による「平和のモニュメント」8基が立っています。区内の小学校16校の児童が作成した原画を基にしたモザイク16枚が取り付けられています。「平和を願い核兵器のない世界の実現」をテーマとしているそうです。私は「核兵器のない世界」は無理だと思いますが。
味わい有る景色でした。- 旅行時期
- 2015年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2015年03月15日
総合評価:4.5
3月14日(土)は大船、江ノ島へ出掛けました。大船から江ノ島までを結んでいる湘南モノレールを地図で見ていたら、かなり山がちな所を走っているなと思いました。ウォーキングのつもりでこのモノレールの下の道路を散策してみようと思いました。
インターネットで見たところ、このモノレールの下の道路はかつては京急が所有していた有料道路だったそうです。それが現在は市道となっています。
実際に歩いてみたら、それなりに起伏が有りました。自動車の交通量が多く、観光としては勧められません。概ね歩道が付いており、危険ではありません。2車線の道路上のあまり広くない空間をときどき大きなモノレールの車体が高速で、揺らしながら、走り抜けました。あまり日常的ではない景色だと思いました。
中間くらいに鎌倉山が有ります。地形は山ですが、頂上の標識等は有りません。「鎌倉山」は別荘地の名称だったそうです。頂上はどなたかの所有地なのかもしれません。国土地理院によると、最高点の標高は約83mだそうです。
大船から湘南江の島まで6.6kmだそうです。途中で疲れたました。見るだけじゃ、申し訳無いとも思い、西鎌倉からモノレールに乗車しました。あっという間に湘南江の島に着きました。
JR横須賀線、起伏、高齢者向け住宅、三菱の工場、湘南深沢の川、深沢車庫、鎌倉山変電所、かつての別荘地の鎌倉山、江ノ電、江ノ島、相模湾と、いろいろ有った散策でした。- 旅行時期
- 2015年03月
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 乗り場へのアクセス:
- 4.0
- 車窓:
- 4.5
-
投稿日 2015年03月01日
総合評価:4.0
2014年の年末の12月末、九州への旅行で鹿児島空港より東京への帰途につきました。
鹿児島中央から空港連絡バスで鹿児島空港へ行きました。空港連絡バスは高速道路を走り、約45分でした。遠いなと思いました。鹿児島空港は霧島市に有ります。
国内線ターミナルと国際線ターミナルが有りますが、私達は国内線ターミナルを利用しました。
先に、航空券の取得、手荷物預け等の手続きをしました。
1階と2階におみやげ物屋が有ります。九州の長崎のお菓子等を買おうと思ったのですが、鹿児島以外のものはあまり有りませんでした。
飲食店がいろいろと有ります。私達は3階の寿司店で夕食としました。キビナゴ等、おいしかった。
便利で快適な空港だと思いました。- 旅行時期
- 2014年12月
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 施設の充実度:
- 4.0
-
投稿日 2015年03月01日
総合評価:4.0
2014年の年末の12月末、午後4時32分に鹿児島中央に到着しました。午後8時40分に鹿児島空港より帰途につく予定でした。
時間が僅かでしたが、鹿児島の観光もしたいと思いました。
駅前でタクシーに乗りました。鹿児島城に行くか、城山に行くか、迷いました。城山に向かいました。タクシーですぐでした。
樹木に覆われた城山でした。
城山のバス停からちょっと歩いたら、展望台に着きました。目の前に雄大な桜島が見えました。
下の方には照国神社の大きな白い鳥居が見えました。鹿児島の街並みが見えました。夕方だったので、灯りが点りはじめていました。
城山の頂上は標高108mだそうです。
鹿児島城は麓に有りましたが、この城山にも上之城という城が有ったそうです。でも、あまり城として使われなかったようで、樹木が繁茂してきたそうです。城郭は残っていないそうです。
歩いて、鹿児島中央に向かいました。麓までのヘアピン状の遊歩道の延長がかなり長かった。麓から鹿児島中央まで、私が不慣れだったので、道が分かりにかった。案外と距離が有りました。時間が限られているときは、ご注意ください。
ま、頑張って、歩いたので、鹿児島中央駅に着きました。空港連絡バスで鹿児島空港に向かいました。- 旅行時期
- 2014年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2015年03月01日
総合評価:4.5
JR九州の吉松と鹿児島中央を結ぶ特急です。この列車名は古代日本のこの辺りに居住していた「隼人族」に因むそうです。
2014年の年末の12月末、乗車しました。吉松から鹿児島中央へ向かいました。
自由席が僅かです。指定席を確保する方が良いと思います。
私が乗車したときは、気動車の2両編成でした。
工業デザイナーの水戸岡鋭治使徒のデザインによるものです。概観は茶色っぽい黒1色です。鹿児島の名物には「黒」が多いからだとか。
内装は木材を多用した暖かみ有る感じです。
女性の車掌さんが乗務していました。観光の車窓ガイドを頻繁にされ、楽しめました。
吉松から隼人までは九州山地の間を下りました。この間はたいした車窓は有りませんでした。
隼人からJR日豊線を走りました。架線の下を気動車で突っ走りました。鹿児島湾(錦江湾)沿いの海の近くを走りました。穏やかな海でした。雄大な桜島が見えました。
ときどき、イルカが跳ねるのが見えるとのガイドが有りました。よーく見ていたら、本当に跳ねるのが見えました。!(^^)!- 旅行時期
- 2014年12月
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 乗り場へのアクセス:
- 4.0
- 車窓:
- 4.5
-
投稿日 2015年03月01日
総合評価:4.0
2014年の年末の12月末に訪れました。
「人吉市SL展示館」ですが、人吉ではなく、矢岳に有ります。JR肥薩線の矢岳駅は標高約537mです。その矢岳駅に隣接して、このSL展示館が有ります。
展示館というよりも機関車の車庫という感じの建物です。
蒸気機関車のD51-170の1台のみが保管され、展示されていました。運転室に上がることができました。このデゴイチはとても綺麗に保管されており、今にも走り出そうでした。
以前は8620形蒸気機関車の「58654」もここに保管されていました。58654は蒸気機関車として復活し、現在、客車を曳いて、JR肥薩線を走っています。
観光客がSL展示館に着くと、即席のお店がオープンしました。シイタケや伝統玩具の「きじ車」等が販売されていました。- 旅行時期
- 2014年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2015年03月01日
総合評価:4.5
JR九州の観光列車です。JR肥薩線の人吉から吉松まで走ります。
2014年の年末の12月末に九州へ観光で訪れ、この列車に乗車しました。
「特急」ではなく、特急料金を要しない「普通列車」です。普通列車ですが、自由席が僅かであったり、無かったりするそうです。私は事前に指定席を予約しました。
人吉をPM1時21分に出るいさぶろう3号に乗車しました。
気動車の3両編成でした。これも鉄道の神様が地上に差し向けた工業デザイナーの水戸岡鋭治使徒によるデザインです。外観は濃い赤色で、古代漆の色だそうです。内装は木材を多用されており、椅子も木材が用いられていました。
女性の乗務員さんが乗務されており、観光のガイド等をされていました。
九州の鹿児島への鉄道は当初、海沿いの鹿児島線ではなく、山を行くこの肥薩線が先に建設されました。そのとき、九州山地の抜ける人吉から吉松までの間が難所でした。スイッチバック、ループ線、トンネルにより、この難所が克服されました。
難航時の末、明治41年(1908年)に全長2096mの第一矢岳トンネルが完成しました。トンネルの北側の大畑側には当時の逓信大臣 山縣伊三郎氏の「天險若夷」の文字が掲げられています。「てんけんじゃくい」と読みます。南側の矢岳側には当時の鉄道院総裁 後藤新平氏の「引重致遠」の文字が掲げられています。「いんじゅうちえん」と読みます。合わせて、「天下の難所を平地であるかのようにしたおかげで、重い貨物を遠くへ運ぶことができる」という意味になっています。
このことに因み、この人吉から吉松に向かう列車が「いさぶろう」と名付けられました。また、吉松から人吉に向かう観光用の列車が「しんぺい」と名付けられました。
この矢岳越えを通ってみて、明治時代の日本のたくましさを感じました。
いくつかの駅で少々停車していました。駅での写真撮影等をしました。
いろいろと楽しい列車でした。- 旅行時期
- 2014年12月
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 乗り場へのアクセス:
- 4.0
- 車窓:
- 4.5
-
投稿日 2015年03月01日
総合評価:4.0
JR九州の特急列車です。
2014年の年末の12月に観光で九州へ訪れました。早朝に博多より3号に乗車し、小倉を経て、宇佐まで行きました。
交流の特急電車です。デザインは工業デザイナーの水戸岡鋭治使徒によるものです。
博多から小倉まではまだ暗い中を走りました。
小倉で進行方向が逆となりました。乗客の皆さんが席が進行方向を向くよう座席を転回しました。
この電車は「振り子式」というものです。「振り子式」はカーブを通過するときに、車体を傾けることで、高速でのカーブ通過を図ったものです。この電車の振り子式はセンサーによりカーブを検知し、コンピューター制御によりカーブと速度に応じて、自動的に車体を傾かせるものです。走行中、眺めていると、カーブに差し掛かる度に、几帳面に車体を傾かせていることが分かりました。- 旅行時期
- 2014年12月
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 乗り場へのアクセス:
- 4.0
- 車窓:
- 4.0
-
投稿日 2015年03月01日
総合評価:4.5
JR九州の豪華列車「ななつ星」が話題になりましたが。えぇ、私はそれほど裕福ではありません。似たような所を通る「九州横断特急」に乗りました。
「九州横断特急」は大分県の別府から熊本県の阿蘇、熊本、八代を経て、人吉までを行き来しています。別府~熊本の間の列車と熊本~人吉の間の列車が1つの列車となった形となっています。温泉地や景勝地を走ります。速さのための特急と言うよりも、観光列車です。
2014年の年末の12月末に観光で九州へ訪れました。朝、大分県の三重町より九州横断特急1号に乗車しました。
念のため、事前に指定席を予約していました。
真っ赤な車体の3両編成でした。気動車の特急です。この列車も鉄道の神様が地上に送った工業デザイナーの水戸岡鋭治使徒によるデザインです。
ローカル線の列車ですが、車内販売が有りました。
まずは、JR豊肥線を阿蘇山へと走りました。通過した波野駅は標高754mで、この辺りがJR九州で最も標高が高い箇所だそうです。
阿蘇山のカルデラの貫く「坂の上トンネル」を抜けました。阿蘇山の外輪山の恐ろしく険しい絶壁が数回目の前に現れました。
カルデラの平原を走るようになると、両側の車窓に外輪山の壁が眺められました。外輪山の中を走りました。全く珍しい風景だと思いました。南側には雄大な阿蘇山の中央火口丘が見え、白い噴煙がちょっと見えました。阿蘇山の噴火はいつものことのようです。
カルデラ内の標高467mの赤水駅からカルデラの外の標高277mの立野駅までの間はスイッチバック形式の線路となっています。
熊本駅にAM11時9分に到着しました。AM11時24分の発車予定でした。熊本駅で私はこの時間に急いでフンフンフンを食べました。
熊本から八代までは海の近くのはずですが、海は見えませんでした。
八代から球磨川沿いのJR肥薩線の登りの坂道を軽快に走りました。ゆったりとした球磨川の渓流、良い景色でした。- 旅行時期
- 2014年12月
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 乗り場へのアクセス:
- 4.0
- 車窓:
- 4.5
-
投稿日 2015年03月01日
総合評価:4.0
2014年の年末の12月末に訪れました。
人吉は九州山地に囲まれた盆地です。
JR肥薩線は八代より人吉までは球磨川の渓流沿いを走ります。人吉から矢岳までがスイッチバック、ループ線、トンネルによる矢岳越えです。
人吉駅でひと休みという感じです。駅では駅弁が売られていました。駅周囲におみやげ物屋も有ります。
駅前に大きなからくり時計が有ります。お城を模したものです。朝から夕方までの毎時0分に動きはじめます。たくさんの人形がコミカルに動きました。約3分間作動するそうです。- 旅行時期
- 2014年12月
- 施設の快適度:
- 4.0































