Happy Stationさんのクチコミ(2ページ)全1,135件
- サムネイル表示
- リスト表示
- ホテル
- ショッピング
- グルメ・レストラン
- 交通機関
- 観光スポット
- 基本情報
-
投稿日 2017年12月18日
総合評価:3.0
愛染堂の境内の中ほどに設けられた手水舎の「愛染めの霊水」。
こちらににゅっと突き出た筒の先から井戸水がちょろちょろと手水鉢の上に流れ落ちています。
私は手を清めただけでしたが・・・
そばの立札によると、この井水を飲めば恋愛成就・病気回復・開運のご利益があり、また、染物に用いたら良い具合に染まるのだそうです。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月17日
総合評価:3.0
愛染堂から西の方に向かって伸びる下り坂の「愛染坂」。
断層により形成された上町台地の西に連なる天王寺七坂の一つです。
歩行者専用の道路となっていまして、「自転車は降りて通行して下さい」との表示が出ていました。
長さはわずか100mですが、高低差は14mにも及ぶ急な坂。
なので、滑り止めのための安全溝加工が路面に施されていました。
この坂道自体に観光面での見所はあまりないような気がしますが、昔はこの坂道の下まで海だったそうなので、当時の様子を坂の上から想像してみるのも一興かと。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月16日
総合評価:3.0
愛染堂の境内に入ると、すぐ右手に「七福神」の祠が建っています。
小ぶりながら鳥居のような専用の門が設けられており、そばにはのぼりや立札も出ていまして、大切にされている様子。
祠の中にはガラス戸の内側に7体の人形が並んでいました。
これだけですと、なるほどね、といった感じなのですが・・・
この祠の上には桜の老木が太い枝を隆々と張り巡らせていまして、まるで龍が飛んでいるような趣き。
春にもう一度訪れてみたいと思わせる七福神でした。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月15日
総合評価:3.0
愛染堂の入口の門をくぐって中に入り、すぐ左手を見ると、塀に接するように1畳ほどの広さの「大力金剛尊」の祠がひっそりと佇んでいます。
こちらの仏像は、地元の横綱が満州巡業の折に持ち帰ったものだそうで、スポーツや勝負事に霊験あらたかなのだとか。
私はスポーツや賭け事などの勝負事には縁がないものの、横綱がそんなに興味を抱いた仏像なら少し見てみたいと思いまして、祠の狭い入口から覗き込んでみたところ・・・御簾が下りており、その姿はよくわかりませんでした。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月14日
総合評価:2.5
愛染堂勝鬘院の境内にある「哲学の椅子」。
太い木の幹の周りをぐるっと囲むように、大きな石の椅子が配置されています。
遠目に見ると、樹木に生えるキノコの「さるのこしかけ」のような雰囲気。
ここに座って思索を巡らすべし、といった旨の立札が出ていますが・・・そのいわれについては書かれておらず、この寺を創建した聖徳太子と何か関連があるのかな?とも思ったのですが、よくわかりませんでした。
この近くには、同じような風情の「腰痛封じの石」もありまして、そちらは高齢の参拝者の方が座っていました。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月13日
総合評価:4.0
四天王寺から徒歩5分ほどの愛染堂勝鬘院。
その一番奥まったところに、国の重要文化財に指定された「多宝塔」がそびえています。
聖徳太子が創建し、その後、秀吉が再建したといわれており、桃山文化の香りを現在に伝える建物。
丸みを帯びた塔本体の造りなど、なかなか瀟洒な感じを受けました。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月12日
総合評価:4.0
天王寺公園と6車線の谷町筋に挟まれた街中にある「堀越神社」。
こちらは四天王寺と同時期に聖徳太子が創建したといわれていまして1400年ほど歴史のある神社だそうで。
境内には樹齢550年のクスノキをはじめ、樹木が多数茂っており、ちょうど他に参拝者がいなかったこともあって、大阪中心部なのに幽玄の風情を感じることができるスポットでした。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月11日
総合評価:3.0
堀越神社の本殿手前の木の下に、とても小さな祠「熊野第一皇子之宮」があります。
その由緒は古く、平安時代の熊野詣でに遡るのだとか。
当時、熊野権現の御子神(分身)として、皇子という名の99ほどの小さな社が京都から熊野に至る道中に設けられ、巡礼者たちがその社に順にお詣りしながら熊野を目指したのですが、その第1番目の社がこちらなのだそうで。
清掃の行き届いたガラスケースの中に大切に祀られています。
すぐそばには南天がいくつか実をつけており、この辺りはなかなか趣きがありました。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月10日
総合評価:3.0
堀越神社は、茶臼山の裾野にありまして、広葉樹に囲まれた緑豊かな境内。
その中でも、際立って大きな木が「堀越さんの御神木」と呼ばれているクスノキです。
推定樹齢550年の古木。
見上げる空を覆うように太い枝を縦横無尽にはりめぐらせています。
立札には「神霊の宿る樹」と記されていますが、確かにそんな雰囲気を漂わせている大木でした。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月09日
総合評価:2.5
天王寺公園から出て、堀越神社の境内に入った道端に、大きな三角形の石が置いてありました。
おや?と思って見ると、そばの木札に素朴な文字で「かえる石」と書かれています。
いわれて見ればなるほど、隣りの木の幹を見上げてじっとしているガマガエル、のように見えなくもないような・・・
むしろ、「かえる石」と墨で書かれた文字の方がピョンピョンと躍動感にあふれており、カエルらしいと思いました。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月08日
総合評価:4.0
明治時代に造られた「天王寺公園」。
有料の施設として、動物園・美術館・庭園の慶沢園がありますが、その他のエリアは現在無料開放されています。
ただし、深夜は閉園しているようで、入口に頑丈なゲートが設置されていました。
大阪市内は緑が比較的少ない印象があるのですが、こちらは河底池周辺に広葉樹の森が広がっており、とても落ち着いた雰囲気。
約26へクタ―ルもあって敷地が広々としているため、災害時の広域避難場所に指定されているそうです。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月08日
総合評価:3.5
豊臣家と徳川家が戦った大坂の役。
1614年の大坂冬の陣において、ここ「茶臼山」が徳川家康の本陣となりましたが、その時はこちらが戦場となったわけではなく。
半年後の大坂夏の陣で、豊臣方真田幸村がここに陣を設け(3,500名)、徳川方越前衆(15,000名)と死闘を繰り広げた場所です。
冬・夏いずれの戦いにおいてもこちらに陣が形成されたのは、この山が標高26mと小高い丘になっていまして、敵軍の陣容を把握することが容易だったからでしょう。
守るに易く、攻むるに難き地形。
木陰の中、ゆるゆると斜面を登りながら当時の状況を思い浮かべてみようとしましたが、あまりにものどかな雰囲気なので・・・
殺気立った2万人近い人たちが、命を懸けてこの小さな丘で戦った光景は、なかなか想像し難いものがありました。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月06日
総合評価:3.5
天王寺公園の中にある「茶臼山」は標高わずか26m。
河底池の背後に横たわる小高い丘といった風情です。
斜面には広葉樹がうっそうと茂り、気持ちの良い場所。
それはいいのですが、歴史的観点からみると、ここは伝承や古地図などから古墳であるという説と、発掘調査で埴輪などの埋葬品が確認できないことからそれを否定する説とが対立しているようで。
もしも古墳だとすると、完成当時ここは難波津の海のすぐそばだったはずで、あえてこの場所を選んだ埋葬者は海が好きだったのかな?
などといろいろ考えを巡らせながら少し登ってみました。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月05日
総合評価:3.5
天王寺公園の河底池の中央部を南北に貫く「和気橋」。
よどんだ水の上にスラリと伸びており、庭園の慶沢園と古戦場で有名な茶臼山とを結んでいます。
この池自体は、中に橋をあえて渡さなければならないほど大きなものではありませんが・・・
しかし、ニューヨークのセントラルパークや福岡の大濠公園などもそうですが、池の中に橋があると、単調になりがちな水辺の景色にアクセントがついてとても良いと思います。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月04日
総合評価:3.0
天王寺公園の茶臼山の裾に広がる「河底池」。
遠目には茶臼山が島のように見えて、悪くない風情の池なのですが・・・
端の方に行って水面を見ると、どよーんと濁っており、河童でも出てきそうな雰囲気。
それでも5分ほどボーと眺めていたら、ゴミのようなものが水面下を移動しているのに気づきました。
はて、あれはなんだろう?と不思議に思って目で追うと、プクーっと棒切れみたいなものが顔を出しました。
うわぁヘビだ!と思いかけたのですが、ヘビなら水面を這うはずですし・・・
と、よく見たら、首を伸ばしたスッポンでした。
亀と異なり、尖った口。その後ろについている点のような目。
ひょっとこに似ており、小動物なのに可愛げがない顔です。
じーとこちらが見つめていると、やがて、その気配に気づいたのか、それとも息継ぎが完了したのか、またゆっくりと水面下に潜っていきました。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月03日
総合評価:4.5
前日まで欧米やイスラムの世界を廻る世界一周旅行に出ていたので、関空到着後、久しぶりに日本らしいスポットにどっぷり浸りたいと思いまして、こちらの四天王寺に来てみました。
東京ドーム2個半に相当する広大な敷地。その中にお堂などが多数点在しています。
ここは、戦災があまりなかった京都とは異なり、激しい空襲を受けた大阪中心部に位置しており、金堂や五重塔をはじめとするメインの建物は、その多くが戦後再建されたコンクリート造り。
ですが、飛鳥時代から1400年以上もの間、移り変わりの激しいこの地で寺としての機能を維持し続けてきたというのは、単にここが聖徳太子が造った官営最初の寺という点だけではなく、人を引きつける工夫がなされてきたからではないかな、と思います。
中心伽藍内の仏像の素晴らしさはもちろんですが、水かけ亀井不動、元三大師堂のちえの輪くぐり、飛鳥時代の排水溝見学、万燈院・紙衣堂の木槌たたき、などなど参拝者体験型の施設がいろいろ用意されており、3時間ほど滞在していたのですが意外と飽きることなく見て回ることができまして。
いわば高齢者向けテーマパークのような印象を抱かせる独特の寺でした。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月02日
総合評価:4.0
「阿弥陀堂」、別名「念仏堂」は、四天王寺の西大門と南大門との間にありまして、朱色の塗装が鮮やかな建物です。
が、その造りは、一休さんや良寛さんの絵本に出てくるような山寺のお堂といった雰囲気。
町中の建物なのに何故だろう?と思ったら、このお堂は伊勢神宮の近くの末寺から戦後移築されてきたのだそうです。
その建物のすぐ横には、浄土宗の開祖法然上人の銅像。
お堂の古さに対して、こちらは真新しくツヤツヤしていました。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年12月02日
総合評価:3.0
四石は、四天王寺境内に配置された霊石です。
「聖徳太子影向引導石」「熊野権現礼拝石」「伊勢神宮遥拝石」「転法輪石」の4つですが、転法輪石はレプリカなので、それ以外の3石を今回は見てきました。
機能はそれぞれ異なりますが、いずれも参拝者がむやみに触れないように、柵で囲まれて大切に保存されていました。
人間の無常ではかない一生に比べ、石の持つ永続性・堅固さは十分信仰・礼拝の対象となりえますし、それが歴史のある四天王寺の境内に配置されているということで、より一層その神秘さに磨きがかかっているように感じられました。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年11月30日
総合評価:3.5
「亀井堂」は、四天王寺境内の中央部にあります。
彼岸の日に行ったので、境内はどこも参拝者がいたのですが、とにかくこちらはものすごい人混みで、びっくりしました。
お堂の下の方に、浴槽のような大きな水盤がありまして、それに真新しい木の板が多数浮かんでいます。
回向してもらった経木をこちらの水に浮かべると極楽往生できるのだそうで。
ゲーム的な要素を含んだ参詣方法なので、皆さん楽しみながら参拝しているように見受けられました。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0
-
投稿日 2017年11月29日
総合評価:4.0
四天王寺亀井堂の裏にある「亀井不動」。
入口に細長い提灯がズラズラと並んでおり、その下をくぐって、高齢の参拝者の方々が小さなお堂に詰めかけています。
少し空いた頃を見計らって私も中に入ってみると、奥に地蔵が三体。そのうちの真ん中の小仏が亀井不動なのだそうで。
水かけ不動として長年水をかけられてきたせいでしょうか?きれいな苔が全体を覆うようにびっしりと生えています。
四天王寺にはいろいろな像がありますが、趣きという点においては、これが一番のような気がしました。- 旅行時期
- 2015年09月
- アクセス:
- 4.0







































