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2022年4月24日(日)朝の11時前、万田坑から次の目的地の三池港に到着。車で15分移動しただけだが、ここは福岡県に戻って大牟田市。まあ、万田坑も見学した部分は熊本県荒尾市だったが、敷地の北側や西側の端は大牟田市だったし、地下の炭鉱自体はほとんどが大牟田市。<br /><br />大牟田市は福岡県最南端の市。九州の中部に位置し、西は有明海に面している。北に接するみやま市高田町や南の熊本県荒尾市、南関町、長洲町と共に大牟田都市圏を形成している。通過したことはあるが、来たのは初めて。「むた」は低湿地帯のことを意味しており、有明海沿いに大きな「むた」があることが大牟田の名に由来しているようだ。<br /><br />2007年にフォーブス誌の「世界の最もきれいな都市」で神戸市と共に25位にランキングされた。ちなみに1位はカナダ(Canada)のカルガリー(Calgary)で、アジアでは大牟田市と神戸市以外は福井県の勝山市が9位に選ばれただけ。<br /><br />また、2008年の生活の質が数値化されたクオリティ・オブ・リビング(Quality of living)では世界218都市中第69位に入ったこともある。ただし、2019年版では100位内には入ってない。ずっと1位はオーストリア(Austria)のウィーン(Vienna)で、2019年版では日本からは東京(49位)、神戸(49位)、横浜(55位)、大阪(58位)、名古屋(62位)の6都市が入っている。<br /><br />上述のように福岡県最南端で、南と東を熊本県に接している。福岡市より約65km南、熊本市より約45km北西、佐賀市より約35km南東に位置する。有明海に面している市西部には干拓地や埋立地が広がっている。面積約81平方kmは福岡県の60市町村中18番目に広い。人口は約10.5万人で6位だが、春日市、筑紫野市、糸島市、大野城市と競っている。<br /><br />江戸時代に三池炭鉱が開発され、以後石炭資源を背景とした石炭化学工業で栄え、1959年(昭和34年)には人口は20万人を越えた。しかい、エネルギー革命などにより石炭化学工業は衰退。三池炭鉱が1997年に閉山してからは、廃棄物固形燃料発電施設を中心とした環境リサイクル産業などの新興産業や、立地条件を生かした大牟田テクノパークへの企業誘致などに力を入れている。<br /><br />1889年(明治22年)の町村制施行で大牟田、下里、稲荷、横須の4村が合併し大牟田町が発足。1917年(大正6年)に市制施行。1929年(昭和4年)に三川町を編入し、1941年(昭和16年)に三池町、駛馬町、玉川村、銀水村を編入して現市域となった。<br /><br />漫画家の萩尾望都(49年生まれ)は白川町に生まれで船津中学校に入学するが中2で大阪の吹田に引越した。プロ野球のライオンズやタイガースで活躍した元タイガース監督の真弓明信(53年生まれ)は歴木中学校から柳川商業高校に進んだ。<br /><br />「まちぶせ」をヒットさせた三木聖子(56年生まれ)は久留米市出身だが明光学園中高卒業。また2006年に亡くなったアイドルの甲斐智枝美(63年生まれ)は大牟田高校から東京の堀越高校に転校した。バレーボールのセッターで活躍した竹下佳江(78年生まれ)は北九州出身だが誠修高校卒業。<br /><br />三池港は、三池炭鉱の積出港として1908年(明治41年)に三井鉱山のプライベートポートとして開港。三池炭鉱が閉山した1997年以降、県と国でふ頭や航路など公共港湾施設の整備を進めている。2006年からは国際コンテナ定期航路が就航し、国際物流拠点としての新たな一歩を踏み出した。<br /><br />干満の差の大きい有明海に面するため、ドック(船渠)内は干潮時に水門(閘門)を閉じて一定の水深を維持している。また、土砂の流入を防ぐため、航路に沿って長い防砂堤が設けられており、それら全体の形から鳥がはばたく姿をイメージして作られたものと云われている。全国唯一の閘門を持つ港として歴史的に重要な港。<br /><br />現役の港でありながら、2015年に正式登録された明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業の23構成資産に含まれており、長崎造船所などとともに日本の稼働資産としては初の世界遺産登録となった。<br /><br />まずは内港とドックを分ける三池港閘門へ。1908年の開港時に造られた水門で、ドック内の水位を干潮時でも8.5m以上に保つため内港との間に設けられた。横幅20.12m、縦幅37.51mで、周辺は花崗岩を積み上げ、底にも同質の石張りを行っている。これにより、ドック内での1万トン級の船舶の荷役が可能となった。<br /><br />ドック側に観音開きとなる2枚の鋼鉄製の門扉がある。1枚の長さ12.17m、高さ8.84m、厚さ1.20m、重さ91.30トン。扉の接するところは水漏れ防止のために南米から取り寄せたグリーンハート(Green Heart)と呼ばれる船虫や水に強く堅くて沈む木材を使用していた(下の写真1)。現在はゴムとステンレスに変更されたが、門扉の開閉は当初のまま水流ポンプによって操作されている。<br /><br />閘門は両サイドを花崗岩を積み上げた人工島で挟まれ、人工島と両岸との間には大潮時の潮流緩和、船舶の閘門通過を容易にする目的の補助水堰(スルースゲート)があるが、これも往時のまま。閘門は通常非公開で、北側の補助水堰の入口から眺めただけ。<br /><br />閘門から先に進むと内港にある三池港の旅客船ターミナル。島原新港との間を高速双胴旅客船で約50分で結ぶ三池島原ライン「島原大牟田航路」が1日4往復している。11時半発の便がちょうど停泊していた。船着場の先には外海に通じる細長い内港航路への出口が見える。<br /><br />次はドックの東側にある展望所へ移動。高台に造られているので、三池港閘門を正面から眺めることが出来る。毎年1月と11月頃にそれぞれ約10日間、三池港の航路先端から閘門を抜け三池港展望所まで、ほぼ一直線の夕陽の「光の航路」を見ることが出来る。<br /><br />最後はドックの南端にある旧長崎税関三池税関支署へ。三池港の開港と同時に開庁し、1965年に現三池港湾合同庁舎に機能が移るまで税関として使用された。当初は本館と付属建物が建設されたが、本館のみ現存する。<br /><br />建物は木造平屋建で入母屋造に切妻造が付く。屋根は桟瓦葺で一部銅板葺。外壁は下見板張で窓は上下開閉式。室内外共に装飾は少なく簡素にまとめられている。国内でも数少ない明治期の税関庁舎。県の有形文化財。<br /><br />土日のみ内部見学できる。内部は公衆控所、事務室、応接室、書類室に分かれる。公衆控所と事務室の境にカウンターが設けられており、そこで関税の手続きが行われた。内部の電灯を吊るす天井の一部には彫り込みのある木製の円形飾りがある。受付窓口も当時の様子が伺える。<br /><br />建物の南側には旧三池炭鉱専用鉄道敷の一部が残る。1891年(明治24年)に三井合名鉱山部の専用鉄道として開業し、1997年に廃止された線の一部。大牟田川河口にあった三池浜駅から宮浦坑、万田坑、そして荒尾市内を経由して三池港駅間の9.3kmを結んでいた。<br /><br />また、入場できないのではっきり見えないが、ドック南側バース(渠内4号岸壁)の先に黄色いクレーンが見える(下の写真2)。1905年(明治38年)に購入された日本最古級のクレーン船。現在も小型作業船の引き上げやブイなどの補修点検作業等で現役で稼働している。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.24695571313419560&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />柳川に向かうが、続く

福岡 大牟田 三池港(Miike Port,Omuta,Fukuoka,Japan)

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2022/04/24 - 2022/04/24

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ちふゆ

ちふゆさん

2022年4月24日(日)朝の11時前、万田坑から次の目的地の三池港に到着。車で15分移動しただけだが、ここは福岡県に戻って大牟田市。まあ、万田坑も見学した部分は熊本県荒尾市だったが、敷地の北側や西側の端は大牟田市だったし、地下の炭鉱自体はほとんどが大牟田市。

大牟田市は福岡県最南端の市。九州の中部に位置し、西は有明海に面している。北に接するみやま市高田町や南の熊本県荒尾市、南関町、長洲町と共に大牟田都市圏を形成している。通過したことはあるが、来たのは初めて。「むた」は低湿地帯のことを意味しており、有明海沿いに大きな「むた」があることが大牟田の名に由来しているようだ。

2007年にフォーブス誌の「世界の最もきれいな都市」で神戸市と共に25位にランキングされた。ちなみに1位はカナダ(Canada)のカルガリー(Calgary)で、アジアでは大牟田市と神戸市以外は福井県の勝山市が9位に選ばれただけ。

また、2008年の生活の質が数値化されたクオリティ・オブ・リビング(Quality of living)では世界218都市中第69位に入ったこともある。ただし、2019年版では100位内には入ってない。ずっと1位はオーストリア(Austria)のウィーン(Vienna)で、2019年版では日本からは東京(49位)、神戸(49位)、横浜(55位)、大阪(58位)、名古屋(62位)の6都市が入っている。

上述のように福岡県最南端で、南と東を熊本県に接している。福岡市より約65km南、熊本市より約45km北西、佐賀市より約35km南東に位置する。有明海に面している市西部には干拓地や埋立地が広がっている。面積約81平方kmは福岡県の60市町村中18番目に広い。人口は約10.5万人で6位だが、春日市、筑紫野市、糸島市、大野城市と競っている。

江戸時代に三池炭鉱が開発され、以後石炭資源を背景とした石炭化学工業で栄え、1959年(昭和34年)には人口は20万人を越えた。しかい、エネルギー革命などにより石炭化学工業は衰退。三池炭鉱が1997年に閉山してからは、廃棄物固形燃料発電施設を中心とした環境リサイクル産業などの新興産業や、立地条件を生かした大牟田テクノパークへの企業誘致などに力を入れている。

1889年(明治22年)の町村制施行で大牟田、下里、稲荷、横須の4村が合併し大牟田町が発足。1917年(大正6年)に市制施行。1929年(昭和4年)に三川町を編入し、1941年(昭和16年)に三池町、駛馬町、玉川村、銀水村を編入して現市域となった。

漫画家の萩尾望都(49年生まれ)は白川町に生まれで船津中学校に入学するが中2で大阪の吹田に引越した。プロ野球のライオンズやタイガースで活躍した元タイガース監督の真弓明信(53年生まれ)は歴木中学校から柳川商業高校に進んだ。

「まちぶせ」をヒットさせた三木聖子(56年生まれ)は久留米市出身だが明光学園中高卒業。また2006年に亡くなったアイドルの甲斐智枝美(63年生まれ)は大牟田高校から東京の堀越高校に転校した。バレーボールのセッターで活躍した竹下佳江(78年生まれ)は北九州出身だが誠修高校卒業。

三池港は、三池炭鉱の積出港として1908年(明治41年)に三井鉱山のプライベートポートとして開港。三池炭鉱が閉山した1997年以降、県と国でふ頭や航路など公共港湾施設の整備を進めている。2006年からは国際コンテナ定期航路が就航し、国際物流拠点としての新たな一歩を踏み出した。

干満の差の大きい有明海に面するため、ドック(船渠)内は干潮時に水門(閘門)を閉じて一定の水深を維持している。また、土砂の流入を防ぐため、航路に沿って長い防砂堤が設けられており、それら全体の形から鳥がはばたく姿をイメージして作られたものと云われている。全国唯一の閘門を持つ港として歴史的に重要な港。

現役の港でありながら、2015年に正式登録された明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業の23構成資産に含まれており、長崎造船所などとともに日本の稼働資産としては初の世界遺産登録となった。

まずは内港とドックを分ける三池港閘門へ。1908年の開港時に造られた水門で、ドック内の水位を干潮時でも8.5m以上に保つため内港との間に設けられた。横幅20.12m、縦幅37.51mで、周辺は花崗岩を積み上げ、底にも同質の石張りを行っている。これにより、ドック内での1万トン級の船舶の荷役が可能となった。

ドック側に観音開きとなる2枚の鋼鉄製の門扉がある。1枚の長さ12.17m、高さ8.84m、厚さ1.20m、重さ91.30トン。扉の接するところは水漏れ防止のために南米から取り寄せたグリーンハート(Green Heart)と呼ばれる船虫や水に強く堅くて沈む木材を使用していた(下の写真1)。現在はゴムとステンレスに変更されたが、門扉の開閉は当初のまま水流ポンプによって操作されている。

閘門は両サイドを花崗岩を積み上げた人工島で挟まれ、人工島と両岸との間には大潮時の潮流緩和、船舶の閘門通過を容易にする目的の補助水堰(スルースゲート)があるが、これも往時のまま。閘門は通常非公開で、北側の補助水堰の入口から眺めただけ。

閘門から先に進むと内港にある三池港の旅客船ターミナル。島原新港との間を高速双胴旅客船で約50分で結ぶ三池島原ライン「島原大牟田航路」が1日4往復している。11時半発の便がちょうど停泊していた。船着場の先には外海に通じる細長い内港航路への出口が見える。

次はドックの東側にある展望所へ移動。高台に造られているので、三池港閘門を正面から眺めることが出来る。毎年1月と11月頃にそれぞれ約10日間、三池港の航路先端から閘門を抜け三池港展望所まで、ほぼ一直線の夕陽の「光の航路」を見ることが出来る。

最後はドックの南端にある旧長崎税関三池税関支署へ。三池港の開港と同時に開庁し、1965年に現三池港湾合同庁舎に機能が移るまで税関として使用された。当初は本館と付属建物が建設されたが、本館のみ現存する。

建物は木造平屋建で入母屋造に切妻造が付く。屋根は桟瓦葺で一部銅板葺。外壁は下見板張で窓は上下開閉式。室内外共に装飾は少なく簡素にまとめられている。国内でも数少ない明治期の税関庁舎。県の有形文化財。

土日のみ内部見学できる。内部は公衆控所、事務室、応接室、書類室に分かれる。公衆控所と事務室の境にカウンターが設けられており、そこで関税の手続きが行われた。内部の電灯を吊るす天井の一部には彫り込みのある木製の円形飾りがある。受付窓口も当時の様子が伺える。

建物の南側には旧三池炭鉱専用鉄道敷の一部が残る。1891年(明治24年)に三井合名鉱山部の専用鉄道として開業し、1997年に廃止された線の一部。大牟田川河口にあった三池浜駅から宮浦坑、万田坑、そして荒尾市内を経由して三池港駅間の9.3kmを結んでいた。

また、入場できないのではっきり見えないが、ドック南側バース(渠内4号岸壁)の先に黄色いクレーンが見える(下の写真2)。1905年(明治38年)に購入された日本最古級のクレーン船。現在も小型作業船の引き上げやブイなどの補修点検作業等で現役で稼働している。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.24695571313419560&type=1&l=223fe1adec


柳川に向かうが、続く

  • 写真1 グリーンハート

    写真1 グリーンハート

  • 写真2 大金剛丸のクレーン

    写真2 大金剛丸のクレーン

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