2012/01/05 - 2012/01/13
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旅人のくまさんさん
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複雑な迷路で有名な、フェズ旧市街の紹介です。要塞跡がある丘の上からの眺望も見応えがありました。王宮の扉の彫金を一手に引き受けられている、彫金家のお店にも立寄りました。(ウィキペディア、駐日モロッコ王国大使館・モロッコ)
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イチオシ
フェズ旧市街には、家屋が密集し、14世紀の最盛期にはおよそ100,000人の市民が居住していました。武器博物館の裏には、マリーン朝王族の墓地が広がっています。フェズは、イスラム教徒だけでなくユダヤ教徒にとっても重要な町とされています。
*写真は、『フェズ・エル・ジュディド(新しいフェズ)』王宮門の光景です。見学に訪れた、この金属細工店主の彫金細工とお聞きしました。(同上) -
王宮の仕事を担っている金属細工店だけに、店内に飾ってあった各種の金属製品は、見事な品ばかりでした。これは近代感覚のデザインも感じさせるシャンデリアの上部分の光景です。推測ですが、日本で例えれば、人間国宝クラスの彫金細工の技術を持った店主の方のようでした。(同上)
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同じく淡い色をした天井灯の一部か、その台座のようです。これは明かりが灯っていませんでした。灯れば、また違った世界が出現しそうでした。大型の花が開いたような細工の天井灯のようでした。この後は、マリーン朝が滅びた15世紀以降のフェズの状況などについて紹介します。(同上)
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15世紀のマリーン朝の滅亡後に成立したワッタース朝は、フェズを首都とし、1549年にフェズはマラケシュを本拠とするサアド朝の支配下に入りました。フェズは外来者の受け皿となり、グラナダの『ナスル朝(1232年~1492年)』の滅亡によって生じた難民を受け入れ、アルジェリアやサハラ砂漠からの移民のための居住区が建設されました。(同上)
*写真は、店内のシャンデリアの展示光景です。 -
16世紀以降、断続的に起きる反乱によってフェズの町は衰退していきました。その後、17世紀に成立した『アラウィー朝(1631~1956年)』は、フェズを首都に定め、宗教・学問・商業の中心地として繁栄しました。1911年にフェズはフランスによって占領され、翌1912年に締結されたフェズ条約によってモロッコはフランスの保護下に置かれました。フランス統治下のフェズは軍用地域と市民用地域に分けられ、移動は制限されていました。(同上)
*写真は、展示販売品の数々です。 -
1916年にフランス人居住区として第三の市街地(ヴィル・ヌヴェル)が建設され、フェズに三つ目の市街が形成されました。新市街は幅の広い道路が直角に交差する近代的な構造で、さながら迷路のような旧市街と対照的な町並みとなっています。また、フランスによって公布された旧市街に新たな建築物を建てることを禁じる法令は、旧市街の景観の維持に一役買いました。(同上)
*写真は、展示販売品の金属製の大きな壺などです。全面に精緻な彫金とさ異色が施されていました。 -
フェズのこのような状況下で、フェズのイスラーム法学者は、ラバトの知識人と共にモロッコの民族独立運動の担い手として、フランスへの抗議活動に参加しました。第二次世界大戦期のアフリカでの植民地戦争において、フェズはレジスタンスの拠点となりました。(同上)
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1956年のモロッコ王国の独立後、フェズの外周に『シテ・ポピュレール』と呼ばれる新たな住宅地が拡大しました。シテ・ポピュレールには集合住宅が建てられ、病院、学校、道路などの施設や工場が整備されました。1956年は、日本では昭和31年のことになります。(同上)
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1976年以降、フェズ知事と市議会、市域外の地方議会による行政システムが導入されました。1990年12月14日、労働組合のストライキに端を発する暴動が起きました。暴動の後、旧市街、新市街、フェズから約25キロ南にある町セフルーの三つの地域に行政を担う知事が任命されました。(同上)
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フェズの経済についての紹介です。旧市街では105種類の手工業が営まれていると言われています。手工業に携わる職人たちは階級制に基づく同業者組合を結成し、それぞれの組合で伝統的な規則が敷かれています。職人たちが有する伝統的な技術の継承が奨励されていて、伝統工芸の中でも皮なめしが特に有名です。フェズには木綿、羊毛を扱う繊維業、精油、石鹸、なめし皮の工場が置かれています。旧市街にはなめし皮、染色、陶工などの工房、それらの手工芸品を販売する商店が路地に密集しています。後ほど写真紹介します。(同上)
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素晴らしい技術の彫金細工店の見学を終え、次はフェズ旧市街を眺めながら、旧市街が眺望できる要塞跡に向かいました。途中からは、徒歩ではなく、観光バスに送って貰いました。ここはまだ、フェズ旧市街です。フェズの経済紹介の続きです。旧市街東のフェズ川下流の急斜面には、タンネリ(タヌリ)と呼ばれる川染めの工場が置かれ、モロッコ内で最大の規模を誇ります。(同上)
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ここでは、フェズブルーという名前の陶器が多く生産され、モスクの屋根瓦や食器として使われています。皮なめしの工房は汚水を排出するためにフェズ川下流に設置されていて、悪臭と染料による汚染の対策として搬入・搬出は大通りから外れた通路で行われています。町は革製品、絹のショール、赤色の帽子の取引の中心地でもあり、帽子は町の名前にちなんで『フェズ』と呼ばれています。(同上)
*写真は、両側から建物が迫った裏通りの光景です。この種の街路は、ユダヤ人街と呼ばれる場所で幾度か目にしたことがあります。 -
フェズ・エル・バリと呼ばれる地区は、チュニジアのケルアンからの移住者の居住区が元となったフェズ川西岸のカイラワーン地区と、イベリア半島からの移住者の居住区が元となった東岸のアンダルス地区で構成されます。この二つの地区は、川をまたぐ市壁に囲まれています。フェズ・エル・バリと市外を隔てる厚い市壁には、次に紹介する八つの門が設けられています。(同上)
*写真は、鍵が二重に掛けられた狭い通りの建物光景です。 -
嗜癖に設けられた八つの門は、次の通りです。(同上)
〇ブー・ジュルード門(最初に見学した門です)
〇ハディード門
〇ジャディード門
〇フトウ門
〇クウーカ門
〇シディ・ブー・シダ門
〇ギッサ門
〇ショルファ門
*写真は、城壁内の露店の光景です。マネキンが並んでいました。 -
八つの門のうち、西に建つブー・ジュルード門が旧市街の正門とされています。また、ギッサ門とハディード門はフェズの建設初期から存在していたと考えられている門です。城門は交易上重要な方角に設置されていて、フトウ門は東のアラブ世界、ギッサ門は北のイベリア半島、ブー・ジュルード門は西のメクネスやラバトに面しています。(同上)
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ブー・ジュルード門の外壁と柱頭は幾何学模様のズッリージュ(コバルトの陶製タイル)で彩られ、主門と脇門には馬蹄型のアーチが架かります。ブー・ジュルード門の周辺には、肉や野菜といった生鮮食品を扱う店が集まっています。門から町の中心に向かう主要街路が伸びていて、ブー・ジュルード門から北東に伸びるタラー・ケビラとタラー・セビーラの二本の道路がメインストリートに相当します。(同上)
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タラー・ケビラは、タラー・セビーラに比べてやや広いですが傾斜は急で、通りの途中には階段になっている部分もあります。タラー・ケビラよりも新しいタラー・セビーラは、やや緩やかですが道幅は狭く、どちらの大通りもカラウィーン・モスクに通じています。南のジャディード門から伸びるアーメド・ベン・エル・アラウィー大通りは、旧市街を通る唯一の自動車道です。(同上)
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旧市街の門を潜った後で、観光バスに乗り込むことが出来ました。バスに乗ってしまえば、旧市街を見下ろせる要塞跡の丘まではあっという間です。八つの主要街路は、枝分かれした街路によって互いに接続され、街路から伸びた袋小路の先には個人の住宅が現れます。(同上)
*写真は、旧市街の外の幹線道路の光景です。 -
旧市街の街区は、門やアーチで区切られていて、長い袋小路の中には街区として設定されているものも多くあります。中庭の確保と交互に配置された入口による住居のプライバシーの確保、通りに面して作られた建物に併せて住宅や路地を建設する工程のため、フェズの旧市街には曲がりくねった路地や袋小路が多く現れました。(同上)
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旧市街の道は、曲がりくねっている上に高低差があり、見通しも悪い迷路のような形状になっています。道幅は広い部分で6メートル余り、狭い部分では1メートル以下で、広い通りは少なく、狭い通りが多い旧市街です。狭い通りや路地の両側は高い壁に挟まれていることが多く、家屋の入り口となる扉がまばらに見られます。先ほどその一部を見学してきました。(同上)
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坂の傾斜が緩やかな地形には、モスク、ザーウィヤ(霊廟)、ハンマーム(公共浴場)、フンドゥク(隊商宿)などの大規模な施設や、大きい邸宅が建てられています。複雑な路地と100メートル以上の高低差による立体的な迷路性が合わさって、旧市街に入り込んだ人間を混乱させると言われています。地形の高低差があるフェズには、街路にまたがって建てられたモスクも見られます。(同上)
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地区内のところどころに小さなモスクやハンマーム(公共浴場)、小規模の店舗がまとまって配置され、いくつかの主要街路は道の両側に商店が並ぶスーク(市場)となっています。スーク内の店の敷居は通りよりも高く、業種の同じ店が固まっています。その街路の一部が次第に見渡せるようになりました。(同上)
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フェズ川沿いにはなめし皮職人街であるシュアラが広がり、シェッラティーン通りには民族衣装を扱う店が並んでいます。ハンマームの構造は、地形の高低が生かされていて、湯を沸かすために火を使う場所を低地に置き、入り口は高い場所に設けられています。(同上)
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イチオシ
フェズ・エル・バリの家屋の多くは中庭を持ち、それぞれ異なる形や敷地面積を有しています。基本的に家屋にファサードは設けられてなく、入り口の扉だけが街路に面していることが多いとされます。家屋の入り口の扉は対面の家の入り口と真っ直ぐ向かい合わないように作られていて、お互いの家の中を覗き込まないように工夫されています。(同上)
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邸宅の増改築について、かつては工事を手がける職人と一部の住民の間に共通の規則が存在していて、工事にあたって住民間のプライバシーの確保、住宅地と公共施設の分離が徹底されていました。入り口の扉は木の細工と鋲で飾り付けられ、多くの扉には『ファーティマの手』と呼ばれる魔除けの付いた二つのノッカーがあります。これも先に写真紹介しました。(同上)
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イチオシ
二つのノッカーが付けられている理由については、家人と来客の区別をするため、徒歩で訪れた客と馬で乗りつけた客の両方に応対するためなど説があります。住宅の敷地の形状や大きさはそれぞれ異なり、街区の奥に進むほど豪華な造りの住宅が見られます。中庭が住宅の中心となっていて、建物の配置はロ字型、コ字型、二時型、L字型に分類できます。(同上)
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名前:『ザクロ(柘榴)』
分類:ミソハギ科ザクロ属
分布:西南アジアや中東の原産とされます。
その他:原産地は、トルコ・イランから北インドのヒマラヤ山地に至る西南アジア説、南ヨーロッパ原産説、カルタゴなど北アフリカ原産説等があります。(同上) -
敷地に余裕がある豪邸ではロ字型が採用されていることが多く、面積が狭まるにつれてコ字型、二時型、L字型とスペースを節約できる構造が採用されるようです。いずれの構造の住宅でも左右対称性が重視されていて、向かい合う部屋の大きさはほぼ同じであることが多いようです。中庭が小さい割に周りを囲む建物は高く、部屋は奥行きが狭く横幅が広い造りです。(同上)
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中庭の面積と比べて周囲の壁面が高い構造は、古代ローマの住宅(ドムス)と共通しています。中庭の周囲の構造は、列柱が並ぶ2階建ての回廊が中庭を囲むギャラリー型が最も多く、他に2階が吹きさらしのテラスになっているテラス型、部屋の壁が直接中庭に面しているウォール型の二種が存在します。(同上)
*写真は、フェズ旧市街に向かって左手の丘の光景です。 -
シリア、イラン、イラクの住宅と比べて、フェズ旧市街の住宅では中庭が室内空間として積極的に利用されています。中庭の上に簡素な屋根が取り付けられると、その傾向はより顕著になります。中庭を積極的に利用して開放感を高めようとする構造は、人口密度が高いフェズの住民が生み出した生活の知恵とも言えます。(同上)
*写真は、フェズ旧市街に向かって左手の丘のズームアップ光景です。
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