2015/04/03 - 2015/04/05
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旅人のくまさんさん
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姫路城の西の丸紹介の続きです。千姫は徳川家康公の孫娘、7歳の時に政略結婚で豊臣秀頼の大阪城に輿入れし、夏の陣の際には、家康の厳命で戦火の中を救出されました。その後、本多忠刻と再婚し、姫路城で10年を過ごしました。
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『ワの櫓』から入場し、『西の丸長局』を通って『千姫化粧櫓』に向かう途中の紹介です。二階部分になる渡廊下から眺めた、『西の丸庭園』の桜の光景です。
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『西の丸長局』の二階から眺めた、『西の松庭園』の光景です。『西の丸長局』の入場する前に、一回りしてきましたが、最高の見頃を迎えたソメイヨシノなどの桜でした。
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土塀のコーナー部分の光景です。神社や庭園などですと、箱庭風に意匠を凝らす場所でしょうが、城郭ですから、植物1鉢だけのシンプルな飾りでした。
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イチオシ
格子窓、正しくは連子(れんじ)窓かあr眺めた『西の丸庭園』の光景です。庭園の桜を眺めながらの散策には、もってこいの好天となりました。
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イチオシ
『西の丸長局』から眺めた天守群のアップ光景です。左から、一際大きな『大天守』、その少し左の『西小天守』と、一番左の『巽小天守』の光景です。
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『西の丸長局』から眺めた、左手の『西の丸長局』と、右奥の天守群の光景です。『西の丸庭園』で咲いている桜は『ヤマザクラ(山桜)』です。満開を過ぎたのではなく、新葉と一緒に咲いた花の光景です。
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『西の丸長局』から眺めた、『西の丸長局』の建物光景です。左端に見えるのが『ルの櫓』、右奥に一段高い屋根だけ見えるのが『千姫化粧櫓』です。
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『防御のしくみ』と題された説明パネルです。慶長6年(1601年)から同14年(1609年)にかけて、池田輝政が行った姫路城の防御施設の説明です。大局的な防御システムから、随所に凝らされた挟間、石落し、武者隠しなどが写真入りで説明されていました。
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金網が張られた『石落し』からの下方の眺めです。直下だけでなく、『菱の門』から入って『いの門』の手前に位置する『三国濠』まで視野に入っていました。
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『石落し』のタイトルがあった説明パネルです。『石落し』は、櫓、縄文、土塀などに設けられる防御施設で、下に迫る敵の漢詩や、攻撃を行うものです。石だけでなく、鉄砲、槍や矢などで攻撃することができます。
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『西の丸長局』から眺めた、『西の丸庭園』の光景です。桜の花の下を、整備された通路が縫うように走っていました。
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『伝統の技術』と題された説明パネルです。①木組み、②漆喰、③石垣と④瓦に分類して、代表的な施行令が写真入りで説明されていました。一通り、目にした場所と工法でした。
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『西の丸長局』から眺めた姫路市街の光景です。西側か西北方面になるようでした。お堀の光景もありました。城郭の西側方面には、内堀、中堀と外堀が接近して造られているようです。
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これまでに何度も紹介しましたが、ここでも格子窓から眺めた桜の光景です。東南の方角になるようでした。ソメイヨシノばかりでした。
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『西の丸長局』の内部の光景です。大した混雑でなかったのは、一方通行の見学で、スムーズな見学者の流れのためだったかも知れません。
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『西の丸長局』から眺めた、南側にある『西の丸庭園』の光景です。一番左に見えているのが『千姫化粧櫓』の出入口です。今日の見学は一方通行でしたから、出口専用になります。
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『西の丸長局』のタイトルがあった説明パネルです。『長局』とは、『長屋』も意味し、便所や台所を設けた8畳ほどの部屋を一単位として、それがいくつも連続したものと解説されていました。『西の丸』では、『ヨ』から『カ』の渡櫓が奥女中が居住した建物でした。
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明かり採りが少ない、薄暗い部屋の光景です。外から眺めるだけにして、中には入りませんでした。『千姫化粧櫓』に近い場所の部屋です。
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『奥女中・西の丸長局で暮らした女性たち』のタイトルがあった説明パネルです。『奥女中』とは、御殿の奥向きで、城主や家族の世話をする女性たちのことです。千姫の奥女中は『西の丸長局』で起居しており、その数は女中23名、下働きの下女16名です。それに勝姫には女中3名が付いていました。
(注)差別用語も交じったかもしれませんが、パネルの表現そのままにしておきました。 -
「千姫・ゆかりの地」のタイトルがあった説明パネルです。『姫路10年の夢を辿る』のサブタイトルがありました。別の場所にあったパネルと一部重複しますが、①書写山圓教寺、②広峰山峯神社、③佐良和大歳神社、④やくし山、⑤船場本徳寺、⑥男山千姫天満宮の6箇所です。千姫が祈りを捧げた神社や仏閣のようです。
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『千姫の化粧櫓』の表札があった室内光景です。白壁に繊細な木組みと、遊び心もあるような室内空間でした。表札は、入口を示したものだったかも知れません。
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『姫路市内に残る・千姫の物語を辿る』のタイトルがあった説明看板です。科紙の上に立てられていました。地図と写真で記された6カ所でした。①書写山円教寺、②廣峯神社、③千姫の小径、④千姫ぼたん園、⑤男山千姫天満宮と⑥千姫像です。4箇所は近い場所に固まっていますが、神社とお寺の二つは、少し離れています。
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イチオシ
左が千姫、茂木がその子の勝姫のようです。平和なひと時のカルタ遊びのようです。元和7年(1621年)に長男の幸千代が3歳で没したのを始め、寛永3年(1626年)には夫・忠刻、姑・熊姫、母・江が次々と没する不幸が続きました。そして、娘の勝姫と共に本多家を離れ、江戸城に入りました。千姫は出家して天樹院と号し、勝姫は祖父の徳川秀忠の養女となり、前の姫路城主で鳥取城主に転じた池田光政に嫁ぎました。
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通称、『千姫化粧櫓』の部屋の中に置かれていた『西の丸・御殿』の立札です。千姫の出家後は、娘の勝姫と2人で竹橋の邸で暮らしました。寛永5年(1628年)に勝姫が池田光政に嫁ぐと、一人暮らしになりました。
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『千姫化粧櫓』から眺めた、『西の丸長局』の建物光景です。その中間部辺りに、『ルの櫓』が見えています。
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開け放たれた窓から見える外の景色と、障子越しに入ってくる外の明かりの光景です。『千姫化粧櫓』の中の部屋だったようです。
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格子孫から眺めた、『三国濠』の光景です。『三国濠』は、『菱の門』から入って『いの門』の手前に位置する濠です。池田輝政が播磨、淡路、備前の三つの国から人夫を集めて築いたことから、名付けられたとされます。今は防火用水の役割ですが、当時は重要な水源の一つだったようです。
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何度も眺めた、格子戸からの桜の光景でウs。この窓からは、桜と一緒に『大天守』をはじめとする天守群が見えました。
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『西の丸』から眺めた本丸方面の光景です。満開の桜の上に見てているのは、『備前丸』の石垣のようです。『扇の勾配』と呼ばれる石垣もあります。今は、石垣の上に建物がありません。
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『西の丸長局』の中は、見学がスムーズに運ぶように一方通行にされていました。出口は元の『ワの櫓』に戻らず、『千姫化粧櫓』からできました。その階段途中から撮影した、『西の丸長局』の光景です。『西の丸長局』の一部は、石垣の上ではなく、支柱の上に建てられていました。
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