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2022年4月22日(金)1時半過ぎ、知覧の武家屋敷通りを歩き始める。国の名勝に指定された7つの庭園を持つ屋敷などが約800mに渡って続き、約270年前の当時(江戸時代)の感性を今に伝える。7つの庭園はいずれも母ヶ岳を借景にしており、築山泉水式が1つで、他の6つは枯山水式。<br /><br />これらの庭園の中で一番最初に訪ねたのは一番東にある森重堅邸庭園。入口で7庭園の共通入場券を買って中に入る。530円。なんと庭園パンフレットが共通入場券。変わってるわ。<br /><br />森重堅邸庭園は知覧武家屋敷庭園の中で最も古い庭園の一つで、江戸中期の1741年に作庭されたもの。7庭園で唯一の池泉庭園。森家は知覧領主に重臣として代々仕えた家柄。庭園はコンパクトながら豪壮な雰囲気を漂わせている。<br /><br />曲線に富んだ池には奇岩怪石を用いて近景の山や半島を表し、対岸には洞窟を表現した石組がある。正面奥の巨石の間にある窪んだ領域には滝石組を造っている。滝上部には蓬莱山、そして蓬莱山の手前には三重塔を配する。<br /><br />なお、建物も鹿児島県指定有形文化財に指定されており、2018年のNHK大河ドラマ「西郷どん」で沢村一樹が演じた薩摩藩重臣、赤山靱負(ゆきえ)の屋敷として使われた。この庭で赤山靱負の切腹シーンが撮影されたそうだ(下の写真1)。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.24397468066563221&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />森重堅邸を出て、武家屋敷通りを西に進むと、すぐ右手に旧高城(たき)家住宅。明治時代以前に建築された武家屋敷で、7庭園には含まれてないが庭園が残り、町並み保存地区の保存建物に含まれている。敷地内に併設されている高城庵は郷土料理や定食、甘味を味わえるお食事処(下の写真2)。<br /><br />知覧の町並みの中で2軒のみ残る茅葺屋根の古民家の一つで、「おもて」「なかえ」と呼ばれる二つの屋根の間を小棟で繋げた知覧の典型的な民家の建築様式、知覧型二ッ屋を残す。昭和に入って「なかえ」が取り壊されてしまっていたが、1994年に復元された。おとこ玄関とおんな玄関が分けられている。<br /><br />庭園は7庭園と違って座敷から正面、南側の山を借景としている。サツキの刈込や波を打ったイヌマキの大刈込の生垣と云う特徴は共通しているが、小ぶりな庭石を主としているのも独特。また、庭門を生垣による自然のアーチにしているのも独特。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.24397489109894450&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />旧高城家住宅から150mほど進むと佐多直忠邸庭園。江戸時代中期の寛保年間(1741~44年)の作庭と伝わる、知覧武家屋敷庭園の中で最も古い庭園の一つ。また建物も1800年代前半、現当主の曾祖父の知覧島津家重臣だった佐多十郎左衛門の時代に建築されたものが残り、「佐多直忠氏住宅 附 腕木門 目隠し(屏風岩)」として鹿児島県指定有形文化財となっている。<br /><br />鹿児島城下在住の彌田という建築家の手により建築されたものと伝えられており、構造・大きさともに知覧一を誇っていたそうだ。実際に住んでおられるので屋敷の中には入れないが、掲示されている間取図によると知覧型二ッ屋の建物で、おとこ玄関とおんな玄関がある。ただし、現在のなかやは2007年に復元したもの。<br /><br />建物の前を左手に進むと石で組まれた築山と借景とが良く調和した庭園になる。手前には白砂とサツキの低木の刈り込みと低く埋め込まれた庭石、正面には庭園の奥には鋭い岩を高い峯として見せる枯滝石組とそれを覆うように刈り込まれた生垣があり。庭園と一体化した母ヶ岳の借景を望む。<br /><br />「鋭い峯」と「それを覆う刈込」という庭の構成は知覧の庭園の特徴の一つ。その中でこの庭園の特徴は梅。石組の左右に置かれた梅の木は、冬場は枝が一つのデザインになり、2月中旬頃には花が庭園を彩る。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.24397501519893209&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />佐多直忠邸のお隣(西側)には佐多民子邸庭園。江戸時代中期の宝暦年間(1751~64年)の作庭と伝わる。門からの邸宅への通路を抜けると、まずは手入れされた植木、盆栽が並ぶ。その奥が邸宅。これも二ッ屋のように見えるが不明。<br /><br />庭門をくぐると、正面奥に鋭い岩を高い峯として見せる枯滝石組があり、それを覆うように波を打った樹木の刈込がある。庭園手前には白砂が敷かれ、その中にはぺたんと砂の中に埋め込まれた船石や、琉球庭園で盆栽を乗せるために置かれる切石などが配されている。<br /><br />石組は巨石奇岩を積み重ねて深山幽谷の景を写しだし、石橋の下では仙人が岩の上から手招きをしているような不思議絵の世界が広がる。麓川の上流からは運んだ庭石は凝灰岩質のもので、巨岩のため石目にそって割り、牛馬で運び易くした。丁寧に掃かれた砂が豊かな水を表現している。<br /><br />ここも知覧の庭園の特徴の一つである「鋭い峯」と「それを覆う刈込」という構成を踏襲しているが、ここだけの特徴は「母ヶ岳とは逆方向に石組を組んでいること」と「建物から伸びる飛び石の存在」。7庭園の中で最も風雅とも云われる。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.24397511286558899&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />後半に続く

鹿児島 南九州 知覧武家屋敷前半(Samurai Residence Gardens,Chiran,Kagoshima,Japan)

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2022/04/22 - 2022/04/22

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ちふゆ

ちふゆさん

2022年4月22日(金)1時半過ぎ、知覧の武家屋敷通りを歩き始める。国の名勝に指定された7つの庭園を持つ屋敷などが約800mに渡って続き、約270年前の当時(江戸時代)の感性を今に伝える。7つの庭園はいずれも母ヶ岳を借景にしており、築山泉水式が1つで、他の6つは枯山水式。

これらの庭園の中で一番最初に訪ねたのは一番東にある森重堅邸庭園。入口で7庭園の共通入場券を買って中に入る。530円。なんと庭園パンフレットが共通入場券。変わってるわ。

森重堅邸庭園は知覧武家屋敷庭園の中で最も古い庭園の一つで、江戸中期の1741年に作庭されたもの。7庭園で唯一の池泉庭園。森家は知覧領主に重臣として代々仕えた家柄。庭園はコンパクトながら豪壮な雰囲気を漂わせている。

曲線に富んだ池には奇岩怪石を用いて近景の山や半島を表し、対岸には洞窟を表現した石組がある。正面奥の巨石の間にある窪んだ領域には滝石組を造っている。滝上部には蓬莱山、そして蓬莱山の手前には三重塔を配する。

なお、建物も鹿児島県指定有形文化財に指定されており、2018年のNHK大河ドラマ「西郷どん」で沢村一樹が演じた薩摩藩重臣、赤山靱負(ゆきえ)の屋敷として使われた。この庭で赤山靱負の切腹シーンが撮影されたそうだ(下の写真1)。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.24397468066563221&type=1&l=223fe1adec

森重堅邸を出て、武家屋敷通りを西に進むと、すぐ右手に旧高城(たき)家住宅。明治時代以前に建築された武家屋敷で、7庭園には含まれてないが庭園が残り、町並み保存地区の保存建物に含まれている。敷地内に併設されている高城庵は郷土料理や定食、甘味を味わえるお食事処(下の写真2)。

知覧の町並みの中で2軒のみ残る茅葺屋根の古民家の一つで、「おもて」「なかえ」と呼ばれる二つの屋根の間を小棟で繋げた知覧の典型的な民家の建築様式、知覧型二ッ屋を残す。昭和に入って「なかえ」が取り壊されてしまっていたが、1994年に復元された。おとこ玄関とおんな玄関が分けられている。

庭園は7庭園と違って座敷から正面、南側の山を借景としている。サツキの刈込や波を打ったイヌマキの大刈込の生垣と云う特徴は共通しているが、小ぶりな庭石を主としているのも独特。また、庭門を生垣による自然のアーチにしているのも独特。
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旧高城家住宅から150mほど進むと佐多直忠邸庭園。江戸時代中期の寛保年間(1741~44年)の作庭と伝わる、知覧武家屋敷庭園の中で最も古い庭園の一つ。また建物も1800年代前半、現当主の曾祖父の知覧島津家重臣だった佐多十郎左衛門の時代に建築されたものが残り、「佐多直忠氏住宅 附 腕木門 目隠し(屏風岩)」として鹿児島県指定有形文化財となっている。

鹿児島城下在住の彌田という建築家の手により建築されたものと伝えられており、構造・大きさともに知覧一を誇っていたそうだ。実際に住んでおられるので屋敷の中には入れないが、掲示されている間取図によると知覧型二ッ屋の建物で、おとこ玄関とおんな玄関がある。ただし、現在のなかやは2007年に復元したもの。

建物の前を左手に進むと石で組まれた築山と借景とが良く調和した庭園になる。手前には白砂とサツキの低木の刈り込みと低く埋め込まれた庭石、正面には庭園の奥には鋭い岩を高い峯として見せる枯滝石組とそれを覆うように刈り込まれた生垣があり。庭園と一体化した母ヶ岳の借景を望む。

「鋭い峯」と「それを覆う刈込」という庭の構成は知覧の庭園の特徴の一つ。その中でこの庭園の特徴は梅。石組の左右に置かれた梅の木は、冬場は枝が一つのデザインになり、2月中旬頃には花が庭園を彩る。
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佐多直忠邸のお隣(西側)には佐多民子邸庭園。江戸時代中期の宝暦年間(1751~64年)の作庭と伝わる。門からの邸宅への通路を抜けると、まずは手入れされた植木、盆栽が並ぶ。その奥が邸宅。これも二ッ屋のように見えるが不明。

庭門をくぐると、正面奥に鋭い岩を高い峯として見せる枯滝石組があり、それを覆うように波を打った樹木の刈込がある。庭園手前には白砂が敷かれ、その中にはぺたんと砂の中に埋め込まれた船石や、琉球庭園で盆栽を乗せるために置かれる切石などが配されている。

石組は巨石奇岩を積み重ねて深山幽谷の景を写しだし、石橋の下では仙人が岩の上から手招きをしているような不思議絵の世界が広がる。麓川の上流からは運んだ庭石は凝灰岩質のもので、巨岩のため石目にそって割り、牛馬で運び易くした。丁寧に掃かれた砂が豊かな水を表現している。

ここも知覧の庭園の特徴の一つである「鋭い峯」と「それを覆う刈込」という構成を踏襲しているが、ここだけの特徴は「母ヶ岳とは逆方向に石組を組んでいること」と「建物から伸びる飛び石の存在」。7庭園の中で最も風雅とも云われる。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.24397511286558899&type=1&l=223fe1adec


後半に続く

  • 写真1 「西郷どん」赤山靱負邸説明

    写真1 「西郷どん」赤山靱負邸説明

  • 写真2 高城庵

    写真2 高城庵

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