2025/06/26 - 2025/06/26
18位(同エリア115件中)
かっちんさん
今日は宮古駅から海岸風景を楽しめる三陸鉄道「リアス線」(宮古-釜石)に乗り、釜石駅から山の風景を楽しめる「JR釜石線」に乗って遠野駅まで行き、再び宮古駅に戻ります。
2011年3月11日の東日本大震災から14年経ち、三陸鉄道沿線の復興状況や津波対策の防潮堤嵩上げなどが確認できます。
釜石線では陸中大橋駅から仙人峠東側を越えるため「オメガループのトンネル」を通ります。トンネル内のカーブで180度方向を変え、足ヶ瀬駅までの勾配を徐々に上がります。
かつて陸中大橋駅(釜石東線)~仙人峠駅(釜石西線)間は、距離約4kmに対して標高差が300mあるので索道(ロープウェイ)により貨物・郵便を輸送し、旅客は約5.5kmの山道を徒歩連絡していました。
2路線ともに駅名標には、町の特色や観光名所などを紹介する「駅の愛称」が付けられています。
なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・宮古市マンホールカード概要
・東北銀行ニュースリリース「とうぎん×キキ&ララ列車の運行開始について 」
・三陸鉄道のHP、いわて三鉄ガイド
・日本鉄道旅行地図帳「JR山田線(1)流出した第34閉伊川鉄橋(宮古~磯鶏)」
・宮古市SL保存会「機関車の概要」:磯鶏SL公園
・宮古市「宮古・室蘭フェリー航路トップページ」
・岩手県「【No.38 津軽石川】現地写真、津波被害状況および復旧方針」
・YAHOOニュース「津波に耐えた木造駅舎と鮭を呼んだ石の伝説 三陸鉄道リアス線 津軽石駅(岩手県宮古市)」
・岩手県山田町「伝える 岩手県山田町東日本大震災の記録」、P237防潮堤
・鯨と海の科学館のHP
・国際エメックスセンター「船越湾」
・山田とことこ日記「震災10年山田町 ~船越 田の浜地区~」2021年03月29日
・大槌町「浪板海岸」「鎮魂の森あえーる」「蓬莱島(ひょうたん島)[町指定名勝]」
・いわての旅「吉里吉里海岸」
・岩手県 沿岸広域振興局 土木部「大槌川小鎚川水門について」
・NHKアーカイブス「ひょっこりひょうたん島」
・毎日ことば「見逃しそうになった「大槌と小鎚」」
・「釜石鵜住居復興スタジアム」のHP
・緑とらんす「だ円のオブジェお目見え、鵜住居駅前に撮影スポット~「ラグビー釜石」広くアピール、ワールドカップへ SNS発信に期待」
・レイルラボ「さんてつ リアス線「ゴルゴ13」ラッピング車両登場!鋭い目線で海洋ごみ問題訴える」
・マイナビニュース「JR東日本、「SL銀河鉄道(仮称)」デビューに向けて釜石駅構内にも車庫を新築」
・JR東日本建築設計「釜石線 駅名標デザイン」
・JR東「釜石線の新型車両「HB-E220 系」デビュー記念セレモニーを開催いたします!!」、「高崎・盛岡エリアに新型車両を投入します」「ヘラルボニーのアート作品を彩ったラッピング列車を運行します! 」
・釜石市「仙人峠」
・山さ行がねが「ミニレポート第94回JR釜石線陸中大橋駅」
・鉄道チャンネル「【鉄の一瞥 14】 釜石線のΩループ 上有住~陸中大橋間」
・遠野時間「カッパ淵」「イカイもん」「地域に愛される味|喫茶待月で味わう名物ナポリタンと挽きたてコーヒーをどうぞ」
・遠野市博物館
・マピオン地図:標高の確認
・岩手放送「三陸鉄道とイオンがコラボしたラッピング車両が運行 「にぎわい東北号」出発式行われる 岩手・宮古市」
・ウィキペディア「宮古駅」「山田線」「津軽石駅」「陸中山田駅」「山田駅 (東京都)」「鯨と海の科学館」「船越湾」「吉里吉里駅」「鵜住居駅」「SL銀河」「JR北海道キハ141系気動車」「小佐野駅」「陸中大橋駅」「釜石鉱山鉄道」「釜石線」「遠野駅」
2026/1/18 南リアス線をリアス線に修正
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
三陸海岸の「宮古駅」
宮古駅は昭和9年(1934)鉄道省山田線の駅として開業します。
現在は三陸鉄道(久慈-宮古-釜石-盛)とJR山田線(盛岡-宮古)に乗ることができます。 -
「鮭のデザインマンホール」(宮古駅前)
宮古市の魚である「南部鼻まがり鮭」が、下水道の普及により浄化された水中で元気に泳ぎ回る様子を表したマンホール蓋です。
円を描き泳ぐ様子は、迷わず故郷の川に戻れるようにとの願いも込められています。
成魚となって戻る雌雄の鮭は産卵の時期を迎え、川を遡上して一生を終えますが、遡上で起きた気泡は卵(いくら)として残り、次世代へつながる様子を表しています。 -
「三陸鉄道 宮古駅 ~リアスの港~」
「リアスの港」は駅に付けられた愛称です。
これから乗車するのは、磯鶏方面の三陸鉄道「南リアス線」です。 -
「リアス線の気動車」(宮古駅)
「キキ&ララ」をラッピングした車両は、2024年から「とうぎん×キキ&ララ」号として運行開始しました。
「キキ&ララ」は「東北銀行(とうぎん)」のイメージキャラクターで、三陸鉄道とコラボした取り組みです。 -
「三陸鉄道沿線の観光名所をデザイン」(とうぎん×キキ&ララ号)
海側の外観は、久地駅の海女さん、堀内駅のえぼし岩、田野畑駅のさっぱ船など、北リアス線の観光名所をデザイン。
山側の外観は、吉里吉里駅のひょうたん島、釜石駅のラグビーなど、南リアス線の観光名所がデザインされています。 -
「昭和の木造跨線橋」(宮古駅)
釜石方面のリアス線列車が停車している1番ホームに、久慈方面のリアス線からやって来た宮古止まり列車が近づき到着します。 -
イチオシ
「留置線に停車する三陸鉄道初期の車両」(宮古駅)
昭和59年4月(1984)に国鉄宮古線が第三セクターの三陸鉄道に転換し、この時から活躍している三陸鉄道の36-100形式。
大きな文字で駅名を書いた方向幕の行先標が目立ちます。 -
「第34閉伊川橋梁」(宮古-磯鶏、後方の車窓)
列車は宮古駅を出発し、北上山地から流れて来る閉伊川を渡ります。
かつて国鉄山田線(盛岡-宮古-釜石)開業時、閉伊川の一番下流に架けられた34番目の橋です。 -
最初の停車駅「磯鶏(そけい)駅 ~松原の想い出~」
駅の愛称は「松原の想い出」。
「磯鶏駅」の近くに宮古港フェリーターミナルがあり、ここにかつて松原があったと思われます。
岩手県初となる定期フェリー「宮古・室蘭航路」があったのですが、現在宮古への寄港が一時休止されています。 -
「磯鶏SL公園」(磯鶏駅近く)
昭和51年(1976)に国鉄より宮古市に寄贈されたSL9600型です。
大正3年(1914)川崎造船所兵庫分工場で造られ、急行・貨物列車として東北本線などで活躍しました。
現在は保存会の整備により綺麗に保存されています。 -
「森の中を走る列車」(八木沢・宮古短大-津軽石)
しばらく海から離れています。 -
「津軽石川の津波対策」(津軽石駅付近)
3.11の津波対策として、水門嵩上げ、防潮堤嵩上げを実施しています。 -
「津軽石駅 ~鮭の町~」
地名「津軽石」の由来は以下の通りです。
『室町末期にこの地域に新しく領主として入った一戸行政が津軽の浅瀬石(あせいし)明神のご神体だった奇石を勧請した。
当時、浅瀬石川(現在の青森県黒石市)は鮭の豊かな川として知られており、その御利益にあやかろうと石を津軽から当地の「丸長川」に持ってきたところ、鮭が川からはみ出すほどに多く遡上するようになったとされる。
津軽から持って来た石にちなんで、「丸長川」は「津軽石川」と呼ばれるようになり、地名も「津軽石」となった。』 -
イチオシ
「布でできた新巻鮭」(津軽石駅待合室)
近くにある「津軽石川」は現在、本州で最も多くの鮭が遡上する川として知られており、毎年12月につかみ捕りや即売会などが行われる鮭祭りが行われています。 -
「3.11津波に耐えた開業当初からの駅舎」(津軽石駅)
昭和10年(1935)鉄道省山田線開業時からの木造駅舎です。
ここで反対列車と交換します。 -
「陸中山田駅 ~海のオランダ島~」
住所は岩手県下閉伊郡山田町。
「山田駅」にならなかった理由として、すでに東京の京王電鉄高尾線(当時、御稜線)に「山田駅」が実在し、昭和6年(1931)に開業していました。
当駅は鉄道省山田線終着駅として昭和10年(1935)に開業したので、「陸中山田」と名付けられたと考えます。
駅の愛称「海のオランダ島」となっている「オランダ島」は、正式名称が「大島」。
1643年オランダ船ブレスケンス号が漂着したことから「オランダ島」と名付けられたと言われています。 -
「風車のある駅舎」(陸中山田駅)
駅舎は山田湾に浮かぶ「オランダ島」にちなんで「オランダの風車」をイメージして作られました。 -
「山田湾を囲む防潮堤」(陸中山田-岩手船越)
3.11津波の教訓として海抜9.7mの防潮堤を建設しています。 -
「謎の富士山??」(陸中山田-岩手船越)
白い雲が富士山に見えました。。。 -
イチオシ
「山田湾に浮かぶオランダ島と養殖場」(陸中山田-岩手船越)
周囲約20キロの山田湾は湾口が狭くつぼんだきんちゃく型で、「海の十和田湖」と形容されるほど穏やかに凪ぐことが多いです。
また、周囲の河川からミネラル分が注ぎ込み、カキやホタテガイなどの養殖が盛んです。
2つの島は大島(オランダ島)と小島。 -
「鯨と海の科学館」(岩手船越駅近く)
ここは、クジラを通じて彼らが住む三陸の海、そして海を育てる豊かな自然環境について知ることをテーマにしている自然科学博物館です。
昭和62年(1987)、三陸沖において体長17.6m、体重60トンの巨大なマッコウクジラが捕獲されたことや捕鯨基地であることを後世に伝えるため平成4年(1992)に開館しました。
建物に2011.3.11の津波が押し寄せた高さ(8m)が記録されています。 -
「岩手船越駅 ~本州最東端の駅~」
駅の愛称通り、本州で最も東にある駅です。
なお、地域名のない「船越駅」はJR男鹿線にあります。 -
「船越湾」(岩手船越-浪板海岸)
岩手船越駅を過ぎると船越湾が見えます。
船越湾は湾口を太平洋に開いた湾で、沖合で黒潮と親潮がぶつかっています。
夏季には海霧が発生したり、北東の冷風が吹き込むことがあります。
湾を挟んだ向こう側は、船越湾と山田湾との間に突き出た船越半島。
海岸沿いに、船越漁港、高台に移転した田の浜集落が見えます。 -
「浪板海岸駅 ~片寄波のサーフサイド~」
浪板海岸は、寄せる波があっても返す波がないという世界でも珍しい「片寄せ波」の海岸として知られています。
しかし、3.11震災による津波と50cmもの地盤沈下により砂浜の大部分を消失。
再び海水浴やマリンスポーツを楽しむことができる美しいビーチに戻すために、2019/7から着工した浪板海岸砂浜再生工事が2021年度で完了し、2022年7月の夏、11年ぶりに「海開き」が再開しました。 -
「浪板海岸」(浪板海岸-吉里吉里)
コテージの屋根が見えるあたりが「浪板海岸」。
遠くに見える連続した崖は、船越湾の奥行きが浅く、外海からのうねりが直撃するため砂浜ができず、海食崖が発達したところです。
ここから生じたマサ(真砂土)が海流に流されて、浪板海岸を形成していると言われています。 -
次は「吉里吉里海岸」(浪板海岸-吉里吉里)
「吉里吉里」とは、砂浜を歩くと「キリキリ」と鳴る「鳴き砂」のアイヌ語から来ているといわれています。
夏は海水浴場として賑わいます。 -
「吉里吉里駅 ~鳴き砂の浜~」
駅の愛称は「鳴き砂の浜」。
昭和56年(1981)、井上ひさしの小説「吉里吉里人」がベストセラーになりました。
小説中の吉里吉里村はここではなく架空の村。
しかし「吉里吉里駅」のあるこの町が注目され、村おこしを目的に「吉里吉里独立宣言」を発し、独立(ミニ独立国)と観光拠点化した経緯があります。
当時、JR東日本では「吉里吉里人」にちなんでエスペラント語で「レジランド:王国」という駅の愛称を名付けていました。 -
「鎮魂の森あえーる」(大槌駅近く)
3.11震災で犠牲になった方の大槌町追悼施設です。
手前にある地蔵尊は復興支援として各地から贈られた52体のお地蔵様。
人と人とのつながりや支え合いの大切さ、温かい支援への感謝を象徴とする場としています。
奥には追悼の場で、犠牲になられた方の芳名碑と献花台があります。 -
「小鎚川水門」(大槌駅近く)
大槌町には大槌川と小鎚川の二つの川が大槌湾に注いでいます。
3.11震災の教訓を活かして、大槌川水門と小鎚川水門、その間の防潮堤・陸閘が整備されています。
・水門・陸閘の「自動閉鎖システム」は、災害に強い専用の衛星回線を使用し、津波が来る前に閉鎖が完了します
・防潮堤は「粘り強い構造物化」(壊れにくい、壊れるまでに避難時間を稼ぐ)
陸側のコンクリートを厚くする、傾斜を緩くする、基礎を深くするなど。
ところで、大槌と小鎚の「つち」の漢字に違いがあります。
「遠野上郷大槌町物語」(あるちざん社)によると、大槌・小鎚の地名は「鬼打ち伝説」と呼ばれる民話から来てるようで、その由来は以下の通り。
『昔、この土地によそから移り住んできたかじ屋がいた。そこへいつの頃からか鬼が現れ、仕事場をのぞいたり家の柱を揺すったりして邪魔をするようになった。
怒ったかじ屋は大きなつちと小さなつちで鬼を追い払った。その後つちは川に捨てられ、鉄でできたつち(小鎚)は川底に沈み、木でできたつち(大槌)は浮かんだまま海に流れていったが潮によって岸に戻され、一つ北の川筋の河口に漂着した。
ここから、それぞれ小鎚川・大槌川と呼びならわされるようになった』
なるほど。。。 -
「大槌駅 ~鮭とひょうたん島の町~」
大槌湾内に浮かぶ「蓬莱島」は周囲約200mの小島で、大小2つの丘が連なったひょうたん形をしているので、「ひょうたん島」と呼ばれています。
昭和39年(1964)NHKの放送ではじまった 井上ひさしの人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルとなりました。 -
「ひょうたん島を模した駅舎」(大槌駅)
3.11震災後に再建された駅舎は、「ひょっこりひょうたん島」にちなみ、ひょうたん形の屋根になっています。
駅前に「ひょっこりひょうたん島」の初代大統領「ドン・ガバチョ」の像もあるので、別の機会に会いに行きたいです。 -
「釜石鵜住居復興スタジアム」(鵜住居駅近く)
新スタジアムは、釜石市の復興のシンボルとして、震災で被害を受けた旧鵜住居小学校、釜石東中学校の跡地に建設されました。
「震災の記憶と防災の知恵」を次世代に伝えるスタジアムを目指します。
鵜住居地区は、震災で大きな被害を受け、多くの方が犠牲になりました。一方で、鵜住居小学校、釜石東中学校の子どもたちが、手を取り合って迅速に避難し、難を逃れました。
そのような背景を持つ場所にできる新スタジアムは「震災の記憶と防災の知恵」を次世代に伝える役割を持つスタジアムと言えます。 -
ゴールキックが飛んできた「巨大ラグビーボール」(鵜住居駅前)
高さ3m、直径2mの強化プラスチック製。
大漁旗をイメージしたデザインに、郷土芸能虎舞、観光スボット釜石大観音が描かれ、「鉄と魚とラグビーのまち釜石」をアピールしています。 -
ホームの待合室「トライステーション」(鵜住居駅)
駅の愛称となっている「トライステーション」は、釜石東中学校の生徒が考案しました。 -
「ゴルゴ13列車」と交換(鵜住居駅)
2022年から運行を開始した「ゴルゴ13」ラッピング車両。
「ゴルゴ13」の主人公「デューク東郷」が、鋭い視線で海洋ごみ問題を訴えかけます。
「CHANGE FOR THE BLUE in 岩手実行委員会」が、世界的に深刻化する海洋ごみ問題の周知啓発を図るため呼びかけます。 -
「三陸鉄道とJR釜石線がまもなく合流」(釜石駅手前、後方窓から)
上の線路は三陸鉄道、下の線路はJR釜石線。
どちらも釜石駅(手前の方向)へ向かいます。 -
「釜石駅に到着」
宮古駅から1時間27分の鉄道旅でした。
列車はさらに南へ向かう盛(さかり)行きです。 -
JR東タイプの駅名標「釜石」
小佐野はJR釜石線、両石は三陸鉄道の駅です。 -
SLの「転車台」(釜石駅構内)
SLの向きを変える設備です。 -
線路とつながる「転車台」(釜石駅構内)
SLを線路が続く転車台に載せ、180度回転させて方向転換します。 -
「SL銀河の車庫」(釜石駅構内)
「銀河ドリームライン釜石線」の愛称で親しまれている釜石線を感じさせる色彩の外装に、星が輝く銀河をイメージした装飾を施したデザインです。 -
イチオシ
思い出の記録「釜石駅に停車するSL銀河」(2015/11/15訪問)
「SL銀河」は、東日本大震災からの復興支援と地域活性化を目的として、2014年から2023年までJR釜石線(花巻~釜石間)で運行されたSL観光列車です。
この写真は、2015年に世界文化遺産に登録された釜石市の「橋野高炉(橋野鉄鉱山)」見学会に参加した時に、釜石駅で出会った「SL銀河」です。 -
思い出の記録「発車前の楽しそうなお喋り」(2015/11/15釜石駅に訪問)
国鉄のSL運転は1975年に廃止されたのですが、その後若い世代の機関士に運転技能が引き継がれています。 -
イチオシ
思い出の記録「モクモクと煙を吐きながら出発するSL銀河」(2015/11/15釜石駅に訪問)
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思い出の記録「SL銀河の客車」(2015/11/15釜石駅に訪問)
元はJR北海道の50系客車を改造した気動車「キハ141系気動車(700番台)」です。
SL-C58形だけでは、釜石線の仙人峠の勾配区間を客車牽引して登ることが困難なため、動力装置のある気動車の客車を連結して協調運転します。
この客車は残念ながら2023年に老朽化により廃車されました。 -
思い出の記録「いってらっしゃい SL銀河」(2015/11/15釜石駅に訪問)
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思い出の記録「海鮮まんぷく」(2015/11/15釜石に訪問)
昼食は三陸の名物食堂「まんぷく食堂」。
2025年現在は「海鮮 まえ浜」として営業しています。 -
思い出の記録「ウニが並ぶ厨房」(2015/11/15まんぷく食堂に訪問)
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思い出の記録「刺身定食」(2015/11/15まんぷく食堂に訪問)
海鮮の味は絶品でした。 -
「JR釜石線盛岡行きの車内」(釜石駅)
これから「快速はまゆり54号」に乗り、遠野へ向かいます。
回転リクライニングシートの車両です。 -
車両は「キハ112-1」(盛岡行き)
キハ110系気動車に属し、キハ112形は片運転台車、トイレなしの車両。
平成3年(1991)新潟鐵工所で製造され、東北・釜石・山田線の急行「陸中」として使用を開始。
キハ112-1はキハ112の1台目の製造であり、この巡り合いが嬉しい気持ちになります。 -
釜石線最初の駅は「小佐野」(釜石線)
釜石線は宮沢賢治の代表作「銀河鉄道の夜」のモチーフとなった岩手軽便鉄道を前身としており、宮沢賢治が作品中にエスペラント語をよく用いたことから、釜石線の各駅にエスペラント語の愛称がつけられています。
小佐野駅の愛称は「ヴェルダ ヴェント 緑の風」。
また駅名標には「SL銀河」運行開始に合わせた走行風景のイメージが描かれ、釜石駅を出発した「SL銀河」が緑の風が吹く小佐野を走っているところです。 -
こちらは「エスペラント語の駅名標」(小佐野駅)
-
次の駅は「松倉」(釜石線)
駅の愛称は「ラ スーダ クルーツォ 南十字星」。
SL銀河が南半球で見られる南十字星の輝く夜を走っています。 -
イチオシ
いよいよ「陸中大橋駅」(釜石線)
ホームに釜石行きの反対列車が待っています。
この先は、釜石と遠野の市境にある標高887mの仙人峠を越えなければなりません。
かつて釜石線は釜石西線(花巻~仙人峠間)と釜石東線(陸中大橋~釜石間)に分かれていました。
仙人峠~陸中大橋間は距離約4kmに対して標高差が300mあるので索道(ロープウェイ)により貨物・郵便を輸送し、旅客は約5.5kmの山道を徒歩連絡していました。
現在は、昭和25年(1950)に陸中大橋駅から一旦北へ向かいながら180方向転換するΩ(オメガ)ループ」の第2大橋トンネル(全長1,280m、半径250m)を通り、仙人峠東側斜面を複数のトンネルを抜けて勾配を上がり、上有住駅に到達するルートが開通しました。
通称「オメガループ線」と呼ばれています。 -
思い出の記録「鉱石ホッパー」(2015/11/15 陸中大橋駅構内)
右側に佇むコンクリートの遺構は、釜石鉱山の鉱石を上から貨物車に積み込むための「ホッパー」の跡です。 -
「Ωループトンネル」の路線図(かまいし鉄の遺産MAPに追記)
釜石線は、「陸中大橋駅」(標高260m)の北側にある「Ωループトンネル」を通ると進行方向が南方向に変わり、さらに複数のトンネルを抜けながら勾配を上げ、「上有住駅」(標高400m)さらに「足ヶ瀬駅」(標高470m)に到達し、標高差210mをクリアします。
途中にある「鬼ヶ沢橋梁」(標高280m)からは、下側に陸中大橋駅手前の線路を確認することができます。 -
「第2大橋トンネル」(釜石線)
陸中大橋駅のすぐ先にある「オメガループ線」の第2大橋トンネルに入ります。 -
「オメガループ線」の体感(釜石線)
「オメガループ線」のトンネルを抜けると進行方向が180度方向転換しており、鬼ヶ沢橋梁付近で周りの樹木で遮っていた視界が突然開け、下側に陸中大橋駅手前の通ってきた線路が見えます。
列車が釜石-陸中大橋間とは逆方向に走っているので、「オメガループ線」を通ったことが実感できます。 -
まもなく「上有住駅(かみありすえき)」(釜石線)
陸中大橋から上有住まで10分ほどの乗車時間ですが、駅間距離8.3kmのうち9ヶ所のトンネル(合計6.06km)を抜ける勾配区間でした。 -
まもなく「遠野駅」
ここで降ります。
宮古から2時間21分の鉄道旅に満足です。 -
試運転の新型車両「HB-E220」(遠野駅)
ディーゼルハイブリッドシステムを搭載した新型車両「HB-E220」は、試運転後の2026/1/9から釜石線で営業運転を開始します。
新型車両の特長は、ディーゼルエンジン発電機と蓄電池という2種類の動力源を、単独あるいは組み合わせて動力を発生させるハイブリッドです。
また、液体式気動車特有の部品の削減や電車同様の機器を採用し、メンテナンス性を向上させています。 -
「新旧車両の顔合わせ」(遠野駅)
新型車両「HB-E220」と現行の「キハ112-1」。 -
側面の「キハ112-1」(遠野駅)
-
3両目は「ヘラボニーアートのラッピング」(遠野駅)
田飛鳥さんの作品「森の道・青い森」です。
紫やライトブルーの木は実際に見えていない木ですが、彼の目には見えていたようです。
斜めに走る小道を赤から金色に変化させることで、まるで森の奥に楽しい幸せな場所があるように感じられます。 -
駅名標「遠野 ~フォルクローロ[民話]~」
SL銀河は、わらぶき屋根の民話の町遠野を走っています。 -
「遠野物語に登場するカッパ」(遠野駅)
遠野の小川の淵に棲むと言われている「カッバ」。
人々を驚かし、いたずらをするのですが。。。 -
「ヨーロッパの建築様式の駅舎」(遠野駅)
遠野駅は大正3年(1914)岩手軽便鉄道の遠野-仙人峠間開通と同時に開業。
昭和25年(1950)に建てられた駅舎は、硬質コンクリートブロックの造り。
「ヨーロッパの建築様式を取り入れ、石積みを思わせる重厚なおもむきのある駅舎」として、平成14年(2002)に東北の駅百選に選定されました。 -
異界からやってきた「イカイもん」(旅の蔵 遠野、駅前)
遠野市観光PRキャラクターです。
異界の「者」であり、「門」であることが名前の由来。
異界の「異」の字と、鳥居の形がモチーフになっています。
現世と異界の境にいて、異界を信じる人の前に現れ、出会った人を異界に連れて行きます。 -
イチオシ
櫓の上で町を見守る「天狗様」(旅の蔵 遠野)
これは「遠野物語拾遺」98話、99話の天狗の話を基に、六角牛山の山頂から採ってきたナギの葉を手にし、青い衣を着た姿で再現しています。
遠野市博物館では、この天狗が形見として遠野の一日市町の商家に遺した下駄や持ち物を常設展示しています。 -
昼食は喫茶「待月(たいげつ)」(駅前通り)
創業当初から提供され続けている自慢の「ナポリタン」。
ケチャップ味とは違うオリジナルソースをたっぷり絡めたスパゲッティは懐かしい味です。
待月のはじまりは、明治時代の料亭です。 -
「遠野駅改札口」
今日は宮古まで帰るので、遠野での滞在時間は51分でした。
風呂桶のようなラッチがあり、懐かしい改札口です。 -
「快速はまゆり53号 釜石行き」(遠野駅)
「キハ110-1」車両に乗ります。 -
イチオシ
「食べたくなる木」(平倉駅付近)
明治チョコスナック「きのこの山」にそっくり! -
「陸中大橋」通過(釜石線)
オメガループのトンネルを抜けたところです。 -
「鬼ヶ沢橋梁」(釜石線)
上有住駅とオメガループの間にある「鬼ヶ沢橋梁」は、今走ってるところから約30m高いところに設置されています。(地形図より) -
駅名標「釜石 ~La Oceano[大洋]~」
「釜石駅」に到着。
SL銀河が太平洋の釜石湾を背に走っています。 -
三陸鉄道「にぎわい東北号」(釜石駅)
宮古行きの列車が停車しています。
三陸鉄道と流通大手イオンがコラボした新たなラッピング車両が2024年から運転開始。 -
宮古行きの先頭車「36-700形式」
36-701~703は、クウェート政府が東日本大震災の際に原油を支援として日本政府に提供され、その一部を三陸鉄道の車両購入に充てたことから新製できた車両です。
これから乗る車両(36-713)はその後に製造された車両です。 -
「車内はクロスシート」(36-700形式)
テーブルもあり快適です。
宮古駅には15:32に到着。
今晩は休暇村「陸中宮古」2泊目です。
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