2012/01/05 - 2012/01/13
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旅人のくまさんさん
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世界文化遺産のフェズ旧市街の紹介です。要塞跡の丘の上からの眺望を満喫した後、迷路で有名な旧市街の見学に向かいました。染色店街や陶器製造店がある一角の見学です。(ウィキペディア、駐日モロッコ王国大使館・モロッコ)
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フェズのモスクとマドラサ(神学校)の紹介です。857年頃にカイラワーン地区に建立されたカラウィーン・モスクは、アラブ人富豪の娘ファーティマが建立した礼拝堂が元になったモスクです。当初は個人的な礼拝所として使用されましたが、859年には宗教教育を始め、現存する世界最古の大学とも言われます。(ウィキペディア)
*写真は、要塞跡の丘の上からのフェズ旧市街の光景です。 -
建設初期のカラウィーン・モスクの上部に架けられていたアーチ、アーチを支える柱の形状は明らかになっていません。後ウマイヤ朝時代の956年に完成したミナレットには、パラペットとドーム部分を除いてコルドバ風の建築様式が採用されていて、アーチはコルドバ風の円頭馬蹄型をしています。ミナレットはイドリース2世の剣の上に建てられたという伝承が残り、フェズに存在する他のモスクのミナレットの高さはいずれもカラウィーン・モスクのミナレットの高さを考慮して設計されたと言われています。(同上)
*写真は、要塞跡の建物光景です。 -
ウマイヤ朝の時代に初期のモスクに備わっていた北側の中庭は取り壊されて拡張工事が行われ、新たな中庭が作られました。『後ウマイヤ朝(756~1031年)』時代に拡張された部分のうち、開口部の柱とアーチにはレンガ、外壁にはある種のセメント、ミナレットには石が建材として使われています。ムラービト朝時代の1134年に最後のカラウィーン・モスクの拡張工事が行われ、この工事によって天井を飾る複雑なムカルナスが追加されました。また、マグリブで最も古く、そして美しいと評価されるカラウィーン・モスク付設の死者の葬儀用の礼拝所は、ムラービト朝時代に増設された施設です。(同上)
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カラウィーン・モスクの中庭には黒タイルが敷き詰められ、庭を囲む壁は多色タイルや木や石の彫刻で装飾されていて、装飾の主要な部分はムワッヒド朝時代に制作されました。ムワッヒド朝によってムカルナスの装飾が白く塗りつぶされたため、上塗りを部分的に取り除く修復作業が進められています。(同上)
*写真は、丘の上からのフェズ旧市街の周りの光景です。 -
イチオシ
17世紀前半に、グラナダのアルハンブラ宮殿の獅子の中庭のパビリオンを模した二つのパビリオンが中庭に建設され、パビリオンの中では泉が湧き出ています。カラウィーン・モスクを建立したファーティマの姉妹であるメリアムは、アンダルス地区に質素な造りの小礼拝堂を建立し、礼拝堂は後のアンダルス・モスクの原型となりました。(同上)
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956年にカラウィーン・モスクと同じくアンダルス・モスクにもミナレットが建立され、ムワッヒド朝のムハンマド・ナースィルによって大規模なモスクの再建工事が実施されました。モスク北の大門の扉には彫刻が施された木のひさしが取り付けられていて、モスクの建築の中でも高い評価を受けています。(同上)
*写真は、少しズームアップしたフェズ市街の光景です。 -
16世紀にサアド朝のスルタンによって中庭に水盤が寄贈され、アラウィー朝のムーレイ・イスマーイールによって水盤が修復されました。1323年から1325年にかけて建立されたアッタリーン・モスクには、化粧漆喰とタイル装飾が施されています。アッタリーン・モスク付属のマドラサ(神学校)は非イスラム教徒も入場することができ、屋上に登ることもできます。(同上)
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これらのマドラサに共通する点は、洗浄のための水盤とアーケードを備えた中庭が挙げらています。アッタリーン・マドラサの中庭はモザイクタイル、タイル画、彫刻された漆喰(スタッコ)、木彫金彩などで装飾され、その鮮やかさは細密画にも例えられています。マドラサ内部の生徒用の小部屋の窓枠、祈祷室に吊るされたシャンデリアの美しさが高く評価されています。(同上)
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イチオシ
『アッタリーン・マドラサ』等、13世紀から15世紀のマリーン朝時代に建設されたマドラサは、マグリブで最も美しい建築物と評されています。1350年から1357年頃に、第12代君主『アブー・イナーン・ファーリス(在位:1348~1358年)』は学問と礼拝のためにブー・イナーニーヤ・マドラサを建設しました。(同上)
*写真は、要塞時代の大砲の遺物のようです。 -
『ブー・イナーニーヤ・マドラサ』は、1階と2階いずれも円柱に支えられたアーチが、瑪瑙の1種のオニキスが敷かれた中庭を囲む構造になっています。フェズ川から引き込まれた水路が、中庭と礼拝所の間を流れ、礼拝所の両端に橋が架かります。垂れ下がりアーチを備えた講義室が、中庭を挟んで東西に向かい合い、1階と2階には学生用の宿舎が置かれています。講義室は1階と2階を貫き、天井はムカルナスの装飾で覆われています。(同上)
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ブー・イナーニーヤ・マドラサは、中世マグリブの建築技術の粋を凝らしたものと言われ、建築中のマドラサを見た旅行家イブン・バットゥータはカイロ郊外のスィルヤークスに建てられたザーウィア(イスラム教徒のための修行所)よりも数段上だと驚嘆しました。マドラサの北西には高いミナレットが併設されていて、かつてはミナレットの中に精巧な水時計が置かれていました。1321年から1323年にアブー・アルハサン・アリーによって建設されたサフリージュ・マドラサの名前は、7種類のコーランの詠唱法が教えられていたことに由来し、留学生だけを受け入れていました。(同上)
*写真は、屋上に掲げられたモロッコの国旗です。 -
カラウィーン・モスクとブー・イナーニーヤ・マドラサの付近には、キサリアと呼ばれる複数の店舗が入居する商業施設が建てられています。カラウィーン・モスクに近接するキサリアは、フェズのスークの中心となっています。カラウィーン・モスクのキサリアは、13世紀にマリーン朝の第7代君主の『アブー・ヤアクーブ・ユースフ(在位:1286~1307年)』によって建てられました。(同上)
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カラウィーン・モスクのキサリアは、1954年に火災によって焼失しましたが、コンクリート製の建物で再建されました。また、モスクにはマドラサ以外に公衆トイレが独立した建物として併設されています。トイレは敷き詰められたタイルで装飾され、中央には泉が湧き出ています。(同上)
*写真は、要塞跡の建物の中から眺めた、丘の上の周りの光景です。 -
今までに紹介した以外の歴史的建造物の紹介です。ヒジュラ暦841年ラジャブ月(1437年12月29日~1438年1月27日)に建立されたザーウィア・ムーレイ・イドリースは、町の建設者であるイドリース2世の霊廟であり、18世紀に再建されました。棺には毎年新しい絹の聖布が掛けられます。(同上)
*写真は、丘の上から眺めたフェズ旧市街のズームアップ光景です。 -
モロッコ内の他の宗教施設と同じく、廟には非イスラム教徒の立ち入りは禁止されていて、信者は銅版に開けられた穴に手を入れてイドリース2世の墓に触れることができます。誤ってロバやラバが廟に入らないよう、廟に向かう道には高さ1.6mほどのガードが設置されています。(同上)
*写真は、同じく、フェズ旧市街のズームアップ光景です。 -
19世紀に建立されたアラウィー朝の宮殿は、グラナダのヘネラリーフェ離宮を模して造られた建物で、1912年以降は事実上放棄された状態にあります。門付近とタラー・ケビラ、タラー・セビーラの周辺には、多くのフンドゥクが建てられていて、特にギッサ門からカラウィーン・モスクに至る通りの両側に集中しています。(同上)
*写真は、フェズ旧市街のズームアップ光景が続きます。 -
イチオシ
旧市街には100以上のフンドゥクとその遺構が存在し、宿として営業を続けているものもあれば、工房、観光客向けの店、倉庫などに転用されているものもあります。14世紀に建設されたフンドゥク・テトゥアニーは、3階建ての建物で工房・倉庫として使用されています。(同上)
*写真は、ミナレットなども見えるフェズ旧市街の光景です。 -
フンドゥクの2階部分と3階部分の手摺には、ムシャラビーヤと呼ばれる組子細工が施され、入り口の簗と天井はマリーン朝様式の幾何学模様で飾られています。17世紀後半に建設されたフンドゥク・サガーは、アラウィー朝時代の建築様式をよく残したものといわれ、中庭には大きな天秤が吊るされています。(同上)
*写真は、フェズ旧市街のズームアップ光景紹介の締め括りです。 -
フンドゥク・ネジャリン(ネジャリン木工芸博物館)の前には周辺には広場があり、家具店が集まっています。ブー・ジュルード門の西に隣接するカスバは、かつて軍事基地として使用され、現在敷地内には病院や中学校が設置されています。旧市街周辺の丘には墓地、イスラームの聖者の小さな霊廟が点在します。丘の上の墓はいずれも西を向いていて、墓地は市民のくつろぎの場にもなっています。(同上)
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『新しいフェズ』の意味の『フェズ・エル・ジェディド』の紹介です。13世紀にマリーン朝によって建設されたフェズ・エル・ジェディドは、ブー・ジュルード公園を挟んでフェズ・エル・バリの西に位置します。フェズ・エル・ジェディドの宮殿建築は残っていませんが、市壁の大部分は改修されています。(同上)
*写真は、要塞跡の丘を下る途中の中腹の光景です。 -
1395年に改修された金曜モスクは、縦54メートル、横34メートルで、礼拝所は伝統的なT字型の構造です。回廊に囲まれたモスクの中庭は、アルジェリアのトレムセンのモスクに着想を得たものだと考えられています。1886年にはイタリアの使節団によって旧ミシュワール地区に建設された武器工場は、輸出用のモロッコ絨毯の工場に改修されていいます。(同上)
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15世紀にユダヤ人の居住区域のメッラーフが、フェズ・エル・ジェディドに建設されるとフェズ・エル・バリのユダヤ教徒の多くはメッラーフに移住し、1465年に起きたマリーン朝を滅亡させたフェズの住民反乱とそれに伴うユダヤ教徒の虐殺の後、フェズ・エル・バリのユダヤ教徒のほとんどがメッラーフに移りました。(同上)
*写真は、フェズ旧市街の城壁光景です。 -
時代が経つにつれてメッラーフのユダヤ人のほとんどは国外に移住したため、メッラーフに住むユダヤ人は非常に少なくなり、往時は五つあったシナゴーグも一つに減りました。ユダヤ人が去った後も、メッラーフには凝った造りの木のバルコニーや新古典主義様式の列柱が立ち並ぶファサードを備えた邸宅、20世紀初頭の建築様式によるビルが残ります。(同上)
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メッラーフ南の斜面にはユダヤ人の墓地があり、時にはメッラーフを出た人達も墓参りに訪れます。
次は、『都市建築の保全活動』の紹介です。フランス支配時代の初代モロッコ総督『ルイ・リベール・リヨテ(1854~1934年)』は、1912年にモロッコ各都市の歴史建築を文化財として登録し、建物の保護を試みました。(同上) -
リヨテの統治時代、フェズの文化財の大半はマドラサで占められ、マドラサ、フンドゥク、カスバ、城壁、城門はフェズ出身の職人によって修復されました。安全の保証、モロッコ人との衝突の回避のために、フランス人の旧市街への入居は禁止され、1914年には旧市街全体の開発が禁止されました。(同上)
*写真は、染色店街見学に向かう途中の光景です。門を挟んだ旧市街光景です。 -
リヨテの保護政策は、フンドゥクやカスバなどの基礎建築と記念碑的建築のみを対象としていました。街区、通りの袋小路、邸宅といった住環境には及んでいなかったとされます。リヨテが任期を終えてモロッコから去った後、文化財の保護政策は停滞しました。リヨテは、フランスのロレーヌの古い軍人の家系に生まれ、元帥まで務めました。(同上)
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1956年のモロッコ独立後、旧市街の居住者が新市街に流出したために古くからの家屋は荒廃し、地方の住民によって建てられた家屋のために城壁内の密度が高くなり、市街の荒廃は深刻化しました。放棄された邸宅の中には、フェズに流入した離村農民に占拠されたものもあります。(同上)
*写真は、バスの中からの光景の紹介が続きます。 -
旧市街の建物は、中庭を囲む個々の部屋が一家族の居住スペースとして使用されていて、複数の家族が居住する共用住宅のような状態になっています。部屋の中庭に面する部分には、カーテンやシートが目隠しとしてかけられ、中にはモルタルで塞がれている部屋もあります。(同上)
*写真は、坂道部分の城壁光景です。階段状になっていました。 -
1980年には、ユネスコのアマドゥ・マクタル・ム・ボウ全事務局長がフェズ旧市街の保持の援助を呼びかけました。1989年以降は自治体でも町の保全に取り組んでいますが、公的予算の不足のため、住民に住居の保全を呼びかけるに留まっています。1990年代には汚水の排出、水路網の老朽化、川の暗渠化されていない場所へのごみの投棄といった環境問題によって旧市街の衛生状態が悪化しました。(同上)
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環境悪化は、古くからの住民の退去を促進する一因にもなりました。衛生状態の改善のために、暗渠化の工事、下水道の整備、汚水産業の移転と指導、川へのごみの投棄の違法化等の処置がとられました。ごみ収集システムの整備が実施され、これまで住民が行っていたごみの収集が市が指定する業者に委託され、動物交通と自動車を組み合わせた運搬が行われるようになりました。(同上)
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