2012/01/05 - 2012/01/13
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旅人のくまさんさん
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カスバ街道をひたすら西北方面に向かって、エルフードを目指しました。ワルザザードからエルフードまでは330キロ余、5時間半余りの行程です。サハラ砂漠の西の端のような光景でした。(ウィキペディア、駐日モロッコ王国大使館・モロッコ)
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カスバ街道についての説明です。カスバはアラビア語で『城塞』という意味がありますが、単に『カスバ』といった場合には、『アルジェのカスバ』を指します。アルジェリアの首都アルジェの旧市街を構成する一画の呼称で、世界遺産に登録されています。アルジェは、モロッコの東に隣接する国です。(ウィキペディア)
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『本来のカスバ』とは、オスマン帝国領下の16世紀において、アルジェの丘に建てられたオスマン帝国の太守の城塞のことです。この城塞と海岸線と起伏のある地形に囲まれた一帯で人口が増加し、アルジェの旧市街が形成されました。『オスマン帝国(1299~1922年)』は、15世紀には東ローマ帝国を滅ぼした大帝国です。(同上)
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『モロッコのカスバ街道』は、モロッコ中央部のアトラス山脈南東部にあるワルザザートからティネリールを経てエルラシディアに到る街道の呼び名になっています。城壁に囲まれた要塞である『カスバ』が点在するルートです。(同上)
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カスバ街道沿いの街の紹介です。
〇ワルザザート:カスバ街道の起点で、サハラ砂漠への入口です。人口 56,616人(2004年現在)
〇ティネリール:人口 36,795人(2004年現在)
〇エルラシディア:人口 95,265人(2010年現在)、(同上) -
カスバ街道の観光名所の紹介です。
〇タウリルトのカスバ(ワルザザート):20世紀初頭のマラケシュの司令官だったグラウイが住んでいたカスバ(要塞)
〇ティフルトゥトのカスバ(ワルザザート):タウリルトのカスバと同様にかつてグラウイ家が所有していたカスバ、現在はホテルとレストランとして利用されています。ワルザザートから西へ8キロ。
〇グラウイのカスバ(ティネリール)
〇アイット・ベン・ハドゥの集落:世界遺産に登録されている日干しレンガ造りの要塞化された集落(クサル)、ワルザザートから北西へ25キロ。(続く) -
〇クサル・アイット・ムハメド
〇クサル・ルボウル
〇クサル・エルフルバート
〇クサル・アルトマーマル・ジディド
〇クサル・レクシバ 、(続く) -
〇クサル・メラーブ
〇クサル・グエディム
〇クサル・タルダ
〇クサル・タゾウガルト
〇クサル・ボウデニブ、(同上) -
ここで、『クサル』と『カスバ』の共通点と相違点などを整理しておきます。
〇カスバ:カスバは、すでに紹介したように、アラビア語で『城塞』の意味があり、城塞、城館を指し、主に領主や有力者の居館、住居であった建物です。
〇クサル:既に見学した『アイット・ベン・ハドゥ』のような要塞化した村、集落です。世界遺産の登録名は、『Ksar of Ait-Ben-Haddou』です。(同上) -
『クサル』の語源などについての補足です。『クサル(ksar)』は、アラビア語で城塞を意味する『カサール』の転訛とも、オアシス住民の伝統的村落を意味するアラビア語マグリブ方言ともされます。クサルはアラビア語の『城(qa?r)』のマグリブ方言とされます。『クサール』の表記は、英語・仏語からの転訛です。ラテン語の『カストラ(castra)』とも関連するようです。この言葉は、英語の『キャッスル(城)』に転化しています。(同上)
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正面奥に見える建物は、保存状態が良い、大型のカスバのようです。イメージ的には、城砦そのものの造りに見えました。守りのためか、やはり窓は極めて小さい造りになっていました。手前には、かつて植栽されたものでしょうか、椰子の樹やフェニックスの樹木が見えました。
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廃墟になった建物のズームアップ光景です。土で作られたクサールの建物が、時間をかけて、元の土に戻っていく姿のように見えました。日干し煉瓦については、『木枠の大きさによってレンガの形を調整することができるが、私が目撃したものは25cm×15cm×8cmほどのものであった。専門の職人が作るが、手馴れた者は1日に2000個ほど作るという。(teikokushoin.co.jp)』と、紹介されていました。
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イチオシ
手前には樹木が生い茂り、その先に、現役らしいカスバの建物が見えていました。さらにその背後には、アトラス山脈の冠雪の山並みが連なる絶景になっていました。現役のカスバは、ホテルやレストランとして利用されているようでした。先に紹介した、『ベルモロ・カスバ』と呼ばれるカスバを改装したホテルなどのようです。
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推測になりますが、かつての庭木だったような樹木と、サボテンの光景です。雨水だけで生き延びてきたようです。『サボテン(仙人掌)』は、ウチワサボテンのようでした。砂漠の植物とはいえ、その生命力には敬服させられます。その周りでは、野草も頑張っていました。
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『AUBERGE RESTAURANT(オーベルジュ・レストラン)』の文字が記された白い看板の光景です。オーベルジュは地名らしく、トドラ渓谷見学の拠点になるホテルなどもあるようでした。目の前に見える建物ではなく、左折して450メートルと案内されていました。目の前に見える建物も現役のホテルか、レストランのようでした。
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廃墟になったクサルらしい建物の紹介が続きます。この辺り一帯には、全く人が棲んでいる気配はありませんでした。専ら観光資源として、最小限度の管理がされている建物群に見えました。立入り制限の表示はありませんが、獲物内に入るのは、止めておいた方が良さそうです。
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同じく、廃墟になったクサルらしい建物の紹介です。土造りのカスバの場合、人がすまなくなってから、10~20年ほどで次第に廃墟になってしまうようです。人が住まうことで保ってきた土造りの建物です。炊飯などによる、適度な水分と、随時の補修などが不可欠のようでした。
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3階建てほどの造りに見える建物廃墟の光景です。コンクリートを使った建物ではなく、地元の土を使った干しレンガ造りの建物のようでした。こちらに面した部分には大きな窓の姿はなく、の簿記窓や、銃眼程度の大きさの跡が見えていました。3階建てのカスバの場合、1階は家畜小屋で2階が食糧庫、そして3階が住居となっているようです。
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これで、廃墟になったカスバの見学はお終いです。名前は分かりませんでしたが、クサルだったかも知れません。西北方面に向かって再出発です。向かう先はエルフードの町です。サハラ砂漠の西端付近のドライブですが、サハラ砂漠は、アメリカ合衆国の広さに匹敵し、アフリカ大陸の3分の1を占める世界一の広大な砂漠です。
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カスバ街道添いの集落の光景です。近代建築の建物群ですから、モロッコの観光政策に呼応して出現した、新集落のようでした。この後、砂漠の光景が続きますので、『サハラ砂漠』についての説明をしておきます。サハラ砂漠は、アフリカ大陸北部にある砂漠です、氷雪気候の南極を除くと世界最大の砂漠です。(ウィキペディア)
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サハラ砂漠は、南北1,700キロメートルにわたり、その面積は約1,000万平方キロ、アフリカ大陸の3分の1近くを占めます。アラビア語の『サハラウ』は、元来『何もない』、『砂漠』、『荒野』を意味する一般名詞ですが、北アフリカなどでは日常的に『サハラ砂漠』を指すことから、そのまま固有名詞としてヨーロッパの言語に定着しました。(同上)
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アラビア語で明示的にサハラ砂漠を指すときには、『アッ=サハラーゥ・ル=クブラー』、『最大なる砂漠」などと呼ばれています。中国旅行の時には、日本語の『ゴビ砂漠』は、中国語に訳すれば、『砂漠・砂漠』になります、と教えて貰ったことがあります。中国では『ゴビ』が『砂礫の砂漠』の意味ともお聞きしました。(同上)
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『サハラ砂漠』が、言葉を重ねる重複表現であることを紹介しましたが、『ゴビ砂漠』も二重表現です。『馬から落馬する』、あるいは『頭痛が痛い』のように、同じ意味の語を重ねる『重言(じゅうげん、じゅうごん)』とも呼ばれます。英語やフランス語では、砂漠を意味する語を添えずに、単に 『The Sahara』、『Le Sahara』と呼ばれるようです。(同上)
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サハラ砂漠全体の人口は約2,500万人とされ、そのほとんどはモーリタニア、モロッコ、アルジェリアに住みます。サハラ砂漠内で最大の都市は、モーリタニアの首都ヌアクショットです。そのほかの重要な都市としては、ヌアディブー、タマンラセト、アガデズ、セブハ、インサラーが挙げられます。(同上)
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サハラ砂漠は大西洋に接します。東側はエジプトに面し、スーダンとニジェール川を南の境とします。標高300メートル程度の台地が広がり、中央部にはホガール山地(アルジェリア南部)、アイル山地(ニジェール北部)、ティベスティ山地(チャド北部)があります。
*写真は、アトラス山脈の冠雪光景です。 -
イチオシ
サハラ砂漠の最高点は、チャド 北部と リビア 南部にまたがるティベスティ山地の、標高3,415メートルのエミクーシ山です。砂漠の構成は、約70パーセントが礫砂漠で、残りが砂砂漠と山岳・岩石砂漠です。(同上)
*写真は、砂漠の中にぽつんと立った新しい建物と、小高い場所の年代を経たらしい建物の光景です。 -
サハラ砂漠は、アフリカ大陸を北アフリカとサブサハラ(サハラ以南)に分割しています。二つの地域は、気候の上でも文化の上でも大幅に異なります。サハラ砂漠より北は地中海性気候であるのに対し、砂漠の中は砂漠気候です。一方、砂漠の南端はステップ気候帯に隣接し、南部限界は、年150ミリの降水量線に相当しています。(同上)
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サハラ砂漠の成因は、ハドレー循環による北緯20度から30度にかけての亜熱帯高圧帯の直下に位置し、年中アゾレス高気圧に覆われることによって降雨が起こらないこととされます。アゾレス高気圧は、北大西洋に現れる亜熱帯高気圧です。中心部はアゾレス諸島付近で、夏に優勢で東に張り出します。
*写真は、次に目にした街道添いの村落です。 -
インドや中国南部のように、この緯度にあっても地形の関係で大量の降雨がある地域もありますが、サハラ砂漠は、アジアのヒマラヤ山脈のような広域気象に影響を与えるような大山脈が存在せず、北のアトラス山脈を除いてはほぼ平坦な地形であることから、緯度がそのまま乾燥度に関係し、広大な砂漠を形成しています。(同上)
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しかし、亜熱帯高圧帯は地球全体の気象の変化によって数千年単位で北上と・南下を繰り返すため、過去には何度も湿潤地帯となったことがありました。サハラ砂漠は、エジプト、チュニジア、リビア、アルジェリア、モロッコ、西サハラ、モーリタニア、マリ、ニジェール、チャド、スーダンに及びます。砂漠地形は風と季節雨が形成します。(同上)
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サハラ砂漠には、砂丘、砂平原、砂海(エルグ)、岩石高地(ハマダ)、礫平原(レグ)、涸れ谷(ワディ)、塩類平原(シャット)などがあります。エルグは砂丘が連なる光景で、サハラ砂漠といえばまず連想される光景ですが、エルグは砂漠全体の14パーセントに過ぎず、多くは台地状の岩石砂漠です。(同上)
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