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≪2018年ドイツの春:フランケン地方・オーバープファルツ地方の旅≫<br />2018年5月10日(木)~5月24日(木)15日間<br /><br />目的地:バイエルン州フランケン地方・オーバープファルツ地方を中心に巡る。<br />(ニュルンベルクを中心としたFrankenフランケン地方、レーゲンスブルクを中心としたOstbayern東バイエルンのOberpfalzオーバープファルツ地方)<br /><br />①5月10日Spessartシュペッサート地方の選帝侯の古城ホテル ヴァイバーヘーフェに泊まる<br />②5月11日ウンターフランケン地方の要塞都市デッテルバッハ<br />③5月11日リーメンシュナイダーの傑作マリア巡礼教会にある“ぶどう園のマリア”とマイン川の蛇行<br />④5月12日フランケン・スイス地方の古城群:ドイツの英雄クラウス・シュタウフェンベルグ大佐ゆかりの城を訪ねる。<br />⑤5月13日フランケン・スイス地方の古城群:出くわした30年戦争時のツワモノども<br />番外編・フランケンの春、オースターアイ(復活祭の飾り卵)が見られる町や村を巡った。<br />⑥5月13日フランケン・スイス地方の古城群:人気の古城ホテル ラーベン(カラス)シュタイン城に2泊<br />⑦5月14日フランケン・スイス地方の古城群:100mの高さの岩壁に立つ古城エグロフシュタイン城の姿は絵画的な美しさである。<br />⑧5月15日懐かしの古城ホテル ヴェルンベルク城とアザム兄弟の作品が見られるミッシェルフェルト修道院<br />番外編・伝説:アッシジの聖フランシスコがグッビオの町を狼から救った話<br />⑨5月15日この旅一番のグルメレストラン・白樺の館(カワセミ)にて<br />⑩5月16日レーゲンスブルクの名物焼きソーセージとダンプヌーデルン<br />番外編・三十年戦争の逸話:フォルヒハイムの“Mauerscheisser” (壁のような糞をする奴!)<br />⑪5月17日:ナポレオンが置き忘れた旅行カバンが見られるドナウ観光船に乗る。<br />⑫5月17日:ローゼンブルク城の上空を舞う鷹たちの飛翔がすごい<br />⑬5月17日:40代の頃、家族で一泊した懐かしの古城ホテル エッガースベルク城 <br />⑭5月18日:要塞都市ベルヒングと古城ホテル アルンスベルク城<br />⑮5月18日:要塞都市バイルングリースの旧市街、整然とした家並み、市城壁、塔を歩いてみるのは楽しい。<br />⑯5月19日:宗教都市アイヒシュテットと聖ウィリバルド・聖ウィニバルド・聖ヴァルブルガの3兄妹<br />⑰5月19日:英雄の城パッペンハイム城とローマ軍団の宝物が発掘された要塞都市ヴァイセンブルク<br />⑱5月20日:アンスバッハ辺境伯ゲオルクの建てたラティボー宮殿、ランガウの王冠と称されたアーベンベルク城<br />⑲5月20日:リヒテナウ要塞とブランデンブルク・アンスバッハ辺境伯のレジデンツ<br />⑳5月20日:これぞドイツの古城ホテル コルムベルク城<br /><br />写真は511mの高台に聳える1000年の歴史を誇るコルムベルク城の遠望

2018年ドイツの春:⑳これぞドイツの古城ホテル コルムベルク城

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2018/10/10 - 2018/10/24

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jijidaruma

jijidarumaさん

≪2018年ドイツの春:フランケン地方・オーバープファルツ地方の旅≫
2018年5月10日(木)~5月24日(木)15日間

目的地:バイエルン州フランケン地方・オーバープファルツ地方を中心に巡る。
(ニュルンベルクを中心としたFrankenフランケン地方、レーゲンスブルクを中心としたOstbayern東バイエルンのOberpfalzオーバープファルツ地方)

①5月10日Spessartシュペッサート地方の選帝侯の古城ホテル ヴァイバーヘーフェに泊まる
②5月11日ウンターフランケン地方の要塞都市デッテルバッハ
③5月11日リーメンシュナイダーの傑作マリア巡礼教会にある“ぶどう園のマリア”とマイン川の蛇行
④5月12日フランケン・スイス地方の古城群:ドイツの英雄クラウス・シュタウフェンベルグ大佐ゆかりの城を訪ねる。
⑤5月13日フランケン・スイス地方の古城群:出くわした30年戦争時のツワモノども
番外編・フランケンの春、オースターアイ(復活祭の飾り卵)が見られる町や村を巡った。
⑥5月13日フランケン・スイス地方の古城群:人気の古城ホテル ラーベン(カラス)シュタイン城に2泊
⑦5月14日フランケン・スイス地方の古城群:100mの高さの岩壁に立つ古城エグロフシュタイン城の姿は絵画的な美しさである。
⑧5月15日懐かしの古城ホテル ヴェルンベルク城とアザム兄弟の作品が見られるミッシェルフェルト修道院
番外編・伝説:アッシジの聖フランシスコがグッビオの町を狼から救った話
⑨5月15日この旅一番のグルメレストラン・白樺の館(カワセミ)にて
⑩5月16日レーゲンスブルクの名物焼きソーセージとダンプヌーデルン
番外編・三十年戦争の逸話:フォルヒハイムの“Mauerscheisser” (壁のような糞をする奴!)
⑪5月17日:ナポレオンが置き忘れた旅行カバンが見られるドナウ観光船に乗る。
⑫5月17日:ローゼンブルク城の上空を舞う鷹たちの飛翔がすごい
⑬5月17日:40代の頃、家族で一泊した懐かしの古城ホテル エッガースベルク城 
⑭5月18日:要塞都市ベルヒングと古城ホテル アルンスベルク城
⑮5月18日:要塞都市バイルングリースの旧市街、整然とした家並み、市城壁、塔を歩いてみるのは楽しい。
⑯5月19日:宗教都市アイヒシュテットと聖ウィリバルド・聖ウィニバルド・聖ヴァルブルガの3兄妹
⑰5月19日:英雄の城パッペンハイム城とローマ軍団の宝物が発掘された要塞都市ヴァイセンブルク
⑱5月20日:アンスバッハ辺境伯ゲオルクの建てたラティボー宮殿、ランガウの王冠と称されたアーベンベルク城
⑲5月20日:リヒテナウ要塞とブランデンブルク・アンスバッハ辺境伯のレジデンツ
⑳5月20日:これぞドイツの古城ホテル コルムベルク城

写真は511mの高台に聳える1000年の歴史を誇るコルムベルク城の遠望

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
レンタカー
航空会社
JAL
旅行の手配内容
個別手配

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  • 5月20日(日): 晴後曇り、 22℃、 83km<br /><br />Ansbachアンスバッハ・Markgraefliche Residenz宮殿 ->B13 ・L?  19km  Colmbergコルムベルク・Burg Hotel Colmberg・古城ホテル コルムベルクには16:53到着。<br /><br />写真はNatuarpark Frankenhoeheフランケン高地自然公園・Map<br /><br />ホーエンローエ家の古城群が楽しめるHohenlohekreisホーエンローエ地方<br />の右にフランケン高地と呼ばれる地域がある。<br /><br />ついでに言えば、ホーエンローエ地方を支配したホーエンローエ家の古城群は<br />Schloss Waldenburgヴァルデンブルク城、<br />Schloss Neuensteinノイエンシュタイン城、<br />Schloss Langenburgランゲンブルク城、<br />Schloss Oehringenエーリンゲン城、<br />Schloss Kirchbergキルヒベルク城、<br />Schloss Pfedelbachプフェーデルバッハ城、<br />Jagtschloss Friedrichsruhe狩猟館フリードリッヒスルーエ、<br />Residenzsschloss Kupferzellクッフェルツェル宮殿、<br />Schloss Stetten (Hohenlohe) シュッテッテン城がある<br />その他に鉄腕ゲッツの城Die Goetzenburgゲッツェンブルク城や、<br />Schloss Hermersbergヘルメルスベルク城、<br />Burg Krautheimクラウトハイム城、<br />Burg Aschhausen アッシュハウゼン城などがある。<br /><br />これらは殆ど訪れているが、いくつか古城ホテルになっている。

    5月20日(日): 晴後曇り、 22℃、 83km

    Ansbachアンスバッハ・Markgraefliche Residenz宮殿 ->B13 ・L? 19km Colmbergコルムベルク・Burg Hotel Colmberg・古城ホテル コルムベルクには16:53到着。

    写真はNatuarpark Frankenhoeheフランケン高地自然公園・Map

    ホーエンローエ家の古城群が楽しめるHohenlohekreisホーエンローエ地方
    の右にフランケン高地と呼ばれる地域がある。

    ついでに言えば、ホーエンローエ地方を支配したホーエンローエ家の古城群は
    Schloss Waldenburgヴァルデンブルク城、
    Schloss Neuensteinノイエンシュタイン城、
    Schloss Langenburgランゲンブルク城、
    Schloss Oehringenエーリンゲン城、
    Schloss Kirchbergキルヒベルク城、
    Schloss Pfedelbachプフェーデルバッハ城、
    Jagtschloss Friedrichsruhe狩猟館フリードリッヒスルーエ、
    Residenzsschloss Kupferzellクッフェルツェル宮殿、
    Schloss Stetten (Hohenlohe) シュッテッテン城がある
    その他に鉄腕ゲッツの城Die Goetzenburgゲッツェンブルク城や、
    Schloss Hermersbergヘルメルスベルク城、
    Burg Krautheimクラウトハイム城、
    Burg Aschhausen アッシュハウゼン城などがある。

    これらは殆ど訪れているが、いくつか古城ホテルになっている。

    マルクグラーフェン城 城・宮殿

    アンスバッハ:9年前に訪れたブランデンブルク・アンスバッハ辺境伯の宮殿を再訪した。 by jijidarumaさん
  • アンスバッハを離れて、西に向かう。<br />今日から2泊のColmbergコルムベルク・Burg Hotel Colmberg・古城ホテル コルムベルクは2009年4月27日に1泊したので、大方の事情は分かっている。<br /><br />写真は平原に立つBurg Colmbergコルムベルク城、この景観が好ましい。<br />

    アンスバッハを離れて、西に向かう。
    今日から2泊のColmbergコルムベルク・Burg Hotel Colmberg・古城ホテル コルムベルクは2009年4月27日に1泊したので、大方の事情は分かっている。

    写真は平原に立つBurg Colmbergコルムベルク城、この景観が好ましい。

    ブルグ コルムベルク ホテル ホテル

    これぞドイツの古城ホテル、 佳人エルゼが”未亡人の城”として住んだコルムベルク城 by jijidarumaさん
  • 写真はBurg Colmbergコルムベルク城:城門をくぐると中庭になる。周辺は車が駐車できる。<br />

    写真はBurg Colmbergコルムベルク城:城門をくぐると中庭になる。周辺は車が駐車できる。

  • この城には16:53に到着したが、驚いたことに日曜日の所為もあってか、古城の周辺には車が一杯となっており、駐車場所を見つけるのに苦労した。<br /><br />仕方なく、ホテルの入口ギリギリまで進むと、ホテル用のガレージがあり、その横に一台分のスペースがあった。とりあえず、そこの駐車し、レセプションのスタッフに断りを入れた。<br /><br />荷物を運んでもらったスタッフ(Euro5)は大丈夫と言っていたが、念のため、レンタカーの番号を教え、場所を確認して問題あれば、連絡してくれと頼んだ。<br /><br />(日本的にはスタッフの返事が来るはずだが、この日のレストランは多忙でスタッフも連絡を忘れてしまったようだった)<br /><br />写真はBurg Colmbergコルムベルク城:ホテル棟・レストラン棟<br />

    この城には16:53に到着したが、驚いたことに日曜日の所為もあってか、古城の周辺には車が一杯となっており、駐車場所を見つけるのに苦労した。

    仕方なく、ホテルの入口ギリギリまで進むと、ホテル用のガレージがあり、その横に一台分のスペースがあった。とりあえず、そこの駐車し、レセプションのスタッフに断りを入れた。

    荷物を運んでもらったスタッフ(Euro5)は大丈夫と言っていたが、念のため、レンタカーの番号を教え、場所を確認して問題あれば、連絡してくれと頼んだ。

    (日本的にはスタッフの返事が来るはずだが、この日のレストランは多忙でスタッフも連絡を忘れてしまったようだった)

    写真はBurg Colmbergコルムベルク城:ホテル棟・レストラン棟

  • 写真はBurg Colmbergコルムベルク城:2度滞在したが登った事が無い天守閣・・・多分、四方の眺望は見事であろう。<br />

    写真はBurg Colmbergコルムベルク城:2度滞在したが登った事が無い天守閣・・・多分、四方の眺望は見事であろう。

  • <⑪⑫2018年5月20日(日)、5月21日(月)~5月22日(火)2泊 <br />Burg Colmberg古城ホテル コルムベルク城><br /><br />D-91598 Colmberg 、An der Burgenstrasse<br />TEL: 49(0)9803 9 19 20  、FAX:49(0)9803 2 62<br />http://www.burg-colmberg.de/<br /><br />写真はBurg Colmbergコルムベルク城:4階左から2つ目の窓が私共が2泊した「佳人エルゼ(後述)」の部屋・下は朝食の間

    <⑪⑫2018年5月20日(日)、5月21日(月)~5月22日(火)2泊 
    Burg Colmberg古城ホテル コルムベルク城>

    D-91598 Colmberg 、An der Burgenstrasse
    TEL: 49(0)9803 9 19 20  、FAX:49(0)9803 2 62
    http://www.burg-colmberg.de/

    写真はBurg Colmbergコルムベルク城:4階左から2つ目の窓が私共が2泊した「佳人エルゼ(後述)」の部屋・下は朝食の間

  • 3星・全26室。予約した4階の部屋はrustikales (素朴な)Doppelzimmer mit Whirlwanne(ジャクジーバス付)、Euro169X2=338(朝食込み:45,120円)。<br />水、浴用ガウンのサービスは無し(この辺りが3星なのだろう)。<br /><br />511mの高台に聳える1000年の歴史を誇るコルムベルク城は古城街道をRothenburgから東に、Ansbachに向かう道の中間にある。凡そ20kmの距離と近い。<br />今は古城ホテルに変わり、部屋からフランケンの美しい風景を望むことができ、眼下に緑豊かなゴルフ場が見える。<br /><br />写真はBurg Colmbergコルムベルク城:部屋の鍵(表)です。<br />

    3星・全26室。予約した4階の部屋はrustikales (素朴な)Doppelzimmer mit Whirlwanne(ジャクジーバス付)、Euro169X2=338(朝食込み:45,120円)。
    水、浴用ガウンのサービスは無し(この辺りが3星なのだろう)。

    511mの高台に聳える1000年の歴史を誇るコルムベルク城は古城街道をRothenburgから東に、Ansbachに向かう道の中間にある。凡そ20kmの距離と近い。
    今は古城ホテルに変わり、部屋からフランケンの美しい風景を望むことができ、眼下に緑豊かなゴルフ場が見える。

    写真はBurg Colmbergコルムベルク城:部屋の鍵(表)です。

  • この部屋は*「Schoene Else佳人エルゼ」(後述)の名が付いたもので、2009年に泊まった「Burgherr城主」の部屋(パンフレットに掲載)の隣室になります。<br /><br />写真はBurg Colmbergコルムベルク城:部屋の鍵(裏)はElseエルゼの名がある。<br />

    この部屋は*「Schoene Else佳人エルゼ」(後述)の名が付いたもので、2009年に泊まった「Burgherr城主」の部屋(パンフレットに掲載)の隣室になります。

    写真はBurg Colmbergコルムベルク城:部屋の鍵(裏)はElseエルゼの名がある。

  • 泊まった部屋は「Schoene Else佳人エルゼ」だったが、実はこの選帝侯妃の事を知らなかった。帰国して調べてみると、後述した様な詳細が分かった。<br /><br />私共も格の高い、良い部屋を提供されたことになったようだ。<br /><br />写真はBurg Colmbergコルムベルク城:Schoene Else佳人エルゼの部屋

    泊まった部屋は「Schoene Else佳人エルゼ」だったが、実はこの選帝侯妃の事を知らなかった。帰国して調べてみると、後述した様な詳細が分かった。

    私共も格の高い、良い部屋を提供されたことになったようだ。

    写真はBurg Colmbergコルムベルク城:Schoene Else佳人エルゼの部屋

  • 「Schoene Else佳人エルゼ」*<br /><br />Elisabeth von Bayern-Landshut 、Kurfuerstin von Brandenburgエリザベート・バイエルン・ランツフート、ブランデンブルク選帝侯妃エリザベート<br />エリザベート・バイエルン・ランツフート(1383年ランツフート*に生まれ~1442年11月13日 アンスバッハで死去)はバイエルン・ランツフート公爵家の公女。<br /><br />初代のブランデンブルク選帝侯フリードリヒ1世の妻で、その美貌で知られ、「Schoene Else佳人エルゼ」と謳われた。 <br /><br />写真はSchoene Else佳人エルゼ:ブランデンブルク選帝侯妃エリザベート<br /><br />*ニーダーバイエルン地方の古都Landshutランツフート<br />この町は1839年以来、ニーダーバイエルン地方政府の政庁所在地であり、800年の歴史ある町でもある。<br />中世の面影は今も色濃く残り、ドイツでも有数の美しい町と云われてきた。又、神聖ローマ帝国Ludwig伯爵の息子Georgゲオルク公爵が1475年に夢のような結婚式を催した事で広く知られている。<br /><br />“Landshuter Hochzeitランツフート結婚式”と呼ばれているが、美しい花嫁(Jadwigaヤドヴィガ・ポーランド王女)の姿と見事な嫁入り道具の行列に、参集した市民たちは“Himmel Landshut!Tausend Landshut!”(神よ!ランツフートに、大きな恵みをランツフートに!)という歓呼の声で迎えたと伝えられている。<br /><br />この当時の祝宴を再現し、今も4年毎に行われている、この町の祭りはAralの観光書でも“Maerchenhochzeitメルヘンのような婚礼”と表現されていて、祭りの期間は大勢の観光客が訪れるそうだ。一度のその季節に訪れたいものだが。<br />(次回は2021年)<br />

    「Schoene Else佳人エルゼ」*

    Elisabeth von Bayern-Landshut 、Kurfuerstin von Brandenburgエリザベート・バイエルン・ランツフート、ブランデンブルク選帝侯妃エリザベート
    エリザベート・バイエルン・ランツフート(1383年ランツフート*に生まれ~1442年11月13日 アンスバッハで死去)はバイエルン・ランツフート公爵家の公女。

    初代のブランデンブルク選帝侯フリードリヒ1世の妻で、その美貌で知られ、「Schoene Else佳人エルゼ」と謳われた。

    写真はSchoene Else佳人エルゼ:ブランデンブルク選帝侯妃エリザベート

    *ニーダーバイエルン地方の古都Landshutランツフート
    この町は1839年以来、ニーダーバイエルン地方政府の政庁所在地であり、800年の歴史ある町でもある。
    中世の面影は今も色濃く残り、ドイツでも有数の美しい町と云われてきた。又、神聖ローマ帝国Ludwig伯爵の息子Georgゲオルク公爵が1475年に夢のような結婚式を催した事で広く知られている。

    “Landshuter Hochzeitランツフート結婚式”と呼ばれているが、美しい花嫁(Jadwigaヤドヴィガ・ポーランド王女)の姿と見事な嫁入り道具の行列に、参集した市民たちは“Himmel Landshut!Tausend Landshut!”(神よ!ランツフートに、大きな恵みをランツフートに!)という歓呼の声で迎えたと伝えられている。

    この当時の祝宴を再現し、今も4年毎に行われている、この町の祭りはAralの観光書でも“Maerchenhochzeitメルヘンのような婚礼”と表現されていて、祭りの期間は大勢の観光客が訪れるそうだ。一度のその季節に訪れたいものだが。
    (次回は2021年)

  • エリザベートはバイエルン公フリードリヒとその2番目の妻マッダレーナ・ヴィスコンティの間の長女として、ランツフートのBurg Trausnitzトラウスニッツ城で生まれた。<br />1401年9月18日、Friedrich VI Burggraf Nuernbergニュルンベルク城伯フリードリヒ6世(1371年~1440年)と結婚した。<br /><br />夫のフリードリヒ6世は、1415年にKurfuerst Friedrich I. von Brandenburgブランデンブルク選帝侯フリードリヒ1世に昇格したため、妻のエリザベートもKurfuerstin von Brandenburgブランデンブルク選帝侯妃となった。<br /><br />当時のブランデンブルク選帝侯はブランデンブルク・アンスバッハ辺境伯や、ブランデンブルク・クルムバッハ辺境伯をも兼ねた。(コルムベルク城も同じ年の1415年にブランデンブルク選帝侯フリードリヒ1世によって購入された)<br /><br />写真はブランデンブルク選帝侯フリードリヒ1世とSchoene Else佳人エルゼ・ブランデンブルク選帝侯妃エリザベート

    エリザベートはバイエルン公フリードリヒとその2番目の妻マッダレーナ・ヴィスコンティの間の長女として、ランツフートのBurg Trausnitzトラウスニッツ城で生まれた。
    1401年9月18日、Friedrich VI Burggraf Nuernbergニュルンベルク城伯フリードリヒ6世(1371年~1440年)と結婚した。

    夫のフリードリヒ6世は、1415年にKurfuerst Friedrich I. von Brandenburgブランデンブルク選帝侯フリードリヒ1世に昇格したため、妻のエリザベートもKurfuerstin von Brandenburgブランデンブルク選帝侯妃となった。

    当時のブランデンブルク選帝侯はブランデンブルク・アンスバッハ辺境伯や、ブランデンブルク・クルムバッハ辺境伯をも兼ねた。(コルムベルク城も同じ年の1415年にブランデンブルク選帝侯フリードリヒ1世によって購入された)

    写真はブランデンブルク選帝侯フリードリヒ1世とSchoene Else佳人エルゼ・ブランデンブルク選帝侯妃エリザベート

  • 夫君がイタリアやハンガリーへの軍事遠征や、コンスタンツ公会議(1414年から1418年にかけて、ドイツのコンスタンツで開催されたカトリック教会の公会議。3人の対立教皇を廃し、一人の正統なローマ教皇を立てることで教会大分裂を終結させた)への出席と、長期にわたって領内を不在にしていたため、代わりに妻のエリザベートがその賢明さ、有能さで領内の深刻な諸問題に対処した。<br /><br />1440年に夫君の選帝侯フリードリヒ1世が死去した後、エリザベートはコルムベルク城を”未亡人の城”として、自身が亡くなるまでの2年間居住したと云う。<br /><br />写真はSchoene Else佳人エルゼ:ブランデンブルク選帝侯妃エリザベート

    夫君がイタリアやハンガリーへの軍事遠征や、コンスタンツ公会議(1414年から1418年にかけて、ドイツのコンスタンツで開催されたカトリック教会の公会議。3人の対立教皇を廃し、一人の正統なローマ教皇を立てることで教会大分裂を終結させた)への出席と、長期にわたって領内を不在にしていたため、代わりに妻のエリザベートがその賢明さ、有能さで領内の深刻な諸問題に対処した。

    1440年に夫君の選帝侯フリードリヒ1世が死去した後、エリザベートはコルムベルク城を”未亡人の城”として、自身が亡くなるまでの2年間居住したと云う。

    写真はSchoene Else佳人エルゼ:ブランデンブルク選帝侯妃エリザベート

  • <コルムベルク城の歴史><br /><br />コルムベルク城は13世紀に遡り、ローテンブルクの市庁誌に1269年の二人の城主夫人SophieゾフィーとGertrudゲルトルートに関する記述と共に、1318年7月17日に城の売買契約の記述がある。<br />1415年;ニュルンベルクのFriedrichⅣフリードリヒ6世伯がColmbergコルムベルク城を購入。<br />1415年;FriedrichⅥ伯フリードリヒ6世(Hohenzollernホーエンツォレルン家)がブランデンブルク辺境伯(選帝侯の一人)に就任。<br />1791年;プロイセンの支配下に置かれる。ニュルンベルクの支配。<br />1806~80年;バイエルン王国の税務局が設置される。<br />1927~64年;ドイツ帝国における最後の日本領事であった外交官が所有する。<br />1964年;Unbehauenウンベハウエン家に城の所有が移り、古城ホテルがオープンする。<br /><br />写真はコルムベルク城:Schoene Else佳人エルゼの部屋の好ましい窓

    <コルムベルク城の歴史>

    コルムベルク城は13世紀に遡り、ローテンブルクの市庁誌に1269年の二人の城主夫人SophieゾフィーとGertrudゲルトルートに関する記述と共に、1318年7月17日に城の売買契約の記述がある。
    1415年;ニュルンベルクのFriedrichⅣフリードリヒ6世伯がColmbergコルムベルク城を購入。
    1415年;FriedrichⅥ伯フリードリヒ6世(Hohenzollernホーエンツォレルン家)がブランデンブルク辺境伯(選帝侯の一人)に就任。
    1791年;プロイセンの支配下に置かれる。ニュルンベルクの支配。
    1806~80年;バイエルン王国の税務局が設置される。
    1927~64年;ドイツ帝国における最後の日本領事であった外交官が所有する。
    1964年;Unbehauenウンベハウエン家に城の所有が移り、古城ホテルがオープンする。

    写真はコルムベルク城:Schoene Else佳人エルゼの部屋の好ましい窓

  • 写真はコルムベルク城からの眺望:平原の先は見えない。<br />

    写真はコルムベルク城からの眺望:平原の先は見えない。

  • 城から見えるゴルフ場は日本と違って、人影も見えない。一頃よりは国内各地にゴルフ場が出来て、このゴルフ場はAnsbachゴルフクラブと言うらしい。<br />古城ホテルもこうしたゴルフ場が併設されるか、近場にあって、ゴルフツアーのアレンジもホテルのパンフレットに謳われるようになった。<br /><br />ただ、半年間は使用できないゴルフ場でもあり、ドイツのゴルフ層はまだまだ金持ちのものだ。<br /><br />写真はコルムベルク城からの眺望:ゴルフ場のコースも<br />

    イチオシ

    城から見えるゴルフ場は日本と違って、人影も見えない。一頃よりは国内各地にゴルフ場が出来て、このゴルフ場はAnsbachゴルフクラブと言うらしい。
    古城ホテルもこうしたゴルフ場が併設されるか、近場にあって、ゴルフツアーのアレンジもホテルのパンフレットに謳われるようになった。

    ただ、半年間は使用できないゴルフ場でもあり、ドイツのゴルフ層はまだまだ金持ちのものだ。

    写真はコルムベルク城からの眺望:ゴルフ場のコースも

  • 写真はコルムベルク城からの眺望:部屋の窓から望む<br />

    写真はコルムベルク城からの眺望:部屋の窓から望む

  • 写真はコルムベルク城:Schoene Else佳人エルゼの部屋

    写真はコルムベルク城:Schoene Else佳人エルゼの部屋

  • 写真はコルムベルク城:Schoene Else佳人エルゼの部屋の浴室はモダンなジャグジーでした。

    写真はコルムベルク城:Schoene Else佳人エルゼの部屋の浴室はモダンなジャグジーでした。

  • 写真はコルムベルク城:Schoene Else佳人エルゼの部屋の天井の太い梁、98cmの厚い壁の石組みも重々しい。 

    写真はコルムベルク城:Schoene Else佳人エルゼの部屋の天井の太い梁、98cmの厚い壁の石組みも重々しい。 

  • 写真はコルムベルク城:Schoene Else佳人エルゼの部屋の天井。

    写真はコルムベルク城:Schoene Else佳人エルゼの部屋の天井。

  • たいへん古城らしい城で、薄暗い城内を歩くと、見事な良さを感じる。<br /><br />夕食は19時を予約済みで、休憩後、車の返事を聞かないままレストランに行った。翌朝まで何事も無し。<br /><br />写真はコルムベルク城:佳人エルゼの部屋の前の廊下も絵画や立派な家具が置かれている。

    たいへん古城らしい城で、薄暗い城内を歩くと、見事な良さを感じる。

    夕食は19時を予約済みで、休憩後、車の返事を聞かないままレストランに行った。翌朝まで何事も無し。

    写真はコルムベルク城:佳人エルゼの部屋の前の廊下も絵画や立派な家具が置かれている。

  • 夕食の予定はレストラン“Zur Remise”ツール・レミーゼ(車庫へ・・の意?!)という。<br /><br />ここは“狩猟の間”と言っても良い獲物や武具が飾られた部屋になっている。主にフランケン地方の料理を得意とする。<br /><br />写真はコルムベルク城:レストラン“Zur Remise”ツール・レミーゼにて(翌朝誰もいないレストランで撮った)。

    夕食の予定はレストラン“Zur Remise”ツール・レミーゼ(車庫へ・・の意?!)という。

    ここは“狩猟の間”と言っても良い獲物や武具が飾られた部屋になっている。主にフランケン地方の料理を得意とする。

    写真はコルムベルク城:レストラン“Zur Remise”ツール・レミーゼにて(翌朝誰もいないレストランで撮った)。

  • 写真はコルムベルク城:レストラン“Zur Remise”ツール・レミーゼにて。

    写真はコルムベルク城:レストラン“Zur Remise”ツール・レミーゼにて。

  • <夕食:古城ホテル コルムベルク城レストラン“Zur Remise”ツール・レミーゼ(車庫へ・・の意?!)にて><br /><br />19:00~20:40  Euro72(9,611円・・・(この中に翌日注文した、0.5Lの水2本分の費用Euro6.2が含まれている)  <br />フランケンの郷土料理を主とする。<br /><br />飲み物は水0.5L(Euro3.1)、シェリー・ドライ0.05L(Euro3.5X2=7)、フランケンのリースリング0.2L(Euro4.9X2=9.8)、<br /><br />写真はコルムベルク城の夕食:ナプキンにも紋章がある。

    <夕食:古城ホテル コルムベルク城レストラン“Zur Remise”ツール・レミーゼ(車庫へ・・の意?!)にて>

    19:00~20:40  Euro72(9,611円・・・(この中に翌日注文した、0.5Lの水2本分の費用Euro6.2が含まれている)  
    フランケンの郷土料理を主とする。

    飲み物は水0.5L(Euro3.1)、シェリー・ドライ0.05L(Euro3.5X2=7)、フランケンのリースリング0.2L(Euro4.9X2=9.8)、

    写真はコルムベルク城の夕食:ナプキンにも紋章がある。

  • 料理はシュパーゲルのクリームスープ(Euro5.6X2=11.2)、<br />私のメインはシュパーゲルにソーセージとジャガイモ添え(Euro19.8)、<br />家内はオーソドックスなシュパーゲルにジャガイモ添え(Euro14.9)、<br />合計Euro65.8でした。<br /><br />写真はコルムベルク城の夕食:シュパーゲルのクリームスープは何処で飲んでも美味しいのだ。

    料理はシュパーゲルのクリームスープ(Euro5.6X2=11.2)、
    私のメインはシュパーゲルにソーセージとジャガイモ添え(Euro19.8)、
    家内はオーソドックスなシュパーゲルにジャガイモ添え(Euro14.9)、
    合計Euro65.8でした。

    写真はコルムベルク城の夕食:シュパーゲルのクリームスープは何処で飲んでも美味しいのだ。

  • 写真はコルムベルク城の夕食:フランケンのリースリングも美味い。

    写真はコルムベルク城の夕食:フランケンのリースリングも美味い。

  • 2009年の時より、レストラン内も改装されて綺麗になり、味も良くなっていた。<br /><br />ここではシュトゥットガルト在住だと言う若夫婦(奥様が日本人)にバッタリお会いした。日本人とドイツ人カップルは総じて奥様は日本人だ。<br /><br />写真はコルムベルク城の夕食:シュパーゲルにソーセージとジャガイモ添え

    2009年の時より、レストラン内も改装されて綺麗になり、味も良くなっていた。

    ここではシュトゥットガルト在住だと言う若夫婦(奥様が日本人)にバッタリお会いした。日本人とドイツ人カップルは総じて奥様は日本人だ。

    写真はコルムベルク城の夕食:シュパーゲルにソーセージとジャガイモ添え

  • この古城ホテルのロビーには、訪問者も驚くだろう。<br /><br />この日も薪を燃やしたのだろう暖炉、立ちあがったポーズの熊の剥製や、戦前の旧型の自動車も飾られている。<br /><br />写真はコルムベルク城のロビー:暖炉も

    イチオシ

    この古城ホテルのロビーには、訪問者も驚くだろう。

    この日も薪を燃やしたのだろう暖炉、立ちあがったポーズの熊の剥製や、戦前の旧型の自動車も飾られている。

    写真はコルムベルク城のロビー:暖炉も

  • 写真はコルムベルク城のロビー:大きな熊の剥製、ピカピカに磨かれた戦前の旧型の自動車がお客様をお迎えする。

    イチオシ

    写真はコルムベルク城のロビー:大きな熊の剥製、ピカピカに磨かれた戦前の旧型の自動車がお客様をお迎えする。

  • 写真はコルムベルク城:礼拝堂(15世紀)

    写真はコルムベルク城:礼拝堂(15世紀)

  • 写真はコルムベルク城:こちらは書斎風サロン

    写真はコルムベルク城:こちらは書斎風サロン

  • 写真はコルムベルク城:たいへん古城らしい城で、薄暗い城内

    写真はコルムベルク城:たいへん古城らしい城で、薄暗い城内

  • 11日目も終了、お土産、資料の整理をして、23:10に就寝。<br /><br />写真はコルムベルク城:黒光りした木の階段はすり減っているようだ。

    イチオシ

    11日目も終了、お土産、資料の整理をして、23:10に就寝。

    写真はコルムベルク城:黒光りした木の階段はすり減っているようだ。

  • 2009年4月27日に一泊した。<br />Burgherr室(4階) ;Burgherrは城主の意(パンフレットに掲載):Euro135<br />その時の鍵にBurgherrとあり、Elseエルゼの隣の部屋でした。<br /><br />写真はコルムベルク城:2009年はBurgherr城主の部屋に泊まった。

    2009年4月27日に一泊した。
    Burgherr室(4階) ;Burgherrは城主の意(パンフレットに掲載):Euro135
    その時の鍵にBurgherrとあり、Elseエルゼの隣の部屋でした。

    写真はコルムベルク城:2009年はBurgherr城主の部屋に泊まった。

  • 城一番と思われるBurgherr城主の部屋つまり私共の寝室もアンチークな家具、頑丈な、広い、木彫りの装飾のあるベッド、立派な浴室、重々しい部屋の鍵など、この古城に泊まる機会を得た事に感謝したものです。<br /><br />写真はコルムベルク城:2009年に宿泊した城主の部屋

    城一番と思われるBurgherr城主の部屋つまり私共の寝室もアンチークな家具、頑丈な、広い、木彫りの装飾のあるベッド、立派な浴室、重々しい部屋の鍵など、この古城に泊まる機会を得た事に感謝したものです。

    写真はコルムベルク城:2009年に宿泊した城主の部屋

  • 写真はコルムベルク城:2009年城主の部屋はSchoene Else佳人エルゼの部屋よりも大きい。

    写真はコルムベルク城:2009年城主の部屋はSchoene Else佳人エルゼの部屋よりも大きい。

  • 写真はコルムベルク城:2009年城主の部屋

    写真はコルムベルク城:2009年城主の部屋

  • 写真はコルムベルク城:2009年城主の部屋は天井の太い梁、98cmの厚い壁の石組みが目立っている。

    写真はコルムベルク城:2009年城主の部屋は天井の太い梁、98cmの厚い壁の石組みが目立っている。

  • 写真はコルムベルク城:2009年当時のレストラン“Zur Remise”ツール・レミーゼは狩猟の間と言っても良い。

    写真はコルムベルク城:2009年当時のレストラン“Zur Remise”ツール・レミーゼは狩猟の間と言っても良い。

  • 写真はコルムベルク城:2009年当時のレストラン“Zur Remise”ツール・レミーゼ

    写真はコルムベルク城:2009年当時のレストラン“Zur Remise”ツール・レミーゼ

  • 写真はコルムベルク城:2009年、後世付け足したのだろう中庭の泉

    写真はコルムベルク城:2009年、後世付け足したのだろう中庭の泉

  • 写真はコルムベルク城:2009年、ホテル棟とレストラン棟

    写真はコルムベルク城:2009年、ホテル棟とレストラン棟

  • 写真はコルムベルク城:2009年、木組みのホテル棟とレストラン棟、天守閣

    写真はコルムベルク城:2009年、木組みのホテル棟とレストラン棟、天守閣

  • 2009年当時、チェックアウトの際にオーナー夫人が尋ねた。<br />『このホテルはなんで知ったのか?ツアーでローテンブルグの宿が取れないと、やむを得ずにここに来る日本客があるが、それも稀な話なのよ。ともかく個人客で御出でになるのは珍しい』と。<br /><br />・・私は「古城ホテルが好きで、Webで検索していたら、ここのHPを見つけたのですよ。素晴らしい古城ホテルがある事を今まで知らなった」と答えた。<br />「こんなにロマンティック街道からも近いのだし、日本人客がもっとあっても良いのではないか!」と付け加えて。<br /><br />写真はコルムベルク城:2009年、城主の部屋は4階左端の窓の所だ。

    2009年当時、チェックアウトの際にオーナー夫人が尋ねた。
    『このホテルはなんで知ったのか?ツアーでローテンブルグの宿が取れないと、やむを得ずにここに来る日本客があるが、それも稀な話なのよ。ともかく個人客で御出でになるのは珍しい』と。

    ・・私は「古城ホテルが好きで、Webで検索していたら、ここのHPを見つけたのですよ。素晴らしい古城ホテルがある事を今まで知らなった」と答えた。
    「こんなにロマンティック街道からも近いのだし、日本人客がもっとあっても良いのではないか!」と付け加えて。

    写真はコルムベルク城:2009年、城主の部屋は4階左端の窓の所だ。

  • ゴルフ場の良く整った芝で覆われた、起伏のある丘の先に古城がある。<br />曇天なのが悔しいが、素晴らしい景観が目の前にある。<br /><br />写真はコルムベルク城:2009年、コルムベルク城をゴルフ場から見上げる眺望<br /><br />・・・・・<br /><br />明日はローテンブルクまで一寸小旅行です。

    イチオシ

    ゴルフ場の良く整った芝で覆われた、起伏のある丘の先に古城がある。
    曇天なのが悔しいが、素晴らしい景観が目の前にある。

    写真はコルムベルク城:2009年、コルムベルク城をゴルフ場から見上げる眺望

    ・・・・・

    明日はローテンブルクまで一寸小旅行です。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • sanaboさん 2018/10/30 19:33:34
    ランツフートのエリザベート
    jijidarumaさん、こんばんは

    今回お泊りになられたコルムベルク城は初めて聞く名でしたが、
    ローテンブルクからは20キロほどの所だそうですね。
    とはいえ、jijidarumaさんのようにドイツをくまなく廻られる方でないと
    日本人で宿泊される方はそうはいらっしゃらないのでしょう。
    オーナー夫人にしてみたら、珍しく日本人ご夫妻が泊まられ
    しかも流暢なドイツ語を話されるjiidarumaさんに驚かれ
    ご興味を抱かれたに違いないと推察いたしました。
    今回は二度目の滞在でらしたそうですが、初回は「Burgherr城主」の部屋、
    そして今回は「Schoene Else佳人エルゼ」のお部屋に泊まられたのですね。
    エリザベートというとシシーばかりが有名ですが
    Schoene Elseと謳われたこちらのエリザベートは美貌だけでなく
    不在の夫君に代わり領地の諸問題を収めるだけの手腕を併せ持つ
    有能な女性でらしたのですね。
    違うお部屋にアサインされていたら、一連の興味深いお話を
    掘り起こす機会もなかったかもしれませんが、思いがけず
    旅の思い出がより深いものになりましたね。
    jijidarumaさんの飽くなき探求心の賜物のような気がいたしました。
    お食事やお飲み物に関する詳細な記述もいつも感心しております。
    私などはいつも旅先ではメモすることをついつい怠り、写真を見ても
    何を食べたか思い出せないこともしばしばです(笑)
    朝晩、寒くなりましたので、くれぐれもご自愛なさり
    お元気でお過ごし下さいませ。

    sanabo

    jijidaruma

    jijidarumaさん からの返信 2018/10/31 00:08:01
    Re: ランツフートのエリザベート
    sanaboさん、
    こんばんは。
    いつもありがとうございます。

    さて、前回「Burgherr城主」の部屋に1泊し、そして今回は「Schoene Else佳人エルゼ」の部屋に2泊するなど、私共も結構ツイていましたね。
    レセプションでSchoene Else佳人エルゼと聞きましたが、文字通り直訳の「美人のエルゼ」と思っていました。それでも何やら気になったので、帰国していろいろと調べると、「Schoene Else佳人エルゼ」つまり、エリザベート・バイエルン・ランツフート王女であり、ブランデンブルク選帝侯妃エリザベートであり、かつコルムベルク城の城主夫人であった事が分かりました。
    あの古き時代でも女性が見事にその能力を発揮し、輝いていたことにドイツもなかなかと、再認識したものです(笑)。

    不思議なもので、それで一層コルムベルク城の魅力、輝きを感じたものです。
    何しろローテンブルクとアンスバッハの中間にあり、この城がもっと利用されていても良いかと・・・。また訪れてみたいものです。

    食事内容はこの旅でシュパーゲル料理を数回食べていますので、いつもの年よりは楽でしたよ。いつも苦労する、ミシュラン星付きレストランの食事は「白樺の館のレストラン・カワセミ」の1回でしたし。

    「2018年ドイツの春」の旅も、5月21日Die glueckliche Stadt幸せのローテンブルクといった時代祭り、5月22日ウンターフランケン地方のフランケンワインの産地を経由し、ヴュルツブルクへ。最終日5月23日はフランクフルト空港から凡そ25kmにある保養地であるTaunusタウヌスにあるバート・ホンブルクを訪ねて終わります。
    それではまた。

    jijidaruma

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