横浜臨海公園さんへのコメント一覧(41ページ)全1,512件
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17年間住んだ懐かしい静岡
横浜臨海公演様
いつもご訪問・ご投票ありがとうございます。
詳細な鉄道記・鉄道の歴史に圧倒されます。
静岡は子育て中の17年間住んだ所で、安倍川、用宗、焼津、西焼津、藤枝、六合、島田、どの駅にも降りたことがあり、知り合いもいて、地名に懐かしさを感じました。
大崩海岸は風光明媚な場所で、よく海中に突き出た道をよく車で走ったものです。
静岡を離れて10年になりますが、駅前の様子もあまり変わっていないようです。のんびりした雰囲気が伝わってきますね。
yoshieri
拝復
yoshieriさま、おはようございます。
何時も拙稿にお立寄りを賜りまして、誠に有難うございます。
yoshieriさまに静岡在住経験がおありだったとは意外でした。
例の、大崩海岸の道は、静岡市と焼津市の境付近で大規模な崖崩れが発生して以来、修復は断念され通行止めになってしまい、頻繁に車が行き交っていた例の海上大橋付近は、全く大橋だけの構造物がそそり立っている状態だけになり、昭和47年(1972年)に通行中の乗用車の上に崖崩れで運転者が亡くなった慰霊碑だけが、不気味な雰囲気の中に残されております。
本当は旧石部隧道坑門の所まで訪れたかったのですが、そこまでの取付道路すら崩壊でアプローチする手段が無く、立入禁止区域として指定されている所を、法を犯してまで入る訳にもいかず、その為に、あの様な上からのショットになってしまった次第でございます。
安倍川駅付近は、静岡駅から隣駅でもありマンション建設が続き、朝は、あの狭いホーム一杯の利用者で危険と判断された事で、駅舎の増床工事中でしたが、拙稿をご覧になられ、それ以外の駅は概ね昔のままだったと思います。
横浜臨海公園2015年03月16日04時08分 返信する -
ありがとうございます。
横浜臨海公園さま
こんにちは。ご無沙汰しています。
また年を取ってしまいました。もうこの時期になるとさすがに嬉しくもなくなってしまっている自分に気が付きます。でもありがとうございます。
3月9日から熊本と福岡に行って参りました。筑豊に個人でやっておられる戦争資料館があり、そこに行って来ました。初代館長をされていたご主人が航空偵察兵として従軍されていたことから、その「事実」を後世に伝えるべく開設されたそうです。既に亡くなってはおられるのですが、奥さんが館長を引き継いでおられます。
その奥さんも昨年脳出血で倒れられて、復帰もままならないだろうとの医師の話だったそうですが、息子さんの副館長さんの話では驚異の回復力で退院されたそうです。そのお気持ちと言うのが、以前横浜臨海公園さまからお伺いしました、お父上の「戦友のために生きて行く」という「気持ち」と同じだったことを知りました。初代館長のご意思を引き継がれていることですが、やはり「戦争の両面の事実」を後世に伝えることに「義務感」を持たれている方の想いは「同じ」なのだと改めて思いました。
この前の沖縄戦跡も4ヶ月でやっとあの程度が書けました。福岡まではまだ時間が掛りそうですが、また幼稚な文章の羅列ですがまたご覧頂けたら幸いです。横浜臨海公園さまもお体をご自愛下さいませ。
たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。2015年03月12日17時03分返信する -
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山手線は歴史遺産的な部分が現役で使われているんですね。
横浜臨海公園さん
私の拙い旅行記に「いいね」ありがとうございます。
東京駅や新橋、有楽町はよく行く場所です。
さりげなく存在する鉄道施設は実は歴史のあるものがものが多いのですね。
煉瓦の橋梁や鋼鉄の支柱など、恐らく戦前の古いものなんだろうなぁ〜という漠然とした意識でした。
円形装飾などは全くその存在に気づくことはできませんでした。
今度は少し意識して見るようにします。拝復
nichiさま、こんにちは。
拙稿旅行記に投票と掲示板にコメントを賜りまして、誠に有難うございました。
東京の高架線施設は、現実的に歴史的意義も多い所ですが、東京駅100周年直前まで、注目される事も少なく、半ば省みられぬ存在だったと称しても過言では無かったと思います。
JR東日本だけでは無く都市美観の立場から、東京都も本腰を入れて整備して欲しいと願っておりますが、芸術に理解があった石原元知事なら実行も可能性があったかと思いますが、あの現都知事の性格では無理でしょう。
都心の高架橋に就いては、東京-飯田橋間、及び、東京-上野間に就いても資料収集をしており、何れ機会を見て発表させて頂きたいと思っております。
横浜臨海公園2015年03月08日14時13分 返信する -
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こんにちは(*^^*)
今日はケンタッキーで声かけて頂きありがとうございます。
短い時間でしたが有意義な時間になりました。
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超大作、超労作!
横浜臨海公園様、
こんばんわ。
ご無沙汰しております。
さて、今回のご旅行記。
一言では書けませんが、超労作、超大作ですね。
ひとつ前のご旅行記もその前もそうですが、綿密な調査と実地検分がなければとてもこのように詳細かつ正確な内容は書けませんね。
唯一の欠点はこれを拝見すると投稿するのが気恥ずかしくなってしまうことでしょうか(笑)
東海道線は今では新幹線にその地位を奪われつつありますが、今も各地域の足として、また関東と関西を結ぶ貨物輸送の大動脈としての地位は揺るぎません。
そうですが、特にこの静岡と島田あたりを結ぶ部分は由比、興津の付近同様架線工事が難儀したのではないかと思われます。
特に大崩れという海岸線。
よくもこんな崖に線路を引いたものだと驚きます。
3.11の地震で側壁が落下するのもむべなるかな。
今のように何でもトンネルで済ませれば比較的容易なのでしょうが、当時のトンネル掘削技術では危ない崖でも海岸線近くに線路をもってくる必要があったのですね。
とにもかくにも先人の努力、技術、そしてこの労作全てに感嘆いたしました。
今後も質の高い旅行記をお願いいたします。
norisa



