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2022年4月22日(金)お昼の12時過ぎ、鹿児島中央駅南のベル通りでお昼を食べてから、レンタカー屋に。中央駅横のアミュプラザ鹿児島本館前から甲突橋まで西に延びるナポリ通りを少し進んだところにあるスカイレンタカー鹿児島中央駅前店へ。<br /><br />ナポリ通りは1960年に南イタリアの最大の港湾都市、ナポリ(Napori)と姉妹都市になったことを記念して命名された。方向は少し違うが湾を挟んで火山、鹿児島の桜島とナポリのヴェスヴィオ(Vesuvio)山が見てる光景が似てると云われる。中央分離帯を挟んで往復6車線の立派な通り(下の写真1)。<br /><br />レンタカー、予約していたので10分ほどで手続きも終わり、車に乗り込む。今回借りた車はマツダ(MAZDA)のキャロル(CAROL)。我々の世代には1962年に発売されて1976年まで販売された初代が懐かしいが、現在のキャロルは1998年に販売開始されたスズキ(SUZUKI)・アルト(Alto)のOEM車。初代、中学の担任の先生の愛車やったわ。怪我した時に乗せてもらって病院行ったわ。<br /><br />で、借りた車は2014年から2021年まで製造された通算7代目のキャロル(2022年には8代目が出た)。2014年に製造開始された8代目アルトとエンブレム類以外は同一(下の写真2)。装備も最近の車で標準的にカーナビやETCも付いているので問題なし(下の写真3)。普段乗ってるマイカーも軽だし。<br /><br />12時15分過ぎ、出発。中央駅前から市電の走る通りを南に進み、県道24号鹿児島東市来線で右折、その先で国道3号鹿児島バイパスの武岡トンネルを抜けて九州自動車道・南九州西回り自動車道の終点でもある鹿児島ICから指宿スカイラインに入る。<br /><br />指宿スカイラインは鹿児島ICから薩摩半島の鹿児島湾に沿った稜線上を指宿方面へ南下して池田湖まで走る道路。鹿児島ICから谷山ICまでは片側2車線の自動車専用道で最高時速は70km/hだが、谷山IC以南は片側1車線となる上、センターラインが引かれているのみで上下線が分離されていない。最高速度は50km/h。<br /><br />有料区間と無料区間が入り組んでおり、鹿児島ICから山田ICまではETCが使えて軽自動車は190円、谷山ICから頴娃ICまでは7時から19時までのみ均一で100円(現金のみ)で、他の区間は無料。また、鹿児島ICから谷山ICまでの間はは地域高規格道路である南薩縦貫道の一部にもなっている。<br /><br />南薩(なんさつ)縦貫道は鹿児島ICから枕崎までつながる道路。谷山ICで指宿スカイラインと別れて南南西に進み、川辺温泉を経て知覧に抜け、薩摩半島の西の中心都市、枕崎に至る。谷山ICの先、南九州川辺ダムICと南九州知覧IC間は無料の自動車専用道となっている。<br /><br />南薩は文字通り薩摩の南と云うことで、旧薩摩国の南部で、現在の枕崎市、指宿市、南さつま市、南九州市を示す。薩摩国は現在の鹿児島県の本土部の西部で、行政上は南薩地域と北部の北薩地域(薩摩川内市、阿久根市、出水市、さつま町、長島町)、中部の鹿児島地域(鹿児島市、日置市、いちき串木野市)に分けられている。<br /><br />7世紀中期以降に律令制の成立に伴って、現在の鹿児島県本土部分と宮崎県を含む広域に日向国が成立し、旧薩摩国のあった地域は阿多(吾田)と呼ばれていた。国として分立したのは702年で、薩摩・多禰の叛乱を契機に唱更(はやひと)国となる。唱更とは辺境の守備にあたること。その2年後に薩麻国に改められ、8世紀半ば以降に薩摩国に改称される。<br /><br />この薩摩(薩麻)の名前の由来ははっきりしてない。「狭つ間」、つまり海や山に囲まれた狭い土地から来たとする説や、海幸・山幸神話の「幸」から「サチツマ(幸の間=幸の国)」となり、サツに仏教用語で観音菩薩をあらわす「薩」が当てられたという説などがある。<br /><br />鎌倉時代からほとんどの期間を島津家が守護を務め、江戸時代の薩摩藩も島津家が治めた。幕末にはイギリスと薩英戦争を起こし、やがて討幕の中心となった。1871年(明治4年)の廃藩置県により鹿児島県となる。その後不平士族が集まり西南戦争の舞台となった。<br /><br />谷山ICから指宿スカイラインに進む。後で分かったのだが、谷山ICから南の頴娃(えい)ICの間は昔旅行に来た時に南からだが、走ったことがあった。44年も前の話なので、全く覚えてなかったが、調べてたら昔の名前の指宿有料道路の通行券が残っていた(下の写真4)。この時にはその区間しか開通してなかった。<br /><br />30分ほどで錫山ICを過ぎ、須々原展望台に到着。標高380mほどの場所に位置し、鹿児島湾を隔てて、桜島から大隅半島の高隈山へ掛けての稜線が美しい。西側に須々原と呼ばれるなだらかな台地があるのが名の由来。<br /><br />桜島の手前、薩摩半島側のたくさんのタンクが立ち並んでいるのは1979年に完成した埋立地の谷山港。タンクはENEOS(旧新日本石油)鹿児島油槽所。<br /><br />須々原展望台を出るとすぐに鹿児島市から南九州市に入る。市名の読み仮名の9文字は日本最長。茶の生産量が全国の市町村単位では日本一で、知覧茶が有名。福岡県北九州市と九州の北と南と云うことで交流協定を締結している。<br /><br />薩摩半島の南側の真ん中に位置する市で、西から指宿市、鹿児島市、南さつま市、枕崎市に囲まれ、南は東シナ海に面している。面積約360平方kmは、県内43市町村で8番目に広い。人口約3万1千人はつい最近に南さつま市に抜かれて12位。ただ、10位の曽於市とも400人ほどしか変わらず(2023年8月現在)、3市で競っている。<br /><br />2007年に川辺町、知覧町、頴娃町(えいちょう)が合併して発足した市。合併後は旧町名は採用しない上で、南九州市の他、薩南市、さつなん市、島津市、南薩市、南薩中央市、平和市の計7点が最終候補に残り、「九州の南の玄関口、拠点都市になるように」、「南の農業地帯として発展するように」と云うことから選定された。<br /><br />元歌手で大相撲の元大関の若嶋津の妻の高田みづえが旧頴娃町出身(別府中学校卒業)。俳優の浜畑賢吉の父親と映画監督の矢口史靖の妻も頴娃町出身。司会者の小倉智昭の母親と俳優の有村架純の父親は旧川辺町出身。<br /><br />須々原展望台を出て10分も掛からないうちに、川辺温泉方向への出口となる川辺ICを過ぎて錦江台展望公園に到着。「スカイぱれっと」と名付けられ、音楽の流れる赤い吊橋を渡ると展望台があり、須々原展望台とは違った角度の桜島や鹿児島市街地、錦江湾(鹿児島湾)を眺めることが出来る。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.24357378677238827&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />1時過ぎ、錦江台展望公園を出て指宿スカイラインを南に進み、知覧ICを出て知覧市街に向かうが、続く

鹿児島 薩摩半島 指宿スカイライン(Ibusuki Skyline,Kagoshima,Japan)

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2022/04/22 - 2022/04/22

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ちふゆ

ちふゆさん

2022年4月22日(金)お昼の12時過ぎ、鹿児島中央駅南のベル通りでお昼を食べてから、レンタカー屋に。中央駅横のアミュプラザ鹿児島本館前から甲突橋まで西に延びるナポリ通りを少し進んだところにあるスカイレンタカー鹿児島中央駅前店へ。

ナポリ通りは1960年に南イタリアの最大の港湾都市、ナポリ(Napori)と姉妹都市になったことを記念して命名された。方向は少し違うが湾を挟んで火山、鹿児島の桜島とナポリのヴェスヴィオ(Vesuvio)山が見てる光景が似てると云われる。中央分離帯を挟んで往復6車線の立派な通り(下の写真1)。

レンタカー、予約していたので10分ほどで手続きも終わり、車に乗り込む。今回借りた車はマツダ(MAZDA)のキャロル(CAROL)。我々の世代には1962年に発売されて1976年まで販売された初代が懐かしいが、現在のキャロルは1998年に販売開始されたスズキ(SUZUKI)・アルト(Alto)のOEM車。初代、中学の担任の先生の愛車やったわ。怪我した時に乗せてもらって病院行ったわ。

で、借りた車は2014年から2021年まで製造された通算7代目のキャロル(2022年には8代目が出た)。2014年に製造開始された8代目アルトとエンブレム類以外は同一(下の写真2)。装備も最近の車で標準的にカーナビやETCも付いているので問題なし(下の写真3)。普段乗ってるマイカーも軽だし。

12時15分過ぎ、出発。中央駅前から市電の走る通りを南に進み、県道24号鹿児島東市来線で右折、その先で国道3号鹿児島バイパスの武岡トンネルを抜けて九州自動車道・南九州西回り自動車道の終点でもある鹿児島ICから指宿スカイラインに入る。

指宿スカイラインは鹿児島ICから薩摩半島の鹿児島湾に沿った稜線上を指宿方面へ南下して池田湖まで走る道路。鹿児島ICから谷山ICまでは片側2車線の自動車専用道で最高時速は70km/hだが、谷山IC以南は片側1車線となる上、センターラインが引かれているのみで上下線が分離されていない。最高速度は50km/h。

有料区間と無料区間が入り組んでおり、鹿児島ICから山田ICまではETCが使えて軽自動車は190円、谷山ICから頴娃ICまでは7時から19時までのみ均一で100円(現金のみ)で、他の区間は無料。また、鹿児島ICから谷山ICまでの間はは地域高規格道路である南薩縦貫道の一部にもなっている。

南薩(なんさつ)縦貫道は鹿児島ICから枕崎までつながる道路。谷山ICで指宿スカイラインと別れて南南西に進み、川辺温泉を経て知覧に抜け、薩摩半島の西の中心都市、枕崎に至る。谷山ICの先、南九州川辺ダムICと南九州知覧IC間は無料の自動車専用道となっている。

南薩は文字通り薩摩の南と云うことで、旧薩摩国の南部で、現在の枕崎市、指宿市、南さつま市、南九州市を示す。薩摩国は現在の鹿児島県の本土部の西部で、行政上は南薩地域と北部の北薩地域(薩摩川内市、阿久根市、出水市、さつま町、長島町)、中部の鹿児島地域(鹿児島市、日置市、いちき串木野市)に分けられている。

7世紀中期以降に律令制の成立に伴って、現在の鹿児島県本土部分と宮崎県を含む広域に日向国が成立し、旧薩摩国のあった地域は阿多(吾田)と呼ばれていた。国として分立したのは702年で、薩摩・多禰の叛乱を契機に唱更(はやひと)国となる。唱更とは辺境の守備にあたること。その2年後に薩麻国に改められ、8世紀半ば以降に薩摩国に改称される。

この薩摩(薩麻)の名前の由来ははっきりしてない。「狭つ間」、つまり海や山に囲まれた狭い土地から来たとする説や、海幸・山幸神話の「幸」から「サチツマ(幸の間=幸の国)」となり、サツに仏教用語で観音菩薩をあらわす「薩」が当てられたという説などがある。

鎌倉時代からほとんどの期間を島津家が守護を務め、江戸時代の薩摩藩も島津家が治めた。幕末にはイギリスと薩英戦争を起こし、やがて討幕の中心となった。1871年(明治4年)の廃藩置県により鹿児島県となる。その後不平士族が集まり西南戦争の舞台となった。

谷山ICから指宿スカイラインに進む。後で分かったのだが、谷山ICから南の頴娃(えい)ICの間は昔旅行に来た時に南からだが、走ったことがあった。44年も前の話なので、全く覚えてなかったが、調べてたら昔の名前の指宿有料道路の通行券が残っていた(下の写真4)。この時にはその区間しか開通してなかった。

30分ほどで錫山ICを過ぎ、須々原展望台に到着。標高380mほどの場所に位置し、鹿児島湾を隔てて、桜島から大隅半島の高隈山へ掛けての稜線が美しい。西側に須々原と呼ばれるなだらかな台地があるのが名の由来。

桜島の手前、薩摩半島側のたくさんのタンクが立ち並んでいるのは1979年に完成した埋立地の谷山港。タンクはENEOS(旧新日本石油)鹿児島油槽所。

須々原展望台を出るとすぐに鹿児島市から南九州市に入る。市名の読み仮名の9文字は日本最長。茶の生産量が全国の市町村単位では日本一で、知覧茶が有名。福岡県北九州市と九州の北と南と云うことで交流協定を締結している。

薩摩半島の南側の真ん中に位置する市で、西から指宿市、鹿児島市、南さつま市、枕崎市に囲まれ、南は東シナ海に面している。面積約360平方kmは、県内43市町村で8番目に広い。人口約3万1千人はつい最近に南さつま市に抜かれて12位。ただ、10位の曽於市とも400人ほどしか変わらず(2023年8月現在)、3市で競っている。

2007年に川辺町、知覧町、頴娃町(えいちょう)が合併して発足した市。合併後は旧町名は採用しない上で、南九州市の他、薩南市、さつなん市、島津市、南薩市、南薩中央市、平和市の計7点が最終候補に残り、「九州の南の玄関口、拠点都市になるように」、「南の農業地帯として発展するように」と云うことから選定された。

元歌手で大相撲の元大関の若嶋津の妻の高田みづえが旧頴娃町出身(別府中学校卒業)。俳優の浜畑賢吉の父親と映画監督の矢口史靖の妻も頴娃町出身。司会者の小倉智昭の母親と俳優の有村架純の父親は旧川辺町出身。

須々原展望台を出て10分も掛からないうちに、川辺温泉方向への出口となる川辺ICを過ぎて錦江台展望公園に到着。「スカイぱれっと」と名付けられ、音楽の流れる赤い吊橋を渡ると展望台があり、須々原展望台とは違った角度の桜島や鹿児島市街地、錦江湾(鹿児島湾)を眺めることが出来る。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.24357378677238827&type=1&l=223fe1adec


1時過ぎ、錦江台展望公園を出て指宿スカイラインを南に進み、知覧ICを出て知覧市街に向かうが、続く

  • 写真1 ナポリ通り

    写真1 ナポリ通り

  • 写真2 マツダ・キャロル

    写真2 マツダ・キャロル

  • 写真3 マツダ・キャロル運転席

    写真3 マツダ・キャロル運転席

  • 写真4 1978年の指宿有料道路通行券

    写真4 1978年の指宿有料道路通行券

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