2012/05/15 - 2012/05/29
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Romantische Strasseロマンチック街道、Schwaebische Alb Strasseシュヴェービッシュ・アルプ街道、Burgenstrasse古城街道の旅
期間 :2012年05月15日(火)〜05月29日(火)15日間の旅
世界遺産の町WuerzburgヴュルツブルクからアウトバーンA81で100kmほど南下すると、A6と交差するあたりにヴァインスベルクWeinsbergの町が右手に見える。
アウトバーンを走りながらも、すり鉢型の小高い丘に立つ、この城址Burg Weinsbergヴァインスベルク城(Burg Weibertreuヴァイバートロイ城とも称する。)が遠望できる。この春の旅では古城街道沿いの町として訪れる事にした。
いつも走りながら見るだけであったが、何時か、あの城に登ってみたいと思っていた。今日はその念願の町に来る事が出来た。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
さて、ヴァインスベルク城は紀元1000年頃、HeilbronnハイルブロンとSchwaebisch Hallシュヴェービッシュ・ハルとを結ぶ交易路沿いの山上に、この交易路の防御のために築城されたのが始まりと云う。
1140年、ホーエンシュタウフェン家とヴェルフェン家が皇帝位をめぐり争闘していた時期に、城はホーエンシュタウフェン家出身の皇帝Konrad IIIコンラート3世により包囲され、城は1140年12月21日に降伏した。
写真はヴァインスベルク城址 -
この時、グリム兄弟のドイツの伝説集にも採録された「ヴァインスベルクの貞淑なる女房達」の伝説が生まれた。
≪伝説:Die Treuen Weiber von Weinsberg ヴァインスベルクの貞淑なる女房達≫
(Brueder Grimmグリム兄弟:" Deutsche Sagen ドイツの伝説"第2巻)
ヴァインスベルク城の支配をめぐって、長い間ホーエンシュタウフェン家とヴェルフェン家が争闘していた頃の話です。
1140年、ホーエンシュタウフェン朝最初の神聖ローマ皇帝Konrad IIIコンラート3世(ドイツ王)により、Herzog Welfヴェルフ伯軍は攻撃され、敗れた。
直ちに皇帝軍はヴァインスベルク城を包囲し、攻撃を加えたが、ヴァインスベルク城に籠る城内の人たちは戦意も高く、少しも城は弱みを見せることなく、堅く城を守っていた。
しかし、援軍が来るあてのない長い籠城は、次第に人々を苦しめる事になる。食糧が尽きてきて、飢餓に苛まれることになったのだ。
神の恩寵を願って、あるいは神の怒りに逢うかは、分からないが、なんとか私共の助かる道を見つけてみようと女房達が男たちに提言した。
写真は皇帝と女房達に背負われた夫たち -
「男たち皆が持つ武器を、多くの所持している剣をここで打ち砕くのです。そして城門を開いてください。」
女房達の代表は城門の外に出て、攻城軍のコンラート3世の前に進み出て、
「私共の自由な退去をお許しください。私共は血に汚れていないのですから・・・。(武器を取っていない)」
怒りに燃える攻城軍の勇士たちを前にして、その気持ちを宥めたのだ。そして次第に彼らの気持ちは憐憫に変っていった。
そこでまた、
「退去にあたり、私共が自分で運べる分の荷物を、自由に好きなものを運び出す事をお許しください。」と。
これを聞いたコンラート3世は憐憫の情を示して、
「お前たちが荷を背負って出ていくのを妨げない。」
と王の金言として、彼女たちに約束した。
写真は女房たちの背に夫たちが -
翌朝、辺りが薄明るくなると、城内の陣営から奇異な光景が出現した。
かすかな音をさせて、城門が開き、女房達の行列が重い足取りをしながら、よろめきながら、続いて出てきたのである。
彼女たちは一様に体を下に曲げ、首に背負い帯をかけ、彼女たちのお気に入りのもの、即ち大事な彼女の夫を背負っていたのです。
この光景を見た皇帝軍は女たちに向かって、
「性悪な女房達よ、止まれ!」
と、大勢の小悪魔を脅すように叫んだ。
一人の将軍は意味深長な言葉を吐いた。
「皇帝が了承したのはそんな事ではなかったはずだ!」と。
その言葉を聞くと、慈悲深い皇帝コンラート3世は大きく笑いながら、
「確かにそんなつもりでは無かったが、彼女たちは旨くやったのだ。」
皇帝の金言は
“一度口に出して言った事、約束した事は不変であり、その尊厳を冒しえないのだ。”
ヴァインスベルク城の籠城軍は1140年12月21日に開城し、皇帝軍が勝利した。
XXX
写真は古い絵画 -
この女達は“ヴァインスベルクの貞淑なる女房達”として、後世に知られている。
この„Tat der treuen Weiber貞淑なる女房達の業績“伝説に因み、この城(現在は城址)はBurg Weibertreuヴァイバートロイ城(貞淑な女房達の城・・・つまりWeiber=「女房」、treu=「貞淑な、忠実な、誠実な」)と呼ばれるようになったのだと云う。
写真は古い絵画 -
今ではヴァインスベルクの町も観光のキャッチフレーズとして、Weinsberg ;Treue Weiber, Reben und Romantikヴァインスベルクの;貞淑なる女房達、ブドウとロマン主義と称して、宣伝に努めているそうだ。
<参考>
【Hohenstaufenホーエンシュタウフェン朝】
神聖ローマ帝国の王朝1138〜1208年、1215〜 1254年;シュタウフェン朝およびシュタウファー朝とも呼ばれる。シュヴァーベン大公でもあった。
家名はシュヴァーベンのシュタウフェン城を発祥とする。イタリアではシチリア王国を支配し、1266年まで続いた。
【Haus Welfenヴェルフェン家】
ヴェルフ家(ドイツ語Haus Welf)は中世の神聖ローマ帝国で皇帝位を争った有力なドイツの諸侯。ヴェルフェン家(Haus Welfen)とも呼ばれる。
この家系に18・19世紀のハノーファー王朝の英国君主が出ている。
(2012.02.15.訳・編集)
写真は皇帝コンラ―ト3世 -
【Wuerttemberger Weinstrasseヴュルテンベルガーワイン街道】
2004年10月、従来のSchwaebische Weinstrasseシュヴェービッシュワイン街道から、Wuertemberger Weinstrasseヴュルテンベルガーワイン街道に名称を変更した。
Frankenフランケン地方の南Schloss Weikersheimヴァイカースハイム城から、ネッカー川流域のGundelsheimグンデルスハイム一帯、さらに上流のStuttgartシュトゥットガルトの南に位置するMetzingenメッツィンゲンに広がり、更にはボーデン湖のほとりに点在しているワイン産地で、全長511kmの長いワイン街道である。
ヴュルテンベルガーワイン街道はドイツの知られざるワイン街道の1つ。
ヴュルテンベルク地方もアール地方同様、赤ワインの生産量が全体の80%近くを占め、「赤ワインの故郷」と呼ばれている。
その赤ワイン生産量は国内13地区の第1位である。
ぶどう畑はネッカー川とその支流域に栽培面積11,129ha、リースリング種23%、トロリンガー種 23%、Schwarzrieslingシュヴァルツ・リースリング種(ピノ・ムニエ種)16%、レンベルガー種などが栽培されている。
酸味が強く、飲み応えのある力強いワインが特徴である。
XXX
写真はヴァイバートロイ城のお祭りで -
尚、先に掲載した以下の伝説も併せてお読みいただくと、面白いかと・・・。
http://4travel.jp/travelogue/10868161
*伝説:Burg Kriebsteinクリープシュタイン城の
“クリープシュタインの貞淑なる妻Die treue Frau von Kriebstein”
よく似た話に昨春、訪れたザクセンのクリープシュタイン城に伝わる“知恵や機智に富んだ、勇気ある城主夫人の話”がある。
この伝説の不思議な事はザクセンのクリープシュタイン城の話が1415年の出来ごと、このヴァインスベルク城の話は1140年と凡そ300年近い年代の差があるにもかかわらず、似た話である事です。
また、ドイツの東のザクセンと南西部のヴュルテンベルクという、遠く離れた場所であったにも、同じような機知に富んだ城主夫人と女房達のエピソードが生じた面白さなのです。
どちらの話にしても、実にドイツ的に感じられますが、日本ではこういった妻達が良人を担いで難を逃れる“伝説・民間伝承”は聞いた事が無いですね。
写真はWeinsbergの町の女房達の銅像(マルクト広場に?) -
写真は右にWeinsberg、左にSchemelsbergの葡萄畑の景観
-
写真はヴァインスベルクの町の中心・マルクト広場
-
高い城址から、城下町を望むと気分が良いものです。
とりわけ、葡萄畑が広がる景観をみると、気持ちが高揚してしまいます。
≪Burg Weinsbergヴァインスベルク城見学≫
2012年5月26日(土) 11:20〜12:15
Weinsbergヴァインスベルク城址はハイルブロンの東方約5kmにあり、古城街道に名を連ねる古城群の一つだ。
写真はヴァインスベルク城址 -
2世紀の頃、ゲルマン人の来襲に備えて、ローマ軍の防衛ラインが建設された。防衛ラインは世界遺産ドイツ・リーメス街道と今では称されている。
ヴァインスベルクの近くを、ネッカーリーメスのベッキンゲン城砦からオーバーゲルマニシェ・リーメスのエーリンゲン城砦に通じるローマ街道が通っていたと云う。
この町は約1200年の歴史を持ち、13世紀以来のワイン造りでも知られている。町の北西にヴァインスベルク(現在はヴァイバートロイ)城趾のある城山があり、その西側にシェーメルスベルク山がある。この二つの丘陵はともにブドウ畑が斜面を埋め尽くし、見事な景観をつくっている。ここで産するワインの7割が赤と云うから珍しい。
写真は皇帝Konrad IIIコンラート3世と皇妃アグネスの記念柱 -
ドイツ農民戦争では1525年4月16日(イースターの日曜日)にヴァインスベルク城と城下町が、蜂起した農民達に占拠された。城は略奪され、火がつけられ、落城した。
ヴァインスベルク城はそれ以来廃墟となった。
現在、ここでも偶数年毎にヴァインスベルク(ヴァイバートロイ)城趾で、“ヴァイバートロイ野外演劇祭”が催される。人口12千人の町にはヴァイバートロイ博物館、ローマ家屋敷等がある。
写真は一部に残る城壁と下に臨む葡萄畑 -
さて、城址は葡萄畑の中にあると言っても良い。車で上がるには道はなさそうで、南の麓に広い駐車場があり、有難い事に無料だ。
丘を目指して、急斜面を登る。時々休憩をしないと身体がもたない急なものだが、途中の町や周辺の景観は美しい。
丘の中腹に、皇帝Konrad IIIコンラート3世と皇妃アグネスの記念柱が立っていた。まだ最近立てたように新しいが、この城を攻め落とした(1140年)皇帝Konrad IIIコンラート3世を記念したというのも妙なものだが、伝説の主人公(敵役でかつ、或る種の善行を施した人物!)だからなのだろう・・・。
写真は葡萄畑と火力発電所の遠望 -
城に上がると、小さなレストラン・事務所があり、ここで入場料を払う。
入場料Euro3。(冗談に学生ですと言ったら、小母さんEuro2を1.5にまけた!)
左手に小さな礼拝堂と名付けられた建物は1824年建設のもので、中に入ると、実際は礼拝堂では無く、城の歴史展示などに使用されていた。部分的に残った城壁(1500年頃、8〜10m)から見る葡萄畑、火力発電所も遠くに見える。
写真はDicker Turm太っちょの塔(17世紀、直径18m、6mの厚い壁)内の歴史展示 -
中央の台上は広くは無いが、かつての宮廷跡という。ここの平場でも野外劇(2012年7月6日〜7月21日;金土日)の準備が行われていた。
宮廷を囲むように天守閣跡、旗が翻る3階建ての小さな塔、Dicker Turm太っちょの塔(17世紀、直径18m、6mの厚い壁)と、城址を訪れた19世紀の名士たちの名を塔内に刻んだ石のアルバムなどが見られるが、風が強く吹いている城址には殆んど何も残ってない。
写真は城址からの望むヴァインスベルクの町 -
その代わり、城址からの景観のみは素晴しく、古城らしい面白い伝説が残り、その名は広く知られているのだ。
http://www.weinsberg.de/
写真は城址からの望むヴァインスベルクの町
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