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油津は遣唐使の時代から貿易の中継港として栄え、その支配権を巡って熾烈な争いを繰り広げたのが日向伊東氏と島津氏でした。その片方、日向伊東氏が江戸時代に治めたのが飫肥(おび)という場所です。よく肥えた豊かな土地、というのが語源だそうですが、何かで知らなければ読めないでしょう。<br /><br />戦国時代は浪々の時代もあった伊東氏ですが、秀吉の時代からは非常に旨く世を渡り、江戸時代を飫肥藩主として乗りきりました。現代になっても空襲や大規模な自然災害で破壊されることもなく、江戸時代の町並みがよく保存されています。<br /><br />「九州の小京都」と呼ばれることもある城下町をのんびりと散策するだけの時間はありませんが、せめて桜を求めて飫肥城跡だけでも見学しましょう。

2023観桜紀行 (6) 飫肥(おび)城を訪ねて

4いいね!

2023/03/28 - 2023/03/28

94位(同エリア126件中)

旅行記グループ 2023年 観桜紀行その1

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kirinbxx

kirinbxxさん

油津は遣唐使の時代から貿易の中継港として栄え、その支配権を巡って熾烈な争いを繰り広げたのが日向伊東氏と島津氏でした。その片方、日向伊東氏が江戸時代に治めたのが飫肥(おび)という場所です。よく肥えた豊かな土地、というのが語源だそうですが、何かで知らなければ読めないでしょう。

戦国時代は浪々の時代もあった伊東氏ですが、秀吉の時代からは非常に旨く世を渡り、江戸時代を飫肥藩主として乗りきりました。現代になっても空襲や大規模な自然災害で破壊されることもなく、江戸時代の町並みがよく保存されています。

「九州の小京都」と呼ばれることもある城下町をのんびりと散策するだけの時間はありませんが、せめて桜を求めて飫肥城跡だけでも見学しましょう。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
旅行の手配内容
個別手配

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  • 飫肥城観光駐車場はひろびろとしています。四半的ってなんだろう、とちょっと調べて見たら、飫肥のあたりで娯楽として楽しまれていた、畳に正座して的をいる弓術だそうです。名前の由来は、距離も、矢の長さも、的の大きさも(単位はもちろん違いますが)4.5だから。

    飫肥城観光駐車場はひろびろとしています。四半的ってなんだろう、とちょっと調べて見たら、飫肥のあたりで娯楽として楽しまれていた、畳に正座して的をいる弓術だそうです。名前の由来は、距離も、矢の長さも、的の大きさも(単位はもちろん違いますが)4.5だから。

  • ちょうどいい時期だったようです。

    ちょうどいい時期だったようです。

  • お天気にも恵まれました。

    お天気にも恵まれました。

  • 平日で人が少ないので、歩きながらの撮影も楽。

    平日で人が少ないので、歩きながらの撮影も楽。

  • 大手門の手前にあったのが小村記念館の案内。小村寿太郎は明治時代きっての名外交官で、日英同盟、ポーツマス条約の締結に力を尽くした人です。この地の出身で、飫肥藩藩校から長崎留学、第一回文部省海外留学生としてハーバード・ロースクールで学ぶなど当時第一の国際派として知られていました。ちょうどこの期間は入館無料になっていました。

    大手門の手前にあったのが小村記念館の案内。小村寿太郎は明治時代きっての名外交官で、日英同盟、ポーツマス条約の締結に力を尽くした人です。この地の出身で、飫肥藩藩校から長崎留学、第一回文部省海外留学生としてハーバード・ロースクールで学ぶなど当時第一の国際派として知られていました。ちょうどこの期間は入館無料になっていました。

  • まぁそれはあと回しにして、飫肥城へ入りましょう。こちらが大手門。昭和53年に復元されたものです。

    まぁそれはあと回しにして、飫肥城へ入りましょう。こちらが大手門。昭和53年に復元されたものです。

  • 大手門を入ってすぐ裏側。飫肥城は戦国時代に九州南部を席巻した島津氏が、当面の大敵である日向伊東氏に備えて一族を入れて守ろうとした城です。伊東氏もしつこくこの城を狙い、結局15世紀終わりから、100年以上にわたって伊東氏と島津氏で断続的に戦いが続きました。

    大手門を入ってすぐ裏側。飫肥城は戦国時代に九州南部を席巻した島津氏が、当面の大敵である日向伊東氏に備えて一族を入れて守ろうとした城です。伊東氏もしつこくこの城を狙い、結局15世紀終わりから、100年以上にわたって伊東氏と島津氏で断続的に戦いが続きました。

  • 空堀です。これをほりあげた土で内側の土塁を築いたのだそうです。

    空堀です。これをほりあげた土で内側の土塁を築いたのだそうです。

  • 青空と桜を愛でつつ、石段を上がっていきます。ちょっと暑い・・・<br />

    青空と桜を愛でつつ、石段を上がっていきます。ちょっと暑い・・・

  • 見事な桜をみながら、のんびりと歩きました。

    見事な桜をみながら、のんびりと歩きました。

  • 伊東氏は最終的には豊臣秀吉に頼って日向を取り戻し、以前の本拠地ではなくこの飫肥城を本拠とし、その後も世渡り上手にたちまわり、江戸時代もずっとこの飫肥城を維持しました。その間、地震で壊れた石垣もそのたびにきちんと修復してきたようです。ですが、明治6年、例によって明治政府の命により建築物は取り壊されてしまいました。

    伊東氏は最終的には豊臣秀吉に頼って日向を取り戻し、以前の本拠地ではなくこの飫肥城を本拠とし、その後も世渡り上手にたちまわり、江戸時代もずっとこの飫肥城を維持しました。その間、地震で壊れた石垣もそのたびにきちんと修復してきたようです。ですが、明治6年、例によって明治政府の命により建築物は取り壊されてしまいました。

  • 飫肥は杉の名産地だったそうです。現在の城跡に沢山の杉が残っています。苔の絨毯と高い杉の取り合わせも素晴らしい。

    飫肥は杉の名産地だったそうです。現在の城跡に沢山の杉が残っています。苔の絨毯と高い杉の取り合わせも素晴らしい。

  • 見事な桜です。右手にちらっと見えているのは、なんと小学校の校庭の遊具。右手に飫肥小学校があります。こんな場所にあるということは、当然ながら藩校が前身。<br /><br />先に見えている石段を登ると、本丸の跡があるそうです。跡だけ、ということなので訪問は省略。

    見事な桜です。右手にちらっと見えているのは、なんと小学校の校庭の遊具。右手に飫肥小学校があります。こんな場所にあるということは、当然ながら藩校が前身。

    先に見えている石段を登ると、本丸の跡があるそうです。跡だけ、ということなので訪問は省略。

  • この青天の下、かなり暑いのです。

    この青天の下、かなり暑いのです。

  • 涼しい所に入りましょう。飫肥城歴史資料館です。城内御殿をいろいろな文書などから考証して再現して作られました。大手門もそうですが、外観の絵や図面などが残っていないので、あくまでも「多分こんな感じだった」程度の復元です。

    涼しい所に入りましょう。飫肥城歴史資料館です。城内御殿をいろいろな文書などから考証して再現して作られました。大手門もそうですが、外観の絵や図面などが残っていないので、あくまでも「多分こんな感じだった」程度の復元です。

  • 日向伊東氏、飫肥藩初代藩主伊東祐兵です。幼くして家督を継ぎ、島津氏に敗れて大友宗麟を頼り、結果的にはそれが大友家衰退の一因となり自身は愛媛まで逃れました。しかしそのあと、秀吉に仕えることに成功して飫肥城を取り戻すという、まさに戦国時代ならではの波瀾万丈の人生を送った人です。

    日向伊東氏、飫肥藩初代藩主伊東祐兵です。幼くして家督を継ぎ、島津氏に敗れて大友宗麟を頼り、結果的にはそれが大友家衰退の一因となり自身は愛媛まで逃れました。しかしそのあと、秀吉に仕えることに成功して飫肥城を取り戻すという、まさに戦国時代ならではの波瀾万丈の人生を送った人です。

  • 火縄銃を持ってみることができます。

    火縄銃を持ってみることができます。

  • 江戸時代前期、摂津で活躍した井上国貞作の刀です。この人の次男である井上真改は大坂新刀の代表的な刀工です。

    江戸時代前期、摂津で活躍した井上国貞作の刀です。この人の次男である井上真改は大坂新刀の代表的な刀工です。

  • 伊東家の当主が使用した籠。いくら当時の人が小柄とはいえ、こんなものに乗って長い道中を旅するのは辛そうです。

    伊東家の当主が使用した籠。いくら当時の人が小柄とはいえ、こんなものに乗って長い道中を旅するのは辛そうです。

  • 井上真改、和泉守藤原国貞など、伊東家伝来の刀剣です。

    井上真改、和泉守藤原国貞など、伊東家伝来の刀剣です。

  • こちらは豫章館というところです。大手門の前にあります。明治2年に飫肥藩最後の藩主だった伊東祐帰が知藩事(版籍奉還により領地・領民を朝廷に返還した旧藩主がついた明治2~4年の短期間おかれた役職)になったとき、飫肥城を出て移り住んだ屋敷です。(それまでは伊東一族に連なる重臣が住んでいました)

    こちらは豫章館というところです。大手門の前にあります。明治2年に飫肥藩最後の藩主だった伊東祐帰が知藩事(版籍奉還により領地・領民を朝廷に返還した旧藩主がついた明治2~4年の短期間おかれた役職)になったとき、飫肥城を出て移り住んだ屋敷です。(それまでは伊東一族に連なる重臣が住んでいました)

  • 見事に整えられた植木を両側に見ながらまっすぐ進みます。門から玄関までたぶん100mくらい。

    見事に整えられた植木を両側に見ながらまっすぐ進みます。門から玄関までたぶん100mくらい。

  • 立派な表玄関です。残念ながら屋内には入れず、左から庭へ回ることになります。

    立派な表玄関です。残念ながら屋内には入れず、左から庭へ回ることになります。

  • 中へは入れませんが、このように開け放って内部を見る事が出来るようにしてありました。すでに金箔の紋もほとんどかすれてしまった長持ち。

    中へは入れませんが、このように開け放って内部を見る事が出来るようにしてありました。すでに金箔の紋もほとんどかすれてしまった長持ち。

  • 飫肥は城下町の風情をよく残している地域ですが、その中でも格式が最も高く(もともと一族が住み、最後の藩主が住んだのだから当然です)、江戸時代の趣をもっとよく残しているそうです。昭和の終わり頃に伊東家が市へ寄贈して保存されています。

    飫肥は城下町の風情をよく残している地域ですが、その中でも格式が最も高く(もともと一族が住み、最後の藩主が住んだのだから当然です)、江戸時代の趣をもっとよく残しているそうです。昭和の終わり頃に伊東家が市へ寄贈して保存されています。

  • 最後に小村記念館へ。

    最後に小村記念館へ。

  • トレードマークのシルクハットとおひげ。

    トレードマークのシルクハットとおひげ。

  • 小村寿太郎は明治時代の歴史上とても重要な人物です。ドラマの主人公になると小林桂樹さんとか、石坂浩二さんが演じて見かけも堂々としているのですが実際は・・・ちっさ。「坂の上の雲」で演じた竹中直人さんでもまだまだ大きすぎたんですね。<br /><br />まさに小さな巨人。

    小村寿太郎は明治時代の歴史上とても重要な人物です。ドラマの主人公になると小林桂樹さんとか、石坂浩二さんが演じて見かけも堂々としているのですが実際は・・・ちっさ。「坂の上の雲」で演じた竹中直人さんでもまだまだ大きすぎたんですね。

    まさに小さな巨人。

  • 藩校から東大(の前身)、ハーバード大、46歳で外務大臣、まさに郷土が産んだ外交の巨星です。

    藩校から東大(の前身)、ハーバード大、46歳で外務大臣、まさに郷土が産んだ外交の巨星です。

  • このあたりの展示はあまりそそられません。

    このあたりの展示はあまりそそられません。

  • 偉人、といわれる人の資料館にはつきもの。小村寿太郎はポーツマス条約締結という大仕事をしましたが、現在の日南市はそれを所縁として、ポーツマス市と姉妹都市となっています。死んでからもなお、民間外交の役にたっているんですね。<br /><br />城下町も風情があるようですが、今日の飫肥観光はここまでです。次の目的地へ向かいます。<br /><br /> 

    偉人、といわれる人の資料館にはつきもの。小村寿太郎はポーツマス条約締結という大仕事をしましたが、現在の日南市はそれを所縁として、ポーツマス市と姉妹都市となっています。死んでからもなお、民間外交の役にたっているんですね。

    城下町も風情があるようですが、今日の飫肥観光はここまでです。次の目的地へ向かいます。

     

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2023年 観桜紀行その1

この旅行記へのコメント (2)

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  • salsaladyさん 2024/04/06 09:38:11
    九州の小京都。。。飫肥城。。。おび城。。。
    ☆宮崎空港でずっと気になっていた『飫肥城』~おびと読むことを知ってるのはジモティーでしょうね。(隣県大分育ちの私は油津の事は知っていても、「おび」を知らなくて、どこかにフリガナを振ってくれると良いなと思っています。無知の知?

    ☆九州には昔の城跡がかなりあるので各県にも小京都と名付けられた街が残っていますね。

    ☆城跡と桜。。。小学校と桜並木が良く似合う。。。東京は漸く「満開」を迎えました。

    kirinbxx

    kirinbxxさん からの返信 2024/04/06 11:27:23
    RE: 九州の小京都。。。飫肥城。。。おび城。。。
    はじめまして。旅行記を読んでくださり、ありがとうございます。

    我が家は九州とはあまりご縁がありません。実はkirinbxx妻は、大の歴史好き、いまどきの言葉だと「歴女」とか「歴史おたく」と呼ばれる部類の人間です。なので、あの難読地名も島津家に関する本を読んだときに読み方を知りました。

    これからは難読地名にはふりがなをいれようと思います。


    > ☆城跡と桜。。。小学校と桜並木が良く似合う。。。東京は漸く「満開」
    いいですね。 
    例年はこの時期に長期の休みが取れやすいので日本に行くのですが、今年は行けず、桜もみることができません。つかの間の満開の桜、どうぞお楽しみください。

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