amaroさんのクチコミ(155ページ)全3,113件
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投稿日 2012年05月23日
総合評価:3.0
冬のある日、アジサイで有名な鎌倉の成就院を訪れました。時期が時期なので、だーれもいないだろうなあと極楽寺の切り通し沿いの参道を登っていくと、結構な賑わいなのです。どうしてかなあと境内に入ると、狭い境内になぜか不動明王が吹きさらしのまま置かれており、「縁結び不動明王」と書かれてました。写真を撮って携帯の待ち受け画面にすると、パワーがもらえる−そんなことが言われているようです。携帯に不動明王?まさかと思いつつも、そんな「縁結び力」を期待してか、若い女性を中心に多くの人が訪れているようでした。北条泰時が建立したという古いお寺ですが、色んなことをやらないと大変なのかなあ。
- 旅行時期
- 2012年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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ぜーんぶユニクロ
投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
東京・銀座の中央通り沿いにオープンしたユニクロ銀座店。12階建てのビルが丸ごとユニクロ。とうとうここまで来ちゃったか、という感じです。郊外のユニクロに比べるとさすがの品ぞろえ。最上階にはユニクロギンザスペシャルという催し物会場さえありました。ワンフロアが狭いのっぽビルのため商品が各階にわかれており、品選びはちょっと面倒。それと、最近の銀座の特徴だけど、やたら中国語が聞こえるんですよねえ。
- 旅行時期
- 2012年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
源義経を描いたドラマや映画で必ずといっていいほど登場する腰越状のエピソード。源頼朝が壇之浦の合戦で平家を滅亡に追い込んだ義経の鎌倉入りを許さず、腰越で待機させたのに対し、弁慶が頼朝の怒りを鎮めるために書状を書くというできごとです。この時、義経の逗留場所となったのが満福寺でした。この寺は現在も腰越にあり、境内には「弁慶の手玉石」や弁慶が腰掛けたとされる「弁慶の腰掛石」などがあり、歴史満載のお寺でした。ただ不思議に思ったのはその距離。鎌倉入りを許さずというエピソードから鎌倉市街地からかなり遠いというイメージを持っていたのですが、実際に歩いてみると、4、5キロしかなく、決して歩けない距離ではないのです。頼朝は義経の影響力を恐れたとは想像しますが、だとしてもこんな近くに待機させるかなあ、と不思議に感じました。
- 旅行時期
- 2012年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
三浦半島でお気に入りのビーチといえば秋谷海岸です。海岸に立つ「秋谷の立石」は江戸時代、安藤広重の「相州三浦秋屋の里」に描かれたほどの絶景の地ですが、その南側が海水浴場となっており、夏はなかなかの賑わいです。ただ、公共交通機関の利用が不便な上、夏場、三浦半島は渋滞だらけになるためか、地元の人が多い感じです。相模湾は遠浅ではなく、すぐに深くなっているのが特徴ですが、こちらのビーチも20メートルも出ればかなりの深さになります。砂地の間に岩礁も多くあり、注意が必要です。立石の回りは岩礁地帯になっていて、シュノーケリングを楽しむ人も多く見かけます。その北側は沖まで磯場が伸びていて、磯遊びをする家族連れが目立ちます。
- 旅行時期
- 2011年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
稲村ガ崎といえば、条件反射的にサザンオールスターズの稲村ジェーンが聞こえてきます。でも、実際に行ったことがなく、早春の1日、足を運んできました。夏場じゃないと雰囲気が出ないかなあと思いつつも。相模湾を望む国道134号を鎌倉方向から進み、鎌倉市の由比ガ浜を過ぎて海に突き出した岬が稲村ガ崎でした。ちょっとした峠を越えて七里ケ浜が見えてくると、海側にちょっとした広場。階段を登っていくと展望台がありました。岬はもっと高くなっている場所があるようですが、こちらの展望台で行き止まり。残念だったのはこの展望台で、崖上から海をのぞき込みたいところなのですが、柵が二重になっており、がけ沿いまで行けない構造になってました。自殺事故防止なのか、仕方ないのかな。空気が澄んでいると、伊豆大島や富士山も見えるとの触れ込みでしたが、曇っている当日は残念ながら江の島までがせいぜいでした。ところで、稲村ガ崎周辺はかなり砂地が減っていて、ほとんどビーチとしては使えそうもないのだけど、夏場ってどうしてるんでしょうかねえ。
- 旅行時期
- 2012年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
当たり前かもしれないけど東京って小さなお寺でも、結構、有名な人が葬られているものなんですねえ。深川にある霊巌寺に行った際のことです。深川江戸資料館に隣接したお寺で、決して増上寺や寛永寺のような巨大な境内があるわけでもなく、ちょっと広めのお寺という印象でした。ところが、本堂の横に塀で囲まれたスペースがあり、こちらは何と寛政の改革で有名な松平定信の墓所だったのです。入り口は閉まっており、伸び上がって中をのぞくと、立派な宝塔が見えました。松平定信といえば日本史の授業で「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」と庶民から嫌われたというエピソードを習った記憶がありますが、こんな地味な場所に墓があるのもその影響があるのかしら。
- 旅行時期
- 2012年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
初詣ではないけど、年明けしばらくして深川不動堂にお参りしてきました。門前仲町駅から歩いて数分。広い通りから見えなかったすごく近いところにありました。人情深川御利益通りという「いかにも」のネーミングの短い参道を進むと、雰囲気のある本堂が見えてきました。もっとも、この本堂は旧のお堂で向かってその左側にある、面白いデザインの建物が新本堂のようです。中にも入れるようで、靴を脱いで上がると、護摩供養の最中で、炎が上がっているのが見えました。どこかで見た光景だなあと思い返すと、成田山新勝寺とそっくり。それもそのはずで、深川不動堂は五代将軍綱吉の時代、町民に人気の新勝寺のご本尊、不動明王を江戸でも参拝したいとの声の高まりで、江戸まで不動明王が運ばれ、それがきっかけでできたお寺だったのです。成田山新勝寺では少し前、2度と見たくなくなるような、おみくじを引いた記憶があるのでちょっとこわごわ引いてみたら、これが大吉。いやあ、ちょっと嬉しい。
- 旅行時期
- 2012年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
久々に歩いた道頓堀。すごく変わってました。正確な記憶はないのですが、ギリギリまでビルが迫っていたような。ところが、戎橋から眺めてみると、堀の両側に遊歩道が延びているんです。「とんぼりリバーウオーク」と名付けられていて、遠めに道頓堀を航行する遊覧船の船着き場も見えました。水場の開発ということなんでしょうね。道頓堀は昼間歩くと茶色の濁った水で、かつて阪神タイガース優勝の時に飛び込んだ人たちを見て、大丈夫かなあと思ったものでした。夜だけど、水質は大して変わってないように見えましたけど、あの水質で人が呼べるのかしら。それはともかく、大阪の地盤沈下がよく指摘されていますが、道頓堀周辺を歩く限り、賑わいは全然、変わってなくてちょっと安心です。
- 旅行時期
- 2012年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
以前、大阪で勤務していたことがありますが、ミナミに足が向くことはほとんどありませんでした。ごちゃごちゃしている上に大阪のディープな部分を感じて、転勤族にはどことなく距離感があったためです。そこで久々に観光で歩き、前から気になっていた法善寺横丁に向かいました。夕暮れだったのですが、整備された細長い石畳と店の薄明かりが良い雰囲気を醸し出しています。左右には食通好みの老舗風和食屋さん。もう少し遅い時間になると、クラブやスナックの存在も見えてきそうです。ふと京都の先斗町のことを思い出しました。安い店はなさそうだけど、おなじみの店とかできたら楽しそうだなあ。
- 旅行時期
- 2012年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
冬場の冷たくて凜とした空気が楽しみたかったら、お勧めは竹の寺で有名な鎌倉の報国寺です。臨済宗のお寺です。本堂はさほど目立ちませんが、拝観料を払って裏手に入っていくと、あーら別世界。孟宗竹の青々とした林が広がってました。ちゃんと歩行用の通路がもうけられていて、竹林を散策できます。歩いてみると、寒かったけど、ホントに空気が澄んでいて身が引き締まる思いがします。奥は少し高台になっていて、竹林を眺めながらお茶を楽しめる茶室「休耕庵」がありました。鎌倉時代末期に建立されたお寺で、足利尊氏の祖父がつくったとか。ところで、この竹林、どんな意図でつくられたんでしょうか。それと、夏場は蚊が多そうだけど、実際はどうなんでしょうね。
- 旅行時期
- 2011年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
もう初詣は終わったなと思って出掛けた1月末の銭洗弁天。決して大きくない社殿の前には参拝客の長ーい行列。この弁天さまに初詣というのも、なんかそぐわない感じだけど、でも、気持ちは分かりますよねえ。何せ、本尊の弁財天さんにお参りして、その前の小さな池でお金を洗うと「お金が増える」わけですから。何とも現世利益タイプの弁財天です。境内のあちこちには小さな祠がありました。ぜーんぶにおさい銭をあげていたら、ちょっときりがないなあ、などとせこいことを言ってはいけませんな。だから、お金が増えないんだよなあ。
- 旅行時期
- 2011年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
平清盛ブームもあって多くの参拝客で賑わう宮島の厳島神社かいわい。でも、時代は少し後になるけど、もう一つの歴史スポットがあります。千畳敷とも呼ばれる豊国神社です。厳島神社東側の小高くなった場所にあり、広さは畳857枚分。とにかくだだっ広い寺院風の建物です。でも、板壁もない吹きさらしの空間で真冬に訪れると我慢できないほどの寒さでした。なぜ、そんなことになったのかというと、豊臣秀吉が安国寺恵瓊に対し1857年、数多くの戦でなくなった者への供養として大経堂の建立を命じました。ところが秀吉が急死し、工事は中止。そのままになったというわけです。板壁どころか天井もなく、見上げると梁や柱がむき出しになってました。明治の神仏分離令で仏像は宮島の中にある大願寺に移され、秀吉公を祀る豊国神社として現在に至ったといいます。造りはとっても寺院で神社というのも無理がある気がします。
- 旅行時期
- 2010年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
この場所を観光地と呼んでいいかどうか分かりませんが、江戸時代以来の本格的な日本庭園が残っており、自由に公開されているとすれば、観光しちゃいますよね。それがたとえ大学の中でもね。東大の本郷キャンパスの中にある三四郎池のことです。東大ってのは見どころ一杯で、その一つ赤門をくぐり、そして有名な安田講堂に向かって歩いていくと、森のように緑いっぱいの一角が見えてきます。中央に大きな池。平日はともかく休日に訪れると、お年寄りや家族連れが散策する姿が目立ちます。公的な公園なら遊歩道などがきれい整備もされるのでしょうが、大学の中の施設だけあって、あまりきれいに整備されていないのも面白いところです。こんな池が残ったのは、元々、この場所は加賀百万石の前田藩邸の一部で、明治維新後、東京帝国大学がつくられた際、残ったということです。なぜ三四郎池かと言えば、夏目漱石の小説「三四郎」にちなんで、いつからか三四郎池と呼ばれるようになったそうです。それもまた面白いですよね。
- 旅行時期
- 2011年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
熱海から伊豆半島東岸にかけては、市街地と隣接した場所に数多くのビーチがあります。その1つが熱海サンビーチです。ホテルやリゾートマンションが並ぶ海岸沿いすぐそばにあって、まるでニースかモナコ、なーんていうのは若干言い過ぎ?でも、ここまで隣接してると、そんな気分になっちゃいます。人工海浜のため幅400メートルとそれほど大きくないですけど、いい砂を使っているのか、歩いてみると、さらさらしてとても気持ち良かったです。夜はライトアップされるそうで、カップルにも最高かも。訪れたのは実は冬場ですが、たまたまか風もなく、とってものんびりできました。
- 旅行時期
- 2010年12月
- 利用した際の同行者
- 乳幼児連れ家族旅行
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投稿日 2012年05月22日
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
結構、あちこちの寺を歩いているんですが、やっぱり京都は別格です。出掛けてみると、その建物のすごさに圧倒されることがホントに多い。東本願寺もその一つでした。京都駅からタクシーに乗った際、横を通って大きいなあと思っていたんですが、入って間近で見ると、何とでかい。中心の御影堂は間口76メートル、奥行き58メートル。野球場とは言わないけど、体育館といってもおかしくありません。木造建築としては世界最大だそうですが、この大きさを見れば納得です。幕末の蛤御門の変で焼失後、1895年に再建されました。蛤御門の変の被害がこの辺りまで及んだことも驚きだったけど、廃仏毀釈で大きな打撃を受けた日本の仏教があっという間にこんな巨大建築物を再建したのも驚きでした。それにしても、この巨大な大広間、一体、何人の人が入るんだろう。
- 旅行時期
- 2010年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
2010年のNHK大河ドラマ龍馬伝がクライマックスに近づいているころに訪れた京都の寺田屋。今振り返ってみると、どうにも納得がいかない気がします。歴史的には薩摩藩の勤王、佐幕両派が斬り合った寺田屋事件、坂本龍馬襲撃事件の舞台など、かなり有名なスポット。室内に入ると、龍馬が滞在した部屋、龍馬が襲撃された際の刀傷などを見ることができ、皆さん「すごいなあ」と熱心に見入っています。ところが、2010年秋、京都市から「寺田屋は鳥羽伏見の戦いで焼失し再建されたもの」と観光情報を修正しています。とすると、私はレプリカを見ていたのか。レプリカだとまったく感慨が違うはずで、観光地といえでも歴史的事実だけははっきりしてほしいものです。
- 旅行時期
- 2010年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
仕事関係の旅行があり、金閣寺を訪れました。今更、金閣寺?という声もありましたが、よく考えたらうん十年も行ってません。ものの話にと出掛けてみると、やっぱりきれいでした。秋のやわらかい日差しを浴びて、金色に輝いてました。金閣寺とひと言でいいますけど、正式には臨済宗鹿苑寺の舎利殿。戦後、放火によって焼失しており、復元されたものです。ところでびっくりしたのは、金閣寺ってあんな風に金色だったっけ?ってことでした。ガイドさんに聞くと金箔を張り替えたのは1987年が最後だったそうです。ということは、私の記憶の中にある金閣寺は一体、いつのもの?
- 旅行時期
- 2010年10月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
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投稿日 2012年05月22日
総合評価:3.0
東洋のドーバーといわれる銚子市の屏風ヶ浦に訪れたのは、東日本大震災の約2カ月前でした。太平洋に面して、高さが50ー60メートルもある垂直に切り立った崖が10キロも続く雄大な姿で、銚子マリーナ側から見ると、自然ってすごいもんだなあ、とあらためて思いました。砂岩質の層が太平洋の荒波に浸食されてできたもので、現在も浸食が続いているといいます。大震災の際はどうだったのか気になります。ところで、銚子マリーナ側一応、遊歩道的なものはありましたが、崖の中心部に向かう通行路は見えませんでした。いかにも崩れ落ちてしまいそうな崖で危険なのですかねえ。
- 旅行時期
- 2011年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 2.5
























