hijunoさんへのコメント一覧(13ページ)全127件
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ニッキ餅♪
Reiseさん、こんにちは!
南北朝時代の歴史に触れられた旅行記、楽しく拝見させていただきました。
シンプルな建物なのに、そこに優美さが感じられて。
歴史も興味深く学べますね♪。
と言いつつ、ニッキ餅に惹かれてしまう私です(笑)。
懐かしい味、、、そんなニッキ餅、食べてみたいです♪。
そして、後ろ姿のカエルにも、興味が。。。
可愛すぎます!!!。
「洋食のおとぎ屋」のランチも、魅力的過ぎます。。。
花より団子の私がむくむくと登場しちゃいました(笑)。
sukecoお便りありがとうございます。
sucekoさん
おはようございます。
お便りありがとうございます。
ニッキ餅、、中に程よい甘さの餡子が入っていて、なんだか昔食べたお餅を思い出しました。ニッキと餡子、モチ、、なんて、あわない〜と言っていた主人も結局
まんざらでもなく、食べていました。笑
不思議な味ですが、また食べたい味です。
ニッキって、八橋にも使われてきましたから、和菓子には欠かせない材料だったのでしょうね、むかしから。でも、これは、好き嫌いが分かれるところです。
子供のころは、そんなに美味しいと感じませんでした。。
実はこのお餅、冷凍になってました。
解凍されるまで、待ちきれなくて、アイス饅頭のように食べてしまいました。笑
私も花より団子です。笑
うしろ姿のカエル、、、、よくぞ、気づいてくださいました!!!(^^)!
すごくうれしいです。
二匹並んで、なんとも、愛らしいです。
でも、なんで、うしろ姿なんでしょうか〜。不思議です。しかも、ぴったり二匹くっついて。可愛いです。
そういえば、昨日、行ったお寺のお庭にも後ろ姿のカエルがいました。
これは、単なる向きの問題なのでしょうか、、、ミステリアスです。笑
旅行記も読んでいただいて、嬉しいです。
この河内の山の中の静かなお寺で、南北朝の争いが繰り広げられ、天皇、上皇、武将など多くの人々が関わってきたことがよくわかりました。
しかも、南朝北朝の皇族が同時に同じ場所にいたことも不思議です。
毎日の生活で、何年も、顔も合わせることもあったでしょうに、、、。
歴史って、考えも及ばないことがあったりして、ますます面白いと感じます。
sucekoさんの東北のクチコミも興味津々で観させていただいています。
次回の東北旅行にはぜひに行ってみたいところばかりです。
引き続き、とても楽しみにしています。
昨日から関西も雪がちらほら、風も強く、いよいよ寒い日がきました。
先日行った関ヶ原も今は雪が深いことでしょう〜。
お風邪などに気をつけて、暖かくしてお過ごしくださいね。
いつも楽しいお便りありがとうございます。
Reise
2024年01月24日09時50分 返信する -
懐かしいです
旅行記を懐かしく拝見させて頂きました。私は16年前まで三菱重工神戸に37年勤めていました。23歳の時、電算機専門学校を卒業しプログラマーとして入社しました。
私が在職時や退職当時は、潜水艦部門以外の工場内の写真撮影は全く厳しくありませんでしたが現在、相当厳しくなっている事に驚きました。お便りをありがとございます。
hiroshi_kakogawaさん
はじめまして。
旅行記を読んでいただき、ありがとうございます。また、いいね、もありがとうございます。
そうだったのですね。
あの、三菱重工神戸に長い間お勤めだったのですね。
とても大きな敷地ですね、びっくりしました。
写真撮影はとても厳しくて、あの砲台の周りのものがちょっとでも映り込む可能性があるので、砲台外での写真は厳禁でした。
潜水艦関係の製造も関係していると聞きましたが、そのほかにも建物や一切の
敷地内の写真撮影禁止が徹底していました。
あの場所の和田岬砲台は本当に大切に保護されていて、貴重な遺構として非常に
重要な文化遺産だと思いました。
三菱重工さんの尽力がとても大きいと感じました。(修復の際の費用もかなり負担しておられます)
西宮にも砲台がありますが、中は煤だらけで見学はできないそうです。
外側だけを外から眺めるだけでしたので、この和田岬砲台の見学は興味深く
詳しい説明も聞くことができて、心に残りました。
後世にこの貴重な遺蹟が残っていくことを心から願いました。
Reise2024年01月15日20時26分 返信する -
関ヶ原
Reiseさん、おはようございます。
関ヶ原の詳細な旅行記、とても興味深く拝見しました。
Reiseさんが大谷吉継が好きというのも、なんとなくわかるような気がします。歴史好きの方ならではの、ツウでシブい好みかと感じました。
で、私は島左近ファンなのです。それは昔TBS(多分)の正月長編ドラマ(確か三日間くらいに渡って放映された)の「関ヶ原」を見て感銘を受けたからなのです。三船敏郎の島左近、加藤剛の三成、森繁家康、本多正勝には三国連太郎と、超豪華な布陣でした。勢いあまって司馬遼太郎の原作も読んでさらにハマり…ドラマもですが原作は島左近の比重が大きかったのです(ちなみに、「関ヶ原」が私が初めて読んだ司馬小説でした)。
関ヶ原の戦い、歴史の大きな流れに大小の人間ドラマが重なり…本当に興味が尽きません。結局は小早川の裏切りで勝負が決した感がありますが、これだけでなく、様々なドラマが展開していたのでしょうね。
後から思えば、西軍は秀頼が出陣していればと。小早川の裏切りも防げただろうし、毛利も戦いに参加したかも知れません。東軍の加藤、福島なども動けなかったと思いますし。
また、戦い以前に前田利家、豊臣秀長、蒲生氏郷、小早川隆景などがもうちょっと長生きしていたらとか、宇喜田秀家を二百万石くらいにしておけば…とか(それを言えば、吉継が病にならず、百万石くらいになっていればとうのもあります)。西軍には不運でしたね。
ただ、歴史の大きな流れの中ではやはり家康の元に天下が収まることになったのかなとも思います。安定して長期に続く統治を作り上げるという点では、家康は抜かりがなかったと思います。関ヶ原の裏工作も凄かったですしね。この点では信長も秀吉も遠く及ばなかったと思います。家康は寿命レースに勝ち抜いたとも言えますが、奢侈な生活に流れず自らの健康にとても気を使っていたとされますし、あの長命も自らの努力の結果なのかも知れません。
新年から長々とマニアックなお話をして失礼致しました。
Deco今年もどうぞよろしくお願いいたします。
Decoさん
おはようございます。
そして、今年もどうぞ宜しくお願い致します。
またお便りをありがとうございます。
関ヶ原の旅行記を読んでいただいて、また詳しく教えていただいて、ありがとうございます。
私は歴史は大好きですが、戦国時代は特に知らないことが多くて、旅行記もありきたりなことを書いて、恥ずかしい限りです。
Decoさんは、島左近のファンなのですね。
島左近といえば、石田三成に過ぎたるものがふたつ、佐和山城と島左近、、というフレーズしか知らないのですが、石田三成の優秀な家臣で、俸禄も石田三成は自分のもらう俸禄の半分を差し出したといいますから、よほど優れた人材だと思っています。
私もいつか、関ヶ原の小説も読んでみたいです。
そして、その関ヶ原のドラマを観てみたくなりました。すごいキャスティングですね。(今の時期、夜のテレビは、夫の忠臣蔵の様々バージョン鑑賞がひどくて、
私はチャンネル競争をあきらめます。笑 出演者が違うと、ドラマも全く違うみたいで、古い森繁久彌などのバージョンもみていました。)
そして、今回周りきれなった、他の遺跡なども訪ねてみたいです。
関ヶ原の戦い、、
Decoさんのおっしゃるとおり、前後して様々な戦いや要因があって、関ヶ原の戦いの終了をもって、徳川の時代がやってきますが、この6時間の戦いの中にも様々なドラマがあっったのですよね。
私は武将たちの名前もよく知らないのですが、ちょっと意外だったのが、寝返りをした西軍の将が多くて、小早川秀秋のほかにも、脇坂氏もその一人で、忠臣蔵ではとても良いイメージだった脇坂氏が関ヶ原では寝返ったことが、にわかに信じられない気持ちでした。(勝手に良いイメージですが)
戦いのあとは、淡路の地で安泰に過ごせたことはよかったのかもしれませんが。
生きるか死ぬかの戦い、寝返りや裏切りも必要だったのでしょうが、次々と寝返っていったことが、ちょっと悔しかったりもしました。
(どこか、西軍の味方になっています。笑)
おっしゃるとおり、徳川家康は確かに混乱の時代を終わらせ、平穏な時代の幕開けを行い、また自分自身についても身体も大切に守り、また、海外のことなども知識を積極的に探究し、、、と家光が敬愛したことからも、家康がトップに立ったことは必然的だったのでしょうね。
あと、私がこの関ヶ原の戦いで、島津義弘の敵中突破の撤退も意外だったのです。
敵に背を向けないように、いちかばちかの撤退で、寝返りや裏切りもなく、
ただ、撤退するときの方法が予想もつかない方法で。
戦いの後も、本当なら減封などにあうべきところ、おとがめもなく。
しかも、家臣の反対にあいつつも、大阪城にいた人質の母子の救出に当たるところなど、熱い人でもあったのだと、感じました。
徳川家康も恐れつつも、用心しつつも、島津氏には一目置いていたのだとおもいます。
様々な人間ドラマが繰り広げられ、また知らないことも沢山あって、この時代も
人間的なんだなぁ〜と感じています。
Decoさんのように知識は全くないのですが、日本の歴史の大きな転換期の戦い、出来事に興味は尽きません。
歴史は本当に面白いです。
でも、歴史から学べないことだらけ、、、自分も含め、日本も世界も。愚かなことを繰り返しています。
私も今年は静かで穏やかに始まったとおもっていましたら、災害も事故も続いて
心が折れそうになりました。
もうじき、阪神淡路大震災が起こった日も近くなって、記憶も想いも重なった人が沢山います、私もその一人です。
そんなことを想いながら過ごしています。
寒くなりました。
お母様も心配ですが、どうかDecoさんもお疲れが出ないように、お体を大切にお過ごしくださいね。
今年もどうぞ宜しくお願いいたします。
Reise2024年01月13日07時53分 返信する -
関ケ原!
Reiseさん、こんにちは!
今年もどうぞよろしくお願いします♪
関ヶ原の戦い、どのような戦いだったかと聞かれても、いつも???になりますが、
Reiseさんの旅行記、とても分かりやすく、勉強になりました!!!。
戦いが6時間で終わっていたなんて・・・。
裏切り、忠誠、様々な人の人間像、とても興味深かったです。
特に、義に生きた大谷吉継のお話は興味深々。
関ケ原、いつか訪れて、実際の目で見て、その当時を想像してみたくなっちゃいました。
sukeco今年もどうぞよろしくお願いいたします。
sucekoさん
お便りをありがとうございます。
こちらこそ今年もどうぞ宜しくお願い致します。
パタヤのクチコミ、ホテルライフを読ませていただいて、よだれが出そうです。(笑)
こんな快適に時間を過ごしてみたいです。
sucekoさんのフットワーク、行動力、旅力にはひたすら憧れます。
今年はヨーロッパにも行きたいのですが、どうでしょう、、、
コロナも収まり、やっと、、という気持ちですが。
sucekoさんの旅行記を読みながら、行動してみよう〜と勇気をもらっているのです。
関ヶ原の旅行記を読んでいただいて、ありがとうございます。
私は歴史は好きですけれど、戦国時代は本当によくわからなくて、武将の名前も
知らない人が多いです。
関ヶ原は新幹線に乗ると、まず、冬では雪景色。でもいつか行ってみたいなぁ〜と
思ってました。
私も戦いが6時間で終わったのはちょっと拍子抜けしてしまいました。
もちろん、関ヶ原の戦いに至るまでに、小さな戦いはあちこちで勃発していたでしょうが、この関ヶ原では、こんなに短い時間で終わるなんて。
しかも小早川秀秋という人物の東軍への寝返りが勝敗を決める大きな要因だったのはなんとなく知ってましたけれど、こんなにもあっけないものかと。。
おっしゃるとおり、この戦いに関わった人物たちも興味深かったです。
とくに、島津義弘については、敵に背を向けずに退去しようと、敵中突破という無謀な行動に出たことも、その後も大阪城に人質になっていた母子を救出してから薩摩に戻ったのも、薩摩の精神をみたように思えました。
記念館も良い設備でした。
もし関ヶ原を周られることがありましたら、是非、こちらにも寄ってみてくださいね。
私も好きな石田三成や大谷吉継の陣跡が心にのこっていますが、そのほかにも
関ヶ原にある陣跡や周辺の遺蹟をまわってみたいです。
年末からお正月の疲れがでるころです。
寒さもこたえます。
お体を大切に過ごしてくださいね。
今年は元旦から思いもしないことが次から次へとおこりました。
早く平穏な日々を取り戻せるとよいですね。
Reise
2024年01月12日17時23分 返信する -
寺田屋
Reiseさん、こんばんは。
寺田屋、幕末好きの人の間では知らぬ人はいないほどの有名処。しかし、現在の姿は意外にも知られていないのではないでしょうか。
そんな寺田屋、興味深く拝見しました。鳥羽伏見の戦いで焼けて再建とはいえ、歴史を感じさせる建物。建築物単体としても貴重で素晴らしいです。ロケに使われるのも納得。龍馬の弾痕は…焼け残った柱を移築したのでしょうか…(笑)
旅行記は、いろいろ廻っていると、写真のストックがたまってきて、記憶が新しいうちにまとめなければと思って焦るのですよね。私は皆さんの旅行記を読んだりするのがルーティーンになっていますが、それはそれで上記のごとくストックがたまって焦って…精神衛生上良くなくいようです。
Reiseさんの旅行記は自分の足で丹念に廻られて、調べられて、建物のこと、歴史のこと、街のこと…いろんなことが深くわかります。これからも楽しみにしています。
今年は楽しい交流をさせていただきありがとうございました。また家族が入院したときには、コメントをいただきありがとうございました。心配していただいていることが伝わってきて、ありがたく思いました。
Reiseさんも、ご家族さまも、どうぞ良いお年を。
来年もよろしくお願い致します。
Decoお返事遅くなり申し訳ございません。
>Decoさん
こんばんは。
お返事が遅くなりました。
新年あけましておめでとうございます。
どうぞ、今年もよろしくお願い致します。
寺田屋の旅行記を読んでいただき、ありがとうございます。
学生のころに、坂本龍馬の大ファンという友人と見学に行ったことを覚えているのですが、何を見たか、、もうすっかり忘れてしまっていました。笑
その龍馬の鉄砲の弾痕の跡や刀傷、お龍さんの入っていたお風呂、、と説明はあるものの、当時の建物は焼失してしまったことが頭の片隅にずっとあって、この歳になると、なんだか冷めた気持ちが先に立ち(笑)、、、複雑にあとをしました。
この寺田屋では二つの事件が起こり、ひとつは、坂本龍馬の寺田屋騒動、もうひとつは薩摩藩内部の事件、寺田屋事件ですが、私は、この寺田屋事件についてもよく知らなかったので、今回、いろんなことを知ることができてよかったです。
周囲にも寺田屋事件に関しての遺蹟もあって、薩摩藩との関わりのあるお寺なども
周りました。
いつも、あちこちに好奇心のまんまに動き回って、納得するまで探し回るというパターンが多いです。(行動がスロー)出かける前に調べたこと、地点が見つかるまで、しつこく、あきらめないので、また時間もかかる次第です。(なので、一人で歩くのが一番都合が良いです)
私も写真を撮るのが好きで、ついつい、あちこち夢中で撮ってしまい、写真が山のようにたまってしまっています。
旅行記もマイペースで書いているので、ちょっと前に訪れた場所も写真も記憶が定かでなくなり、困ったものです。
Decoさんの記事を読ませてもらっていると、細かくまとめ、さらに詳細に考察や調べがあって、勉強になります。
さらに、クチコミの美味しいお店の紹介が特に楽しくて、ついつい、どのあたりだろう、、と地図を観たり。
これからも楽しみに読ませていただきいます。
宜しくお願いいたします。
昨年はお母さまの入院やリハビリ開始もあり、本当にご苦労されたと思います。
私も母の入院やリハビリを経験しているので、その心労がよくわかります。
どうか、今年は元気にまたDecoさんと一緒に旅されるのも楽しみに待っています。
Decoさんもお疲れがでないようにしてください。
暖かい冬とはいえ、寒さがこたえる頃になりました。
年明け早々、様々な大きな出来事が起こりました。
平穏な日々がいかに尊く、難しいものであるか、身に沁みました。
今年もDecoさん、ご家族にとって平安で、素晴らしい一年となりますように。
今年もどうぞ宜しくお願い致します。
Reise
2024年01月04日20時41分 返信する -
怖楽しい鬼太郎ロード
Reiseさん、こんばんは!
鬼太郎ロード、妖怪達のオブジェが沢山あったり、街中にゲゲゲの鬼太郎が溢れていて楽しそうです。
着ぐるみも登場なんて、わかっちゃいるけどテンション上がりますよね。
猫娘さん、ナイスなポーズ!
お孫ちゃんもさぞお喜びだったことでしょう。
お土産の最中も可愛くて食べるのが勿体ない、どこから噛ればいいのか悩みそうです(*´-`)
蒜山高原は、高知のスーパー買う蒜山ヨーグルトが凄く美味しくて、とても行きたい場所のひとつなんです。
ソフトクリームも美味しいでしょうね。
それにしても、11月半ばであの大雪にはビックリです( ; ゚Д゚)
凄く寒そうですが、お孫ちゃんは雪遊びができてラッキーポンキチ!?
最後のカニの行列に目が釘付けになってしまいました(ФωФ)
こたまま
お便りありがとうございます。
こたままさん
こんにちは!
お便りありがとうございます。
旅行記も読んでいただいて、ありがとうございます。
孫との約束で、鬼太郎ロードなどを周りましたが、思っていた以上に
おばあ・おじいも楽しんでしまいました。
とくに、昔みていたゲゲゲの鬼太郎はちょっと怖さ、不気味さが記憶にあったのですが(子供のころだからでしょうか)、今回観た様々な妖怪、どことなくユニークで、不気味さの中に愛らしさもありました。
着ぐるみ、、そうなんです、、、わかっているのですが、かわいいですね〜。
ポーズをとってくれるサービス精神にもありがたいですけれど、おっしゃるとおり
孫は大喜びでした。
あの商店街、鬼太郎通りは、犬連れでなかったら、どんどんお店に入っていたとおもいます。可愛いものだらけでした。
蒜山ヨーグルト、四国でも売っているのですね〜。
濃厚な牛乳、美味しいですよね。。
あの遊園地の寒いベンチ中で食べたソフトクリーム、美味しかったです。(^^♪
雪には本当にびっくりです。
本気で脱出できないのかと、、、笑
孫は大喜びで、おじいの必死のパッチでつけているチェーン作業のそばで、
遊び回っていました。笑
めったにない機会でしたが、つくづく雪になれていない自分達を改めて知りました。(-_-;)
忘れられない旅になりました。
バッテリーも上がってしまい、近くに宿泊の方にも助けていただき、、、
本当にありがたかったです。
蟹は、今年は安いそうです。
とても新鮮で、美味しい蟹でした。
蒜山大根も美味しかったです。
食べることばかりですが、。。
今年も1か月を切りました。
体調を崩さないようにお過ごしくださいね。
Reise
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>2023年12月05日11時16分 返信する -
旅行記拝見
Reiseさん
興味深く旅行記拝見しました
グッゲンハイム邸
ニューヨークのグッゲンハイム美術館のグッゲンハイムでしょうか?はじめまして。コメントありがとうございます。
nori2boさん
おはようございます。
コメントをありがとうございます。
旅行記を読んでいただいて、ありがとうございます。
グッケンハイム邸の名前のグッケンハイム氏はドイツ系のアメリカ人の貿易商で
1874年〜1940年の人ですが、邸宅の財団のホームページをよく読みましたら、グッケンハイム美術館の財団設立者とも遠戚になるのだそうです。
ドイツ系の珍しい名前なので、何かつながりがあるのではないか、、、と思いましたら、遠戚であったのですね。
nori2boさんのコメントをいただくまで、全く気が付きませんでした。
ニューヨークのグッケンハイム美術館は鉱山王の実業家だったソロモン・R・グッケンハイム財団が造られたそうです。
グッケンハイムの一族は実業家として活躍されていたのですね。。
グッケンハイム美術館は、その建物も日本でも帝国ホテルや兵庫の芦屋にある旧山邑邸(見学しました)など多くの美しい建築を残した建築家ライトなんですね。
いつか行ってみたいとおもいました。
実は旅行記にも書いたのですが、グッケンハイム邸と近くにある竹内邸とは入れ替わってしまっていたことがわかっています。
グッケンハイム氏は近くの竹内邸に住んでいたようです。
いまは、もう便宜上、お名前は変えることはないようですが、当時の土地台帳や何かの間違えで名前が入れ替わったようです。今では考えられない間違いですが。
竹内邸は今、改修中でした。こちらも見学できるとよいです。
グッケンハイム邸、月一回の見学の洋館、少なくなった貴重な洋館でした。
nori2boさんももし機会がございましたら、是非、見学してみてください。
芦屋の旧山邑邸(ヨドコウ迎賓館)も素敵です。
nori2boさんからのコメントで、また沢山のことをしることができました。
ありがとうございます。
Reise
2023年10月17日06時06分 返信する



