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桜満開の大阪城紹介の続きです。豊臣時代、徳川時代の天守閣が、いずれも短期間に焼失したのに対し、1931年に竣工した昭和の天守閣は、建設後80数年を過ぎ、最も長命の天守閣となりました。

2015春、近畿・中国・四国の百名城(4/38):4月3日(4):大阪城(4):残念石、日本庭園

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2015/04/03 - 2015/04/05

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旅人のくまさん

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桜満開の大阪城紹介の続きです。豊臣時代、徳川時代の天守閣が、いずれも短期間に焼失したのに対し、1931年に竣工した昭和の天守閣は、建設後80数年を過ぎ、最も長命の天守閣となりました。

交通手段
観光バス
  • 『残念石』のタイトルがあった石碑の光景です。この石碑の両端にある石は、小豆島で割られたまま、用材石としての念願が叶わず、数多くが残されたままとなりました。そのいきさつを記した、大阪と小豆島の青年会議所連名の説明文でした。

    『残念石』のタイトルがあった石碑の光景です。この石碑の両端にある石は、小豆島で割られたまま、用材石としての念願が叶わず、数多くが残されたままとなりました。そのいきさつを記した、大阪と小豆島の青年会議所連名の説明文でした。

  • 筑前黒田長政の石切り場で見つかり、小豆島から運ばれた石です。先程の昭和56年(1981年)7月建立の『残念石』の説明プレートで紹介されていた、大きな方の石です。

    筑前黒田長政の石切り場で見つかり、小豆島から運ばれた石です。先程の昭和56年(1981年)7月建立の『残念石』の説明プレートで紹介されていた、大きな方の石です。

  • こちらは、『残念石』の説明プレートで紹介されていた、小さな方の石です。徳川時代の元和6年(1620年)から始まった、大阪城修築の際に用意された石です。

    こちらは、『残念石』の説明プレートで紹介されていた、小さな方の石です。徳川時代の元和6年(1620年)から始まった、大阪城修築の際に用意された石です。

  • 天守閣の西南側に設置されたエレベーター装置です。1995年(平成7年)から1997年(平成9年)にかけて行なわれた、平成の大改修の際に行われた、弱者優先、プライオリティ工事の一つようです。

    天守閣の西南側に設置されたエレベーター装置です。1995年(平成7年)から1997年(平成9年)にかけて行なわれた、平成の大改修の際に行われた、弱者優先、プライオリティ工事の一つようです。

  • 内側から眺めた内堀の光景です。天守閣の最上位階からも、一通り見学しました。

    内側から眺めた内堀の光景です。天守閣の最上位階からも、一通り見学しました。

  • 同じく、内堀の中から眺めた対岸の光景です。石垣の上のソメイヨシノが見事な満開でした。

    同じく、内堀の中から眺めた対岸の光景です。石垣の上のソメイヨシノが見事な満開でした。

  • 西寄りの斜め前から眺めた天守閣の光景です。

    イチオシ

    西寄りの斜め前から眺めた天守閣の光景です。

  • 同じく、西南側から眺めた天守閣の光景です。石垣の側面のエレベーターは、平成の大改修で設けられたようです。天守の1階まではスロープで移動し、次の城郭内のエレベーターが使用できるようです。

    同じく、西南側から眺めた天守閣の光景です。石垣の側面のエレベーターは、平成の大改修で設けられたようです。天守の1階まではスロープで移動し、次の城郭内のエレベーターが使用できるようです。

  • 内堀の中から眺めた対岸の光景です。石垣の上のソメイヨシノが満開でした。

    内堀の中から眺めた対岸の光景です。石垣の上のソメイヨシノが満開でした。

  • 同じく、内堀の中から眺めた対岸の光景です。少しピンクがかった色のソメイヨシノが石垣の上で満開でした。

    同じく、内堀の中から眺めた対岸の光景です。少しピンクがかった色のソメイヨシノが石垣の上で満開でした。

  • 満開のソメイヨシノに、石垣とお堀の水がよく似合います。

    イチオシ

    満開のソメイヨシノに、石垣とお堀の水がよく似合います。

  • 小振りでしたが、雨を避けて木陰で休んでいたカワラバト(河原鳩)さんとスズメさんの光景です。驚かさないように、少し離れた場所から撮影しました。

    小振りでしたが、雨を避けて木陰で休んでいたカワラバト(河原鳩)さんとスズメさんの光景です。驚かさないように、少し離れた場所から撮影しました。

  • 人通りがほとんどなかった、大阪城内の散歩道です。舗装がされていない地道でした。

    人通りがほとんどなかった、大阪城内の散歩道です。舗装がされていない地道でした。

  • 同じく、人通りがほとんどなかった、大阪城内の散歩道です。衣替えの常緑樹の落ち葉が散り敷いていた、春落ち葉の光景でした。

    同じく、人通りがほとんどなかった、大阪城内の散歩道です。衣替えの常緑樹の落ち葉が散り敷いていた、春落ち葉の光景でした。

  • 政治結社の日本青年同志社が奉納した、教育勅語の推進に関する石碑です。ネット情報では、大阪府に本部がある右翼団体との情報がありました。

    政治結社の日本青年同志社が奉納した、教育勅語の推進に関する石碑です。ネット情報では、大阪府に本部がある右翼団体との情報がありました。

  • 冬木立から、一斉に飛び立った鳩さん達です。冬木立に止まったままの鳩さんもいますが、暫く旋回が続きました。

    冬木立から、一斉に飛び立った鳩さん達です。冬木立に止まったままの鳩さんもいますが、暫く旋回が続きました。

  • 池を配した日本庭園の光景です。花吹雪が池面に浮かんでいました。池の周りの庭木は、それなりに手入れがされていました。

    池を配した日本庭園の光景です。花吹雪が池面に浮かんでいました。池の周りの庭木は、それなりに手入れがされていました。

  • 明治維新が成った時、幕府からこの大坂城を譲り受けた新政府が、ここに陸軍の本拠を置こうとしたものの、当初は、何も建物が無かったため、紀州の徳川家の御殿を移築して使用したようです。庭園はその建物にあわせ、昭和に造られました。

    明治維新が成った時、幕府からこの大坂城を譲り受けた新政府が、ここに陸軍の本拠を置こうとしたものの、当初は、何も建物が無かったため、紀州の徳川家の御殿を移築して使用したようです。庭園はその建物にあわせ、昭和に造られました。

  • 『日本庭園』の説明立看板です。昭和6年(1931年)、天守閣の復興にあわせ、大阪市により、当時東側に建っていた紀州御殿の庭園として造られた純日本式庭園であることが説明されていました。大阪城の天守が借景です。

    『日本庭園』の説明立看板です。昭和6年(1931年)、天守閣の復興にあわせ、大阪市により、当時東側に建っていた紀州御殿の庭園として造られた純日本式庭園であることが説明されていました。大阪城の天守が借景です。

  • 雨に濡れて、少ししっとりした感じの天守閣の光景です。平成の大改修(1995〜1997年)では、屋根は緻密な防水工事と銅板瓦の葺き直しが実施されました。軒先金箔瓦(軒丸瓦、軒平瓦)はすべて新調され、緑青あざやかな銅板瓦(丸瓦、平瓦)は約55,000枚すべてを一旦撤去し、8割が清掃・修復のうえ再使用されました。<br />

    雨に濡れて、少ししっとりした感じの天守閣の光景です。平成の大改修(1995〜1997年)では、屋根は緻密な防水工事と銅板瓦の葺き直しが実施されました。軒先金箔瓦(軒丸瓦、軒平瓦)はすべて新調され、緑青あざやかな銅板瓦(丸瓦、平瓦)は約55,000枚すべてを一旦撤去し、8割が清掃・修復のうえ再使用されました。

  • 西側方面から眺めた天守閣の光景です。遠くの高層ビルが視界に入ってしまいました。天守閣の右に接した建物です。

    西側方面から眺めた天守閣の光景です。遠くの高層ビルが視界に入ってしまいました。天守閣の右に接した建物です。

  • シャガ(射干、著莪、胡蝶花)の花です。アヤメ科アヤメ属の多年草です。中国原産で、かなり古い時代に日本に入ってきた帰化植物です。

    シャガ(射干、著莪、胡蝶花)の花です。アヤメ科アヤメ属の多年草です。中国原産で、かなり古い時代に日本に入ってきた帰化植物です。

  • シャガの花のアップ光景です。三倍体のため種子が発生しません。このことから日本に存在する全てのシャガは、同一の遺伝子を持っているとされます。

    シャガの花のアップ光景です。三倍体のため種子が発生しません。このことから日本に存在する全てのシャガは、同一の遺伝子を持っているとされます。

  • 『大阪城址』の文字が刻まれた石碑です。まだ新しい石碑のように見えました。

    『大阪城址』の文字が刻まれた石碑です。まだ新しい石碑のように見えました。

  • ノース・ポールのようです。キク科フランスギク属の半耐寒性多年草ですが、高温多湿に弱いため、日本では1年草として扱われることが多いようです。

    ノース・ポールのようです。キク科フランスギク属の半耐寒性多年草ですが、高温多湿に弱いため、日本では1年草として扱われることが多いようです。

  • ユリオプス・デージーです。南アフリカ原産で、木質化するキク科の多年草です。ユリオプスは、『大きな目』の意味とされます。

    ユリオプス・デージーです。南アフリカ原産で、木質化するキク科の多年草です。ユリオプスは、『大きな目』の意味とされます。

  • 1931年に竣工したクラシックな建物は、旧大阪市立博物館です。既に閉鎖されていますが、今後の利用法は未定のようです。

    イチオシ

    1931年に竣工したクラシックな建物は、旧大阪市立博物館です。既に閉鎖されていますが、今後の利用法は未定のようです。

  • 大阪城の城内で見かけた大木です。芽吹き始めたばかりで、樹種が分かりませんでしたが、ネット情報で黄葉の写真がありましたので、樹齢200年の銀杏のようです。

    大阪城の城内で見かけた大木です。芽吹き始めたばかりで、樹種が分かりませんでしたが、ネット情報で黄葉の写真がありましたので、樹齢200年の銀杏のようです。

  • こちらも、大阪城の城内で見かけた大木です。クスノキ(楠)のようです。古い葉を落とし、新しい葉に衣替え中でした。どちらも存在感のある大樹でした。

    こちらも、大阪城の城内で見かけた大木です。クスノキ(楠)のようです。古い葉を落とし、新しい葉に衣替え中でした。どちらも存在感のある大樹でした。

  • 玉造口にあった巨石の石組です。大手口と同様に、桝形を形成していましたが、上部の建物は焼失し、石組も移設されたようです。

    玉造口にあった巨石の石組です。大手口と同様に、桝形を形成していましたが、上部の建物は焼失し、石組も移設されたようです。

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