唐辛子婆さんへのコメント一覧(2ページ)全2,178件
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この旅行記!
唐辛子さん
ラクダさんって、この旅行記だったのですね。
以前に拝見して、既にイイね押していました(^_-)-☆
パキスタンで普通に働くラクダさん。
絵になります。
こういうコ、減っているのでしょうね。
インドでも見かけたことはありましたが、最近は見ていないような。
ラムロール -
同じです~
唐辛子さん、おはようございます。
私も同じです~。
自然は自然のまま、ありのままが一番です。
映えるための道具は不要かなぁ。
大宮の盆栽博物館は、行ったことなくて、いつかツーリスト今中さんに案内して頂きたいと話していました。
その際は連絡致しますね(^_-)
町子 -
名調子、健在!!!
唐辛子さん、
唐辛子さんの旧仮名遣い、独特なテンポと目のつけどころ、素晴らしいわ!!!
アヤランって耳にしたこともありませんでしたが、葉のない花なんですね。表紙の堂々とした一枚で華麗な蘭なのだなと読み進むと、ひっそりと咲くとあり意外でした。ケサラン、パサラン、アヤラン、分からん!と唱えてゴロがいいのでにんまりと微笑みました。
唐辛子さんの緑も独特な気がします。最初の2枚をうっとりと眺めました。やはり夏の緑とは違いますか?
最後のコキアもあれはあれで不思議などこかの大草原みたいでステキでした。
懐かしいOlive Kenjiさんのお名前も登場したので空をみあげました。
taekoRe: 名調子、健在!!!
taekoさん
ちゃうちゃう、マヤランですがな^^。
さうですね、木々の緑が真夏とは違って秋の入り口の色ですね。
コキアはしばらくぶりで月まで撮れるカメラを使ったので微調整がうまくいかず、おほめくださって嬉しいけどはじゅかしいです😅。
未だに、昭和記念公園に来るとおセンチになります。
唐辛子婆2025年10月07日23時55分 返信するRe: 名調子、健在!!!
唐辛子さん、
あじゃ~、あの楚々した花はマヤランでしたか!
マとアを読み間違うなんて、taekoもいよいよ焼きが回ってまいりましたわ。(涙)
Oliveちゃんもシメシメという表情で読んでおられるかもね。
taeko
2025年10月08日07時05分 返信するRe: 名調子、健在!!!
唐辛子さん、
驚いたなあ。摩耶山のマヤですか! 大昔、よくハイキングに行きましたので馴染みがあります。もうこれで名前を間違えることはありませんわ。怪我の功名ってヤツですね、ありがとう。
taeko
2025年10月09日05時20分 返信する -
ドゥワリカズ・ホテル
唐辛子さん、おはようございます。
少し秋らしくなりましたね。
楽しさ一杯の大使館巡り、私もご一緒させて頂きました(^o^)
タイのナーンの壁画、動きが滑らかですね。
こちらのお写真を唐辛子さんは、確かLINEでお使いなのですよね!
ネパール大使館ですが、私はクレーム出したいです(笑)
何度も電話しても、コール音だけ。
出る気ないのかい?って思うほどです。
町子Re: ドゥワリカズ・ホテル
町子さん
ご無沙汰しております。やっと涼しくなりましたね。
酷暑の3か月、老人は外に出てくれるなとのお達しでしたけど公園のやうな樹木の多い団地に暮らして緑化活動のボランティアをしているので水やりに苦労の毎日でした。
大使館めぐりやタイ北部の旅行記見てくださってありがとうございます。
ドロミティ、私も行きた~い!
次はネパールですか?
駐日ネパール大使館、沢山の人が行列してたので忙しいのでせうね。
カトマンズに行ったらドゥワリカズ・ホテルに泊ってみたいです。
唐辛子婆2025年10月04日17時08分 返信するRE: Re: ドゥワリカズ・ホテル
唐辛子さん
> 次はネパールですか?
> 駐日ネパール大使館、沢山の人が行列してたので忙しいのでせうね。
> カトマンズに行ったらドゥワリカズ・ホテルに泊ってみたいです。
失礼しました。
書きかけて忘れてしまって、ドゥワリカズ・ホテルへ泊まってみたいです。
調べてみたら、とても素晴らしいですね!
ネワール文化というのか。
今年の秋に、ネパールの祭り「ティハール」を見たいと思いました。
結局は断念したのですが。
「ティハール」は毎年日にちが変わるため、大使館で教えてもらえるのかなと思いました。
そんなに暇ぢゃないってことなのでしょうね(笑)
町子2025年10月04日18時19分 返信する -
北海道神宮例大祭!
唐辛子婆さん、こんにちは。
北海道神宮例大祭に、偶然巡り逢うとは、
なんて人徳の高い方なんでしょ!
私は人ごみが大嫌いなので、
お祭りに行くことは滅多にありませんが、
これぐらいの人出でしたら、行ってみたくなります。
なかなか味のあるお祭りではありませんか。
6月の北海道は、まだ高温でなかったんでしょうか?
一本歯の下駄で歩くには、相当な訓練が必要なんでしょうね。
竹馬に乗れる人は、これで歩けるって感じですかね・・・
私には絶対無理です。
唐辛子婆さんの軽妙洒脱な解説で、お祭りを読み進めていくと、
とても楽しめました。
霧多布ではラッコに会えたんでしょうか?
楽しみです。
yamayuri2001 -
エビフライ
えっ?フビライ か。
後半の紙芝居、面白いです。
日本の歴史、こんな風に教えてくれるといいなぁ。
ほいみ
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北方の歴史・・・
唐辛子婆さん、こんにちは。
旅先での急な腹痛は大変でしたね。
さぞかし、気疲れなさったことだろうと思います。
私は旅先で急に病気になったり怪我をしたりしないか?と考えて、
旅行前に気疲れしてしまうタイプです。
その後も、ご旅行を続けられて、
博物館など堪能出来て良かったですね。
アイヌとニブフの歴史にはまってしまうなんて、
本当に唐辛子婆さんらしいです。
私も博物館は随所で見学しますけれども、
その時にはとても感心してしまうのに、
帰って来ると全てを忘れてしまうタイプなんです。
やはり、賢い唐辛子婆さまの脳みそと
私の脳みそとは 全然違っているんですね。
この旅行記でその事を 強く感じました(´;ω;`)ウゥゥ
yamayuri2001Re: 北方の歴史・・・
yamayuriさん
こんばんは
いつも優しいコメントをありがとうございます♪
>その後も、ご旅行を続けられて、
>博物館など堪能出来て良かったですね。
>アイヌとニブフの歴史にはまってしまうなんて
それが個人旅行の醍醐味ですね。
お腹壊さなかったら博物館に寄ることもなく旭岳を見に行くだけで
終わってしまっていたはずなんですもの。
ウズベキスタンなどを旅してシルクロードを形成したソグド人(日本の島に住んで遣唐使の船の手配をしていた)に興味を持ってからというもの、遠い昔に海外との行き来をした人々に関心が向くやうになり。
それでも間宮林蔵がこんな北方まで足を運ばなかったらニブフにも目を向ける気にならなかったかも。
>私も博物館は随所で見学しますけれども、
>その時にはとても感心してしまうのに、
>帰って来ると全てを忘れてしまうタイプなんです。
私も忘れてしまってますよ。
特にこの酷暑の夏は関係するボランティアの仕事が忙しくて
4トラにかかわる時間がとれず(涙)
早く涼しくなって旅に出たい・・・。
覚えていられるのもあとわずか。
唐辛子婆2025年09月05日21時55分 返信する -
70年代のソ連!
唐辛子婆さま
こちらの旅行記にお邪魔させてもらいました。もう、びっくりです。唐辛子婆さまはご家族の関係でロシアへ訪問されているのだとばっかり思ってました。ずっとそれ以前、しかも大阪万博のあった1970年に横浜からナホトカ、ハバロフスク、バイカル湖へご旅行されていたんですね。当時の写真は貴重ですね。とてもソ連ちっくです。
私もこのルートでバイカル湖までいったんですよ。真夏でも水温5度のバイカル湖で将来の夫は泳いでました。
皆さんのコメントをチラ読みさせていただいていたら、このルートでソ連旅行をされた方が多いのもびっくりでした。
私の初ソ連旅行は1985年で丁度ペレストロイカが始まった頃でした。新潟からハバロフスク、それからモスクワ、レニングラードを旅行しました。とてもカルチャーショックを受けたものです。自分の目で世の中を見るのが、いかに大切なことなのか学んだ気がします。
死ぬまでにもう一度この辺りを訪れてみたいです。
Emmy
Re: 70年代のソ連!
Emmyさん
当時は沢木幸太郎とか五木寛之とか多くの若者がシベリア経由でヨーロッパに行くのが流行っていました。4トラで写真大賞とったほいみさんも。
まだ日本が戦後の弱小国だったので欧州で待っていたのはユースホステルでの下働き・・・^^。
一昨年ぐらいに知りあった団地のお婆ちゃん(同い年)もそれでヨーロッパに行ったとわかり。全然、冒険おばーちゃんの印象ではなく、古い着物をワンピースに仕立て直したりしてるフツーの婆。
私は銀行に勤めていたのでそんな長い休暇は取れずでした。
一緒に住んでいた祖母にも反対されるかと思って恐る恐る切り出したら
「なんだ、欧州行くんじゃなくて大陸に片足突っ込むだけ?!」
一緒だった人はお医者・看護婦・新聞記者が多かったので視察旅行ツアーだったのでせう。
将来のご主人様がバイカル湖で水泳!よく心臓麻痺にならなかったこと!
次回はロマンスのなれそめを聞かせてくださいね♪
唐辛子婆2025年08月23日12時46分 返信する -
腹痛のその後は?
唐辛子さん、
初っ端の腹痛のハプニングで目は釘付けになりまして、
フビライなどの話は上の空。駅の近くのクリニックへ駆け込むほどの痛さなのに
旅はそのまま、続けられたとは大したものです。私は身体はデカいのに蚤の心臓でして
痛みとかにはカラキシ弱いです。
それと歴史も弱いです。フビライ王って誰なん?ってレベルですわ。
まだ書きたいことがあったのにメモしなかったので忘れちゃいました。
頭ポリポリです。
taeko
Re: 腹痛のその後は?
taekoさん
ご心配おかけしてすんまへん。
駅のトイレを何度も往復したので食あたりだったんでせうね。
原因は何かわかりません。
ともかく駅直近のホテルの下にクリニックがあって混んでるので2時間以上も待って先生に診てもらってお薬飲んだらだいぶ落ち着いたんです。
もう宿はチェックアウトしてるし、札幌に戻る列車は夕方出発だしでゆるゆる歩いて見物できるところに行きました。
私だって中国の歴史なんて知らんわからんだったんですけど
例のカタラン地図にマルコ・ポーロの御一行様が描かれていたので
「東方見聞録」を生まれて初めて読みました。
さうしたらフビライ・ハーン(チンギス・ハーンから数えて6代目)にたいそう気に入られてなかなかイタリアに帰してもらえず確か17年くらいも滞在したんぢゃなかったかしら。
チンギス・ハーンは日本ではジンギスカンと呼ばれることが多いですよね?
元寇が2度日本(九州の方)を襲ったけど神風が吹いて失敗したんでしたよね。そのあたりがフビライ・ハーンの時代ぢゃないかと思います。
まさか北方でアイヌやニブフがその頃に大陸と戦ったりしてた(すんごく小規模だったやうですが)だなんて知りませんでした。
唐辛子婆2025年08月20日22時42分 返信する -
フォローさせていただきました。よろしくお願い致します。
ピンクのアカシアの花。
美しいですね、何枚も、見惚れてしまいました。
写真が美しいのと、軽いおしゃべりを聞いているような唐辛子婆さんの語り口が楽しい旅行記。
素敵です。
海外の旅行の経験も豊富なようで、時間ができたら、ゆっくり読ませていただきます♪
素敵な経験されていらっしゃるでしょうね。
よろしくお願い致します。
menchi



