2019/02/12 - 2019/02/16
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旅人のくまさんさん
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ベトナムとラオスの旅です。昨日は、早起きをして暗い内からの托鉢見学でしたが、明るくなってからの見学です。泊まったホテルの前付近で見学できました。その後帰国の荷物を纏めて、メコン川クルーズに出掛けました。
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ラオスの世界遺産の街・ルアンパバーンでの托鉢光景です。泊まったホテルの前の通りでの托鉢光景の紹介です。ラオスでは、上座部仏教の修行をされているお坊さんに対して、信者の方が喜捨(お坊さんへの施し)をすることが托鉢です。
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現在時刻は朝の6時半過ぎ、明るくはなりましたが、まだ早朝です。普段は修行をしていない普通の信者の方も、修行をしているお坊さんへ施しをすることが徳を積むことになると考えての喜捨です。
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まだまだ続く托鉢の列です。小学生くらいの人を沢山見掛けました。世界遺産のルアンパパーンの行列の出来る托鉢が有名ですが、ルアンパパーンだけではなく、ラオス全土で毎日行われています。
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日本人の方が、現地の方に托鉢についての質問した、その答えの紹介です。『家族がしているし、伝統だから』、『お坊さんを通して、先祖に供養している』、『お坊さんは忙しい自分の代わりに修行をしているから、彼らを支えることが自分に出来ること』など、様々だったようです。この三つの答えは、現地ガイドさんからもお聞きしました。
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仏教に信仰の深い家庭ですと、家族を亡くしたあとは、1年ほど毎朝喜捨をされるようです。現地ガイドさんも同じようなことを紹介されていましたが、家庭に不幸が起きなくても、毎朝、喜捨を欠かさない方は多いようです。現地ガイドさんのお母さんも、毎朝、喜捨を欠かされないようでした。
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ネット写真でも確認できましたが、雨の日には傘をさしてお坊さんが托鉢に回っていました。ルアンパバーンでは、特に寺院が集中するサッカリン通りでの托鉢が。一番規模が大きいようです。
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日本人女性の方が感動された、托鉢のエピソードの紹介です。外国人観光客からの喜捨を受けたお坊さんたちが道路を曲がった先の出来事です。ラオスの子どもさん達が並んでいました。『あんな小さい子でもお坊さんに寄進するために並んでいるんだなぁ、いい光景だなぁ』と思ってホッコリしそうになった時、『子ども達が持っているものがビニール袋』なのに気が付かれました。
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子ども達が持っていたビニール袋は、『お坊さんが貰った施しを、更に子ども達に分け与えている』光景でした。私もこのエピソードを目にした時、ラオス、殊にルアンパバーンの治安の良さの理由の一つが得心できました。ラオスの人達が、仏教を通じて、思い遣り、助け合いを実践されている姿そのものに思えました。
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ここまで托鉢の紹介をしたところで、『ルアンパバーン王国』の話しに代えます。前史は、1694年にラーンサーン王国スリニャ・ウォンサー王が死去すると、次期国王の座を巡って王位継承争いが生じ、1698年にサイ・オン・フェ(セタティラート2世)が王位に就任したことで、争いは一応収まりました。しかし、その過程で追放されたスリニャ・ウォンサーの血族などに禍根を残しました。
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1706年、スリニャ・ウォンサーの孫にあたるキン・キッサラートとインタソームの兄弟がルアンパバーンで独立を宣言し、ルアンパバーン王国が成立しました。このとき、セタティラート2世にはこの勢力を排除するだけの軍事力がなく、アユタヤ王国のサンペット8世に援軍を要請し、翌1707年にアユタヤの軍勢がヴィエンチャンに到着しました。
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ラーンサーン王朝の弱体化を狙うアユタヤ軍勢は、ヴィエンチャンから動こうとはせず、結果的にセタティラート2世はラーンサーン王国をルアンパバーン王国とヴィエンチャン王国の二国に分断する形で和議を取らざるを得ない状況に追い込まれました。1713年にはアユタヤ王国の計略によりチャンパーサック王国が分離・独立し、ラオスは三王国時代となりました。
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イチオシ
少しだけ場所を変えての托鉢見学です。地元の人たちが喜捨する托鉢光景です。見学する、観光客の姿もありました。ルアンパバーン王国建国以来、隣国シャムとビルマの干渉をしばしば受けました。1713年、キン・キッサラートの死亡により、王位はオン・カムが継承しました。1723年にはキン・キッサラートの弟インターソムの謀反によりオン・カムはチエンマイに亡命しました。
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その後、ルアンパバーン王国はおおむね平和でしたが、1765年ビルマコンバウン朝シンビューシン王の侵攻を受け、勢力の衰えたアユタヤ王国(翌年、ビルマに滅ぼされる)に代えて、朝貢関係をビルマと結びました。1771年、スリニャ・ウォンサーが王位を継承すると、好機と見るや、王都ヴィエンチャンへの侵攻を始めました。
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ビルマとシャムの間では戦争状態にあったにも関わらず、ヴィエンチャン国王オン・ブンは、駐屯地が近いという理由から、ビルマに対し援軍を要請、これにより、チエンマイで援軍要請を受けたビルマ軍司令官ポー・スパラは、その旨をルアンパバーン王国側へ通達することで、戦わずして両国の争いを平定し、権力下に置くことに成功しました。
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1777年、シャムによるビルマおよびヴィエンチャン王国への反撃が開始されると、シャム側へヴィエンチャン王国へ攻撃可能な旨を伝え、支援をしようとしましたが、先の一件でビルマと通じていたとみなされたルアンパバーン王国もまた、1778年にシャムに占領され、シャムの属領(1779~1893年)となりました。シャムは、タイ王国の旧名です。
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1791年にスリニャ・ウォンサーが死亡すると、インタソーム王の第二子であるアヌルッタが王位に就きました。ヴィエンチャン王国との紛争が原因で、アヌルッタ王は1792年に一時シャムに捕囚されましたが、4年後には復位し、1817年に死亡するまで王位に就きました。その後はマンタトウラートが即位しました。
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1827年、マンタトウラート王はヴィエンチャン王国のチャオ・アヌウォンから独立の決意を秘密裏に打ち明けられましたが、この情報をシャム国へ流し、ヴィエンチャン王国の独立を阻み、かえって、ヴィエンチャン王国は事実上滅亡しました。ルアンパバーン王国は、ラオスの領域内での勢力を伸ばしました。
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1852年、チャンタラート王が即位した翌年に、シェントンで民衆の反乱が勃発しました。これを制圧したことをシャム国より高く評価され、1779年にシャムに押収されたプラバーン金仏像がルアンパバーン王国へと返還されました。その後、ルアンパバーン王国の統治は、おおむね平和に行われていましたが、1872年に、突然複数のチン・ホー族による来襲が始まりました。
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前がつかえてきたようです。隙間のない托鉢のお坊さんの列ができました。長きに渡ったチン・ホー族の反乱と黒旗軍の襲撃は、ルアンパバーン王国の住民に初動が遅れたシャムへの不信感を植え付け、逆に国王を救出したフランスへの信頼感を産み出す契機となりました。フランスの植民地になったのは1893年、1949年まで続きました。ラオス王国として独立したのは、1950年のことでした。
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イチオシ
長く続く朝の托鉢光景です。これで托鉢紹介はお終いです。ホテルで朝食の後、今日はメコン川クルーズに出かける予定です。本日の見学の後には、帰国のために空港に向かいますから、荷物を纏めての出発になります。ラオスの歴史紹介の最後です。ラオス王国は、1975年にラオス人民民主共和国となり、現在までその体制が続いています。
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ここからは、メコン川クルーズの紹介です。一番の目的地は、パークウー洞窟の仏教遺跡の観光でしたが、その前にラオスの酒造りの村・バーンサンハイにも立ち寄りました。パークウー洞窟は、ルアンプラバン市街からメコン川を上流に約25キロ遡った右岸絶壁にある洞窟です。新旧様々の約4000体の仏像が納められています。
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イチオシ
メコン川クルーズの船内光景です。現地ガイドさんを含めても7名でしたが、貸切りでした。途中、行き交う船も同じような人数ばかりでした。現地での見学時間を含め、3時間ほどのコースです。
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繋留中の船の間を、バックした後で方向転換をしました。ほとんど擦り抜けた時の光景です。船体が強くこすり合わないよう、間にクッション材として竹材が利用されていました。船尾についているのは方向舵でしょうか、船体はラオス国旗の三色に塗色されていました。
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戦中から眺めた、メコン川の光景です。ベトナムのホーチミンでもメコン川クルーズを経験しましたが、上流になるこちらの方が、川の茶色の濁りは少ないように感じました。天候にも恵まれたようです。
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メコン川は、典型的な国際河川の一つで、数多くの支流があります。雨期には流量が増して流れが速いため、船の運航は非常に難しいとされます。今は乾期に入っていますので、想像しにくい光景です。
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メコン川の河岸の光景です。二段に分けて、まだ新しい護岸工事が施されていました。その僅かな隙間を利用して野菜が栽培されていました。メコンデルタに象徴される、肥沃な土地のようです。
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水量が多い浮だけではなく、乾季も船の運航は難しいようです。乾期には流量は減りますが、浅瀬が増えるためです。流域諸国が集まって協議する『MRC(メコン川委員会)』で、メコン川の土砂を除去して貿易路に使うとの案が出されましたが、除去してもすぐに土砂が堆積するため、この計画は頓挫しました。
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メコン川と、岸辺の岩の光景です。メコン川は、チベット高原に源流を発し、中国の雲南省から、ミャンマー・ラオス国境、タイ・ラオス国境、カンボジア・ベトナムをおよそ4200キロに亘って流れ、南シナ海に注ぎます。ラオスは、その中流流域になります。
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石垣で護岸工事が施された場所の光景です。工法が様々で、公共工事なのか、個人負担の工事なのか判断が付きません。この石垣は、日本の徐由香区で例えれば、打込み接ぎに相当するようです。
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推測ですが、魚捕りのための道具のように見えました。魚が中に入ってしまうと、外には出にくくなった仕掛けかも知れません。竹で編んだような箇所に網がかけてありました。
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