2015/04/03 - 2015/04/05
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日本百名城の一つ、岡山城の紹介です。(財)日本城郭協会が2006年に定めた、日本の名城の百選です。番号は地域別の連番で、中国・四国地方は、63番から84番の間の連番です。岡山城は70番です。
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現在の天守閣が鉄筋コンクリート造りで再建されたため、元の配置のまま移転された、天守閣の礎石です。同じ本丸の上の段(本段)です。子供さんの遊び場に格好でした。
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上から三層目までの、岡山城天守閣の正面光景です。岡山城は『金烏城(きんうじょう)』とも呼ばれますが、『金』は金の鯱、『烏』の黒は、黒漆塗の下見板と呼ばれる板張りを指します。
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『岡山城』の大きな扁額が掛かった天守入口の光景です。石垣は、古い時代のものをそのまま使っているようです。玄関の木材には、全面的に金属の覆いがされています。昭和20年の戦災に遭うまで、数多くの写真が撮られましたが、石垣部分に入口はないようでした。観光用施設として、レイアウト変更されているようです。
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入口近くにあった入城案内などの掲示物です。入城しませんでしたが、大人は800円でした。その左に、岡山城の沿革が紹介されていました。
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イチオシ
天守閣と、左側の塩蔵が一体となった岡山城の天守です。塩蔵は渡櫓なしで天守に付属した櫓ですから、この様式は、『複合式天守』と呼ばれています。他には、彦根城、松江城や萩城などの例があります。
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前景に末の庭木を入れて、斜め前から見上げた天守閣の光景です。宇喜多秀家が1590年頃に築いた天守台の石垣の上に建ちます。その石垣は、外から眺めた時によく分かります。
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天守に付属する建物の塩蔵です。戦国時代から江戸時代と言わず、戦略物資としての塩は極めて貴重だったようです。日本だけの話ではなく、世界に共通していることでしょう。
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正面から眺めた天守閣の光景です。まさに『金烏城(きんうじょう)』の威容です。昭和まで存続した天守閣は全国に19棟ありましたが、1棟が火災で焼失、岡山城を含め6棟が戦災で焼失しました。現在残っているのは僅かに12棟です。
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イチオシ
左斜め前から眺めた天守閣の光景です。天守最上階の屋根の金鯱をはじめ、鬼瓦との軒先の丸瓦の表面も金色に輝いていました。
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塩蔵の前から眺めた天守閣の光景です。戦災で焼失した昭和20年までに撮影された写真では、現在設けられている天守台の石垣部分には、天守閣の玄関は見当たりませんでした。
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正面から見上げた岡山城天守の光景です。お洒落な作りの格子窓です。その格子窓の横の黒壁は、黒漆塗の下見板張りです。壁の横板張りで、お互い少しずつ重なり合うように取り付けられ、板の上部からの雨水の侵入を防いでいます。現代でも用いられている板張り工法です。
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本丸上の段の光景です。再建された建物がありませんから、何もない広場になっていました。縁の方に、その広場を見下ろす大木がありました。
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本丸中の段から見上げた、本段(上の段)の石垣と土塀の光景です。左奥には、本丸本段にある天守閣の上階部分が見えていました。
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天守閣がある本丸上の段の見学を終えて、中の段に降りる途中の光景です。野面積みの石垣に、ソメイヨシノの落花が降り積もっていました。
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同じく、ソメイヨシノの落花が降り積もった、野面積みの石垣の光景です。本丸天守台と同じく、宇喜多秀家が1590年頃に築いた石垣の一部かもしれません。
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本丸中の段から眺めた天守閣の光景です。昭和20年(1945年)の戦災に遭った天守閣は、宇喜多秀家が築いたとされ、慶長2年(1597年)頃の完成とされます。宇喜多秀家(1772〜1755年)は、豊臣政権下の五大老の一人とされ、通称は備前宰相でした。
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廊下門が本丸中の段に接した部分の建物光景です。現在は本丸中の段に表書院(藩庁)の建物がありませんので、ここで行き止まりとなっていました。
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『廊下門』の上階部分の建物光景です。左手前側が本丸中の段にあった表書院(藩庁)に通じる出入口、右奥が本壇側の出入口です。
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『廊下門』の説明プレートです。本丸下の段にも説明看板がありましたから、既に説明済みですが、再度の説明です。本丸搦め手にある城門で、的を迎え撃つために、門扉の上に部屋が設けてあります。現在の門は昭和41年(1966年)に再建されたものです。
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『穴蔵(あなぐら)』の光景です。幅3.8メートル、奥行き2.9メートル、深さ2.3メートルの大きさとされますが、野草が生い茂り、荒れたままになっていました。
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『穴蔵(あなぐら)』の説明看板です。香川産の凝灰岩で造られていて、元は屋根があったと解説されていました。籠城時などの非常用の食料を保存しておいた場所のようです。
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『小納戸櫓』の説明看板です。本丸搦手の廊下門に迫る敵を攻撃できる位置にある櫓とされます。造りは本丸表向西面に建っていた伊部櫓と相似とされます。
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『小納戸櫓』があった本丸中の段の角部分の光景です。この場所の櫓からは、『廊下門』の扉の外を見晴らすことができました。廊下門と多聞櫓で繋がる二層櫓があったとされます。
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イチオシ
旧・国宝、現在は国の重要文化財の『月見櫓』の建物光景です。月見櫓は、池田忠雄により、1620年代に建てられたと判断されています。この隅櫓は一部地下付きの塗籠(ぬりかご)造り本瓦葺き2階建ての建物で巣。城外側から見ると2層の望楼型の外観ですが、城内側が3層の層塔型の様相です。
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『国宝・岡山城月見櫓』の石碑です。国宝保存法、史蹟名勝天然紀念物保存法、重要美術品等ノ保存ニ関スル法律の3法を統合し、かつ無形文化財、民俗資料、埋蔵文化財を新たに保護対象に加えた文化財保護法が、1950年(昭和25年)に制定されました。この法律で、特に重要なものを国宝、特別史跡、特別名勝、特別天然記念物に指定できるとする二段階指定制度により、重点保護が図られました。このため、旧国宝の多くは、重要文化財となりました。
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『国指定重要文化財・月見櫓』のタイトルがあった説明立看板です。池田忠雄が城主時代の元和元年から寛永年間(1620年代)に建てられた隅櫓であることと、点竹物の詳細が、正面と側面の図面入りで紹介されていました。
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土壁に設けられた補強材の光景です。現代における耐震対策などではなく、年代を経た構造のようです。本丸中の段にある月見櫓の横にありました。
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発掘調査で見付かった、古い石垣の展示です。見つかった場所にそのまま展示されているようでした、野面積みの石垣です。現在の本丸中の段を掘り下げた場所にあった展示です。
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発掘調査で見つかった古い石垣の説明プレートです。役割を終えて地中に残された、宇喜多秀家(1572〜1655年)が築いた時代の石垣のようです。本丸中の段の石垣近くに展示場所が記されていました。
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同じく、発掘調査で見つかった古い石垣の説明プレートです。発掘された時の写真と図面で解説されていました。本丸中の段を拡張するために不要になったと考察されていました。
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