2024/04/06 - 2024/04/06
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かつて「荒ぶる川」という名のとおり氾濫を繰り返した荒川。
明治43年(1910年)8月には、長雨と2つの台風により荒川が氾濫、多数の死者を出す関東大水害が発生しました。
このため、政府は荒川の流路を変える大工事を計画し、17年の歳月と300万人を超える労働者を投入して荒川放水路を造りました。
旧岩淵水門は荒川と荒川放水路を切り離すための要として、建造されました。工事を監督したのはパナマ運河の建設に参加した唯一の日本人である青山士(あおやまあきら)氏でした。
昭和30年代の改修工事で赤い色に塗りかえられたことから「赤水門」という愛称で地元の人々に親しまれてきましたが、水門としての役目は終了しました。
現在は300m下流に建造された青い岩淵水門が大事な役目を担っています。
旅行記をまとめるのに手間取っていたら、赤水門が国重要文化財に登録されることに決まったとのニュースが流れました。おめでとうございます!
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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新河岸川を渡る岩淵橋の袂に八雲神社が鎮座しています。
一の鳥居は大正6年(1917年)の建立です。 -
江戸時代には牛頭天王社として崇敬され、日光御成道の岩淵宿鎮守でした。
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桜。
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桜。
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二の鳥居は大正14年(1925年)の建立。
社殿のある敷地は、大水の際に建物が水に浸からないよう盛土をした上に建てられている水屋(みずや)造りが特徴です。 -
手水舎。
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手水舎の裏には、竹林とバリアフリーの坂道があり、盛り土した敷地に上がれます。
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岩淵町名存続之碑。
昭和37年(1962年)5月に「住居表示に関する法律」が制定され、歴史的な地名が次々に消えていきました。
岩淵も赤羽に変えられることになりましたが、岩淵町1丁目の住民が町名存続運動を続けた結果、旧岩淵町の北端だけが岩淵町として残されることになりました。 -
ケヤキ。
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狛犬は明治33年(1900年)の建立です。
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狛犬。
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八雲神社の創建年代は不詳ながら、江戸時代後期には「牛頭天王社、宿ノ鎮守トス、正光寺持」との記録が残されています。今でも(牛頭)天王さまとも呼ばれています。
御祭神は須佐之男尊。江戸時代は正光寺が別当寺でしたが、現在は赤羽八幡神社の兼務社となっています。
現在の社殿は昭和4年(1929年)に改築されました。 -
御本殿。
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隣接するのは神楽殿。
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スダジイ。
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勝海舟安房の守の筆になる八雲神社大幟修復の碑。
蔵には勝海舟が書いた大幟旗が保管されています。この幟旗は、荒川の氾濫によって岩淵宿に足止めされたときに書いたとも、後日神社に奉納するため岩淵宿の人たちが懇願したとも伝わります。 -
八雲神社の碑。
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イチョウ。
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白山神社・大六天神社・御嶽神社・稲荷神社・市杵島神社の5社が祀られています。
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境内の北端に川の方を向いて水神社が祀られています。
かつては荒川大橋の脇に祀られていましたが、河川改修のため八雲神社境内に遷されました。 -
舟運業者から篤く信仰されていました。
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祠の右側には「寛政十二庚申正月吉日」と刻まれています。
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位置関係がわかりやすいように岩淵から水門辺りの観光地図をご覧ください。
太線がお薦めの散策コースとなっています。
昭和初期までは今の隅田川の流路には荒川が流れていました。たびたび氾濫し大きな被害を出したことから、人工的に流路を変更することになり、約22kmもある荒川放水路を造りました。
その分岐のために造られたのが大正13年(1924年)竣工の赤水門で、その後継として昭和57年(1982年)に青水門が造られました。青水門を造る際に堤防を開削したので、残った小島が荒川赤水門緑地 (中之島)となりました。
昭和40年(1965年)に、荒川放水路を「荒川」と呼び、それまで荒川だった岩淵水門から下流を「隅田川」と呼ぶことを決め、名称変更しました。 -
岩淵橋へ向かう斜路。
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新河岸川に架かる岩淵橋。
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新河岸川の対岸、荒川岩淵関緑地。
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岩淵橋。長さ約66mの人道橋です。昭和54年(1979年)架橋。
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対岸の荒川岩淵関緑地(あらかわいわぶちぜきりょくち)へ渡ります。
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新河岸川の下流方向。
起点は、川越市上野田町の八幡橋付近で、荒川に平行するように流れ、岩淵水門(青水門)から先は隅田川となって東京湾に注いでいます。
新河岸川は、川越藩主・松平信綱公が、川越大火で焼失した喜多院に江戸城紅葉山にあった別殿を移築するために整備したことが始まりで、後に江戸と川越を結ぶ舟運ル-トとして栄えました。
喜多院に残る家光公誕生の間と春日局化粧の間は、かつての江戸城の唯一の遺構となっています。
よろしければ、喜多院訪問記もご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11745976 -
荒川岩淵関緑地の桜も満開でした。
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荒川岩淵関緑地の桜。
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荒川岩淵関緑地の桜。
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荒川岩淵関緑地の桜。
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荒川岩淵関緑地の桜。
桜は満開でしたが、グループでの宴会は少数でした。コロナ禍で楽しみ方も変わったようです。 -
荒川岩淵関緑地の桜。
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荒川岩淵関緑地の案内板。
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荒川。対岸は埼玉県川口市。
奥秩父の甲武信ヶ岳を源流とする荒川は、埼玉県から東京都を流れる一級河川で、長さ173kmです。
埼玉県鴻巣市と吉見町の間に架かる御成橋付近の川幅は2,537mもあり、川幅日本一となっています。 -
荒川岩淵関緑地の桜。
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荒川岩淵関緑地の桜。
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赤水門と青水門。
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荒川岩淵関緑地の桜。
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荒川水上バス船着場の岩淵リバーステーション(岩淵船着場)の案内板です。
両国やパレットタウンなどを経由する水上バス(要予約)がここまで運行されることがあります。 -
荒川放水路通水100周年記念のペイント。
北区をはじめとする荒川沿川自治体、都県及び国土交通省荒川下流河川事務所では、2024年10月12日に荒川放水路通水100周年を迎えるに際して、イベントが計画されているようです。 -
旧岩淵水門(赤水門)。
幅(径間)9mの水門が5連あります。
岩淵の名を冠していますが、所在地は北区志茂町になります。 -
旧岩淵水門は大正5年(1916年)から8年の歳月をかけ、大正13年(1924年)に完成しました。水門の設計、施工に尽力した青山士(あきら)氏は、パナマ運河建設に参加した唯一の日本人技術者でした。
帰国後、荒川放水路の工事を指揮しました。 -
岩淵水門と桜。
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桜。
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岩淵水門。
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岩淵水門。
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岩淵水門と桜。
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岩淵水門のすぐ傍に四角い碑が建立されています。
攝政宮殿下御野立之跡碑です。
当時23歳の攝政宮殿下(後の昭和天皇)が大正13年(1924年)10月25日に荒川放水路の通水後の様子をこの場所から視察されました。
この石碑の脇では、韓国人グループがコスプレ撮影を行っていました。隔世の感があります。 -
今は水門としての役目を終え、東京都が歴史的建造物に選定しています。
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当時ではまだ珍しかったコンクリート工法を用い、大正12年(1923年)の関東大震災でも影響ありませんでした。
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上流側には岩淵船着場へ続く木製の通路。
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下流には新しい岩淵水門(青水門)が大きく見えています。
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荒川上流。
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荒川赤水門緑地と新河岸川の下流方向。
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赤水門に並行している橋を渡ると、荒川赤水門緑地(中之島)と呼ばれる小さな島に行くことができます。
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荒川赤水門緑地に建つ巨大なオブジェ。
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平成8 年(1996年)に開催された「第2回荒川リバーアートコンテスト」で特賞を受賞した青野正氏の「月を射る」という作品です。
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荒川赤水門緑地は水門公園とも呼ばれ、遠足のメッカだそうです。
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公園には、草刈の碑という大きな石碑があります。
昭和13年(1938年)から、荒川の土手で草刈競技が行われていましたが、大東亜戦争の悪化により、昭和19年で中止となりました。
その「全日本草刈選手権」を記念して建てられた碑です。
表面には大きな文字で、「農民魂は 先ず草刈から」と刻まれています。 -
中之島から見える赤水門。
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かなりの大木も生えています。
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「月を射る」と荒川上流。
後方の橋は、新荒川大橋。 -
赤水門に並行して下流側に造られている橋。
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赤水門の約300m下流に青水門が造られました。
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幅(径間)10mの3連ゲートです。1枚の重さは214トンもあります。
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青水門(岩淵水門)。
200年に1度の大洪水に備えて、1500トンの水圧に耐える堅固な造りです。事業費は約70億円。 -
増水時には水門を閉じ、荒川から隅田川への水流を遮断します。通常の閉鎖には45分かかります。
万一に備えて、ゲートは電源がなくても自重で降下するように設計されています。 -
青水門も下流側に橋が架けられています。
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橋の上から、隅田川のはじまりを見ます。
かつての荒川ですが、現在は、青水門から下流を隅田川と呼びます。 -
青水門脇の橋を渡ると、荒川と隅田川に挟まれた半島状の陸地です。
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隅田川の下流方向。
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岩淵場外離着陸場(岩淵防災ヘリポート)がありました。
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荒川の対岸(川口市)に大きな建物が見えました。日本通運北東京流通センターというものでした。
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青水門から赤羽駅へ戻ります。
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青水門。
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新河岸川の最下流の新志茂橋です。
長さ71m、有効幅員5m、昭和55年(1980年)の竣工。 -
新志茂橋の北詰には荒川知水資料館アモアがあります。敷地の桜も満開でした。
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新河岸川沿いの道を西に進むと地蔵尊がありました。
水難供養地蔵尊です。
新河岸川の堤防を背に立ち、台座には「水難供養」と刻まれています。
頭部は不自然に木製の顔が付けられています。恐らく、過去の水害時に倒されたり流されたりして壊れてしまったのでしょう。 -
岩淵町のバス停に着きました。待ち時間を考えると駅まで歩いても同じくらいなので歩くことにしました。
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川口駅前に到着しました。
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東口には母子像(ぼしこぞう)があります。制作者は不詳ながら、昭和60年(1985年)の制作です。
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母子像。ロータリーの中にあり、近づけませんでした。
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写真では明るく見えますが、実際にはかなり暗くなってきました。赤羽岩淵の街歩きを終えて帰宅しました。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
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