横浜臨海公園さんへのコメント一覧(43ページ)全1,510件
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目の付け所が凄いです!
横浜臨海公園様
すごく良く調べられたのですね。
また、写真の内容が濃いですね。
普段気が付かないような部分に目が行き、
すごく感動ものです。
大船から三島までは直通で行けるので、たまに
行きますが、そこから先は中々機会に恵まれません。
昔は、急行「東海」や静岡までの直通があったので、
チョクチョク出掛けていたのですがね。
昨年、久し振りに富士駅まで行きました。
身延へ行くのに、特急乗換の為です。
その時、待ち時間がありましたので、駅ホームの
H鋼を何気に見ていたのを、今回の写真に照らし合わせて
しまいました。
楽しい、興味深い内容、ありがとうございました。
おかチャンより
拝復
おかチャンさま、こんにちは。
拙稿旅行記に投票とコメントを賜りまして、誠に有難うございました。
旅行記を作成するにあたり、鉄道編では、
国立国会図書館憲政資料室資料
国立公文書館保管資料
大宮鉄道博物館所蔵資料
地元図書館
を回りながら資料を収集しなければならず、最近では資料収集と精査に2、3年が当たり前の様になってしまっております。
実に通説と事実が異なっているのを痛感しております。
原資料を読み下すと、実にウィキペディアが嘘ばかり羅列しているかが良く解ります。
尤も、小生が旅行記を上程して概ね1ヶ月以内に、ウィキのデータが小生の旅行記を基にしているらしく、改竄されているのを見ると笑えます。
横浜臨海公園2015年02月08日13時58分 返信する -
投票ありがとうございました
こんにちは!
「能登半島旅行記」に投票いただき
ありがとうございました。
台風の影響で、雨の中の旅行となってしまい残念な思いをしました。
2015年は平穏な1年になってほしいものです。
我が家では、トラブル続きで年の初めから大荒れでした・・・涙
この先どうなるやら不安いっぱいの1年になりそうです。
また、宜しくお願いいたします。2015年02月07日15時03分返信する -
重厚な革張り表紙の旅行記です。
横浜臨海公園さま こんばんは。
わあーすごい!と言うのが私の感想です。
長年構想を練られて熟成させてやっと今、陽の目を見たという感じでしょうか。
素晴らしい重厚な革張りの旅行記。
私達のノートのようなペラペラの旅行記と一緒にするのが申し訳ないようです。
題材も身近な東京都内の話や、遠くドイツの歴史にまで及び、見ごたえがありすぎてとっても短時間では拝見できません。
私も今回で3度目です。
日本に鉄道が敷設されるようになったドイツとのいきさつ、その頃のドイツおよびヨーロッパの情勢、エムス電報事件、駐独公使だった青木と鉄拳宰相ビスマルクとの友好関係など、非常に興味深く読ませていただきました。
まだこれからも何度かお邪魔して拝見させていただきます。
ありがとうございました。
拝復
frau.himmelさま、こんにちは。
旅行記に投票と掲示板にコメントを賜りまして、誠に有難うございました。
> 長年
構想を練られて熟成させてやっと今、陽の目を見たという感じでしょうか。
→着想から完成まで4年間かかってしまいました。
> 私達のノートのようなペラペラの旅行記と一緒にするのが申し訳ないようです。
→いえいえ。frau.himmelさまの旅行記は内容が濃く面白さがございます。
それにしても、昨今のフォートラベル会員が上程する旅行記には、旅行記どころか日記の形式にすらなっていないガサツで粗末な愚にもつかぬ内容の旅行記が散見され、それがもてはやされているのが嘆かわしい現状です。
> 題材も身近な東京都内の話や、遠くドイツの歴史にまで及び、見ごたえがありすぎてとっても短時間では拝見できません。
> 私も今回で3度目です。
>
> 日本に鉄道が敷設されるようになったドイツとのいきさつ、その頃のドイツおよびヨーロッパの情勢、エムス電報事件、駐独公使だった青木と鉄拳宰相ビスマルクとの友好関係など、非常に興味深く読ませていただきました。
→兎に角、資料の収集に2年半、それから、資料を吟味して取捨選択に1年余がかかりました。
東海道本線全線分を上程するとなると、あと何年かかるか想像すら出来ません。
既に、岡崎まで該資料の取捨選択している段階でございます。
横浜臨海公園2015年01月29日12時40分 返信する -
毎回素晴らしいですね。
横浜臨海公園さんへ
こんにちは、今回はかなりの長文で本当に良く調べられたと関心しました。
個人的に東京駅と有楽町駅周辺が好きなので、興味深く拝見しました。
でも全部は読めなかったので、ごめんなさい。
ご自分の足でこれだけ細部まで撮影されて、毎回ながら素晴らしいですね。
感動さえ覚えました。
東京は戦前の面影が随所に残っているので、わくわくさせてくれる街だと思います。
東京駅の地下構内を車椅子だと、駅員さんに押して移動してもらえます。
でも毎回撮影するチャンスが無いので残念ですが、地下構内は実に明治か大正時代そのものに煉瓦のアーチが続き、ガス灯も壁に残り素敵です。
主人を連れて横浜方面へ出かける時の最大の楽しみが、東京駅の地下構内です。
ごま拝復
ごまさま、こんにちは。
この度は、小生の旅行記を閲覧され、投票とコメントを賜りまして、誠に有難うございました。
今回の旅行記は着想から完成まで4年も経過してしまいました。
東京駅南側地下通路は、数少ない、東京駅構内で戦災に被災しなかった箇所だった所なので、大正3年(1914年)竣工当時の雰囲気が色濃く残っております。
また、よく注意して見て頂くと判りますが、途中、丸ノ内側から八重洲側に向かって右手に、コンクリートで封印した箇所がございますが、其処は、嘗ての東京中央郵便局との連絡通路が存在した所で、昭和8年(1933年)まで、東京駅と電気動車で郵便物の移動に使用しており、封印部以降の側壁に、引掻き傷が見られるのは、その電気動車の台車が引掻いた痕です。
今度、通られましたおりに、よくご覧になってみて下さいませ。
横浜臨海公園2015年01月28日14時59分 返信する -
おはようございます
今朝の当地播磨は寒さも和らいだ
晴天の幕開けです。
PC前には左後方から暖かな日差しが
差し込んでいます。
久しぶりにカーテンもフルオープンです。
外を歩かれる方から宮殿内部が丸見えと言う厳しい
現実もありますが気分優先で・・・
猫チンもヒータから離れ日差しの当たるところで
太陽光線を満喫してごじゃりまする〜
何時も素晴らしい日記で驚くことばかりですが・・・?
たぶん以前にアップされていることだとは思いますが?
ふと・・・明治・大正・昭和の天皇のお召し列車が
何処かの駅に保管されていて秘密の出入り口があると
聞いたことを思い出し、あなた様ならご存知かも?と
思いお尋ねにお邪魔しました。 のんき茂野2015年01月27日11時45分返信する拝復
のんき茂野さま、こんにちは。
掲示板にコメントを賜りまして、誠に有難うございました。
> ふと・・・明治・大正・昭和の天皇のお召し列車が
> 何処かの駅に保管されていて秘密の出入り口があると
> 聞いたことを思い出し、あなた様ならご存知かも?と
> 思いお尋ねにお邪魔しました。
→お尋ねの、大部分の車輌は大宮鉄道博物館に移送され展示されております。
賢所車、第13号、第14号、及び、新第1号、旧第1〜3号御料車は都内某所に於いて厳重に保管されております。
横浜臨海公園2015年01月28日12時12分 返信する -
こんにちは〜
よくもまあぁ〜 調べ上げられたものと
感心します。アップするだけでも相当の時間が・・・
富士駅
http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/37/18/51/src_37185150.jpg
この赤い線が開通当初の駅のプラットホームの高さなのでしょうか?
この壁を利用して拡張された?
古いレールを柱に流用・・・これは理解できます。
レール留めの穴を背中合わせにすれば、より太い柱が
造れますよね〜
戦時中は、満州鉄道=満鉄のレールを軍刀に流用できた
くらい品質が良かったそうですから・・・
富士川橋梁架橋・・・そうでしょうね?
ご維新から僅か22年(私のじい様は23年の生まれ〜関係ないか?)で
あれだけの建造物を造る技術は無かったでしょうから・・・
アメリカの技術者の指導の下、アメリカ製の鉄骨を使って
建造? またはアメリカで組み立てたものを輸入して
アメリカの技術者の下、連結した?
当時の日本人のほうが現代人より理解する力・受け入れる能力が
上だった? または単に先進国の指導を闇雲に信じていた?
どちらにしても凄いことですし、現在に至るも流用しているのも
素晴らしいことです。
これからも、素晴らしい日記をアップしてください。
のんき茂野拝復
のんき茂野さま、こんばんは。
この度は旅行記への訪問と投票、掲示板にコメントを賜りまして、誠に有難うございました。
> よくもまあぁ〜 調べ上げられたものと
> 感心します。アップするだけでも相当の時間が・・・
→仰せのとおり、この旅行記の作成は2年かかりました。
> 富士駅
>
> http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/37/18/51/src_37185150.jpg
>
> この赤い線が開通当初の駅のプラットホームの高さなのでしょうか?
→そのとおりでございまして、設置当時の高さです。
当時の客車は外付でステップが設置されていた事から、あるかないかの差しか存在しなくとも、機関車はチャント動きました。
旅行記作成は疲れます。2015年01月27日19時00分 返信する -
よく調べられています
横浜臨海公園さま
こんにちは
東京−浜松町間の建設秘話を興味深く読ませてもらいました。
今度歩いて建造物をじっくり観察してみたいと思います。
小便小僧は還暦を迎えたのですね。
子供のまま大きくなってしまったようで。。。
季節ごとに衣替えするので、よく写真を撮っていたことがあります。
かっちん -
いつもながら感心させられっぱなしです。
いつもの生活の中で
流されつつある歴史を
細かく紐解き尋ねられる姿に低頭致します。
また、今回は
『東京都は、昭和22年(1947年)3月15日附を以って、行政合理化の為に旧36箇所存在した区を現行23区に統廃合し新区名を制定命名した。』
私が生まれる2日前!!!
知れただけでもお礼申し上げます。
※以前の旅行記ですが
神奈川に住んでいた頃もあり
何気に無関心でその土地を踏んでいた事を
関心を抱いて拝見させて頂きました。
また、旅行記を楽しみにしておりますので
これからもよろしくお願いいたします。拝復
蔦之丞さま、こんにちは。
今回は拙稿旅行記への投票と掲示板へのコメントを賜りまして、誠に有難うございました。
仰せの通り、今回の旅行記は、元資料を読み出す事から作業がはじまり、気がつけば、完成まで4年もかかってしまいました。
例えば、10例あるとして、9例が肯定、1例が否定とすると、常識で考えれば多数例が事実と思うかもしれませんが、実際には、該1例が正当で、あとの9例は孫引きの結果であり、調査を怠った結果などというのは度々出くわしました。
現在製作中の、汐留-品川間編、及び、川崎-横浜間編も資料の取捨選択に苦労させられております。
横浜臨海公園2015年01月26日15時34分 返信する



