2012/01/05 - 2012/01/13
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旅人のくまさんさん
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アイト・ベン・ハッドゥは、敵の侵入を防ぐため、集落への入口は一つ、通路は入組んでいます。1階は窓がなく、外壁には銃眼が施されています。集落の最上階には篭城に備えて食料庫があります。(ウィキペディア、駐日モロッコ王国大使館・モロッコ)
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イスラム史上最初の世襲イスラム王朝である、『ウマイヤ王朝(661~750年)』は、ペルシャ帝国や東ローマ帝国との戦いに勝ち、世界帝国となりました。その時、現在のモロッコも支配下に置かれ、イスラム化されました。アラブ人に追われたベルベル人が、アトラス山脈を越えたのが7世頃とされます。ウマイヤ朝の首都は、ダマスクスでしたが、750年にアッバース朝滅ぼされました。ウマイヤ家の中で難を逃れた人々は遠く西方に逃れ、イベリア半島に入って『後ウマイヤ朝』を建てました。アブド=アッラフマーン1世は、コルドバを都として独自の文化を生み出しました。(ウィキペディア)
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入り組んだ通路から見上げた光景です。壁に飾りのようなものがありましたが、積み重ねられた陶器の壺でした。この不思議な光景は、飾り以外の目的もありそうでした。
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山のような景色ですが、大きな建物の屋根のようにも見えました。城壁の外に位置し、側面には出入口らしいものが見えましたから、単なる小山ではないようです。
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この写真ですと、小山のような丸屋根の建物の側面がもう少し見えます。出入り口は見えませんが、窓のようなものがありました。住居に適した造りではないようですから、倉庫あたりでしょうか。
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夕暮れ時ですから、次第に周りが薄暗くなってきました。見晴らしが利く、高い場所を目指して登る途中の光景です。アイト・ベン・ハッドゥ自体が、丘を利用して築かれているようでした。
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だいぶ高い位置まで登ってきたようですが、後は日没との競争でした。丸い屋根というより、お椀を伏せた形の建物の全景が見あるようになりました。右手にはマレ川が見えています。
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アイト・ベン・ハッドゥの中から眺めた月夜の光景です。ところで、モロッコ、とりわけアイト・ベン・ハッドゥが映画のロケ地に使われる理由ですが、砂漠の中のエキゾチックな景色のほかに、国の王様、モハメド6世が率先して、映画のエキストラに軍隊を貸し出すことも大きいようです。迫力ある戦闘シーンは、このエキストラが活躍しているようです。
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まだまだ坂道は続きます。軍隊の貸し出し以外の理由のほかには、周りの景色や物価の問題もあるようです。いくつか列挙しますと、①サハラ砂漠がすぐ近く、②雪を被ったアトラス山脈が背景、③田舎で物価が安い、④国が撮影機材の持ち込みを認め、無課税、などがあるようです。
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時々立ち止まっては、後方や、城壁街の光景に目を遣りました。城外の目印は、お椀を伏せたような丸屋根の家と、その先に見えていたマレ川です。お椀を伏せた屋根が、丁度地平線と重なりました。
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アイト・ベン・ハッドゥの中に目を戻します。人を容易に寄せ付けない造りの家並み光景です。家の明かりもなく、建物の中からの物音もしませんでした。
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さらに上を目指します。中央上部に、一番高そうな位置の建物が見えていますが、近付けば、もっと高い場所の建物が隠れているかも知れません。
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これから登る予定の、城塞村の上方のアップ光景です。石垣と、窓がほとんどない建物だけの光景です。石垣の積み方は、日本では『野面積(のずらづみ』と呼ばれている積み方のようでした。
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まだ何とか月明かりだけで、アイト・ベン・ハッドゥの中の建物などの輪郭が識別できました。マレ川を挟んだ対岸の村に、明かりが灯ってきました。こちらの城塞は暗いままです。
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登ってきた後方を振り返っての撮影です。見張り台のような高い建物が見えています。その右端に朧月がありました。暗くなって、デジカメでは、写真撮影がだんだんと難しくなってきました。
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対岸の村の明かり以外では、朧月の明かりだけが頼りになってきました。なにしろ、ほとんど人が住んでいない城塞村ですから、家の明かりや街灯がありません。
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あっという間に暗闇の世界になってきました。現在は、住んでいる人がほとんどいないアイト・ベン・ハッドゥですから、頼りは月明かりだけになってきました。
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空には少し明るさが残っていましたが、周りはすっかりと漆黒の世界になりました。僅かに見える明かりは、マレ川の対岸の村の電灯のようです。そのマレ川に明かりが映り込んでいるようです。
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空の明るさも次第に暗闇に変わってきました。月明かりに照らされたマレ川が、僅かに判別できるだけになりました。西の空になるのでしょうか、空に最後の明かりが残っていました。
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砂漠方面の光景です。家の形や城壁などはほとんど識別できなくなりました。僅かに判別できるのは、空と地平緯の境目だけです。城塞を立ち去る時間になったようです。
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頂上付近まで登った人達もいたようでしたが、登っても見晴らしが利きませんから、私は途中で断念しました。足元に気を付けながら、下り始めた途中での撮影です。マレ川の対岸の街の明かりが識別できる場所まで来ました。
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橋を渡って、バスが待つ対岸の村のエリアに戻ってきました。ほとんど見えなかった街並み光景ですが、僅かばかり壁の文様が識別できる場所がありました。
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すっかり暗くなった帰り道です。この場所だけが、お店の明かりと街灯で明るくなっていました。砦の頂上まで登った方達もいましたので、全員が集合するまで、暫く時間がかかりました。
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月明かりだけが頼りの暗闇では、1個の街路灯が眩しいくらいに明るく感じました。旅行計画書に記してはありませんでしたが、小さな懐中電灯があれば随分助かる見学でした。
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明かりが灯っていた村のお店の光景です。飲み物などの買い物は必要ありませんでしたから、離れた場所からの撮影です。あとは、ワルザザードのホテルまでバスで直行です。
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ワルザザードで泊まったホテルの光景です。マラケシュからワルザザードまでの移動は約200キロ、『アイト・ベン・ハッドゥ』の見学の時間を除けば約3時間の行程でした。泊まったホテルの洗面室の光景です。
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エアコン施設の紹介です。使うことはありませんでしたが、室内機がセットされていました。卓上付近を探せば、リモコンが見つかるかもしれません。
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枕元の光景です。床はタイル張り、脇にはクラシックな作りの木製のクローゼットがありました。中々の雰囲気です。今日一日、良く歩きましたので、ぐっすりと眠れそうでしたが、運悪く、寒さで邪魔されました。
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入口ドアの光景です。過去に開閉の不具合があったのか、ロックの部分がかなり壊れていました。鍵はポケットに収まりきれない程の大きさの、木製ホルダーが付いていました。
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カーテンが付けられた窓辺の光景です。外が明るいですから、翌朝の撮影だったようです。1泊したホテルは、フランス風の『ル・フィント・ホテル』の名前でした。
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ロビーに掲示してあったワルザザードの市街地図です。ワルザザードは、モロッコの主要都市の一つです。オウアーザゼート空港が表示されていました。
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