宇佐・豊後高田旅行記(ブログ) 一覧に戻る
今回の九州旅行のテーマは大伴旅人@九州。<br />となると隼人の乱。隼人の乱を調べたら、宇佐神宮が出てきたのです。<br />化粧井戸、凶首塚古墳、百体神社。神宮から西に1km、勅使道の岡の上です。<br />なんでまた大隅は国分の隼人の乱が、200km以上離れた宇佐神宮に。<br />行ってきました。<br /><br />参考、引用資料は「諸国寺社旧跡巡り 豊前国1」に列挙しました。引用に際し僭越ながら敬称を省略させていただきました。<br />

諸国寺社旧跡めぐり 豊前国2 百体神社、隼人と傀儡

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2021/11/24 - 2021/11/24

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しにあの旅人

しにあの旅人さん

今回の九州旅行のテーマは大伴旅人@九州。
となると隼人の乱。隼人の乱を調べたら、宇佐神宮が出てきたのです。
化粧井戸、凶首塚古墳、百体神社。神宮から西に1km、勅使道の岡の上です。
なんでまた大隅は国分の隼人の乱が、200km以上離れた宇佐神宮に。
行ってきました。

参考、引用資料は「諸国寺社旧跡巡り 豊前国1」に列挙しました。引用に際し僭越ながら敬称を省略させていただきました。

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  • 百体神社を目指します。<br />県道215を右折するのは分かっていました。こんな細い農道だとは思わなかった。少し行きすぎてバックしました。大分県のドライバーは優しい。対向車線の車は右折を待ってくれました。<br />天皇の使者が通る、宇佐神宮への勅使道です。さぞかし立派な道だろうと思っていました。<br />1300年前の話でした。<br /><br />右側に赤い柵に囲まれた遺跡らしきもの。駐車場がありました。<br />

    百体神社を目指します。
    県道215を右折するのは分かっていました。こんな細い農道だとは思わなかった。少し行きすぎてバックしました。大分県のドライバーは優しい。対向車線の車は右折を待ってくれました。
    天皇の使者が通る、宇佐神宮への勅使道です。さぞかし立派な道だろうと思っていました。
    1300年前の話でした。

    右側に赤い柵に囲まれた遺跡らしきもの。駐車場がありました。

  • 一書に曰く、<br />化粧井戸に来ました。<br />車で、県道を来まして、降りたところが化粧井戸。<br />さて、化粧?<br />以前、化粧壺なる、今は草ボウボウの淀みみたいなところを、わざわざ訪れたことがあります。<br />大伯皇女の禊ぎの場でした。<br />それで今回は、化粧井戸。<br />ハイハイ、化粧ね。どうせ草ボウボウでしょ。と、思ったら、やったら清潔。百パーセント文句なしの清らかさ。<br />五十年前の国鉄の便所と現在のJRのトイレくらいの差。<br />化粧ってなんでしょうね。<br />古代人は、身を清めるということがなかったのでしょうか。<br />朝起きても、顔を洗わない。日が暮れてもお風呂に入らない。<br />ときどき、井戸に来て、水かぶってみると、<br />まあ!なんということでしょう。田んぼのかかしみたいな女が、美女に大変身!<br />カラミティ・ジェーンという、女だてら、拳銃の名手がいまして、側によると臭かったのだそうで、それをお風呂に入れたら、美女だったという、西部劇を見たことがあります。<br />そんなことを思い出しました。<br /><br />本当は、長旅で、汗と埃にまみれた旅人が、ここで身繕いをして、この真っ直ぐな参道を進み、お参りしたのは、間違いないでしょうね。<br /><br />しかし、この手入れは、市でしているのか、宇佐神宮がしているのか。<br />正しいお金の使い方ですわ。<br />By妻<br />

    一書に曰く、
    化粧井戸に来ました。
    車で、県道を来まして、降りたところが化粧井戸。
    さて、化粧?
    以前、化粧壺なる、今は草ボウボウの淀みみたいなところを、わざわざ訪れたことがあります。
    大伯皇女の禊ぎの場でした。
    それで今回は、化粧井戸。
    ハイハイ、化粧ね。どうせ草ボウボウでしょ。と、思ったら、やったら清潔。百パーセント文句なしの清らかさ。
    五十年前の国鉄の便所と現在のJRのトイレくらいの差。
    化粧ってなんでしょうね。
    古代人は、身を清めるということがなかったのでしょうか。
    朝起きても、顔を洗わない。日が暮れてもお風呂に入らない。
    ときどき、井戸に来て、水かぶってみると、
    まあ!なんということでしょう。田んぼのかかしみたいな女が、美女に大変身!
    カラミティ・ジェーンという、女だてら、拳銃の名手がいまして、側によると臭かったのだそうで、それをお風呂に入れたら、美女だったという、西部劇を見たことがあります。
    そんなことを思い出しました。

    本当は、長旅で、汗と埃にまみれた旅人が、ここで身繕いをして、この真っ直ぐな参道を進み、お参りしたのは、間違いないでしょうね。

    しかし、この手入れは、市でしているのか、宇佐神宮がしているのか。
    正しいお金の使い方ですわ。
    By妻

  • 養老4年(720年)の隼人の乱の中心は現在の鹿児島県国分あたり。その鎮圧のために朝廷は大伴旅人を征隼人持節大将軍として派遣しました。旅人は主力を率いて、太宰府から九州西海岸沿いに進み、薩摩国府、現在の薩摩川内市を根拠地に、大隅の現在の国分で反乱の鎮圧にあたりました。<br />豊前、現在の大分からは、別働隊が東海岸沿いに国分に向かったようです。<br />「宇佐神宮社由緒記」によれば、<br /><br />★養老3年大隅日向の隼人の反乱にたいして、八幡様が神輿にめされて出陣した。国司宇努男人(うぬの・おひと)が将軍となり、宮司や宇佐の公法蓮らがお供したと(社伝には)ある。★<br /><br />続紀には宇佐神宮の隼人派兵の話は出てきません。神宮の続紀初出は天平12年(740年)です。<br />宇努男人は実在の人物で、豊前の国司であります。大伴旅人と共に詠んだ歌が万葉集にあります。しかしこの時代の国司が宇努男人であったかどうかは、異論があるそうです。<br />豊前の国司が隼人の乱に介入したのはたぶん史実。「隼人の古代史」によれば、豊前は200世帯、約5000人の開拓団を大隅に送り込んでいたので、その保護という目的もあったようです。<br />続紀でも隼人の乱はかなり詳しく扱っていますが、宇佐神宮では一大事件でありました。「宇佐八幡宮弥勒寺建立縁起」(9世紀~10世紀成立)、「宇佐神宮御託宣集」(1313年成立)などで、非常に詳しく取り上げられています。どこが史実で、どこが宇佐神宮の神話か分かりませんが、このあとのシリーズ「大伴旅人@九州」でお世話になる予定です。<br />私がいちばん驚いたのは、八幡大神の御杖人という名目、つまり宇佐神宮の隼人派遣軍の実質的な大将が女性だったことです。辛嶋勝波豆米(からしまの・かつの・はつめ)です。<br />

    養老4年(720年)の隼人の乱の中心は現在の鹿児島県国分あたり。その鎮圧のために朝廷は大伴旅人を征隼人持節大将軍として派遣しました。旅人は主力を率いて、太宰府から九州西海岸沿いに進み、薩摩国府、現在の薩摩川内市を根拠地に、大隅の現在の国分で反乱の鎮圧にあたりました。
    豊前、現在の大分からは、別働隊が東海岸沿いに国分に向かったようです。
    「宇佐神宮社由緒記」によれば、

    ★養老3年大隅日向の隼人の反乱にたいして、八幡様が神輿にめされて出陣した。国司宇努男人(うぬの・おひと)が将軍となり、宮司や宇佐の公法蓮らがお供したと(社伝には)ある。★

    続紀には宇佐神宮の隼人派兵の話は出てきません。神宮の続紀初出は天平12年(740年)です。
    宇努男人は実在の人物で、豊前の国司であります。大伴旅人と共に詠んだ歌が万葉集にあります。しかしこの時代の国司が宇努男人であったかどうかは、異論があるそうです。
    豊前の国司が隼人の乱に介入したのはたぶん史実。「隼人の古代史」によれば、豊前は200世帯、約5000人の開拓団を大隅に送り込んでいたので、その保護という目的もあったようです。
    続紀でも隼人の乱はかなり詳しく扱っていますが、宇佐神宮では一大事件でありました。「宇佐八幡宮弥勒寺建立縁起」(9世紀~10世紀成立)、「宇佐神宮御託宣集」(1313年成立)などで、非常に詳しく取り上げられています。どこが史実で、どこが宇佐神宮の神話か分かりませんが、このあとのシリーズ「大伴旅人@九州」でお世話になる予定です。
    私がいちばん驚いたのは、八幡大神の御杖人という名目、つまり宇佐神宮の隼人派遣軍の実質的な大将が女性だったことです。辛嶋勝波豆米(からしまの・かつの・はつめ)です。

  • 日本伝承大観<br />https://japanmystery.com/ooita/hyakutai.html<br />によれば、<br />★また八幡神と共に隼人平定に赴いた、吉富町の古表神社と中津市の古要神社の御神体である傀儡子(操り人形)が宇佐神宮の祭典に奉仕する際に化粧する“化粧井戸”も目と鼻の先にある(この傀儡人形に目を奪われたために隼人は討たれたとも伝えられる)。★<br /><br />吉富町の古表神社と中津市の古要神社の操り人形芝居は現在も引き継がれ、吉富町の傀儡子は、4年に1回の宇佐神宮の仲秋祭(かつての放生会、後述)に参加しているそうです。<br />現在の吉富町、中都町からも隼人平定に派兵したということでしょう。大隅に入植した200家族の出身地だったのかな。<br />

    日本伝承大観
    https://japanmystery.com/ooita/hyakutai.html
    によれば、
    ★また八幡神と共に隼人平定に赴いた、吉富町の古表神社と中津市の古要神社の御神体である傀儡子(操り人形)が宇佐神宮の祭典に奉仕する際に化粧する“化粧井戸”も目と鼻の先にある(この傀儡人形に目を奪われたために隼人は討たれたとも伝えられる)。★

    吉富町の古表神社と中津市の古要神社の操り人形芝居は現在も引き継がれ、吉富町の傀儡子は、4年に1回の宇佐神宮の仲秋祭(かつての放生会、後述)に参加しているそうです。
    現在の吉富町、中都町からも隼人平定に派兵したということでしょう。大隅に入植した200家族の出身地だったのかな。

  • 井戸は三つあります。

    井戸は三つあります。

  • とてもきれいに整備されておりました。

    とてもきれいに整備されておりました。

  • 古代への幻想を誘うに相応しい。

    古代への幻想を誘うに相応しい。

  • 三つとも空井戸です。深さ1.5mくらいかな。

    三つとも空井戸です。深さ1.5mくらいかな。

  • 化粧井戸のすぐ近く、左側です。この坂を上ると

    化粧井戸のすぐ近く、左側です。この坂を上ると

  • 古墳の石槨のようなものがあります。

    古墳の石槨のようなものがあります。

  • 凶首塚古墳。<br />上記日本伝承大観によれば、討ち取った100人の隼人の首を葬ったのが、ここにあった凶首塚古墳だとされています。<br />ただし発掘調査の結果、この古墳は6世紀の築造であることが分かり、8世紀初頭の隼人の乱とは時代があいません。伝説ということでしょう。<br /><br />

    凶首塚古墳。
    上記日本伝承大観によれば、討ち取った100人の隼人の首を葬ったのが、ここにあった凶首塚古墳だとされています。
    ただし発掘調査の結果、この古墳は6世紀の築造であることが分かり、8世紀初頭の隼人の乱とは時代があいません。伝説ということでしょう。

  • 現在は石槨だけしか残っておりません。

    現在は石槨だけしか残っておりません。

  • しかし、石槨の内部はきれいに掃除がされ、

    しかし、石槨の内部はきれいに掃除がされ、

  • 御幣が祀られておりました。<br />伝説は生きておりました。<br />

    御幣が祀られておりました。
    伝説は生きておりました。

  • 古墳跡の周囲は棚田です。

    古墳跡の周囲は棚田です。

  • 古墳の土で棚田を作ったのでしょう。いつの時代か分かりませんが、あまりいい趣味ではないような。古いとはいえ、お墓ですからねえ。<br />棚田の向こうは、宇佐盆地です。<br />

    古墳の土で棚田を作ったのでしょう。いつの時代か分かりませんが、あまりいい趣味ではないような。古いとはいえ、お墓ですからねえ。
    棚田の向こうは、宇佐盆地です。

  • By妻が石槨を撮影中、同好の士がおいでになりました。<br />熊本山鹿の方で、古墳巡りのブログをやっており、取材に来たそうです。お若い。古墳巡りとは、渋い趣味です。そう言えば、化粧井戸の駐車場にあとから車がもう1台きました。女性がご一緒だったような。<br />「お一人ですか?」<br />「はい。彼女は車に残っております。パートナーは古墳は趣味ではないので・・・」<br />「それはよくない。是非趣味を同じにするようになさい」と、年寄りっぽくえらそうに説教。<br />「はい、がんばります」<br />素直でよろしい。<br />旅先で趣味を同じくする人と会うのは楽しい。<br /><br />一書に曰く、<br />古墳と言ったって、今はただの巨石の積み重ねです。<br />これを見ると、明日香の石舞台とかが、古墳だったことがよく分かります。こんな巨石を、どこで見つけて、どうやって運んできたのだろう。<br />この辺りの豪族のお墓でしょうね。<br />凶首なんて禍々しい名前になっているけれど、京主塚だったかも。<br />この辺りに絶大な権力を振るった誰かのお墓。この都(京)の主の墓。その一族は敗れ、新しい権力者によって、凶首と名前を書き換えられた。<br />この辺りに、かなり強い、大和朝廷も無視できない権力者がいたことは、まず間違いない。<br />だからこその、御託宣だった。<br />ま、そういうのを待って居た称徳天皇、道鏡側だったにしても、例えば九十九里の小さな祠が、そんな御託宣を下しても、無視されるでしょうからね。<br />今は、畑の中にひっそりと、しかし、ゴミ一つなく整えられていました。<br />この畑の持ち主が、朝に夕にお参りしてくださっているような。<br />または、この集落のみんなで、護ってくださっているような。<br /><br />この集落の人々と、凶首塚古墳に葬られたとされている百人の隼人とは、どういう関係なのでしょう。<br />子孫?それとも隼人を征伐した人の子孫でしょうか。<br />風は、冷たかったです。<br />風に吹かれながら、周囲を見れば、畑はどこまでも、整えられ広く広く続いておりました。<br />By妻<br />

    By妻が石槨を撮影中、同好の士がおいでになりました。
    熊本山鹿の方で、古墳巡りのブログをやっており、取材に来たそうです。お若い。古墳巡りとは、渋い趣味です。そう言えば、化粧井戸の駐車場にあとから車がもう1台きました。女性がご一緒だったような。
    「お一人ですか?」
    「はい。彼女は車に残っております。パートナーは古墳は趣味ではないので・・・」
    「それはよくない。是非趣味を同じにするようになさい」と、年寄りっぽくえらそうに説教。
    「はい、がんばります」
    素直でよろしい。
    旅先で趣味を同じくする人と会うのは楽しい。

    一書に曰く、
    古墳と言ったって、今はただの巨石の積み重ねです。
    これを見ると、明日香の石舞台とかが、古墳だったことがよく分かります。こんな巨石を、どこで見つけて、どうやって運んできたのだろう。
    この辺りの豪族のお墓でしょうね。
    凶首なんて禍々しい名前になっているけれど、京主塚だったかも。
    この辺りに絶大な権力を振るった誰かのお墓。この都(京)の主の墓。その一族は敗れ、新しい権力者によって、凶首と名前を書き換えられた。
    この辺りに、かなり強い、大和朝廷も無視できない権力者がいたことは、まず間違いない。
    だからこその、御託宣だった。
    ま、そういうのを待って居た称徳天皇、道鏡側だったにしても、例えば九十九里の小さな祠が、そんな御託宣を下しても、無視されるでしょうからね。
    今は、畑の中にひっそりと、しかし、ゴミ一つなく整えられていました。
    この畑の持ち主が、朝に夕にお参りしてくださっているような。
    または、この集落のみんなで、護ってくださっているような。

    この集落の人々と、凶首塚古墳に葬られたとされている百人の隼人とは、どういう関係なのでしょう。
    子孫?それとも隼人を征伐した人の子孫でしょうか。
    風は、冷たかったです。
    風に吹かれながら、周囲を見れば、畑はどこまでも、整えられ広く広く続いておりました。
    By妻

  • 百体神社。<br />隼人の霊を祭った神社です。<br />

    百体神社。
    隼人の霊を祭った神社です。

    百体神社 寺・神社・教会

    百体神社、隼人鎮魂の神社。駐車場あり。 by しにあの旅人さん
  • 「百體殿」とも呼ばれておりました。<br /><br />宇佐市のホームページによれば、この地区の小字は「百太夫(ひゃくだゆう)」であり、百太夫とは、傀儡師(くぐつし)や遊女が信仰する神を意味するそうです。<br />古代の遊女とは、中世以降の遊女とはことなり、芸能人でありました。大伴旅人の太宰府の現地妻といわれる児島郎女(こじまの・いらつめ)も「遊行遊婦」」と書かれています。「ゆぎょうの・あそびめ」と読むのでしょうか。<br /><br />そういえば、「更級日記」(11世紀成立)に足柄の遊女がでてきます。古文原文では「遊女」を「あそび」と読んでいます。現代語訳を引用します。<br />

    「百體殿」とも呼ばれておりました。

    宇佐市のホームページによれば、この地区の小字は「百太夫(ひゃくだゆう)」であり、百太夫とは、傀儡師(くぐつし)や遊女が信仰する神を意味するそうです。
    古代の遊女とは、中世以降の遊女とはことなり、芸能人でありました。大伴旅人の太宰府の現地妻といわれる児島郎女(こじまの・いらつめ)も「遊行遊婦」」と書かれています。「ゆぎょうの・あそびめ」と読むのでしょうか。

    そういえば、「更級日記」(11世紀成立)に足柄の遊女がでてきます。古文原文では「遊女」を「あそび」と読んでいます。現代語訳を引用します。

  • お久しぶり、更級ちゃんです。<br />市原市教育委員会ふるさと文化課からいただいたイラストです。<br />くわしくは↓<br />「ヤマトタケルの家路4 足柄峠3、走水は見えるか」<br />https://4travel.jp/travelogue/11619929<br /><br />足柄山の麓で孝標の娘(当時13歳)、更科ちゃんが父母姉と宿を取ったところ、<br />★遊女(あそび)が三人どこからともなく姿を現した。五十歳くらいのが一人、ほかに二十歳ほどのと、十四、五歳ほどの遊女だった。★<br /><br />★昔、「こはた」とか言った名高い遊女の孫という女だった。★<br /><br />ということは世襲なのです。<br /><br />★声もたとえようもないほど美しく、空に澄み上がるように見事に歌を歌う。★<br /><br />美人で、声が良く、歌がうまい。更科ちゃんも「この宿を出立することまでが心残りに思われる」<br />現代の芸能人そのものです。「十四、五歳ほどの遊女」は、更級ちゃんにとっては「AKBのだれそれ」に会ったようなモノで、アイドル。<br /><br />現在の女優、歌手、タレントに該当。男であれば傀儡師、女であれば遊女、古代民衆娯楽の芸能人です。<br />百太夫はその神様ということになります。<br />百体神社に古代隼人の戦にかり出された傀儡師の伝説があるから、百太夫という小字ができたのでしょうね。<br />小字は非常に古い地名です。<br />逆かな。百太夫という、地名を冠した神社があって、傀儡師・遊女の信仰を集めていた。そこに隼人の霊を祭った。<br />もしかすると、宇佐神宮より古い神社なのかもしれません<br />

    お久しぶり、更級ちゃんです。
    市原市教育委員会ふるさと文化課からいただいたイラストです。
    くわしくは↓
    「ヤマトタケルの家路4 足柄峠3、走水は見えるか」
    https://4travel.jp/travelogue/11619929

    足柄山の麓で孝標の娘(当時13歳)、更科ちゃんが父母姉と宿を取ったところ、
    ★遊女(あそび)が三人どこからともなく姿を現した。五十歳くらいのが一人、ほかに二十歳ほどのと、十四、五歳ほどの遊女だった。★

    ★昔、「こはた」とか言った名高い遊女の孫という女だった。★

    ということは世襲なのです。

    ★声もたとえようもないほど美しく、空に澄み上がるように見事に歌を歌う。★

    美人で、声が良く、歌がうまい。更科ちゃんも「この宿を出立することまでが心残りに思われる」
    現代の芸能人そのものです。「十四、五歳ほどの遊女」は、更級ちゃんにとっては「AKBのだれそれ」に会ったようなモノで、アイドル。

    現在の女優、歌手、タレントに該当。男であれば傀儡師、女であれば遊女、古代民衆娯楽の芸能人です。
    百太夫はその神様ということになります。
    百体神社に古代隼人の戦にかり出された傀儡師の伝説があるから、百太夫という小字ができたのでしょうね。
    小字は非常に古い地名です。
    逆かな。百太夫という、地名を冠した神社があって、傀儡師・遊女の信仰を集めていた。そこに隼人の霊を祭った。
    もしかすると、宇佐神宮より古い神社なのかもしれません

  • 拝殿。

    拝殿。

  • 本殿覆屋です。

    本殿覆屋です。

  • アクションカメラは2人で操作します。<br />WifiでiPhoneとカメラをつなぎます。私が1.8mの一脚につけたカメラを回転させます。<br />By妻がもつiPhoneの画像を見ながら、「よーい、アクション!」「はい、カァット!」<br />映画監督気分。<br /><br /><br />https://youtu.be/dji7LTJ12O8<br /><br />

    アクションカメラは2人で操作します。
    WifiでiPhoneとカメラをつなぎます。私が1.8mの一脚につけたカメラを回転させます。
    By妻がもつiPhoneの画像を見ながら、「よーい、アクション!」「はい、カァット!」
    映画監督気分。


    https://youtu.be/dji7LTJ12O8

  • 神社境内から勅使道、宇佐神宮の西参道鳥居まで見渡せます。宇佐盆地といわれます。なるほど。<br /><br /><br />「宇佐八幡宮弥勒寺建立縁起」によれば、<br /><br />★元正天皇の時の養老四年、大隅・日向の両国に反乱征討のことがあった。この時、八幡神が「波豆米」(はつめ)に託して宣するには、「反乱した隼人を多く殺した報いとして、年毎に放生会を行うように」と。★ <br /><br />放生会は、現在の宇佐神宮の最も大事な祭礼「仲秋祭」の元になったお祀りです。<br />「宇佐八幡宮弥勒寺建立縁起」は早ければ844年成立の、最古の宇佐神宮縁起だそうです。そのほか、放生会についてはいろんな文献があり、それをまとめて、宇佐神宮由緒記によれば、<br /><br />隼人の乱が治まり、八幡大神が宇佐に帰還した後、<br />★この為に、隼人の怨霊がタタリをなしていろいろの病災がおこり、ついに天平16年(744年)、和間の浜で、わが国で初めての放生会が行われた。勅使までつかわされた大祭であった。<br />これは蜷(にな)や貝を隼人の霊のヨリガとして海に流したのであるが、(中略)放生の供養をなし、クグツの舞、細男の舞も舞われたとある。<br />この隼人の首を葬った凶首塚もあり、また霊を祭った百体神社などがある。★<br /><br />かつては放生会は百体神社が主体となって行われました。今はその風習も廃れたようです。放生会は、現在の宇佐神宮では仲秋祭となり、秋の大祭として綿々と受け継がれております。<br />8世紀、はるか200kmかなたの隼人の乱が、現在の宇佐神宮に関わりがあるとは、びっくりでした。<br />

    神社境内から勅使道、宇佐神宮の西参道鳥居まで見渡せます。宇佐盆地といわれます。なるほど。


    「宇佐八幡宮弥勒寺建立縁起」によれば、

    ★元正天皇の時の養老四年、大隅・日向の両国に反乱征討のことがあった。この時、八幡神が「波豆米」(はつめ)に託して宣するには、「反乱した隼人を多く殺した報いとして、年毎に放生会を行うように」と。★ 

    放生会は、現在の宇佐神宮の最も大事な祭礼「仲秋祭」の元になったお祀りです。
    「宇佐八幡宮弥勒寺建立縁起」は早ければ844年成立の、最古の宇佐神宮縁起だそうです。そのほか、放生会についてはいろんな文献があり、それをまとめて、宇佐神宮由緒記によれば、

    隼人の乱が治まり、八幡大神が宇佐に帰還した後、
    ★この為に、隼人の怨霊がタタリをなしていろいろの病災がおこり、ついに天平16年(744年)、和間の浜で、わが国で初めての放生会が行われた。勅使までつかわされた大祭であった。
    これは蜷(にな)や貝を隼人の霊のヨリガとして海に流したのであるが、(中略)放生の供養をなし、クグツの舞、細男の舞も舞われたとある。
    この隼人の首を葬った凶首塚もあり、また霊を祭った百体神社などがある。★

    かつては放生会は百体神社が主体となって行われました。今はその風習も廃れたようです。放生会は、現在の宇佐神宮では仲秋祭となり、秋の大祭として綿々と受け継がれております。
    8世紀、はるか200kmかなたの隼人の乱が、現在の宇佐神宮に関わりがあるとは、びっくりでした。

  • 一書に曰く、<br />まっすぐな勅使道をみると、思い出すのは、宮地嶽神社の光の道です。<br />宮地嶽神社の境内から参道を見下ろす感じと、ここ百体神社脇に立って、宇佐神宮を見下ろす感じ。<br />余りにそっくり。<br />そう言えば、宮地嶽神社には、筑紫舞があります。<br />筑紫舞は、筑紫傀儡と呼ばれる人々によって古来伝承された芸能です。<br />宮地嶽神社の奥の院とされる不動神社が祀られている古墳で舞われていたそうです。<br />今は復活して、神官達がお祭りに舞われるようです。<br /><br />大きい神社、古墳、傀儡、そして、光の道。<br />同じ神を頂いた一族だったということでしょうか。<br /><br />ああ、そうだ。宇佐神宮は、神功皇后と応神天皇そしてひめがみ様を祀っています。<br />宮地嶽神社は、神功皇后がご祭神です。<br />そして、宮地嶽神社の日本一の大しめ縄。宇佐神宮の四拍手。<br />あわせると、出雲大社ですわね。<br /><br />うーん。絶対なにかありますね。ワクワク<br />By妻<br />

    一書に曰く、
    まっすぐな勅使道をみると、思い出すのは、宮地嶽神社の光の道です。
    宮地嶽神社の境内から参道を見下ろす感じと、ここ百体神社脇に立って、宇佐神宮を見下ろす感じ。
    余りにそっくり。
    そう言えば、宮地嶽神社には、筑紫舞があります。
    筑紫舞は、筑紫傀儡と呼ばれる人々によって古来伝承された芸能です。
    宮地嶽神社の奥の院とされる不動神社が祀られている古墳で舞われていたそうです。
    今は復活して、神官達がお祭りに舞われるようです。

    大きい神社、古墳、傀儡、そして、光の道。
    同じ神を頂いた一族だったということでしょうか。

    ああ、そうだ。宇佐神宮は、神功皇后と応神天皇そしてひめがみ様を祀っています。
    宮地嶽神社は、神功皇后がご祭神です。
    そして、宮地嶽神社の日本一の大しめ縄。宇佐神宮の四拍手。
    あわせると、出雲大社ですわね。

    うーん。絶対なにかありますね。ワクワク
    By妻

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この旅行記へのコメント (8)

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  • 前日光さん 2022/02/24 23:53:56
    禍々しい名前(*_*)
    こんばんは、しにあさん
    そろそろ寒さのピークでしょうか?
    こちらは朝がマイナス5℃とか6℃、明朝はマイナス4℃の予報です(>_<)

    さて「化粧井戸」は、ずいぶんと閑静な場所にあって、清浄な雰囲気が漂っていますね。
    こういう文化財を蔑ろにしない態度は、好ましいです。
    それにしても「凶首塚古墳」って、すごい名前ですね!
    そしてこういう古墳に興味を持った若い人が訪ねてくると言うのも、すばらしいです。
    彼女を説得して、古墳の世界に引きずり込めば、さらに彼の株は上がるのですが。

    大伴氏が部門の家柄であることを、つい忘れてしまうのですが、旅人は「征隼人持節大将軍」として朝廷から派遣されたのでしたね。この人がリーダーとなって隼人族と戦ったとは思えないのですがねぇ。
    どうも私は大伴氏に対して、武人のイメージを抱けないようです。
    いつでも繊細な歌ばかり詠み、カスミを食べて生きていたと思ってしまっていて。
    これから、本格的な九州での旅人の話になるようですから、それを読んで大伴氏=武門の家柄という事実を、頭にたたき込みたいと思います。

    百体神社というのも、もしかしたら宇佐神宮よりも古いかも?と考えられる根拠があるようですね。隼人族の百人の死体を祀ったと考えるよりは、不気味感がなくなります。
    それにしても九州も、掘り下げれば下げるほどいろいろ出てきますねぇ。
    しにあさんの大好物となったことでしょう!

    まっすぐな勅使道は、北海道の天国に続く道を連想したのですが、確かに宮地獄神社の光の道を想起する方が、九州に於いては素直ですね。
    by妻さんの〆「宮地嶽神社の日本一の大しめ縄。宇佐神宮の四拍手。あわせると、出雲大社ですわね。」というのが、実は個人的には最も興味深く拝見した部分です。

    ところで、しにあさんが度々口にされる「宇佐餅」って、「宇佐飴」とは別ですか?
    もし「宇佐飴」だったら買ってきました。
    口に入れたら歯にくっついて、食べるのが大変!治療した歯が外れてしまうのではないかと気を揉みました。


    前日光

    しにあの旅人

    しにあの旅人さん からの返信 2022/02/25 15:38:50
    Re: 禍々しい名前(*_*)
    マイナス6度! 今年の房総は例年より冷えますが、それでもマイナス3度というのが何回か。それも峠を越えたようです。今日にもジャガイモの植え付けです。

    大伴旅人は武門の長。3ヶ月の大隈滞陣は旅人の最も晴れがましい経験のはずですが、どうしてか、一言も語っておりません。旅人@九州の国分で、もしかしたらというフシがありました。
    息子の家持も、大伴氏の同時代史の大事件である隼人戦争については、何も語っていないと思うのですが。

    宮地嶽神社の光の道の写真を撮るには、予約が必要なのだそうです。kummingさんから教えていただきました。↓のコメント。
    私たちが行った時は普通の日の、普通の時間帯だったので、特に何もなしでした。
    2月10月に狙っていらっしゃる時は要注意です。

    化粧井戸、凶首塚、勅使道はきれいに整備されていました。百体神社だけ、まだ荒れた感じでした。お賽銭はあげてきましたが、それだけではねえ。宗教に公がお金が出せないのはわかりますが。宇佐神宮の境外社らしいので、神宮に頑張って改修してもらわないと。宇佐神宮はピカピカでした。

    飴と餅、間違えていたみたい。宇佐飴、宇佐餅、両方ともあるらしい。両方とも食べたことないのです。宇佐神宮の名物となると、飴らしい。
    そんなに粘るのですか。さっぱりしていて、1袋全部食べられると能書きに書いてありましたが。
  • kummingさん 2022/02/24 10:32:28
    春遠からじ♪
    しにあさん、by妻さん、こんにちは♪
    まず掲示板に活況が戻った事を言祝ぎたい^o^ カキコ1番乗り、のプレッシャーから解放された感じ?

    旅人の身繕い、又は御神体の傀儡子が宇佐神宮の祭典に奉仕する祭りに化粧する「化粧井戸」 手入れの行き届いた様子、拝見♪

    討ち取った100人の隼人の首を葬った凶道塚古墳 元は京主塚古墳でその名は時の権力者によって塗り替えられたかも? 大和朝廷も無視できない権力者がいた、からこそのご神託依頼、そうかもしれません!(時代考証には疑念あり?)言い伝えとはそういう不確かさ含む、という事で。

    隼人の霊を祀った百体神社 百体神社は百太夫という地名の神社があって傀儡子のの信仰を集め、そこに隼人の霊を祀った。古代隼人の戦に駆り出された傀儡子の伝説があるから百大夫という地名が出来た。どちらでしょうね?

    古墳巡り同好の志、お連れの方は車中待機?見かねたしにあさん「ぜひ、趣味を同じにするようになさい」(笑笑) 答えて曰く「はいがんばります!」素直でよろしい♪
    私のばやい「そうは申しましても、夫婦にも色んな形がございます、case by case という事でm(._.)m」

    アクションカメラ、大活躍♪ 最近ドローン撮より多様されている?やはりby妻さんとの協同作業、阿吽の呼吸の「アクション! カ~っと!」心なしか、カメラのパーン(ぐるっと回る動き)にぎこちなさが感じられるのもご愛嬌♪ さて、監督も映像の魔術師(ももねこさま)も動画の匠(pedaru 師匠)も、揃った処で、また映画化の話でも?

    更科ちゃんのイラスト、しにあさんの新たな技術習得にかけるたゆまぬ努力、ただらなぬ向上心を垣間見る(*_*)

    宮地嶽神社の光の道、昨年on season に行こうか?と調べた処、best season の1週間限定で要予約!映えスポットの場所取り合戦でしょうか?

    宮地嶽神社の境内から参道を見下ろす
    百体神社脇に立って宇佐神宮を見下ろす
    寒いのが苦手なので、暖かくなったら、いつかそのうち、ぜひ、きっと!⁈

    by妻さんのワクワク♪ 宇佐神宮、宮地嶽神社、出雲神社の間に何か?

    本当は、横道に逸れて、橘三千代の元夫の美努王太宰史が隼人対応がまずくて離婚?とか、聖武天皇が東大寺建立の過程で、なぜ宇佐八幡の祭神を勧請したのか?とか、橘三千代の息子の橘諸兄と聖武天皇が反藤原に燃えた話、とか…とんでもネタを書きたかった(-。-; 長くなるので、いずれまた?前日光さんにコミック版イケメン不比等を紹介されて以来、又、あやしい関連本を浅~く読み漁っています。「隠された十字架」、で飲んだ毒が、まだ体内に残ってたみたい(笑)

    しにあの旅人

    しにあの旅人さん からの返信 2022/02/24 16:37:54
    Re: 春遠からじ♪
    美努王が橘三千代の元夫、知らなかった!
    宇佐八幡が大仏開眼前に東大寺にお参りしている話、この後の大伴旅人@九州シリーズでも出します。いろいろ調べると、宇佐神宮は不思議な怖い神社です。

    アクションカメラ、ドローンより簡単です。頑丈にできていますから、多少の高さなら、地面が土や草なら落としても壊れません。
    要するにiPhoneで操作できればいいので、対応する普通のデジカメでも同じことができます。ただしちょっと落としたらアウトです。次からは最長5mの一脚を買って、手持ちのデジカメ試してみます。
    途中カクカクなるのは、手動ですからしょうがない。回転装置を作ってみます。花の応援団のポールを支えるベルトみたいなものがあれば、安定するはず。あの極めて下品な漫画、まさかご覧になったことはないと思うのですが。

    宮地嶽神社の光の道、予約がいるのですか。有料?
    入場を制限する方法があるのですかね。ただの鳥居の下だと思うのですが。地元ですから、ぜひ寒さ暑さにめげず、旅行記お願いします。
    お相撲の桟敷みたいなものを作るのかな。光の道より、そっちの方に興味あります。

    宇佐神宮は本当に面白かった。ただし宇佐餅食べ損ねました。食べたことありますか。お味は?
  • pedaruさん 2022/02/23 05:41:47
    隼人の乱
    しにあの旅人さん おはようございます。

     1300年も前の出来事にかかわる遺跡が現に存在するなんて、歴史学者のしにあさんとしてはこれを目の当たりにした時の感動は、想像できます。
    化粧井戸、化粧とは水を浴びてきれいになることでしょうか?現代ではメイクアップが取れて、化けの皮がはがれてしまいますが・・・。

    井戸の囲いは見るからに古そうですが、1300年前のものとは思えませんが、井戸の壁の石積みは当時のままでしょうか?発掘されたのか、あるいはこの形のまま維持してきたのか、知りたいところです。

    凶首塚古墳、すごい名前の古墳ですね。それに百体神社、百人の死人の霊を祀った神社という事ですか、どうも名前がリアルです、怖いですねー。

    ご夫婦で同じ趣味とは最高ですね。

    pedaru

    しにあの旅人

    しにあの旅人さん からの返信 2022/02/23 06:50:37
    Re: 隼人の乱
    お察しの通り、現在の井戸そのもはそれほど古いものではないようです。復元または補修されているようです。現在は三つですが、一つだったこともあるらしい。
    平たく考えると、かつて放生会が百体神社から出発していた時代、芝居が伝承されている遠くの村から人形を持ってきて、百体神社に行く前にここで隊列を整えた、ということでしょうね。放生会そのもは8世紀まで遡る可能性があるので、この伝承もその頃に起源をもつものかもしれません。
    あるいはBy妻が想像したように、西参道が表参道であった時代、ここまで来れば神宮の鳥居は見えるし、後は緩い下りですから、参拝者がここで一息入れて神宮に向かったのかもしれません。そういう地形です。
    朱塗りの柵をもつ立派な遺跡になったのは、近年のことです。よくメンテされた凶首塚や、勅使道に続く立派な道路も含めて、宇佐市の仕事でしょうが、新しい観光スポットにしようとしているのではないかな。
    勅使道は電線を地下に埋め込んだリ、表参道みたいな俗っぽい仲店を出さないところなど、これを考えた人、すごくいいセンスしています。

    宇佐神宮と隼人の乱は、深い関わりがあります。宇佐神宮はとても怖い神社なのです。今やっている豊前国巡りの後、隼人の乱シリーズをやります。ちょっとした発見(と自分で思っている)がありました。例によってしつこくやりますので、これも運命とあきらめてお付き合いください。

    二人で同じ趣味、ありがたいことです。かなり一方的にBy妻がついてきてくれています。感謝あるのみ。と言って、またわがままを言います。
  • ももであさん 2022/02/22 21:44:17
    「北大西洋条約機構 人形劇大会」
    人形の兵隊がねずみの兵隊ならぬ隼人を退治する...
    チャイコフスキーのくるみ割り人形を想起しました。

    >傀儡人形に目を奪われたために隼人は討たれたとも伝えられる
    屈強な隼人が人形劇ごときで討たれるとはいと考えにくしですね
    目を奪われたとすれば、やはり傀儡ではなく操る側の傀儡女
    くぐつめの一部は朝廷の妖艶な女スパイだったのでは?
    そして波豆米こそが女スパイの総大将

    「宇佐人形劇大会」
    出し物の人形劇、傀儡女のセクシーダンスに続き、当時から
    あったセンナエキスをたっぷり含んだ酒の一気飲み...
    宴もたけなわなところで、厠に殺到する隼人たち
    抵抗する間もなく、裏庭から現れた旅人さまに討ち取られる

    今まさにウクライナでは「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク
    人民共和国」が独立しようとしてますが、これこそ典型的な
    ロシアの傀儡政権

    ここは一つ「NATO人形劇大会」を開催して...

    しにあの旅人

    しにあの旅人さん からの返信 2022/02/23 14:23:43
    Re: 「北大西洋条約機構 人形劇大会」
    隼人は、歌、踊りに夢中になっちゃったらしいのですよ。国分に行ったら、似たようなお話が残っていました。古代って、よっぽど娯楽がなかったんだ。
    それから3百年後だって、更級ちゃんはAGY48に夢中になっています。足柄山48。
    当時の宇佐はきっと半島由来のトップクラスの舶来芸能があったのじゃないかと。
    UJG48なんていうのが国分にきたのかもしれない。
    この数年テレビを見ません。芸能人というとアルファベット3文字48しか知らないので、本当は坂の名前みたいなのが新しいんですよね。これも古いか。

    宇佐餅食べそこなった。西参道にはお店はないので、表参道で買おうと思ったら忘れちゃいました。
    隼人も宇佐餅食べたか。
    宇佐餅とUJG48に夢中になって、隼人は負けたのです。

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