2024/10/06 - 2024/10/06
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北千住駅は、明治29年(1896年)12月25日に日本鉄道土浦線の駅として開業しました。
そして、3年後の明治32年(1899年)8月27日、東武鉄道最初の路線である伊勢崎線の始発駅として開業しました。当時の1日あたりの乗降客数は445人を記録しています。
現在は、4社5路線が乗り入れており、1日あたりの乗降客数(2018年度)が約160万人に達していて世界第6位の利用者数となっています。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 徒歩
-
千住警察入口交差点から続きます。
道路の向こう側、中央の建物を挟んで左右に細い道があります。 -
左側の通りを進みます。
右側の家並みの向かう側にある道は、西新井大師へ続く大師道の一つだったそうです。
並行して道が2本あるのは、土地がもったいないようですが、歴史もそうですが、既得権益とかいろいろあるのでしょうね。 -
千住随一のパワースポットと言われる千住神社に来ました。
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千住神社は、千住(千寿)に集落が形成され始めた、延長4年(926年)丙戌年、土地鎮護と五穀豊饒を祈って、伏見稲荷より分霊を勧請して千崎稲荷神社を創建しました。
弘安2年己卯年(1279年)に武蔵国一の宮・氷川神社の御分霊を勧請し、氷川神社を創建しました。
二つの神社が建つことから、古来、この地を二ッ森と呼んでいました。 -
社号碑と史蹟八幡太郎源義家陣営の地碑。
永承6年(1051年)、奥州征伐に向かう源義家は荒川(現在の隅田川)を渡り、二ッ森に陣を置いて戦勝祈願したとの記録があります。 -
一の鳥居。慶応2年(1866年)に造立。
真直ぐな石畳参道に三つの鳥居が並んでいます。 -
扁額は「鯨岡兵輔謹書」とあります。 鯨岡氏は東京都議会議員や衆議院議員を務めました。
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芭蕉句碑。慶応2年(1866年)に建立。
ものいえば
唇さむし
秋の風 -
西森神社坐碑。明治23(1890)年11月の建立
森鴎外の師である佐籐元萇の撰文による漢文「西森神社坐碑」です。 -
神楽殿。
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不屈のイチョウ。幹の一部が黒こげになっています。
昭和20年(1945年)4月10日、アメリカ軍は神社に爆弾を投下し、社殿等をすべて焼失しました。このイチョウは焼け跡を残しながらも奇跡的に復活しました。 -
二の鳥居。大正15年(1926年)に造立。
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手水舎。
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三の鳥居。大正12年(1923年)に造立。
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神輿庫でしょうか。
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こちらも神輿庫のようです。
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千住同行登山記念碑。
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御大典記念改修の碑。
狐山に神狐像。千住神社には宇迦之御魂命が祀られており、神狐が参道を守っています。 -
神狐像。昭和3年9月吉祥日とあります。
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拝殿。
明治6年(1873年)、千崎稲荷神社と氷川神社を合祀して西森神社と号し、大正4年(1915年)に千住神社と改称しました。
現在の社殿は、昭和33年(1958年)に再建しました。 -
御祭神は、二柱です。
須佐之男命(すさのおのみこと)
そのご利益は、疫病退散、厄除、縁結び、学問上達、水難除去、火難除去、五穀豊穣など。
宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)
そのご利益は、五穀豊穣、産業振興、商売繫盛、芸能上達、家内安全 -
拝殿前の絵馬。
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御本殿。
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角度によってハート型に見えます。
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御神木の夫婦銀杏(めおといちょう)。
縁結び、夫婦円満、家内安全、子宝安産の象徴として崇められています。 -
夫婦銀杏も空襲にも耐えて焼け残ったご神木で、中央のご神橋を渡ることができます。
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夫婦銀杏を見上げました。
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末社の経王稲荷社。
ニ基の石鳥居が建っています。 -
宇迦之御魂命を祀る社、その前に新しいお狐様。
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末社の火伏の三社。
三峰神社、恵比寿神社、八幡神社。
東京大空襲でも奇跡的に焼け残りました。 -
昭和20年4月10日の東京大空襲で千住宮元町のあらゆる建物が焼失しましたが、木造でありながら唯一焼け残った社です。
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廻転恵比寿。千寿七福神の恵比寿神。
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願かけ恵比寿。
願掛け方法が記されています。
1、実際に恵比寿様をお触りいただきながら男性は左へ三回まわし、女性は右へ三回まわしてください。
2、祈願箇所をハンカチで、それぞれ願いの言葉を三回念じながら三回なでる。
3、恵比寿様をなでたハンカチを自宅へ持ち帰り、一日三回、自分の同じ部位にあてて撫でます。
祈願箇所と位置
・鯛=商売繫盛、金運
・頭=家内安全、合格祈願
・胸=縁結び、恋愛成就、就職
・肩=厄除け
詳しくは、お参りください。
今日はお頭付きの鯛を買って帰りましょう。 -
末社の稲荷神社。
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北野天満宮。菅原道真公を祀っています。
よろしければ、香川の瀧宮天満宮(道真公の赴任地跡)を訪ねた旅行記もご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11910418 -
大正12年に勧請した富士塚と浅間神社。
木花開耶姫命を祀っています。
足立区登録有形文化財です。 -
この富士塚には千住富士と名が付いています。
「7月1日の山開きの日のみ登拝可」の札があります。
昭和11年(1936年)の再築です。 -
「八紘一宇」の旗台。紀元二千六百年(昭和15年)の造営です。
昭和15年8月、第二次近衛内閣(近衛文麿)は「皇国の国是は八紘を一宇とする肇国の大精神に基づく」と大東亜新秩序を発表しました。
GHQが「八紘一宇」の使用を禁じなければならないほど、国民に根付いた言葉でした。 -
日露戦役紀念碑。
乃木希典謹書。明治39年(1906年)3月に建立。
港区赤坂には乃木大将の邸宅が残されており、その周辺地域は「乃木坂」となっています。
よろしければ、乃木坂を散策したときの旅行記もご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11183977 -
中居堀通りを歩きます。
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東京消防庁 千住消防署。
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旧千住郵便局電話事務室。
昭和4年(1929年)に建てられた足立区内最初の鉄筋コンクリート造りの建築です。
京都タワーや日本武道館の設計で知られる建築家(逓信省勤務)の山田守氏が設計しました。 -
平成14年3月までNTT足立電話局として使われていました。
鉄筋コンクリート造り2階建て(3階部分は後に増築)。
山田氏が初期に設計した「ドイツ表現主義」と言われる建物です。 -
昭和初期の貴重な建物ですが、保存されている訳ではなくて、20世紀の終わり頃に建替計画がありましたが、解体費用が高過ぎるとの理由で現存しているそうです。
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反対側は角ばっています。
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煙突のような出っ張りも見えます。
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建物の入り口。
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駐車場の入り口。
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駐車場の通路。建物の裏側はかなり広そうです。
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千住中居町交差点。
国道4号線を渡り、東進します。 -
旧日光街道との交差点はすごい人出になっています。
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森鴎外旧居・橘井堂医院跡の碑。
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千住の鴎外碑。
明治12年(1879年)に森林太郎(鴎外)の父が南足立郡医となったことから、一家は千住に転居してきました。
後に橘井堂医院(きっせいどういいん)を開業した場所です。
明治14年(1881年)に東京大学を卒業した林太郎は父とともにここで働いていました。 -
原稿用紙に見立てた説明板。
当時の様子は小説「カズイスチカ」に書かれています。
その後、林太郎はドイツへ留学、帰国後は千住に戻っています。
「鴎外」という号は、荒川(隅田川)の白髭橋付近にあった「鴎の渡」の外側の千住に住んでいたことに由来しています。 -
橘井堂医院跡には千住ザ・タワー(30階建分譲マンション)が建っています。
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再び西進して、千住本町商店街会館の前を通りました。
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千住の名前の由来とも関係あるらしい勝専寺(しょうせんじ)に来ました。
境内が何やら賑やかなことになっていました。 -
鐘楼。明治時代の再建。
再建にあたり、時の鐘が聞こえる南足立・南葛飾・北豊島の三郡から資金を集めました。 -
梵鐘。
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勝専寺鐘楼建築記念碑。
鐘楼の側壁には記念の碑文があります。
題字の「鐘楼建築記念碑」は、日本に亡命していた金玉均の筆です。 -
境内は歩けないので、道路に出て山門から入りましょう。
正式名称は三宮神山 大鷲院 勝専寺ですが、山門の色が赤いことから、通称「赤門寺」と呼ばれています。
レンガ造りの塀と真っ赤な門が特徴です。
この赤門は、通常は閉門しており、1月15日・16日と7月15日・16日に開門されます。 -
南無阿弥陀佛の碑。
知恩院門跡(八十三世)量譽の筆です。 -
寺号碑。
こちらも量譽の筆です。 -
三宮神山の扁額(足立区登録有形文化財)。
このの扁額は明治12年(1879年)5月に明治天皇が勝専寺を御巡幸するに際して掲げられました。
扁額は縦65.5cm、横187cmの一枚板で、揮毫は巻菱潭(まきりょうたん)、彫刻は天野徳翁。
三宮神山の山号は、かつて観世音菩薩、稲荷神、毘沙門天の三神が祀られていたことに由来しています。 -
この日の千住は、千住本町商店街振興組合が主催する「街道オン即パーティ」という1日限りの催しが行われていました。
千住本町商店街(旧日光街道)を中心に、演奏、身体表現、声などによる即興パフォーマンスがあちらこちらで実施され、賑わっていました。
一応、観客らしい人は目線を隠しています。 -
勝専寺は、元仁元年(1224年)、新井兵部政勝が開基となり、文応元年(1260年)に勝専社専阿上人を開山としています。
新井兵部政勝の父・新井政次が荒川(現在の隅田川)に投網したところ、寺宝となっている木造千手観音立像(足立区登録有形文化財・非公開)が網にかかりました。
これが寺の由緒でもあり、この千手観音立像が、地名「千住」の由来とも言われています(諸説あり)。
江戸時代には、鷹狩りの際の休息所だったり、本陣の代わりをつとめたこともあります。
本堂は明治39年(1906年)にインドの寺院を模した外観で造られました。洪水の多かった千住の土地柄から、コンクリート造り・レンガ張りの頑丈な建物です。
浄土宗寺院で、御本尊は阿弥陀三尊です。 -
境内のパフォーマンス。
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トイレの前にお社がありました。
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地蔵菩薩でしょうか。
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馬頭観世音の碑。
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六地蔵尊。
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閻魔堂。
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寛政元年(1789年)に開眼された朱塗りの木造閻魔王坐像(足立区登録有形文化財)。座高1.8m。
毎年1月15日と16日に行われる「えんま開き」でご開帳されます。 -
街中でのパフォーマンスがいろいろありました。
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千住本町商店街を抜けると、宿場町通りの北千住サンロード商店街です。
この辺りは旧日光街道に面して本陣が置かれた地域で、江戸時代初めには千住宿の中心でした。 -
真っ赤なドレスが目立っていました。
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このビルの建つ一帯が本陣跡です。
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右側が本陣跡。路地を歩いてみましょう。
この路地には見番横丁という名前もあります。 -
本陣跡の解説板。
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千住宿には、遊女を置いた旅籠が50軒ほどあったそうで、明治になると千住芸妓組合に管理が代わりました。かつての見番跡です。
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筋違い(交差点)の跡。
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北千住駅へ抜ける路地。
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明治天皇行在所跡です。
明治9年、天皇陛下が東北地方へご巡幸の折に、千住で最大の旅籠だった中田屋の別館に泊られました。 -
線路に沿っているから、千路通り。南進しています。
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飲み屋の壁。
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路地に迷いながら歩きました。
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真言宗豊山派の氷川山 地蔵院 金蔵寺(こんぞうじ)にやって来ました。
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六地蔵尊。
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金蔵寺の門を入ると、すぐ左側に2基の石塔があります。
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右は「無縁塔」。
江戸時代後期の天保4年(1835年)から天保10年(1839年)にかけて続いた天保の大飢饉の犠牲者を供養した石塔です。千住で病死・衰弱死した者は828人を記録しました。
当時の名主・永野彦右衛門が世話人となって天保10年に建てられました。
足立区登録有形文化財。 -
左は「南無阿弥陀佛」の石塔。
千住宿の旅籠で働き、病気などで死亡した飯盛女の霊を供養するために、当時の楼主や宿場の人達によって建立されました。
足立区登録有形文化財。 -
さらに左側には、弘法大師の一千年御遠忌の碑があります。
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金蔵寺は、建武2年(1335年)正月に恵龍が開山しました。境内は1反9畝8歩(約580坪)、檀家20軒と記録されています。
かつての御本尊は地蔵菩薩でしたが、現在は閻魔王となっています。 -
北千住駅前(西口)に着きました。
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いつも見ている北千住駅の姿です。
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北千住駅西口、駅前通りの景色。
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駅前のモニュメント「乾杯」。
乾杯のグラスをイメージし、大小15頭のイルカが配されています。高さ13.2m。
宮田亮平氏の制作。同氏は、高崎駅西口の出口にある紅白の「幸福のだるま」も造っています。
磯部温泉へ行った旅行記の最後の方に「幸福のだるま」が載っています。
https://4travel.jp/travelogue/11898370
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